(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。
図1は、本発明によるターボ分子ポンプの一実施の形態を示す図であり、磁気軸受式ターボ分子ポンプ1の断面図である。
図1に示すターボ分子ポンプは、ターボ分子ポンプ部2とネジ溝ポンプ部3とを有する高ガス負荷対応型のターボ分子ポンプである。ターボ分子ポンプ部2は複数段の動翼19と複数段の静翼21とで構成され、ネジ溝ポンプ部3はネジロータ20とネジステータ23とで構成されている。
【0009】
複数段の動翼19およびネジロータ20はロータ4に形成されており、そのロータ4はスピンドルハウジング24内に回転自在に設けられた回転軸8に固定されている。スピンドルハウジング24内には、図示上側から順に、上部ラジアルセンサ13,上部ラジアル電磁石9,モータステータ12,下部ラジアル電磁石10,下部ラジアルセンサ14およびスラスト電磁石11が設けられている。
【0010】
回転軸8はラジアル電磁石9,10およびスラスト電磁石11によって非接触支持され、モータステータ12と回転軸側のモータロータとで構成されるDCモータにより回転駆動される。回転軸8の浮上位置は、各ラジアル電磁石9,10およびスラスト電磁石11に対応して設けられたラジアルセンサ13,14およびスラストセンサ15によって検出される。回転軸8の上下に設けられた保護ベアリング16,17は機械式のベアリングであり、磁気軸受が作動していない場合に回転軸8を支持するとともに、回転軸8の浮上位置を制限するものとして機能する。
【0011】
一方、ケーシング7内のベース6上には、複数の静翼21およびネジステータ23が設けられている。各静翼21は上下をリング状のスペーサ22によって挟持されるようにベース6上に保持されており、ケーシング7をベース6にボルト締結することにより、静翼21およびスペーサ22がケーシング7の上端とベース6との間に固定される。その結果、各静翼21は動翼19間の所定位置に位置決めされる。ネジステータ23は、ベース6上にボルト締結されている。
【0012】
吸気口7aから流入したガス分子はターボ分子ポンプ部2によって図示下方へと叩き飛ばされ、下流側に向かって圧縮排気される。ネジロータ20はネジステータ23の内周面に近接して設けられており、ネジステータ23内周面には螺旋溝が形成されている。ネジ溝ポンプ部3では、ネジステータ23の螺旋溝と高速回転するネジロータ20とにより、粘性流による排気が行われる。ターボ分子ポンプ部2で圧縮されたガス分子は、さらにネジ溝ポンプ部3によって圧縮され、排気口6aから排出される。
【0013】
ベース6には、冷却水路等の冷却系61が設けられている。冷却系61でベース6を冷却することにより、モータ12や電磁石9,10および11で発生した熱を除去するようにしている。また、気体排気の際には熱が発生するので、ベース6を介してネジステータ23,スペーサ22,固定翼21を冷却することにより、発生熱を除去するようにしている。さらに、ロータ20は真空中に浮上しているため放熱し難く、気体排気時の発熱により温度上昇しやすい。そこで、ロータ20と近接して対向する固定翼21等を冷却することで、放射熱を利用してロータ20の冷却を図るようにしている。
【0014】
図2,3は、回転翼19および固定翼21を説明する図である。
図2(a)はロータ4に形成された回転翼19の1段目を示す図であり、ロータ4を吸気口7a側から見た平面図である。
図2(b)は2段目の回転翼19の平面図である。回転翼19は、翼角度を有するブレードを放射状に複数形成したものである。
図1に示すターボ分子ポンプでは、回転翼19は8段形成されている。
【0015】
回転翼19の設計パラメータ、例えば、回転翼19の翼高さ、翼角度、翼枚数等は、各段毎に設定されている。一般的に、排気の下流側ほど翼高さおよび翼角度が小さくなり、開口率も小さくなる。
図2(a),(b)の回転翼19を比較すると分かるように、1段目の開口Aよりも2段目の開口Bの方が面積が小さくなっている。
【0016】
図3は固定翼21の平面図である。
図1に示す例では固定翼21が7段形成されているが、
図3では1段目の固定翼21を示した。固定翼21は、組み立て可能なように、円盤状のものを2分割した半割れの固定翼21a,21bから構成されている。固定翼21a,21bは、半リング状のリブ部210と、リブ部から放射状に形成された複数の翼部211とから成る。翼部211の外周部分は、破線で示すようにリング状のスペーサ22によって挟持される。
図2,3から分かるように、回転翼19と固定翼21とでは、翼の傾き方向が逆になっている。
【0017】
前述したように、吸気口7aを通したポンプ側から装置側への放射熱は、装置側に悪影響を与えるので、本実施の形態のターボ分子ポンプでは、以下に説明するような構成を備えることで放射熱の影響を抑えるようにしている。さらに、磁気浮上しているロータ4の熱を、放射熱として固定翼21等のステータ側へ効率的に逃がし、ロータ4の温度を低く保つような構成とした。
【0018】
設計方針としては、ポンプ側からの放射熱は吸気口7aを介して装置側へ達するので、この放射熱を抑えることにより放射熱の影響の低減を図る。本実施の形態では、少なくとも吸気口7aを介して装置側から見通せる領域については放射率を小さくするようにした。かつ、吸気口7aから介して見通せない領域については、黒化処理等を施して放射率を大きくするようにした。
【0019】
本実施の形態においては、吸気口7aを通して装置側からポンプを見た場合に、装置側から見える領域を見通し可能な領域とし、前段の回転翼や固定翼の影に隠れて装置側から見えない領域を見通し不可能な領域とする。
【0020】
図3の扇形A1,B1は、
図2に示した開口A,Bを固定翼21上に投影したものである。回転翼19は固定翼21に対して回転しているので、投影像A1,A2も固定翼21上を回転することになる。その結果、吸気口7aから開口Aを通して見通せる領域は円環状の領域B2となり、開口Bを通して見通せる領域は円環状の領域B2となる。なお、
図3では、円環状領域B1,B2の一部を示した。さらに、固定翼21の翼間よりそれよりも下段の回転翼19および固定翼21を見通すことができる。
【0021】
(放射率について)
本実施の形態では、吸気口7aを介して装置側から見えるか否かによって、部材表面を低放射率とするか高放射率とするかを決めている。低放射率および高放射率の区分の仕方に関しては、本実施の形態では概略、放射率が0.2以下の場合を低放射率とし、放射率が0.5以上の場合を高放射率としている。
【0022】
一般的に、ターボ分子ポンプでは、ロータ4や固定翼19にはアルミ合金が用いられる。アルミ合金の場合には、放射率は0.1程度であるので、表面処理を施さず母材のままでも低放射率になっている。また、低放射率で耐食性を持たせる場合には、母材上にニッケルメッキ(無電解ニッケルメッキ)等の処理を施せばよい。一方、高放射率とする場合には、アルマイト処理、無電解黒ニッケルメッキ、セラミック複合メッキなどの表面処理を施せば良い。アルマイト処理や無電解黒ニッケルメッキを施すことにより、放射率を0.7以上にすることができる。この場合も、耐食性を持たせる場合には、無電解黒ニッケルメッキを用いる。
【0023】
(低放射率および高放射率の領域について)
図2,3に示すように、回転翼19,21には開口が形成されるため、ロータ4の上面や1段目の回転翼19だけでなく、固定翼21や2段目以降の回転翼19も吸気口7aを介して装置側から見通すことができる。実際には、何段目かによって回転翼19の開口の位置がことなり、また、固定翼21a,21bの分割位置は段毎に異なっているので、必ずしも開口位置が上下で一致しているわけではない。
【0024】
本実施の形態では、回転翼19と固定翼21とを合わせて6段目までは見通せると仮定して、説明をする。すなわち、6段目までを低放射率とし、それよりも下流側の回転翼19,固定翼21およびネジ溝ポンプ部3(ネジロータ20、ネジステータ23)は高放射率とした。
【0025】
以下では、これらの処理の具体的な組み合わせとして、代表的な3つのタイプについて説明する。ここで処理対象となるポンプ構成要素は、ロータ4,回転翼19,固定翼21,ネジ溝ポンプ部3およびベース表面である。また、見通し可能な領域が少しでもあるポンプ構成要素(6段目まで)を排気系上部要素と、見通し可能な領域が全く無いポンプ構成要素を排気系下部要素とに分けて考える。ロータ4の、吸気口7aに面する表面(以下では上面と呼ぶ)、回転翼19および固定翼21が、排気系上部要素に相当する。排気系上部要素に含まれない回転翼19および固定翼21と、ネジ溝ポンプ部3およびベース表面とが排気系下部要素に相当する。
【0026】
(タイプ1)
このタイプでは、排気系上部要素の表面は低放射率とし、排気系下部要素の表面は高放射率とする。具体的には、ロータ4の上面と、1段目から6段目までの翼段(回転翼19および固定翼21)の全表面とを低放射率とする。一方、7段目から15段目までの翼段の全表面と、ネジロータ20およびネジステータ23の少なくとも対向する表面と、ガス排気流路に面するベース表面を高放射率とする。なお、ネジステータ23については全表面を高放射率としても良いし、スピンドルハウジング24の表面およびその表面に対向するロータ4の内周面も高放射率としても良い。
【0027】
(タイプ2)
タイプ2では、ロータ4の上面と、回転翼19および固定翼21の吸気口7aから見通し可能な領域の表面を低放射率とする。一方、回転翼19および固定翼21の裏面は、高放射率とする。このような構成とすることで、装置側への放射熱は低減され、かつ、裏面を高放射率とすることで、ロータ4の温度低下を図ることができる。
【0028】
なお、複数段にわたって同一翼形状の固定翼を用いる場合においても、
図3の領域A2,B2に示すように、見通し可能な領域が異なる場合がある。そのため、組み付け順を間違うと、装置側への放射熱が正常に組み付けた場合に比べて大きくなってしまう。このような場合、該当する複数段において領域A2を低放射率とした固定翼21を共通して用いることで、上述したような不具合の発生を防止できる。
【0029】
さらに、タイプ1の場合と同様に、排気系下部要素、すなわち、7段目から15段目までの翼段の全表面と、ネジロータ20およびネジステータ23の少なくとも対向する表面と、ガス排気流路に面するベース表面を高放射率とするようにしても良い。このような構成とすることで、放射熱によるロータ4からステータ側への熱伝達をより大きくすることができる。
【0030】
(タイプ3)
タイプ3では、ロータ4の上面と、全翼段の回転翼19および固定翼21の表面側とを低放射率とし、全翼段の回転翼19および固定翼21の裏面側を高放射率とする。このような構成とすることで、吸気口7aから見通し可能な領域は低放射率となっているので、装置側への放射熱を低減することができる。また、ロータ4の裏面側を高放射率とすることで、ロータ4からステータ側への放射熱を増大させることができ、ロータ4の温度上昇を抑制することができる。
【0031】
タイプ3の場合も、タイプ2の場合と同様に、7段目から15段目までの翼段の全表面と、ネジロータ20およびネジステータ23の少なくとも対向する表面と、ガス排気流路に面するベース表面を高放射率とするようにしても良い。
【0032】
次に、具体的な表面処理について、タイプ1の場合を例に説明する。まず、第1の例では、排気系上部要素はアルミ母材のままとし、排気系下部要素はアルマイト処理または無電解黒ニッケルメッキ処理とする。これは、耐食性を必要とされない場合に適用される。
【0033】
第2の例では、ロータ4(回転翼19を含む)に耐食性が必要とされる場合に適用される。ロータ4には遠心力がかかるため、腐食性環境下では応力腐食割れが生じるおそれがある。そこで、排気系上部要素であるロータ4については、放射率が低く、かつ耐食性に優れた表面処理を施す。例えば、りん濃度7%以上の無電解ニッケルメッキを施す。無電解ニッケルメッキでは0.2程度の放射率となり、りん酸濃度を7%以上とすることで、耐食性に好適な無電解ニッケルメッキが形成される。また、固定翼21は回転翼19のように遠心力がかからないので、排気系上部に含まれる固定翼21はアルミ母材のままとする。
【0034】
一方、排気系下部要素に含まれるロータ4(回転翼19,ネジロータ20)については、遠心力がかかるので、耐食性のためのりん濃度7%以上の無電解ニッケルメッキを施した上に、さらに無電解黒ニッケルメッキを施すことで放射率を大きくする。また、排気系下部要素に含まれる固定翼21,ネジステータ23およびベース表面は、アルマイト処理、無電解黒ニッケルメッキ、セラミック複合メッキのいずれかの処理を施し、放射率を大きくする。
【0035】
なお、何段目までを見通せるか否かについては、回転翼19および固定翼21の設計方針によってそれぞれ異なるので、何段目までを低放射率とするかは翼設計に応じて異なるので、上述した段数(6段目)に限らない。
【0036】
次に、上述した第2の例における、ロータ4の表面処理の方法について説明する。まず、工程1では、回転翼19やネジロータ20が形成されたロータ4にりん濃度7%以上の無電解ニッケルメッキを施す。工程2では、無電解ニッケルメッキの上に無電解黒ニッケルメッキ処理を施す(
図4参照)。
図4に示すように、無電解ニッケルメッキおよび無電解黒ニッケルメッキ処理は、ロータ4の釣鐘状部分の内周面にも施す。なお、この面に対向するスピンドルハウジング24(
図1参照)の表面にも無電解黒ニッケルメッキ処理が施され、放射熱によるロータ4からステータ側への熱伝達の向上を図られる。
【0037】
工程3では、ロータ4の排気系下部要素、すなわち、4段目の回転翼19より下側の領域にブラスト粒子が当たらないようにマスキングし、排気系上部要素に施された無電解黒ニッケルメッキの被覆を除去する。なお、マスキングの方法はブラストの影響を排除できればどのようなものでも良く、例えば、排気系下部要素全体を袋状のもので覆うだけでも構わない。
図4に示すようにロータ上方からだけでなく、回転翼19の側方や下方からブラストすることで、回転翼19の上面と下面の両面の無電解黒ニッケルメッキを除去することができる。工程3において無電解黒ニッケルメッキを除去することで、吸気口から見通すことのできる排気系上部要素に無電解ニッケルメッキの処理面を露出させる。
【0038】
このようにして、高放射率の面(無電解黒ニッケルメッキの面)と、低放射率の面(無電解ニッケルメッキの面)とを容易に形成することができる。また、ブラスト処理を用いることにより、容易に所望の領域のみの無電解黒ニッケルメッキを除去することができる。
【0039】
なお、無電解黒ニッケルメッキの除去方法は上述したブラスト処理に限るものではなく、例えば、塩酸や硝酸等で酸処理することにより無電解黒ニッケルメッキを除去するようにしても良い。また、ブラスト処理をする際に、ブラスト投射材をロータ上方から投射することで、回転翼19の上面のみの無電解黒ニッケルメッキを除去するようにすることもできる。さらに、ブラスト投射材をロータ上方からだけ投射することで、回転翼上面の見通せる部分に関して、無電解黒ニッケルメッキを除去するようにしても良い。もちろん、固定翼21が回転翼19と交互に配置されるので、実際に見通せる領域よりも広い固定翼上面領域の無電解黒ニッケルメッキが除去されることになる。
【0040】
ここでは、ロータ4の表面処理についてその工程を説明したが、固定翼21の場合も、無電解ニッケルメッキ処理と無電解黒メッキ処理とを施した後に、固定翼上面の全領域に渡ってブラスト処理を施す。
【0041】
上述したように、本実施の形態では、吸気口7aから見通せる領域の放射率を低くしたので、吸気口7aを介して装置側に放射される放射熱を低く抑えることができる。さらに、吸気口7aから見通せない領域は放射率が大きくなるような表面処理を施したので、ロータ4からステータ側(例えば、固定翼21)への放射熱を大きくすることができ、ロータ4の温度上昇が抑えられる。そのように温度上昇を抑えることで、装置側への放射熱をより小さくすることができる。
【0042】
なお、上述した説明では、冷却系61による固定翼21の冷却が効果的に行われて回転翼19よりも固定翼21の方が温度が低いと仮定して説明したが、ネジ溝ポンプ部3における発熱が大きい場合、または、冷却能力が十分でない場合には、排気系下部の方が排気系上部よりも温度が上昇するおそれがある。そのような場合には、排気系上部と排気系下部との間のスペーサ22(
図1の上から4番目のスペーサ22)を、熱伝導率の低い部材(例えば、ステンレス材)で形成し、下部から上部への熱伝導を抑制して、排気系上部の温度上昇を抑制するようにしても良い。
【0043】
上述した実施の形態では、ネジ溝ポンプ段を備えるターボ分子ポンプを例に説明したが、ネジ溝ポンプ段の無い全翼タイプのターボ分子ポンプにも適用することができる。さらに、磁気軸受式に限らず、メカニカルベアリング式のターボ分子ポンプにも適用できる。また、本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、上述した実施形態や変形例をどのように組み合わせることも可能である。