特許第5676854号(P5676854)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5676854
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月25日
(54)【発明の名称】硬質皮膜被覆部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20150205BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20150205BHJP
【FI】
   C23C14/34 R
   C23C14/06 N
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2009-89833(P2009-89833)
(22)【出願日】2009年4月2日
(65)【公開番号】特開2010-242135(P2010-242135A)
(43)【公開日】2010年10月28日
【審査請求日】2012年2月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107548
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 浩一
(72)【発明者】
【氏名】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】北村 征寛
(72)【発明者】
【氏名】戸石 光輝
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 尚子
【審査官】 村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/156241(WO,A1)
【文献】 特開2001−329360(JP,A)
【文献】 特開平11−190430(JP,A)
【文献】 特開2006−077328(JP,A)
【文献】 特開平01−234559(JP,A)
【文献】 特開2007−196364(JP,A)
【文献】 特開2005−082822(JP,A)
【文献】 特開平06−150239(JP,A)
【文献】 特開昭61−177365(JP,A)
【文献】 特開平06−052511(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00〜14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるように複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜を形成する硬質皮膜被覆部材の製造方法において、バイアス電圧−30V〜−70Vでスパッタリングして、略同一の厚さ10〜50nmのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成することを特徴とする、硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項2】
前記バイアス電圧が−30V〜−50Vであることを特徴とする、請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項3】
前記複数のクロム皮膜と前記複数の窒素含有クロム皮膜の各々の厚さが20〜40nmであることを特徴とする、請求項1または2に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項4】
前記複数のクロム皮膜と前記複数の窒素含有クロム皮膜が、クロムターゲットを使用してスパッタリングする装置の処理室内で連続的に形成され、前記複数のクロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガス雰囲気にし、前記複数の窒素含有クロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガスと窒素ガスを含む雰囲気にすることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項5】
前記スパッタリングがDCマグネトロンスパッタリング法によって行われることを特徴とする、請求項4に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項6】
前記スパッタリングがバイアス電圧を一定にして行われることを特徴とする、請求項4または5に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項7】
基材上に略同一の厚さ10〜50nmのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるようにそれぞれ20層以上のクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が形成された硬質皮膜被覆部材であって、2θ=63.5°のX線回折強度をICrN(220)、2θ=60.6°のX線回折強度をICrN(202)、クロム皮膜の厚さをCr膜厚、窒素含有クロム皮膜の厚さをCr(N)膜厚、全てのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜の合計の厚さを全膜厚とすると、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値が20(nm)以上であることを特徴とする、硬質皮膜被覆部材。
【請求項8】
前記複数のクロム皮膜と前記複数の窒素含有クロム皮膜の各々の厚さが20〜40nmであることを特徴とする、請求項に記載の硬質皮膜被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜被覆部材およびその製造方法に関し、特に、表面に硬質皮膜として窒素含有クロム皮膜が形成された部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、耐摩耗性や耐焼き付き性が必要とされる自動車などの摺動部品や機械部材の他、高面圧下で使用される金型などの表面に、スパッタリングなどの物理的蒸着によって窒素含有クロム皮膜を形成して、耐摩耗性や耐焼き付き性を向上させる方法が知られている。しかし、スパッタリングなどの物理的蒸着によって窒素含有クロム皮膜のような硬質皮膜を金属基材上に形成すると、皮膜自体の圧縮応力により皮膜を厚くするのが困難であり、皮膜の内部応力が大きくなって基材への密着性が悪くなるという問題がある。
【0003】
このような問題を解消する方法として、スパッタリング法により、基材の表面に形成される窒素含有クロム皮膜中の窒素濃度を基材側と表面側の間で変化させて、良好な耐摩耗性および耐焼き付き性などを有するとともに、基材への密着性および靭性にも優れた窒素含有クロム皮膜を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、イオンプレーティング法により、柱状晶ができる高バイアス電圧で複合窒化物を一定時間形成する工程と、柱状晶ができない低バイアス電圧で複合窒化物を一定時間形成する工程とを交互に繰り返して、柱状晶の複合窒化物の硬質皮膜中に一定間隔毎に一定の厚さの柱状晶ではない構造の複合窒化物の応力緩和層を挟み込むことによって、内部応力が低減されて高い密着力を有する硬質厚膜皮膜を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−92112号公報(段落番号0008−0013)
【特許文献2】特開2005−187859号公報(段落番号0011−0013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1や特許文献2の方法では、基材への密着性は向上するが、硬さが低下するという問題がある。
【0006】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、所望の硬さを維持しつつ基材への密着性に優れた高硬度の硬質皮膜で被覆された硬質皮膜被覆部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、基材上にクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるように複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜を形成する硬質皮膜被覆部材の製造方法において、バイアス電圧−30V〜−70Vでスパッタリングして、略同一の厚さ10〜50nmのクロム皮膜と略同一の厚さ10〜50nmの窒素含有クロム皮膜を交互に形成することにより、所望の硬さを維持しつつ基材への密着性に優れた高硬度の硬質皮膜で被覆された硬質皮膜被覆部材を製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明による硬質皮膜被覆部材の製造方法は、基材上にクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるように複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜を形成する硬質皮膜被覆部材の製造方法において、バイアス電圧−30V〜−70V、好ましくは−30V〜−50Vでスパッタリングして、略同一の厚さ10〜50nm、好ましくは20〜40nmのクロム皮膜と、略同一の厚さ10〜50nm、好ましくは20〜40nmの窒素含有クロム皮膜を交互に形成することを特徴とする。
【0009】
この硬質皮膜被覆部材の製造方法において、複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜が、クロムターゲットを使用してスパッタリングする装置の処理室内で連続的に形成され、複数のクロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガス雰囲気にし、複数の窒素含有クロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガスと窒素ガスを含む雰囲気にするのが好ましい。
【0010】
また、本発明による硬質皮膜被覆部材は、基材上に略同一の厚さ10〜50nm、好ましくは20〜40nmのクロム皮膜と略同一の厚さ10〜50nm、好ましくは20〜40nmの窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるようにそれぞれ20層以上のクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が形成された硬質皮膜被覆部材であって、2θ=63.5°のX線回折強度をICrN(220)、2θ=60.6°のX線回折強度をICrN(202)、クロム皮膜の厚さをCr膜厚、窒素含有クロム皮膜の厚さをCr(N)膜厚、全てのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜の合計の厚さを全膜厚とすると、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値が20(nm)以上であることを特徴とする。
【0011】
なお、本明細書中において、「窒素含有クロム皮膜」とは、クロム皮膜中に窒素および窒化クロムの少なくとも一方が分散した皮膜をいう。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、所望の硬さを維持しつつ基材への密着性に優れた高硬度の硬質皮膜で被覆された硬質皮膜被覆部材を製造することができる。この硬質被膜被覆部材は、金型、機械部品、自動車部品などに使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明による硬質皮膜被覆部材の実施の形態の構造を示す断面図である。
図2】本発明による硬質皮膜被覆部材の実施の形態を製造するための処理装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明による硬質皮膜被覆部材およびその製造方法の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
図1に示すように、本発明による硬質皮膜被覆部材の実施の形態は、基材1と、この基材1上に形成された下地層2としてのクロム皮膜と、この下地層2上に略同一の厚さの応力緩和層としてのクロム皮膜と硬質層としての窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるように形成された複数のクロム皮膜3および複数の窒素含有クロム皮膜4とを備えている。
【0016】
このように、略同一の厚さの窒素含有クロム皮膜(硬質層)とクロム皮膜(硬質層より硬度が低い応力緩和層)が交互に(周期的に)積層された多層膜を基材上に形成することにより、基材への密着力および耐久性に優れた高硬度の硬質皮膜で被覆された硬質皮膜被覆部材を製造することができる。すなわち、基材上に形成される皮膜を多層構造にすることにより、硬質層と応力緩和層の界面でクラックが伝播するのを阻止して、高硬度を確保しながら応力緩和層により応力緩和して充分な密着力を確保することができる。
【0017】
多層膜の各々のクロム皮膜および窒素含有クロム皮膜の厚さは、10〜50nmであるのが好ましく、20〜40nmであるのがさらに好ましい。また、多層膜のクロム皮膜および窒素含有クロム皮膜の数は、それぞれ20層以上であるのが好ましく、120層以上であるのがさらに好ましく、240層以上であるのが最も好ましい。また、基材と多層膜との密着力をさらに向上させるために、基材上に下地層として厚さ0.05〜2μmのクロム皮膜を形成するのが好ましく、厚さ0.1〜1μmのクロム皮膜を形成するのがさらに好ましい。さらに、下地層を除く多層膜全体の厚さは、5〜30μmであるのが好ましく、5〜20μmであるのがさらに好ましく、5〜15μmであるのが最も好ましい。
【0018】
下地層と複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜は、クロムターゲットを使用してスパッタリングする装置の処理室内で連続的に形成することができる。すなわち、下地層および複数のクロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガス雰囲気し、複数の窒素含有クロム皮膜を形成する際には、処理室内をアルゴンガスと窒素ガスを含む雰囲気にして、下地層と複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜を連続的に形成することができる。
【0019】
このスパッタリングは、DCマグネトロンスパッタリング法によって行うことができるので、基材として使用する鋼材の焼き戻し温度以下の低温(例えば、250℃以下、好ましくは200℃以下)で成膜することができるため、鋼材の軟化や熱歪を抑制することができ、また、他の物理的蒸着と比べて生産性が高い。また、このスパッタリングでは、イオンプレーティング法によって成膜する場合のように皮膜の材料が溶融した塊(ドロップレット)が発生しないので、平滑な表面の皮膜を形成することができる。さらに、このスパッタリングでは、クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を形成するため、他の材料の中間層を排除することができるので、従来のスパッタリング装置に単一のターゲットを使用して、処理室内への窒素ガスを導入のON/OFFの切り替えにより、多層構造の皮膜(内部に複数の界面が形成された皮膜)を形成することができる。そのため、応力緩和層としてのクロム皮膜と硬質層としての窒素含有クロム皮膜の界面でクラックが伝播するのを阻止して、高硬度を確保しながら応力緩和層により応力緩和して優れた密着性を有する窒素含有クロム皮膜を得ることができる。また、バイアス電圧を一定にしてスパッタリングを行うことができるので、皮膜の割れを防止することができ、応力緩和層を挟み込んでも硬度が低下するのを防止することができる。
【0020】
本発明による硬質皮膜被覆部材の実施の形態は、例えば、図2に示す処理装置10を使用して製造することができる。この処理装置10は、真空処理室12と、この真空処理室12内を減圧して真空にするための真空ポンプ14と、真空処理室12内の底部の中心部に配設された回転テーブル16と、この回転テーブル16上に治具18を介して載置された被処理部材として基材20と、この基材20を取り囲むように配置された蒸発源としてのターゲット22と、これらのターゲット22の各々に接続された直流のスパッタ電源24と、回転テーブル16に接続された直流のイオンボンバードおよびバイアス電源26と、真空処理室12内にアルゴンガスおよび窒素ガスを導入するためのガス導入パイプ28とを備えている。以下、この処理装置10を使用して、本発明による硬質皮膜被覆部材の実施の形態を製造する方法について説明する。
【0021】
(イオンボンバード処理工程)
まず、処理装置10のターゲット22としてクロムターゲットを真空処理室12内に配置し、真空ポンプ14を作動させて真空処理室12内を真空排気した後、ガス導入パイプ28を介して真空処理室12内にアルゴンガスを導入して真空処理室12内をアルゴンガス雰囲気にして、イオンボンバード処理を行って、基材20の表面を活性化する。
【0022】
(下地層形成工程)
次に、アルゴンガスの導入を一旦停止し、真空処理室12内を真空排気した後、ガス導入パイプ28を介して真空処理室12内にアルゴンガスを導入して真空処理室12内をアルゴンガス雰囲気にする。その後、ターゲット22にスパッタ電源24の所定の電圧を印加して、ターゲット22の近傍にグロー放電(低温プラズマ)を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化してターゲット22に高速で衝突し、この衝突によってターゲット22からクロム原子が叩き出され、このクロム原子が基材20の表面に叩き付けられて、基材20の表面に下地層としてのクロム皮膜が形成される。
【0023】
(クロム皮膜形成工程)
次に、ガス導入パイプ28を介して真空処理室12内にアルゴンガスを導入して真空処理室12内をアルゴンガス雰囲気にする。その後、ターゲット22にスパッタ電源24からの−30V〜−70V,好ましくは−30V〜−50Vの電圧を印加して、ターゲット22の近傍にグロー放電(低温プラズマ)を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化してターゲット22に高速で衝突し、この衝突によってターゲット22からクロム原子が叩き出され、このクロム原子が基材20上の下地層の表面に叩き付けられて、基材20上の下地層の表面に応力緩和層としての厚さ10〜50nm、好ましくは厚さ20〜40nmのクロム皮膜が形成される。
【0024】
(窒素含有クロム皮膜形成工程)
次に、ガス導入パイプ28を介して真空処理室12内にアルゴンガスと窒素ガスを導入して真空処理室12内をアルゴンガスと窒素ガスの雰囲気にする。その後、ターゲット22にスパッタ電源24からの−30V〜−70V,好ましくは−30V〜−50Vの電圧を印加して、ターゲット22の近傍にグロー放電(低温プラズマ)を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化してターゲット22に高速で衝突し、この衝突によってターゲット22からクロム原子が叩き出され、このクロム原子が真空処理室12内の雰囲気中の窒素原子とともに基材20上のクロム皮膜の表面に叩き付けられて、基材20上のクロム皮膜の表面に窒素を含有する厚さ10〜50nm、好ましくは厚さ20〜40nmのクロム皮膜(硬質層)が形成される。このようにして形成された窒素含有クロム皮膜は、クロム皮膜中に窒素および窒化クロムの少なくとも一方が分散した皮膜であり、クロム皮膜中に固溶した窒素、アモルファス構造の窒化クロムまたは微細な結晶の窒化クロムの少なくとも1つを含む皮膜であると考えられる。
【0025】
さらに、上記のクロム皮膜形成工程と窒素含有クロム皮膜形成工程を繰り返して、略同一の厚さのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜が交互に配置されるように複数のクロム皮膜と複数の窒素含有クロム皮膜を形成する。
【0026】
なお、上記のスパッタリングでは、皮膜の厚さを均一にするために且つ基材20の温度をその焼戻し温度以下に維持するために、ターゲット22と基材20の間隔を、例えば、70〜80mmに保持するのが好ましい。
【0027】
このようにして製造した硬質皮膜被覆部材についてX線回折測定を行うと、2θ=63.5°と2θ=60.6°にピークが明確に認められ、2θ=63.5°のX線回折強度をICrN(220)、2θ=60.6°のX線回折強度をICrN(202)、クロム皮膜の厚さをCr膜厚、窒素含有クロム皮膜の厚さをCr(N)膜厚、下地膜を除く全てのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜の合計の厚さを全膜厚とすると、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値が20(nm)以上になる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明による硬質皮膜被覆部材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0029】
[実施例1]
ダイス鋼SKD11に浸炭焼入れ焼き戻しを施した後に鏡面研磨した基材を用意した。この基材をクロムターゲットを使用する処理装置(DCマグネトロンスパッタリング装置)の真空処理室に入れて、到達真空度5×10−4Pa以下に真空排気した後、真空処理室内が圧力5×10−1Paのアルゴンガス雰囲気になるように制御してアルゴンガスを真空処理室内に導入し、1000V×2Aでイオンボンバード処理を約180分間施して、基材の表面を活性化した。
【0030】
次に、アルゴンガスの導入を一旦停止し、真空処理室内を排気して真空にした後、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.061Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入しながら、投入電力4kW、バイアス電圧を−100Vとして、スパッタリングを約180秒間行って、基材上に下地層としてビッカース硬度HV500程度、厚さ240nm程度のクロム皮膜を形成した。
【0031】
次に、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.061Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入しながら、投入電力4kW、バイアス電圧を−50Vとして、スパッタリングを30秒間行って、基材上に厚さ40nm程度のクロム皮膜を形成した(クロム皮膜形成工程)。
【0032】
次に、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.042Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入するとともに、窒素ガスの分圧が0.054Paになるように窒素ガスを真空処理室内に導入しながら、投入電力4kW、バイアス電圧を−50Vとして、スパッタリングを30秒間行って、基材上に厚さ約40nmの窒素含有クロム皮膜を形成した(窒素含有クロム皮膜形成工程)。
【0033】
さらに、上記のクロム皮膜形成工程と窒素含有クロム皮膜形成工程を繰り返し、それぞれ厚さ約40nmのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を120層ずつ(合計240層、下地層を除く全膜厚約9.6μm)交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0034】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕の評価を行った。
【0035】
マイヤー硬さは、フィッシャー硬度計(超微小硬さ試験機)を使用して、バーコビッチ圧子により測定荷重10mN/10sおよび100mN/10sを加えて室温で測定した塑性変形硬さに基づいて算出した。その結果、マイヤー硬さは19.2GPaであった。
【0036】
スクラッチ臨界荷重については、スクラッチ試験機(CSM社製のREVETEST、AEセンサー付スクラッチ試験機)を使用し、最小荷重0.9N、最大荷重150N、荷重速度100N/分、スクラッチ速度10mm/分、スクラッチ距離8.91mmとして、0.2mmRのダイヤモンド圧子(型式Rockwell、シリアルNo.N2−3122)によってスクラッチ試験を行い、スクラッチの周辺の皮膜が破壊されたときの荷重(スクラッチ臨界荷重)を測定した。その結果、スクラッチ臨界荷重は150Nであった。
【0037】
HRC圧痕判定は、ロックウェル試験機を使用して、Cスケールで圧痕を打って観察することにより、HRC圧痕判定試験(DIN50103/1)に準拠して評価した。その結果、HRC圧痕判定結果は(圧痕の周囲にわずかにひびが認められる)HF2であった。
【0038】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、X線回折装置(RIGAKU社製のRINT2000)を使用して、管電圧40kV、管電流20mA、走査角度20〜80°、スキャンステップ1°/分の条件で、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ113cps(カウント/秒)、180cps、813cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、1.0:1.6:7.4であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、(180/813)×(40×40×1000/9600)=36.9(nm)であった。
【0039】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、超深度表面形状測定顕微鏡(株式会社キーエンス製のVK−8500)を使用して測定した結果から、JIS B0601(1994年)に基づいて表面粗さを示すパラメータである算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.36μm、最大高さRyは10.58μm、十点平均粗さRzは10.13μmであった。
【0040】
[実施例2]
窒素含有クロム皮膜形成工程において、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.040Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入するとともに、窒素ガスの分圧が0.062Paになるように窒素ガスを真空処理室内に導入した以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0041】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは19.9GPa、スクラッチ臨界荷重は150N、HRC圧痕判定結果はHF2であった。
【0042】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ144cps、297cps、2053cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.6:1.2:8.2であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、24.1(nm)であった。
【0043】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.37μm、最大高さRyは24.85μm、十点平均粗さRzは24.75μmであった。
【0044】
[実施例3]
窒素含有クロム皮膜形成工程において、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.037Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入するとともに、窒素ガスの分圧が0.063Paになるように窒素ガスを真空処理室内に導入した以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0045】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは18.4GPa、スクラッチ臨界荷重は150N、HRC圧痕判定結果は(圧痕の周囲の一部にわずかにひびが認められる)HF1であった。
【0046】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ76cps、155cps、626cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.9:1.8:7.3であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜(nm)厚×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、41.3(nm)であった。
【0047】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.35μm、最大高さRyは15.73μm、十点平均粗さRzは12.88μmであった。
【0048】
[実施例4]
クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を成膜するためのスパッタリング時間をそれぞれ15秒間にして、それぞれ厚さ約20nmのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を240層ずつ(合計480層、下地層を除く全膜厚約9.6μm)形成した以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0049】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは24.0GPa、スクラッチ臨界荷重は140N、HRC圧痕判定結果はHF1であった。
【0050】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ147cps、552cps、912cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.9:3.4:5.7であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、25.2(nm)であった。
【0051】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.36μm、最大高さRyは15.20μm、十点平均粗さRzは14.19μmであった。
【0052】
[実施例5]
クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を成膜するためのスパッタリング時間をそれぞれ15秒間にして、それぞれ厚さ約20nmのクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を240層ずつ(合計480層、下地層を除く全膜厚約9.6μm)形成した以外は、実施例3と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0053】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは23.7GPa、スクラッチ臨界荷重は110N、HRC圧痕判定結果はHF2であった。
【0054】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ123cps、252cps、429cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、1.5:3.1:5.3であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、24.5(nm)であった。
【0055】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.36μm、最大高さRyは22.86μm、十点平均粗さRzは21.35μmであった。
【0056】
[実施例6]
バイアス電圧を−30Vにした以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0057】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは17.8GPa、スクラッチ臨界荷重は139N、HRC圧痕判定結果はHF1であった。
【0058】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ133cps、169cps、686cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、1.3:1.7:6.9であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、41.1(nm)であった。
【0059】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.28μm、最大高さRyは8.90μm、十点平均粗さRzは8.30μmであった。
【0060】
[実施例7]
バイアス電圧を−30Vにした以外は、実施例4と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0061】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは15.6GPa、スクラッチ臨界荷重は131N、HRC圧痕判定結果はHF1であった。
【0062】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ74cps、190cps、315cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、1.3:3.3:5.4であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、25.1(nm)であった。
【0063】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.38μm、最大高さRyは18.90μm、十点平均粗さRzは17.00μmであった。
【0064】
[比較例1]
バイアス電圧を−100Vにするとともに、クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成(多層膜を形成)する代わりに、窒素含有クロム皮膜を成膜するためのスパッタリング時間を2時間にして、10μmの窒素含有クロム皮膜を形成(単層膜を形成)した以外は、実施例1と同様の方法により硬質皮膜被覆部材を得た。
【0065】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは20.8GPa、スクラッチ臨界荷重は50N、HRC圧痕判定結果は(圧痕の周囲の全周にわたってひびが認められ、ひびの発生している部分の表面の剥離が認められる)HF3であった。
【0066】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ80cps、204cps、659cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.8:2.2:7.0であった。
【0067】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.18μm、最大高さRyは7.74μm、十点平均粗さRzは7.05μmであった。
【0068】
[比較例2]
窒素含有クロム皮膜形成工程において、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧が0.038Paになるようにアルゴンガスを真空処理室内に導入するとともに、窒素ガスの分圧が0.074Paになるように窒素ガスを真空処理室内に導入した以外は、比較例1と同様の方法により硬質皮膜被覆部材を得た。
【0069】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは27.6GPa、スクラッチ臨界荷重は30N、HRC圧痕判定結果は(HF3よりも剥離がさらに進んでいることが認められる)HF4であった。
【0070】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ124cps、194cps、390cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、1.8:2.7:5.5であった。
【0071】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.16μm、最大高さRyは19.29μm、十点平均粗さRzは17.90μmであった。
【0072】
[比較例3]
バイアス電圧を−300Vにした以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0073】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは11.7GPa、スクラッチ臨界荷重は90N以上、HRC圧痕判定結果はHF1であった。
【0074】
[比較例4]
バイアス電圧を−100Vにした以外は、実施例1と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0075】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは18.1GPa、スクラッチ臨界荷重は90N、HRC圧痕判定結果はHF2であった。
【0076】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ70cps、162cps、1895cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.3:0.8:8.9であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、14.2(nm)であった。
【0077】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.20μm、最大高さRyは7.78μm、十点平均粗さRzは7.23μmであった。
【0078】
[比較例5]
バイアス電圧を−100Vにした以外は、実施例4と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0079】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは24.5GPa、スクラッチ臨界荷重は80N、HRC圧痕判定結果はHF2であった。
【0080】
また、得られた硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法により、X線回折の測定を行った。その結果、2θ=43.7°にCrN(200)面からのピーク、2θ=60.6°にCrN(202)面に起因すると推測されるピーク、2θ=63.5°にCrN(220)面からのピークが見られ、これらのX線回折強度ICrN(200)、ICrN(202)、ICrN(220)は、それぞれ57cps、150cps、728cpsであり、強度比ICrN(200):ICrN(202):ICrN(220)は、0.6:1.6:7.8であった。また、X線回折強度比ICrN(202)/ICrN(220)を膜厚で補正した値として、{ICrN(202)/ICrN(220)}×{Cr膜厚(nm)×Cr(N)膜厚(nm)×1000/全膜厚(nm)}の値を求めたところ、8.6(nm)であった。
【0081】
さらに、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.29μm、最大高さRyは16.19μm、十点平均粗さRzは14.68μmであった。
【0082】
[比較例6]
クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を成膜するためのスパッタリング時間をそれぞれ15秒間と30秒間にして、厚さ約20nmのクロム皮膜と厚さ約40nmの窒素含有クロム皮膜を160層ずつ(合計320層、下地層を除く全膜厚約9.6μm)形成した以外は、比較例4と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0083】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは22.3GPa、スクラッチ臨界荷重は61N、HRC圧痕判定結果はHF3であった。
【0084】
また、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.27μm、最大高さRyは19.36μm、十点平均粗さRzは18.77μmであった。
【0085】
[比較例7]
クロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を成膜するためのスパッタリング時間をそれぞれ10秒間と15秒間にして、厚さ約13nmのクロム皮膜と厚さ約20nmの窒素含有クロム皮膜を290層ずつ(合計580層、下地層を除く全膜厚約9.6μm)形成した以外は、比較例4と同様の方法によりクロム皮膜と窒素含有クロム皮膜を交互に形成して硬質皮膜被覆部材を得た。
【0086】
このようにして得られた硬質皮膜被覆部材のマイヤー硬さ、スクラッチ臨界荷重およびHRC圧痕について、実施例1と同様の方法により評価した。その結果、マイヤー硬さは22.9GPa、スクラッチ臨界荷重は68N、HRC圧痕判定結果はHF2であった。
【0087】
また、得られた硬質皮膜被覆部材の表面粗さの評価として、実施例1と同様の方法により、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRzを算出した。その結果、算術平均粗さRaは0.34μm、最大高さRyは14.10μm、十点平均粗さRzは12.73μmであった。
【0088】
これらの実施例および比較例の硬質皮膜被覆部材の製造条件、構造および特性を表1〜表4に示す。なお、表2において、マイヤー硬さが21GPa以上で非常に良好な硬さの場合を◎、15GPa以上で良好な硬さの場合を○、15GPa未満で硬さが不十分な場合を×で示している。また、表2において、密着力が非常に良好な場合を◎、良好な場合を○、十分ではない場合を△、悪い場合を×で示している。
【0089】
【表1】
【0090】
【表2】
【0091】
【表3】
【0092】
【表4】
【符号の説明】
【0093】
1 基材
2 下地層(クロム皮膜)
3 応力緩和層(クロム皮膜)
4 硬質層(窒素含有クロム皮膜)
10 処理装置
12 真空処理室
14 真空ポンプ
16 回転テーブル
18 治具
20 基材
22 ターゲット
24 スパッタ電源
26 イオンボンバードおよびバイアス電源
28 ガス導入パイプ
図1
図2