特許第5678283号(P5678283)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5678283クモ糸タンパク質フィルム及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5678283
(24)【登録日】2015年1月16日
(45)【発行日】2015年2月25日
(54)【発明の名称】クモ糸タンパク質フィルム及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/18 20060101AFI20150205BHJP
   C07K 14/435 20060101ALI20150205BHJP
   C08L 89/00 20060101ALN20150205BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20150205BHJP
【FI】
   C08J5/18CFJ
   C07K14/435ZNA
   !C08L89/00
   !C12N15/00 A
【請求項の数】13
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-524974(P2014-524974)
(86)(22)【出願日】2013年12月17日
(86)【国際出願番号】JP2013083753
(87)【国際公開番号】WO2014103799
(87)【国際公開日】20140703
【審査請求日】2014年6月4日
(31)【優先権主張番号】特願2012-283288(P2012-283288)
(32)【優先日】2012年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-93928(P2013-93928)
(32)【優先日】2013年4月26日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】スパイバー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】関山 香里
(72)【発明者】
【氏名】石川 瑞季
(72)【発明者】
【氏名】村田 真也
【審査官】 松岡 美和
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−506409(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/065651(WO,A1)
【文献】 特開2008−173312(JP,A)
【文献】 Osman RATHORE and Dotsevi Y.SOGAH,Self-Assembly of β-Sheets into Nanostructures by Poly(alanine) Segments Incorporated in Multiblock,J. Am. Chem. Soc.,米国,American Chemical Society,2001年12月 5日,Vol.123, No.22,p.5231-5239,URL,http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/ja004030d
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/00−5/02、 5/12−5/22
C08L 89/00
C07K 1/00−19/00
ACS PUBLICATIONS
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドを含み、ジメチルスルホキシド溶媒をドープ溶液として作成した脱溶媒前のフィルムであって、
240〜260℃に分解温度があり、
光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率を有し、
可視光領域では無色透明であり、
前記フィルムはジメチルスルホキシドを含み、
前記フィルムは未延伸、1軸延伸又は2軸延伸フィルムであることを特徴とするクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項2】
前記クモ糸タンパク質フィルムの光波長590nmにおける屈折率は、1.2〜1.6の範囲である請求項1に記載のクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項3】
前記クモ糸タンパク質フィルムは水分吸収性があり、示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)において67〜94℃付近で質量低下がある請求項1又は2に記載のクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項4】
前記クモ糸タンパク質フィルムの未延伸フィルムは、最大点応力が6〜20MPaであり、破断点変位(ひずみ)が20〜150%である請求項1〜のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項5】
前記クモ糸タンパク質フィルムには、ジメチルスルホキシドに溶解又は分散が可能な着色料が添加され着色されている請求項1〜のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項6】
前記クモ糸タンパク質フィルムの延伸フィルムは、最大点応力が40MPa以上であり、破断点変位(ひずみ)が10〜50%である請求項1〜5のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルム。
【請求項7】
クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドを含むフィルムの製造方法であって、
クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドをジメチルスルホキシド溶媒に溶解させ、ドープ溶液とし、
前記ドープ溶液を基材表面にキャスト成形することを特徴とするクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項8】
前記ドープ溶液の粘度は15〜80cPである請求項に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記キャスト成形の際に使用する基材は、ポリエチレンテレフタレートフィルム(PET)又はPET表面にシリコーン化合物を固定化させた離形フィルムである請求項7又は8に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項10】
前記フィルムを真空乾燥、熱風乾燥、風乾、及び液中浸漬から選ばれる少なくとも一つの手段で乾燥及び/又は脱溶媒する請求項7〜9のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項11】
前記フィルムを乾燥及び/又は脱溶媒した後に水中で一軸延伸又は2軸延伸するか、又は延伸同時に脱溶媒する請求項7〜9のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項12】
前記延伸後のフィルムを50〜200℃の乾熱で熱固定する請求項11に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【請求項13】
着色剤をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解又は分散させてDMSO着色液とし、前記着色液をドープ溶液に加えるか又はドープ溶液に前記着色液を加えて混合し、フィルムキャスト用ドープ液とする請求項9〜12のいずれか1項に記載のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、延伸が可能なクモ糸タンパク質フィルム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クモ糸はスパイダーシルクとも言われ、天然クモ糸を出発物質とし、バイオ合成技術を用いて産生されることは知られている。このクモ糸タンパク質を使用したフィルムは下記特許文献1〜3などにおいて提案されている。これらの提案は、クモ糸タンパク質をヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)溶媒に溶解してフィルム化することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2008−507260号公報
【特許文献2】特表2008−506409号公報
【特許文献3】特表2007−515391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来法で提案されているヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)溶媒を用いるとキャスト成形時に使用する基板がフィルム又は樹脂の場合、基板を溶解してしまう場合があるという大きな問題があった。加えて、HFIPの沸点は59℃であり、貯蔵安定性が低く、フィルムを作るためのキャスト成形時に溶媒が蒸発してしまい、フィルム形成しにくいという問題があった。このため、クモ糸タンパク質フィルム自体の特性も明らかではなかった。
【0005】
本発明は前記従来の問題を解決するため、フィルム又は樹脂からなる基板を溶解させることなしに容易にキャスト成形が可能で、フィルム化しやすいクモ糸タンパク質フィルム及びその製造方法を提供すること、及びクモ糸タンパク質フィルム自体の特性を明らかにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のクモ糸タンパク質フィルムは、クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドを含み、ジメチルスルホキシド溶媒をドープ溶液として作成した脱溶媒前のフィルムであって、240〜260℃に分解温度があり、光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率を有し、可視光領域では無色透明であり、前記フィルムはジメチルスルホキシドを含み、前記フィルムは未延伸、1軸延伸又は2軸延伸フィルムであることを特徴とする。
【0007】
本発明のクモ糸タンパク質フィルムの製造方法は、クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドを含むフィルムの製造方法であって、クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドをジメチルスルホキシド溶媒に溶解させ、ドープ溶液とし、前記ドープ溶液を基材表面にキャスト成形することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明のフィルムは240〜260℃に分解温度があり耐熱性が高い。光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率があり、人体にとって有害な紫外光(UV)は吸収し、光波長400〜780nmの光透過性は良好である。このフィルムは可視光領域では無色透明である。以上の特性は光学フィルムなどに有用である。また本発明は、溶媒としてジメチルスルホキシド(以下DMSOとも言う)を使用することによって、フィルム又は樹脂からなる基板を溶解させることなしに容易にキャスト成形が可能で、貯蔵安定性が良く、フィルム化しやすいクモ糸タンパク質フィルム及びその製造方法を提供できる。DMSOは融点18.4℃、沸点189℃であり、貯蔵安定性は高く、キャスト成形時の蒸発は少なく、安全性も高く、均一膜厚で透明性の高いフィルムを得ることができる。
【0009】
また、そのようなDMSOの溶媒としての使用によって、クモ糸タンパク質フィルムの延伸性が高められるだけでなく、キャスト成形の際の基板にポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムなどの樹脂基板を使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は本発明の一実施例のフィルムの引っ張り試験測定グラフである。
図2図2は本発明の一実施例の未延伸フィルムの光透過性測定グラフである。
図3図3は本発明の一実施例の延伸フィルムの光透過性測定グラフである。
図4図4は本発明の一実施例のフィルムの熱重量測定グラフである。
図5図5は本発明の一実施例のフィルムの熱重量測定グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のフィルムは、240〜260℃に分解温度があり、耐熱性が高い。耐熱性は示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)による重量減少により測定できる。また透過度測定により、光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率を有する。人体にとって有害な紫外光(UV)は吸収し、光波長400〜780nmの光透過性は良好である。光波長400〜780nmの好ましい光透過率は90%以上である。このフィルムは、可視光領域では無色透明である。この性質は光導波路、透明導電膜を含む光学フィルムなどに有用である。
【0012】
このクモ糸タンパク質フィルムは、延伸することが可能である。延伸フィルムは熱固定されていることが好ましい。これにより常温(0〜30℃)において、寸法安定性があるフィルムとなる。延伸後の熱固定は50〜200℃が好ましく、さらに好ましくは80〜200℃である。熱固定の時間は5〜600秒が好ましく、さらに好ましくは20〜300秒である。
【0013】
前記クモ糸タンパク質フィルムの光波長590nmにおける屈折率は、1.1〜1.6の範囲であるのが好ましい。さらに好ましくは1.2〜1.6である。この屈折率であれば、光導波路、透明導電膜を含む光学フィルムなどに有用である。前記クモ糸タンパク質未延伸フィルムのヘイズ値は0.5〜3.0%が好ましく、さらに好ましくは1.0〜2.0%である。前記の範囲であれば透明性が良好である。
【0014】
前記クモ糸タンパク質フィルムは水分吸収性があり、示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)において67〜94℃付近で4〜8重量%分の質量低下があるのが好ましい。これは未延伸又は延伸フィルムの平衡水分率を示している。また、示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)において未延伸フィルムは175℃付近に質量低下が認められ、残存溶媒のDMSOであると思われる。DMSO溶媒を使用した未延伸フィルムは延伸しやすいことから、残存DMSOは延伸の際の可塑剤になると思われる。
【0015】
前記クモ糸タンパク質フィルムの未延伸フィルムは、最大点応力が6〜20MPaであり、さらに好ましくは7〜18MPaである。未延伸フィルムの破断点変位(ひずみ)は20〜150%であり、さらに好ましくは23〜95%である。また、延伸後熱固定されたフィルムは、最大点応力が40MPa以上であることが好ましい。好ましくは40〜100MPaであり、さらに好ましくは45〜75MPaである。破断点変位(ひずみ)は10〜50%が好ましく、さらに好ましくは15〜40%である。前記の最大点応力及び破断点変位(ひずみ)であれば、機械特性として実用的である。
【0016】
本発明方法は、クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドをジメチルスルホキシド溶媒に溶解させ、ドープ溶液とし、前記ドープ溶液を基材表面にキャスト成形し、乾燥及び/又は脱溶媒する。前記ドープ溶液の粘度は15〜80cP(センチポアズ)であるのが製膜性から好ましい。
【0017】
前記キャスト成形の際に使用する基材は、ポリエチレンテレフタレートフィルム:PET又はPET表面にシリコーン化合物を固定化させた剥離フィルムが好ましい。これらの基板はDMSO溶媒に対して安定であり、ドープ溶液を安定してキャスト成形でき、成形後の膜の分離も容易にできる利点がある。ガラス基板や金属基板でもキャスト製膜ではないわけではないが、これらの基板はドープ溶液との親和性が高すぎてフィルムが剥離しにくい問題がある。一方、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂基板、及びポリプロピレン(PP)フィルム基板はドープ溶液をはじいてしまい、液離れが起こり、キャスト製膜しにくい。
【0018】
前記乾燥及び/又は脱溶媒は、真空乾燥、熱風乾燥、風乾、及び液中浸漬から選ばれる少なくとも一つの手段で行うのが好ましい。液中浸漬は、水中、メタノール、エタノール、2−プロパノールなどの炭素数1〜5の低級アルコールなどのアルコール液でもよいし、水とアルコール混合液などにキャストフィルムを浸漬して脱溶媒させてもよい。脱溶媒液(凝固液)の温度は0〜90℃が好ましい。溶媒はできるだけ脱離したほうが好ましい。液中延伸の場合、脱溶媒は延伸と同時に行うこともできる。なお、脱溶媒は延伸後に行っても良い。
【0019】
乾燥及び/又は脱溶媒後の未延伸フィルムは、水中で1軸延伸又は2軸延伸することができる。2軸延伸は逐次延伸でも同時2軸延伸でもよい。2段以上の多段延伸をしても良い。好ましい延伸倍率は縦、横ともに1.01〜6倍、さらに好ましくは1.05〜4倍である。この範囲であると応力−歪のバランスがとりやすい。未延伸又は延伸フィルムの厚さは1〜1000μmが好ましい。水中延伸の条件は20〜90℃の水温が好ましい。前記延伸後のフィルムは50〜200℃の乾熱で5〜600秒間熱固定するのが好ましい。この熱固定により常温における寸法安定性が得られる。なお、1軸延伸したフィルムは1軸配向フィルムとなり、2軸延伸したフィルムは2軸配向フィルムとなる。
【0020】
本発明は、天然クモ糸タンパク質(spider silk proteins)由来のポリペプチドのドープ液として、極性溶媒であるDMSOを使用する。DMSOは融点18.4℃、沸点189℃であり、従来法で使用されているヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)の沸点59℃、ヘキサフルロアセトン(HFAc)の沸点−26.5℃に比べると、沸点ははるかに高い。また、DMSOは、一般産業分野においてもアクリル繊維の重合、紡糸液として使用され、ポリイミドの重合溶媒としても使用されていることから、コストも安く安全性も確認されている物質である。
【0021】
本発明のタンパク質は、クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドである。クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドとは、天然型クモ糸タンパク質に由来又は類似するものであればよく、特に限定されない。前記クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドは、強靭性に優れるという観点からクモの大瓶状線で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドであることが好ましい。前記大吐糸管しおり糸タンパク質としては、アメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する大瓶状線スピドロインMaSp1やMaSp2、二ワオニグモ(Araneus diadematus)に由来するADF3やADF4などが挙げられる。
【0022】
上記組換えクモ糸タンパク質は、クモの小瓶状線で産生される小吐糸管しおり糸に由来する組換えクモ糸タンパク質であってもよい。上記小吐糸管しおり糸タンパク質としては、アメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する小瓶状線スピドロインMiSp1やMiSp2が挙げられる。
【0023】
その他にも、上記組換えクモ糸タンパク質は、クモの鞭毛状線(flagelliform gland)で産生される横糸タンパク質に由来する組換えクモ糸タンパク質であってもよい。上記横糸タンパク質としては、例えばアメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する鞭毛状絹タンパク質(flagelliform silk protein)などが挙げられる。
【0024】
前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドとしては、式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上、好ましくは4以上、より好ましくは6以上含むポリペプチドが挙げられる。なお、前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する組ポリペプチドにおいて、式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位は、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0025】
前記式(1)において、REP1はポリアラニンを意味している。前記REP1において、連続して並んでいるアラニンは、2残基以上であることが好ましく、より好ましくは3残基以上であり、さらに好ましくは4残基以上であり、特に好ましくは5残基以上である。また、前記REP1において、連続して並んでいるアラニンは、20残基以下であることが好ましく、より好ましくは16残基以下であり、さらに好ましくは12残基以下であり、特に好ましくは10残基以下である。前記式(1)において、REP2は10〜200残基のアミノ酸からなるアミノ酸配列であり、前記アミノ酸配列中に含まれるグリシン、セリン、グルタミン、プロリン及びアラニンの合計残基数がアミノ酸残基数全体に対して40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である。
【0026】
大吐糸管しおり糸において、前記REP1は繊維内で結晶βシートを形成する結晶領域に該当し、前記REP2は繊維内でより柔軟性があり大部分が規則正しい構造を欠いている無定型領域に該当する。そして、前記[REP1−REP2]は、結晶領域と無定型領域からなる繰り返し領域(反復配列)に該当し、しおり糸タンパク質の特徴的配列である。
【0027】
前記式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上含むポリペプチドとしては、例えば、配列番号1、配列番号2及び配列番号3のいずれかに示されているアミノ酸配列を有するADF3由来の組換えクモ糸タンパク質が挙げられる。配列番号1に示されるアミノ酸配列は、N末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したADF3のアミノ酸配列において、第1〜13番目の反復領域をおよそ2倍になるように増やすとともに、翻訳が第1154番目アミノ酸残基で終止するように変異させたものである。配列番号2に示されているアミノ酸配列は、NCBIデータベースから入手したADF3の部分的なアミノ酸配列(NCBIのGenebankのアクセッション番号:AAC47010、GI:1263287)のアミノ酸配列のN末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したアミノ酸配列である。配列番号3に示されるアミノ酸配列は、N末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したADF3のアミノ酸配列において、第1〜13番目の反復領域をおよそ2倍になるように増やしたものである。また、前記式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上含むポリペプチドとしては、配列番号1、配列番号2及び配列番号3のいずれかに示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、結晶領域と無定型領域からなる繰り返し領域を有するポリペプチドを用いてもよい。
【0028】
本発明において、「1若しくは複数個」とは、例えば、1〜40個、1〜35個、1〜30個、1〜25個、1〜20個、1〜15個、1〜10個、又は1若しくは数個を意味する。また、本発明において、「1若しくは数個」は、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個を意味する。
【0029】
上記小吐糸管しおり糸タンパク質に由来する組換えクモ糸タンパク質としては、式2:REP3(2)で示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドが挙げられる。上記式2において、REP3は(Gly−Gly−Z)m(Gly−Ala)l(A)rから構成されるアミノ酸配列を意味し、Zは任意の一つのアミノ酸を意味するが、特にAla、Tyr及びGlnからなる群から選ばれる一つのアミノ酸であることが好ましい。またmは1〜4であることが好ましく、lは0〜4であることが好ましく、rは1〜6であることが好ましい。
【0030】
クモ糸において、小吐糸管しおり糸はクモの巣の中心から螺旋状に巻かれ、巣の補強材として使われたり、捉えた獲物を包む糸として利用されたりする。大吐糸管しおり糸と比べると引っ張り強度は劣るが伸縮性は高いことが知られている。これは小吐糸管しおり糸において、多くの結晶領域がグリシンとアラニンが交互に連なる領域から形成されているため、アラニンのみで結晶領域が形成されている大吐糸管しおり糸よりも結晶領域の水素結合が弱くなり易いためと考えられている。
【0031】
上記横糸タンパク質に由来する組換えクモ糸タンパク質としては、式3:REP4(3)で示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドが挙げられる。前記式3において、REP4は(Gly−Pro−Gly−Gly−X)nから構成されるアミノ酸配列を意味し、Xは任意の一つのアミノ酸を意味するが、特にAla、Ser、Tyr及びValからなる群から選ばれる一つのアミノ酸であることが好ましい。またnは少なくとも4以上の数字を表し、好ましくは10以上、より好ましくは20以上である。
【0032】
クモ糸において、横糸は結晶領域を持たず、無定形領域からなる繰り返し領域を持つことが大きな特徴である。大吐糸管しおり糸などにおいては結晶領域と無定形領域からなる繰り返し領域を持つため、高い応力と伸縮性を併せ持つと推測される。一方、横糸については、大吐糸管しおり糸に比べると応力は劣るが、高い伸縮性を持つ。これは横糸の大部分が無定形領域によって構成されているためだと考えられている。
【0033】
前記ポリペプチドは、ポリペプチドをコードする遺伝子を含有する発現ベクターで形質転換した宿主を用いて製造することができる。遺伝子の製造方法は特に制限されず、天然型クモ糸タンパク質をコードする遺伝子をクモ由来の細胞からポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などで増幅してクローニングするか、若しくは化学的に合成する。遺伝子の化学的な合成方法も特に制限されず、例えば、NCBIのウェブデータベースなどより入手した天然型クモ糸タンパク質のアミノ酸配列情報をもとに、AKTA oligopilot plus 10/100(GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)などで自動合成したオリゴヌクレオチドをPCRなどで連結して合成することができる。この際に、タンパク質の精製や確認を容易にするため、前記のアミノ酸配列のN末端に開始コドン及びHis10タグからなるアミノ酸配列を付加したアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を合成してもよい。前記発現ベクターとしては、DNA配列からタンパク質を発現し得るプラスミド、ファージ、ウイルスなどを用いることができる。前記プラスミド型発現ベクターとしては、宿主細胞内で目的の遺伝子が発現し、かつ自身が増幅することのできるものであればよく、特に限定されない。例えば宿主として大腸菌Rosetta(DE3)を用いる場合は、pET22b(+)プラスミドベクター、pColdプラスミドベクターなどを用いることができる。中でも、タンパク質の生産性の観点から、pET22b(+)プラスミドベクターを用いることが好ましい。前記宿主としては、例えば動物細胞、植物細胞、微生物などを用いることができる。
【0034】
本発明のドープ液を100質量%としたとき、媒質(天然クモ糸タンパク質由来のポリペプチド)の濃度は3〜50質量%が好ましく、さらに好ましくは3.5〜35質量%であり、とくに4.2〜15.8質量%が好ましい。
【0035】
ゴミと泡を取り除き、ドープ溶液の粘度は15〜80cP(センチポアズ)が好ましく、さらに好ましいドープ溶液粘度は20〜70cPである。この粘度のドープ溶液を使用してフィルムキャスト成形する。すなわち、好ましくは離形層が形成されているPETフィルム基板上に前記ドープ溶液を流延し、アプリケーター、ナイフコーター、バーコーターなどの膜厚制御手段を使用して一定の厚さの濡れ膜を作成し、乾式の場合は溶媒を乾燥させ、真空乾燥、熱風乾燥、風乾などにより乾燥及び/又は脱溶媒する。湿式の場合はキャストフィルムを脱溶媒槽(又は凝固槽とも言う。)に浸漬して溶媒を脱離する。その後、前記のとおり延伸しても良い。
【0036】
本発明においてはカラーフィルムを作成することもできる。まず染料などの着色剤をDMSOに溶解又は分散させておき、DMSO着色液とする。着色剤はDMSOに溶解又は分散しやすい。この着色液をドープ溶液に加えるか又はドープ溶液に着色液を加えて混合し、前記と同様にフィルムキャスト成形する。その後、乾燥及び/又は脱溶媒して未延伸着色フィルムにするか、又は延伸してもよい。カラーフィルムは反射板、マーカー、紫外線防止膜、スリット糸などに応用できる。
【実施例】
【0037】
以下実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0038】
<各測定方法>
(1)光透過度
島津製作所社製、紫外線可視近赤外分光光度計を用いた。
(2)熱分析
セイコーインスツルメント社製、示差熱熱重量同時測定装置(TG−DTA)装置を用いた。
(3)屈折率
JIS K 7142に従い、アタゴ社製アッベ屈折計2Tを使用し、測定温度23℃、光源Naランプ(D線/589nm)、測定数3、接触液:ジョードメタンを使用した。
(4)粘度
KEM社製、EMS装置を使用した。
(5)引っ張り試験
島津製作所社製、引っ張り試験装置を用いた。
(6)フィルムの厚み測定
新潟精機社製、デジタル外側マイクロメータを使用した。
(7)溶媒残量測定
内部標準として1,2−ジクロロエタン−ギ酸溶液、濃度3,100ppm(0.00310mg/ml)を準備した。タンパク質溶液(10mlのギ酸に0.1gのタンパク質フィルムを溶解したもの)500μlと内部標準溶液500μlを混合した。さらに、H−NMR測定のためアセトニトリル重溶媒を同量程度加え約2倍に希釈し、H−NMR測定を行った(NMRの機種:JEOL社製 JNM−ECX 100)。内部標準試料1,2−ジクロロエタンのH−NMR積分強度とDMSOのH−NMR積分強度を比較した。検量線の作成は3ppm〜3000ppmのDMSO−ギ酸溶液を作成し、上記プロトコルにしたがって、検量線を作成した。検量線との比較から、タンパク質溶液中のDMSO濃度を求めた。DMSO濃度測定は、JEOL社製、核磁気共鳴装置(NMR)を用いた。
【0039】
(実施例1〜4、比較例1)
1.クモ糸タンパク質に由来するポリペプチドの準備
<遺伝子合成>
(1)ADF3Kaiの遺伝子の合成
ニワオニグモの2つの主要なしおり糸タンパク質の一つであるADF3(GI:1263287)の部分的なアミノ酸配列をNCBIのウェブデータベースより取得し、同配列のN末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したアミノ酸配列(配列番号2)をコードする遺伝子を、GenScript社に合成受託した。その結果、配列番号5で示す塩基配列からなるADF3Kaiの遺伝子が導入されたpUC57ベクター(遺伝子の5’末端直上流にNde Iサイト、及び5’末端直下流にXba Iサイト有り)を取得した。その後、同遺伝子をNde I及びEcoR Iで制限酵素処理し、pET22b(+)発現ベクターに組み換えた。
【0040】
(2)ADF3Kai−Largeの遺伝子の合成
ADF3Kaiを鋳型にT7プロモータープライマー(配列番号8)とRep Xba Iプライマー(配列番号9)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における5’側半分の配列(以下、配列Aと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めNde I及びXba Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。同様に、ADF3Kaiを鋳型にXba I Repプライマー(配列番号10)とT7ターミネータープライマー(配列番号11)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における3’側半分の配列(以下、配列Bと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めXba I、EcoR Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。配列Aの導入されたpUC118ベクターをNde I、Xba Iで、配列Bの導入されたpUC118ベクターをXba I、EcoR Iでそれぞれ制限酵素処理し、ゲルの切り出しによって配列A及び配列Bの目的DNA断片を精製した。DNA断片A、B及び予めNde I及びEcoR Iで制限酵素処理をしておいたpET22b(+)をライゲーション反応させ、大腸菌DH5αに形質転換した。T7プロモータープライマー及びT7ターミネータープライマーを用いたコロニーPCRにより、目的DNA断片の挿入を確認した後、目的サイズ(3.6 kbp)のバンドが得られたコロニーからプラスミドを抽出し、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により全塩基配列を確認した。その結果、配列番号6に示すADF3Kai−Largeの遺伝子の構築が確認された。なお、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列は配列番号3で示すとおりである。
【0041】
(3)ADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子の合成
前記で得られたADF3Kai−Largeの遺伝子が導入されたpET22b(+)ベクターを鋳型に、PrimeStar Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いた部位特異的変異導入により、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列(配列番号3)における第1155番目のアミノ酸残基グリシン(Gly)に対応するコドンGGCを終止コドンTAAに変異させ、配列番号7に示すADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子をpET22b(+)上に構築した。変異の導入の正確性については、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により確認した。なお、ADF3Kai−Large−NRSH1のアミノ酸配列は配列番号1で示すとおりである。
【0042】
<タンパク質の発現>
前記で得られたADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子配列を含むpET22b(+)発現ベクターを、大腸菌Rosetta(DE3)に形質転換した。得られたシングルコロニーを、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養後、同培養液1.4mlを、アンピシリンを含む140mLのLB培地に添加し、37℃、200rpmの条件下で、培養液のOD600が3.5になるまで培養した。次に、OD600が3.5の培養液を、アンピシリンを含む7Lの2×YT培地に50%グルコース140mLと共に加え、OD600が4.0になるまでさらに培養した。その後、得られたOD600が4.0の培養液に、終濃度が0.5mMになるようにイソプロピル−β−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加してタンパク質発現を誘導した。IPTG添加後2時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の菌体から調製したタンパク質溶液をポリアクリルアミドゲルに泳動させたところ、IPTG添加に依存して目的サイズ(約101.1kDa)のバンドが観察され、目的とするタンパク質が発現していることを確認した。
【0043】
<精製>
(1)遠沈管(1000ml)にADF3Kai−Large−NRSH1のタンパク質を発現している大腸菌の菌体約50gと、緩衝液AI(20mM Tris−HCl、pH7.4)300mlを添加し、ミキサー(IKA社製「T18ベーシック ウルトラタラックス」、レベル2)で菌体を分散させた後、遠心分離機(クボタ社製の「Model 7000」)で遠心分離(11,000g、10分、室温)し、上清を捨てた。
(2)遠心分離で得られた沈殿物(菌体)に緩衝液AIを300mlと、0.1MのPMSF(イソプロパノールで溶解)を3ml添加し、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で3分間分散させた。その後、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Saovi社製の「Panda Plus 2000」)を用いて菌体を繰り返し3回破砕した。
(3)破砕された菌体に、3w/v%のSDSを含む緩衝液B(50mM TrisーHCL、100mM NaCl、pH7.0)300mLを加え、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で良く分散させた後、シェイカー(タイテック社製、200rpm、37℃)で60分間攪拌した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を捨て、SDS洗浄顆粒(沈殿物)を得た。
(4)SDS洗浄顆粒を100mg/mLの濃度になるよう1Mの塩化リチウムを含むDMSO溶液で懸濁し、80℃で1時間熱処理した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を回収した。
(5)回収した上清に対して3倍量のエタノールを準備し、エタノールに回収した上清を加え、室温で1時間静置した。その後、前記クボタ社製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、凝集タンパク質を回収した。次に純水を用いて凝集タンパク質を洗浄し、遠心分離により凝集タンパク質を回収するという工程を3回繰り返した後、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収した。得られた凍結乾燥粉末における目的タンパク質ADF3Kai−Large−NRSH1(約56.1kDa)の精製度は、粉末のポリアクリルアミドゲル電気泳動(CBB染色)の結果をTotallab(nonlinear dynamics ltd.製)を用いて画像解析することにより確認した。その結果、ADF3Kai−Large−NRSH1の精製度は約85%であった。
【0044】
2.ドープ液の調整
クモ糸タンパク質の濃度5.98質量%の割合でDMSO溶媒に溶かし、ドープ液とした。ドープ液はシェイカーを使用して3時間溶解した後、ゴミと泡を取り除いた。ドープ液の溶液粘度は23.5cP(センチポアズ)であった。
【0045】
3.フィルムキャスト成形
実施例1は、厚さ75μmのポリエチレンテレフタレートフィルム(PET)表面にシリコーン化合物を固定化させた離形フィルム(三井化学東セロ株式会社製、商品番号“SP−PET−01−75−BU”)を基板として使用し、この基板の表面にMTI Corporation製、マイクロメーター付き、フィルムアプリケータ 150mmを使用して前記ドープ液をキャスト成形し、濡れ膜を作成した。他の実施例及び比較例は、表1に示された基板を用い、実施例1と同様な操作を行って、濡れ膜を作成した。
【0046】
4.乾燥
60℃で16時間静置させた後、60℃の真空乾燥機内でさらに16時間静置し、乾燥した。その後、クモ糸タンパク質未延伸フィルムを基板から剥離した。空気中で剥離できない場合は水中に浸漬して剥離した。
【0047】
以上のようにして未延伸フィルムを得た結果を表1にまとめて示す。表1の評価は次のとおりである。
<キャスト性>
A:基板へのキャスト性は良好で均一膜厚にキャストできる
B:基板へのキャスト性はやや問題で厚さむらができる
C:基板からはじかれてしまいキャスト性は不良
【0048】
<フィルムの剥離性>
A:空気中での剥離が良好にできる
B:空気中での剥離は困難であるが水中では剥離できる
C:水中でも剥離しない
【0049】
【表1】
【0050】
以上のとおり、本発明の実施例1及び実施例2は、基板がPETフィルム又はPETフィルムにシリコーン離形薄膜を形成したフィルムを使用したため、良好な未延伸フィルムが得られた。実施例3は剥離性に、実施例4はキャスト性及び剥離性にやや問題があったがフィルムを作成することはできた。これに対して比較例1は、フィルムは作成できたが剥離性が悪かった。
【0051】
(実施例5〜8)
実施例1で得られた未延伸フィルムを用いて水中で一軸延伸した。各条件と結果を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2から5〜79℃の範囲であれば、水中で延伸できた。25〜48℃では2倍以上の延伸倍率が可能であった。
【0054】
(実施例9)
実施例1で得られた未延伸フィルムを用いて、水中で一軸延伸したフィルムは室温25℃で収縮してしまうことが分かった。そこで収縮を止めるため熱固定した。各条件と結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
表3から、延伸後に熱固定すると収縮を止めることが確認できた。
【0057】
(実施例10〜11)
実施例1と同様に未延伸フィルムを作成した。フィルム厚みは23.4μmであった(実施例10)。この未延伸フィルムを50℃の水中で1.5倍に一軸延伸した。フィルム厚みは19.8μmであった(実施例11)。得られた各フィルムの引っ張り試験結果は次の表4に示すとおりであった。引っ張り試験の環境は25℃、湿度60%RHであった。表4における実施例11の一軸延伸フィルムは延伸方向の値である。このデータは図1にまとめて示す。
【0058】
【表4】
【0059】
実施例1及び実施例10で得られた未延伸フィルムの屈折率nDはいずれも1.556であった。また、光透過性測定グラフを図2〜3に示す。図2は実施例10のフィルム、図3は実施例11のフィルムの光透過性測定グラフである。光波長200〜300nmの紫外光は吸収し、光波長400〜780nmでは85%以上の光透過率を示している。
【0060】
次に、実施例10のフィルムの熱分析測定グラフを図4に示し、実施例11のフィルムの熱分析測定グラフを図5に示す。いずれも67〜94℃付近で4〜8質量%分の質量低下があり、吸収した平衡水分と思われる。また、240〜260℃付近に分解温度があることが分かった。さらに実施例10の未延伸フィルムでは175℃付近でも質量低下が認められた。残存溶媒のDMSOであると思われる。
【0061】
(実施例12)
実施例1で得られた未延伸フィルム(縦50mm、横50mm、厚さ32μm)を湿度78〜80RH%,温度24℃環境下でX軸に1.26倍、Y軸に1.26倍で同時2軸延伸した。引張りスピードは30mm/minであった。延伸装置は井元製作所製,フィルム二軸延伸装置を使用した。同時2軸延伸は可能であった。
【0062】
(比較例2)
溶媒としてヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)を用い、クモ糸タンパク質は実施例1と同一物を使用した。クモ糸タンパク質の濃度5.98質量%の割合でHFIP溶媒に溶かし、ドープ液とした。キャスト基板は実施例1及び2の基板と同一物を使用した以外は実施例1と同様に実験した。しかし、HFIPはPET基板を、膨潤させ、溶かしてしまい、基板として使用できなかった。
【0063】
そこでガラス基板を使用してキャストした。しかし、剥がれにくく、水中で苦労して徐々に剥がし未延伸フィルムを得た。この未延伸フィルムの縦20mm、横40mmのサンプルを手動一軸延伸機(井元製作所製)にセットし(つかみ具間距離20mm)、50℃の温水中で引っ張ったところ、フィルムが一部溶解してしまい、フィルムが切断したため、延伸することができなかった。
【0064】
(実施例13)
本実施例は溶媒のDMSOを除去する方法について実験した。実施例1で得られた未延伸フィルム(厚み55.2μm)を使用して表5に示す溶媒除去をした。DMSO残量定量はNMRを用いて行った。以上の結果を表5に示す。
【0065】
【表5】
【0066】
表5に示す通り、60℃の真空乾燥ではDMSOは除去しにくいことがわかった。これに対してメタノール、メタノール/水、温水50℃ではDMSOは効率よく除去できた。DMSOが検出されない程度であれば、人体適合フィルムとしても使用できる。また、温水中で延伸するだけでDMSOは約1/10に減った。
【0067】
(実施例14)
本実施例はカラーフィルムを作成する実験をした。まず、DMSOに表6に示す各染料を0.5w/v%で添加し、振とうしながら60℃で2時間溶解させた後、さらに40℃で16時間溶解させた。クモ糸タンパク質の濃度が5.98質量%となる様にこの着色溶液を加え、実施例1と同様にフィルムを作成した。結果を表6に示す。
【0068】
【表6】
【0069】
(実施例15)
実施例1と同様に未延伸フィルムを作成した。厚みは69.0μmのフィルムと10.1μmのフィルムであった。スガ試験機株式会社製ヘーズメーター(型式HZ−2P)に縦30mm、横30mmの未延伸フィルムをセットし、C光源を用いてヘイズ値を測定した。ヘイズ値は次の式より求めた。
ヘイズ率[%]=(Td拡散透過率/Tt全光線透過率)×100
測定結果は以下の通りであった。
(1)厚み69.0μm:Td:1.39,Tt:91.65,Haze:1.51(%)
(2)厚み10.1μm:Td:0.93,Tt:92.5,Haze:1(%)
以上から前記未延伸フィルムの透明性は高いことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のフィルムは光透過性が良く、屈折率も比較的高いことから、光導波路、透明導電膜を含む光学フィルムなどに有用である。またカラーフィルムとしても有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
配列番号1〜4 アミノ酸配列
配列番号5〜7 塩基配列
配列番号8〜11 プライマーシーケンス
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]