特許第5676275号(P5676275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人慶應義塾の特許一覧

特許5676275酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法
<>
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000005
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000006
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000007
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000008
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000009
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000010
  • 特許5676275-酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5676275
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月25日
(54)【発明の名称】酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20150205BHJP
   G01N 33/576 20060101ALI20150205BHJP
【FI】
   G01N33/68
   G01N33/576 B
   G01N33/576 Z
【請求項の数】10
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2010-543986(P2010-543986)
(86)(22)【出願日】2009年11月26日
(86)【国際出願番号】JP2009069950
(87)【国際公開番号】WO2010073870
(87)【国際公開日】20100701
【審査請求日】2012年11月21日
(31)【優先権主張番号】特願2008-328133(P2008-328133)
(32)【優先日】2008年12月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100080458
【弁理士】
【氏名又は名称】高矢 諭
(74)【代理人】
【識別番号】100076129
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 圭佑
(74)【代理人】
【識別番号】100089015
【弁理士】
【氏名又は名称】牧野 剛博
(72)【発明者】
【氏名】曽我 朋義
(72)【発明者】
【氏名】杉本 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】末松 誠
(72)【発明者】
【氏名】本間 雅
(72)【発明者】
【氏名】山本 武人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 洋史
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/059150(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/029431(WO,A1)
【文献】 特開2011−232164(JP,A)
【文献】 J Biol Chem,2006年,Vol.281, No.24, Page.16768-16776
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 33/576
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の組織中の酸化ストレスを検出するためのマーカーであって、
γ−Glu−Gly、γ−Glu−Ala、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Val、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Taurine、γ−Glu−Ile、γ−Glu−Leu、γ−Glu−Asn、γ−Glu−Asp、γ−Glu−Gln、γ−Glu−Lys、γ−Glu−Glu、γ−Glu−Met、γ−Glu−His、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Trp、γ−Glu−Arg、γ−Glu−Citrulline、γ−Glu−Tyrのいずれかであることを特徴とする酸化ストレス検出用マーカー。
【請求項2】
γ−Glu−Phe、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Gly、γ−Glu−Gluからなる群より選択されることを特徴とする健常者識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項3】
なくともγ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする薬剤性肝炎識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項4】
なくともγ−Glu−Val、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyrを含む組合せであることを特徴とする肝臓がん識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項5】
なくともγ−Glu−Val、γ−Glu−Gln、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする無症状B型肝炎キャリア識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項6】
なくともγ−Glu−Lysを含むことを特徴とする慢性B型肝炎識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項7】
なくともγ−Glu−Gly、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする無症状C型肝炎キャリア識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項8】
なくともγ−Glu−Ser、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyrを含む組合せであることを特徴とする慢性C型肝炎識別用の肝臓疾患マーカー。
【請求項9】
医薬品の投与前及び投与後に採取されたヒトの血液において、請求項1乃至のいずれか1項に記載の酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を測定する工程と、
前記測定の結果を、前記医薬品の投与前の血液と投与後の血液とで比較する工程と、
を含むことを特徴とする医薬品の検定方法。
【請求項10】
ヒトにおいて、医薬品を投与された一以上の個体からなる第1の群から採取された血液、及び、前記医薬品を投与されていない一以上の個体からなる第2の群から採取された血液について、請求項1乃至のいずれか1項に記載の酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を測定する工程と、
第1の群と第2の群との間で、測定された前記酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を比較する工程と、
を含むことを特徴とする医薬品の検定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び医薬品の検定方法に係り、特に、各種肝臓疾患の患者を健常者と識別してスクリーニング可能な酸化ストレス検出用マーカー、肝臓疾患マーカー及び該酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーを用いた医薬品の検定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓疾患は、薬剤性肝炎、B型、C型肝炎、肝硬変、肝臓がんなど多様であり、また無症状のB型、C型ウイルスのキャリアの人も存在する。特にC型肝炎ウイルス(HCV)感染者の7割は、慢性的な肝臓の炎症(慢性肝炎)のため、徐々に正常な幹細胞が失われ、肝臓が線維化して、肝硬変に進行し、さらには肝臓がんまで発展する。C型慢性肝炎患者の10−15%、肝硬変患者の80%に肝臓がんが発生することが報告されている。慢性肝炎の状態では生命に危険が生じることはないが、肝臓がんが発生したり、肝硬変が進行して肝不全を引き起こしたりすると生命の危険がせまる。従って、早期にC型肝炎を診断し、ウイルスを駆除することが必要である。
【0003】
C型肝炎は、肝硬変から肝臓がんへと症状も無く進行し、肝臓の機能が極度に低下して倦怠感や黄疸、意識障害など様々な障害がおこるが、この段階では現在有効な治療法はない。したがって、肝臓の機能が悪化する前に、なるべく早く症状の進行を検出し、インターフェロン投与などの治療などを施すことが必要である。しかし、各種の肝障害を正確かつ迅速に特定する方法は未だ確立されていないのが現状である。
【0004】
一般に肝臓疾患が疑われると、問診、視診、触診とともに、血中のAST、ALT、γ−GTP、アルカリフォスファターゼ(AL−P)、コリンエステラーゼ(ChE)、ビリルビンなどの肝機能マーカーを測定する。これらの生化学検査値に異常があった場合は、B型やC型肝炎ウイルス検査、超音波検査、X線、CTなどの画像検査が行われる。がんの判定には、血中のAFP、PIVKA−II、CEAなどのタンパク質の腫瘍マーカーを測定する。さらに、正確な判定が必要な場合は、腹腔鏡検査や肝生検(1週間程度の入院が必要)を行う(非特許文献1)。
【0005】
このように肝臓病を特定するには、多くの検査を受けなければならず、判定がつくまでに何日も費やす。また腹腔鏡検査や肝生検は、患者を危険に曝し、肉体的な苦痛を与える。腹腔鏡検査や肝生検は、患者の負担が大きいため、病態のチェックなどのために頻繁に行うことはできない。さらに従来法では、多くの検査や判定は専門家でなければ行うことができず、不足している医療関係者に負担を強いる。したがって、患者に負担がかからず、迅速で、正確かつ簡便な肝臓疾患の判定法が強く望まれている。
【0006】
肝炎、肝硬変、肝臓がんなど多くの肝障害は、活性酸素の生成(酸化ストレス)と、それを除去する生体の防御システムの破たんによって惹起されることが知られている(非特許文献2)。活性酸素などの酸化ストレスに対する生体の防御の主要な一つに、グルタチオンシステムによるものがある。組織に最も高濃度に存在する抗酸化物質として還元型グルタチオン(GSH:以下グルタチオン)があり、活性酸素や親電子物質にグルタチオンが抱合することによって、これらの物質は還元され、酸化ストレスは抑制される。
【0007】
しかし、グルタチオンが減少すると組織や細胞は酸化ストレスに曝され、様々な病態を惹起する(非特許文献3)。実際に肝障害でも、B型やC型の肝炎ウイルスの感染によって、酸化ストレスが亢進してグルタチオンが減少することや、C型肝炎、肝硬変、肝臓がんの患者やマウスでグルタチオンが減少することが報告されている(非特許文献2、4)。
【0008】
薬物の服用によって誘発される薬剤性肝炎も酸化ストレスによって惹起される。解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェン(APAP)は肝臓で代謝され、毒性の高い親電子物質N−アセチルベンゾキノンイミン(NAQPI)が生成される。このNAQPIは、肝臓に高濃度に存在するグルタチオン(GSH)が抱合することによって、解毒、排泄される。しかし、親電子物質が大量に存在する場合はグルタチオンが枯渇し、親電子物質が細胞内に蓄積し(酸化ストレス)、生体高分子と反応する。その結果、細胞の機能が撹乱され、薬剤性肝炎などの病態を惹起することが知られている。
【0009】
これまでに発明者らは、マウスにAPAPを大量に投与すると、APAPの代謝によって生成された親電子物質NAQPIを解毒するためにグルタチオンが減少し、反比例してオフタルミン酸が急増すること(図1(B)参照)、肝臓および血中のオフタルミン酸の増加は、親電子物質によって肝臓のグルタチオンが枯渇したことを示すことを見出した(特許文献1、非特許文献5)。
【0010】
その機序は以下の通りである。図1に示すように、グルタチオン(γ−Glu−Cys−Gly)とオフタルミン酸(γ−Glu−2AB−Gly)は、同じ二つの酵素γ−グルタミルシステイン合成酵素とグルタチオン合成酵素によって生合成されるトリペプチドであり、基質(出発物質)がシステイン(Cys)か2−アミノ酪酸(2AB)の違いである。図1(A)に示す通常の還元状態では、肝臓内にグルタチオンが大量に存在し、最初の酵素γ-グルタミルシステイン合成酵素がフィードバック(FB)阻害されている。したがって、オフタルミン酸は、ほとんど生合成されない。しかし、図1(B)に示す酸化状態のように、親電子物質や活性酸素種が存在すると、解毒のためにグルタチオンが消費される。グルタチオンの減少によってフィードバック阻害が解除されて、γ-グルタミルシステイン合成酵素が活性化し、グルタチオンとオフタルミン酸が生合成される。オフタルミン酸は肝臓内に蓄積し、血中にも排泄される。このように親電子物質などによって酸化状態になると、肝臓や血液のオフタルミン酸が増加するため、オフタルミン酸は酸化ストレスのバイオマーカーとなる。
【0011】
又、肥満により内臓脂肪が増加すると問題になる非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)において、酸化ストレスマーカーの血清チオレドキシン(TRX)が、肝硬変から肝臓がんに進行する非アルコール性脂肪肝炎(NASH)と、良好な経過をたどる単純脂肪肝(SS)の識別に有用であることも報告されている(非特許文献6)。
【0012】
他方、キャピラリー電気泳動−質量分析装置(CE−MS)による試料中の代謝物質測定法による細胞内の代謝物質の網羅的な測定方法(例えば、非特許文献7〜9参照)は、ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該ヒトまたは動物の身体由来の液体サンプルの低分子化合物(代謝物質)パターンおよび/またはペプチドパターンを、定性的かつ/または定量的に決定する方法であって、ここで、該液体サンプルの代謝物質およびペプチドは、キャピラリー電気泳動により分離され、次いで直接イオン化され、そしてオンラインでインターフェースを介して、接続された質量分析計で検出される。長期間にわたって該ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該状態を示す参照値およびサンプル値、ならびに該値から導かれた偏差および対応は、自動的にデータベースに記憶される。キャピラリー電気泳動と質量分析を組合せて陰イオン性化合物を分離分析する場合は、キャピラリーの内表面が予め陽イオン性にコーティングされたコーティングキャピラリーを用いて、電気浸透流を反転することを特徴とする陰イオン性化合物の分離分析方法(例えば、特許文献2参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−192746号公報
【特許文献1】特許第3341765号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Callewaert, N. et al. Nat. Med.10, 429-434, 2004.
【非特許文献2】Loguercio, Carmela et al. Free Radic. Biol. Med. 34, 1-10, 2003.
【非特許文献3】Yadav, Dhiraj et al. Am. J. Gastroenterol. 97, 2634-2639, 2002.
【非特許文献4】Moriya, K. et al. Cancer Res. 61, 4365-4370, 2001.
【非特許文献5】Soga, T. et al. J. Biol. Chem. 281, 16768-16776, 2006.
【非特許文献6】谷川 久一編「酸化ストレスと肝疾患<第5巻>」メディカルトリビューン社, 3-37頁, 2009. 5. 7.
【非特許文献7】Soga, T. et al. J. Proteome Res.2. 488-494, 2003.
【非特許文献8】Soga, T. et al. J. Boil Chem.Vol.281, No.24, (June 16, 2006) 16768-16776
【非特許文献9】Hirayama, A. et al. Cancer. Res. 69 : (II). (June 1, 2009) 4918-4925
【非特許文献10】Pignatelli, B. et al. Am. J. Gastroenterol. 96, 1758-1766, 2001.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、従来は、薬剤性肝炎、B型、C型肝炎、肝硬変、肝臓がん、無症状のB型やC型ウィルスキャリア等を一回の検査で識別して特定することは困難であった。
【0016】
本発明は、前記従来の問題点を解消するためになされたもので、血液中の低分子バイオマーカーを測定することによって、薬剤性肝炎、B型、C型肝炎、肝硬変、肝臓がん、無症状のB型やC型ウィルスキャリア等の肝臓疾患を迅速に特定可能とすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前述のように、肝炎、肝硬変、肝臓がんなど多くの肝障害は、酸化ストレスと深い関係があるため、各肝障害でオフタルミン酸濃度が変動することが予想された。そこで、健常者(control:C)、薬剤性肝障害(drug induced liver injury:DI)、無症状B型肝炎キャリア(asymptomatic hepatitis B carrier:AHB)、無症状C型肝炎キャリア(asymptomatic hepatitis C carrier:AHC)、慢性B型肝炎(chronic hepatitis B carrier:CHB)、慢性C型肝炎(chronic hepatitis C carrier:CHB)、肝臓がん(hepatocellular carcinoma:HCC)の患者から血液を採取し、血清中のオフタルミン酸を測定した。しかし、マウスとは異なり、健常者や薬剤性肝炎患者からは、オフタルミン酸は殆んど検出されなかった。(マウスの血清中のオフタルミン酸の濃度は約2μMであったが、ヒトの血清中の濃度は、約1/20程度であり、健常者や薬剤性肝炎患者では殆んど検出されなかった。)
【0018】
しかし、発明者らは、各肝炎患者の血清中で著しく増加する物質を発見し、それらがγ−Glu−Xペプチド類(注:Xはアミノ酸及びアミンを示す)であることを同定した。さらに血清中の肝機能マーカーであるASTとALTの値とγ−Glu−Xペプチド類を用いて多重ロジスティック回帰モデルによる多変量解析を行うことにより、各種の肝炎患者を他と区別することに成功した。
【0019】
本発見によって、血液中のγ−Glu−Xペプチド類の濃度やAST、ALTの値を測定することによって、健常者、薬剤性肝障害、無症状B型肝炎キャリア、無症状C型肝炎キャリア、慢性B型肝炎、慢性C型肝炎、肝臓がんなどの肝臓疾患を迅速に特定することが可能になった。
【0021】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、哺乳動物の組織中の親電子物質毒性と活性酸素(酸化ストレス)を検出するためのマーカーであって、γ−Glu−Gly、γ−Glu−Ala、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Val、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Taurine、γ−Glu−Ile、γ−Glu−Leu、γ−Glu−Asn、γ−Glu−Asp、γ−Glu−Gln、γ−Glu−Lys、γ−Glu−Glu、γ−Glu−Met、γ−Glu−His、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Trp、γ−Glu−Arg、γ−Glu−Citrulline、γ−Glu−Tyrのいずれかであることを特徴とする酸化ストレス検出用マーカーを提供するものである。
【0022】
本発明は、、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Gly、γ−Glu−Gluからなる群より選択されることを特徴とする健常者識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0024】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする薬剤性肝炎識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0025】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Val、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyrを含む組合せであることを特徴とする肝臓がん識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0026】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Val、γ−Glu−Gln、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする無症状B型肝炎キャリア識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0027】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Lysを含むことを特徴とする慢性B型肝炎識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0028】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Gly、γ−Glu−Pheを含む組合せであることを特徴とする無症状C型肝炎キャリア識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0029】
本発明は、、少なくともγ−Glu−Ser、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyrを含む組合せであることを特徴とする慢性C型肝炎識別用の肝臓疾患マーカーを提供するものである。
【0033】
本発明は、又、医薬品の投与前及び投与後に採取されたヒトの血液において、前記いずれかの酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を測定する工程と、前記測定の結果を、前記医薬品の投与前の血液と投与後の血液とで比較する工程と、を含むことを特徴とする医薬品の検定方法を提供するものである。
【0034】
本発明は、又、ヒトにおいて、医薬品を投与された一以上の個体からなる第1の群から採取された血液、及び、前記医薬品を投与されていない一以上の個体からなる第2の群から採取された血液について、前記いずれかの酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を測定する工程と、第1の群と第2の群との間で、測定された前記酸化ストレス検出用マーカー又は肝臓疾患マーカーの濃度を比較する工程と、を含むことを特徴とする医薬品の検定方法を提供するものである。
【0039】
ここで、マーカーの濃度を測定する工程は、個体から採取した血液を個別に測定することも、複数の個体から採取した血液のプールを測定することも含む。また、測定されたマーカーの濃度を比較する工程は、各測定で得られた濃度を一つずつ比較することも、各測定で得られた濃度の積算値あるいは平均値を比較することも含む。
【0040】
組織中の酸化ストレスを検出するために、マーカーを用いることのできる哺乳動物は、組織における酸化ストレスに従い、血中で本発明に係るマーカーが測定できる哺乳類であれば制限はなく、ヒトであることが好ましい。
【0041】
この診断方法に用いられる血液を採取する哺乳動物は特に制限がないが、上記マーカーのうち少なくとも一つがその血液中に存在する哺乳動物であることが好ましく、マウスやラットなどのげっ歯類や、ヒト、サル、犬であることが、より好ましい。
【発明の効果】
【0042】
本発明によれば、血液中のγ−Glu−Xペプチド類の濃度やAST、ALTの値などを測定することによって、健常者、薬剤性肝障害、無症状B型肝炎キャリア、無症状C型肝炎キャリア、慢性B型肝炎、慢性C型肝炎、肝臓がんなどの肝臓疾患を迅速に特定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】親電子物質と活性酸素(酸化ストレス)によってオフタルミン酸が生合成されるメカニズムを模式的に示す図
図2】健常者と肝臓がん患者の血清中のγ−Glu−X(Xはアミノ酸及びアミン)ペプチド類のLC−MS測定結果を比較して示す図
図3】健常者、各肝炎患者の血清中のAST、ALT、γ−Glu−Xペプチド類の測定結果を比較して示す図
図4】AST、ALT、γ−Glu−Xペプチド類による健常、各肝臓疾患のスクリーニング検査の精度を示す図
図5】肝臓がん患者と胃がん患者の血清中のγ−Glu−Xペプチド類の濃度を比較して示す図
図6】BSO、DEM投与マウス肝臓中のγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyの定量結果を比較して示す図
図7】各種の肝障害患者でγ−Glu−Xペプチド類が生合成されるメカニズムを模式的に示す図
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0045】
前述のように、肝炎、肝硬変、肝臓がんなど多くの肝障害は、酸化ストレスと深い関係があることが、知られている。そこで、健常者(C)10名、薬剤性肝障害(DI)31名、無症状B型肝炎キャリア(AHB)8名、無症状C型肝炎キャリア(AHC)8名、慢性B型肝炎(CHB)10名、慢性C型肝炎(CHB)21名、肝臓がん(HCC)14名の血清を測定して、キャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析計(CE−TOFMS)法を用いて、オフタルミン酸濃度を測定した。しかし、別の物質が各肝炎患者で優位に増加していることを見出し、それらは、いずれもγ−Glu−Xペプチド類(注:Xはアミノ酸及びアミンを示す)であることを特定した。
【0046】
1.血清から代謝物質の抽出
健常者および各種肝炎患者から採取した血清(100μl)を標準物質入りのメタノール900μlに入れ、酵素を失活させ、代謝の亢進を止めた。400μlの超純水、1000μlのクロロホルムを加えた後、4℃で5分間、4,600gで遠心した。静置後、分離した水−メタノール相750μlを分画分子量5kDaの遠心限外ろ過フィルターを通過し、除タンパクした。ろ液を凍結乾燥後、Milli−Q水50μlを加え、それをCE−TOFMSおよびLC−MS測定に供した。
【0047】
2.キャピラリー電気泳動−質量分析装置(CE−TOFMS)による血清中の代謝物測定
CE−TOFMSを用いて、健常者および肝炎患者の血清中の低分子代謝産物を一斉に測定した。
【0048】
CE−TOFMS分析条件
a.キャピラリー電気泳動−電気泳動(CE)の分析条件
キャピラリーには、フューズドシリカキャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm)を用いた。緩衝液には、1Mギ酸(pH約1.8)を用いた。印加電圧は、+30kV、キャピラリー温度は20℃で測定した。試料は、加圧法を用いて50mbarで3秒間(約3nl)注入した。
【0049】
b.飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件
正イオンモードを用い、イオン化電圧は4kV、フラグメンター電圧は75V、スキマー電圧は50V、OctRFV電圧は125Vに設定した。乾燥ガスには窒素を使用し、温度300℃、圧力10psigに設定した。シース液は50%メタノール溶液を用い、質量較正用にレゼルピン(m/z 609.2807)を0.5μMとなるよう混入し10μl/minで送液した。レゼルピン(m/z 609.2807)とメタノールのアダクトイオン(m/z 83.0703)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正した。
【0050】
3.液体クロマトグラフィー−質量分析装置(LC−MSMS)による血清中のγ−Glu−Xペプチド類測定
高感度に測定するため、血清中のγ−Glu−Xペプチド類はLC−MSMSを用いて測定した。
【0051】
a.液体クロマトグラフィー(LC)の分析条件
分離カラムには、野村化学(Nomula Chemical Co.)社製Develosil RPAQUEOUS-AR-3(内径2mm×長さ100mm,3μm)を用い、カラムオーブンは30℃に設定した。試料は1μl注入した。移動相Aには0.5%ギ酸、Bにはアセトニトリルを用い、B液が0%(0min)−1%(5min)−10%(15min)−99%(17min)−99%(19min)の流速0.2ml/minのグラジエント溶出法を用いてγ−Glu−Xペプチド類を分離した。
【0052】
b.三連四重極型質量分析計(QqQMS)の分析条件
アプライドバイオシステム(Applied Biosystem)社製API3000三連四重極型質量分析計を用い、ポジティブイオンモードのMRMモードで測定した。各質量分析計のパラメータを以下に示した。
イオンスプレー電圧:5.5kV
ネブライザガス圧力:12psi
カーテンガス圧力:8psi
衝突ガス:8unit
窒素ガス温度:550℃
【0053】
各γ−Glu−Xペプチド類を測定するために最適化されたMRMパラメータを表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
4.肝障害バイオマーカーの探索および評価
図2に健常者と肝臓がん(HCC)患者の血清中のγ−Glu−Xペプチド類をLC−MSを用いて測定した結果を示す。多くのγ−Glu−Xペプチド類が、健常者に比べ肝臓がん患者(HCC)で増加していることが判明した。また他の肝障害でも、γ−Glu−Xペプチド類の濃度は健常者に比べて有意に高かった。
【0056】
図3に健常者(C)および各種の肝炎患者の血清中のAST、ALT値およびγ−Glu−Xペプチド類の測定結果を示す。図中、矢印は最大値、最小値を示し、ボックスの上が順位で25%の値、ボックスの下が順位で75%の値を示し、ボックス中の横線が中央値を示す。
【0057】
従来の肝機能検査値であるAST、ALT値は、薬剤性肝炎(DI)、慢性B型肝炎(CHB)、慢性C型肝炎(CHC)では上昇したが、他の肝炎では健常者の値と有意差はなかった。
【0058】
しかし、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Thrなどのγ−Glu−Xペプチド類は、健常者(C)よりも薬剤性肝炎(DI)で高く、他の肝炎はさらに高値を示した。特に無症状B型肝炎(AHB)や無症状C型肝炎(AHC)や肝臓がん(HCC)でも、γ−Glu−Xペプチド類は高値を示した。また詳細に見ると幾つかのγ−Glu−Xペプチド類で、無症状B型肝炎(AHB)より無症状C型肝炎(AHC)が高かったり、無症状B型肝炎(AHB)より慢性B型肝炎(CBC)が高かったり、同じC型肝炎でも無症状(AHC)、慢性肝炎(CHC)、肝臓がん(HCC)と疾患が進行するにつれて、値が低くなる傾向が見られた。
【0059】
このように、各疾患によって、AST、ALTと各γ−Glu−Xペプチド類の血中濃度が異なっているため、これらの成分の値を用いれば、各疾患を分けられるのではないかと考えた。そこで、各肝臓疾患を区別するためのバイオマーカーの選定を目的に多変量解析手法の多重ロジスティック回帰分析を行った。結果を表2に示す。
【0060】
【表2】
【0061】
多重ロジスティック回帰分析では、目的変数である比率pに対して、k個の説明変数x1、x2、x3、…、xkを使って、
ln(p/1−p)=b0+b11+b22+b33+ … +bkk ・・・(1)
というpの回帰式を求めるが、表2中のパラメータの値が、(1)式のb0、b1、…bkに入る具体的な値となる。(Intercept)は、定数項(b)の値を指す。
【0062】
また、症例ごとに確率を計算するときは、例えば薬剤性肝炎DIのグループでは、表中の(Intercept)の値27.3をb0、ALTの値0.0401をb1、γ−Glu−Thrの値21.5をb2、…、γ−Glu−Pheの値41.5をb5とし、ALTの定量値をx1、γ−Glu−Thrの定量値をx2、…、γ−Glu−Pheの定量値をx5に代入して具体的な値を出す。推定したパラメータの標準誤差及び95%信頼区間も表中に示す。
【0063】
この解析結果から、健常者(C)も含めて多くの種類の肝炎患者を選択的に区別できるバイオマーカー候補が見つかった。例えば、健常者(C)を識別するバイオマーカーはγ−Glu−Pheであり、γ−Glu−Pheの値によって、他の肝臓疾患と区別することが可能であることが判明した。又、図3から、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Gly、γ−Glu−Gluを用いることもできることがわかる。
【0064】
また薬剤性肝炎(DI)のバイオマーカーは、ALT、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheであり、これらを組み合わせて、例えばロジスティック回帰分析し、pの値が所定値、例えば0.5より大きいことにより、他の肝臓疾患と区別することができる。この中でも、定量値x1が1増加した場合に確率pがどれだけ変化するのかを表すオッズ比が1を超えて最も大きいγ−Glu−Pheの値が薬剤性肝炎(DI)の判定に最も寄与している。一方、オッズ比が0に近いγ−Glu−Leuやγ−Glu−Hisはこれらの物質の増加が、薬剤性肝炎以外(非DI)と判定することに寄与している。ALTはオッズ比が1.04と、変数に増加に伴うpの変化がない1.0に近いため、寄与が小さく、省略できる可能性がある。
【0065】
また、肝臓がん(HCC)のバイオマーカーはAST、ALT、γ−Glu−Val、γ−Glu−Thr、γ−Glu−Leu、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyrであり、これらを組み合わせて、例えばロジスティック回帰分析し、pの値が所定値、例えば0.5より大きいことにより、他の肝臓疾患と区別することができる。この中でもオッズ比が1を超えて最も大きいγ−Glu−Tyrの値が、肝臓がん(HCC)の判定に最も寄与している。一方、オッズ比が0に近いγ−Glu−Thrやγ−Glu−Leuはこれらの物質の増加に伴って肝臓がん以外(非HCC)と判定することに寄与している。ASTとALTのオッズ比はそれぞれ1.16、0.807と1に近く、寄与率が小さいために、省略できる可能性がある。
【0066】
同様に、他の疾患についても、表2に示したそれぞれのバイオマーカー候補が見つかった。無症状B型肝炎キャリア(AHB)は、ALT、γ−Glu−Val、γ−Glu−Gln、γ−Glu−His、γ−Glu−Pheであり、慢性B型肝炎(CHB)は、AST、γ−Glu−Lysであり、無症状C型肝炎キャリア(AHC)は、AST、γ−Glu−Gly、γ−Glu−Pheであり、慢性C型肝炎(CHC)は、γ−Glu−Ser、γ−Glu−Phe、γ−Glu−Tyであった。このうち、オッズ比が1に近いもの、例えばAHBを判別するときのALT(1.04)や、CHBを判別するときのAST(1.01)などは省略できる可能性もある。
【0067】
必要最小なマーカーの組み合わせは、ステップワイズ変数選択を実施して探した。即ち、最初変数0個から始めて重要度の高いものの追加、重要度の低いものの削除を繰り返し、最適な組み合わせを求める変数増減法を採用した。今回、追加も削除もスレッシュホールドとしてp値=0.25を利用した。
【0068】
しかし、これらのバイオマーカーの寄与率は、症例データの追加によって、モデルを再学習させて、各判別に使うバイオマーカーの組み合わせとロジスティックモデルにおける係数の修正を行い、さらにロジスティックモデルの精度を高めることもできる。
【0069】
次に受信者動作特性曲線(receiver operating curve:ROC曲線)によって、これらのバイオマーカーによる各肝臓疾患スクリーニング検査の精度を評価した。結果を図4及び表3に示す。
【0070】
【表3】
【0071】
図4や表3では、ある疾患群と他のすべての疾患群を区別する多重ロジスティック回帰モデルの精度を示した。例えば、薬剤性肝障害(DI)の場合は、DIとDI以外全ての区別を行う。図4や表3で示したように、すべての疾患でROC曲線下面積(area under the receiver-operating curve:AUC)は、0.81から0.99であり、これらのバイオマーカーによる各肝臓疾患スクリーニング検査は、高精度に各疾患を特定できることが確認された。特に健常者(C:AUC=0.939)、薬剤性肝障害(DI:AUC=0.998)、無症状B型肝炎キャリア(AHB:AUC=0.933)、無症状C型肝炎キャリア(AHC:AUC=0.944)、肝臓がん(HCC:AUC=0.937)は、本法により極めて高精度に特定されることがわかった。
【0072】
5.他の疾患でのγ−Glu−Xペプチドの評価
γ−Glu−Xペプチド類が他の疾患でも上昇するか確認した。図5に肝臓がん患者(HCC)と胃がん患者(gastric cancer:GC)の血清中のγ−Glu−Xペプチド類の濃度を示した。胃がん患者では、γ−Glu−Xペプチド類の濃度は、健常者と同等であり、肝臓がん患者のようなγ−Glu−Xペプチド類の増加は見られなかった。(注 ヘリコバクターピロリの感染が胃がんの原因であり、ヘリコバクターピロリの感染によって、酸化ストレスは抑制されるという報告がある(参考文献10)。胃がんは酸化ストレスに曝されていないため、γ−Glu−Xペプチド類の濃度は低いのではと推測される。)
【0073】
また糖尿病患者でも血中のγ−Glu−Xペプチド類の濃度は低く、血中のγ−Glu−Xペプチド類の増加は、肝臓疾患特異的に観察された。
【0074】
6.γ−Glu−Xペプチド類の生合成機序の解明
マウスを用いて、γ−Glu−Xペプチド類の生合成機序を解明した。図1(B)に示したように、活性酸素や親電子物質による酸化ストレス条件下では、これらの物質の除去のためにグルタチオンが枯渇し、それに伴い、γ−グルタミルシステイン合成酵素(GCS)が活性化され、各種のアミノ酸が基質(出発物質)となって、γ−Glu−Xジペプチド類やγ−Glu−X−Glyトリペプチド類が生合成されることが判明した。以下に実験手順を示す。
【0075】
a.GCS阻害剤BSOおよび活性化剤DEMのマウスへの投与
一晩絶食させたオスのマウスにペントバルビタルナトリウム(体重1Kg当たり60mg)を腹膜内注射して麻酔後、γ−グルタミルシステイン合成酵素(GCS)阻害剤であるBSO、親電子物質(GCS活性化剤)であるDiethylmaleate(DEM)、さらに健常として生理食塩水を体重1Kg当たりそれぞれ4mmol/kg(BSO888mg、DEM688mg)を腹腔内に注射した。投与1時間後にマウスから肝臓(約300mg)を採取した(各5回)。
【0076】
b.肝臓から代謝物質の抽出
マウスから摘出した肝臓(約300mg)は直ちに内部標準物質入りのメタノール1mlに入れ、ホモジナイズして酵素を失活させ、代謝の亢進を止めた。500μlの純水を加えた後、300μlの溶液を取り出し、200μlのクロロホルムを加え良く攪拌後、さらに4℃で15分間、15000rpmで遠心した。静置後、分離した水−メタノール相300μlを分画分子量5kDaの遠心限外ろ過フィルターを通過し、除タンパクした。ろ液を凍結乾燥後、Milli−Q水50μlを加え、それをCE−TOFMS測定に供した。
【0077】
c.酸化ストレスを示すγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類バイオマーカーの特定結果
生理食塩水(健常)、BSO、DEM投与後のマウスの肝臓および血清中のアミノ酸、γ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類の測定結果の一部を図6に示す。左から、それぞれの試薬を投与したマウスの肝臓から検出されたアミノ酸(X)、γ−Glu−Xペプチド、γ−Glu−X−Glyペプチドの定量結果、右に血清中のアミノ酸(X)、γ−Glu−Xペプチド、γ−Glu−X−Glyペプチドの定量結果を示す。
【0078】
例えば一番上は、Cys、γ−Glu−Cys、γ−Glu−Cys-Gly(グルタチオン)の結果である。肝臓中のグルタチオン量は健常に比較し、BSO、DEM投与マウスでは急激に減少した(BSO投与ではγ−グルタミルシステイン合成酵素が阻害されるためグルタチオンは減少し、親電子物質DEM投与マウスでは解毒のため消費されるからグルタチオンは減少する)。血清からグルタチオン関連物質は検出されなかった。
【0079】
検出されたγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類が、グルタチオン生合成経路で合成されていることを以下の方法で確認した。図7に示すように、これらのペプチド類がグルタチオン生合成経路で合成されていれば、肝臓中のγ−Glu−X、γ−Glu−X−GlyペプチドはBSO投与で(γ−グルタミルシステイン合成酵素が阻害されるため)健常より減少し、親電子物質DEM投与で(γ−グルタミルシステイン合成酵素が活性化されるため)増加するはずである。図6のように、グルタチオン関連のγ−Glu−Cys、GSH、γ−Glu−Ser−Gly以外の肝臓中のγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類物質は、健常より、BSO投与で減少し、DEM投与で増加しており、確かにグルタチオン生合成経路によって生成されていることが確認された。
【0080】
つまり、これらのγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類は、活性酸素や親電子物質などの酸化ストレスによって、グルタチオンが減少した際に肝臓内で生合成されることがわかった。
【0081】
d.スレオニン同位体による生合成経路追跡
さらにスレオニン(Thr)の13C、15Nの同位体を腹腔内投与し、親電子物質を生じて酸化ストレスを与えるAPAPを加えたところ、マウスの肝臓からThrの13C、15Nのγ−Glu−Thr、γ−Glu−Thr-Glyが検出され、確かに、酸化ストレス条件下では、Thrからγ−Glu−Thr、γ−Glu−Thr−Glyが生合成されることが確認された。
【0082】
一方、マウスの血清中の物質では、健常より、BSO投与で減少し、電子物質DEM投与で増加するγ−Glu−X、γ−Glu−X−Glyペプチド類は、γ−Glu−2ABとオフタルミン酸(γ−Glu−2AB−Gly)のみであった(図6)。したがってマウスの場合は、親電子物質などの酸化ストレスによって、グルタチオンが減少した際に血中で増加するのは、γ−Glu−2ABとオフタルミン酸のみと考えられる。
【0083】
しかし、各種の肝炎患者の血清測定では、γ−Glu−2AB、オフタルミン酸より、他のγ−Glu−Xペプチド類の濃度の方が高かった。この違いは、生物種間で、基質濃度、代謝酵素の基質特異性や活性、トランスポーターの種類、機能、発現量などが異なるからと推定される。
【0084】
本発明による血清中のγ−Glu−Xペプチド類測定による診断法は、肝硬変(cirrhosis)や非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)、非アルコール性肝炎(NASH)、単純脂肪肝(SS)などの各種の肝障害の診断も可能である。今回は、各種の肝障害のマーカー候補のAST、ALT、γ−Glu−Xペプチド類の組み合わせの例を記したが、それらに特定されるわけではなく、今後さらに多検体の精査を行うことで、バイオマーカー候補の種類組み合わせは変更される場合もある。
【0085】
また今回は血清中のγ−Glu−Xペプチド類測定には、LC−MS法を用いたが、ガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー(LC)、キャピラリー電気泳動(CE)、チップLCや、チップCE、それらに質量分析計(MS)を組み合わせたGC−MS、LC−MS、CE−MS法、各種のMS単独の測定法、NMR法、γ−Glu−Xペプチド類を蛍光物質やUV吸収物質に誘導体化してから測定する方法、抗体を作成してELISA法などで測定するなど、測定法にこだわらず、あらゆる分析法で測定することが可能である。
【0086】
本発明に係る医薬品の検定方法は、哺乳動物において、その医薬品が投与された哺乳動物から採取された血液と、投与されていない哺乳動物から採取された血液について、本発明のマーカーの濃度を測定する方法のことである。なお、この検定方法に用いられる血液を採取する哺乳動物は特に制限がないが、上記マーカーのうち少なくとも一つがその血液中に存在する哺乳動物であることが好ましく、マウスやラットなどのげっ歯類や、ヒト、サル、犬であることが、より好ましい。
【0087】
ここで、医薬品の親電子物質毒性と活性酸素(酸化ストレス)に対する治療薬としての有効性を検定する場合、医薬品の適用となる対象疾病は、酸化ストレスによって生じる疾病であれば限定されず、上述したような、マーカーの使用対象となる疾病と同様である。また、医薬品の投与によって生じる酸化ストレスの強さを検定する場合、医薬品の種類は全く限定されず、例えば、有害薬物も医薬品に含まれる。
【0088】
なお、本発明に係る検定方法の目的は、酸化ストレスによって生じた疾病に対する治療薬として医薬品の有効性を検定すること、及び医薬品の投与によって生じる酸化ストレスの強さを検定することであるが、具体的には、様々な局面で用いられる。以下に、代表的な使用例を述べるが、本発明の検定方法は、これらの例に限定されない。
【0089】
(1)治療薬としての有効性の検定
以下に、肝炎に対する使用例を述べるが、本発明の検定方法は、これらの例に限定されない。
【0090】
(1−1)特定個体における薬効検定
例えば、本発明の検定方法を用い、ある肝炎治療薬が、特定の患者の肝炎を治療するのに有効であるかどうか、判定することができる。まず、肝炎に罹患した患者に肝炎治療薬を投与する前後で、その患者から血液を採取する。続いて、その血液において、肝炎診断マーカーの濃度を測定する。こうして得られた血液中のマーカー濃度を、肝炎治療薬の投与前後で比較する。この時、肝炎治療薬投与後の血液中マーカー濃度が、投与前と比較して有意に低下していれば、肝炎治療薬がその患者の肝炎を治療するのに有効であると判断できる。
【0091】
(1−2)一般的な薬効検定
さらに、本発明の検定方法を複数のヒト個体に適用することにより、その医薬品の、肝炎治療薬としての一般的な有効性を検定することも可能である。
【0092】
例えば、肝炎を患った複数のヒトにおいて、肝炎治療薬の投与前後で肝炎診断マーカーの濃度を比較することにより、その物質の治療薬としての普遍的効果を調べることができる。
【0093】
あるいは、別態様として、2つの群の間で医薬品としての効果を比較してもよい。まず、肝炎に罹患している患者を2つの群に分ける。一方の群の患者には肝炎治療薬を投与し、もう一方の群の患者にはその治療薬を投与しないか、またはプラセボを投与する。これらの2つの群の患者から血液を採取する。続いて、その血液において、肝炎診断マーカーの濃度を測定する。さらに、この測定により得られた、血液中のマーカー濃度を、2つの群の間で比較する。
【0094】
なお、「群」は一個体しか含まなくても、複数の個体を含んでもよく、2つの群の個体数が同じであっても、異なっていてもよい。測定は、同じ群の個体から採取した血液をプールし、その血液中のマーカー濃度を測定してもよいが、各個体の血液において別々にマーカー濃度を測定することが好ましい。
【0095】
医薬品の投与の前後や投与の有無といった、複数の血液を含むグループ間でのマーカー濃度の比較は、一血液ずつを対にして比較しても、同じグループに属する複数の血液におけるマーカー濃度の積算値や平均値をグループ間で比較してもよい。この比較は当業者に周知のいずれの統計学的方法を用いて行うことができる。このように比較した結果、治療薬の投与後において、投与前と比較して血液中マーカー濃度が有意に低下していたり、治療薬の投与群において、非投与群と比較して有意に低下していたりすれば、その治療薬が肝炎の治療に有効であると判断できる。また、低下の度合いによって、どの程度の有効性を有するかも判断できる。
【0096】
このように、肝炎治療薬としての一般的な有効性を検定することによって、肝炎治療薬のスクリーニングを行うことができる。また、複数の肝炎治療薬を用い、各肝炎治療薬の異なる濃度について治療効果を調べ、濃度に依存した薬効の違いを比較することにより、各肝炎治療薬の強さを調べることも可能である。
【0097】
(2)酸化ストレスの強さの検定
酸化ストレスが強いと副作用が強く現れるため、以下に、一例として、医薬品の副作用に対する使用例を述べるが、本発明の検定方法は、これらの例に限定されない。
【0098】
(2−1)特定個体における副作用の強さの検定
本発明の検定方法を用い、ある医薬品が、特定の哺乳動物個体に副作用をもたらすかどうかを判定することができる。まず、個体に治療用の医薬品を投与する前後にその個体から血液を採取する。続いて、その血液において、酸化ストレス検出マーカーの濃度を測定する。こうして得られた血液中のマーカー濃度を、医薬品の投与前後で比較する。この時、医薬品投与後の血液中マーカー濃度が、投与前と比較して有意に増加していれば、投与した医薬品がその個体で酸化ストレスを生じ、その個体に副作用をもたらしていると判断できる。
【0099】
(2−2)一般的な副作用の強さの検定
さらに、本発明の検定方法を複数の哺乳動物個体に適用することにより、ある医薬品の、一般的な副作用の強さを検定することも可能である。
【0100】
例えば、ある疾患を患った複数の個体において、当該疾患治療用医薬品の投与前後で酸化ストレス検出マーカーの濃度を比較することにより、その医薬品一般的な副作用の強さを調べることができる。
【0101】
あるいは、別態様として、2つの群の間で副作用の強さを比較してもよい。まず、ある疾患に罹患している哺乳動物を2つの群に分ける。一方の群の個体には当該疾患治療用医薬品を投与し、もう一方の群の個体にはその医薬品を投与しないか、またはプラセボを投与する。これらの2つの群の個体から血液を採取する。続いて、その血液において、酸化ストレス検出マーカーの濃度を測定する。さらに、この測定により得られた、血液中のマーカー濃度を、2つの群の間で比較する。なお、「群」は一個体しか含まなくても、複数の個体を含んでもよく、2つの群の個体数が同じであっても、異なっていてもよい。測定は、同じ群の個体から採取した血液をプールし、その血液中のマーカー濃度を測定してもよいが、各個体の血液において別々にマーカー濃度を測定することが好ましい。
【0102】
グループ間でのマーカー濃度の比較は、一血液ずつを対にして比較しても、同じグループに属する複数の血液におけるマーカー濃度の積算値や平均値をグループ間で比較してもよい。この比較は当業者に周知のいずれの統計学的方法を用いて行うことができる。このように比較した結果、医薬品の投与後において、投与前と比較して血液中マーカー濃度が有意に上昇していたり、医薬品の投与群において、非投与群と比較して有意に上昇したりすれば、その医薬品に副作用があると判断できる。
【0103】
このように、医薬品としての副作用の強さを検定することによって、副作用の弱い医薬品のスクリーニングを行うことができる。また、複数の医薬品を用い、各医薬品の異なる濃度について医薬品としての効果を調べるとともに、濃度に依存した副作用の違いを比較することにより、各医薬品の治療薬としての適性を比較することも可能である。
【0104】
上述したように、本発明の酸化ストレス検出マーカーは、肝臓疾患治療用医薬品の検定あるいは医薬品の副作用の強さの検定、及び疾病の診断などに用いることができる。その時、複数のマーカーを用いることによって、検定精度や診断精度を上げることができる。また、本発明のマーカー以外の検定方法や診断方法を組み合わせても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明で発見した生体で生じた酸化ストレスによってグルタチオンの枯渇を示すγ−Glu−Xペプチドバイオマーカーは、各種の肝障害患者の迅速なスクリーニング法として有用であるばかりでなく、生体の酸化ストレスを把握するマーカーとして、幅広い生命科学分野で使用することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7