(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1に記載のガラス組成物をナトリウムイオンのイオン半径よりも大きいイオン半径を有する一価の陽イオンを含む溶融塩に接触させることにより、前記ガラス組成物に含まれるナトリウムイオンと前記一価の陽イオンとをイオン交換して得た化学強化ガラス。
【背景技術】
【0002】
ガラス材料は、高い表面平滑性、高い表面硬度などの優れた特性を実現できる素材である。このため、ガラス材料は、ハードディスクドライブ(HDD)に代表される磁気記録装置を用いて情報を記録する磁気記録媒体の基板に適している。ガラス基板を磁気記録媒体の基板として用いる場合、ガラス基板には強度を補うために化学強化を施すことが望ましい。
【0003】
化学強化は、ガラス表面に含まれるアルカリ金属イオンをより半径の大きい一価の陽イオンで置換することにより、ガラス表面に圧縮応力層を形成する技術である。化学強化は、例えば、リチウムイオン(Li
+)をナトリウムイオン(Na
+)で置換することにより、あるいはナトリウムイオンをカリウムイオン(K
+)で置換することにより、実施される。
【0004】
ガラス基板に成膜される磁性体として、現行のCo−Pt−Cr系磁性体に比べて高密度記録に適したPt−Fe系磁性体が用いられる場合、より高い成膜温度が必要とされる。このため、磁気記録媒体の基板として用いられるガラス基板は、耐熱性に優れていることが求められる。現行の技術水準では、この磁性体の成膜温度は640℃以上に及ぶので、この温度範囲でガラス基板が変形しないことが求められる。
【0005】
ガラス基板を効率的に量産するためには、ガラス組成物がフロート法等の量産設備に適した特性を有することが望ましい。具体的には、ガラス組成物の、作業温度(ガラスの粘度が10
4dPa・sとなる温度、以下「T
4」という。)、液相温度T
L、及び作業温度T
4から液相温度を差し引いた差分(T
4−T
L)がフロート法による製造に適した条件を満たしていることが望ましい。なお、溶融温度は、ガラス粘度が10
2dPa・sになる温度であり、以下「T
2」という。
【0006】
特許文献1には、フロート法などの量産設備を用いた製造に適し、耐熱性が高く、化学強化に適したガラス組成物が開示されている。特に、二価の金属酸化物ROを構成するMgO、CaO、SrO、及びBaOの含有率を、各酸化物がガラス組成物の特性に及ぼす影響を考慮しながら、各酸化物の含有率を調整することによって、上記の特性を有するガラス組成物を得ている。
【0007】
特許文献2には、ガラス転移温度T
gが680℃以上で、化学強化処理を行わなくとも耐候性に優れたデータ記憶媒体用基板ガラスが開示されている。具体的にTiO
2の含有量及びZrO
2の含有量を調整することによって、データ記憶媒体用基板ガラスのガラス転移温度を高めている。
【0008】
特許文献3、特許文献4、及び特許文献5には、化学強化処理を行わなくても耐候性に優れる情報記録媒体の基板又はディスプレイの基板に用いられる基板用ガラスが開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明は本発明の一例に関するものであり、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0016】
以下、ガラス組成物の成分を示す%表示は、特に断らない限り、すべて質量%を意味する。また、本明細書において、「実質的に構成される」とは、列挙された成分の含有率の合計が99.5質量%以上、望ましくは99.9質量%以上、より望ましくは99.95質量%以上を占めることを意味する。「実質的に含有しない」とは、当該成分の含有率が0.1質量%以下、望ましくは0.05質量%以下であることを意味する。
【0017】
特許文献1の実施例に係るガラス組成物のガラス転移温度T
gは高いもので600℃程度であり、耐熱性をさらに向上させる余地がある。そこで、本発明では、得られるガラス組成物が化学強化に適することを確保しつつ、Na
2O及びK
2Oの含有率を抜本的に見直すことによって、耐熱性を向上させることにした。また、本発明はAl
2O
3及びTiO
2の含有率を見直し、耐熱性を向上させつつ作業温度T
4の上昇を抑制した。これとともに、MgO、CaO、及びSrOの含有率を見直すことで液相温度を低下させ、作業温度T
4と液相温度T
Lとの差分T
4−T
Lがフロート法に適した条件を満たすようにした。
【0018】
以下、本実施形態に係るガラス組成物に含有されるべき成分又は含有が制限されるべき成分について説明する。
【0019】
(Na
2O)
Na
2Oは、ナトリウムイオンがカリウムイオンと置換されることにより、表面圧縮応力を大きくし、圧縮応力層の深さを大きくする成分である。また、融解性を向上させ、作業温度T
4、溶融温度T
2を低下させる成分でもある。他方、Na
2Oの含有率が高すぎるとガラス組成物の耐熱性(ガラス転移温度T
g)が低下し、カリウムイオンと置換されることで生じた応力が緩和してしまう。
【0020】
従って、Na
2Oは必須成分であり、Na
2Oの含有率は、4.0〜11.0%の範囲が適切である。Na
2Oの含有率は、4.5%以上が望ましく、5.0%以上がより望ましい。また、Na
2Oの含有率は、10.5%以下が望ましく、10.0%以下がより望ましい。Na
2Oの含有率は、さらに望ましくは、4.5〜9%の範囲である。
【0021】
(K
2O)
K
2Oは、Na
2Oと比較して、ガラス組成物の高温での粘性を示す作業温度T
4及び溶融温度T
2を高める傾向が大きい。また、K
2Oはガラス組成物の融液の清澄性を劣化させてしまうので、ガラス融液から泡が抜けにくくなってしまう。このため、K
2Oの含有率はできるだけ低い方がよい。しかし、ガラス組成物の原料等に不純物として混入していることによって不可避的にK
2Oを含有することは許容される。本実施形態に係るガラス組成物は、K
2Oを実質的に含まなくてもよい。
【0022】
従って、K
2Oの含有率は0〜1.0%の範囲が適切である。K
2Oの含有率は、0〜0.8%が望ましく、0〜0.5%がより望ましい。
【0023】
(Li
2O)
Li
2Oは、ガラス組成物の耐熱性(ガラス転移温度)を低下させる効果が大きい。また、Li
2Oは、硝酸カリウム溶融塩、又は、硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合溶融塩の中で化学強化を行う場合に、溶融塩に溶出して化学強化を阻害してしまう。そこで、Li
2Oの含有率は0.5%以下が適切であり、0.2%以下が望ましく、0.1%以下がより望ましく、本実施形態に係るガラス組成物は実質的にLi
2Oを含有しないことが望ましい。
【0024】
(Al
2O
3)
Al
2O
3はガラス組成物の化学的耐久性を向上させ、さらにガラス中のアルカリ金属イオンの移動を容易にする。また、化学強化後の強度の維持に寄与する成分でもある。他方、Al
2O
3の含有率が高すぎると、液相温度T
Lが上昇し、溶融ガラスを適切に徐冷してガラス板を製造することが難しくなる。すなわち、ガラス組成物がフロート法に適した特性を得にくくなる。
【0025】
従って、Al
2O
3は必須成分であり、Al
2O
3の含有率は、8.0〜12.0%の範囲が適切である。Al
2O
3の含有率は11.5%以下が望ましく、11.0%以下がより望ましい。また、Al
2O
3の含有率は、8.5%以上が望ましく、9.0%以上がより望ましい。
【0026】
(MgO)
MgOはガラスの融解性を向上させる成分である。また、MgOは、二価のアルカリ土類金属酸化物RO(MgO、CaO、SrO及びBaO)の中では、ガラス組成物中のナトリウムイオンをカリウムイオン等により置換するイオン交換を促進する効果が最も大きい。他方、MgOの含有率が高すぎると、ガラス中のナトリウムイオンの移動が阻害される。また、ガラス組成物の液相温度T
Lが上昇してしまう。さらに、失透が成長する速度が急激に大きくなってしまう。すなわち、MgOの含有率が高すぎると、後述する失透増大温度T
rdがMgOの含有率の増加に対し単調かつ急激に増加する。フロート法で用いられるガラス溶融槽においては、操業条件によってガラス融液の温度が局所的に低くなる部位が生じることがある。このような場合に、溶融ガラスの内部で急減に失透が発生しないようにするためには、失透増大温度T
rdが低く、液相温度T
Lから失透増大温度T
rdを差し引いた差分(T
L−T
rd)が大きいことが望ましい。
【0027】
従って、MgOは必須成分であり、MgOの含有率は1.0〜5.0%の範囲が適切である。MgOの含有率は、1.0〜4.5%の範囲が望ましく、1.5〜4.0%の範囲であるのがより望ましい。MgOの含有率は、さらに望ましくは、2.0〜3.0%の範囲である。
【0028】
(SrO)
SrOは、ガラスの高温粘性を下げるため、溶融温度T
2及び作業温度T
4の低下に寄与する。また、SrOが含有されると、ガラス組成物の液相温度T
Lが顕著に低下する。特に、SrOが所定量のMgO又は所定量のCaOと共存することによって、ガラス組成物の液相温度T
Lが特異的に低下する。他方、SrOの含有率が高すぎると、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動が阻害されてしまう。
【0029】
従って、SrOは必須成分であり、SrOの含有率は4.0〜14.0%の範囲が適切である。SrOの含有率は、5.0%以上が望ましく、6.0%以上がより望ましく、場合によっては7.0%以上が望ましい。また、SrOの含有率は、13.5%以下が望ましく、場合によっては13.0%以下がより望ましい。SrOの含有率は、さらに望ましくは、9.0〜13.0%の範囲である。
【0030】
(CaO)
CaOは、ガラス組成物の高温での粘性を低下させ、所定の含有率であれば液相温度T
Lを低下させる効果を有する。しかし、CaOの含有率が高すぎると、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動が阻害されてしまう。また、液相温度T
Lを上昇させ、ガラス転移温度T
gを低下させてしまう。
【0031】
従って、CaOの含有は任意であり、CaOの含有率は0〜4.0%の範囲が適切である。CaOの含有率は、0.5%以上が望ましく、1.0%以上が望ましい。また、CaOの含有率は、3.0%以下が望ましい。CaOの含有率は、さらに望ましくは、2.0〜3.0%の範囲である。
【0032】
(BaO)
BaOは、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動を顕著に妨げ、BaOの含有量がたとえ少量であってもガラス組成物の化学強化が著しく阻害される。また、BaO、及び、その原料として用いられる炭酸バリウム、硝酸バリウムなどの化合物は、毒物及び劇物取締法により劇物に指定されており、生産時又は廃棄時に環境への悪影響を及ぼすおそれがある。このため、BaOは本実施形態に係るガラス組成物から排除されるべきものであり、本実施形態に係るガラス組成物はBaOを含んでいないことが望ましい。
【0033】
(ROの内訳)
質量比で表示して、MgO/ROが0.12〜0.20、CaO/ROが0.09〜0.21、SrO/ROが0.61〜0.77の範囲にあると、液相温度T
L及び失透増大温度T
rdが低くなりやすい傾向が見られる。特に、失透増大温度T
rdが低くなりやすい。
【0034】
(TiO
2)
TiO
2はガラス組成物の耐熱性を高めることができる。また、TiO
2はガラス組成物の高温粘性の上昇を抑制することができ、ガラス組成物の作業温度T
4及び溶融温度T
2の上昇を抑制できる。他方、TiO
2の含有率が高すぎると、TiO
2を核とする失透が生じやすい。
【0035】
従って、TiO
2は必須成分であり、TiO
2の含有率は、4.0〜10.0%の範囲が適切である。TiO
2の含有率は、5.0%以上が望ましく、6.0%以上がより望ましい。また、TiO
2の含有率は、9.0%以下が望ましく、8.5%以下がより望ましく、場合によっては8.0%以下がより望ましい。
【0036】
(SiO
2)
SiO
2は、ガラス組成物を構成する主要成分であり、その含有率が低すぎるとガラスの化学的耐久性及び耐熱性が低下する。他方、SiO
2の含有率が高すぎると、高温でのガラス組成物の粘性が高くなり、融解及び成形が困難になる。従って、SiO
2の含有率は、59.0〜63.0%の範囲が適切である。SiO
2の含有率は、59.0〜62.0%が望ましく、59.0〜61.5%がより望ましい。SiO
2の含有率は、さらに望ましくは、59.0〜61.0%の範囲である。
【0037】
(B
2O
3)
B
2O
3は、ガラス組成物の粘性を下げ、融解性を改善する成分である。しかし、B
2O
3の含有率が高すぎると、ガラス組成物の耐水性が低下し、ガラス組成物が分相しやすくなる。また、B
2O
3とアルカリ金属酸化物とが形成する化合物が揮発してガラス融解室の耐火物を損傷するおそれがある。本実施形態のガラス組成物は、B
2O
3を実質的に含有していないことが望ましいが、B
2O
3を含有する場合には、B
2O
3の含有率は0.5%以下が適切である。
【0038】
(Fe
2O
3)
通常Feは、Fe
2+又はFe
3+の状態でガラス中に存在する。Fe
3+はガラスの紫外線吸収特性を高める成分であり、Fe
2+は熱線吸収特性を高める成分であるが、Feの含有は必須ではない。本実施形態のガラス組成物は、酸化鉄を実質的に含有していなくてもよい。Feは工業原料により不可避的に混入する場合があるが、Fe
2O
3に換算した酸化鉄の含有率は、例えば0.3%以下、望ましくは0.2%以下である。また、場合によっては0.1%以下であってもよい。ガラス組成物を磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板として用いる場合、磁性体を成膜する際に赤外線ランプを用いてガラス基板を加熱する。この加熱の効率を高めるために、Feは、Fe
2O
3に換算して、0.01%以上含まれることが望ましい。
【0039】
(ZrO
2)
ZrO
2を含む結晶は融解しにくくガラス中に融解せずに残りやすい。このため、ガラス組成物を磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板として用いる場合、ガラス中に融解していないZrO
2が磁気ヘッドと衝突して磁気ヘッドを損傷させる可能性がある。なお、ZrO
2は、ガラス板の量産設備に用いられる耐火物又は原料からガラス組成物に混入することがある。このため、本実施形態のガラス組成物では、不純物としてZrO
2が混入することは許容される。従って、ZrO
2の含有率は0.1%以下が適切であり、0.05%以下であることが望ましい。本実施形態のガラス組成物は、ZrO
2を実質的に含有しなくてもよい。
【0040】
(その他の成分)
本実施形態のガラス組成物は、上記に必須成分として列挙した各成分から実質的に構成されていることが望ましい。ただし、本実施形態のガラス組成物は、上記に列記した成分以外の成分を、望ましくは各成分の含有率が0.5%未満、より望ましくは0.1%未満となる範囲で含有していてもよい。含有が許容される成分としては、溶融ガラスの脱泡を目的として添加される、As
2O
5、Sb
2O
5、SO
3、SnO
2、CeO
2、Cl、Fを例示できる。ただし、As
2O
5、Sb
2O
5、Cl、Fは、環境に対する悪影響が大きいなどの理由から添加しないことが望ましい。脱泡のための添加成分としては硫酸塩として添加された原料から発生するSO
3が好適である。また、含有が許容される成分の別の例は、ZnO、P
2O
5、GeO
2、Ga
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3である。工業的に使用される原料に由来する上記以外の成分であっても0.1%を超えない範囲であればその成分の含有が許容される。これらの成分は、必要に応じて適宜添加したり、不可避的に混入したりするものであるから、本実施形態のガラス組成物は、これらの成分を実質的に含有しなくてもよい。
【0041】
以下、本実施形態に係るガラス組成物の特性について説明する。
【0042】
(ガラス転移点:T
g)
本実施形態によれば、ガラス組成物のガラス転移点(T
g)を640℃以上、場合によっては650℃以上に高めて優れた耐熱性を確保できる。このため、本実施形態に係るガラス組成物は、磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板として適した特性を有する。
【0043】
(作業温度:T
4)
フロート法では、溶融ガラスを溶融窯からフロートバスに流入させる際に、溶融ガラスの粘度が10
4dPa・s(10
4P)程度に調整される。フロート法による製造において、例えば、製造設備に要するエネルギーを抑制するため、ガラス組成物の作業温度T
4は所定温度(例えば、1150℃)以下であることが望ましい。本実施形態によれば、ガラス組成物のT
4を、1150℃以下、さらには1140℃以下、場合によっては1130℃以下まで低減し、フロート法による製造に適したガラス組成物を提供できる。
【0044】
(溶融温度:T
2)
溶融ガラスの粘度が10
2dPa・sになる温度(溶融温度;T
2)が低いと、ガラス原料を熔かすために必要なエネルギー量を抑制することができ、ガラス原料がより容易に融解してガラス融液の脱泡及び清澄が促進される。本実施形態によれば、T
2を1610℃以下、さらには、1580℃以下、場合によっては1560℃以下にまで低下させることができる。
【0045】
(作業温度と液相温度との差分:T
4−T
L)
フロート法では、溶融ガラスの温度が作業温度T
4において、溶融ガラスが失透しないこと、言い換えれば作業温度T
4が液相温度T
L以上であることが必要である。作業温度T
4から液相温度T
Lを差し引いた差分が大きいほど、溶融ガラスをガラス製品に成形する際に失透による欠点が生じにくく望ましい。本実施形態によれば、作業温度T
4から液相温度T
Lを差し引いた差分が、0℃以上、さらには20℃以上、場合によっては40℃以上に達する、ガラス組成物を提供できる。また、本実施形態によれば、ガラス組成物の液相温度T
Lを1120℃以下、さらには1100℃以下、場合によっては1080℃以下にまで低下させることができるので、ガラス組成物のT
4−T
Lが大きくなりやすい。
【0046】
(密度(比重):d)
電子機器の軽量化のため、磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板として用いられるガラス組成物dの密度は小さいことが望ましい。本実施形態よれば、ガラス組成物の密度を2.75g・cm
−3以下、さらには2.71g・cm
−3以下、場合によっては2.67g・cm
−3以下にまで減少させることができる。
【0047】
以下、ガラス組成物の化学強化について説明する。
【0048】
(化学強化の条件)
上記のガラス組成物を、ナトリウムイオンよりもイオン半径の大きい一価の陽イオン、望ましくはカリウムイオン、を含む溶融塩に接触させ、上記のガラス組成物に含まれるナトリウムイオンを上記の一価の陽イオンによって置換するイオン交換を行うことにより、上記のガラス組成物の化学強化を実施できる。これによって、上記のガラス組成物を成形したガラス板の表面に圧縮応力が付与された圧縮応力層が形成される。溶融塩としては、典型的には硝酸カリウムを挙げることができる。硝酸カリウムと硝酸ナトリウムとの混塩を用いることもできるが、混塩は濃度管理が難しいため、硝酸カリウム単独の溶融塩が望ましい。溶融塩の温度及び処理時間は、処理するガラス組成物の組成、大きさ及び形状などによって適宜定めればよいが、硝酸カリウム単独の溶融塩を用いる場合には、硝酸カリウムの熱分解及びガラスの耐熱性を考慮して、溶融塩の温度を例えば460℃〜500℃に定めるとよい。ガラス組成物と溶融塩とを接触させる時間は、例えば4時間〜12時間が適切である。
【0049】
(圧縮応力層)
本実施形態のガラス組成物を化学強化して得られた化学強化ガラスは、その表面に圧縮応力層が形成されている。この化学強化ガラスは、例えば、荷重200gfに対するビッカース硬度が580以上、又は、耐クラック荷重が1.0kgf以上の強度を示す。従って、本実施形態のガラス組成物を化学強化して得られた化学強化ガラスは、十分な強度を有しており、磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板に適した強度を有している。
【0050】
本実施形態によれば、耐熱性に優れ、フロート法による製造に適し、化学強化に適した特性を有するガラス組成物を提供できる。また、本実施形態のガラス組成物に化学強化を施した化学強化ガラスは、耐熱性に優れるので、磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板に適している。ただし、本実施形態によるガラス組成物は、化学強化処理を施し、あるいはこの処理を施さずに、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等やタッチパネル式ディスプレイのカバーガラス又は電子デバイスの基板などとして用いることもできる。
【実施例】
【0051】
以下では、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0052】
(ガラス組成物の作製)
表1、表2、表3、表4、及び表5に示すガラス組成となるように、汎用のガラス原料である、ケイ砂、酸化チタン、アルミナ、塩基性炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸ナトリウム、を用いてガラス原料(バッチ)を調合した。さらに、全てのバッチには、清澄剤として少量の硫酸ナトリウム(ボウ硝)と炭素を加えた。なお加えた硝酸ナトリウムの量を考慮して炭酸ナトリウムの量を定めてガラス原料を調合した。実施例24、実施例32、比較例1、比較例5、比較例6、比較例7、比較例10、比較例11、及び比較例12については、ガラス原料に炭酸カリウムをさらに加えた。比較例6については、ガラス原料に炭酸バリウム及び酸化ジルコニウムをさらに加えた。比較例7については炭酸リチウムをさらに加えた。なお、実施例1〜6において、ケイ砂として不純物の少ない高純度ケイ砂を用いた。調合したバッチを白金ルツボに投入し、電気炉内で1580℃で4時間加熱して溶融ガラスとした。次いで、溶融ガラスを鉄板上に流し出し、冷却してガラスプレートとした。次いで、このガラスプレートを再び電気炉へ入れ、650℃から700℃の間の適切な温度で30分間保持した後、炉の電源を切り、室温まで徐冷して試料ガラスとした。このようにして、実施例1〜52に係る試料ガラス及び比較例1〜12に係る試料ガラスを得た。表1〜5に示すように、実施例に係る試料ガラス及び比較例に係る試料ガラスは、上記の原料に由来してFe
2O
3に換算して所定量の酸化鉄又は所定量のSO
3を含んでいた。
【0053】
試料ガラスについて、ガラス転移点T
g、作業温度T
4、溶融温度T
2、液相温度T
L、及び密度dを測定した。
【0054】
ガラス転移点T
gは示差熱膨張計(理学電機株式会社サーモフレックスTMA8140)を用いて測定した。作業温度T
4及び溶融温度T
2は、白金球引き上げ法により測定した。密度dはアルキメデス法により測定した。
【0055】
液相温度T
Lは、以下の方法により測定した。
【0056】
試料ガラスを粉砕してふるいにかけ、2380μmのふるいを通過し、1000μmのふるい上に留まったガラス粒を得た。このガラス粒をエタノールに浸漬し、超音波洗浄した後、恒温槽で乾燥させた。このガラス粒25gを幅12mm、長さ200mm、深さ10mmの白金ボート上にほぼ一定の厚さになるように入れて測定試料とし、この白金ボートを約900℃〜1140℃の温度勾配を有する電気炉(温度勾配炉)内に2時間保持した。その後、試料を倍率100倍の光学顕微鏡を用いて観察し、失透が観測された部分の最高温度を液相温度T
Lとした。また、試料を目視で観察し、結晶の体積分率が50%となる最高の温度を失透増大温度T
rdとした。
【0057】
(強化ガラスの作製)
試料ガラスを25mm×35mmに切り出し、その両面をアルミナ砥粒で研削し、さらに酸化セリウム研磨砥粒を用いて鏡面研磨した。こうして、両面の表面粗さRaが2nm以下である厚さ5mmのガラスブロックを得た(RaはJIS B0601−1994に従う)。このガラスブロックを480℃に加熱した硝酸カリウム溶融塩中に8時間浸漬して化学強化を行った。化学強化処理後のガラス基板を80℃の熱水で洗浄し、強化ガラスブロックを得た。
【0058】
上記のようにして得た強化ガラスブロックについて、ビッカース硬度H
Vおよび耐クラック荷重R
Cを評価した。ビッカース硬度H
Vは、アカシ製作所製のビッカース硬度計を用いて、ビッカース圧子で200gfの荷重を15秒間加え、除荷後に残る正方形の圧痕から評価した。
【0059】
耐クラック荷重R
Cは以下の手順で算出した。まず、強化ガラスブロックの表面にビッカース圧子を押し当て、1kgfの荷重を15秒間加えた。除荷の5分後に強化ガラスブロック表面に残る正方形の圧痕において、その頂点からクラックが生じている数を計測した。この計測を10回繰り返して行ない、クラックが生じた数を頂点の数の合計40ヶ所で除してクラック発生確率Pを算出した。前述の1kgfの荷重から開始し、クラック発生確率Pが50%を超えるまで荷重を2kgf、5kgfと段階的に増やし、それぞれの荷重について同様にクラック発生確率Pを求めた。このようにして、P=50%を跨いで隣り合う2段階の荷重W
H、W
Lとその時の発生確率P
H、P
L(P
L<50%<P
H)を得た。2点(W
H,P
H)および(W
L,P
L)を通る直線がP=50%をとるときの荷重を求め、耐クラック荷重R
Cとした。結果を表1〜表5に示す。
【0060】
各実施例において、ガラス転移温度T
gが640℃以上であり、各実施例に係るガラス組成物が耐熱性に優れていることが示された。また、各実施例において、作業温度T
4は1150℃以下であり、液相温度T
Lは1116℃以下であり、作業温度T
4から液相温度T
Lを差し引いた差分T
4−T
Lは0℃以上であり、各実施例に係るガラス組成物は、フロート法による製造に適していることが示された。また、各実施例に係るガラス組成物について化学強化を施すことができた。このため、各実施例に係るガラス組成物は、耐熱性に優れ、フロート法の製造に適し、化学強化に適していることが示された。
【0061】
これに対し、比較例1、2、4〜11に係るガラス組成物のガラス転移温度T
gは640℃を下回っており、これらのガラス組成物の耐熱性は十分に高いとは言い難かった。また、比較例1、3、12に係るガラス組成物の液相温度T
Lは1120℃を超えていた。比較例1に係るガラス組成物の作業温度T
4は1150℃を超えていた。比較例1、3、5に係るガラス組成物の溶融温度T
2は1610℃を超えており、原料が融解しにくくガラス融液の脱泡及び清澄が難しかった。比較例6に係るガラス組成物は、0.4%ものZrO
2を含んでおり、未融解のZrO
2が磁気ヘッドを損傷させるおそれがあるので、磁気ディスクなどの磁気記録媒体のガラス基板としての使用に適さない。また、比較例6に係るガラス組成物は、劇物であるBaOを含有しており、製造時又は廃棄時の取り扱いに注意を要する。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
【表5】