(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5684266
(24)【登録日】2015年1月23日
(45)【発行日】2015年3月11日
(54)【発明の名称】WLANデータ伝送速度適応方法
(51)【国際特許分類】
H04L 29/08 20060101AFI20150219BHJP
H04W 28/18 20090101ALI20150219BHJP
H04W 84/12 20090101ALI20150219BHJP
【FI】
H04L13/00 307C
H04W28/18
H04W84/12
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-531318(P2012-531318)
(86)(22)【出願日】2010年9月15日
(65)【公表番号】特表2013-506370(P2013-506370A)
(43)【公表日】2013年2月21日
(86)【国際出願番号】EP2010063552
(87)【国際公開番号】WO2011039053
(87)【国際公開日】20110407
【審査請求日】2013年8月30日
(31)【優先権主張番号】09305910.3
(32)【優先日】2009年9月29日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501263810
【氏名又は名称】トムソン ライセンシング
【氏名又は名称原語表記】Thomson Licensing
(74)【代理人】
【識別番号】100115864
【弁理士】
【氏名又は名称】木越 力
(74)【代理人】
【識別番号】100121175
【弁理士】
【氏名又は名称】石井 たかし
(74)【代理人】
【識別番号】100134094
【弁理士】
【氏名又は名称】倉持 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100123629
【弁理士】
【氏名又は名称】吹田 礼子
(72)【発明者】
【氏名】リウ,ウエイ
(72)【発明者】
【氏名】スイ,チエン
(72)【発明者】
【氏名】チヤン,ジユンビヤオ
(72)【発明者】
【氏名】ユ,ジン フエイ
【審査官】
森谷 哲朗
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−303925(JP,A)
【文献】
特開2005−102228(JP,A)
【文献】
特開2009−021784(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04L 29/08
H04W 28/18
H04W 84/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャネルを介する送信機と受信機との間の通信方法であって、前記送信機は複数のデータ伝送速度でパケットを送信でき、該複数のデータ伝送速度の各々が前記通信のパフォーマンスに関して各々のチャネル状態に適応しており、前記方法は、前記送信機側で、
チャネル状態の劣化の消滅を検知すると、前記劣化の消滅前の最後のデータ伝送速度よりも高い、前記劣化の消滅前に安定的に使用されていた安定したデータ伝送速度のグループ内の最大のデータ伝送速度でパケットを送信するステップを含み、安定したデータ伝送速度が、正常に連続して送信されたパケットの数が所定値に等しいか又は該所定値より大きい場合の伝送速度であるか、あるいは、ある伝送速度での送信時間が所定値に等しいか又は該所定値より大きい場合の当該伝送速度であることを特徴とする、前記方法。
【請求項2】
前記劣化の消滅前の前記安定したデータ伝送速度のグループをテーブルに記録することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記劣化の消滅の検知が、送信のパケット損失率及び/又は前記受信機によって受信された信号の強度及びSNRの関数である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
受信機に複数のデータ伝送速度でパケットを送信できる送信機であって、各々のデータ伝送速度がWLANのパフォーマンスに関して各々のチャネル状態に対応しており、
チャネルに対する干渉の消滅を検知すると、前記送信機が、前記干渉の消滅前の最後のデータ伝送速度よりも高い、前記干渉の消滅前に安定的に使用されていた安定したデータ伝送速度のグループ内の最大のデータ伝送速度でパケットを送信し、安定したデータ送信速度が、正常に連続して送信されたパケットの数が所定値に等しいか又は該所定値より大きい場合の伝送速度であるか、あるいは、ある伝送速度での送信時間が所定値に等しいか又は該所定値より大きい場合の当該伝送速度であることを特徴とする、前記送信機。
【請求項5】
チャネルに対する前記干渉の消滅前の前記安定したデータ伝送速度のグループを記録することを更に含む、請求項4に記載の送信機。
【請求項6】
前記送信機は無線アクセス・ポイントであり、前記受信機は無線局である、請求項4又は5に記載の送信機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、概して、無線通信分野に関し、更に詳しくは、チャネル状態が安定したネットワーク環境の下でのWLAN(Wireless_Local_Area_Network:無線LAN)のデータ伝送速度(data_rate:データ・レート)を適応させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
WLANは、有線LANの一部が無線システムによって構成されたようなネットワーク・システムであって、各無線局をアクセス・ポイントを介して基幹ネットワークに結ぶことができるネットワーク・システムである。
【0003】
WLANデータ通信用のIEEE802.11規格は、送信機が、チャネル状態の品質に従って、複数のオプションのデータ伝送速度のうちの任意のデータ伝送速度によってパケットを送信できるマルチレート機能を提供している。即ち、IEEE802.11規格の物理層(PHY)は、送信機が、例えば、受信パケットの信号強度についての受信機のフィードバックに従って、適切な変調方式を動的に選択することによって、マルチレート送信を行うことをサポートしている。これにより、ワイヤレス・ネットワーク・インタフェース・カード(WNIC)が、送信速度を無線チャネルの状態に適応させることが可能になる。
【0004】
次の表には、IEEE802.11規格に使用される変調符号化技術(MCS)が示されている。この表から分かるように、各々の送信速度は、固有のMCSによって、それぞれの無線チャネルの状態に適応される。一つの所与のMCSが無線チャネルの状態によってサポートされ得ないならば、別の一つのMCSが採用されて、より高いスループットが達成される。
【表1】
【0005】
IEEE802.11規格には、802.11MACプロトコルとRF向けのPHYのパラメータについての規定が含まれているものの、特定のデータ伝送速度適応方式、即ち、レート・コントロール・アルゴリズム(Rate_Control_Algorithm:RCA)は定義されていない。このトピックは、デバイス製造業者にとっては未解決の問題であり、その場に応じて対応している。IEEE802.11規格について、幾つかのデータ伝送速度適応方法が提案されて使用されている。次に、幾つかの既知のRCAを説明する。
【0006】
1.ARFアルゴリズムとオノエ(Onoe)アルゴリズム
ARF(Auto_Rate_Fallback:オートレート・フォールバック)は、WaveLAN−II 802.11 WNIC用に開発された。このARFに従えば、各々の送信機は、所与の速度で予め定めた一定の回数で連続して送信した後に、より高い送信速度を試みに使用してみて、2回連続して失敗したら、その現在使用している速度を切り替えて、それより低い速度に戻す。
【0007】
ARFアルゴリズムは、無線チャネルの品質が頻繁に変化する状況に於いて、小さいデバイスで容易に実施でき、且つ、良好なパフォーマンスが得られるという利点を持っている。しかしながら、ARFアルゴリズムは、そのような実践的な適用環境に容易に配備できるけれども、無線リンクが環境変化に起因するパケット損失の観点であまり変動しないような状況では、パフォーマンスが低い。例えば、家庭環境に於いて、人々は、頻繁に動き回ることなく、腰かけて無線アプリケーションを楽しむ傾向が強い。そのような場合、ARFは、しばしば、或いは、一定時間で、パケット送信速度を、最適値を超えた別の値にまで増大してしまい、その結果、各々のパケットについて、多くの再試行が必要になるかもしれない。この処理手順によって、失敗する運命にある多くの送信速度を試すのに相当な時間が費やされることになる。
【0008】
オノエ・アルゴリズムは、基本的にARFと同じ考えを適用しており、ちょうどスコア・システムのように、クレジットを使用して現在のパケット送信速度に於けるパフォーマンスを評価する、クレジットに基づくRCAである。このクレジットの値は、一定期間、例えば、1000ミリ秒の期間中に累積される連続送信、誤送信、及び、再送信の各数によって決定される。もしパケットの例えば10%未満を特定の速度で再送信する必要があるならば、オノエ・アルゴリズムは、閾値、例えば、10に到達するまで、クレジット・ポイントを増やし続ける。その閾値のポイントで、現在の送信速度は、次の、利用可能な、より高い速度に増大されて、クレジット・スコアがゼロになり、このプロセスが繰り返される。同様のロジックが、パケットの送信/再送信の試行が失敗した場合に、クレジット・スコアを差し引いて、より低いビットレートに移行することに適用される。
【0009】
オノエ・アルゴリズムは、チャネル状態の変動を軽減できるが、比較的保守的である。即ち、オノエ・アルゴリズムは、一旦、ある送信速度が上手く行かないことを検知すると、少なくとも10秒以内は、再度のステップ・アップを試みない。また、無線チャネル状態が何等かの理由で劣化した場合、オノエ・アルゴリズムは、そのような状況の殆どで、ステップ・ダウンするまでにおおよそ9秒を浪費する。仮に、偶発的な干渉のために、送信速度が24Mbpsから5.5Mbpsに低減されるとすると、計算によれば、オノエ・アルゴリズムが当該干渉の消滅後に以前の24Mbpsの速度に復帰するのに約60秒を要することになり、これは、実践的な適用に於いて大きなリソース消費となる。
【0010】
2.AARFアルゴリズム及びAMRR(Adaptive_Multi_Rate_Retry:適応マルチレート再試行)アルゴリズム
上述の如く、ARFは、10個の連続パケット毎に、より高い送信速度の使用を試みるが、その結果、再送信試行が多くなり、従って、チャネル状態が比較的安定しているのであれば、アプリケーションのスループットが低下することになる。この不都合を解消するために、AARF(Automatic_ARF:自動ARF)と呼ばれる解決策が提案されている。このAARFでは、いつ現在の送信速度を増大すべきか、例えば、いつ10から40或いは80に増大すべきかの決定に使用される閾値が増大される。AARFは、ARFの拡張型であり、アルゴリズムがパケット送信速度の増大を試行してその次のパケット送信が失敗する毎に、セットアップ・パラメータを2倍にする。これは、チャネル状態が劇的に変動しない状況に於いて、スループットを大幅に増大できる。
【0011】
AARFアルゴリズムの弱点は、たとえ最適な送信速度がチャネル状態に適応したとしても、その送信速度にステップ・アップするのに、より長い時間を要することである。その理由は、パケット損失があらゆる所に存在し、そしてAARFがその偶発的なパケット損失を大きくして、その結果、適応処理時間が長くなる為である。
【0012】
AARFと同様に、AMRRアルゴリズムも2進指数技法を使用して、送信速度パラメータの値を変えるのに使用されるサンプリング周期の長さ(閾値)を適合させる。Madwifi802.11ドライバと組み合わされたAMRRは、AARFと同じアルゴリズム原理を実施している。従って、AMRRは、AARFと同じ弱点を持っている。
【0013】
3.SampleRateアルゴリズム
SampleRateアルゴリズムは、パフォーマンスの履歴に基づいて送信速度を決定する。このアルゴリズムでは、送信機が、当該送信速度についての送信先と共に、連続失敗回数、連続送信回数、及び、全送信時間についての記録をとる。古くなったサンプルは、評価ウィンドウ・メカニズムに基づいて取り除かれる。
【0014】
SampleRateは、連続して4回失敗すると、その送信速度の使用を止める。そして、リンクを介してパケット送信を開始する際に、SampleRateは、パケット送信可能な送信速度が見つかるまで、送信速度を低減する。SampleRateは、現在のビットレートよりも良いであろう1組のビットレートから、ランダムな送信速度を10番目のデータ・パケット毎に選択して、その選択した送信速度によってパケットを送信する。SampleRateは、各々の送信速度の平均送信時間を計算するために、ワイヤレス・カードからのフィードバックを使用して、各々のパケット送信が要した時間を計算する。SampleRateは、パケット長、送信速度、及び、再試行数によって、各々のパケットについての送信時間を計算する。
【0015】
SampleRateアルゴリズムは、特に、パケット損失が頻繁に起こるチャネル状態に於いて、良好なパフォーマンスを達成できる。SampleRateは、その他の幾つかの既存のRCAに比べて、無線チャネル状態の変動に迅速に適応できる。しかしながら、このアルゴリズムの原理によれば、SampleRateが、実際、確率に基づいて最適な送信速度を達成することが判っている。従って、SampleRateは、特に、偶発的な干渉の消滅後に、その干渉に起因したより低い速度から以前のより高い速度に回復する場合に、最適な送信速度に到達するのに長い時間を要することになる。
【0016】
結論として、上述の各RCAを含む従来のデータ伝送適応方法は、データ伝送速度を下げるのは容易であるが、それを回復させるのは難しいという共通の欠点を持っている。
【0017】
図1は、既存のRCAの調節処理手順を示す例示的な図である。
図1の線101によって示されているように、偶発的な無線干渉が発生した時に、RCAは、送信速度を段階的に低い値に低減することによって、迅速に応答する。しかしながら、RCAは、
図1の線102によって示されているように、当該干渉消滅後に、送信速度を当該干渉発生前のレベルに回復させるのに長時間を要する。例えば、上述のオノエ・アルゴリズムによれば、チャネル状態が干渉に因り劣化する殆どの場合に、パケットの送信速度が24Mbpsから11Mbpsまで下がるのに、5パケット分の送信失敗時間(再試行時間を含む)だけしか掛らない。しかしながら、当該干渉消滅後の良好なチャネル状態に於いて、24Mbpsの送信速度に回復するのに50秒を要する。
【0018】
このよく起こる欠点の主な原因は、全ての既存のRCAに於いて、チャネル状態が種々の干渉に因り頻繁に変化する環境の下で無線ネットワークが稼働すると仮定していることから生じている。しかしながら、比較的安定した環境の下で稼働する家庭内WLAN或いはホームWLANのような、より専用的なネットワークを考えると、より効率的なデータ伝送適応方法が必要である。
【発明の概要】
【0019】
本発明の一様態によれば、チャネルを介する送信機と受信機との間の通信方法が提供される。送信機は、複数のデータ伝送速度でパケットを送信でき、各々のデータ伝送速度は通信のパフォーマンスに関して各々のチャネル状態に適応している。この方法は、送信機側で、チャネル状態の劣化の消滅を検知すると、劣化の消滅前に安定的に使用されていた安定したデータ伝送速度のグループ内から選択されたデータ送信速度であり、かつ、劣化の消滅前の最後のデータ伝送速度よりも高いデータ伝送速度でパケットを送信するステップを含む。
【0020】
本発明の他の様態によれば、マルチレートWLANにおけるデータ伝送速度適応方法が提供される。このWLANにおいて、送信機が受信機に複数のデータ伝送速度でパケットを送信でき、各々のデータ伝送速度がWLANのパフォーマンスに関して各々のチャネル状態に対応している。この方法は、送信機側で、チャネルに対する干渉の消滅を検知すると、干渉の消滅前に安定的に使用されていた安定したデータ伝送速度のグループ内から選択されたデータ伝送速度であり、かつ、干渉の消滅前の最後のデータ伝送速度よりも高いデータ伝送速度でパケットを送信するステップを含む。
【図面の簡単な説明】
【0021】
本発明の上述の各様態、その他の各様態、各特徴、及び、各利点は、以下の各添付図面に関して述べられる以下の説明から明らかになる。
【
図1】既存のデータ伝送速度適応方法の調節処理手順を示す例示的な図である。
【
図2】本発明の一実施形態に従う、データ伝送適応方法の原理を示す例示的な図である。
【
図3】本発明の一実施形態に従う、伝送速度適応方法を示す例示的な図である。
【
図4】本発明の一実施形態に従う、干渉の消滅を特定する処理手順を示すフローチャートである。
【
図5a】無線送信機が当該実施形態に従う当該方法を適用する、様々な状況に於いて無線受信機が動作する際の通信のパフォーマンスを示す例示的な図である。
【
図5b】無線送信機が当該実施形態に従う当該方法を適用する、様々な種々の状況に於いて無線受信機が動作する際の通信のパフォーマンスを示す例示的な図である。
【
図5c】無線送信機が当該実施形態に従う当該方法を適用する、様々な種々の状況に於いて無線受信機が動作する際の通信のパフォーマンスを示す例示的な図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下の説明では、本発明の一実施形態の種々の様態を説明する。説明の目的のため、十分な理解が得られるように、具体的な構成と細部とを詳細に説明する。しかしながら、ここに説明する具体的な各細部を用いることなく本発明を実施できることも、当業者にとって明らかになるであろう。
【0023】
1.適用環境
WLANは、屋内環境と屋外環境の両方に適用できる。例えばホーム(家屋)、オフィスビル、病院、及び、教室のような屋内環境は、通常、チャネル状態が屋外環境よりも安定している。
【0024】
一例として、オフィスビル内に於いて、無線局(即ち、無線機能を有する任意の装置)は、通常、室内の定位置で受信機として動作し、室内を頻繁に移動することはない。上記無線局は、ラップトップ、PDA(パーソナル・ディジタル・アシスタント)、或いは、その他のハンドヘルド(手持ち型)デバイスであってもよい。この場合、無線局の無線チャネル状態は、安定していて、頻繁には変化しない。勿論、無線チャネル状態は、何等かの偶発的な干渉、例えば、当該無線局の移動に起因する干渉、或いは、室内に於ける他の大きな移動物に起因する干渉に因って、劣化することはある。しかしながら、チャネルの品質は、当該干渉により影響を受ける時間がほんの僅かであり、当該干渉消滅後は、実質的に変わらない。このような場合、(このケースでは、送信機としての)無線アクセス・ポイントにとっては、データ伝送速度適応の観点では、チャネル状態が安定している。
【0025】
本発明の一実施形態に従うデータ伝送速度適応方法は、上述のネットワーク環境に好適に適用可能である。
【0026】
2.基本的な取り組み方
上述の如く、従来の各データ伝送速度適応方法には、干渉消滅後にデータ伝送速度が回復するのに、より長い時間が掛かるという問題がある。この問題に鑑み、本発明の実施形態は、干渉消滅後に、送信機のデータ伝送速度を、干渉消滅前に安定して使用されたデータ伝送速度に直接適応させる解決策を提案する。当該実施形態に従えば、データ伝送速度適応についての過渡的時間が低減されて、その結果、WLANのスループットのパフォーマンスが改善される。
【0027】
図2は、本発明の一実施形態に従う、データ伝送速度適応方法の原理を示す例示的な図である。
【0028】
図2に示されているように、偶発的な干渉が発生していることが判明すると、送信機のデータ伝送速度が、
図1に示された従来技術と同様に、
図2の線201によって示されるように適応される。この適応は、干渉発生時に、あまり多くのパケット損失が起きないようにするものである。しかし、本発明の実施形態に従えば、当該干渉が消滅すると、データ伝送速度が、
図2の線202によって示されているように、干渉消滅前に使用されていた前の安定した伝送速度になるように直接調節される。
図2の線203によって示されている従来技術の適応に比べて、本発明の実施形態に従う適応方法は、より短い過渡的時間で、安定した送信速度に回復させることが出来る。本発明は、既存の各RCAに組み込んで、WLANのスループットのパフォーマンスを更に改善できる。
【0029】
3.詳細なワークフロー
図3は、本発明の実施形態に従う伝送速度適応方法を示す例示的な図である。
【0030】
図3に示されているように、正常なチャネル状態の下では、線301によって示された最大のデータ伝送速度が送信機によって適用される。干渉が発生すると、データ伝送速度は、線302,303及び304によって示されているように送信速度を下方に段階的に試みて、当該干渉下のチャネル状態に適応され、最終的には線305によって示される速度に設定される。本発明の実施形態によれば、当該干渉が消滅すると、データ伝送速度が、伝送速度305から、この実施形態における以前の安定した送信速度である速度302に等しい伝送速度306に直接調節される。
図3の実例から分かるように、本実施形態による伝送速度の適応に要する過渡的時間がより短く、その結果、スループットのパフォーマンスが改善される。
【0031】
本発明の実施形態に於いて「安定した伝送速度」について説明する。
図3に於いて、線301,302及び305によって表されている各データ伝送速度はそれぞれ安定した伝送速度であるのに対して、線303及び304によって表されている各データ伝送速度は、安定した伝送速度ではなく、「過渡的な伝送速度」と称することができる。
【0032】
次に、「安定した伝送速度」をどのよう定義するかについて説明する。例えば、この伝送速度で連続して送信されたパケットの数、及び、全送信時間のような幾つかの各パラメータを選択して、「安定した伝送速度」を定義することができる。例えば、連続して送信されたパケットの数を選択した場合、値「STABLE_RATE_THRESHOLD」を使用して、送信パケット数の閾値を表すことができる。連続して送信されたパケットの数が「STABLE_RATE_THRESHOLD」以上である送信速度は、「安定した伝送速度」として定義することができる。他方、連続して送信されたパケットの数がSTABLE_RATE_THRESHOLD未満である送信速度は、「過渡的な伝送速度」として定義することができる。
【0033】
同様に、全送信時間を選択した場合も、ある閾値を設定し、その閾値を使用して、「安定した伝送速度」と「過渡的な伝送速度」とを定義することができる。
【0034】
当業者であれば、「安定した伝送速度」を特定するために、その他の基準も使用可能であることが分かる。「安定した伝送速度」の定義と「過渡的な伝送速度」の定義とは、無線チャネル状態の長期間変動と短期間変動とで区別できる。
【0035】
上述の如く、干渉消滅後、送信速度は、以前の2つの安定した伝送速度301及び302のうち、安定した送信速度302に等しくなるように直接適応される。
【0036】
「以前の安定した伝送速度」は、干渉消滅前の安定した伝送速度であるが、適応を行う現在のデータ伝送速度は除外される。本発明の実施形態によれば、以前の安定した伝送速度のうちの何れを適応のために選択すべきかを決定するために、所定の基準を使用できる。例えば、保守的に、全ての以前の安定した伝送速度のうち、最小のものを適応のために選択でき、これは本実施形態に当てはまる。他の例として、全ての安定した伝送速度のうち、最大の伝送速度を選択できる。その場合、この実施形態の場合には、データ伝送速度306が、安定した伝送速度301に等しくなる。
【0037】
当業者であれば、伝送速度が1つの以前の安定した伝送速度として設定された後も、送信速度適応が、チャネル状態の品質に従って継続されることが分かる。この点の詳細に関しては、
図5を参照して後述する。
【0038】
前述の如く、本発明の実施形態に従う方法は、既存の各RCAに組み込むことができ、従って、安定した伝送速度の特定は、どのようなRCAが適用されるかに依存し得る。次に、オノエのレート・コントロール・アルゴリズムと共に適用される方法の一例を、適応のための安定した伝送速度の特定と以前の安定した伝送速度の選択とに関して、説明する。
【0039】
この例の主なポイントは次の通りである。
(1)パケットが、ある1つの伝送速度で連続的に送信されなかった場合、この伝送速度は、安定した伝送速度としてマーク(選定)されない。
(2)ある1つの伝送速度で連続的に送信されたパケットの数が10未満である場合、この伝送速度は、安定した伝送速度としてマークされない。
(3)ある1つの伝送速度での送信時間が1秒未満である場合、この伝送速度は、安定した伝送速度としてマークされない。この規則は、クレジットを1秒の期間以内で計算するというオノエ・アルゴリズムの原理に基づいている。
(4)その他の伝送速度は、安定した伝送速度としてマークできる。
(5)伝送速度適応のために、全ての以前の安定した伝送速度のうち、最小のものを選択できる。
【0040】
この実施形態では、無線チャネルの変動特性に鑑みて、保守的に、以前の安定した伝送速度のうち、最小のものを適応のために選択できる。しかし、伝送速度の低下が速く、且つ、伝送速度の上昇が遅いという特性を有する既存のRCAの殆どについては、以前の安定した伝送速度のうち、最大のものも適応のために選択できるが、これは、実際の適用ケースに応じて決定することが可能である。
【0041】
伝送速度選択の実施に際しては、RateUsedと呼ばれるテーブル・データ構造を提案する。これには、使用可能な全ての安定したデータ伝送速度が含まれている。このテーブルは全ての以前の安定した伝送速度を記録することに使用され、このテーブルから、それらの伝送速度のうちの1つを適応のために選択できる。この伝送速度テーブルを以下に示す。
【0042】
タイマを使用して、上述のテーブル内の一部の「古くなった」統計的情報を定期的に消去できることが望ましい。
【0043】
次に、「干渉の消滅」を特定するインジケータ(指標)の選択の各実施形態について説明する。
【0044】
幾つかの方式を用いて干渉の消滅を判断できる。一実施形態に於いて、干渉が消滅したかを判断するインジケータとして、送信のパケット損失、或いは、送信の再試行のカウント(回数)を使用できる。ひとたび偶発的な干渉が発生すると送信速度を比較的低い値に急激に下げることになる、明らかなパケット損失と標準的な送信再試行とを観測できると仮定すると、パケット損失と標準的送信再試行とは、比較的低い送信速度の適正な値にとどまる。従って、干渉が消滅して、無線チャネル状態がより高い送信速度をサポートできる場合、パケット損失率と標準的再試行のカウントが大幅に減少すると考えられる。
【0045】
干渉の消滅を判断するための比較的積極的(aggressive)なメトリックを考えた場合、一定数の連続パケットが再試行無しに正常に送信されたことが検知されたならば、干渉が消滅したと判断できる。ここで、この判断のために、パラメータ「INTERFERENCE_PACKET_THRESHOLD」を使用できる。再試行の無い連続パケット送信回数がこのINTERFERENCE_PACKET_THRESHOLDのパラメータを超えると、本発明の実施形態による上述の方法に従って、送信速度を「以前の安定した伝送速度」に直接調節できる。
【0046】
無線チャネルの変動の性質のため、上述の干渉消滅のメトリックは、やや積極的であるか、或いは、不十分であるかもしれない。換言すれば、多くの場合、たとえ干渉が消滅しても、再試行の無い連続パケット送信回数が当該閾値には達し得ない。この点に鑑みて、ある場合には、パケット損失率と標準的再試行のカウントの両方を情報処理方法あるいは統計学的手法に基づいて同時に関連させて使用する更なるメトリックを使用できる。
【0047】
より正確な組み合わせインジケータは、パケット損失率、再試行のカウント、RSSI(Received_Signal_Strength_Indicator:受信信号強度インジケータ)、SNR(Signal_to_Noise_Ratio:信号対雑音比)の値等のより多くのメトリックを考慮に入れてもよい。例えば、パケット損失率又は標準的な再試行のカウントと、測定されたSNR又はRSSIとを第2の判断として使用できる。この場合、通常の各RCAが処理するものと同様の標準的なパケット損失率又は再試行のカウントとRSSI/SNRとを計算するために、テスト・ウィンドウを設計できる。勿論、この場合、テスト・ウィンドウの長さを適切に選択することが望ましい。しかしながら、本発明の実施形態では大きなテスト・ウィンドウを必要としないことに留意されたい。相互情報の理論によれば、長いサンプリング周期にわたる長期の推定は、実際には役立たない。上述の相互情報は、2つのランダム変数の相互依存、即ち、一方のランダム変数が他方のランダム変数についてどれだけの量の情報を伝えることが出来るかを示している。任意の時点での送信の成功/失敗の事象がランダム変数として処理されて、互いに異なる時点に於ける2つの事象についての相互情報が計算される。実験によれば、大き過ぎるテスト・ウィンドウは効果的ではなく、むしろ誤った推定結果を与える可能性があることが判っている。従って、適切なウィンドウ長に於いて、若し、パケット損失率又は標準的な再試行のカウントが、INTERFERENCE_SECOND_THRESHOLDと呼ばれる閾値パラメータより小さいならば、更なる補助的なメトリックを利用して、ランダムな干渉が消滅したか否かを判定できる。
【0048】
図4は、本発明の一実施形態に従う、干渉の消滅を特定する処理手順を示すフローチャートである。
図4に於いて、「noErrorNumber」が、再試行の無いパケットの連続送信回数を表すことに使用されている。前述の説明の通りに、干渉の消滅は、
図4のステップS401によって示されているように、やや積極的ではあるが、このメトリックによって特定できる。ステップS401の結果が「ノー(No)」ならば、PLR(固定ウィンドウ・サイズでのパケット損失率:Packet_Loss_Rate)とSNR/RSSIとの組み合わせである第2のメトリックを適用できる。
図4に於けるステップS402とS403によって示されているように、PLRが閾値より小さく、且つ、SNR/RSSIがASSISTANT_THRESHOLDと呼ばれる閾値より大きい場合も、干渉が消滅したと判定できる。
【0049】
代替案として、既存のRCAに於いて干渉の消滅を判定する方法も使用できる。例えば、オノエ・アルゴリズムは、現在の送信速度が10以上のクレジットを有するならば、送信速度を増大する。これと同様のメトリックを本発明の実施形態に於いても適用できる。
【0050】
802.11nに於いて、受信機が、受信機側での推奨MCS(Modulation_and_Coding_Scheme:変調符号化技術)を送信機にフィードバックできるが、これは、受信機側でのチャネル状態を示すためのより正確な方法である。
【0051】
干渉の消滅を判断する幾つかの方法を説明する。これらの全ての方法は、送信速度を過度に積極的に増大するおそれがある。しかしながら、殆どのRCAは伝送速度が適切でない場合に送信速度を非常に迅速に低下させることに鑑みて、本発明の実施形態に従う方法は、スループットのパフォーマンスを全体として必然的に高めることが出来る。
【0052】
上述の説明に於いて、本発明の一実施形態に従うデータ伝送速度適応方法を説明した。この方法は、屋内の適用について実際に最も一般的な場合である安定したチャネル環境に於いて使用されることが好ましい。
【0053】
次に、
図5を参照して、無線送信機が本実施形態に従う方法を適用する様々な状況に於いて無線受信機が動作する場合の通信のパフォーマンスについて説明する。無線受信機が絶えず移動しており、その結果、無線チャネルの品質が時折変動する、と仮定する。
【0054】
受信機が、部屋Aから、無線チャネル状態が部屋Aよりも悪い別の部屋Bへ移動する第1のケースに於いて、本発明の実施形態の伝送速度適応方法によれば、干渉の消滅後に、以前の安定した伝送速度が無線送信機に於いて適用される。その伝送速度は、部屋Bに於けるチャネル状態がサポートし得る適切な伝送速度よりも高いこともあり得る。そのような場合、送信機の送信速度は、
図5(a)に示されているように、パケット損失率が高い為に急速に低下し始める。承知の通り、伝送速度の低下に掛かる時間は非常に短い。従って、このケースでは、真に安定した伝送速度が迅速に得られる。そのため、
図5(a)から分かるように、このケースではスループットのパフォーマンスが少し劣化するかもしれないが、そのパフォーマンスの劣化の程度は、過渡的な時間が一般的に非常に短いので、殆どの用途について許容できるものである。
【0055】
第2のケースは、第1のケースと逆であり、無線受信機が、部屋Bから、無線チャネル状態が部屋Bよりも良い部屋Aへ移動する。本発明の実施形態の伝送速度適応方法によれば、送信機が送信速度を以前の安定した送信速度に適応させた後も、送信速度は、無線チャネル状態に基づいて、以前の安定した伝送速度から調節され続けることになる。
図5(b)に示されているように、送信速度は、チャネル状態が良くなるので、以前の安定した伝送速度よりも高い値に調節される。このケースでは、スループットのパフォーマンスが従来の解決策に比べて大幅に改善できることが分かる。
【0056】
屋内の用途では稀である特殊な第3のケースでは、安定した環境が存在しない。このケースでは、本方法に従う無線送信機による以前の安定した伝送速度への直接適応は、安定したチャネル状態が検知されるまでは開始されない。極端な場合、誤った判定が為されて伝送速度が以前の安定した伝送速度になるように調節されると、その結果、何等かの伝送速度変動が生じるかもしれない。従って、この場合は、スループットのパフォーマンスに若干の悪影響が生じることになる。
【0057】
上述の分析から分かるように、ここに提案する、本発明の実施形態に従う方法は、屋内の無線用途の殆どの場合で、スループットのパフォーマンスを大幅に改善できる。
【0058】
以上、各実施形態を屋内の無線用途に関連して説明したが、当業者であれば、本発明の各原理が、比較的安定したチャネル状態を有するその他の用途にも適用可能であることが分かるであろう。本願の特許請求の範囲に規定された本発明の趣旨と範囲から逸脱することなく、上述の各実施形態に多数の修正を加えることができ、また、その他の構成を考案することが出来るであろう。