特許第5678518号(P5678518)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5678518ジメチルスルホキシド(DMSO)によるカイコ休眠卵の人工孵化方法および卵内への化学物質導入方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5678518
(24)【登録日】2015年1月16日
(45)【発行日】2015年3月4日
(54)【発明の名称】ジメチルスルホキシド(DMSO)によるカイコ休眠卵の人工孵化方法および卵内への化学物質導入方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/04 20060101AFI20150212BHJP
【FI】
   A01K67/04 301
【請求項の数】4
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2010-188018(P2010-188018)
(22)【出願日】2010年8月25日
(65)【公開番号】特開2012-44889(P2012-44889A)
(43)【公開日】2012年3月8日
【審査請求日】2013年8月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 (1)平成22年4月3日 平成22年度 蚕糸・昆虫機能利用学術講演会運営委員会発行の「平成22年度 蚕糸・昆虫機能利用学術講演会日本蚕糸学会第80回記念大会 講演要旨集」に発表 (2)平成22年4月4日 日本蚕糸学会「平成22年度 蚕糸・昆虫機能利用学術講演会 日本蚕糸学会 第80回記念大会」において文書をもって発表
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100068700
【弁理士】
【氏名又は名称】有賀 三幸
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】澤田 博司
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 啓介
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴之
【審査官】 坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】 特開平3−266927(JP,A)
【文献】 特開2002−68916(JP,A)
【文献】 特開2003−88274(JP,A)
【文献】 特開昭64−68301(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/04
A01K 67/033
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコ休眠卵をジメチルスルホキシド含有液で処理することを特徴とするカイコ休眠卵の人工孵化方法。
【請求項2】
ジメチルスルホキシド含有液処理が、産下後24時間以内である請求項1記載の人工孵化方法。
【請求項3】
ジメチルスルホキシド含有液中のジメチルスルホキシド濃度が50〜100質量%である請求項1又は2記載の人工孵化方法。
【請求項4】
ジメチルスルホキシド含有液による処理時間が10〜120分である請求項1〜3のいずれか1項記載の人工孵化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カイコ休眠卵の効率的な人工孵化方法及びカイコ休眠卵への簡便な化学物質の導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコは、完全変態の昆虫であり、産卵後休眠卵の状態で越冬し、数ヶ月後に孵化し、1齢幼虫から5齢幼虫で脱皮した後、蛹(さなぎ)になり、その後羽化する。5齢幼虫から蛹化する際に繭を作る。この繭が絹糸である。
【0003】
休眠卵の場合産卵から孵化までの期間は通常数ヶ月ある。この間は、日本においては冬なので、幼虫のえさになる桑の葉がないため、問題がない。しかし、冬の間であっても桑の葉が存在する地域では、この期間は、養蚕ができない。そこで、インド、タイ、ベトナム等では休眠期のないカイコ(非休眠系統)が用いられているが、これらの系統では生産性および品質的にも劣っており、しかも一年中カイコ飼育すると、消毒期間が設けられないことによる病気の発生等の問題が発生している(特許文献1)。
従って、休眠性のある系統を用い、かつその期間を自由に制御できれば飼育計画も立て易くなり、生糸の生産性の向上や、品質低下の防止も期待できる。これらの観点から、休眠卵に何らかの処理をして人工的に孵化させる手段が必要とされている。
【0004】
このような人工孵化手段としては、従来から休眠卵を塩酸水溶液に浸漬する、いわゆる浸酸処理法が知られている(特許文献1、2)。また、休眠卵に対して品質改良等の目的で化学物質を導入する手段としては、マイクロインジェクション法が用いられている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−68916号公報
【特許文献2】特開2003−88274号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述の浸酸処理法においては、浸酸処理の際に台紙から休眠卵の脱落を防ぐための前処理としてホルマリン処理や塩酸の比重を調整する等の操作が必要である。これらの薬品は劇物であることから、安全環境対策が必要となり、その経費や労力の負担軽減が求められている。
また、マイクロインジェクション法に関しては、カイコ卵は卵殻が厚く丈夫なため、卵殻を傷つけずに化学物質の導入を行うことは困難であった。
【0007】
従って、本発明の課題は、簡便な操作で効率良く、カイコ休眠卵を人工的に孵化できる方法及び化学物質導入方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者は、休眠卵に対して種々の成分を接触させて休眠解除効果について検討してきたところ、休眠卵をジメチルスルホキシド含有液で処理すれば極めて高い確率で休眠が解除され、人工孵化できることを見出した。また、ジメチルスルホキシド含有液に対象化学物質を共存させれば、当該対象化学物質が効率良く人工孵化したカイコ卵中に導入されることも見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、カイコ休眠卵をジメチルスルホキシド含有液で処理することを特徴とするカイコ休眠卵の人工孵化方法を提供するものである。
また、本発明は、カイコ休眠卵を、対象化学物質及びジメチルスルホキシドの含有液で処理することを特徴とするカイコ卵への対象化学物質導入方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の人工孵化方法によれば、産卵されたカイコ休眠卵をジメチルスルホキシド(DMSO)含有液に浸漬、又は当該液を塗布するだけで簡便かつ効率良く、休眠を解除でき人工孵化が可能であり、安全性も高い。またDMSOによる人工孵化は、産下後24時間以内の時期に可能であり、従来の塩酸処理方法とは作用機序が相違する。また、本発明の化学物質導入方法によれば、高価な装置や熟練した技術が必要なく、効率良く、遺伝子や酵素阻害剤等の化学物質をカイコ卵に導入可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】種々の物質処理による孵化率を示す。
図2】産下後DMSO処理までの時間と孵化率との関係を示す。
図3】孵化率とDMSO濃度との関係を示す。
図4】DMSO浸漬時間と孵化率との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の人工孵化方法は、カイコ休眠卵をDMSO含有液で処理することを特徴とする。
用いられるカイコ休眠卵は、休眠系統のカイコの休眠卵であればよい。カイコの種類としては、Bombyx属に属するもの、例えばカイコガ以外に、クワコ等が挙げられる。
【0013】
DMSO含有液による処理は、産下後24時間以内のカイコ休眠卵に対して行うのが、孵化率の点から好ましい。産下後24時間を超える休眠卵に対してDMSO含有液処理しても十分な孵化率は得られない。一方、従来法の塩酸処理は産下後60時間程度まで孵化可能である。このことから、本発明方法と塩酸処理による人工孵化の作用機序は相違するものと考えられる。
【0014】
用いられるDMSO含有液としては、DMSO水溶液又はDMSO液が挙げられる。DMSO含有液中のDMSO濃度は、孵化率の点から30〜100質量%が良く、特に75〜100質量%が好ましい。
【0015】
DMSO含有液による処理の手段としては、休眠卵にDMSO含有液が5分以上接触していればよく、例えば休眠卵をDMSO含有液に浸漬する、休眠卵にDMSO含有液を塗布する等の手段が挙げられる。DMSO含有液の使用量は、休眠卵1重量部あたり2重量部以上であればよく、特に5〜10重量部であるのが好ましい。
【0016】
DMSO含有液による休眠卵の処理時間(接触時間)は、5分以上であればよく、孵化率の点から10〜120分が好ましく、特に30〜45分が好ましい。
【0017】
DMSO含有液による処理は、室温、例えば15〜30℃の温度条件で行うことができ、特に20〜25℃が好ましい。
【0018】
上記の休眠解除により人工的に孵化したカイコは、通常に1齢幼虫から5齢幼虫へと脱皮し、繭を形成し、変態する。従って、人工孵化後は、常法に従って飼育すればよい。
【0019】
前述の人工孵化方法において、DMSO含有液中に対象化学物質を含有させておき、前記と同様の処理をすれば、当該対象化学物質をカイコ卵に効率良く導入することができる。用いられる対象化学物質としては、DMSO含有液に可溶性な化学物質全てであり、例えば外来遺伝子、変異誘発性物質、各種酵素阻害剤等が挙げられる。当該化学物質導入方法における処理時期、処理時間、処理量、処理温度等は前記の人工孵化方法と同様である。
【0020】
対象化学物質のDMSO含有液中の濃度は、特に限定されず、カイコ卵の孵化率に影響を及ぼす最低濃度から飽和溶液までであり、例えば0.001〜60質量%とすることができる。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
実施例1
産下後20時間のカイコ二化性系統(大造種)の休眠卵1gに対し、22%塩酸、75%DMSO水溶液、75%ジメチルホルムアミド(DMF)水溶液、及び75%ジメチルスルフィド(DMS)水溶液を、それぞれ10mLずつ添加し、室温下45分間浸漬した。その後、孵化した幼虫を数えることにより孵化率を測定した。
結果を図1に示す。図1から明らかなように、DMSO処理により塩酸処理とほぼ同じ効率で休眠が解除され、人工孵化することが判明した。DMSOの類似化合物であるDMFやDMSではほとんど孵化しなかったことから、本発明の効果はDMSO特異的であると考えられる。
【0023】
実施例2
産下後0〜72時間の大造種の休眠卵1gに対し、100%DMSO水溶液を10mL添加し、室温下30分間浸漬した。その後、実施例1と同様にして孵化率を測定した。
結果を図2に示す。図2に示すように、産下後24時間以内の休眠卵に対するDMSO処理では高率で孵化したが、産下後24時間経過後にDMSO処理すると孵化率は大きく低下した。本発明方法による人工孵化は、休眠の初期過程にのみ作用していることが判明した。
【0024】
実施例3
産下後12時間の大造種の休眠卵1gに対し、0〜100%DMSO水溶液を、それぞれ10mLずつ添加し、室温下30分間浸漬した。その後、実施例1と同様にして孵化率を測定した。なお、同様の操作を非休眠卵に対しても行った。
結果を図3に示す。図3に示すように、休眠卵(Diapause)では、DMSO濃度が50質量%以上、さらに75質量%以上、特に100質量%で孵化率が向上した。一方、非休眠卵(Non−diapause)ではDMSO濃度が高くなると逆に孵化率は低下した。
【0025】
実施例4
産下後12時間の大造種の休眠卵1gに対し、100%DMSO水溶液を10mL添加し、室温下0〜120分間浸漬した。その後、実施例1同様にして孵化率を測定した。 結果を図4に示す。図4に示すように、DMSO浸漬時間は5分以上、さらに15〜120分、特に30〜60分で高い孵化率が得られた。
図1
図2
図3
図4