【実施例】
【0037】
以下実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0038】
<各測定方法>
(1)光透過度
島津製作所社製、紫外線可視近赤外分光光度計を用いた。
(2)熱分析
セイコーインスツルメント社製、示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)装置を用いた。
(3)屈折率
JIS K 7142に従い、アタゴ社製アッベ屈折計2Tを使用し、測定温度23℃、光源Naランプ(D線/589nm)、測定数3、接触液:ジョードメタンを使用した。
(4)粘度
KEM社製、EMS装置を使用した。
(5)引っ張り試験
島津製作所社製、引っ張り試験装置を用いた。
(6)フィルムの厚み測定
新潟精機社製、デジタル外側マイクロメータを使用した。
(7)溶媒残量測定
内部標準として1,2−ジクロロエタン−ギ酸溶液、濃度3,100ppm(0.00310mg/ml)を準備した。タンパク質溶液(10mlのギ酸に0.1gのタンパク質フィルムを溶解したもの)500μlと内部標準溶液500μlを混合した。さらに、H−NMR測定のためアセトニトリル重溶媒を同量程度加え約2倍に希釈し、H−NMR測定を行った(NMRの機種:JEOL社製 JNM−ECX 100)。内部標準試料1,2−ジクロロエタンのH−NMR積分強度とDMSOのH−NMR積分強度を比較した。検量線の作成は3ppm〜3000ppmのDMSO−ギ酸溶液を作成し、上記プロトコルにしたがって、検量線を作成した。検量線との比較から、タンパク質溶液中のDMSO濃度を求めた。DMSO濃度測定は、JEOL社製、核磁気共鳴装置(NMR)を用いた。
【0039】
(実施例1〜4、比較例1)
1.クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドの準備
<遺伝子合成>
(1)ADF3Kaiの遺伝子の合成
ニワオニグモの2つの主要なしおり糸タンパク質の一つであるADF3(GI:1263287)の部分的なアミノ酸配列をNCBIのウェブデータベースより取得し、同配列のN末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したアミノ酸配列(配列番号2)をコードする遺伝子を、GenScript社に合成受託した。その結果、配列番号5で示す塩基配列からなるADF3Kaiの遺伝子が導入されたpUC57ベクター(遺伝子の5’末端直上流にNde Iサイト、及び5’末端直下流にXba Iサイト有り)を取得した。その後、同遺伝子をNde I及びEcoR Iで制限酵素処理し、pET22b(+)発現ベクターに組み換えた。
【0040】
(2)ADF3Kai−Largeの遺伝子の合成
ADF3Kaiを鋳型にT7プロモータープライマー(配列番号8)とRep Xba Iプライマー(配列番号9)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における5’側半分の配列(以下、配列Aと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めNde I及びXba Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。同様に、ADF3Kaiを鋳型にXba I Repプライマー(配列番号10)とT7ターミネータープライマー(配列番号11)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における3’側半分の配列(以下、配列Bと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めXba I、EcoR Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。配列Aの導入されたpUC118ベクターをNde I、Xba Iで、配列Bの導入されたpUC118ベクターをXba I、EcoR Iでそれぞれ制限酵素処理し、ゲルの切り出しによって配列A及び配列Bの目的DNA断片を精製した。DNA断片A、B及び予めNde I及びEcoR Iで制限酵素処理をしておいたpET22b(+)をライゲーション反応させ、大腸菌DH5αに形質転換した。T7プロモータープライマー及びT7ターミネータープライマーを用いたコロニーPCRにより、目的DNA断片の挿入を確認した後、目的サイズ(3.6 kbp)のバンドが得られたコロニーからプラスミドを抽出し、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により全塩基配列を確認した。その結果、配列番号6に示すADF3Kai−Largeの遺伝子の構築が確認された。なお、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列は配列番号3で示すとおりである。
【0041】
(3)ADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子の合成
前記で得られたADF3Kai−Largeの遺伝子が導入されたpET22b(+)ベクターを鋳型に、PrimeStar Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いた部位特異的変異導入により、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列(配列番号3)における第1155番目のアミノ酸残基グリシン(Gly)に対応するコドンGGCを終止コドンTAAに変異させ、配列番号7に示すADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子をpET22b(+)上に構築した。変異の導入の正確性については、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により確認した。なお、ADF3Kai−Large−NRSH1のアミノ酸配列は配列番号1で示すとおりである。
【0042】
<タンパク質の発現>
前記で得られたADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子配列を含むpET22b(+)発現ベクターを、大腸菌Rosetta(DE3)に形質転換した。得られたシングルコロニーを、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養後、同培養液1.4mlを、アンピシリンを含む140mLのLB培地に添加し、37℃、200rpmの条件下で、培養液のOD
600が3.5になるまで培養した。次に、OD
600が3.5の培養液を、アンピシリンを含む7Lの2×YT培地に50%グルコース140mLと共に加え、OD
600が4.0になるまでさらに培養した。その後、得られたOD
600が4.0の培養液に、終濃度が0.5mMになるようにイソプロピル−β−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加してタンパク質発現を誘導した。IPTG添加後2時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の菌体から調製したタンパク質溶液をポリアクリルアミドゲルに泳動させたところ、IPTG添加に依存して目的サイズ(約101.1kDa)のバンドが観察され、目的とするタンパク質が発現していることを確認した。
【0043】
<精製>
(1)遠沈管(1000ml)にADF3Kai−Large−NRSH1のタンパク質を発現している大腸菌の菌体約50gと、緩衝液AI(20mM Tris−HCl、pH7.4)300mlを添加し、ミキサー(IKA社製「T18ベーシック ウルトラタラックス」、レベル2)で菌体を分散させた後、遠心分離機(クボタ社製の「Model 7000」)で遠心分離(11,000g、10分、室温)し、上清を捨てた。
(2)遠心分離で得られた沈殿物(菌体)に緩衝液AIを300mlと、0.1MのPMSF(イソプロパノールで溶解)を3ml添加し、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で3分間分散させた。その後、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Saovi社製の「Panda Plus 2000」)を用いて菌体を繰り返し3回破砕した。
(3)破砕された菌体に、3w/v%のSDSを含む緩衝液B(50mM TrisーHCL、100mM NaCl、pH7.0)300mLを加え、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で良く分散させた後、シェイカー(タイテック社製、200rpm、37℃)で60分間攪拌した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を捨て、SDS洗浄顆粒(沈殿物)を得た。
(4)SDS洗浄顆粒を100mg/mLの濃度になるよう1Mの塩化リチウムを含むDMSO溶液で懸濁し、80℃で1時間熱処理した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を回収した。
(5)回収した上清に対して3倍量のエタノールを準備し、エタノールに回収した上清を加え、室温で1時間静置した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、凝集タンパク質を回収した。次に純水を用いて凝集タンパク質を洗浄し、遠心分離により凝集タンパク質を回収するという工程を3回繰り返した後、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収した。得られた凍結乾燥粉末における目的タンパク質ADF3Kai−Large−NRSH1(約56.1kDa)の精製度は、粉末のポリアクリルアミドゲル電気泳動(CBB染色)の結果をTotallab(nonlinear dynamics ltd.製)を用いて画像解析することにより確認した。その結果、ADF3Kai−Large−NRSH1の精製度は約85%であった。
【0044】
2.ドープ液の調整
クモ糸タンパク質の濃度5.98質量%の割合でDMSO溶媒に溶かし、ドープ液とした。ドープ液はシェイカーを使用して3時間溶解した後、ゴミと泡を取り除いた。ドープ液の溶液粘度は23.5cP(センチポアズ)であった。
【0045】
3.フィルムキャスト成形
実施例1は、厚さ75μmのポリエチレンテレフタレートフィルム(PET)表面にシリコーン化合物を固定化させた離形フィルム(三井化学東セロ株式会社製、商品番号“SP−PET−01−75−BU”)を基板として使用し、この基板の表面にMTI Corporation製、マイクロメーター付き、フィルムアプリケータ 150mmを使用して前記ドープ液をキャスト成形し、濡れ膜を作成した。他の実施例及び比較例は、表1に示された基板を用い、実施例1と同様な操作を行って、濡れ膜を作成した。
【0046】
4.乾燥
60℃で16時間静置させた後、60℃の真空乾燥機内でさらに16時間静置し、乾燥した。その後、クモ糸タンパク質未延伸フィルムを基板から剥離した。空気中で剥離できない場合は水中に浸漬して剥離した。
【0047】
以上のようにして未延伸フィルムを得た結果を表1にまとめて示す。表1の評価は次のとおりである。
<キャスト性>
A:基板へのキャスト性は良好で均一膜厚にキャストできる
B:基板へのキャスト性はやや問題で厚さむらができる
C:基板からはじかれてしまいキャスト性は不良
【0048】
<フィルムの剥離性>
A:空気中での剥離が良好にできる
B:空気中での剥離は困難であるが水中では剥離できる
C:水中でも剥離しない
【0049】
【表1】
【0050】
以上のとおり、本発明の実施例1及び実施例2は、基板がPETフィルム又はPETフィルムにシリコーン離形薄膜を形成したフィルムを使用したため、良好な未延伸フィルムが得られた。実施例3は剥離性に、実施例4はキャスト性及び剥離性にやや問題があったがフィルムを作成することはできた。これに対して比較例1は、フィルムは作成できたが剥離性が悪かった。
【0051】
(実施例5〜8)
実施例1で得られた未延伸フィルムを用いて水中で一軸延伸した。各条件と結果を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2から5〜79℃の範囲であれば、水中で延伸できた。25〜48℃では2倍以上の延伸倍率が可能であった。
【0054】
(実施例9)
実施例1で得られた未延伸フィルムを用いて、水中で一軸延伸したフィルムは室温25℃で収縮してしまうことが分かった。そこで収縮を止めるため熱固定した。各条件と結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
表3から、延伸後に熱固定すると収縮を止めることが確認できた。
【0057】
(実施例10〜11)
実施例1と同様に未延伸フィルムを作成した。フィルム厚みは23.4μmであった(実施例10)。この未延伸フィルムを50℃の水中で1.5倍に一軸延伸した。フィルム厚みは19.8μmであった(実施例11)。得られた各フィルムの引っ張り試験結果は次の表4に示すとおりであった。引っ張り試験の環境は25℃、湿度60%RHであった。表4における実施例11の一軸延伸フィルムは延伸方向の値である。このデータは
図1にまとめて示す。
【0058】
【表4】
【0059】
実施例1及び実施例10で得られた未延伸フィルムの屈折率n
Dはいずれも1.556であった。また、光透過性測定グラフを
図2〜3に示す。
図2は実施例10のフィルム、
図3は実施例11のフィルムの光透過性測定グラフである。光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率を示している。
【0060】
次に、実施例10のフィルムの熱分析測定グラフを
図4に示し、実施例11のフィルムの熱分析測定グラフを
図5に示す。いずれも67〜94℃付近で4〜8質量%分の質量低下があり、吸収した平衡水分と思われる。また、240〜260℃付近に分解温度があることが分かった。さらに実施例10の未延伸フィルムでは175℃付近でも質量低下が認められた。残存溶媒のDMSOであると思われる。
【0061】
(実施例12)
実施例1で得られた未延伸フィルム(縦50mm、横50mm、厚さ32μm)を湿度78〜80RH%,温度24℃環境下でX軸に1.26倍、Y軸に1.26倍で同時2軸延伸した。引張りスピードは30mm/minであった。延伸装置は井元製作所製,フィルム二軸延伸装置を使用した。同時2軸延伸は可能であった。
【0062】
(比較例2)
溶媒としてヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)を用い、クモ糸タンパク質は実施例1と同一物を使用した。クモ糸タンパク質の濃度5.98質量%の割合でHFIP溶媒に溶かし、ドープ液とした。キャスト基板は実施例1及び2の基板と同一物を使用した以外は実施例1と同様に実験した。しかし、HFIPはPET基板を、膨潤させ、溶かしてしまい、基板として使用できなかった。
【0063】
そこでガラス基板を使用してキャストした。しかし、剥がれにくく、水中で苦労して徐々に剥がし未延伸フィルムを得た。この未延伸フィルムの縦20mm、横40mmのサンプルを手動一軸延伸機(井元製作所製)にセットし(つかみ具間距離20mm)、50℃の温水中で引っ張ったところ、フィルムが一部溶解してしまい、フィルムが切断したため、延伸することができなかった。
【0064】
(実施例13)
本実施例は溶媒のDMSOを除去する方法について実験した。実施例1で得られた未延伸フィルム(厚み55.2μm)を使用して表5に示す溶媒除去をした。DMSO残量定量はNMRを用いて行った。以上の結果を表5に示す。
【0065】
【表5】
【0066】
表5に示す通り、60℃の真空乾燥ではDMSOは除去しにくいことがわかった。これに対してメタノール、メタノール/水、温水50℃ではDMSOは効率よく除去できた。DMSOが検出されない程度であれば、人体適合フィルムとしても使用できる。また、温水中で延伸するだけでDMSOは約1/10に減った。
【0067】
(実施例14)
本実施例はカラーフィルムを作成する実験をした。まず、DMSOに表6に示す各染料を0.5w/v%で添加し、振とうしながら60℃で2時間溶解させた後、さらに40℃で16時間溶解させた。クモ糸タンパク質の濃度が5.98質量%となる様にこの着色溶液を加え、実施例1と同様にフィルムを作成した。結果を表6に示す。
【0068】
【表6】
【0069】
(実施例15)
実施例1と同様に未延伸フィルムを作成した。厚みは69.0μmのフィルムと10.1μmのフィルムであった。スガ試験機株式会社製ヘーズメーター(型式HZ−2P)に縦30mm、横30mmの未延伸フィルムをセットし、C光源を用いてヘイズ値を測定した。ヘイズ値は次の式より求めた。
ヘイズ率[%]=(Td拡散透過率/Tt全光線透過率)×100
測定結果は以下の通りであった。
(1)厚み69.0μm:Td:1.39,Tt:91.65,Haze:1.51(%)
(2)厚み10.1μm:Td:0.93,Tt:92.5,Haze:1(%)
以上から前記未延伸フィルムの透明性は高いことが確認できた。