(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記培養器は、前記液体培地の液面に対向する対向面を備え、前記衝撃波の発生により液体培地の液面から上方へ飛び出した細胞を、前記対向面に付着させることを特徴とする請求項1〜5いずれか1項に記載の培養細胞の剥離方法。
少なくともナノカーボンを含有する細胞接着因子で内部コーティングし、細胞が接着する足場が形成され、同足場に接着する細胞を培養する液体培地の液面に対向する対向面を備えた培養器を備える培養部と、
前記培養器内の細胞を観察可能に構成した顕微鏡部と、
所定の波形信号を出力可能に構成した波形信号出力部と、
同波形信号出力部より出力される波形信号に応じて強度変調されたレーザ光を出射するレーザ光源部と、
を備え、
前記レーザ光源部により培養器の足場に対してレーザ光を照射し、前記ナノカーボンの光熱変換によって生成した熱で衝撃波を発生させ、前記足場から培養細胞を剥離するにあたり、前記レーザ光を前記細胞が前記衝撃波により前記液体培地の液面から上方へ飛び出す強度で出射し、この飛び出した細胞を前記対向面に付着させるべく構成したことを特徴とする細胞剥離装置。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、目的の一つとして、培養器内で培養された接着細胞を選択的に剥離する培養細胞の剥離方法を提供するものである。
【0027】
前述したように、接着培養下における培養細胞は、足場上で分裂・増殖を繰り返し、無数の細胞群が集合して層状となる。
【0028】
こうして増殖した無数の細胞のうち、突然変異や遺伝子の複製ミスを起こした細胞は多くの場合死に至るが、中には興味深い形質を獲得するものもある。
【0029】
また、細胞に対して標的遺伝子をショットガン的に導入した場合には、無数の培養細胞のなかから、特定の細胞を回収する必要がある。
【0030】
このような状況において、本実施形態に係る培養細胞の剥離方法によれば、所定の接着細胞を選択的に非接着状態とすることができるため、所望の細胞を容易に回収することができることとなる。
【0031】
具体的には、本実施形態に係る培養細胞の剥離方法の特徴として、細胞が接着する足場を少なくともナノカーボンを含む細胞接着因子により構成し、
図1(a)に示すように接着培養を行う。なお、
図1中符号16は細胞、符号15は足場、符号14は培養器を示している。次いで、
図1(b)に示すように、細胞16が接着する領域の足場15に対してレーザ光Lをスポット状に照射する。
【0032】
すると、足場中に含まれるナノカーボンの光熱変換効果によって熱が発生し、光音響効果による衝撃波が発生する。
【0033】
そして、この衝撃波により
図1(c)に示すように細胞16を非接着状態とし、培養細胞16を培養器14や足場15から剥離することができるのである。
【0034】
換言すれば、足場中に含まれるナノカーボンにレーザ光が照射されることにより、光熱変換によって生じた熱で自らが破壊され、生じた衝撃波によって足場から培養細胞が剥離されることとなる。特に、ナノカーボンは光熱変換効率に優れており、比較的低エネルギーのレーザ光で光熱変換効果を生起することができるため、培養中の細胞にレーザ光による障害を可及的に防止しながら、発生させた衝撃波により細胞を非接着状態として剥離することができる。
【0035】
すなわち、本発明によれば、ナノカーボンを用いることでダメージを与えることなく、レーザ光の照射によりピンポイントかつコンタミネーション等を防ぎながら接着細胞を剥離させ回収を可能とすることができる。
【0036】
特に、本発明は、低侵襲で効率的な細胞マニピュレーション技術として捉えることができ、再生医療や疾患解析、創薬など広範な細胞工学領域にて適用することができる。
【0037】
ここで細胞接着因子とは、一般に、培養中に細胞の足場として使用可能な生体適合材料全般を意味するが、特に本明細書では、少なくともナノカーボンを含む材料のことを言う。具体的には、一般に足場形成に使用される生体適合材料とナノカーボンとの混合物や、ナノカーボンそのものと解釈することができる。生体適合材料としては、例えば、コラーゲンや寒天を挙げることができる。この細胞接着因子を培養器の内面の細胞を接着させる面(以下、単に接着面ともいう。)、例えば底面部に定着又は配置して足場を形成する。
【0038】
足場の形成は、培養器の内面を細胞接着因子でコーティングすることにより形成しても良い。コーティングの方法は特に限定されるものではなく、細胞接着因子の薄層を培養器の内面に形成することができればよい。また、他の足場の形成方法としては、予め細胞接着因子のフィルムを形成しておき、培養器の所望の場所に配置することで足場としても良い。
【0039】
細胞接着因子を構成するナノカーボンは、例えば、カーボンナノチューブ、グラフェン、カーボンブラックなどとすることができる。特に、カーボンナノチューブは、これらの中でも管状の構造を有していることから光熱変換の効率が高く、効果的に衝撃波を発生させることが可能であるため好ましい。
【0040】
カーボンナノチューブは、グラフェンシートを丸めたチューブ形状の構造を有する物質である。このカーボンナノチューブは、その構造別に単層ナノチューブ(SWNT)や、多層の同軸管状となった多層ナノチューブ(MWNT)が存在する。なお、本実施形態において使用するカーボンナノチューブは、単層ナノチューブ、多層ナノチューブのいずれでも使用することができ、特に限定されるものではない。しかしながら、カーボンナノチューブは、多層構造となるに従って破壊に要するエネルギーも増大するので、できるだけ低エネルギーのレーザ光によって培養細胞を剥離したい場合には、単層ナノチューブが好適に用いられる。
【0041】
細胞の接着培養を行うための培養器は、少なくともナノカーボンを含む細胞接着因子で形成した足場が、細胞を接着させる接着面に形成されたものであり、一般に細胞培養に用いられる容器であれば特に限定されるものではなく、例えば、培養ボトルやガラスディッシュ、ガラスボトムディッシュ等を用いることができる。なお、培養器の素材は、足場を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、少なくとも、足場に照射するレーザ光が透過可能な素材とすべきである。
【0042】
そして、本実施形態に係る培養細胞の剥離方法では、培養中の細胞の足場に対してレーザ光を照射して、足場中のナノカーボンに光熱変換を生起させ破壊する。これにより、衝撃波が発生し、細胞は足場から剥離することとなる。なお、細胞の剥離は、照射するレーザ光の強度にもよるが、発生した衝撃波の反動で剥離する場合や、
図1(c)に示すように、足場自体が破壊されて欠損部5が形成されることにより剥離する場合が考えられる。
【0043】
また、本発明は、別の視点によれば、レーザ光により光熱変換を行う前記ナノカーボンにアブレーションを生起させて、前記足場から培養細胞を剥離する培養細胞の剥離方法であるとも言える。
【0044】
すなわち、本発明は、培養器内で培養された接着細胞を選択的に剥離する培養細胞の剥離方法であって、前記細胞が接着する足場を少なくともナノカーボンを含む細胞接着因子により構成し、前記足場の細胞が接着している部位に対してレーザ光をスポット状に照射することにより、前記ナノカーボンの光熱変換によって生成した熱で前記レーザ光の照射領域内の足場を消失させるとともに、前記照射領域内の足場をアブレータとして機能させて前記細胞を前記熱から守りながら非接着状態とする培養細胞の剥離方法についても提供する。
【0045】
付言すれば、本発明は、ナノカーボンをアブレータとして機能させ、細胞を熱から守りつつ、足場を消滅させて剥離する技術でもある。
【0046】
また、照射するレーザ光のビーム径を調整し、スポットの径を変更することにより、そのスポットの範囲内の細胞を剥離することが可能である。例えば、1つの細胞が含まれる範囲の大きさにスポットの径を調整して照射すれば、複数の細胞の中から、単一の細胞を取得することができる。
【0047】
なお、足場に照射するレーザ光の波長は特に限定されるものではないが、近赤外域とするのが好ましい。近赤外光は生体透過性が高いため、細胞に対する悪影響をできるだけ低減させることができる。
【0048】
また、レーザ光の照射は、連続光であっても良く、また、パルス光であっても良い。例えば、パルス光とした場合には、足場中に含まれるナノカーボンに対して瞬間的に大きなエネルギーを与えることができ、細胞を効率よく剥離することができる。なお、この際のパルスパターンは、照射するレーザ光のエネルギーを勘案して適宜決定することができる。
【0049】
このように、本実施形態に係る培養細胞の剥離方法によれば、細胞を接着している足場に対してレーザ光を照射することで、培養器内の特定部位に生育する細胞を、足場から選択的に剥離することができる。
【0050】
また、剥離の対照となる細胞は、液体培地中で培養中の細胞であっても良く、また、液体培地を除去した状態の細胞であっても良い。
【0051】
特に、液体培地中で培養中の細胞を剥離する場合において、レーザ光は、細胞が衝撃波により液体培地の液面から上方へ飛び出す強度で照射するようにしても良い。すなわち、十分な強度を有するレーザ光を用いることにより、細胞を液体培地の液面より上方へ飛び出させることができる。
【0052】
これは、複数の細胞の中から、ある1つの細胞を選択的に取得する際に、極めて有用となる。すなわち、培養器内に収容されている液体培地の液面に対向して配置された対向面に、液面上に飛び出させた細胞を付着させることで、所望する単一の細胞をさらに容易に取得することが可能となる。なお、ここで対向面とは、例えば、シャーレの蓋や培養ボトルの内壁面等と解釈することができるが、これらに限定されるものではなく、細胞の回収時に別途新たに対向面を配設しても良い。対向面に付着した細胞は、対向面との衝突の際の衝撃により死んでいる場合がある。しかしながら、このような細胞であっても、遺伝子解析には十分に供することができるため有用である。
【0053】
また、液面上に細胞を飛び出させる別の手段としては、レーザ光の照射によって発生する衝撃波により、細胞が液体培地の液面から上方へ飛び出し可能な深さとなるように液体培地の量を調整する方法が挙げられる。すなわち、液体培地の量を減らして、接着細胞と培地液面との距離を短くすることによっても実現可能である。細胞が液体培地の液面から上方へ飛び出し可能となる足場表面から培地液面までの距離(液体培地の深さ)は、液体培地の粘性や、細胞の足場への接着の強さなどにもよるが、最大で2mm、より好ましくは1mm以下とするのが良い。2mmを越えると細胞を液体培地表面から飛び出させるのが困難となる。なお、液体培地の深さが小さい程、細胞が飛び出しやすくなるため、最小深さは特に限定されないが、液体培地の液面に対向して設けた対向面に、液体培地の粘性を利用して付着させる場合には、細胞や足場表面が若干湿り気を帯びる程度の液体培地が収容されているのが望ましい。下限値は、例えば0.01mmとすることができる。
【0054】
また、本発明では、少なくともナノカーボンを含有する細胞接着因子で内部コーティングし、細胞が接着する足場が形成された培養器を備える培養部と、前記培養器内の細胞を観察可能に構成した顕微鏡部と、所定の波形信号を出力可能に構成した波形信号出力部と、同波形信号出力部より出力される波形信号に応じて強度変調されたレーザ光を出射するレーザ光源部とを備え、前記レーザ光源部により培養器の足場に対してレーザ光を照射し、前記ナノカーボンの光熱変換によって生成した熱で衝撃波を発生させ、前記足場から培養細胞を剥離可能としたことを特徴とする細胞剥離装置についても提供する。
【0055】
このような細胞剥離装置によれば、単数あるいは複数の細胞をレーザ光の照射範囲内に納めることで、照射範囲内の細胞を選択的且つ容易に足場から剥離することができる。
【0056】
以下、接着細胞を剥離する方法や、細胞剥離装置、また、これらに用いられる培養器について、具体例を挙げながら説明する。
【0057】
〔試験例1〕
本試験例1では、足場を形成する細胞接着因子を単層カーボンナノチューブとした例について説明する。
【0058】
(1.細胞接着因子含有溶液の調製)
本試験例1では、細胞接着因子を含有する溶液は、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩(CMC-Na:Carboxymethyl cellulose sodium salt)と、単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube)との混合物とした。なお、CMC-Naは、単層カーボンナノチューブの分散剤として添加されるものであり、細胞接着因子として機能するものではない。それゆえ、本試験例1にて形成される足場は、細胞接着因子としては、単層カーボンナノチューブ単独によるものと言える。
【0059】
細胞接着因子含有溶液の調製について具体的に説明すると、水10 mLにSWNT(名城ナノカーボン製) 1 mgを添加し、さらに分散剤としてCMC-Na(キシダ化学製)3 mgを加え、バス型ソニケーター(Branson5510)にて120分間超音波処理して分散させた。その後、テーブルトップ高速冷却遠心機(久保田商事, 3K30C)にて10000×gで15分間遠心分離した後、上清の約7割を回収し、CMC-Na/SWNT分散液を得た。
【0060】
(2.培養器の作成)
本試験例1では、培養器にディッシュ(IWAKI, 35 mm Glass Base Dish)を用い、先に調製したCMC-Na/SWNT分散液をスプレーコート法により噴霧して、ディッシュ内底面に足場を形成した。
【0061】
具体的には、100℃に設定した加温装置の加温面上にディッシュを載置し、同ガラスディッシュの底面へ向けて、調製したCMC-Na/SWNT分散液をスプレータによりスプレーした。
【0062】
スプレーは2秒間スプレー、8秒間水の蒸発の計10秒を1サイクルとし、10サイクル処理したディッシュと、30サイクル処理したディッシュとの2種を作成した。
【0063】
これら作成した処理済みの各ディッシュは、水中に2日間浸漬することで過剰なCMC-Naの除去を行い、再度乾燥させて培養器とした。なお、各培養器の足場形成面の表面抵抗率は、10サイクル処理したものが10
5Ω/□、30サイクル処理したものが5×10
3Ω/□であった。このことより、処理サイクルを変化させることにより、SWNTの固定化量の制御に成功したことが示された。併せて、
図2に示すAFMの結果からも、SWNTの固定化量の制御に成功していることが分かる。
【0064】
(3.細胞剥離装置)
次に、本実施形態にて使用する細胞剥離装置について図面を参照しながら説明する。
図3は細胞剥離装置の構成を模式的に示した説明図である。
【0065】
図3に示すように、細胞剥離装置Aは、培養部10と、レーザ出射部33と、顕微鏡部11と、を備えている。
【0066】
培養部10は、少なくともナノカーボンを含有する細胞接着因子で内部コーティングし、細胞が接着する足場15が形成されたシャーレ型の培養器14を備えており、
図3では、足場15上に培養された細胞16が接着している状態を示している。
【0067】
また、培養器14は蓋を外した状態としており、内部には、細胞16を培養するための液体培地17が収容されている。
【0068】
さらに、培養器14の直上方には、レーザ光Lが足場15に照射されて液体培地17から飛び出した細胞16を付着させて回収するための細胞回収用基板19が配置されている。この細胞回収用基板19は、液体培地の液面に対向する対向面として機能するものである。
【0069】
特に、本実施形態において細胞回収用基板19は、滅菌処理が施された平板状のものを使用しており、その板面を液体培地17の液面18と対向させた状態で、図示しない支持具により固定配置している。なお、液面18から細胞回収用基板19までの距離は、液体培地17から飛び出した細胞16を付着させるために、レーザ光Lの照射強度や細胞16の足場への接着力等を加味して適宜調整を行う。
【0070】
また、本実施形態では、培養器14として蓋を外したシャーレ型のものを使用しているが、前述したようにこれに限定されるものではない。例えば、
図4に示すように、底面部20に足場15を形成した組織培養フラスコ型の培養器14’を使用しても良い。この場合、培養器14’の上面部21が液体培地17の液面18に対向する対向面として細胞回収用基板19の代用となり、別途細胞回収用基板19を設ける必要はない。また、シャーレ型の培養器14であれば、シャーレの蓋を液体培地17の液面18に対向する対向面として機能させても良い。すなわち、細胞回収用基板19は必要に応じて設置すれば良い。
【0071】
レーザ出射部33は、レーザ光源部13と、波形信号出力部12とが備えられている。
【0072】
レーザ光源部13は、前述のレーザ光Lを出射するためのものである。レーザ光源部13の内部にはレーザ出射素子32が備えられており、波形信号出力部12から送給される波形信号に基づいた強度のレーザ光Lが出射されるよう構成している。
【0073】
波形信号出力部12は、レーザ光源部13に対して波形信号を出力するためのものである。波形信号出力部12には、図示しない入力装置が接続されており、観察者Pはこの入力装置を介して、出力波形を調整し、レーザ光源部13より出射されるレーザ光Lの出射パターンや出射強度、出射時間などを適宜決定する。
【0074】
顕微鏡部11は、ステージ24と、対物光学系ユニット23と、第1ミラー25と、第2ミラー26と、接眼光学系ユニット27と、ビーム径調整機構22とを備えている。
【0075】
ビーム径調整機構22は、レーザ光源部13より出射されたレーザ光Lのビーム径を調整する。ビーム径の調整は、レンズや絞りなど公知の方法により適宜行うことができる。ビーム径が調整されたレーザ光Lはコリメートされて第1ミラーに向けて出射される。
【0076】
第1ミラー25は、ビーム径調整機構22より出射されたレーザ光Lを反射して、対物光学系ユニット23に導くためのミラーである。この第1ミラー25は、ガラスや樹脂などの透明な板状素材の表面に、所定の金属化合物を蒸着させて形成した波長選択性反射膜を備えており、特定波長領域の光を反射し、それ以外の波長領域の光は透過させる性質を有している。
【0077】
特に本実施形態では、波長選択性反射膜を有する第1ミラー25は、レーザ光Lを反射するダイクロイックミラーにて構成しており、反射されたレーザ光Lは対物光学系ユニット23に導かれることとなる。
【0078】
対物光学系ユニット23は、第1ミラー25により反射されたレーザ光Lを入射させ、観察者Pが観察している領域内に収束させるための光学系を備えており、レーザ光Lをステージ24へ向けて出射可能に構成している。
【0079】
ステージ24は、培養器14を載置するための台である。同ステージ24には孔が穿設されており、ステージ24の下方に配置した対物光学系ユニット23の先端部が露出するよう構成している。
【0080】
そして、対物光学系ユニット23から出射されたレーザ光Lが、孔を介してステージ24状に載置された培養器14内の細胞16が接着している足場15に照射されることにより、細胞16は足場15から剥離されることとなる。
【0081】
また、ステージ24は、図示しない照明装置により照明光が照射されるように構成しており、観察野内の物体(例えば細胞16)により反射された照明光の一部(以下、「観察光S」という。)は、ステージ24に穿設された孔を介して対物光学系ユニット23に入射する。
【0082】
対物光学系ユニット23は、対物レンズ30を介して入射した観察光Sの光束を集光して中間像面を形成する。対物光学系ユニット23より出射された観察光Sは、第1ミラー25に至る。
【0083】
第1ミラー25は、前述したように所定波長の光(レーザ光Lの波長の光)を反射すべく構成されているものであるが、観察光Sは、所定波長以外の光が大半を占めるため、そのまま透過して第2ミラー26に至る。
【0084】
第2ミラー26は、第1ミラー25を透過した観察光Sを反射して、接眼光学系ユニット27に導くためのミラーである。この第1ミラー25は、通常の鏡を用いても良く、また、観察光Sは反射しレーザ光Lの波長の光は透過させる鏡を用いるようにしても良い。
【0085】
レーザ光Lの波長の光は透過させる鏡を用いた場合には、対物光学系ユニット23から出射され、培養器14等で反射して再び対物光学系ユニット23に入射したレーザ光Lが、第1ミラー25により反射されず第2ミラー26に至ったとしても、接眼光学系ユニット27へ向けて反射されることがなく、観察者Pの眼にレーザ光Lによる悪影響が及ぶのを防止することができる。
【0086】
第2ミラー26にて反射された観察光Sは、接眼光学系ユニット27に入射する。
【0087】
接眼光学系ユニット27は、観察光Sにより形成される像を拡大するための光学系であり、内部に備えられた接眼レンズ31を介して観察者Pの瞳孔に観察光Sを入射し視認させる。
【0088】
本実施形態に係る細胞剥離装置Aは、上述のように構成しており、培養器14内の細胞16を観察することができ、また、細胞16が接着している足場15に対してレーザ光Lを照射して、細胞16を足場15から剥離可能としている。
【0089】
(4.細胞培養前予備実験)
次に、上述の細胞剥離装置Aを用い、培養器に形成した足場に対してレーザ光を照射して、足場がどのように変化するかについて観察を行った。
【0090】
本実験は、後に続く細胞の剥離試験の予備実験として行ったものであり、細胞培養を行っていない培養器を用いることとした。
【0091】
使用した培養器は、前述の(2.培養器の作成)にて10サイクル処理を施したディッシュを用いた。また、レーザ光の照射は、NEW WAVE RESEARCH製 PolarisIII(Nd:YVO4, 波長1064 nm)にて、約4nsの近赤外光レーザ光を1秒間に20回等間隔でパルス状に出射して行った。なお、本試験では、効果の確認を容易とするために、足場に対して十字状にレーザ光を照射した。確認は、光学・蛍光顕微鏡(Nikon製 ECLIPSE, TE2000-U)にて目視により行った。その結果を
図5に示す。
【0092】
図5Aはレーザ光を照射する前の足場の状態を示し、
図5Bは照射後の足場の状態を示している。
図5からも分かるように、レーザ光の照射軌跡に沿って、足場が失われているのが目視確認された。なお、この際サーモグラフィーを併用して、レーザ光照射中の足場の温度測定を試みたが、変化を検知することができなかった。このことは、熱源としてのSWNTがアブレーションを起こし、細胞を熱ダメージから守っている可能性を示唆するものと考えられた。
【0093】
(5.細胞培養の剥離実験)
次に、培養器で細胞を培養し、足場に対してレーザ光を照射して、細胞が剥離されているか否かについて観察を行った。
【0094】
使用した培養器及びレーザ光は前述の通りである。但し、レーザ光の照射は、複数(10〜20程度)の細胞が接着した領域の足場に対してスポット状に行った。なお、培養細胞はHeLa細胞を用い、常法に従って培養を行い、足場への接着を予め確認している。その結果を
図6に示す。
【0095】
図6Aはレーザ光を照射する前の培養細胞状態を示し、
図6Bは照射後の培養細胞の状態を示している。
図6のA及びBを比較すると分かるように、レーザを照射した部位(
図6B中白矢印で示す)に細胞の剥離が観察された。これは、レーザ光が照射されたSWNTの光熱変換による衝撃波の発生により、細胞が非接着状態となって剥離したものと考えられる。また、同時に、SWNTが激しい熱振動で分解してアモルファスカーボンやCO
2になり、足場を失った細胞が非接着状態となって剥離するという現象も生じていると考えられる。なお、本実験において剥離した細胞は、培地中に遊離して浮遊した状態となっており、この培地を回収することにより、剥離した細胞を容易に回収することができた。
【0096】
(6.剥離細胞の生死の確認試験)
次に、前項にて剥離後に回収したHeLa細胞を96 穴マイクロプレートに再播種し、さらに培養を継続することにより細胞の生死の確認を行った。
【0097】
具体的には、顕微鏡での接着及び増殖の目視確認と、MTTアッセイによる細胞活性測定により、剥離細胞の生死確認を行った。
【0098】
まず、顕微鏡の目視確認結果を
図7に示す。
図7(a)は細胞の剥離を行っていない培養器から培地を回収し培養に供したときの顕微鏡像(コントロール)を示し、
図6Bは細胞の剥離を行った培養器から培地を回収し培養に供したときの顕微鏡像を示している。
図7の(a)及び(b)を比較すると分かるように、細胞を剥離していない
図7(a)の顕微鏡像では、細胞の増殖は勿論、細胞の存在も確認されなかった。一方、細胞の剥離を行った
図7(b)の顕微鏡像では、細胞の存在が確認され、また、これらの細胞の足場への接着及び増殖が確認された。
【0099】
次に、MTTアッセイの結果を
図8に示す。MTTはテトラゾリウム塩の一種3-[4,5-dimethylthiazol-2-yl]-2,5-diphenyltetrazolium bromideであり、水に溶けることで黄色を呈するが、生きた細胞内に取り込まれると細胞内のミトコンドリアにある脱水素酵素によってホルマザン(Formazan)に変化する。このホルマザンは450nmの吸収波長を示すため、吸光度を測定することにより、細胞の生死を判断することが可能である。なお、
図8において、実線は細胞の剥離を行った培養器から培地を回収し培養に供したときの吸光度の経時変化(コントロール)を示し、破線は細胞の剥離を行っていない培養器から培地を回収し培養に供したときの吸光度の経時変化を示している。
【0100】
図8に示すように、破線で示すコントロールに比して、実線で示す細胞剥離を行った系では、時間の経過に伴って450nmにおける吸光度が増大していることが示された。
【0101】
このように、顕微鏡での目視確認と、MTTアッセイの結果から、本実験例1に係る培養細胞の剥離方法にて培地中に剥離した細胞は、生命活動を維持していることが示された。
【0102】
〔試験例2〕
本試験例2では、足場を形成する細胞接着因子をSWNTとコラーゲンとの混合物とした例について説明する。
【0103】
(1.SWNTの親水化処理)
まず、細胞接着因子の一部を構成するSWNTをオゾンにより親水化する処理について説明する。シャーレ(TRADE FLAT MARK )内にSWNT(HiPCO, CNI社製, Lot.ATP029)を均一に広げ、このシャーレをUVオゾンクリーナー内に入れた。次いで、酸素の存在下で紫外光を10分間照射し、スパーテルでかき混ぜた。この操作を6回繰り返すことにより、SWNTの親水化処理を行った。
【0104】
(2.細胞接着因子の調製)
本試験例2では、細胞接着因子は、コラーゲン(Collagen)と、単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube)との混合物とした。
【0105】
具体的には、水10 mLに親水化処理を施したSWNT 2.2 mgと、コラーゲン(新田ゼラチン製, pH 3, 0.3%Cellmatrix TypeI-A)3 mgとを添加し、プローブ型ソニケーター(TOMY, UD-200)にて2分間超音波処理して分散・溶解させた。その後、テーブルトップ高速冷却遠心機(久保田商事, 3K30C)にて1000×gで60分間遠心分離した後、上清を回収し、コラーゲン/SWNT溶液を得た。
【0106】
(3.培養器の作成)
本試験例2では、先に調製したコラーゲン/SWNT溶液を、シャーレ(TRADE FLAT MARK )に滴下して乾燥させ、シャーレ内底面に足場を形成した。
【0107】
具体的には、クリーンベンチ中で、冷却したコラーゲン/SWNT溶液0.8 mLにMinimum Essential Medium(MEM:新田ゼラチン製, 10倍濃縮培地) 0.1 mLを加え、泡立てないようピペッティングにより攪拌し、さらに再構成用緩衝液0.1 mLを加えて、再度ピペッティングにより攪拌した。この作業は、冷却したコラーゲン/SWNT溶の温度が上昇しないように素早く行った。
次いで、この混合溶液をシャーレ内底面に0.05 mL滴下して静置し、その後余分な混合溶液を吸引した。そして、37 ℃インキュベーターで10分静置して乾燥させ、足場を有する培養器とした。
【0108】
(4.細胞培養の剥離実験)
次に、前項の培養器で細胞を培養し、前述の細胞剥離装置Aを用いて足場に対してレーザ光を照射して、細胞が剥離されているか否かについて観察を行った。
【0109】
レーザ光の照射は、Spectra製BL-106C(Nd:YVO4, 波長1064 nm 出力200 mW)にて行った。なお、培養細胞はHeLa細胞を用い、常法に従って培養を行い、足場への接着を予め確認している。確認は、光学・蛍光顕微鏡(Nikon製 ECLIPSE, TE2000-U)にて目視により行った。その結果を
図9に示す。
【0110】
図9Aはレーザ光を照射する前の培養細胞状態を示し、
図9Bは照射後の培養細胞の状態を示している。
図9のA及びBを比較すると分かるように、レーザを照射した部位(
図9中白矢印で示す)に細胞の剥離が観察された。これもまた、前述の試験例1と同様に、レーザ光が照射されたSWNTの光熱変換による衝撃波の発生により、細胞が非接着状態となって剥離したものと考えられる。また、同時に、SWNTが激しい熱振動で分解してアモルファスカーボンやCO
2になり、足場を失った細胞が非接着状態となって剥離するという現象も生じていると考えられる。なお、本実験において剥離した細胞は、培地中に遊離して浮遊した状態となっており、この培地を回収することにより、剥離した細胞を容易に回収することができた。
【0111】
(5.剥離細胞の生死の確認試験)
次に、前項にて剥離後に回収したHeLa細胞を96 穴マイクロプレートに再播種し、さらに培養を継続することにより細胞の生死の確認を行った。試験例1と同様、顕微鏡での接着及び増殖の目視確認と、MTTアッセイによる細胞活性測定により、剥離細胞の生死確認を行った。
【0112】
その結果、目視確認では、細胞を剥離していない方の顕微鏡像では、細胞の増殖は勿論、細胞の存在も確認されなかった。一方、細胞の剥離を行った方の顕微鏡像では、細胞の存在が確認され、また、これらの細胞の足場への接着及び増殖が確認された。
【0113】
また、MTTアッセイの結果を
図10に示す。
図10を参照しても分かるように、破線で示すコントロールに比して、実線で示す細胞剥離を行った系では、時間の経過に伴って450nmにおける吸光度が増大していることが示された。
【0114】
このように、顕微鏡での目視確認と、MTTアッセイの結果から、本実験例2に係る培養細胞の剥離方法にて培地中に剥離した細胞は、生命活動を維持していることが示された。
【0115】
〔実験例3〕
本実験例3では、単一の細胞にレーザ光を照射するとともに、ディッシュの蓋の裏面に細胞を付着させて、培養細胞を選択的に回収した例を示す。なお、本実験例3において、細胞接着因子の調製及び培養器の作成は、実験例1と同様の操作により行ったため、説明を省略する。
【0116】
(照射レーザの波長を異ならせた際の細胞の回収例)
HeLa細胞を培養したディッシュを作成し、領域内に接着する細胞の数を1つとした状態で、細胞剥離装置Aを用いてそれぞれ異なる波長のレーザ光を照射して、接着細胞の剥離を行った。
【0117】
照射したレーザの波長は、254 nm(紫外レーザ光)、785 nm(可視レーザ光)、1064 nm(近赤外レーザ光)の3種であり、照射するレーザ光の出力はいずれも50 mwとした。その結果、いずれのレーザ光においても、ディッシュの蓋の裏面に細胞の付着が認められた。換言すれば、この細胞を他の複数の細胞から単離することができた。しかしながら、蓋の裏面より回収した細胞は、再度培養に供しても増殖が認められなかったことから、死んでいるものと考えられた。
【0118】
この結果から、照射するレーザ光の波長は、所定のエネルギーを有するものであれば特に限定されるものではないことが示された。但し、生体細胞の取扱いの観点から、照射するレーザ光の波長は、細胞への影響の少ない近赤外光が好ましいと思われる。
【0119】
(照射レーザの強度を異ならせた際の細胞の回収例)
次に、HeLa細胞を培養したディッシュを作成し、それぞれ異なる出力で出射された近赤外レーザ光を照射して、接着細胞の剥離を行った。
【0120】
照射したレーザの出力は、30 mw、35 mw、39 mw、40 mw、500mw、510mwの6種であり、照射するレーザ光の波長はいずれも1064 nmの近赤外域とした。その結果を
図11に示す。
【0121】
図11に示すように、30 mwでは細胞の剥離が観察されなかったが、出射するレーザ光の出力を35 mwとすることにより、細胞の剥離が観察された。このことから、培養する細胞の種類や、足場を形成する細胞接着因子、液体培地の粘性等にも左右されるものの、近赤外レーザ光を使用して接着細胞を剥離する場合には、概ね35 mw以上の出力が必要であることが示された。
【0122】
また、39 mwの出力としても、培養細胞が蓋の裏面へ付着するのは観察されなかったが、40 mwとした際には、ディッシュの蓋の裏面に細胞の付着が認められた(
図12参照。)。すなわち、この細胞を他の複数の細胞から単離することができた。このことから、培養する細胞の種類や、足場を形成する細胞接着因子、液体培地の粘性等にも左右されるものの、近赤外レーザ光を使用して接着細胞を剥離し、液体培地の液面から上方へ飛び出させる場合には、概ね40 mw以上の出力が必要であることが示された。また、500mwや510mwの出力としても、40mwの出力で回収した細胞と同様に細胞を回収することができた。
【0123】
なお、回収した細胞をそれぞれ再度培養に供した結果、35 mw、39 mwの出力で剥離し、培地中から回収した細胞は増殖が認められたため、生きていることが確認された。一方、40 mwの出力で剥離し、蓋の裏面から回収した細胞は増殖が認められず、死んでいるものと考えられた。また、500mwや510mwの出力で回収した細胞もまた、増殖が認められず死んでいるものと考えられた。
【0124】
次に、500mwにて得られる細胞を用いてPCR法による遺伝子の増幅が可能か否かについて検証を行った。ここでは、Housekeeping遺伝子の一つであり、HeLa細胞内に必ず存在するhuman GAPDH遺伝子の増幅をreal time RT-PCR法により試みた。
【0125】
具体的には、培養された複数の細胞のうち、前述の方法により所定の細胞を培地中から飛び出させ、細胞回収用基板として配置した1.5mL容の樹脂チューブの蓋(直径約1cm)の容器内壁を構成する面に付着させた。
【0126】
次に、1.5mL容の樹脂チューブ内に20〜30μlのCell lysis buffer(Applied Biosystems社製)を分注し、蓋に付着させた細胞をバッファー中に取り込ませて溶解させ、遠心処理後、一旦凍結させて再融解させた。
【0127】
次に、バッファー中に溶出したmRNAを鋳型とし、Cells-to-cDNA
TMII kit(Applied Bi
osystems社製)を用いて逆転写PCRを行いcDNAの調製を行った。
【0128】
次いで、このcDNAを鋳型とし、プライマーにhuman GAPDH primer、DNA検出用の蛍光色素としてSYBR Green Iを用いて、real time PCRを行った。その結果を
図13に示す。
【0129】
図13において左側の表は、PCR産物の増幅曲線を示しており、左側はhuman GAPDHの融解曲線を示している。また、本サンプルは実線で示し、コントロールは破線で示している。
【0130】
図13からもわかるように、500mwにて得られた細胞を用いて、所定の遺伝子(ここではhuman GAPDH)の増幅を行うことが可能であることが示された。
【0131】
また、40mwで得られた細胞と510mwで得られた細胞についても同様に試験を行ったところ、40mwの出力で回収した細胞は500mwと同様に所定の遺伝子の増幅を行うことができたが、510mwの出力で回収した細胞は、同様の操作によっては遺伝子の増幅を行うことはできなかった。
【0132】
上述してきたように、本発明に係る培養細胞の分離方法によれば、細胞が接着する足場を少なくともナノカーボンを含む細胞接着因子により構成し、細胞が接着する領域の足場に対してレーザ光をスポット状に照射することにより、ナノカーボンの光熱変換によって生成した熱で衝撃波を発生させ、この衝撃波により細胞を非接着状態とすることで、培養された接着細胞を選択的に剥離することのできる培養細胞の剥離方法を提供することができる。
【0133】
最後に、上述の各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはない。このため、上述した各実施の形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。
【0134】
例えば、本実施形態では培養細胞としてHeLa細胞を用いることとしたが、その他あらゆる接着細胞に対して適用可能であることは言うまでもない。
【0135】
また、本実施形態では、足場に細胞接着因子として添加するナノカーボンを単層カーボンナノチューブとしたがこれに限定されるものではない。すなわち、グラフェンやカーボンブラックのように、炭素の五員環、六員環(芳香環)、七員環が連続して多数結合する構造を有し、光熱変換を効果的に生起可能な物質であれば、本発明に好適に使用することが可能である。