【実施例1】
【0019】
図1は本発明の第1の実施例における牽引質量推定方法を示す図、
図5は本発明の電気車制御装置の概略構成を示すブロック図、
図6は空転検知用速度演算器の動作を示す図、
図7は空転検知に用いる速度演算用係数を示す図、
図8、
図9は本発明の第1の実施例における牽引質量推定器(A)の動作を示すフローチャートである。
また、
図13は動輪軸加速度による空転検知の閾値演算器の動作を示すブロック図、
図14は基準速度演算器の動作を示すブロック図、
図15は空転検知器の動作を示すフローチャートである。
図16は推定牽引質量から演算した動輪軸加速度による空転検知の閾値を示す図であり、横軸は速度、縦軸は、機関車の最大牽引力特性、推定牽引質量より求められた軸加速度による空転検知の閾値(A,B)、機関車が最大牽引力を発揮したときの推定牽引質量の列車の加速度を示している。
図17は速度センサレスベクトル制御方式に外乱オブザーバによる接線力推定を併用した粘着制御におけるトルク指令値の制御方法を示す図である。横軸は時間であり、同図(a)はトルク指令値を示し、空転検知時の接線力に対応した推定トルクτ
estから、再粘着させることのできる範囲でτ
aが最大となるように、また、再粘着後に指令するトルクτ
cを推定トルクτ
estに極力近づけるようにトルク指令値を設定することを示している。また、同図(b)は動輪速度を示し、(c)は空転検知信号を示す。
【0020】
以下において、
図1、
図5、
図6、
図7、
図8、
図9、
図13〜
図17に基づいて、実施例1の説明をする。
図1は本発明の第1の実施例における牽引力推定方法を示す図であり、同図の横軸は時間であり、同図(a)(b)は第1〜第4軸動輪の牽引力、第1軸〜第4軸の平均牽引力、第1軸〜第4軸の空転検知信号を示し、(c)(d)は第1軸〜第4軸の動輪のすべり速度を示し、(e)は機関車の速度、(f)は機関車の加速度と平均加速度を示す。
図5は、本発明の電気車制御装置の概略構成を示す図である。
図5において、1は電気車を駆動する主電動機、2は主電動機の速度を検出する速度センサ、3は、主電動機1を駆動するPWMインバータであり、本実施例の電気車制御装置は、同図に示すように、上記PWMインバータを制御する速度センサ付ベクトル制御器CAと速度センサレスベクトル制御器CBを有している。
また、
図5において、4はノッチ指令に対応してトルク指令値を発生するトルク指令値発生器、5は速度センサ付ベクトル制御器CAで演算された速度V
PGと、速度センサレスベクトル制御器CBで推定された推定速度V
estとから、j軸動輪の空転検知用速度V
cmbjを演算する空転検知用速度演算器、6は空転検知用速度V
cmbj、基準速度V
ref、動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipを受信して空転検知信号Slipzを出力する空転検知器、7は入力される他の動輪速度V
cmbiと空転検知用速度V
cmbjの中で最も低い速度のものを演算して基準速度V
refとして出力する基準速度演算器、8は推定牽引質量を受信し動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipを演算して出力する軸加速度による空転検知の閾値を演算する演算器、9は機関車が牽引する牽引質量を推定して推定牽引質量M
estjとして出力する牽引質量推定器である。
【0021】
速度センサ付ベクトル制御器CAでは、例えば、公知の特許文献2に記載の方式を用いて主電動機1を制御する。主電動機制御に用いることのできる時間的変動成分の十分小さな速度情報を速度センサ2から得るには、例えば、時間間隔25(ms)程度は必要であり、空転検知に用いる速度としては検出遅れが大きいが、登り勾配区間に停止した状態で列車を起動する場合に、時として列車が低速度で後退した状態から起動する状況となることがあるが、その場合でも安定した勾配起動が実現できる。
一方、速度センサレスベクトル制御器CBで用いる速度センサレスベクトル制御方式としては、非特許文献2〜非特許文献4に記載の方式および、非特許文献1(あるいは非特許文献5あるいは特許文献3)に記載の方式が考えられる。
【0022】
これらの中で、非特許文献2に記載の方式の場合、速度指令値(ω
r*)に推定速度(ω^
r)が追随するように比例・積分制御を用いた速度調節器(ASR)で制御され、その結果得られるq軸電流値〔トルク分電流〕指令値(i
1q*)にq軸電流(i
1q)が追随するように比例・積分制御を用いた電流調節器(ACR1)で制御される。この過程において推定速度(ω^
r)が演算されるようになっている。すなわち、推定速度(ω^
r)演算過程において積分制御が用いられているため、速度の推定が積分制御の分だけ遅れることになる。
また、非特許文献3に記載の方式の場合、推定速度の演算式に積分制御が用いられており、やはり速度推定が積分制御の分だけ遅れることになる。
さらに、非特許文献4に記載の方式の場合、適応磁束オブザーバを用いた速度の推定が行われているが、その中に積分制御が用いられており、同様に速度推定に遅れが発生する。
【0023】
このように非特許文献2〜非特許文献4に記載のいずれの方式においても、速度の推定に遅れが発生することが明らかである。このように、速度の推定に遅れが発生する方式では、再粘着制御のように空転・滑走速度が急速に増大するとか空転・滑走している動輪が急速に再粘着する事象が頻繁に発生する可能性がある応用例においては、推定速度の追従が遅れるために発生トルクにも追従遅れが生じて、速度センサレスベクトル制御を用いることによる再粘着制御性能の向上が望めない可能性が高い。
これに対して、非特許文献1(あるいは非特許文献5あるいは特許文献3)に記載の方式では、速度推定遅れが1制御周期(100μs程度以下)しかない。
【0024】
その理由は以下のとおりである。
非特許文献1(あるいは非特許文献5あるいは特許文献3)に記載の速度センサレスベクトル制御では、誘導電動機の入力電圧vと電流iから、以下の(1)−(4)式に従って誘導電動機の速度ω^
mを推定する。
【0025】
・・・・・・・(1)
・・・・・・・(2)
・・・・・・・(3)
・・・・・・・(4)
【0026】
ここに、
Ψ
2v :電圧モデル2次磁束、v:電圧、i
1:1次電流、R
1:1次抵抗、t:時間、L1、L2、M:1次自己インダクタンス、2次自己インダクタンス、相互インダクタンス、ω^
s:すべり角速度、
ω^:2次磁束角速度、ω^
m:電動機角速度、Ψ
2vα、Ψ
2vβ:電圧モデル2次磁束のα成分、β成分、i
1α、・i
1α:1次電流のα成分、β成分
【0027】
すなわち、(1)式で電圧モデル2次磁束を、(2)式からすべり角速度ω^
s を演算する。また、(3)式に示すように電圧モデル2次磁束Ψ
2vの位相角を時間微分して2次磁束角速度ω^
sを求める。そして、(4)式によって2次磁束角速度ω^からすべり角速度ω^
sを減算して電動機角速度ω^
mを求める。なお、(2)式で求まるすべり角速度ω^
s は制御上の種々の誤差を含む可能性が高いので、実際には一義的に定まるすべり角速度指令値ω
s*を用いる。
【0028】
これらの式から了解できるように、電流の瞬時値から速度の推定ができるため、速度の推定遅れは1制御周期(100μs程度以下)しかなく、時間的な変動成分の十分小さな速度情報がほぼ無視できる程小さい遅れで得ることができる。
すなわち、本実施例で使用される速度センサレスベクトル制御では、電圧モデル2次磁束のα成分、β成分から2次磁束角速度回転ω^を求め、また、すべり角速度指令値ω
s*をすべり角速度ω^
sとして、2次磁束角速度回転ω^からすべり角速度ω^
sを減算して電動機角速度ω^
mを求めており、このようにして電動機角速度ω^
mを求めることにより、小さな遅れで推定速度を得ることができる。
そのため、再粘着制御時において空転・滑走速度が急速に増大するとか空転・滑走している動輪が急速に再粘着する事象が発生しても推定速度の追従が遅れることがないために発生トルクの高速の応答特性が維持できる。したがって、速度センサ付ベクトル制御を用いるよりも再粘着制御性能の向上が期待できる。
また、速度の差分として得られる動輪軸加速度についても、時間的な変動成分の十分小さな安定な加速度情報が、速度センサを用いて安定な速度情報を得るための検出遅れより短い遅れで得ることができる。前述の非特許文献1に記載の速度センサレスベクトル制御・外乱オブザーバによる空転再粘着制御において良好な制御性能が得られているのは、この推定遅れの極めて小さい動輪軸加速度を用いて空転を迅速に検出できていることと空転検知時の推定遅れの小さい接線力の推定値を用いて適正なトルク制御ができることによるものである。したがって、電気機関車牽引の貨物列車の場合でも、牽引質量が適正に推定できれば動輪軸加速度による空転検知の閾値が妥当な値に設定でき、迅速な空転検知による粘着力の利用率の高い再粘着制御性能が得られる可能性がある。
【0029】
以上に示した理由によって、速度センサレスベクトル制御器CBでは、上記の非特許文献1(あるいは非特許文献5あるいは特許文献3)に記載の速度センサレスベクトル制御を用いて主電動機を制御する。
速度センサレスベクトル制御では、前述のように列車が低速度で後退した状態から起動する状況では、インバータ周波数の制御中に周波数が一旦ゼロとなる場合が発生する可能性がある。制御原理的にインバータ周波数がゼロすなわち直流となったときには主電動機の回転子からの速度に関する情報が得られなくなるので、予測制御的な手法を用いてゼロ周波数を切り抜けて加速させる必要があり、起動加速度が極端に低くなる可能性がある貨物列車を牽引する場合、速度センサレスベクトル制御だけで安定に列車を加速するのにはかなりの困難を伴うことが考えられる。
そのため、極低速度域では速度センサ付ベクトル制御を用いて主電動機を制御し、極低速度域を切り抜けた後は、非特許文献1(あるいは非特許文献5あるいは特許文献3)に記載の速度センサレスベクトル制御に移行する制御を行えば、迅速な空転検知による粘着力の利用率の高い再粘着制御性能が得られる可能性が高くなる。
【0030】
なお、
図5においては速度センサ付ベクトル制御器CAと速度センサレスベクトル制御器CBを別々に持つ構成例を示したが、電動機角速度ω^
mとして速度センサからの情報をもとに演算した速度を用い、上記(4)式の関係から2次磁束角速度ω^を求める速度センサ付ベクトル制御の構成を適用すれば、速度センサレスベクトル制御機能を中心にして速度センサ付ベクトル制御の機能を組み込むことができるので、ベクトル制御のためのソフトウェアの量を圧縮でき、速度センサ付ベクトル制御器CAと速度センサレスベクトル制御器CBの機能を単一のベクトル制御器で構成する構成例も考えることができる。
本発明における速度センサ付ベクトル制御器CAと速度センサレスベクトル制御器CBについては以上に述べたとおりである。
【0031】
図5において、機関士の操作する図示していない主幹制御器から出されるノッチ指令がトルク指令値発生器4に入力される。トルク指令値発生器4ではこのノッチ指令に対応してトルク指令値を発生して、速度センサ付ベクトル制御器CAと速度センサレスベクトル制御器CBに出力する。また、他の電気車制御装置における牽引質量推定に必要になるので、ノッチ指令に対応したトルク指令値を他の電気車制御装置に対して送信する。PWMインバータ3からは、2相分の電圧(
図5ではu相電圧、v相電圧)、電流(u相電流、v相電流)が、速度センサレスベクトル制御器CBに入力されるほか、速度センサ付ベクトル制御器CAには主電動機1に取り付けられた速度センサ2からの速度パルスが入力される。
【0032】
速度センサ付ベクトル制御器CAでは、速度センサ2からの速度パルスPulsをもとに速度V
pgを演算し、入力されたトルク指令値どおりのトルクを発生すべく3相電圧指令V
*を発生してPWMインバータに出力する。3相電圧指令V
*を入力したPWMインバータ3では、電圧指令どおりの電圧を発生してこれを主電動機1に印加してトルク指令値どおりのトルクを発生して主電動機1を回転させ、これにより機関車が加速を始める。速度センサ付ベクトル制御器CAの動作により機関車が加速を始めるのと同時に、トルク指令値発生器4からのトルク指令値が入力されている速度センサレスベクトル制御器CBも動作を開始し、主電動機1の電圧・電流から速度を推定演算して、この推定速度V
estをもとにトルク指令値どおりのトルクを発生すべく速度センサ付ベクトル制御器CAと同様に3相電圧指令を発生する。ただし、機関車の速度が切換速度V
ch以下である場合は、速度センサレスベクトル制御器CBからの出力であるベクトル制御切換指令がオフのままであるため電圧指令切換器SW1,SW2は同図に示すようにSW1がオン、SW2がオフであり、速度センサレスベクトル制御器CBが発生した3相電圧指令は、PWMインバータ3に入力されることはない。
【0033】
したがって、切換速度V
chに達するまでは、速度センサ付ベクトル制御器CAの制御によって機関車は加速することになる。なお、速度センサレスベクトル制御器CBで演算した推定速度V
estが切換速度V
ch以上となった場合は、速度センサレスベクトル制御器CBはベクトル制御切換指令をオンにして電圧指令切換器SW1,SW2をSW1をオフ、SW2をオンに切換えて、それまでPWMインバータ3に入力されていた速度センサ付ベクトル制御器CAからの3相電圧指令を開放して、速度センサレスベクトル制御器CBからの3相電圧指令がPWMインバータ3に入力されるようにする。そしてそれ以降、速度センサレスベクトル制御器CBにおいて、PWMインバータ3の出力電圧・電流から推定速度V
estを演算して、この速度を用いて入力されたトルク指令値どおりのトルクを発生すべく3相電圧指令V
*を発生してPWMインバータ3に出力する。また、速度センサレスベクトル制御器CBにおいて、推定速度V
estをもとに演算した推定動輪軸加速度α^
dを空転検知器6に対して出力する。
【0034】
速度センサ付ベクトル制御器CAで演算した速度V
PGと速度センサレスベクトル制御器CBで演算した推定速度V
estは、ともに空転検知用速度演算器5に入力される。この空転検知用速度V
cmb演算器5では、入力された速度V
PGと推定速度V
estとから、以下の(5)式に従って、当該j軸動輪の空転検知用速度V
cmbjを演算する。
【0035】
V
cmbj=V
est×k
est+V
pg×k
pg ・・・・・(5)
この空転検知用速度演算器5の構成を
図6に示す。同図に示すように、空転検知用速度演算器5は、係数k
pgを出力する第1の関数発生器21と、係数k
estを出力する第2の関数発生器22と、第1、第2の乗算器Mp1,Mp2と、加算器A1から構成される。そして、入力された速度センサ付ベクトル制御器CAで演算した速度V
PGと係数k
pgとを乗算器Mp1で乗算するとともに、入力された推定速度V
estと係数k
estとを乗算器Mp1で乗算し、加算器A1でその和を求めて、空転検知用速度V
cmbjとして出力する。
ここに、係数k
estは、
図7に示すように、速度ゼロにおいて値はゼロであり、速度の増大とともに1次関数状に増大し、切換速度V
chに達したときにその値が1となる。また、k
pgは同じく
図7に示すように、速度ゼロにおいて値は1であり、速度の増大とともに1次関数状に減少し切換速度V
chに達したときにその値がゼロとなる。
したがって、速度ゼロ付近では速度V
pgが支配的であるため空転検知用速度V
cmbの演算のための遅れは大きいが、速度の増大とともに空転検知用速度V
cmbjの演算に及ぼす速度V
pgの影響度は低下し、推定遅れの小さい推定速度V
estの影響が支配的となって、空転検知用速度V
cmbjの演算遅れは小さくなっていき、切換速度V
chに達したときには、空転検知用速度V
cmbの演算遅れは推定速度V
estと同じになり、小さな演算遅れで空転検知用速度V
cmbjが演算されることになる。
【0036】
このようにして演算された空転検知用速度V
cmbjは、空転検知器6、基準速度演算器7および牽引質量推定器9に対して出力される。また、他の電気車制御装置においても牽引質量を推定するために当該j軸動輪の空転検知用速度V
cmbjが必要であるため、他の電気車制御装置に対しても出力される。
牽引質量推定器9ではこの空転検知用速度V
cmbjを用いて後述の方法によって機関車が牽引する牽引質量を推定して、これを推定牽引質量M
estjとして動輪軸加速度による空転検知の閾値演算器に対して出力する。推定牽引質量を受信した動輪軸加速度による空転検知の閾値演算器では、後述の方法によって動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipを演算して、これを空転検知器6に対して出力する。
また、空転検知用速度V
cmbjを受信した基準速度演算器7では、
図14に示すように、この他に入力される他の動輪速度V
cmbi(ここにiは1から動輪数Ndまでの値をとるが、i≠jである)とこの空転検知用速度V
cmbjの中で最も低い速度のものを最小値演算器24において演算してこれを基準速度V
refとして空転検知器6に対して出力する。
【0037】
空転検知用速度V
cmbj、基準速度V
ref、動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipを受信した空転検知器6では、
図15にフローチャートで示すような動作をする。まず、ステップS101で空転検知用速度V
cmbjと切換速度V
chとの大小比較を行い、V
cmbj<V
chの場合には速度センサ付ベクトル制御中であるのでステップS102に行き、ステップS102において、空転検知用速度V
cmbjと基準速度V
refとの差速度を演算する。そして、この差速度が、差速度による空転検知の閾値ΔV
slipに対して、差速度≧ΔV
slipとなった場合には、差速度による空転検知状態であるのでステップS103に行き、空転検知信号Slipzをオンにしてトルク指令値発生器4に対して出力する。
一方、差速度<ΔV
slipの場合にはステップS104に行き、空転検知信号Slipzをオフにしてトルク指令値発生器4に対して出力する。
また、ステップS101において、V
cmbj≧V
chである場合は速度センサレスベクトル制御中であるのでステップS105に行き、推定動輪軸加速度α^
dと、動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipとの大小比較を行い、α^
d≧α
slipの場合は動輪軸加速度による空転検知状態であるので、ステップS103に行き、空転検知信号Slipzをオンにしてトルク指令値発生器に対して出力する。α^
d<α
slipである場合は、動輪軸加速度による空転検知状態ではないので、ステップS104に行き、空転検知信号Slipzをオフにしてトルク指令値発生器4に対して出力する。
【0038】
トルク指令値発生器4では、空転検知信号Slipzがオフである場合は、ノッチ指令に対応したトルク指令値を出力する。空転検知信号Slipzがオンになって空転の発生を検知した場合は、
図17のようにトルク指令値を制御して、空転している動輪を再粘着させるようにする。
すなわち、常時車輪・レール間の接線力に対応した主電動機軸上のトルクを、前記特許文献1、非特許文献1に記載されるように、最小次元外乱オブザーバによって推定していて、空転検知した場合には空転検知時の接線力に対応した推定トルクτ
estから、再粘着させることのできる範囲でトルク引き下げ量δτ(=τ
est−τ
a)が極力小さくなるように再粘着期間中に指令するトルク指令値τ
aを設定する。そして、このトルク指令値τ
aをある期間T1だけ指令して動輪を再粘着させ、期間T1が経過した時点で、空転検知時の接線力に対応した推定トルクτ
estより僅かに小さいトルクτ
cを短時間のうちに指令し、このトルク指令値を期間T2だけ保持する。このように推定トルクτ
estより僅かに小さいトルクτ
cを指令するのは、τ
cを指令した時点ですぐに再空転が発生するのを回避するためである。そして、期間T2だけトルクτ
cを指令しても再空転がなければトルク指令値を徐々に増大させる。やがて再空転が発生すると、上記の空転検知時のトルク指令値制御と同様の制御を繰り返す。
【0039】
以上に述べたように動作する
図5に示した電気車制御装置において、実施例1における牽引質量の推定は
図1および
図8、
図9に示すようにして行われる。
なお、
図1は動輪の数N
dが4軸のインバータ機関車の例を示しているが、動輪の数はこの4軸に限定されるものではなく、6軸、8軸なども想定される。
図1に示してあるように、予め設定した時刻T
a1から時刻T
b1までの期間ΔT1について、各動輪のトルク指令値から各動輪の平均牽引力Faviを求める。ここに、i=1〜4である。
図1の場合は、期間ΔT1の間に各動輪に空転が発生しているので、トルク指令値から求めた平均牽引力F
aviは、車輪・レール間の接線力を厳密に反映している訳ではないので、実際の平均牽引力とは異なるが、微小な空転のうちに再粘着させることができていれば、トルク指令値から平均牽引力を算定しても大きな誤差を含むことはないと考えられる。
制御動作の詳細を
図8、
図9を中心にして述べる。
図8において、ステップS101において機関車が加速制御開始直後かの判定を行い、制御開始直後である場合にはステップS102へ行き、すべての動輪の平均牽引力Favkをリセットする(k=1,・・,j,・・Nd)。また、当該j軸で演算する推定牽引質量M
estjもリセットする。
【0040】
次にステップS103において、当該動輪j軸の平均加速度α
b1(t)、平均値演算用カウンタ(平均加速度演算に用いる加速度データの数を表す)をリセットする。そして、ステップS104に行く。なお、ステップS101においての判定結果で機関車が加速制御開始直後でない場合は、直接ステップS104に行く。
ステップS104では、空転検知用速度V
cmb演算器から入力されたV
cmbjを機関車の速度V(t)に設定する。次にステップS105において、1制御周期(δTc)前の機関車の速度V
-1(t)と今回の機関車の速度V(t)から、機関車の加速度α(t)を{V(t)−V
-1(t)}/δTcによって演算する。
そして、ステップS106において、制御開始からの経過時間tが
図1に示してある第1の設定時刻T
a1以上であるか否かの判定を行い、まだ第1の設定時刻T
a1に達していない場合はリターンして、次の制御周期を待つ。
【0041】
第1の設定時刻T
a1以上である場合には、ステップS107において第1の設定時刻T
a1になったばかりか否かの判定を行い、なったばかりである場合は、ステップS108において機関車の速度V(t)をV
a1に設定する。ここにV
a1は
図1に示すように、速度データから機関車の平均加速度を演算するための第1の速度データである。そしてステップS109に移行して、すべての動輪の平均牽引力Favkについて(k=1,・・,j,・・Nd)、トルク指令値T
cmdkを、牽引力に換算して加算する。また、平均加速度α
b1(t)に機関車の加速度α(t)を加算する。次いで、ステップS110において平均値演算用カウンタM
countに1を加算してリターンして、次の制御周期を待つ。
ステップS107の判定において第1の設定時刻T
a1になったばかりではないとの判定結果である場合は、ステップS111の条件判定に行き、制御開始からの経過時間tが
図1に示す第2の設定時刻T
a2以上ではない場合は、上記のステップS109へ行く。経過時間tが第2の設定時刻T
a2以上である場合はステップS112に行き、経過時間tが第2の設定時刻T
a2になった直後でない場合(既に推定牽引質量M
estjが得られている)はリターンして次の制御周期を待ち、経過時間tが第2の設定時刻T
a2になった直後である場合にはステップS113に行き、機関車の速度V(t)をV
a2に設定する。
【0042】
そしてステップS114において、平均加速度α
b1(t)をそのデータの個数を表しているM
countで割ったものを平均加速度α
b1(t)に設定する。あるいは、速度データV
a1、V
a2を用いて、(V
a1−V
a2)/ΔT1を平均加速度α
b1(t)に設定する。そして
図9のステップS115において、各動輪のFavkをM
countで割ったものを平均牽引力Favkに設定する。そしてステップS116において、このように求めた平均牽引力Favkを用いて、期間ΔT1の間の機関車の平均牽引力F
Lは、以下の(6)式で求める。
そしてステップS117において、期間ΔT1の間の機関車の平均加速度をα
b1として、推定牽引質量M
estjを(7)式から求める(列車の走行抵抗は無視している)。
なお、(7)式において、期間ΔT1の間の機関車の平均加速度α
b1を用いる代わりに、時刻T
a1、T
b1における機関車の速度V
a1、V
a1から114において求めた(8)式で表される平均加速度α
avを用いてもよい。
【0043】
・・・・・・・(6)
・・・・・・・(7)
・・・・・・(8)
【0044】
以上に述べた方法で推定牽引質量M
estjが求められると、
図13に示してあるように、動輪軸加速度による空転検知の閾値演算器に入力された推定牽引質量M
estjと、機関車の最大牽引力特性から、演算器23により、推定牽引質量M
estjの機関車が最大牽引力を発揮して加速する場合の列車の速度・加速度α
Z特性を求める。そして、加算器A2で、このα
Zに軸加速度による空転検知閾値設定用定数Δα
marを加算して、動輪軸加速度による空転検知の閾値α
slipとして求めて、空転検知器に対して出力される。
ここに、空転検知閾値設定用定数Δα
marは、機関車が走行する線区の最大勾配による重力成分によって列車加速度の変化が発生しても空転の誤検知が発生しないように、閾値にマージンを持たせるために用いられる定数である。このようにして求められた閾値α
slipは、
図16に示されている空転検知の閾値(A)を表している。この動輪軸加速度による空転検知の閾値(A)は、速度に応じて連続的に変化する速度域がある。しかし、現実には僅かな速度変化で閾値を実際には変える必要がないので、
図16に示してある閾値(B)のように、幾つかの速度帯毎に閾値を変える方法も考えられる。
【実施例2】
【0045】
前述のように動作する電気車制御装置において、実施例2における牽引質量の推定は
図2に示すようにして行われる。なお詳細な推定動作のフローチャートは、
図10に示されている。
図2は本実施例の牽引質量の推定方法を示す図であり、横軸は時間、同図(a)は最初に空転検知した動輪jの牽引力と空転検知信号を示し、(b)は動輪のすべり速度を示し、(c)は機関車の速度、(d)は機関車の加速度と平均加速度を示す。
図2において、時刻T
02に最初に動輪jが空転検知して再粘着制御に移行したとする。時刻T
02からδTだけ遡った時刻T
b2からさらに遡った期間ΔT2の間の動輪jの発生した平均牽引力をFavjとする。そして、空転していない動輪の平均牽引力をFavjとする。ただし、i≠jである(i=1〜Nd、Nd:機関車の動輪数)。
また、期間ΔT2の間の機関車の平均加速度をα
b2とする。そうすると、期間ΔT2の間の機関車の平均牽引力F
Lは、前記(6)式で与えられるので、推定牽引質量M
estjは(7)式のα
b1をα
b2に置き換えた式から求めることができる(列車の走行抵抗は無視している)。
なお、平均牽引力を計算する期間を、δTだけ遡った時刻T
b2を起点にするのは、期間δTの間は動輪が空転状態にあって動輪で発生する牽引力が
図2に示す牽引力より小さくなる(空転中の接線力が正確には把握できない期間)ので、この期間を回避した方が、より正確な牽引力を把握することができるからである。
【0046】
次に詳細な推定動作を、
図10を用いて説明する。まずステップS101において機関車の加速制御直後かの判定を行う。起動開始時はこの条件が成立するので、ステップS102において当該j軸動輪の平均牽引力Favjと、j軸以外の動輪の平均牽引力Faviをリセットする(i=1,・・,Ndでありまたi≠j)。そして、ステップS103において、空転検知用速度V
cmbjを機関車の速度V(t)に設定する。
なお、ステップS101において加速制御直後でない判定となった場合は、直接ステップS103に移行する。次いで、ステップS104において、1制御周期(δTc)前の機関車の速度V
-1(t)と今回の機関車の速度V(t)から、機関車の加速度α(t)を{V(t)−V
-1(t)}/δTcによって演算する。そして、105において、空転検知器出力から入力された空転検知信号Slipzすなわち当該j軸動輪の空転検知信号Slipjがオンか否かの判定を行う。
空転検知信号Slipjがオンでない、すなわち空転が発生していない場合は、ステップS107の条件判定に行き、起動からの経過時間が
図2に示した牽引質量推定動作上限時刻T
end以上になっているか否かを調べる。推定動作上限時刻T
endに達していない場合は、ステップS108において、当該j軸動輪のトルク指令値T
cmdj、j軸以外のi軸動輪のトルク指令値T
cmdiをデータセーブエリアSaveTcmdj、SaveTcmdiにセーブする。また、同様に機関車の速度V(t)と加速度α(t)をセーブエリアSaveV、SaveAに格納する。
【0047】
ステップS107の判定で牽引質量推定動作上限時刻T
end以上になっている場合は、ステップS109の条件判定に行き、推定牽引質量M
estjがリセット状態か調べる。
リセット状態である場合、すなわちまだM
estjの推定演算が完了していない場合には、ステップS110以降のM
estjの推定演算処理を行う。ステップS107、ステップS109の条件判定を経てステップS110の処理に来るのは、一回も空転検知することなく牽引質量推定動作上限時刻T
endが経過した場合である。
ステップS110においては、現在時刻からδT+ΔT2遡った時刻T
a2からδT遡った時刻T
b2までのセーブエリアSaveTcmdj、SaveTcmdiから、
図8、
図9で述べたのと同様の方法によって、各動輪の平均牽引力Faviを演算する(i=1,・・・Nd)。そして、(6)式によって機関車の平均牽引力F
Lを演算する。次にステップS111において、セーブエリアSaveAのデータから機関車の平均加速度α
b2を演算する。また時刻T
a2の機関車速度V
a2と時刻T
b2の機関車速度V
b2を用いて(9)式で平均加速度α
avを演算する。そしてステップS112において、(7)式中のα
b1の代わりに平均加速度α
b2またはα
avを用いて、推定牽引質量M
estjを演算する。
【0048】
ステップS105において空転検知信号Slipjがオンすなわち空転検知した場合は、ステップS106の判定で始めての空転検知である場合は、先述のステップS110へ移行して牽引質量の推定動作を行う。初めての空転検知でない場合は、既に推定牽引質量M
estjがセットされているので、何もせずリターンする。
【0049】
・・・・・・(9)
【0050】
以上に述べた方法で推定牽引質量M
estjが求められると、実施例1について
図13と
図16を用いて説明したのと同じ方法によって、軸加速度による空転検知の閾値(A)あるいは軸加速度による空転検知の閾値(B)を求めることができる。