特許第5678416号(P5678416)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5678416シリンダライナーおよびシリンダブロック
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5678416
(24)【登録日】2015年1月16日
(45)【発行日】2015年3月4日
(54)【発明の名称】シリンダライナーおよびシリンダブロック
(51)【国際特許分類】
   F02F 1/00 20060101AFI20150212BHJP
【FI】
   F02F1/00 G
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2009-189189(P2009-189189)
(22)【出願日】2009年8月18日
(65)【公開番号】特開2011-38494(P2011-38494A)
(43)【公開日】2011年2月24日
【審査請求日】2012年7月5日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100068021
【弁理士】
【氏名又は名称】絹谷 信雄
(72)【発明者】
【氏名】飯島 章
【審査官】 山田 由希子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−029168(JP,A)
【文献】 再公表特許第2002/040743(JP,A1)
【文献】 特開平08−061138(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 1/00
F02F 1/20
F16J 1/00−1/24
F16J 10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのピストンを摺動可能に収容するシリンダボアを区画形成すると共に、そのシリンダボアの内周面に前記ピストンとの焼付きを防止するための表面処理が施されたボロン鋳鉄又は鋳鉄で形成されるシリンダライナーにおいて、
前記表面処理が、二硫化モリブデンからなる粒径が5−20μmの微粒子ショット材を用いて前記シリンダボアの内周面に、前記シリンダボアの内周面に衝突する二硫化モリブデンの一部のみが前記シリンダボアの内周面に埋め込まれるようにショットピーニングを施して、前記シリンダボアの内周面に二硫化モリブデンによるディンプルを形成すると共に、前記シリンダボアの内周面に前記二硫化モリブデンの一部を1−2μm埋め込んだものであることを特徴とするシリンダライナー。
【請求項2】
エンジンのピストンを摺動可能に収容するシリンダボアが鋳鉄又はクロム鋳鉄で形成されると共に、そのシリンダボアの内周面に前記ピストンとの焼付きを防止するための表面処理が施されたシリンダブロックにおいて、
前記表面処理が、二硫化モリブデンからなる粒径が5−20μmの微粒子ショット材を用いて前記シリンダボアの内周面に、前記シリンダボアの内周面に衝突する二硫化モリブデンの一部のみが前記シリンダボアの内周面に埋め込まれるようにショットピーニングを施して、前記シリンダボアの内周面に二硫化モリブデンによるディンプルを形成すると共に、前記シリンダボアの内周面に前記二硫化モリブデンの一部を1−2μmを埋め込んだものであることを特徴とするシリンダブロック。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのピストンを摺動可能に収容するシリンダボアが形成されたシリンダライナーおよびシリンダブロックに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、エンジンのピストンは、シリンダブロックに形成されたシリンダボアや、シリンダブロックに組み込まれたシリンダライナーに収容されている。
【0003】
従来、シリンダライナーやシリンダブロックでは、ピストンとシリンダボアとの焼付き(スカッフ)を防止するために、シリンダボアの内周面にクロスハッチ加工が施されている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
例えば、シリンダライナーのクロスハッチ加工は、図4に示すように、シリンダボア81の内周面82をカッタなどにより削りクロスハッチ状の微小な溝(条痕)83を形成するものである。クロスハッチ加工が施されたシリンダライナー(ブロック)では、クロスハッチ部分に潤滑オイルを溜めることによりピストンとの焼付き(スカッフ)を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−78320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、クロスハッチ加工ではシリンダボアの内周面を削っていることから、図4(b)に示すように条痕に沿ってバリが存在してクロスハッチが毛羽立っており、クロスハッチはピストンとの摺動抵抗が増大させる原因となっていた。
【0007】
このように、クロスハッチ加工が施されたシリンダライナー(ブロック)は、ピストンとの摺動抵抗が大きいという問題があった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、スカッフを防止しつつ、ピストンとの摺動抵抗を減らすことができるシリンダライナーおよびシリンダブロックを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明は、エンジンのピストンを摺動可能に収容するシリンダボアを区画形成すると共に、そのシリンダボアの内周面に前記ピストンとの焼付きを防止するための表面処理が施されたボロン鋳鉄又は鋳鉄で形成されるシリンダライナーにおいて、前記表面処理が、二硫化モリブデンからなる粒径が5−20μmの微粒子ショット材を用いて前記シリンダボアの内周面に、前記シリンダボアの内周面に衝突する二硫化モリブデンの一部のみが前記シリンダボアの内周面に埋め込まれるようにショットピーニングを施して、前記シリンダボアの内周面に二硫化モリブデンによるディンプルを形成すると共に、前記シリンダボアの内周面に前記二硫化モリブデンの一部を1−2μm埋め込んだものである。
【0010】
上記目的を達成するために本発明は、エンジンのピストンを摺動可能に収容するシリンダボアが鋳鉄又はクロム鋳鉄で形成されると共に、そのシリンダボアの内周面に前記ピストンとの焼付きを防止するための表面処理が施されたシリンダブロックにおいて、前記表面処理が、二硫化モリブデンからなる粒径が5−20μmの微粒子ショット材を用いて前記シリンダボアの内周面に、前記シリンダボアの内周面に衝突する二硫化モリブデンの一部のみが前記シリンダボアの内周面に埋め込まれるようにショットピーニングを施して、前記シリンダボアの内周面に二硫化モリブデンによるディンプルを形成すると共に、前記シリンダボアの内周面に前記二硫化モリブデンの一部を1−2μmを埋め込んだものである。
【0011】
好ましくは、前記微粒子ショット材の粒径が5−20μmであるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スカッフを防止しつつ、ピストンとの摺動抵抗を減らすことができるという優れた効果を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明に係る一実施形態によるシリンダライナーの概略構造図である。
図2図2は、摩擦変動試験の試験結果のグラフである。
図3図3は、他の実施形態によるシリンダブロックの概略構造図である。
図4図4(a)は、従来のシリンダライナーの概略構造図であり、(b)はクロスハッチ部分の一部拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0015】
(第1の実施形態)
第1の実施形態は、シリンダライナーを対象とするものであり、例えば車両に搭載されたディーゼルエンジンなどに適用される。
【0016】
図1に基づき、本実施形態のシリンダライナーの概略構造を説明する。
【0017】
図1に示すように、シリンダライナー1は、エンジン2のピストン3が摺動可能に収容されるシリンダボア5を区画形成すると共に、そのシリンダボア5の内周面(以下、ボア内周面という)6にピストン3との焼付き(スカッフ)を防止するための表面処理(以下、スカッフ防止表面処理という)が施されたものである。
【0018】
本実施形態のシリンダライナー1は、スカッフ防止表面処理として、従来のクロスハッチ加工の代わりに、二硫化モリブデン(MoS2)からなる微粒子ショット材を用いてボア内周面(ピストン3との摺動面)6にショットピーニングを施してボア内周面6に二硫化モリブデンを埋め込んだものである。
【0019】
すなわち、本実施形態のシリンダライナー1は、クロスハッチ加工を廃止したものである。その際スカッフ防止のためにシリンダライナー1の内周の表面(ボア内周面6)に二硫化モリブデン(MoS2)の固体潤滑剤をショットピーニングで埋め込んだものである。
【0020】
より具体的には、エンジン2のシリンダブロック21に、上下に延びるライナ収容穴22が形成されており、そのライナ収容穴22にシリンダライナー1が挿入、嵌合される。
【0021】
シリンダライナー1は、上下に延びるほぼ円筒形状を有する。シリンダライナー1は、例えば、ボロン鋳鉄や鋳鉄などからなり鋳造により成形される。シリンダライナー1は、ライナ収容穴22内に嵌め込まれると共にシリンダライナー1の上端部に形成されたフランジ11をライナ収容穴22の上端に形成された段差部221に当接させてシリンダブロック21に組み付けられる。
【0022】
このシリンダライナー1の内周にシリンダボア5が区画形成され、そのシリンダボア5内に、ピストン3が上下に往復動可能に配置される。
【0023】
ピストン3は、図示しないコンロッドを介してクランクシャフトに連結される。ピストン3の外周面には、複数のリング溝(図例では上から順に、トップリング溝31、セカンドリング溝32、オイルリング溝33)が上下方向に所定の間隔を隔てて形成される。トップリング溝31およびセカンドリング溝32には燃焼ガスをシールするためのコンプレッションリング34、35が嵌め合わされ、オイルリング溝33には、潤滑オイルを掻き落とすためのオイルリング36が嵌め合わされる。オイルリング溝33は、ピストン3に形成されたオイル穴(図示せず)に接続され、そのオイルリング溝33からの潤滑オイルがピストン3とシリンダライナー1との間に供給される。
【0024】
これらコンプレッションリング34、35およびオイルリング36が、シリンダライナー1のボア内周面6に摺接する。
【0025】
次に、本実施形態によるスカッフ防止表面処理について説明する。
【0026】
まず、シリンダライナー1内に、微粒子ショット材を噴射するためのノズルを挿入し、そのノズルの噴口をボア内周面6に臨ませる。そのノズルに圧縮空気と二硫化モリブデンからなる微粒子ショット材とを供給し、圧縮空気により微粒子ショット材をボア内周面6に吹き付ける。
【0027】
これにより、ノズルから噴射された微粒子ショット材がボア内周面6に衝突し、その衝突によってボア内周面6に、潤滑オイルを保持するためのディンプル(窪み)が形成される。また、ボア内周面6に衝突した微粒子ショット材(二硫化モリブデン)の一部がボア内周面6(表面)に1−2μm程度、埋め込まれる。
【0028】
この微粒子ショット材の噴射を行いつつ、ノズルをシリンダボア5の周方向の全周に、かつ軸方向にシリンダボア5の全長に移動させて、ボア内周面6のほぼ全域にスカッフ防止表面処理(ショットピーニングおよび二硫化モリブデンの埋め込み)を施す。このスカッフ防止表面処理を、一つのシリンダライナー1につき約30秒−5分の処理時間で行う。
【0029】
ここで、微粒子ショット材(二硫化モリブデン)の粒径は、5μm以上20μm未満であり、より好ましくは約10μmである。これは、粒径が5μm未満の場合、ボア内周面6に潤滑オイルを保持するのに十分なサイズ(大きさ、深さ)のディンプルを形成できないためである。また、粒径が20μm以上の場合、ボア内周面6に形成されるディンプルのサイズが大きくなり過ぎ、ボア内周面6の粗さが粗くなり摺動抵抗が大きくなってしまう。
【0030】
また、ノズルの噴射圧力(圧縮空気の圧力)は、8−10気圧(810.6k−1013.25kPa)である。
【0031】
本実施形態のシリンダライナー1によれば、エンジン2の運転時に、ボア内周面6に形成されたディンプルにより潤滑オイルが保持され、シリンダボア5とピストン3とのスカッフが防止される。また、ボア内周面6に埋め込まれた二硫化モリブデンが固体潤滑剤として作用し、シリンダボア5とピストン3との摺動抵抗が低減される。
【0032】
すなわち、本実施形態では、スカッフを発生させることなくシリンダライナー1のクロスハッチ加工を廃止することができ、ピストン3との摺動抵抗を減らすことができる。ひいては内燃機関(エンジン2)のフリクションを減らし燃費を向上させることができる。
【0033】
次に、本実施形態によるシリンダライナーの単品試験結果を示す。
【0034】
図2は、異なるスカッフ防止表面処理を施したシリンダライナーについて、摩擦力変動を5分(5min)、2時間(2Hr)、8時間(8Hr)ごとに測定した結果を示す。
【0035】
図2において、MoS2ショットは、本発明の実施例であり、ボロン鋳鉄製のシリンダライナーのボア内周面に、粒径10μmの二硫化モリブデンを微粒子ショット材として用い噴射圧力8−10気圧で20秒間ショットピーニングを施した。
【0036】
無処理(FC)は、従来例であり、ボア内周面にクロスハッチ加工を施したシリンダライナーの試験結果である。
【0037】
Snショットは、Snを微粒子ショット材として用い、それ以外はMoS2ショットと同様の処理を施したシリンダライナーの試験結果である。
【0038】
マイクロディンプルは、セラミックビーズを微粒子ショット材として用い、それ以外はMoS2ショットと同様の処理を施したシリンダライナーの試験結果である。なお、マイクロディンプルでは、ボア内周面にディンプルの形成のみがなされ、セラミックビーズが埋め込まれない。
【0039】
MD+Snショットは、マイクロディンプルのシリンダライナーに、さらにSnショットと同様の処理を施したシリンダライナーの試験結果である。
【0040】
MD+MoS2ショットは、マイクロディンプルのシリンダライナーに、さらにMoS2ショットと同様の処理を施したシリンダライナーの試験結果である。
【0041】
試験は、ピストンとシリンダライナーとの間に潤滑オイルを一滴だけたらし、その後は給油をしないでピストンとシリンダライナーを摺動(往復動)させて行ったものであり、試験中の摩擦力の変化を測定した。その測定値から、最大摩擦力Maxを最小摩擦力Minで割った値を求めて摩擦力変動として評価した。
【0042】
図2に示すように、実施例(MoS2ショット)は、5分、2時間、8時間における摩擦力変動が全体的に低く、また時間の経過と共に摩擦力変動が減少する傾向にあり、従来例に比べて良好な摺動性能(低摩擦性)であった。また、スカッフの様相は全くなかった。
【0043】
これに対して、Snショット、マイクロディンプル、MD+Snショット、MD+MoS2ショットは、どの処理も条痕加工なしであるものの、従来例とほぼ同等の摩擦力変化しか得られなかった。
【0044】
(第2の実施形態)
次に、第2の実施形態を説明する。本実施形態は、第1の実施形態とは、ライナレスのシリンダブロック21を対象とする点が異なり、ピストン3など他の部材は同様の構成となっている。そこで、第1の実施形態と同一の要素には、同一の符号を付し説明を省略する。
【0045】
図3に基づき、本実施形態のシリンダブロック101の概略構造を説明する。
【0046】
図3に示すように、シリンダブロック101には、ピストン3を上下に往復動可能に収容するためのシリンダボア105が設けられる。例えば、シリンダブロック101は、鋳鉄やクロム鋳鉄などからなり鋳造により成形される。シリンダボア105は、断面円形で上下に延び、内部にピストン3が摺動可能に収容される。シリンダボア105の内周面(以下、ボア内周面という)106には、ピストン3との焼付きを防止するためのスカッフ防止表面処理が施される。
【0047】
本実施形態のスカッフ防止表面処理は、第1の実施形態と同様に、二硫化モリブデンからなる微粒子ショット材を用いてボア内周面(ピストン3との摺動面)106にショットピーニングを施して、ボア内周面106に二硫化モリブデンを埋め込んだものである。
【0048】
これにより、本実施形態でも第1の実施形態と同様の効果が得られ、スカッフを防止しつつ、ピストン3との摺動抵抗を減らすことができる。
【符号の説明】
【0049】
1 シリンダライナー
2 エンジン
3 ピストン
5、105 シリンダボア
6、106 ボア内周面
21、101 シリンダブロック
図1
図2
図3
図4