(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.030%以下、N:0.030%以下、Si:0.30%以下、Mn:0.30%以下、P:0.040%以下、S:0.020%以下、Cr:16〜26%、Al:0.015〜0.5%、Ti:0.05〜0.50%、Nb:0.05〜0.50%、Mo:0.5〜3.0%、Ni:0.32%超〜2.0%、V:0.05〜0.2%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、下記の式(1)を満足することを特徴とする、耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
Al/Si≧0.10 … (1)
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼は一般に耐食性および伸び、張り出し性等の加工性が優れているため、用途は広範囲にわたっている。しかしながら、オーステナイト系ステンレス鋼は価格の変動が激しく経済的に不安定であることや応力腐食割れ発生の懸念があるため、耐応力腐食割れ性に優れ経済的に安定なフェライト系ステンレス鋼の代替・適用が拡大している。フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比較し、適切な成分系であれば、高い耐食性を有するのみならず、高い深絞り成形性やおよび優れた表面品位等の特性を有していることから、これら利点を活かして、これまでオーステナイト系ステンレス鋼のみしか適用されていなかった、より広範囲な用途への適用が検討されている。しかしながらフェライト系ステンレス鋼は腐食の進展速度がオーステナイト系ステンレス鋼よりも速いため、いったん腐食を生じてしまうと、赤さび状に腐食が進展してしまう。そのため、適用機器の外装に用いられる場合は赤さびが目立ってしまう問題があり、衛生上さび発生さえも認められない食品製造設備等への適用には問題がある。これらは複雑な形状や溶接部等のすき間構造を有する構造物への適用の場合においても、すき間腐食として同様の問題、つまり、流れさびや腐食による穴あき等、の懸念がある。
【0003】
ステンレス鋼の一般的な局部腐食として、孔食の発生機構を説明する。塩化物イオン等ハロゲン化物イオンを含む環境に、ステンレス鋼が晒される場合、塩化物イオン濃度が高くなるか、または環境の電位が高くなった場合に、塩化物イオンにより不働態皮膜のうち局部的に弱い部分が選択的に破壊される。被膜の破壊と同時にステンレス鋼素地の局部的な溶解が生じて腐食孔を生じ、その中で生成した金属イオンが加水分解反応を起こし,水素イオンを発生させる。この水素イオンにより孔内部の液は低pHとなり、ステンレス鋼の成分で決定される腐食臨界pH(脱不動態化pH)を下回った場合に孔食が進展する。
すき間腐食の場合、腐食の発生機構は孔食と同様であるが、すき間構造による液性の変化が孔食よりも顕著である。このためすき間腐食の場合は、すき間腐食が発生するまでの誘導期間と、すき間腐食発生後の母材の溶解における成長の期間の2つに分けて考える必要がある。したがって、耐すき間腐食性を高めるためには、腐食の発生を防ぐこと、あるいはすき間腐食の進行を遅らせること、さらにはその両方の耐食性向上をステンレス鋼に付与する必要がある。
以上のように、ステンレス鋼の局部腐食は、不働態皮膜が局部的に破壊されることで生じる現象で、不働態被膜の弱い部分が少なければ、局部腐食は生じ難いことになる。この被膜を弱くするものとして、素地に含まれる非金属介在物の存在が広く知られている。非金属介在物を使用される環境で容易に溶解しないような組成とすることで局部腐食の発生を抑制することが可能となる。
【0004】
局部腐食の発生抑制については、例えば、特許文献1で、非金属介在物によって生じる不働態皮膜の溶解を、Moを添加することで皮膜の修復能を高めるで優れた耐孔食性を担保し、さらに溶接部耐食性の向上のため、C,N量の規定、TiやNbなどの安定化元素の添加が提案されている。これはC量やN量を低減し、かつTiおよびNb添加によりCおよびNと炭・窒化物を形成することでCr炭化物の粒界析出を防止し、耐粒界腐食性を高めたものである。特許文献1では、CrとMoによって耐食性の向上をあげているが、非金属介在物自体の溶解性を制御していない。そのために過剰なCrやMoを添加する必要があり、それにより加工性や靭性の低下やコスト上昇を引き起こすという問題があった。
また、非金属介在物自身の溶解性を制御した例として、特許文献2には、上記のようにTiを添加した上でS、Alを低減することで水溶性介在物起因の初期さびを抑制する方法が記載されている。しかしこの方法では、SやAlを低下させるのに精錬時間の増加及びコスト上昇が避けられない上に、耐食性の要求レベルの低い11.5〜13.5%Cr相当鋼での初期さびを問題にしており、給水・給湯設備、食品製造設備等の耐食性要求の高い用途には適さない。
【0005】
またすき間腐食については、特許文献3や特許文献4には、すき間腐食の耐孔あき性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。前者の特許文献3ではNi添加およびNiにCu、Nbを複合化することで、また特許文献4ではSn、Sb添加をすることで、すき間腐食発生後の成長速度を抑制し、優れた耐すき間腐食性を担保している。しかしながら、これら技術は、腐食の成長を抑制するとされるが、すき間腐食発生を抑制することには言及されていない。このため例えば、食品製造設備や給水・給湯設備等の衛生管理が厳しい用途においては、腐食が発生した場合には金属イオンが溶出することは避けられない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明では、局部腐食、すなわち孔食やすき間腐食を防止することを考慮した、耐局部腐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の課題を解決すべく、非金属介在物の組成と耐局部腐食性の評価を鋭意検討した結果、Cr、Moの適量添加、脱酸元素であるAlの適正量添加とAl/Si比のバランスによる非金属介在物組成の制御により局部腐食の発生を抑制することが可能であることを見出した。また、更に最適Ni添加量の検討により、すき間腐食の成長を抑制させることができるという知見も得られた。本願発明はこれら耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供するものであり、その要旨とするところは特許請求の範囲に記載した通りの下記内容である。
【0009】
本発明は、その結果に基づくものであり、以下の構成を要旨とする。即ち本発明は、
(1)質量%で、C:0.030%以下、N:0.030%以下、Si:0.30%以下、Mn:0.30%以下、P:0.040%以下、S:0.020%以下、Cr:16〜26%、Al:0.015〜0.5%、Ti:0.05〜0.50%、Mo:0.5〜3.0%、Nb:0.05〜0.50%、Ni:0.32%超〜2.0%、
V:0.05〜0.2%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、式(1)を満足することを特徴とする、耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
Al/Si≧0.10 (1)
(2)さらに、質量%で、Cu:1.0%以下及びZr:0.2%以下の1種以上を含有することを特徴とする、前記(1)に記載の、耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
(3)さらに、質量%で、B:0.005%以下を含有することを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の、耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0010】
本発明の耐局部腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼は、給水・給湯設備、食品製造設備、建築設備、家庭用電化製品等、構造上すき間部が存在し、塩化物イオンなどのハロゲン化物イオンを含む環境で使用される機器等において、優れた耐局部腐食性が必要な部材に使用される部材として有用である。特に、本発明の好適形態であるNiを添加することで、前記すき間部における耐すき間腐食性が顕著に改善される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
給水・給湯設備、食品製造設備、建築設備、家庭用電化製品等で、塩化物イオンなどのハロゲン化物イオンを含む環境で使用される機器等においては、局部腐食起因による金属イオンの溶出による赤さびが外観上の問題となる場合や、金属イオンの流出自身が問題となる場合がある。本発明者らは、まず局部腐食が発生するまでの誘導期間とその材料因子について、鋭意研究を進めた。その結果、腐食の発生、つまり不働態皮膜の破壊を抑制するには、非金属介在物中に含まれるS析出物の組成を制御することが重要な因子であり、そのためにはCr、Moの適量添加および脱酸元素であるAlの適量添加及び、Al/Si比の最適範囲の確保が有効であることを見出し、本発明に到った。
【0013】
ステンレス鋼の孔食およびすき間腐食の発生頻度を抑制するためにはCr量を高めること、Moを添加することが有効であることは一般に知られる。しかしながら、Cr量の増大は不働態皮膜の強化に寄与したもので、不均一性を緩和するものではない。ここで言う不均一性とは、ステンレス鋼表面における不働態皮膜の脆弱な部分のことで、偏析、結晶粒界および非金属介在物の存在がその原因のひとつと考えられている。このうち腐食の起点になりうる非金属介在物の組成としては、一般にCaSやMnSが知られ、特にフェライト系ステンレス鋼ではCaSが支配的である。これらの非金属介在物は易水溶性であるため、ステンレス鋼表面に露出した状態で水溶液に接すると、不働態被膜は健全であっても、CaSが優先的に溶出し腐食の起点となる。これを抑制するためには、Sそのものを低減する方法や、CaSを生成させる元となるCaO・Al
2O
3の生成を抑制して非水溶性の非金属介在物を生成させる方法が知られている。Sを低減することは根元的な方法であるがステンレス鋼の精錬の時間が長くなりコストが高くなる問題がある。
一方の非金属介在物の非水溶性化について述べる。非金属介在物CaSは、先に述べたように精錬時に脱酸剤として添加されたCaやAlにより生成するCaO・Al
2O
3が、製造過程における加熱処理でCaSを生成させることが知られている。これを抑制する方法の一つとして、Tiを添加し、非水溶性の非金属介在物であるTi
2Ca
4S
4を生成させる方法がある。しかしながら、精錬時のTi添加タイミング等が適切でないと、Tiを含有させていてもCaO・Al
2O
3が生成され、腐食の起点となるCaSが存在してしまう場合がある。また脱酸剤にSiを用いた場合にも非水溶性の非金属介在物を生成させることは可能である。しかしSi脱酸は、Al脱酸に比較して脱酸および脱硫能力が低いという問題がある。
このような現象を抑制するため腐食の起点とする水溶性の非金属介在物を極小化することを目的に、種々介在物組成と耐食性の関係を調査した結果、Tiを添加した場合は鋼中のAl/Siの値を一定値以上に管理することが有効であることを明らかにした。従来の知見では、Tiが存在しない場合は、Siの添加がCaO・Al
2O
3の生成を抑制しCaSを低減させることが知られていたが、本知見はTiが存在する場合には、Al/Siを一定値以上にする、つまりSi添加量を相対的に下げることが、CaS生成を抑制可能との新知見に基づくものである。
【0014】
本知見について、実験的に確認した結果を以下に示す。Al、Si、Ti、Cr等の各種成分元素の、耐局部腐食性、特にここでは耐孔食性におよぼす影響を検討するため、加速型の塩水噴霧試験を実施した。この方法は、通常の塩水噴霧試験よりも実際の大気腐食環境に近づけるように設定された試験方法であるが、特に水溶性の非金属介在物を顕著に溶解するため本試験として用いた。噴霧液は0.5%NaCl水溶液に0.2%の過酸化水素水H
2O
2を加えたもので、35℃の環境で24時間連続的にステンレス鋼表面に噴霧した。供試材は表面を#600のエメリー研磨紙で湿式研磨し、噴霧試験機内に鉛直方向よりも30度傾けて設置した。
【0015】
詳細結果は実施例に記載するが、Cr、Mo、Alの元素含有量が本願範囲内であり、且つTiが共存している鋼種では、Al/Siが0.10以上の場合に点さびや流れさびは全く発生しなかった。一方、前記Cr、Mo、Alの元素含有量が範囲内であり、且つTiが共存していてもAl/Siが0.10未満の場合や、Tiが共存し、Al/Siが0.10以上であってもCr、Mo、Alの元素含有量が本願範囲外の場合は何れも点さびや流れさびが発生した。また、Tiが本発明の範囲外の場合は、他の要件を満たしていても溶接部の耐食性が悪化した。この結果により、Tiを共存させつつCr等の元素割合、Al/Siのバランスを制御することが、フェライト系ステンレス鋼の耐局部腐食性を向上させるとの知見を見出した。
【0016】
上記のTiを添加したフェライト系ステンレス鋼にAl/Siを一定値以上とするとの知見は、すき間腐食においても同様の効果を発揮することを明らかにした。
これはすき間腐食もその発生機構は、すき間内部の液性が低pH、高Cl化することで不働態皮膜が溶解することで生じるため、皮膜溶解の起点は皮膜の脆弱な水溶性非金属介在物となるためである。ただしすき間腐食の場合は、孔食と異なり、すき間内の液性変化が大きく、またすき間内の液量も孔食に比較して多いために、腐食起点を低減してもすき間腐食が発生する場合がある。その際にCr、Moだけでなく、Niを適正量添加することによってすき間腐食の成長速度を抑制することができる。
この効果を確認するため、2枚の同組成のステンレス鋼を重ね合わせてスポット溶接したものを、塩化ナトリウムおよび塩化銅で調整した600ppmの塩化物イオン(Cl
−)および20ppmの2価の銅イオン(Cu
2+)を含有した水溶液中に浸漬し、酸素を吹き込んだ状態で80℃に各々14日間保持した後の耐すきま腐食性を発生有無及びすきま腐食深さで評価した。本環境は貯湯タンク内の環境の模擬試験として使用される方法の一つであるが、よりすき間腐食性を厳しく評価するためにCu
2+イオン濃度を一般の温水環境相当(約0.2〜10ppm)より高く設定した。
【0017】
この結果、Al/Si比が0.10以上で、かつNiが添加されている場合には、すきま腐食の低減効果が大きく、すきま腐食発生が生じなかった、あるいは、すきま腐食が生じてもすきま腐食深さが40μmに達しなかった。このことより、Al/Si比のバランス制御およびNi添加は、フェライト系ステンレス鋼にとって耐すきま腐食性を向上させるとの知見を見出した。
【0018】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。以下に本発明で規定される化学組成についてさらに詳しく説明する。
CおよびNは、フェライト系ステンレス鋼ではその固溶限が小さいため、多すぎる場合または溶接部ではCrの炭窒化物を析出し、特に粒に局部的なCr欠乏部を生じてしまい、耐食性が劣化する。このためCおよびNとも0.030%以下とする必要がある。
なお、CおよびNの好ましい範囲は0.015%以下、さらに望ましくは0.002〜0.008%である。
【0019】
Alは、脱酸元素として有用な元素であり、本知見ではTiとの共存下で局部腐食発生の防止に効果的である。この効果は本発明が対象とするCr含有量では、Alが0.015%以上、Siとのバランスが式(1)の関係を満たすことで得られる。しかしながら、過剰に添加すると、製造時に表面疵を生じ易くなる。このため、上限を0.5%とした。望ましくは、0.020〜0.4%である。
【0020】
Siは、脱酸元素として有用であり、耐食性に有効な元素である。しかし、本知見ではTi存在下では結果的にCaSの生成を促進する元素であることから上限を0.30%とした。なお、Siの好ましい範囲は0.05〜0.20%である。
【0021】
Tiは、C、N安定化のため添加されるが、本知見では更にSを固定するために必須の元素となる。またTiは溶接部の延性を向上させる効果も有する。しかし多量な添加は、製造時に表面疵を生じやすくなり、耐食性および溶接部の強度を下げる為、上限を0.50%とした。またTiが少ない場合、段落0013に記載したように、腐食起点となる非金属介在物CaSが生成してしまうため、本発明の効果が得られない。特に溶接部においてはその効果が顕著となるため、平面部ならびに溶接部の耐食性及び加工性確保の観点から下限を0.05%とした。望ましくは、0.07〜0.30%である。
【0022】
Crは耐食性を高める主元素であり、濃度が高いほど耐食性が向上する。しかし、Cr量を高めると、靭性の低下から製造性が困難となる上、鋼材が硬質化し加工性が低下する。このため、上限を26%とした。また低すぎると耐食性が低下する為、下限を16%とした。Crの望ましい範囲は、18〜24%である。
【0023】
Mnは母材の強度や溶接部の靱性を向上するが、多すぎると耐食性の低下を引き起こすため、上限を0.30%とした。なお、Mnの好ましい範囲は0.05〜0.15%である。
【0024】
P、Sは不可避的不純物であるが、熱間加工性や耐食性を低下させる元素であるため低い方が望ましい。このためPは0.040%以下、Sは0.020%以下、好ましくは0.010%以下とした。
なお、P、Sのより好ましい範囲は各々0.010〜0.025%、0.001〜0.008%である。
【0025】
NbはTiと同様に、CおよびNの安定化のために添加される。多いほど、C、Nの安定化能は高いが、多すぎると強度が上がり、加工性を低下させる為、上限を0.50%とした。またNbを添加せずTiのみを添加させた場合、表面疵が溶接部の強度低下を引き起こすため、Nbの下限を0.05%とした。望ましくは、0.05〜0.40%である。
なお、安定化元素としてのNb,Tiの必要添加量は、C,N量によって決定され、具体的にはフェライト系ステンレス鋼では例えばSUS444ではJIS G4305において「Ti,Nb,Zrまたはそれらの組み合せ8×(C+N%)〜0.8」の添加が必要とされており、本発明もこれに準じる添加量が必要である。
【0026】
MoはCrとともに耐食性を向上させる。再不働態化能を高め、局部腐食の発生に対して効果的である。しかしながら、Mo含有量が多すぎると、加工性および溶接時の溶け込み性が低下し、またMo原料の価格変動が大きくコスト上昇要因に成りやすい。このため、下限を0.5%、上限を3.0%とした。望ましくは、1.0〜2.0%である。
【0028】
Niは耐局部腐食性を向上させる上で有効な元素であり、すき間部の耐孔あき性において、局部腐食発生後の成長速度を抑制する。その効果は0.32%超で発現し、含有量の増加とともにその効果は高まるが、過剰な添加は、成形性の低下、耐応力腐食割れ性の低下をまねく恐れがあるため、上限を3.0%とした。望ましくは、0.5〜2.0%である。
【0029】
CuはCr、Moに加えて添加することにより、耐孔食性や耐すき間腐食性を向上させることができる。ただしCuの添加は加工性を低下させるため、上限をCuは1.0%とする。より好ましい範囲は、Cuが0.05〜0.50%とする。
【0030】
VはCr、Moに加えて添加することによりフェライト系ステンレス鋼の弱点である耐銹性や耐すき間腐食性が改善され,適切な組合せによりSUS304と同等以上の耐食性が得られるだけでなく、Cr、Moの使用を最小限にしてVを添加すれば伸びや平均r値の低下も小さく,耐食性と合わせて優れた加工性を確保することができる。Vの過度の添加はやはり加工性を低下させる上,耐食性向上効果も飽和するため、Vの上限を0.2%とする。Vの好ましい範囲は0.05〜0.15%である。
【0031】
Zrは不働態皮膜の強化や介在物の組成制御を通じて、耐銹性や耐すき間腐食性の改善に効果を発揮する。しかし、過度の添加は、伸びの低下をもたらすとともに、製造工程で鋳造が困難になったりするため、Zrの添加量は、0.2%以下とする。Zrの好ましい範囲は0.05〜0.15%である。
【0032】
Bは高純度フェライト系ステンレス鋼の二次加工脆性改善に有効な粒界強化元素であり、このような効果を得るために0.0002%以上添加する。しかし、過度の添加はフェライトを固溶強化して延性低下の原因になるので、上限を0.005%とする。好ましい範囲は0.0005〜0.0020%である。
以上の元素に加えて本発明では、耐食性のさらなる向上や加工性、表面特性の改善を意図して、Sn、Mgのうち1種または2種以上を目的に応じて適宜添加してもよい。
【実施例】
【0033】
本発明の実施例を以下に記す。
表1に記す成分組成のフェライト系ステンレス鋼を実験室の真空溶解炉で溶製、鋳造した。これを実験室で熱間圧延、熱延板焼鈍・酸洗、冷延、冷延板焼鈍・酸洗を実施し、1.0mmの冷延板を作製した。なお冷延板焼鈍の温度は、各々の鋼材の再結晶温度に基づき950〜1050℃の間で調整した。
【0034】
耐孔食性の評価は、段落0014に記載の方法で実施した。供試材からt×50×100mmの板を切断し、試験面を#600エメリー研磨紙で湿式研磨処理したものを試験片とした。端面は切断の影響を大きく受けるために、テープで被覆処理し試験に供した。噴霧液は0.5%NaCl水溶液に0.2%の過酸化水素水H
2O
2を加えたもので、35℃の環境で24時間連続的にステンレス鋼表面に噴霧した。供試材は表面を#600のエメリー研磨紙で湿式研磨し、噴霧試験機内に鉛直方向よりも30度傾けて設置した。評価方法は、流れさびが生じなかった場合を(○)とし、流れさびは生じないが点さびが生じた場合を(△)に、明瞭な流れさびが生じた場合を(×)とした。本発明においては、軽度なさびという観点で△までを合格と判定した。表1中では、試験1として記載している。
【0035】
結果を
図1に示す。この図では、Cr、Mo、Alが本請求範囲を外れる試験材は除いて表示した。
本発明鋼
及び参考鋼であるNo.1〜No.23、27、28、34〜36の鋼は、明瞭な流れさびは見られず、発生しても微細な点さびが認められるだけであった。
一方、(1)式の値が本発明範囲から外れるNo.24、Si範囲と(1)式の値が本発明範囲から外れるNo.25、Ni範囲と(1)式の値が本発明範囲から外れるNo.26、TiやAl範囲が本発明範囲から外れるNo.30、33では明瞭な流れさびが生じた。Nb範囲が本発明範囲から外れるNo.31は、表面傷が生じた。
【0036】
耐すき間腐食性の評価は段落0016に記載の方法で行った。供試材から20mm×50mmおよび20mm×20mmの板を切断し、2枚を重ね合わせてその中央部をスポット溶接してすき間腐食試験片とした。スポット溶接条件はスポット径8mm、電流値は約3.8kAとした。耐すき間腐食性試験は、600ppmCl
−と20ppm Cu
2+を含む水溶液を用い、試験片のすき間部に試験液を十分浸透させてから試験片を浸漬したまま336時間放置し、取り出した後のすき間腐食の有無で評価した。試験温度は80℃とした。評価方法は、すき間腐食が生じなかった場合を(○)とし、すきま腐食が生じるがすきま腐食が成長性となる臨界すきま腐食深さの40μm未満のものを(△)、すきま腐食が生じた上すき間腐食深さが40μm以上の場合を(×)とした。本発明においては、すき間腐食が成長性でないという観点から△までを合格と判定した。表1では、試験2として記載している。
【0037】
結果を
図2に示す。この図では、Cr、Mo、Alが本請求範囲を外れる試験材は除いて表示した。
本発明鋼
及び参考鋼であるNo.1〜No.23の鋼は、すき間腐食が発生せず、またすき間腐食が発生したものでもすき間腐食深さが40μm未満であり、良好な耐食性を示した。一方、(1)式の値が本発明範囲から外れるNo.24、Si範囲と(1)式の値が本発明範囲から外れるNo.25、Ni範囲と(1)式が本発明範囲から外れるNo.26、Ni範囲が本発明範囲から外れるNo.27、No.28、No.34〜36、Al範囲が本発明範囲から外れるNo.33はすき間腐食が生じ、しかも成長性のすき間腐食となる臨界すき間腐食深さ40μmを超えており、耐食性が劣ることが判明した。またTi範囲が本発明範囲から外れるNo.30は、すき間部の母材だけでなく、溶接部の耐食性にも劣る。Nb範囲が本発明範囲から外れるNo.31は、表面傷が生じた。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
【表3】