【文献】
上川床総一郎ほか,ウシ眼水晶体−チン小帯系における張力、伸びおよび屈折力変化の同時計測,日本眼科学会雑誌,1996年 9月10日,第100巻、第9号,第660−664頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、眼屈折力測定光学系と被検者眼を撮像(撮影)する撮像光学系(撮影光学系)を持ち、これらの光学系を兼用してチン氏帯の脆弱度を測定する眼科装置の外観構成図である。
図2は、装置の光学系及び制御系の概略構成図である。
【0009】
眼科装置は、基台1と、基台1に取り付けられた顔支持ユニット2と、基台1上に移動可能に設けられた移動台3と、移動台3に移動可能に設けられ、光学系を収納する測定部4を備える。測定部4は測定窓4aを備え、測定窓4aを介して内部に配置された光学系が被検者眼と位置合わせされる。測定部4は、移動台3に設けられたXYZ駆動部6により、被検者眼Eに対して左右方向(X方向)、上下方向(Y方向)及び前後方向(Z方向)に移動される。移動台3は、ジョイスティック5の操作により、基台1上をX方向及びZ方向に移動される。また、検者が回転ノブ5aを回転操作することにより、測定部4はXYZ駆動部6のY駆動によりY方向に移動される。ジョイスティック5の頂部には、測定開始スイッチ5bが設けられている。移動台3には、撮像された被検者眼及び測定結果を表示するディスプレイ7が設けられている。なお、被検者の両眼の眼前には、測定部4の筐体が位置するため(測定部4の筐体の被検者側は、被検者の両眼を遮蔽する大きさを持つ)、被検者眼の瞳孔が自然に広がった自然散瞳状態とされる。これにより、屈折力測定に充分な瞳孔径を確保しやすくなる。また、チン氏帯の脆弱度測定モードにおいては、水晶体の広い範囲を撮像できる。
【0010】
測定部4には、眼屈折力測定光学系10、固視標呈示光学系30、前眼部照明光学系40、観察光学系50及び制御部70等が収められる。測定光学系10は、被検者眼Eの瞳孔中心部を介して眼底にスポット状の測定指標を投光する投光光学系10aと、眼底から反射された眼底反射光を受光する受光光学系10bと、を備える。
【0011】
投光光学系10aは、光軸L1上に配置され、近赤外光を発する測定光源11、リレーレンズ12、ホールミラー13、及び対物レンズ14を含む。光源11は、正視眼の眼底と光学的に共役な位置関係とされている。ホールミラー13の開口は、被検者眼Eの瞳孔と光学的に共役な位置関係とされている。光源11を発した測定光束は、対物レンズ14により瞳孔中心部を通って被検者眼の水晶体付近に集光され、眼底に投光される。この投光光学系10aは、水晶体の徹照像を得るときの照明光学系として兼用される。
【0012】
受光光学系10bは、投影光学系10aの対物レンズ14、ホールミラー13が共用され、ホールミラー13の反射方向に配置されたリレーレンズ16、全反射ミラー17、受光絞り18、コリメータレンズ19、リングレンズ20及び2次元撮像素子22を含む。受光絞り18及び撮像素子22は、眼底と光学的に共役な位置関係となっている。リングレンズ20は、透明平板状に円筒レンズがリング状に形成されたレンズ部と、リング状のレンズ部分以外が遮光された遮光部と、から構成され、被検者眼Eの瞳孔と光学的に共役な位置関係となっている。眼底から反射された眼底反射光は、リングレンズ20によって瞳孔周辺部を介してリング状に取り出されて撮像素子22に受光される。撮像素子22からの出力は制御部70に入力される。
【0013】
対物レンズ14と被検者眼Eとの間には、ダイクロイックミラー29が配置されている。ダイクロイックミラー34の反射側には、固視標呈示光学系30と、アライメント指標投影光学系40と、被検者眼の前眼部を撮像する撮像光学系(撮影光学系)50と、が配置されている。アライメント指標投影光学系40は、赤外光を発する光源41を備え、レンズ42、ハーフミラー43、レンズ36を介して被検者眼の角膜にアライメント指標を投影する。
【0014】
撮像光学系50は、被検者眼の正面方向から眼を撮影する光軸を持ち、ハーフミラー35の反射方向の光軸上に配置された撮像レンズ51及び2次元の撮像素子52を備える。撮像素子52からの出力は制御部70に入力される。また、被検者眼のアライメント時には光源44により前眼部が照明される。撮像素子52により撮像された前眼部画像は、ディスプレイ7に表示される。
【0015】
固視標呈示光学系30は、対物レンズ36の光軸L2上に配置されたLED等の光源31,視標板32,リレーレンズ33を備える。また、固視標呈示光学系30は、固視灯34を備える。固視標呈示光学系30は、チン氏帯の脆弱度測定モード時に、被検者眼の瞳孔に対する水晶体の移動を導く刺激を付与する刺激付与ユニットとして兼用される。視標板32は、チン氏帯の脆弱度測定モード時に被検者眼の視線を正面方向に向ける第1固視標として使用される。好ましくは中心に開口を持つ視標板と切り換えられる。視標板32の端部には、チン氏帯の脆弱度測定モード時に、被検者眼の視線を上方向に移動させる(眼球を上方向に回旋させる)ための第2固視標としての固視灯34が配置されている。固視灯34は、光軸L2から離れた位置に置かれ、被検者眼の視軸(光軸)を所定の方向に所定の角度移動させる位置に置かれる。この移動方向及び角度は、固視灯34を固視させた後に視標板32を固視させることにより、被検者眼の水晶体を揺動させることができる程度とする。本実施形態では、固視点34は、被検者眼の視軸を10度程度仰角方向に移動させるように視標板32の端部に固定されている。視標板32及び固視灯34は、モータ及びスライド機構からなる駆動機構(図示を略す)により光軸L2の方向に一体的に移動される。視標板32が移動されることにより、眼屈折力測定時に被検者眼Eに雲霧が掛けられる。
【0016】
なお、被検者眼は測定窓4aを介して視標板32及び固視灯34を見るが、チン氏帯の脆弱度測定時に、被検者眼を大きく移動させるために、測定窓4aの上に固視灯を設けても良い。
【0017】
制御部70には、測定光源11、光源42、光源44、撮像素子22、撮像素子52、光源31、固視灯34、視標板の駆動機構、ディスプレイ7、複数のスイッチを持ち測定の各種設定に用いられるスイッチ部80、メモリ75、XYZ駆動部6等に接続されている。また、制御部70には、チン氏帯脆弱度測定モードにおいて、2点の固視を交互に誘導するために所定のテンポで音を出すためのスピーカ79が接続される。メモリ75には、チン氏帯の脆弱度測定モード時に撮像素子52により所定のフレームレートで撮像された前眼部画像(徹照像)が記憶される。
【0018】
スイッチ部80には、眼屈折力測定モードとチン氏帯脆弱度測定モードを選択するスイッチが備えられる。眼屈折力測定においては、固視灯34は消灯され、被検者眼には視標板32の固視標を固視させる。光源44により照明された被検者の前眼部は、撮像光学系50の撮像素子52により撮像され、ディスプレイ7に前眼部画像が映し出される。検者は、ディスプレイ7上の前眼部画像と光源41により角膜に投影されるアライメント指標像とを観察し、ジョイスティック5等の操作により測定部4(測定光学系10)を前後及び左右上下方向に移動して、被検者眼と測定部4とを所定の位置関係にアライメントする。その後、測定開始スイッチ5bのトリガ信号が入力されることにより、眼屈折力が開始される。制御部70は、撮像素子22に受光されたリング像を検出処理することにより、被検者眼の屈折力(球面度数S、乱視度数C、乱視軸角度A)を得る。この眼屈折力測定の演算は周知であるので、詳細は省略する。
【0019】
次に、チン氏帯脆弱度測定モードを説明する。チン氏帯の脆弱度は、被検者眼が動いたときに、眼の動きに追従する水晶体の移動速度に相関がある。健常者の眼のようにチン氏帯が強い場合、眼の動きに追従する水晶体の移動速度は速い。しかし、チン氏帯が脆弱な場合、チン氏帯の脆弱度に応じて水晶体の移動速度は遅くなる。したがって、被検者が眼を移動したときの水晶体の位置変化に基づいてチン氏帯の脆弱度を判定することができる。チン氏帯脆弱度測定においては、被検者眼の瞳孔に対する水晶体の移動を導く刺激が付与された後に取得された前眼部画像を画像処理し、水晶体の特徴点の位置情報を得て、瞳孔に対する水晶体が刺激前へ復帰する動作状態を検出し、検出された動作状態に基づいてチン氏帯の脆弱度を判定する。好ましくは、水晶体が刺激前の状態へ復帰するときの移動速度を得ることにより、チン氏帯の脆弱度を判定する。簡易的には、瞳孔の所定の基準位置に対する水晶体の特徴点の位置が所定量内にあるか否かに基づいて水晶体が刺激前の状態へ復帰する動作状態を検出し、チン氏帯の脆弱度を判定する。
【0020】
被検者眼を動かすための刺激を付与する刺激付与ユニットとして、好適には、被検者の視線を移動するための固視標呈示ユニットが用いられる。例えば、第1方向の第1固視標に対して角度の異なる第2方向に配置された第2固視標に切換え、被検者眼の固視方向を変えることにより眼球を回旋移動させる。このときに撮像された前眼部画像に基づいてチン氏帯の脆弱度を判定する。水晶体の移動は、前眼部画像から水晶体を画像処理して抽出することにより得られる。
【0021】
本装置の例では、被検者眼に高さの異なる2つの固視灯(固視標)を交互に固視させることにより眼球を一定方向に所定量回旋させ、眼球(被検者眼)の移動前後の間に又は眼球の移動後に撮像された少なくとも2つの前眼部画像に基づいて水晶体の特徴部位の位置変化を求める。眼球の移動前後の間に撮像された少なくとも2枚の前眼部画像とは、眼球の移動前と移動後の他、眼球の移動途中、眼球の移動前と移動途中、又は眼球の移動途中と移動後の場合を含む。また、水晶体の特徴部位の位置変化は、好ましくは、水晶体の移動速度として求める。チン氏帯が脆弱な眼の場合、白内障手術において注意を要する。以下では、チン氏帯脆弱度測定モードの対象とする被検者眼は、水晶体が白濁され、白内障手術が必要な白内障眼とする。
【0022】
図3は、被検者眼が視線方向を変えた時(被検者眼が移動した時)の眼球の回旋と水晶体の移動、及びチン氏帯の脆弱度の関係を説明する模式図である。
図3に示すように、被検者眼Eにおいて、チン氏帯ZZは、その一端が眼内の毛様体(図示を略す)に固定され、その他端が水晶体LEの赤道部に固定されている。チン氏帯ZZは水晶体LEの外周に一様に存在している。詳細な説明は略すが、毛様体の毛様体筋の伸縮によってチン氏帯ZZが緊張及び弛緩し、水晶体LEの厚みが変更される。
【0023】
被検者眼には、
図3(a)のように、始めに眼の正面方向である第1方向Laに位置する固視標32aを固視させる。固視標32aは、光源31により照明される視標板32に形成された開口により形成される。
【0024】
次に、
図3(b)に示すように、固視標32aの照明用光源31を消灯すると共に、方向Laとは異なる第2方向Lbに位置する固視灯34を点灯し、被検者眼の視線を固視灯34に誘導することにより、被検者眼の眼球を上方向に所定角度回旋させる。固視標32aにより誘導される被検者眼の視線方向Laに対して、固視灯34によって誘導される被検者眼の視線方向Lbの角度θは、例えば、10度である。被検者眼の視線を誘導する角度θを一定角度とすることにより、眼球の回旋角度も一定となり、水晶体の位置変化を得るときの条件を一定とすることができる。
【0025】
被検者眼の眼球を上方向に回転させた後、再び、
図3(c)のように、固視標32aを点灯すると共に固視灯34を消灯し、被検者眼の視線を正面方向の固視標32aに誘導する。このとき、被検者眼の回旋に伴って水晶体LEも下方へと移動することとなるが、チン氏帯ZZが脆弱な眼の場合には、水晶体LEは眼球の回旋に追従した位置に戻らず、ゆっくり下降してくる。
【0026】
なお、被検者眼の視線方向を正面方向Laと上方向Lbとにタイミング良く切り換えさせる手段として、切り換えタイミングを被検者に知らせるクリック音をスピーカ79から発生させる。固視標32aと固視灯34は、例えば、1秒毎に点灯が切り換えられ、クリック音の発生タイミングも同期される。1回目のクリック音では、固視標32aから固視灯34に切り換えられ(
図3(b)の状態)、2回目のクリック音では、固視灯34から固視標32aに切り換えられる。被検者には、クリック音と共に、正面方向の固視標32aから上方向の固視標34に切り換えられた後、次のクリック音で固視標34から正面方向の固視標32aに切り換えられることを説明しておき、被検者に固視標の点灯の切り換えに応じて、視線方向を変えるように説明しておく。これにより、所定の角度、所定のテンポにて、被検者眼を回旋(揺動)でき、水晶体を移動できる。
【0027】
上記のような被検者眼の回旋に伴う水晶体の移動の位置情報を得る上では、徹照像の前眼部画像を利用することにより、精度良く水晶体の位置情報が得られる。チン氏帯脆弱度測定モードでは、眼屈折力測定時と同様に、被検者眼のアライメントが完了した後、測定開始スイッチ5bの測定開始信号が入力されると、前眼部照明光源44が消灯され、徹照像撮影用の光源11が点灯される。光源11の点灯により瞳孔を通して眼底に赤外光が投光され、眼底反射光により水晶体が背後から照明される。撮像光学系50の撮像素子52には被検者眼の徹照像が撮像される。
【0028】
図2に示されるディスプレイ7の画面には、徹照像Aの例が示されている。徹照像Aにおいて、瞳孔Pu内は眼底側からの反射光により明るく撮像され、白内障による水晶体の混濁部位Cは影として暗く撮像される。混濁部位Cを水晶体の位置を特定するための特徴点(特徴部位)として用いることができる。水晶体の混濁部位Cは、水晶体内に雲状で点在或いは一面に存在するが、徹照像Aをニ値化等により画像処理し、混濁部位Cの特徴点を抽出することにより、水晶体の位置の特定情報として利用できる。
【0029】
測定開始のトリガ信号により、
図3のように、被検者眼の正面方向に位置する固視標32aから上方向の固視灯34に点灯が切り換えられる。再び、所定時間後(例えば、1秒後)、クリック音と共に、固視標32aの点灯に切り換えられる。制御部70は、測定開始のトリガ信号により、撮像素子52により撮像された徹照像Aの画像を所定の時間間隔(例えば、撮像フレームレートの1/30秒間隔)でメモリ75に取り込む(記憶する)。徹照像Aの画像の取り込み終了は、チン氏帯の脆弱度による水晶体の移動の遅れと、被検者の視線移動のタイムラグを考慮して、再び、固視標32aの切換え時点(
図3(c))から一定時間後(例えば、2秒後)とする。
【0030】
図4(a)は、測定開始の直後で、被検者眼の視線方向が固視標32aに向けられているとき(
図3(a)の状態)の前眼部画像(徹照像)A1の例である。なお、前眼部画像A1に見られる混濁部位Cは、説明の簡便のため、ある混濁部位Cの1つを円として示されているが、実際には、
図2のように、水晶体の複数個所に点在或いは部分的に広がって存在する。
図4(b)は、固視標34の点灯に切り換えられ、被検者の眼球が上方向に回旋されたとき(
図3(b)の状態)の前眼部画像A2である。
図4(c)は、再び、固視標の点灯が固視標32aに切り換えられ、被検者眼の視線が正面方向に戻されたとき(
図3(c)の状態)の前眼部画像A3である。このとき、チン氏帯の脆弱な眼では、水晶体は眼球の回旋に直ぐに追従して元に戻らず、混濁部位Cは瞳孔の上側に残ったままである。そして、
図4(d)は、水晶体の移動が前眼部画像A3の状態から
図4(a)と同じ状態に戻ったときの前眼部画像A4である。このように、前眼部画像A1〜A4は、固視標34と固視標32aの切換えに連動して取得される。
【0031】
なお、固視標32aと固視灯34との切換えによって被検者が眼を移動(回旋)しているか否かは、撮像素子52により撮像された前眼部画像に基づいて検出することができる。例えば、被検者眼が固視標32aを見ているときの前眼部画像A1に含まれる瞳孔位置(瞳孔中心)を検出し、固視灯34に切換えられたときに、前眼部画像A2のように、瞳孔位置(瞳孔中心)が上側に所定量以上移動していれば、被検者が固視灯34に誘導されて眼を移動していることが検出される。再び、固視標32aに切換えられ、前眼部画像A3のように瞳孔位置(瞳孔中心)が前眼部画像A1と略同じ位置に復帰していれば、固視標32aに誘導されて眼を移動していることが検出される。眼の移動の検出結果を利用することにより、チン氏帯の脆弱度の判定に使用する前眼部画像を精度良く得ることができる。
【0032】
水晶体の移動速度は、
図4の前眼部画像A1〜A4のように撮像される少なくとも2つの各画像における共通の混濁部位Cの位置変化と、各画像が取得された時間と、に基づいて求められる。例えば、固視標32aに再び切り換えられ、被検者眼が上方向から正面方向に移動した後にメモリ75に記憶された画像において、瞳孔中心Pcを基準にした混濁部位Cの位置を求め、混濁部位Cの移動変化が無くなった画像A4と、画像A4の混濁部位Cに対して上下方向(眼球の回旋方向)で混濁部位Cの移動距離の変化が最も大きな画像A3と、を抽出する。次に、画像A3の瞳孔中心Pcに対する混濁部位Cの距離D1と、画像A4の瞳孔中心Pcに対する混濁部位Cの距離D2と、によって移動距離ΔDを求め、また、画像A3及び画像A4の取得時間間隔ΔTを求める。そして、時間間隔ΔTと混濁部位Cの移動距離ΔDとが得られることにより、水晶体の移動速度Vが求められる。
【0033】
なお、瞳孔中心Pcは瞳孔Puのエッジをニ値化処理等の周知の画像処理によって求めることができ、混濁部位Cの位置もニ値化処理等の周知の画像処理によって求めることができる。
【0034】
また、水晶体の移動速度Vは、上記のように眼球回旋を元に戻した直後と水晶体の移動がほぼ終わった時点での2つの画像から求めることが好ましいが、水晶体の移動途中に抽出された2つの画像があれば、両者の水晶体の位置変化と両者の画像の取得間隔に基づいて求めることができる。
【0035】
上記のように水晶体の移動速度Vが求められると、制御部70によってチン氏帯の脆弱度が判定され、その判定結果がディスプレイ7に表示される。水晶体の移動速度Vは、チン氏帯が脆弱なほど遅くなる。チン氏帯の脆弱度は、例えば、健常者を基準にして、水晶体の移動速度が遅くなるに従ってレベル1、レベル2、レベル3、・・・というように段階的に判定される。チン氏帯の脆弱度の判定は、少なくとも、通常レベル及び白内障手術時に注意を要するレベルの2段階であっても良い。
【0036】
上記ではチン氏帯の脆弱度の判定に水晶体の移動速度Vを利用したが、簡易的には、被検者眼が移動した間に所定の時間間隔で取得した2枚の前眼部画像において、瞳孔の基準位置に対する水晶体の特徴点の移動距離を得ることにより、チン氏帯の脆弱度を判定することもできる。
【0037】
また、被検者眼の移動前後における少なくとも2枚の前眼部画像に含まれる水晶体の特徴点の位置変化が所定量内にあるか否かに基づいてチン氏帯の脆弱度を判定することもできる。例えば、被検者眼を移動させる前の
図4(a)の前眼部画像A1における特徴点である混濁部位Cの位置(瞳孔中心Pcに対する位置)を基準位置とする。一旦、被検者眼が上方向に移動され、再び、被検者眼が元の位置へ移動した後の
図4(c)の前眼部画像A3における共通の特徴点の位置(瞳孔中心Pcに対する位置)を求める。このとき、チン氏帯が強い眼(白内障手術時に特段の注意を要しない眼)の場合の特徴点の位置と比較し、それよりも特徴点の瞳孔中心Pcに対する位置が大きいときに(すなわち、水晶体の特徴点が基準位置に対して所定量内に入っていないときに)、チン氏帯が弱く、白内障手術時に注意を要するとレベルと判定する。なお、被検者眼の移動前の画像としては、
図4(b)の前眼部画像A2のように、水晶体が眼の移動に十分に追従して移動したものを用いることでも良い。
【0038】
以上のようにして、チン氏帯の脆弱度を定量的、客観的に測定できる。従前のように、白内障手術時に医師が患者眼を切開した後に、手術器具によって水晶体に触れて、水晶体の移動状態を確認することによりチン氏帯の脆弱度を推定していた場合に比べ、本装置では定量的、且つ容易にチン氏帯の脆弱度を評価できる。また、非接触でチン氏帯の脆弱度を測定できるため、医師は、白内障手術等の実施以前から患者眼のチン氏帯の脆弱度を把握することができ、効率的な手術計画を立てることができる。例えば、チン氏帯の脆弱な患者の白内障手術では、水晶体を硝子体腔中に落下させる等の合併症を起こさないように、医師は水晶体核の切除を注意深く行うため、チン氏帯が強い場合に比べて手術時間が掛る。一日で複数の白内障手術を行う場合、術前に患者のチン氏帯の脆弱度を知ることで患者毎に手術時間を想定でき、手術の順番を適切に決定できる。
【0039】
本件発明は、上記の実施形態に限られず、種々の変容が可能である。例えば、以上の説明では、水晶体の位置を示す特徴点である混濁部位を、画像処理により制御部70が特定する構成としたが、一連の前眼部画像の取得後に少なくとも2つの前眼部画像をディスプレイ等に表示し、検者が入力デバイス等で特徴点を特定することでも良い。検者による特徴点の特定としては、GUI(Graphical User Interface)を利用して視覚的に定める構成が好ましい。
【0040】
また、チン氏帯脆弱度測定モードにおいて、撮影される前眼部画像には、少なくとも瞳孔部が含まれることが好ましいが、被検者眼Eの水晶体の移動を算出できればよい。例えば、瞳孔の一部(例えば、上部の一部)が欠けた前眼部画像であっても、制御部70の画像処理にて瞳孔円を推定し、推定した瞳孔円から瞳孔中心を求めて、前述のような処理を行う構成とすることもできる。
【0041】
また、水晶体の移動速度を求める上では、2つの前眼部画像(徹照像)があれば良いが、3つ以上の前眼部画像を用いて画像間での移動速度を算出し、それらの複数の水晶体の移動速度を平均等して、被検者眼の水晶体の移動速度としてもよい。また、1度の測定でフレームメモリに蓄積された前眼部画像をサムネイルとして表示モニタに表示し、検者にて2つの前眼部画像を指定して水晶体の移動速度を算出してもよい。この場合、所定のフレームレートで連続的に前眼部画像が撮影されていれば、任意の2つの前眼部画像間の時間差は一義的に定められる。
【0042】
また、瞳孔に対する水晶体が刺激前の状態へ復帰する動作状態を検出する上では、水晶体を背後から照明して得られる徹照像を利用することが好ましいが、白内障による水晶体の混濁度が激しい眼においては、可視光源により被検者眼の前方から水晶体を照明する前眼部照明光学系を設け、この照明光学系によって照明され、撮像光学系50により撮像された水晶体を含む前眼部画像を利用してもよい。
【0043】
また、瞳孔に対する水晶体が刺激前の状態へ復帰する動作状態を検出するにあたり、被検者の前眼部画像の取得は正面から撮像した画像の他、水晶体を含む被検者眼の前眼部を光切断して得られる断面像を利用することもできる。
図5は、被検者眼の前眼部の断面像を得る場合の光学系の構成例である。
【0044】
図5において、光学系は、水晶体を含む被検者眼をスリット光により光切断する照明光学系100と、光切断された水晶体断面を斜め方向から撮像する撮像光学系110と、被検者眼の前眼部を撮像する観察光学系120と、被検者眼に固視標を呈示する固視標光学系130と、を備える。
【0045】
照明光学系100は、光軸L10上に配置された白色の可視光を発する光源101と、コンデンサレンズ103と、スリット開口絞り104と、投光レンズ105とを備える。また、光軸L10上にはダイクロイックミラー106が配置されている。光源101を発した光束はコンデンサレンズ103によって集光してスリット開口絞り104を照明する。スリット開口絞り104により細いスリット状に制限された光束は、投光レンズ105により被検者眼Eに投光され、水晶体を含む被検者眼Eの前眼部は可視域の白色光により光切断された形で照明される。
【0046】
撮像光学系110の光軸L11上には、撮影レンズ111、像の歪みを補正するためのアナモフィックレンズ112、撮像素子113が配置されている。光軸L11は、照明光学系100の光軸L10に対して45度の傾き角度を持って配置されている。撮影レンズ111はシャインプルークの原理を満たすように光軸L11に対して傾いて配置されている。すなわち、スリット照明光による前眼部の光断面の延長と撮像素子113の撮像面113aの延長との交線が、撮影レンズ111の主平面の延長線で交わるように配置されている。この光学配置により、撮像素子113により撮像される断面像は、略全体で合焦する焦点深度を持つようにすることができる。なお、照明光学系100及び撮像光学系110は、図示を略す回転機構により、光軸L10を中心に一体的に回転され、任意の角度の断面像が得られる。
【0047】
観察光学系120は、撮像レンズ122及び撮像素子123を備え、撮像素子123により撮像された正面方向からの前眼部画像は図示を略すディスプレイに表示される。固視標光学系130は、観察光学系120の光軸上に配置されたビームスプリッタ121で分割される光軸上の投光レンズ132と点光源131aを備え、また、投光レンズ132の光軸外に配置された点光源131bを備える。点光源131aは、
図3の固視標32aに相当し、点光源131bは固視灯34に相当する関係に配置されている。
【0048】
以上のような光学系において、撮像素子113により撮像された被検者眼像の断面像は、制御部170に入力され、ディスプレイ177に表示される。また、被検者眼像の断面像はメモリ175に記憶(取得)される。
図6は、撮像素子113により撮像される被検者眼の断面像の例であり、瞳孔内で光切断される水晶体LEの前面から後面までの断面像が撮像される。白内障がある程度進んでいる被検者眼の場合、
図6の水晶体LE内に点線で示されるように、水晶体核の層が輝度分布の違いとして観察される。あるいは、混濁部位が周辺に対して輝度分布の違いとして観察される。
【0049】
チン氏帯脆弱度測定モードにおいて、被検者眼と光学系とが所定の位置関係にアライメントされた後、測定開始スイッチの信号が入力されると、
図3と同様に、瞳孔に対する水晶体の移動を導く刺激を付与するために、固視標光学系130の点光源131a及び131bの点灯が切り換えられる。これにより、被検者眼が上方向と正面方向に眼球が回旋される。撮像素子113により撮像された断面像は、所定の時間間隔でメモリ175に記憶される。そして、上方向から正面方向に被検者眼が回旋した後の断面像から水晶体の移動情報が制御部170により求められる。好ましくは、少なくとも2つの断面像を処理して得られた水晶体の特徴点の位置情報と、2つの断面像が取得された時間間隔と、に基づいて水晶体の移動速度が制御部170により求められる。水晶体の位置は、水晶体核の輝度分布が画像処理されることにより、例えば、水晶体の中心層が各画像間における共通の特徴点として特定される。または、各画像間における共通の混濁部位が特徴点として特定される。水晶体の位置は、瞳孔Puの中心に対する位置として検出することができ、各画像間における水晶体の共通の特徴点が特定され、各画像間における水晶体の位置情報が得られれば、撮像された各画像の取得時間によって水晶体の移動速度Vが求められ、求めた移動速度Vに基づいて前述のようにチン氏帯の脆弱度が、レベル1〜レベル4のように段階的に判定される。
【0050】
また、簡易的には、瞳孔に対する水晶体が刺激前の状態へ復帰する動作状態として、水晶体の特徴点の位置が所定量内にあるか否かを検出し、その検出結果に基づいてチン氏帯の脆弱度が判定される。
図7は、被検者眼が上方向から正面方向に回旋移動した直後の断面像の例である。
図6における水晶体の中心層LOaは、瞳孔Puの中心Pucとほぼ同じ位置にある。これに対して、
図7における中心層LOaは、瞳孔Puの中心Pucからずれた位置にある。この変動量に基づいてチン氏帯の脆弱度が判定される。
【0051】
また、水晶体の断面像の場合、各画像間における水晶体の共通の特徴点として、水晶体の前面カーブの中心Ltを利用でき、前面カーブの中心Ltと瞳孔Puの中心Pucとを画像処理して得ることにより、2つの画像における水晶体の移動距離を得ることができる。これにより、水晶体の移動速度を求めるか、又は、水晶体の移動位置が所定量内にあるか否かを求め、チン氏帯の脆弱度を判定することができる。
【0052】
以上説明した実施形態に代えて、光干渉断層計(Optical Coherence Tomography:OCT)用いて得られた前眼部の断層像を利用してチン氏帯の脆弱度を測定する構成としてもよい。例えば、前眼部の断層像から、画像処理にて水晶体の特徴部位を抽出し、水晶体全体の移動速度を算出する構成としてもよい。光干渉断層計としては、例えば、低コヒーレント長の光束を出射する光源から発せられた測定光を被検者眼に向けて照射する照射光学系と,光源から発せられた光を分光することによって生成される参照光と被検者眼に照射された測定光の反射光との合成により得られる干渉光を受光素子に受光する干渉光学系と、を備え、受光素子の受光結果に基づいて被検者眼の断層像を得る構成が挙げられる。その光干渉断層計の例としては、特開2007−37984号公報、特開2006−116028号公報に記載された技術が利用できる。ここで、光干渉断層計は、測定光を走査して断層像を得、干渉光を周波数成分に分けて受光する構成を備えることが好ましい。このような光干渉断層計が備える干渉光学系では、ラインセンサ等の受光素子にて取得した信号から断層像が得られるが、本明細書では、このような受光素子も撮像素子に含められる。光干渉断層計が備える干渉光学系は、撮像光学系に含められる。
【0053】
以上の説明した実施形態においては、被検者眼の瞳孔に対する水晶体の移動を導く刺激を付与する刺激付与ユニットとして固視標呈示光学系を利用し、固視標の切り換えによって被検者眼の視線を誘導して、眼球を一定角度回旋することが好ましいが、被検者眼は瞬きをすることによっても生理的に眼球が回旋するため、瞬きをした後の画像を得ることでも良い。この場合、制御部70は、撮像画像を画像処理することにより、開眼状態を自動的に検出することができる。制御部70は、開眼の検出信号に基づいて被検者が眼を移動したときの前眼部画像を得、前眼部画像を基にチン氏帯の脆弱度を判定する。
【0054】
また、アライメント完了状態での前眼部画像を基準画像として取得し、制御部70が所定のフレームレートで取得するリアルタイムな前眼部画像と基準画像とを比較し、瞼が瞳孔部等に重なった状態かどうかを判定し、瞼が上がって瞳孔部等が撮影可能となった信号をトリガとして測定を開始する。これにより、瞬きと瞬きの間で測定を行うことができる。
【0055】
また、被検者眼の移動(眼球回旋)は、上方向に限らず、下方向、左右方向等、所定の方向であれば、水晶体の移動を誘導することができる。さらにまた、被検者眼(水晶体)の移動は、被検者の意識的な瞬きや頭部への衝撃等で引き起こしてもよく、固視標による誘導に限るものではない。例えば、刺激付与ユニットとして、顔支持ユニット2を上下に移動させる駆動ユニットを設け、強制的に眼を移動させても良い。被検者眼が移動したことは、顔支持ユニット2を移動させる駆動ユニットの信号により得られる。
【0056】
また、チン氏帯の脆弱度の判定には、眼の移動に伴う2枚の前眼部画像を利用することが好ましいが、簡易的には1枚の前眼部画像から水晶体の位置変化を得ることもできる。例えば、被検者眼の移動前では水晶体の前面カーブの中心Ltは、
図6のように、一般的に瞳孔Puの中心Pucと略同じ位置にある。被検者が眼を移動したときには、
図7のような1枚の前眼部画像から、瞳孔Puの中心Pucに対する水晶体の前面カーブの中心Ltの位置変化ΔLtを検出できる。この位置変化ΔLtが、所定量内にあるか否かに基づいて、チン氏帯の脆弱度を判定することができる。または、位置変化ΔLtの大きさの程度に応じて、チン氏帯の脆弱度のレベルを段階的に判定できる。
【0057】
またさらに、1枚の前眼部画像を利用した判定方法は、断面画像に限らず、
図3のような徹照像又は正面画像においても可能である。例えば、
図3(a)にように、眼の移動前において、瞳孔中心Pcに対する混濁部位Cの位置関係が既知として事前に得られている場合には、眼の移動後の画像A3(
図3(c))が取得されることにより、瞳孔中心Pcに対する混濁部位Cの位置変化を基にチン氏帯の脆弱度を判定できる。
【0058】
以上のように、本件発明は実施形態に限られず、種々の変容が可能であり、技術思想を同一にする範囲において、本件発明に含まれるものである。