(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5674495
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月25日
(54)【発明の名称】流体動圧軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 17/02 20060101AFI20150205BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20150205BHJP
【FI】
F16C17/02 A
F16C33/10 Z
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2011-18357(P2011-18357)
(22)【出願日】2011年1月31日
(65)【公開番号】特開2012-159125(P2012-159125A)
(43)【公開日】2012年8月23日
【審査請求日】2013年8月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】國米 広道
(72)【発明者】
【氏名】原田 和慶
(72)【発明者】
【氏名】古森 功
【審査官】
上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−261397(JP,A)
【文献】
特開2001−200845(JP,A)
【文献】
特開2006−283773(JP,A)
【文献】
特開2002−286027(JP,A)
【文献】
特開2000−232753(JP,A)
【文献】
特開平09−264318(JP,A)
【文献】
特開平04−019421(JP,A)
【文献】
特開平03−069813(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/02
F16C 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受部材と、軸受部材の内周に挿入され、軸受部材の内周面との間にラジアル軸受隙間を形成する軸部材とを有し、ラジアル軸受隙間を形成する軸受部材の内周面または軸部材の外周面に、軸方向に対して傾斜した動圧溝を円周方向に複数配列した動圧溝領域が設けられ、この動圧溝領域が、軸受部材と軸部材の正方向への相対回転時にラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第1領域と、軸受部材と軸部材の逆方向への相対回転時にラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第2領域とを有する流体動圧軸受装置において、
動圧溝領域のうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部を形成する領域に、動圧溝の溝底よりも相手側部材に近接する環状凸部を設け、この環状凸部と相手側部材の対向二面の双方を、軸方向に延びた円筒面状に形成したことを特徴とする流体動圧軸受装置。
【請求項2】
動圧溝領域を軸方向の二箇所に離隔して設け、各動圧溝領域のうち、相手側の動圧溝領域に接近する側の端部に、前記環状凸部をさらに設けた請求項1に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項3】
動圧溝領域を軸方向の二箇所に離隔して設け、各動圧溝領域の、相手側の動圧溝領域との最接近部における動圧溝の傾斜方向を同じにした請求項1に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項4】
二つの動圧溝領域の間における軸部材の外周面と軸受部材の内周面との間の隙間幅を、動圧溝領域と相手側部材との間における隙間幅よりも大きくした請求項2又は3に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項5】
軸受部材の軸方向両端が大気に開放された請求項1〜4の何れか一項に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項6】
動圧溝領域を有する側の部材を焼結金属で形成した請求項1〜5の何れか一項に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項7】
動圧溝が、プレス加工、転造加工、又はレーザ加工の何れかの加工法により形成された請求項1〜6の何れか一項に記載の流体動圧軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体動圧軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流体動圧軸受装置は、軸受部材と、軸受部材の内周に挿入された軸部材との間のラジアル軸受隙間に動圧溝の動圧作用で流体圧力を発生させ、この圧力で軸部材と軸受部材とをラジアル方向に相対回転自在に非接触支持する軸受装置である。このような流体動圧軸受装置は、高速で相対回転する軸部材を精度良く、しかも静粛に支持し得ることから、HDD、CD−ROM、DVD−ROM等のディスク装置のスピンドルモータ、レーザビームプリンタのポリゴンスキャナモータ、あるいはPC等のファンモータなど、情報機器に搭載される小型モータ用の軸受として好適に使用されている。
【0003】
上記した情報機器に搭載される小型モータにおいては、一方向(正方向)に相対回転する軸部材を支持することができれば足りるが、近年、機械設備等に組み込まれるサーボモータや自動車の電装機器に組み込まれるモータなど、両方向(正方向および逆方向)に相対回転する軸部材を支持する用途に流体動圧軸受装置を使用することが検討されている。しかしながら、一方向に相対回転する軸部材を支持する用途に用いられる軸受装置を、両方向に相対回転する軸部材を支持する用途にそのまま用いると、軸部材が逆方向に相対回転したときには、ラジアル軸受隙間の一部領域で負圧が発生したり、ラジアル軸受隙間に形成される油膜が破断したりするおそれがあることから、軸部材を所望の態様で非接触支持することが難しくなる。
【0004】
そこで、例えば下記の特許文献1に記載されているように、軸部材の外周面との間にラジアル軸受隙間を形成する内周面に、正回転用および逆回転用の動圧溝領域(軸方向に対して傾斜した動圧溝を円周方向に複数配列してなるもの)がそれぞれ型成形され、軸部材が正逆何れの方向に相対回転した場合であっても、軸部材を所望の態様で非接触支持することができる軸受部材を備えた流体動圧軸受装置が提案されるに至っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−351374号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の軸受部材は、量産性に富み、しかも正逆両方向に相対回転する軸部材を安定的に非接触支持することができるという利点を有するが、さらなる改良の余地がある。
【0007】
すなわち、軸受部材の内周面に、複数の動圧溝を円周方向に配列した動圧溝領域が設けられている場合、軸受部材と軸部材とが相対回転すると、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油等の流体は動圧溝に沿って流動する。そのため、動圧溝領域の形成態様(動圧溝の配列態様)によっては、軸受部材と軸部材とが相対回転したとき、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油が軸受部材の大気開放側に向けて流動する。このような事象が、特に、ラジアル軸受隙間が常時潤沢な潤滑油で満たされていないタイプの流体動圧軸受装置で生じると、ラジアル軸受隙間に介在させるべき潤滑油量が不足し、支持能力の不安定化を招き易くなる。
【0008】
本発明の課題は、正逆両方向に相対回転する軸部材をラジアル方向に非接触支持可能な動圧溝領域を備えた流体動圧軸受装置において、動圧溝領域の形成態様に関わらず、所期の軸受性能を安定的に維持可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために創案された本発明に係る流体動圧軸受装置は、軸受部材と、軸受部材の内周に挿入され、軸受部材の内周面との間にラジアル軸受隙間を形成する軸部材とを有し、ラジアル軸受隙間を形成する軸受部材の内周面または軸部材の外周面に、軸方向に対して傾斜した動圧溝を円周方向に複数配列した動圧溝領域が設けられ、この動圧溝領域が、軸受部材と軸部材の正方向への相対回転時にラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第1領域と、軸受部材と軸部材の逆方向への相対回転時にラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第2領域とを有するものにおいて、動圧溝領域のうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部を形成する領域に、動圧溝の溝底よりも相手側部材に近接する環状凸部を設け
、この環状凸部と相手側部材の対向二面の双方を、軸方向に延びた円筒面状に形成したことを特徴とする。なお、本発明でいう「相手側部材」とは、動圧溝領域が軸受部材の内周面に設けられる場合には軸部材であり、動圧溝領域が軸部材の外周面に設けられる場合には軸受部材である。
【0010】
上記のように、動圧溝領域のうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部を形成する領域に、動圧溝の溝底よりも相手側部材に近接する環状凸部を設けたことにより、軸受部材と、その内周に挿入した軸部材とが正方向又は逆方向に相対回転したとき、ラジアル軸受隙間で生じる流体の流れをラジアル軸受隙間の下流端で塞き止め、ラジアル軸受隙間外、ひいては流体動圧軸受装置外に流体が漏れ出すのを可及的に防止することができる。これにより、ラジアル軸受隙間を所定量の流体で満たし、所期の軸受性能を安定的に維持することが可能となる。なお、環状凸部は、動圧溝を画成する丘部と連続させても良いし、丘部と非連続としても(動圧溝領域と軸方向に分離して設けても)良い。
【0011】
上記の構成において、動圧溝領域は、軸方向の二箇所に離隔して設けることができ、この場合、各動圧溝領域のうち、相手側の動圧溝領域に接近する側の端部に、上記環状凸部(動圧溝の溝底よりも相手側部材に近接する環状凸部)をさらに設けることができる。このような構成によれば、軸方向一方の動圧溝領域と相手側部材との間のラジアル軸受隙間から、軸方向他方の動圧溝領域と相手側部材との間のラジアル軸受隙間へ向かう流体の流れを抑制することができる。そのため、各ラジアル軸受隙間で生じる圧力(流体圧力)を十分に高めることができ、ラジアル方向の支持能力を向上することができる。
【0012】
動圧溝領域を軸方向の二箇所に離隔して設けた場合、各動圧溝領域の、相手側の動圧溝領域との最接近部における動圧溝の傾斜方向を同じにすることができる。かかる構成は、各動圧溝領域のうち、相手側の動圧溝領域に接近する側の端部に環状凸部を設ける場合および設けない場合の双方において適用することができる。かかる構成を、各動圧溝領域のうち、相手側の動圧溝領域に接近する側の端部に環状凸部を設けない場合に適用すれば、軸受部材と軸部材が正方向又は逆方向に相対回転するときの双方において、二つの動圧溝領域で夫々形成される二つのラジアル軸受隙間の間で軸方向一方へ向かう流体の流れを強制的に形成することができる。これにより、二つのラジアル軸受隙間間における流体の流動循環性を向上することができ、流体の早期劣化を可及的に防止することが、ひいては軸受性能の更なる安定化を図ることができる。
【0013】
動圧溝領域を軸方向の二箇所に離隔して設けた場合、二つの動圧溝領域の間における軸部材の外周面と軸受部材の内周面との間の隙間幅を、動圧溝領域と相手側部材との間の隙間幅(ラジアル軸受隙間の隙間幅)よりも大きくするのが望ましい。このようにすれば、ラジアル方向の回転トルクが不当に増大するのを可及的に防止することができるので、当該流体動圧軸受装置を組み込んだモータの消費電力低減に寄与することができる。
【0014】
本発明は、軸受部材の軸方向両端が大気に開放された、すなわち軸受部材が円筒状をなす流体動圧軸受装置に好ましく適用することができる。もちろん、本発明は、軸受部材の軸方向一端が大気に開放されたタイプの流体動圧軸受装置にも適用することができる。
【0015】
以上の構成において、動圧溝領域を有する側の部材は、焼結金属製とするのが望ましい。焼結金属の良好な加工性に鑑み、複雑形状の動圧溝領域を容易かつ高精度に形成することができるからである。また、動圧溝領域を有する側の部材が焼結金属製とされる場合、または焼結金属以外の材料で形成されている場合の双方において、動圧溝(動圧溝領域)は、所定の動圧溝形状および動圧溝の配列態様に対応した金型を素材に押し付けるプレス加工、転造工具と素材とを相対移動させることによって所定の動圧溝形状を得る転造加工、あるいは素材にレーザを照射するレーザ加工の何れかの加工法により形成することができる。これらの加工法であれば、複雑形状の動圧溝(動圧溝領域)を、精度良くしかも効率的に形成することができる。
【0016】
以上で示した本発明に係る流体動圧軸受装置は、機械設備のサーボモータや自動車の電装機器用モータ等、正逆両方向に回転するモータに好ましく組み込むことができる。もちろん、情報機器に搭載される小型モータにも用いることができ、この場合には、組み込み時の方向性を考慮せずとも足りるので、モータの組み立てを容易化することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上より、本発明によれば、正逆両方向に相対回転する軸部材をラジアル方向に非接触支持可能な動圧溝領域を備えた流体動圧軸受装置において、複数の傾斜動圧溝を円周方向に配列した動圧溝領域の形成態様に関わらず、所期の軸受性能を安定的に維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る流体動圧軸受装置の概略断面図である。
【
図3】動圧溝領域を型成形する工程を模式的に示す図である。
【
図4】軸受部材の他の実施形態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明では、便宜上、方向性を示すために図中上側および図中下側を夫々「上側」および「下側」という。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置1の概略断面図であり、軸受部材3と、軸受部材3の内周に挿入されて、軸受部材3に対して正方向又は逆方向に相対回転する軸部材2とを備える。軸部材2は、ステンレス鋼等の金属材料で形成され、軸受部材3の内周面3aと対向する外周面2aは凹凸のない平滑な円筒面状に形成されている。軸受部材3の内周面3aと軸部材2の外周面2aとの間の隙間(径方向隙間)には流体としての潤滑油が介在している。なお、本実施形態の流体動圧軸受装置1においては、軸受部材3が静止側を構成し、軸部材2が回転側を構成する。
【0021】
軸受部材3は、銅や鉄を主成分とした焼結金属で軸方向の両端が大気に開放された円筒状に形成される。
図2にも示すように、軸受部材3の内周面3aには、対向する軸部材2の外周面2aとの間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面A,Aが軸方向の二箇所に離隔して設けられる。各ラジアル軸受面Aには、複数の動圧溝4を円周方向の全周に亘って配列した動圧溝領域Bが夫々形成されている。動圧溝領域Bを構成する各動圧溝4は、軸方向に対して互いに異なる方向に傾斜した第1溝部4aと第2溝部4bとを組み合わせて形成され、ここでは、第1溝部4aの軸方向両側に第2溝部4bを連設する(第1溝部4aの上端および下端に第2溝部4bを夫々繋げる)ことで各動圧溝4が形成されている。本実施形態において、第1溝部4aおよび両第2溝部4b,4bの溝深さや軸方向長さは、全て同一に設定されている。
【0022】
このように構成された動圧溝領域B,Bは、軸部材2が正方向(
図1中矢印X1方向)に回転したときにラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第1領域B1と、軸部材2が逆方向(
図1中矢印X2方向)に回転したときにラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させる第2領域B2とを夫々有する。本実施形態では、上側及び下側の動圧溝領域B,B共に、第1溝部4a、及びその上側に連設された第2溝部4bの列が第1領域B1を構成し、第1溝部4a、及びその下側に連設された第2溝部4bの列が第2領域B2を構成する。すなわち、軸部材2が正方向に回転したときには、動圧溝領域Bのうち、各動圧溝4を構成する第1溝部4aと上側の第2溝部4bとの合流部が圧力発生部として機能する(
図2中に示す黒塗り矢印を参照)。また、軸部材2が逆方向に回転したときには、動圧溝領域Bのうち、各動圧溝4を構成する第1溝部4aと下側の第2溝部4bとの合流部が圧力発生部として機能する(
図2中に示す白抜き矢印を参照)。
【0023】
上側の動圧溝領域Bのうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部(上端部)を形成する領域には、動圧溝4の溝底よりも内径側に突出するようにして軸部材2に近接した環状凸部6が形成されている。同様に、下側の動圧溝領域Bのうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部(下端部)を形成する領域にも、動圧溝4の溝底よりも内径側に突出するようにして軸部材2に近接した環状凸部6が形成されている。上側の環状凸部6は、上側の動圧溝領域Bの動圧溝4を画成する丘部5の上端と連続し、下側の環状凸部6は、下側の動圧溝領域Bの動圧溝4を画成する丘部5の下端と連続している。各環状凸部6の高さは、丘部5と同一、もしくは若干量低く設定される。
【0024】
軸受部材3の内周面3aのうち、二つの動圧溝領域B,B間の領域は凹凸のない平滑な円筒面状に形成され、この円筒面部7は、動圧溝4の溝底と同一レベルにある。なお、軸受部材3の円筒面部7の内径寸法は、円筒面部7と軸部材2の外周面2aとの間に形成される径方向隙間の隙間幅が、軸受部材3の動圧溝領域Bと軸部材2の外周面2aとの間に形成される径方向隙間(ラジアル軸受隙間)の隙間幅よりも大きくなるように設定される。従って、円筒面部7は、動圧溝4を画成する丘部5よりも小径に形成されていれば良く、必ずしも動圧溝4の溝底と同一レベルに形成されていなくても良い。
【0025】
上記した動圧溝領域B,Bは、例えばプレス加工で形成することができ、本実施形態では軸受部材3の内周面3a全体がプレス加工で形成される。プレス工程では、
図3に示すように、外周面に、軸受部材3の内周面3a形状に対応する形状の凹凸型11aが設けられたコアロッド11を、内外周面が凹凸のない平滑な円筒面に形成された軸受素材3’の内周に挿入すると共に、軸受素材3’の軸方向両端面をパンチ12a,12bで拘束し、その状態で軸受素材3’をダイス13に押し入れる。軸受素材3’をダイス13に押し入れると、軸受素材3’にパンチ12a,12bおよびダイス13から圧迫力が付与され、軸受素材3’の内周面がコアロッド11の型部11aに押し付けられる。これにより、軸受素材3’の内周面がコアロッド11の凹凸型11aに倣って塑性変形し、動圧溝領域B,B(複数の動圧溝4、動圧溝4を画成する区画部5)、環状凸部6、さらには二つの動圧溝領域B,B間の円筒面部7が内周面3aに型成形される。
【0026】
なお、内周面3aの型成形が終了した後、軸受素材3’(軸受部材3)をダイス13から取り出すと、軸受部材3のスプリングバックによってその内周面が拡径する。そのため、凹凸型11aと成形後の動圧溝領域Bとが干渉することなく、スムーズに軸受部材3の内周からコアロッド11を抜き取ることができる。コアロッド11が抜き取られた軸受部材3の内部空孔には、真空含浸等の公知の含油方法を採用して流体としての潤滑油が含浸される。
【0027】
このように、動圧溝領域B,Bを含んで内周面3aをプレス加工で形成すれば、軸受部材3の個体間において内周面3a(動圧溝領域B、環状凸部6および円筒面部7)の形状精度にばらつきが生じるのを可及的に防止して、高精度の内周面3aを得ることができる。なお、内周面3aのうち、少なくとも動圧溝領域B,Bは、転造加工、あるいはレーザ加工により形成することもできる。後述する他の実施形態においても同様である。
【0028】
以上の構成からなる流体動圧軸受装置1において、軸部材2が正方向(
図1中の矢印X1方向)に回転すると、軸受部材3の内周面3aの上下二箇所に離隔して設けたラジアル軸受面A,Aと、これに対向する軸部材2の外周面2aとの間にそれぞれラジアル軸受隙間が形成される。そして、軸部材2の回転に伴って、両ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油の圧力が動圧溝領域Bの第1領域B1で高められ、その結果、軸部材2がラジアル方向で非接触に保持される。また、軸部材2が逆方向(
図1中の矢印X2方向)に回転した場合、軸受部材3の内周面3aの上下二箇所に離隔して設けたラジアル軸受面A,Aと、これに対向する軸2の外周面2aとの間にそれぞれラジアル軸受隙間が形成される。そして、軸部材2の回転に伴って、両ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油の圧力が動圧溝領域Bの第2領域B2で高められ、その結果、軸部材2がラジアル方向で非接触に保持される。
【0029】
上記したように、軸受部材3の内周面3aの上下二箇所に離隔して設けた動圧溝領域Bは、軸部材2が正回転又は逆回転する場合の何れにおいても、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油の圧力を高めることができるが、軸部材2の回転時、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油は、動圧溝4に沿って流動する。そのため、何ら手当てをしなければ、軸部材2の正回転時においては、軸部材2の外周面2aと軸受部材3の内周面3aとの間に介在する潤滑油が軸受部材3の下側開口部から外部に流出し易くなり、また、軸部材2の逆回転時においては、軸部材2の外周面2aと軸受部材3の内周面3aとの間に介在する潤滑油が軸受部材3の上側開口部から外部に流出し易くなる。
【0030】
これに対し、本発明においては、動圧溝領域Bのうち、ラジアル軸受隙間の大気開放側の端部を形成する領域(動圧溝領域Bを軸方向の二箇所に離隔して設けた本実施形態では、上側の動圧溝領域Bの上端部および下側の動圧溝領域Bの下端部)に、動圧溝4の溝底よりも軸部材2(相手側部材)に近接するように内径側に突出する環状凸部6をそれぞれ設けた。これにより、軸受部材3と、その内周に挿入した軸部材2とが正方向又は逆方向に相対回転したときの双方において、ラジアル軸受隙間(軸2と焼結軸受3との間に形成される径方向隙間)で生じる潤滑油の流れをラジアル軸受隙間の下流端で塞き止め、潤滑油の外部漏洩を可及的に防止することができる。これにより、ラジアル軸受隙間を所定量の潤滑油で満たし、所期の軸受性能を安定的に維持することができる。
【0031】
本実施形態においては、軸受部材3の内周面3aに設けた上下の動圧溝領域B,Bで、相手側の動圧溝領域との最接近部における動圧溝4の傾斜方向を同じにした。ここでは、上側の動圧溝領域Bを構成する各動圧溝4の下端と、下側の動圧溝領域を構成する各動圧溝4の上端とを第2溝部4bで構成した。また、上下の動圧溝領域B,B間に、動圧溝4の溝底と同一レベルにある平滑な円筒面部7を設けた。これにより、上側の動圧溝領域Bで形成されるラジアル軸受隙間と、下側の動圧溝領域Bで形成されるラジアル軸受隙間との間に、軸部材2が正回転又は逆回転するときの双方において、軸方向一方へ向かう潤滑油の流れを強制的に形成することができる。この流れの上流側では低圧傾向となるため、焼結金属製とされる軸受部材3の内部から、表面開孔を通じてラジアル軸受隙間に潤滑油が滲み出る。その一方、流れの下流側では高圧傾向となるため、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油が表面開孔を通じて軸受部材3の内部に還流する。その結果、二つのラジアル軸受隙間と軸受部材3の内部との間で、潤滑油の循環サイクルを形成することができ、二つのラジアル軸受隙間間における潤滑油の流動循環性を一層向上することができる。これにより、軸受性能の安定化が図られると共に、ラジアル軸受隙間でのせん断作用や熱影響による潤滑油の早期劣化を防止することが可能となる。
【0032】
以上、本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置1について説明を行ったが、本発明に係る流体動圧軸受装置1には種々の変更を施すことが可能である。以下、流体動圧軸受装置1を構成する軸受部材3の変形例について図面を参照しながら説明を行うが、以上で説明したものと異なる点についてのみ詳細に説明を行い、実質的に同一の構成には共通の参照番号を付して重複説明を省略する。
【0033】
図4に示す軸受部材3は、環状凸部6の形成態様を上記した軸受部材3と異らせたものの一例であり、具体的には、上側および下側の動圧溝領域Bの軸方向両端に環状凸部6を設けている。すなわち、上下二箇所に離隔して設けた動圧溝領域B,Bのうち、相手側の動圧溝領域Bに接近する側の端部(上側の動圧溝領域Bの下端部、および下側の動圧溝領域の上端部)に、動圧溝4の溝底よりも内径側に突出するようにして軸部材2の外周面2aに近接した環状凸部6をさらに設けている。このような構成によれば、上記した実施形態に比べ、軸方向一方側のラジアル軸受隙間から、軸方向他方側のラジアル軸受隙間へ向かう潤滑油の流れ(流動量)を抑制することができる。そのため、各ラジアル軸受隙間で生じる圧力を十分に高めることができ、ラジアル方向の支持能力を向上することができる。
【0034】
なお、
図4に示す、各動圧溝領域Bの軸方向両端に環状凸部6を設ける構成は、ラジアル軸受隙間外への潤滑油の流出量を少なくすることができるので、装置内に介在する潤滑油の総量が少ないタイプの流体動圧軸受装置1において特に好適である。
【0035】
図5に示す軸受部材3は、各動圧溝領域Bのうち、各動圧溝4を構成する第1溝部4aと上側の第2溝部4bとの合流部、および第1溝部4aと下側の第2溝部4bとの合流部に、各合流部を通るようにして内周面3aの全周に亘って延びる(環状の)背部8がそれぞれ設けられている点において、
図2に示すものと構成を異にしている。各背部8は、動圧溝4を画成する丘部5と略同一高さに形成されている。図示例では、環状凸部6を、上下二箇所に離隔して設けた動圧溝領域B,Bのうち、大気開放側の端部にのみ設けているが、
図4に示す実施形態と同様に、環状凸部6を各動圧溝領域B,Bの軸方向両端に設けることもできる。
【0036】
以上で説明した動圧溝4の配列態様(動圧溝領域Bの形成態様)は代表的なものを例示したに過ぎない。すなわち、軸部材2が正方向又は逆方向に相対回転する何れの場合においても、ラジアル軸受面A(動圧溝領域B)と、これに対向する軸部材2の外周面2aとの間に形成されるラジアル軸受隙間に潤滑油の動圧作用を発生させることができるのであれば、軸方向に対して傾斜した動圧溝4の配列態様は任意に設定することができる。
【0037】
また、以上では、軸受部材3の内周面3aの上下二箇所に離隔して動圧溝領域Bが設けられた流体動圧軸受装置1に本発明を適用した場合について説明を行ったが、本発明は、軸受部材3の内周面3aの軸方向一箇所のみに動圧溝領域Bが設けられた流体動圧軸受装置1にも好ましく適用することができる。この場合には、動圧溝領域Bの軸方向両端に、動圧溝4の溝底よりも相手側部材(軸部材2)に近接するように内径側に突出した環状凸部を設ける。
【0038】
また、以上では、軸受部材3が焼結金属で形成された流体動圧軸受装置1に本発明を適用した場合について説明を行ったが、軸受部材3が焼結金属以外の材料、例えば、黄銅等のソリッドな金属材料や樹脂材料(非多孔質/多孔質を問わない)で形成される場合にも好ましく適用することができる。また、軸受部材3として、軸方向の一端のみが大気に開放されたもの(軸受部材3が有底筒状をなすもの)を用いた流体動圧軸受装置1にも好ましく適用することができる。
【0039】
また、本発明は、軸受部材3の内周面3aに替えて、軸部材2の外周面2aに動圧溝領域Bが設けられる流体動圧軸受装置1にも好ましく適用することができる。この場合、軸部材2は、焼結金属で形成することができる他、ソリッドな金属材料(例えば、ステンレス鋼)で形成することができる。
【0040】
以上で説明した流体動圧軸受装置1は、正逆両方向の相対回転を支持することができ、しかも潤滑油の外部漏洩を可及的に防止することができる。従って、図示は省略するが、機械設備のサーボモータ、自動車の電装機器用モータ等、正逆両方向に回転し、かつ両方向の回転を長期間に亘って安定的に支持することが求められるモータ用として好適である。もちろん、以上で説明した流体動圧軸受装置1は、HDDに代表される情報機器に搭載される小型モータにも用いることができ、この場合には、組み込み時の方向性を考慮せずとも足りるので、モータの組み立てを容易化することができる。
【符号の説明】
【0041】
1 流体動圧軸受装置
2 軸部材
3 軸受部材
3a 内周面
4 動圧溝
4a 第1溝部
4b 第2溝部
5 丘部
6 環状凸部
7 円筒面部
A ラジアル軸受面
B 動圧溝領域
B1 第1領域
B2 第2領域