【文献】
白石圭祐他,(6)水熱法により合成したリン酸鉄リチウムの表面層とその電気化学特性の関係,無機マテリアル学会第108回学術講演会 講演要旨集,2004年,p. 12-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
リチウム化合物、リン酸化合物及び水を混合後、還元性化合物を添加して混合物の酸化還元電位を−1mV未満の還元雰囲気とし、次いで2価の鉄化合物を添加して水熱反応することを特徴とするリン酸鉄リチウムの製造法。
リチウム化合物、リン酸化合物及び水を混合後、還元性化合物を添加して混合物の酸化還元電位を−1mV未満の還元雰囲気とし、炭素源を添加し、次いで2価の鉄化合物を添加して水熱反応を行い、次いで不活性ガス又は還元雰囲気下に焼成することを特徴とするリン酸鉄リチウム系正極活物質の製造法。
【背景技術】
【0002】
携帯電子機器、ハイブリッド自動車、電気自動車等に用いられる二次電池の開発が行われており、特にリチウムイオン二次電池が広く知られている。当該リチウムイオン電池は、基本的に正極、負極、非水電解質及びセパレータからなり、正極材料としてはLiCoO
2が広く用いられ、さらにLiNiO
2、LiMn
2O
4などが開発されている。しかし、これらのリチウム系金属酸化物は、高電圧ではあるが、容量が低いという問題がある。
【0003】
これらに対し、最近になって、オリビン構造を有するリン酸鉄リチウム等のリン酸化合物を正極に用いることが提案されている(特許文献1)。しかしながら、このリン酸鉄リチウムの合成法は固相法であり、不活性ガス雰囲気下で焼成と粉砕を行う必要があり、操作が複雑であった。
【0004】
そこで、リン酸鉄リチウムを水熱反応で製造する試みがなされている(特許文献2及び3、非特許文献1)。これらの方法は、リチウム化合物、鉄化合物、リン酸化合物を耐圧容器内で水熱反応させるというものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のリン酸鉄リチウムの製造法においては、まず、リチウム化合物、リン酸化合物及び水を混合する。
【0012】
リン酸鉄リチウムの合成原料は、基本的に2価の鉄化合物とリチウム化合物とリン酸化合物であるが、本発明においては、最初にリチウム化合物、リン酸化合物及び水の混合物を調製しておき、最後に2価の鉄化合物を添加することが、副反応を防止し、反応を容易に進行させるうえで重要である。2価の鉄化合物とリン酸化合物と水を最初に混合しておき、これに炭素源を加え、窒素ガスを導入した後に炭酸リチウムを加えると、反応中に凝結を生じ、撹拌できなくなり、特殊な撹拌装置を必要とする。一方、2価の鉄化合物と炭酸リチウムと水を最初に混合し、炭素源を加え、窒素ガスを導入した後にリン酸化合物を加えると、過度の発泡により撹拌が困難になり、凝結が生じる。これに対し、本発明のような順序で原料を添加すると、凝結が生じることなく、撹拌も容易であり、反応がスムーズに進行する。
【0013】
原料として用いられるリチウム化合物としては、フッ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等のリチウム金属塩、水酸化リチウム、炭酸リチウム等が挙げられるが、炭酸リチウムを使用するのが安価である点で好ましい。
【0014】
リン酸化合物としては、オルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸、リン酸アンモニウム、リン酸水素アンモニウム等が用いられる。
【0015】
リチウム化合物及びリン酸化合物の使用量はリチウムイオン及びリン酸イオンのモル比換算で2.5:1〜3.7:1が好ましく、略2.8:1〜3.3〜1とするのがより好ましい。
【0016】
水の使用量は、原料化合物の溶解性、撹拌の容易性、合成の効率等の点から、リン酸化合物のリンイオン1モルに対して10〜50モルが好ましく、さらに13〜30モルが好ましく、特に15〜20モルが好ましい。
【0017】
リチウム化合物とリン酸化合物と水の添加順序は特に限定されず、またこれらの原料の混合時間も限定されない。これらの原料の混合は、室温、例えば10〜35℃で行えばよい。
【0018】
本発明方法においては、リチウム化合物、リン酸化合物及び水の混合物に、還元性物質を添加して混合物の酸化還元電位を−1mV未満の還元雰囲気とする。このように混合物を還元雰囲気とすることにより、後に添加する2価の鉄化合物の3価への酸化が抑制され、高純度のリン酸鉄リチウムが効率良く得られる。
【0019】
用いられる還元性物質としては、アンモニア又はアンモニア発生化合物が挙げられる。より具体的には、アンモニア、尿素、メチルアミン等が挙げられるが、酸化還元電位を−1mV未満にする効率の点でアンモニアがより好ましい。
【0020】
還元性物質の添加量は、混合物の酸化還元電位を−1mV未満とする量、−5mV未満とする量がより好ましく、−10〜−500mVとする量がさらに好ましい。アンモニアを使用する場合は、2価の鉄化合物1モルに対してアンモニア量として0.01モル以上が好ましく、さらに0.05モル以上がより好ましい。
【0021】
本発明方法においては、2価の鉄化合物を添加する前に、混合物に窒素ガスを導入するのが好ましい。窒素ガスの導入は、反応液中の溶存酸素量を低下させ、後に添加する2価の鉄化合物の酸化を防止する点から好ましい。窒素ガスの導入量は、溶液中の溶存酸素濃度が1.0mg/L以下になるまで行うのが好ましく、特に0.5mg/L以下となるまで行うのがさらに好ましい。窒素ガスの導入手段としては、溶液中に窒素ガスをバブリングすることにより行うのが好ましい。
【0022】
また、本発明方法においては、後に添加する2価の鉄化合物の酸化を防止するために、この時点で酸化防止剤を添加してもよい。酸化防止剤の添加時期は、窒素ガスの導入と当時でもよいし、これらの操作の前でも中間でも後でもよい。酸化防止剤としては、アスコルビン酸、アスコルビン酸エステル、アスコルビン酸塩、イソアスコルビン酸、アルデヒド類、水素ガス、亜硫酸塩等が挙げられる。これらの酸化防止剤の使用量は、2価の鉄化合物の鉄イオン1モルに対して0.001モル〜0.1モルが好ましく、0.005モル〜0.05モルがさらに好ましい。
【0023】
また、本発明方法においては、炭素源の添加は、水熱反応後でもよいが、水熱反応前に添加しておくのが、均一な正極活物質を得る点で好ましい。ここで炭素源としては、グルコース、フルクトース、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、サッカロース、デンプン、デキストリン、クエン酸が挙げられるが、安価である点からデンプン、グルコースが特に好ましい。炭素源の使用量は、得られるリン酸鉄リチウムを正極材料として使用した場合の充放電特性の点から、リチウム化合物とリン酸化合物、2価の鉄化合物及び水の混合物重量に対して0.1重量%〜15重量%が好ましく、さらに0.5重量%〜10重量%が好ましく、特に1.5重量%〜5重量%が好ましい。
【0024】
なお、還元性物質の添加、窒素ガスの導入及び炭素源の添加の順序は問わず、同時でもよい。
【0025】
本発明方法においては、次に2価の鉄化合物を添加する。用いられる2価の鉄化合物としては、フッ化鉄、塩化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄等のハロゲン化鉄、硫酸鉄、シュウ酸鉄、酢酸鉄等が挙げられる。2価の鉄化合物の使用量は、鉄イオンとしてリン酸イオンと略等モルとするのが、高純度のリン酸鉄リチウムを得る点で好ましい。
【0026】
本発明方法においては、次に前記混合物を微細で均一な粒径を有するリン酸鉄リチウムを得る点から撹拌することが好ましく、さらに30分以上混合することがより好ましい。混合に際しては、撹拌することが好ましい。この撹拌時間は30分以上、さらに30〜120分が好ましく、さらにまた60〜120分が好ましい。撹拌反応は、室温で行えばよく、10〜35℃で行うのが好ましい。撹拌は、通常の撹拌手段、例えばプロペラ撹拌、ポンプ循環撹拌により行うことができる。
【0027】
次に反応混合物を水熱反応に付す。水熱反応は、反応混合物中に水が存在するので、耐圧容器中で密封して150℃以上に加熱すればよい。より好ましい反応温度は150〜200℃であり、さらに好ましくは180〜200℃である。圧力は、耐圧容器中密封して加熱するのみでよく、理論上1.0〜1.5MPa程度になる。加熱時間は1〜10時間が好ましく、さらに2〜5時間が好ましい。なお、水熱反応中は、反応液を撹拌しておくのが好ましい。
【0028】
水熱反応終了後、生成したリン酸鉄リチウムをろ過により採取し、洗浄するのが好ましい。洗浄は、ケーキ洗浄機能を有したろ過装置を用いて水で行うのが好ましい。得られた結晶は、必要により乾燥する。乾燥手段は、噴霧乾燥、真空乾燥、凍結乾燥等が挙げられる。
【0029】
得られたリン酸鉄リチウムは、不活性ガス又は還元雰囲気下で焼成することにより、正極材料として有用なリン酸鉄リチウムとなる。水熱反応前に炭素源を添加しなかった場合は、ここで炭素源を添加する。不活性ガスとしては、Ar、N
2等が挙げられる。また還元雰囲気下とするには水素ガスを導入すればよい。焼成条件は600℃以上が好ましく、さらに600〜900℃が好ましく、特に600〜800℃が好ましい。焼成時間は0.5時間〜5時間が好ましく、さらに1時間〜3時間が好ましい。
【0030】
本発明方法により得られるリン酸鉄リチウムは、化学組成がLiFePO
4で示されるものであり、炭素によりコーティングされていることから正極活物質として有用である。得られるリン酸鉄リチウムは、平均粒子径が1μm以下と微細であり、かつその粒度分布がせまいという特徴がある。SEM像から計算された平均粒子径は1000nm以下であり、粒度分布は100〜800nmが好ましく、さらに200〜600nmが好ましく、特に300〜500nmが好ましい。平均粒子径は、600nm以下が好ましく、特に500nm以下が好ましい。
【0031】
本発明方法により得られるリン酸鉄リチウム系正極活物質は、粒径が微細で均一であることから、リチウムイオン二次電池の正極材料として有用である。次に本発明方法で得られたリン酸鉄リチウム系正極活物質を正極材料として含有するリチウムイオン二次電池について説明する。
【0032】
本発明の正極材料を適用できるリチウムイオン二次電池としては、正極と負極と電解液とセパレータを必須構成とするものであれば特に限定されない。
【0033】
ここで、負極については、リチウムイオンを充電時には吸蔵し、かつ放電時には放出することができれば、その材料構成で特に限定されるものではなく、公知の材料構成のものを用いることができる。たとえば、リチウム金属、グラファイト又は非晶質炭素等の炭素材料等である。そしてリチウムを電気化学的に吸蔵・放出し得るインターカレート材料で形成された電極、特に炭素材料を用いることが好ましい。
【0034】
電解液は、有機溶媒に支持塩を溶解させたものである。有機溶媒は、通常リチウムイオン二次電池の電解液の用いられる有機溶媒であれば特に限定されるものではなく、例えば、カーボネート類、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、ケトン類、ニトリル類、ラクトン類、オキソラン化合物等を用いることができる。
【0035】
支持塩は、その種類が特に限定されるものではないが、LiPF
6、LiBF
4、LiClO
4及びLiAsF
6から選ばれる無機塩、該無機塩の誘導体、LiSO
3CF
3、LiC(SO
3CF
3)
2及びLiN(SO
3CF
3)
2、LiN(SO
2C
2F
5)
2及びLiN(SO
2CF
3)(SO
2C
4F
9)から選ばれる有機塩、並びに該有機塩の誘導体の少なくとも1種であることが好ましい。
【0036】
セパレータは、正極及び負極を電気的に絶縁し、電解液を保持する役割を果たすものである。たとえば、多孔性合成樹脂膜、特にポリオレフィン系高分子(ポリエチレン、ポリプロピレン)の多孔膜を用いればよい。
【実施例】
【0037】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0038】
実施例1
Li
2CO
3 19.9g、H
3PO
4 17.6g及び水60.0gを混合した。これに28%アンモニア水0.11gを加え、酸化還元電位を−10mVとした後、デンプン3.0gを加え、次いで窒素ガスをバブリングし、溶存酸素濃度が0.1mg/L未満になったことを確認した。これにFeSO
4・7H
2O 50.0gを混合し、23±2℃でプロペラ式撹拌装置で60分間撹拌した。
60分間撹拌した混合物をオートクレーブに入れ、200℃で3時間加熱した。加熱中も撹拌を続けた。オートクレーブの内圧は1.5MPaであった。生成した結晶をろ過し、次いで水により洗浄した。結晶を60℃、1Torrの条件で真空乾燥した。得られた結晶をアルゴンガスに水素を3%導入した管状電気炉中で700℃、1時間焼成し、リン酸鉄リチウムの微細粉末を得た。得られた粉末のSEM像を
図1にXRDチャートを
図2示す。得られたリン酸鉄リチウムの粒子径は200〜400nmの範囲であり、高純度のリン酸鉄リチウムが得られたことが確認できた。
【0039】
実施例2
Li
2CO
3 19.9g、H
3PO
4 17.6g及び水60.0gを混合した。これに28%アンモニア水0.55gを加え、酸化還元電位を−31mVとした後、デンプン3.0gを加え、次いで窒素ガスをバブリングし、溶存酸素濃度が0.1mg/L未満になったことを確認した。これにFeSO
4・7H
2O 50.0gを混合し、23±2℃でプロペラ式撹拌装置で60分間撹拌した。
60分間撹拌した混合物をオートクレーブに入れ、200℃で3時間加熱した。加熱中も撹拌を続けた。オートクレーブの内圧は1.5MPaであった。生成した結晶をろ過し、次いで水により洗浄した。結晶を60℃、1Torrの条件で真空乾燥した。得られた結晶をアルゴンガスに水素を3%導入した管状電気炉中で700℃、1時間焼成し、リン酸鉄リチウムの微細粉末を得た。得られた粉末のSEM像を
図3にXRDチャートを
図4示す。得られたリン酸鉄リチウムの粒子径は100〜300nmの範囲であり、高純度のリン酸鉄リチウムが得られたことが確認できた。
【0040】
比較例1
Li
2CO
3 10.0g、H
3PO
4 17.6g及び水60.0gを混合した。このとき、スラリーの酸化還元電位は+73mVであった。これにデンプン3.0gを加え、次いで窒素ガスをバブリングし、溶存酸素濃度が0.1mg/L未満になったことを確認した。これにFeSO
4・7H
2O 50.0gを混合し、23±2℃でプロペラ式撹拌装置で60分間撹拌した。
60分間撹拌した混合物をオートクレーブに入れ、200℃で3時間加熱した。加熱中も撹拌を続けた。オートクレーブの内圧は1.5MPaであった。生成した結晶をろ過し、次いで水により洗浄した。結晶を60℃、1Torrの条件で真空乾燥した。得られた結晶をアルゴンガスに水素を3%導入した管状電気炉中で700℃、1時間焼成し、リン酸鉄リチウムの微細粉末を得た。得られた粉末のSEM像を
図5にXRDチャートを
図6示す。得られたリン酸鉄リチウムの粒子径は500〜800nmの範囲であり、粒子径の大きなリン酸鉄リチウムが得られた。
【0041】
実施例3
実施例1、2、比較例1で得られた材料を正極材料に用いて電池を作製した。
実施例1、2、及び比較例1で得られた焼成物、ケッチェンブラック(導電剤)、ポリフッ化ビニリデン(粘結剤)を重量比75:15:10の配合割合で混合し、これにN−メチル−2−ピロリドンを加えて充分混練し、正極スラリーを調製した。正極スラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔からなる集電体に塗工機を用いて塗布し、80℃で12時間の真空乾燥を行った。その後、φ14mmの円盤状に打ち抜いてハンドプレスを用いて16MPaで2分間プレスし、正極とした。
次いで、上記の正極を用いてコイン型リチウムイオン二次電池を構築した。負極には、φ15mmに打ち抜いたリチウム箔を用いた。電解液には、エチレンカーボネート及びエチルメチルカーボネートを体積比1:1の割合で混合した混合溶媒に、LIPF
6を1mol/lの濃度で溶解したものを用いた。セパレータには、ポリプロピレンなどの高分子多孔フィルムなど、公知のものを用いた。これらの電池部品を露点が−50℃以下の雰囲気で常法により組み込み収容し、コイン型リチウム二次電池(CR−2032)を製造した。
製造したリチウムイオン二次電池を用いて定電流密度での充放電試験を行った。このときの充電条件は電流0.1CA(17mA/g)、電圧4.2Vの定電流充電とし、放電条件は電流0.1CA、終止電圧2.0Vの定電流放電とした。温度は全て30℃とした。
また、放電条件を電池5CA、終止電圧2.0Vの定電池放電とする以外は、同様にして充放電試験を行った。
【0042】
得られた放電容量の比(5C/1C)、正極活物質のFe(III)含有量、及びスラリーのORP(酸化還元電位)を表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1から、本発明方法により得られるリン酸鉄リチウムは均一で微細な粒子であるとともに、Fe(III)含有量が低い。その結果、高レート(5C)での放電容量が高く、優れた放電特性を示すリチウムイオン二次電池が得られる。