(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5685198
(24)【登録日】2015年1月23日
(45)【発行日】2015年3月18日
(54)【発明の名称】フェライト−オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150226BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20150226BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/58
【請求項の数】16
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-541526(P2011-541526)
(86)(22)【出願日】2009年12月17日
(65)【公表番号】特表2012-512960(P2012-512960A)
(43)【公表日】2012年6月7日
(86)【国際出願番号】FI2009051005
(87)【国際公開番号】WO2010070202
(87)【国際公開日】20100624
【審査請求日】2011年7月1日
【審判番号】不服2014-45(P2014-45/J1)
【審判請求日】2014年1月6日
(31)【優先権主張番号】20080666
(32)【優先日】2008年12月19日
(33)【優先権主張国】FI
(73)【特許権者】
【識別番号】591064047
【氏名又は名称】オウトクンプ オサケイティオ ユルキネン
【氏名又は名称原語表記】OUTOKUMPU OYJ
(74)【代理人】
【識別番号】100079991
【弁理士】
【氏名又は名称】香取 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】サムエルッソン、 ペテル
(72)【発明者】
【氏名】リルレ、 シモン
(72)【発明者】
【氏名】アンデルッソン、 ヤン−オロフ
(72)【発明者】
【氏名】リルヤス、 マッツ
(72)【発明者】
【氏名】スチェディン、 エリク
(72)【発明者】
【氏名】ヨハンッソン、 ペルレ
【合議体】
【審判長】
鈴木 正紀
【審判官】
木村 孔一
【審判官】
井上 猛
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト−フェライト系微細構造におけるフェライト相を35〜65体積%有し、良好な溶接性、良好な耐食性および良好な熱間加工性を有する二相ステンレス鋼であって、該鋼は、0.005〜0.04重量%の炭素と、0.2〜0.7重量%のケイ素と、2.5〜5重量%のマンガンと、23〜25重量%のクロムと、2.5〜5重量%のニッケルと、0.5〜2.5重量%のモリブデンと、0.2〜0.35重量%の窒素と、0.1〜1.0重量%の銅と、1重量%を超えないタングステンと、ホウ素およびカルシウムからなる群から選択された0.0030重量%未満の1または2の元素と、0.1重量%未満のセリウムと、0.04重量%未満のアルミニウムと、0.010重量%未満のイオウとを含み、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼において、該鋼は、2.5〜4.5重量%のマンガンを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項2に記載の鋼において、該鋼は、2.8〜4.0重量%のマンガンを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の鋼において、該鋼は、3〜5重量%のニッケルを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項4に記載の鋼において、該鋼は、3〜4.5重量%のニッケルを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の鋼において、該鋼は、1.0〜2.0重量%のモリブデンを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項7】
請求項6に記載の鋼において、該鋼は、1.5〜2.0重量%のモリブデンを含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかに記載の鋼において、該鋼は、0.2〜0.32重量%の窒素を含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項9】
請求項8に記載の鋼において、該鋼は、0.23〜0.30重量%の窒素を含むことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれかに記載の鋼において、該鋼の座屈強度は少なくとも500 MPaであることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれかに記載の鋼において、該鋼の破断強度は700 MPaより大きいことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれかに記載の鋼において、該鋼の孔食指数PREは30と36の間であることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項13】
請求項12に記載の鋼において、該鋼の孔食指数PREは32と36の間であることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項14】
請求項12または13に記載の鋼において、該鋼の孔食指数PREは33と35の間であることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項15】
請求項1ないし14のいずれかに記載の鋼において、該鋼の臨界孔食温度CPTは40℃より高いことを特徴とする二相ステンレス鋼。
【請求項16】
請求項1ないし15のいずれかに記載の鋼において、該鋼は、1000〜1200℃の温度範囲における面積収縮(Ψ)が90.0と97.1%の間であることを特徴とする二相ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、鋼の微細構造におけるフェライト相が35〜65体積%、好ましくは40〜60体積%である二相フェライト−オーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、これは、製造が経済的で、熱間圧延で耳割れが生じない良好な熱間加工性を有する。本鋼は、耐食性があり、高い強度および良好な溶接性を有するものであり、また原材料費は、少なくともニッケルおよびモリブデンの含量に関して最適化して孔食指数(PRE値)が30ないし36の間にあるようにする。
【0002】
フェライト−オーステナイト系または二相のステンレス鋼は、ステンレス鋼とほぼ同じ長さの歴史を有する。ここ80年の間に多数の二相合金が出現してきた。1930年にはすでに、現在オウトクンプ オサケイティオ ユルキネンに含まれるアヴェスタ スティールワークスが、453Sの商品名で二相ステンレス鋼の鋳造品、鍛造品および鋼板を製造した。したがってこれは、ごく最初の二相ステンレス鋼の一つであり、実質的に26%のCr、5%のNiおよび1.5%のMo(重量パーセント表示)を含み、鋼は、約フェライト70%およびオーステナイト30%の相平衡をもたらすものであった。その鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて機械強度が大幅に改善され、また二相構造のために粒界腐食が起こりにくい。この時代の製造技術では、鋼は、高濃度の炭素を含有し、意図的な窒素の添加がなく、その鋼は、特性が多少低下するものの溶接領域では高いフェライト濃度が見られるものであった。しかし、この基本的な二相鋼の組成は、炭素含量を低減し相の比率のバランスをよりよくすべく徐々に改善され、この二相鋼タイプは今なお国内規格に存在し、市販されている。この基本組成はまた、二相鋼のその後の多くの開発の先駆ともなった。
【0003】
第2世代の二相鋼は、AOD転炉プロセスにより鋼を製錬する実現性が高まり鋼への窒素の添加が容易となった1970年代に登場した。1974年には、二相鋼に特許が付与され(ドイツ国特許第2255673号)、これは、相平衡の調整により、溶接された状況におけるような粒界腐食に対する耐性を権利請求するものであった。この鋼はEN 1.4462の番号で規格化され、いくつかの製鋼業者によって次第に生産された。その後、研究作業によって、窒素が溶接作業中の相平衡を左右する重要な元素であることが明らかとなり、上掲の特許および規格の両方とも、窒素の範囲が広いと、一貫した結果をもたらすことができなかった。今日では、この最適化された二相ステンレス鋼等級1.4462は、多くの供給者で大量に生産される優位な地位を有している。この鋼の商品名は2205である。窒素の役割の知見はまた、その後の開発にも用いられ、近年の二相鋼は、全体組成に応じて中程度から高程度に至る窒素濃度を含量している。
【0004】
二相鋼は、今日ではリーン、スタンダードおよびスーパー二相の等級に分類することができる。一般にリーン二相鋼は、規格番号EN 1.4301(ASTM 304)およびEN 1.4401(ASTM 316)を有するオーステナイト系ステンレス鋼と同程度の耐孔食性を示す。オーステナイト系のものに比べてニッケル含量が大幅に少なければ、リーン二相等級を低価格で提供することができる。最初のリーン二相鋼の一つは、1973年に特許が付与された(米国特許第3,736,131号)。この鋼用に意図される用途の一つは冷間成形留め具であったが、ニッケル含量が低い代わりにマンガンを有する。1987年に特許(米国特許第4,798,635号)が付与された別のリーン二相鋼は、ある環境で良好な耐性を得られるモリブデンが実質的に含んでいなかった。この鋼は、EN 1.4362(商品名2304)で規格化され、一部ではEN 1.4401型のオーステナイト系ステンレス鋼に代わって用いられる。またこの2304鋼は、この等級で得られる窒素濃度がかなり低いので、溶接領域でフェライト濃度が高くなるという問題がある。オウトクンプは、ある好ましい特性プロファイルを示すことを目的として、原材料費が低くEN 1.4301タイプのオーステナイト系鋼に匹敵する新しいリーン二相鋼(LDX 2101)の特許(欧州特許第1327008号)を2000年に得た。
【0005】
いわゆるスタンダード二相鋼のなかで、前述した鋼1.4462(商品名2205)は、最も確立され普及している等級である。価格条件と組み合わせてさまざまな特性要求を満たすために、この等級のいくつかのバージョンが今日、存在する。これにより問題になり得ることは、この鋼を指定しても、異なる特性が得られてしまうことである。
【0006】
EN 1.4401(ASTM 316)タイプのオーステナイト系ステンレス鋼および等級2205の二相ステンレス鋼に代わる低コスト品を提供する試みの一つが米国特許第6,551,420号でなされた。これは、溶接および成形可能でEN 1.4401よりも優れた耐食性を有する二相ステンレス鋼に関するものであり、とくに塩化物を含む環境用に供するのに有利である。この米国特許第6,551,420号では、例として2つの組成が記載され、各元素の範囲は、重量%で以下のとおりである。すなわち、炭素0.018〜0.021%、マンガン0.46〜0.50%、リン0.022%、硫黄0.0014〜0.0034%、ケイ素0.44〜0.45%、クロム20.18〜20.25%、ニッケル3.24〜3.27%、モリブデン1.80〜1.84%、銅0.21%、窒素0.166〜0.167%、ホウ素0.0016%である。孔食指数PREは、これらの組成の例について28.862〜28.908の間である。これらの範囲を、下記の表2に示した米国特許第6,551,420号で権利請求された範囲と比較すると、権利請求された範囲は、これらの例の範囲に対してかなり広い。
【0007】
また、米国特許出願第2004/0050463号により、良好な熱間加工性を有する高マンガン二相鋼(表2の化学組成)も知られている。この公報では、銅含量を0〜1.0%に制限してマンガン含量を増加すれば、熱間加工性が改善されることを述べている。さらに、この米国特許出願には、モリブデン含有二相ステンレス鋼において、モリブデン含量を一定にした場合、マンガン含量が増加するほど熱間加工性が改善されることが記載されている。マンガン含量を一定にしてモリブデン含量を増加させた場合、熱間加工性は悪化する。この米国特許出願にはまた、高マンガン含有二相ステンレス鋼において、タングステンおよびマンガンが熱間加工性の改善に相乗的効果を有することも記載されている。しかし、この米国特許出願はまた、低マンガン含有二相ステンレス鋼において、タングステン含量が増加するほど熱間加工性が低下するとも述べている。
【0008】
二相ステンレス鋼の熱間加工性を決定する化学組成以外の重要な要因は、相平衡である。オーステナイト含量の高い二相ステンレス鋼組成が低い熱間加工性を示すのに対し、高いフェライト含量がこの点で有利であることが、経験的に知られている。高フェライト含量は溶接性に悪影響を及ぼすので、二相ステンレス鋼合金の設計において相平衡を最適化することが重要である。米国特許出願第2004/0050463号は、微細構造中におけるフェライトまたはオーステナイトの割合について何も記載していないので、熱力学データベースThermoCalc TCFE6を用いて、二相ステンレス鋼「speci17」および「speci28」についてフェライト含量を算出し、その熱間加工性をこの米国特許出願で比較した。これら「speci17」および「speci28」について3つの温度で計算したフェライト含量を表1に示す。
【0010】
米国特許出願第2004/0050463号で比較した「speci17」および「speci28」は組成が異なるのに加えて、表1は明らかに、これらの鋼「speci17」および「speci28」が相平衡も全く異なることを示し、これら2つの合金間の熱間加工性の差異を説明するのに十分である。したがって、その他の特性も異なることは明らかである。
【0011】
上掲特許に記載された二相ステンレス鋼の組成を下記表2にまとめた。表2はまた、孔食指数PREの値も含み、それは次式を用いて算出される。
PRE=%Cr+3.3×%Mo+16×%N (1)
【0013】
米国特許出願第2004/0050463号は、明細書において、耐食性用にPREN(孔食指数)を使用し、それは式(2)を用いて算出される。
PREN=%Cr+3.3×(%Mo+0.5%W)+30×%N (2)
ただし、項(%Mo+0.5%W)は0.8<(%Mo+0.5%W)<4.4の範囲に制限される。この米国特許出願の鋼の目的は、式(2)で算出されるPRENを35より大きくして高い耐食性を得ることである。米国特許出願第2004/0050463号の鋼は、たとえば2205の二相ステンレス鋼より良好な耐食性を有するが、これらの鋼は、熱間加工性の改善のために高いマンガン、ニッケルおよびタングステン含量を有している。これらの合金化成分、とくにニッケルおよびタングステンにより、鋼は、たとえば2205の二相ステンレス鋼より高価になる。
【0014】
さらに、近年の大きな課題は、低温域における延性の低下に起因した耳割れを生ずることなく、二相ステンレス鋼の熱間圧延鋼コイルを製造することである。耳割れはプロセス歩留まりを悪化させるとともに、処理装置にさまざまな損傷の問題をもたらす。
【0015】
したがって、機械特性、腐食性および溶接性の緒特性に特有の、ある特性プロファイルを用いて、ステンレス鋼等級に代わってコスト効果の高い代替えとなる二相ステンレス鋼を見出すことが商業上の関心事である。
【0016】
本発明の目的は、従来技術の欠点を解消し、熱間圧延において耳割れが生ずることなく経済的に製造され、耐食性があって良好な溶接性を有する改善されたフェライト−オーステナイト系二相ステンレス鋼を達成することである。本発明の本質的な特徴は、添付の請求の範囲に列挙する。
【0017】
本発明は、フェライトが35〜65体積%、好ましくは40〜60体積%であるオーステナイト−フェライト系微細構造を有する二相ステンレス鋼に関するものであり、当該鋼は、0.005〜0.04重量%の炭素と、0.2〜0.7重量%のケイ素と、2.5〜5重量%のマンガンと、23〜27重量%のクロムと、2.5〜5重量%のニッケルと、0.5〜2.5重量%のモリブデンと、0.2〜0.35重量%の窒素と、0.1〜1.0重量%の銅と、任意的に1重量%未満のタングステンと、残部として鉄および不可避不純物とを含む。好ましくは、オーステナイト−フェライト系微細構造を有する本二相ステンレス鋼は、0.01〜0.03重量%の炭素と、0.2〜0.7重量%のケイ素と、2.5〜4.5重量%のマンガンと、24〜26重量%のクロムと、2.5〜4.5重量%のニッケルと、1.2〜2重量%のモリブデンと、0.2〜0.35重量%の窒素と、0.1〜1重量%の銅と、任意的に1重量%未満のタングステンと、ホウ素およびカルシウムを含む群から選択された0.0030重量%未満の1つ以上の元素と、0.1重量%未満のセリウムと、0.04重量%未満のアルミニウムと、最大0.010重量%で好ましくは最大0.003重量%の硫黄と、好ましくは最大0.035%のリンと、残部として鉄および不可避不純物とを含む。より好ましくは、オーステナイト−フェライト系微細構造を有する本発明の二相ステンレス鋼は、0.03重量%未満の炭素と、0.7重量%未満のケイ素と、2.8〜4.0重量%のマンガンと、23〜25重量%のクロムと、3.0〜4.5重量%のニッケルと、1.5〜2.0重量%のモリブデンと、0.23〜0.30重量%の窒素と、0.1〜0.8重量%の銅と、任意的に1重量%未満のタングステンと、ホウ素およびカルシウムを含む群から選択された0.0030重量%未満の1つ以上の元素と、0.1重量%未満のセリウムと、0.04重量%未満のアルミニウムと、最大0.010重量%で好ましくは最大0.003重量%の硫黄と、好ましくは最大0.035%のリンと、残部として鉄および不可避不純物とを含む。
【0018】
本発明は、ニッケルやモリブデンなどの、ある重要な合金化元素の大きな価格変動を考慮して原材料費を最適化した何らかのタイプの経済的なステンレス鋼に関する。より詳細には、本発明は、広く用いられているEN 1.4404(ASTM 316L)およびEN 1.4438(ASTM 317L)タイプのオーステナイト系ステンレス鋼に比べて、腐食性および強度特性が改善された経済的な代替品を含む。本発明はまた、頻繁に用いられる二相ステンレス鋼EN 1.4462(2205)の経済的な代替品も提供する。本発明による鋼は、板、シート、コイル、棒、パイプおよびチューブならびに鋳物などの非常に広範囲な製品に製造および使用することができる。本発明の製品は、プロセス産業、輸送業および土木業などのいくつかの業種で適用例が見出せる。
【0019】
本発明において、二相ステンレス鋼の合金添加物がすべて良好なバランスで、しかも最適な濃度で存在していることは、きわめて重要である。さらに、良好な機械特性、高い耐食性および適切な溶接性を得るうえで、本発明の二相ステンレス鋼中の相平衡を限定することが好ましい。このため、溶体化焼鈍を経た本発明の製品は、40〜60体積%のフェライトまたはオーステナイトを含むものとする。本発明の鋼の安定した微細構造に基づき、式(1)より算出した孔食指数PREは30と36の間にあり、好ましくは32と36の間、より好ましくは33と35の間である。さらに、本発明の二相ステンレス鋼の臨界孔食温度(CPT)は40℃より高い。機械特性に関しては、本発明の二相ステンレス鋼は500 MPaより高い座屈強度Rp
0.2を有する。
【0020】
本発明の二相ステンレス鋼はさらに、個々の元素の重量%に応じた効果を奏する。
【0021】
炭素の添加は二相ステンレス鋼中のオーステナイト相を安定化させ、固溶体の状態が保たれれば強度と耐食性の両方を改善する。したがって炭素含量は、0.005%より多く、好ましくは0.01%より多いものとする。炭素は溶解度に限度があり、またカーバイドの析出による悪影響が懸念されることから、炭素含量の上限は0.04%、好ましくは0.03%とする。
【0022】
ケイ素は冶金学的精錬に重要な鋼への添加物であり、0.1%より多く、好ましくは0.2%より多くする。ケイ素はまた、フェライト相と金属間化合物相を安定化させる効果もあり、この意味では添加量の上限を0.7%とする。
【0023】
マンガンは、オーステナイト相を安定化させる目的で、高価なニッケルに対する安価な代用元素として窒素と併用される。マンガンは窒素の溶解度を向上させるので、固相中への窒化物析出のリスクや、鋳造中、溶接中などの液相中における孔隙形成のリスクを減じることができる。このため、マンガン含量は、2.5%より多く、好ましくは2.8%より多いものとする。マンガン含量が多いと金属間化合物相が形成されるリスクが高まることがあるため、上限は5%、好ましくは4.5%、より好ましくは4%とする。
【0024】
クロムは、局所的および全体的な耐食性の向上効果があることから、二相ステンレス鋼を含めたステンレス鋼の最も重要な添加物である。クロムはフェライト相を形成する元素であり、鋼中の窒素溶解度を高める。十分な耐食性を達成するうえでは、クロムは、最低でも23%、好ましくは24%添加するものとする。クロムは、600℃と900℃の間の温度で金属間化合物相の析出リスクを高め、また300℃と500℃の間の温度でフェライトのスピノーダル分解のリスクを高める。したがって本発明の鋼は、クロムを27%より多く含有してはならず、上限を好ましくは26%、より好ましくは25%とする。
【0025】
ニッケルは、オーステナイトを安定化し延性を向上させるうえで、二相ステンレス鋼にとって重要な添加物であるが、高価である。経済的および技術的見地から、ニッケル含量は2.5〜5%、より好ましくは3〜4.5%の範囲に制限するものとする。
【0026】
モリブデンは、耐食性の改善効果が高くフェライト相を安定化させる合金化元素であるが、非常に高価である。本発明において、その優れた耐孔食効果を有効利用するためには、モリブデン添加量は、鋼に対して最低1%、好ましくは1.5%必要である。モリブデンは金属間化合物相の形成リスクも高めるので、その添加量は2.5%を上限とし、好ましくは2.0%未満とする。
【0027】
銅は、オーステナイト相の安定化効果は小さいが、硫酸などの酸における均一腐食に対する耐性を向上させる。銅は0.1%を超えると金属間化合物相の形成を抑制することが知られている。本発明者らの検討から、本発明によれば鋼に1%の銅を添加すると金属間化合物相の量が増加することが分かった。この理由から、銅含量は1.0%未満、好ましくは0.8%未満とする。
【0028】
タングステンは、二相ステンレス鋼に対してモリブデンと非常に似た効果を及ぼし、耐食性を改善するために両元素を併用することもよく行われている。タングステンは高価なので、その含量は1%を超えてはならない。モリブデンとタングステンの合計含量(%Mo+1/2%W)は最大3.0%とする。
【0029】
窒素は非常に活性の高い元素で、主としてオーステナイト相中に間質的に溶解する。窒素は二相ステンレス鋼の強度と耐食性(とくに孔食とクレバス腐食)の両方を改善する。もう一つの重要な効果は、溶接時にオーステナイト再形成に大きく寄与して強固な溶接部を形成することである。窒素のこれらの利点を活かすためには、鋼中への窒素の溶解度が十分に大きいことが必要であり、本発明では、クロムおよびマンガンの含量を高め、ニッケル含量を中程度とすることで、これを達成する。かかる効果を得るには、鋼中の窒素含量として少なくとも0.15%が必要であり、好ましくは少なくとも0.20%、より好ましくは少なくとも0.23%が必要である。窒素の溶解度に関して最適な組成の場合でも、本発明では窒素の溶解度に上限があり、それを超えると窒化物や空隙の形成リスクが増大する。したがって、窒素含量の上限は0.35%未満であり、好ましくは0.32%未満であり、より好ましくは0.30%未満である。
【0030】
ホウ素、カルシウムおよびセリウムは、少量添加することにより二相ステンレス鋼の熱間加工性を改善できるが、他の特性を劣化させるおそれがあるので、多過ぎない程度とする。ホウ素とカルシウムの含量は0.003%未満が好ましく、セリウムの含量は0.1%未満が好ましい。
【0031】
二相ステンレス鋼中のイオウは、熱間加工性を劣化させ、また耐孔食性に悪影響を及ぼす硫化物系介在物を生成することがある。したがって、0.010%未満に制限するものとし、好ましくは0.005%未満、より好ましくは0.003%未満とする。
【0032】
アルミニウムは、窒素含量の多い本発明の二相ステンレス鋼中では低い含量に保つものとするが、これは、これら2つの元素が結合して窒化アルミニウムを形成し、耐衝撃靱性を劣化させるおそれがあるためである。したがって、アルミニウム含量の上限は、0.04%未満、好ましくは0.03%未満とする。
【0033】
本発明の二相ステンレス鋼を、試験結果を参照しながらさらに説明する。ここでは、2種類の二相ステンレス標準鋼との比較を表と図面で示す。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】本発明の二相ステンレス鋼で製作したコイルの端面を示す。
【
図2】本格生産による標準等級で製作したコイルの端面を示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の二相ステンレス鋼の特性試験用に、表3に挙げた組成を有する一連の実験室レベルの加熱合金A〜F、ならびにRef1およびRef2を、真空誘導加熱炉を用いて30 kg製造した。合金Ref1およびRef2はそれぞれ、2種類の典型的な市販等級AL2003(米国特許第6,551,420号に記載の等級に類似)および2205(EN 1.4462)の組成のものである。各々100 mm角のインゴットを用意し、再加熱を経て約50 mm厚に鍛造し、さらに熱間圧延により12 mm厚の鋼片を製作した。これら鋼片を再加熱し、さらに熱間圧延により3 mm厚とした。この熱間圧延された材料を1050℃で溶体化焼鈍し、各種試験に供した。溶接試験は、3 mm厚の材料に対して22-9-3 LN溶接フィラー材料を用いてガス・タングステン・アーク溶接(GTA)で行った。入熱量は0.4〜0.5 kJ/mmであった。
【0037】
合金GおよびRef3は本格生産加熱品であり、合金GおよびRef3は実験室レベルの加熱品とは別に試験を行った。Ref3は、Ref2の本格生産加熱品に相当する。
【0038】
実験室レベルの加熱合金A〜FならびにRef1およびRef2の機械特性を溶体化焼鈍条件で評価した。3 mm鋼板に引張り試験を行った。本格生産条件による材料については、6 mm厚の焼き鈍し片を試験に用いた。結果を表4に示す。本発明の被試験合金はいずれも、座屈強度Rp
0.2が500 MPaを超え、上記の厚さ範囲とコイルの製造経路に関して何ら問題がなく、また市販の標準鋼材料より高かった。本発明の加熱合金の破壊強さRmは700 MPaを十分に上回り、好ましくは750 MPaを上回った。また、破断伸度A50は25%を上回り、好ましくは30%を上回った。
【0040】
実験室レベルの加熱合金A〜F、ならびにRef1およびRef2の微細構造を、光学顕微鏡を用いて評価した。1050℃で溶体化焼鈍を行った3 mm厚材料のフェライト含量を、定量金属組織学的手法により計測した。結果を表5に示す。本発明の二相ステンレス鋼の重要な特徴は、母材(PM)中および溶接後状態(WM)のいずれにおいても良好な微細構造が見られることである。鋼Aはいずれの状態でも高いフェライト含量を示すが、これは鋼中のNi含量の著しい低さから説明できる。鋼Bは適切なフェライト含量を呈しているが、溶接後における窒化物含量が高く、これは鋼中のマンガン含量の少なさから説明できる。本発明の鋼では、溶体化焼鈍および溶接後のいずれの状態においても良好な相平衡が達成されている。さらに、本発明の鋼では、熱影響部(HAZ)における窒化物の析出量が明らかに少ない。
【0042】
実験室レベルの各加熱合金A〜FならびにRef1およびRef2の孔食耐性を評価するため、加熱合金A〜FならびにRef1およびRef2の臨界孔食温度CPTを測定した。CPTは、特定の環境下で孔食が発生する最低温度として定義される。実験室レベルの各加熱合金A〜FならびにRef1およびRef2のCPTを、ASTM G150に規定される手順に従って溶体化焼鈍状態の3 mm材料の溶液で1M NaCl溶液中で測定した。結果を表6に示す。本発明の鋼は、CPTが40℃を超えていた。表6には、実験室レベルの加熱合金A〜Fならびに標準材料Ref1およびRef2の、式(1)より算出したPRE値も併せて示す。
【0044】
この孔食耐性の水準は、表7に挙げた数種類の、より高価な市販鋼と十分に比肩し得る。
【0046】
表4、表5および表6に示した本格生産合金Gの試験結果は、本格生産で得られた6 mm厚の材料で行った試験に基づいている。この合金Gの焼鈍は実験室レベルで行った。
【0047】
二相ステンレス鋼の重要な特徴のひとつは、鋼製造の容易さである。この効果を実験室レベルの加熱品で評価することは、様々な理由から難しい。それは、小規模生産では精鋼が最適に行われないからである。そこで、本発明の二相ステンレス鋼として上述の実験室レベルの加熱合金A〜Fに加え、本格生産加熱品(90トン)を作製した(表3に示す合金GおよびRef3)。これらの加熱品は、従来からあるアーク式電気炉溶解、AOD処理、レードル炉精錬および連続鋳造により140×1660 mmの寸法のスラブ状に作製したものである。
【0048】
二相ステンレス鋼の製造における熱間加工性を評価するため、本発明の本格生産合金GおよびRef3について、連続鋳造スラブから円筒形試料を切り出し、1200℃で30分間の熱処理を行った後、水冷し、熱間引張り試験を行った。結果を表8に示す。ここで、合金鋼Gの加工性(面積収縮率(Ψ[%])で評価)と流動応力(σ[MPa])を本格生産標準鋼Ref3と比較した。その際、本発明の合金GとRef3の試験片は、同じ方法で作成した。面積収縮率Ψは、引張り試験の前後で試験片の直径を測定して求めた。流動応力σは、試験片に1 s
-1の変形率をもたらすのに必要な試験片応力である。表8には、熱力学データベースThermoCalc TCFE6を用いて3段階の温度にて算出したフェライト含量も併せて示す。
【0050】
本発明によれば、合金Gは、加工温度範囲全体にわたって驚くほど良好な熱間延性を示している。これに対し標準材料(Ref3)は、低温域に向かって延性(Ψ)の低下を招いている。オーステナイトとフェライトの間の相平衡は合金GもRef3も同様であることから、これら2つの鋼の組成の違いが熱間加工性の差異の主な原因である。これは、二相ステンレス鋼が熱間圧延によりコイルとして製造される場合にはきわめて重要な特性である。熱間圧延コイルの耳割れを評価するため、ステッケル圧延ミルを用いて合金Gを140 mm厚から6 mm厚へと圧延して20トンのコイルを製造したところを
図1および
図2に示す。ここで、比較のためRef3の同様のコイルを示す。
【0051】
本発明の二相ステンレス鋼は、他の二相ステンレス鋼に比べて優れた強度レベルを有し、また原材料費の高い他の二相ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼合金と同等の耐食性能を示す。本発明の鋼はまた、バランスのとれた微細構造を有し、これにより溶接サイクルへの応答性が非常に優れていることも明らかである。
【0052】
以上、本発明の幾つかの重要な側面について説明した。しかし、本発明および添付の請求項の範囲および精神を逸脱しない限りにおいて、変形および修正は当業者にとって自明である。