(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のポリマー被覆フェライト微粒子の製造方法について、
図1および
図2を参照しながら説明する。なお、
図1は、本発明の製造方法のフローチャートを示し、
図2は、反応機構の概念図を示す。
【0013】
(工程1)
まず、二価の鉄イオンとポリアクリル酸が溶解した混合水溶液を調製する。具体的には、二価の鉄イオンの水溶液とポリアクリル酸の水溶液とを混合・撹拌することによって混合水溶液を調製することができる。二価の鉄イオンの水溶液は、例えば、第1塩化鉄四水和物を、溶剤酸素をパージした超純水に溶解させて調製することができ、ポリアクリル酸の水溶液も同様に、溶剤酸素をパージした超純水にポリアクリル酸を溶解させて調製することができる。
【0014】
二価の鉄イオンの水溶液とポリアクリル酸の水溶液とを十分に混合・撹拌すると、反応系は、
図2の(a)に示す状態から(b)に示す状態に遷移する。すなわち、反応系中に分散したポリアクリル酸(PAA)がカルボキシル基を介して同じく反応系中に分散する二価の鉄イオン(Fe
2+)にキレートして錯体を形成する。ここで、ポリアクリル酸の構造式を下記に示す。
【0016】
上記構造式に示されるように、ポリアクリル酸は多数のカルボキシル基を持っており、これらが水中で電離してカルボキシレートアニオンとなるため、鉄イオンへのキレート能が高い。したがって、ポリアクリル酸は、鉄イオンと混合されると速やかにこれを取り囲み、キレート錯体を形成する。本発明においては、このキレート錯体がポリマー被覆フェライト微粒子の前駆体となる。なお、本発明においては、上述したキレート錯体が好適に形成されるように、二価の鉄イオンに対してポリアクリル酸のカルボキシル基が化学量論的に若干過剰となるように上記混合水溶液を調製することが好ましい。具体的には、二価の鉄イオンに対するポリアクリル酸のカルボキシル基の当量比が1.2〜1.8となるように上記混合水溶液を調製することが好ましい。
【0017】
なお、本発明におけるポリアクリル酸とは、水中で電離してカルボキシレートアニオンを形成するものであればよく、ポリアクリル酸のみならずポリアクリル酸ナトリウムなどの塩をも含む概念である。また、使用するポリアクリル酸の分子量については、目標粒子径に応じて適宜選択することができる。すなわち、選択するポリアクリル酸の分子量の大きさに対応して最終生成物の全体直径も大きくなり、例えば、最終生成物の全体直径を10nm以下に制御したい場合には、ポリアクリル酸の分子量を1000〜4000とすることが好ましい。
【0018】
(工程2)
次に、反応系にアルカリ(水酸化ナトリウム水溶液など)を添加する。このアルカリは、従来の共沈法と同様にフェライトを析出させるためのトリガーとして添加されるものであるが、本発明の方法においては、工程1が終了した段階で、ポリアクリル酸が鉄イオンに対してしっかりとキレートしてこれを取り囲んでいるため、常温では、
図2(c)に示すように、添加されたアルカリ(OH
-)と鉄イオン(Fe
2+)の反応は、ポリアクリル酸(PAA)によって阻害される。そのため、鉄イオン(Fe
2+)とアルカリ(OH
-)の反応を抑制した状態を維持しつつ、その間に反応系のアルカリ濃度分布を均一にすることできる。なお、本発明においては、アルカリを添加する際、反応系のpHを最適化することが好ましい。この点については後述する。
【0019】
(工程3)
フェライトを形成するためには、二価の鉄イオン(Fe
2+)と三価の鉄イオン(Fe
3+)が必要となるところ、本発明においては、当初、反応系に二価の鉄イオン(Fe
2+)しか存在しないため、その一部を酸化して三価の鉄イオン(Fe
3+)にする必要がある。そこで工程3において、反応系に酸化剤を添加する。本発明においては、酸化剤として、硝酸ナトリウム(NaNO
3)、酸素、過酸化水素等を用いることができる。特に、硝酸ナトリウム(NaNO
3)は、酸化力が比較的低く、また、紛状であるためその投与量を簡単に調整できることから、酸化の度合いを容易にコントロールすることができるため、本発明における酸化剤としてより好ましい。酸化剤の添加によって、ポリアクリル酸(PAA)に囲まれた領域内に存在する二価の鉄イオン(Fe
2+)が徐々に酸化されてその一部が三価の鉄イオン(Fe
3+)となる。
【0020】
(工程4)
しかしながら、ポリアクリル酸が鉄イオンに配位している状態ではマグネタイトへの相転移が阻害されるため、反応がほとんど進行しない。したがって、何らかの外部刺激によって反応を促進する必要がある。そこで、本発明においては、反応系を高温で加熱する。その結果、以下の様な機構で反応が進行する。すなわち、反応系が加熱されることによってOH
-イオンの熱運動が激しくなり、このOH
-イオンが、
図2(d)に示すように、ポリアクリル酸(PAA)に囲まれた領域内に侵入して二価の鉄イオン(Fe
2+)と反応しFe(OH)
2を生成する。このFe(OH)
2は、のちに相転移してFe
3O
4となる。一方、同領域内には、先に述べた酸化剤によって三価の鉄イオン(Fe
3+)が生じており、これと二価の鉄イオン(Fe
2+)、OH
-イオンが反応することによってもFe
3O
4が生じる。その結果、ポリアクリル酸(PAA)に囲まれた領域内に良質なフェライト微粒子が形成される。この点について、以下詳細に述べる。
【0021】
フェライト微粒子を従来の共沈法によって作製する場合、二価の鉄イオン(Fe
2+)と三価の鉄イオン(Fe
3+)が混在する出発溶液にアルカリ(OH
-イオン)が添加される。しかし、この方法においては、三価の鉄イオン(Fe
3+)が単独でアルカリ(OH
-イオン)と反応することが避けられないため、フェライトの生成に寄与しないFe(OH)
3が少なからず発生してしまう。微粒子中に混入したFe(OH)
3は結晶性の悪化や磁化の低下を引き起こす原因となる。
【0022】
この点、本発明の製造方法においては、出発溶液に三価の鉄イオン(Fe
3+)を含まないため、反応系にアルカリを添加しても、Fe(OH)
3がほとんど形成されない。そのため、本発明の方法によれば、良好な結晶性を備え、磁化の高いフェライト微粒子を析出させることが可能になる。
【0023】
さらに好ましいことに、本発明においては、このフェライト微粒子に対してその形成と同時的にポリアクリル酸(PAA)が吸着するため、析出したフェライト微粒子同士が凝集する間がなく、析出したフェライト微粒子を単粒子ごとに被覆することが可能になる。仮に、吸着能の低い被覆分子を用いた場合、OH
-イオンが被覆分子よりも優先的にフェライト粒子表面に吸着する結果、反応後のフェライト微粒子表面に被覆物質が残らない。この点、本発明においては、被覆分子にフェライト微粒子表面への吸着力が高いポリアクリル酸を採用する。ポリアクリル酸は、その高い吸着能によってフェライト微粒子が形成されるのと同時的にこれに吸着してフェライト微粒子を被覆する。
【0024】
なお、本発明においては、この加熱工程の温度条件が高いほど結晶性の良好なフェライト微粒子を得ることができる。本発明においては、混合水溶液を100℃を超える温度条件で加熱することが好ましい。具体的には、混合水溶液を耐圧密閉容器に入れて加圧条件下で加熱することが好ましく、加熱時の温度条件を、150〜200℃とすることがより好ましい。
【0025】
さらに、本発明においては、アルカリを添加する際、反応系のpHを最適化することが好ましい。仮に、反応系にアルカリ(OH
-イオン)が少なすぎると、フェライトの析出が十分に起こらず、逆に多すぎると、OH
-イオンが被覆分子よりも優先的にフェライト粒子表面に吸着する結果、反応後のフェライト微粒子表面に被覆物質が残らない。この点、本発明においては、先の工程2においてpHを最適化しておくことによって、そのような事態を回避することができる。本発明においては、反応系のpHを10.5〜11.0に調製することによって、結晶性の良いフェライトを析出させるとともに、フェライト微粒子を
図2(e)に示すように一次粒子の状態で被覆することができる。
【0026】
(工程5)
最後に、反応液に対して1,4-ジオキサンやアルコールなどの貧溶媒を加えて生成されたポリマー被覆フェライト微粒子を凝集させた後、これを磁気回収する、これを再び超純水に分散させて透析することによって本発明のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液を得ることができる。
【0027】
本発明においては、均一に混合された反応溶媒からフェライト微粒子を析出させるため、結晶の形成・成長が全ての微粒子で同時に均一に進行する結果、最終生成物であるポリマー被覆フェライト微粒子のサイズにその均一性が反映される。また、本発明の機構によれば、フェライト微粒子の析出と当該微粒子の被覆とが同時的に進行するため、析出したフェライト微粒子が凝集して二次粒子化せず、最終生成物の粒子径(全体直径)を10nm以下に制御することが可能になる。
【0028】
上述した手順で得られた本発明のポリマー被覆フェライト微粒子は、粒子径が従来よりも格段に小さく、水分散性に優れるという特徴を持つ。また、ポリアクリル酸で構成される被覆層は、表面にカルボキシル基が多数存在し、そのままでも生体分子の固定化能が高いため、追加の表面修飾を要しないという利点がある。
【0029】
さらに本発明のポリマー被覆フェライト微粒子は、高い磁化を有するため、T1緩和能力が60〜70 (mM・sec)
-1、T2緩和能力が110〜130 (mM・sec)
-1と高い造影能を有しており、MRI造影剤として最適である。同時に、本発明のポリマー被覆フェライト微粒子は、高い発熱特性を有しており、ハイパーサーミアの熱源としても最適である。
【0030】
さらに加えて、本発明の製造方法は、従来法に比べて少ない出発材料からワンステップで大量に、再現性よくポリマー被覆フェライト微粒子を作製することができるため、コスト面でも有利である。
【0031】
以上、本発明のポリマー被覆フェライト微粒子について説明してきたが、本発明においては、さらに、鉄以外の金属原子を含むポリマー被覆フェライト微粒子を作製することもできる。具体的には、上述した工程1において、二価の鉄イオンに加え、亜鉛、ニッケル、コバルト、マンガン、バリウムやサマリウなどの希土類金属の金属イオンを添加した混合水溶液を出発溶液とすることにより、任意の割合で鉄以外の金属原子を混入したフェライト微粒子を析出させることができ、これをポリアクリル酸で被覆してポリマー被覆フェライト微粒子を合成することができる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明のポリマー被覆フェライト微粒子について、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0033】
(ポリマー被覆フェライト微粒子の作製)
以下の手順で本発明のポリマー被覆フェライト微粒子を作製した。なお、以下に示す各工程については、特に明記しない限り室温で行ったものとする。まず、超純水60 ml中に分子量2,000のポリアクリル酸を0.8 g添加し、溶存酸素を除くために30分間窒素ガスでバブリングを行った。これとは別に窒素ガスでバブリングしておいた超純水40 mlに第一塩化鉄四水和物0.67 gを加え溶解させた後に、これを上記のポリアクリル酸溶液に対して攪拌しながら加えて混合した(第一塩化鉄四水和物に対するポリアクリル酸の当量比=1.5)。
【0034】
上記混合溶液を5分間攪拌した後、これに予め30分間窒素ガスでバブリングしておいた0.33 Nの水酸化ナトリウム水溶液を40 mlを加え、反応系のpHを10.5-11.0の範囲に調整した。
【0035】
pHを調整した混合溶液に対して硝酸ナトリウム0.1 gを加え5分間攪拌した後、これを耐圧容器に移し、150-200℃のオーブン内に8時間静置した。最後に、反応液に対して1,4-ジオキサン(貧溶媒)を加えて磁性粒子を凝集させ、磁気回収した後、再びこれを超純水に分散させ、透析することによって本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液を得た。
【0036】
なお、比較例として、フェライト微粒子に対してポリアクリル酸を後付けする方法でポリマー被覆フェライト微粒子を作製した。まず、共沈法でフェライトナノ粒子を作製した。電子顕微鏡像を解析した結果、平均粒子径は約7nmであった。このフェライトナノ粒子60 mgをpH7の0.8 Mポリアクリル酸溶液中で一時間超音波処理した後、超純水で透析して比較例のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液を得た。
【0037】
図3は、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の電子顕微鏡像を示す。電子顕微鏡によって観察した結果、均一な粒子径を有するポリマー被覆フェライト微粒子が単分散状態にあることがわかった。さらに、動的光散乱法による解析の結果、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の分散媒中での平均粒子径(個数換算)は、6.9±1.6 nmであった。
図4は、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の個数換算分布を示す図である。
【0038】
一方、比較例の動的光散乱法による解析の結果、比較例のポリマー被覆フェライト微粒子の分散媒中での平均粒子径(個数換算)は、36.9±8.9 nmと格段に大きい値を示した。これは、フェライトの単粒子が凝集した粒子塊の上からポリアクリル酸が吸着したことによるものと推察される。
図5は、比較例のポリマー被覆フェライト微粒子の個数換算分布を示す図である。
【0039】
なお、参考例として、上述した実施例と同様の手順で調整した混合溶液を、常圧80℃のオートクレーブ内に8時間静置して得られた分散液について検証した。
図6は、参考例の加熱条件(80℃)で作製した分散液と本実施例の加熱条件(150-200℃)で作製した分散液のそれぞれについて、鉛直下方向に磁気誘導を行なった際の写真である。
図6(写真右)に示されるように、本実施例の加熱条件(150-200℃)で作製した分散液に含まれていた粒子は、サンプル管の底に全て引き寄せられ、上清は完全に透き通った。一方、参考例の加熱条件(80℃)で作製した分散液は、磁気誘導したにもかかわらず、
図6(写真左)に示されるように上清は茶色く濁ったままであった。さらに、
図7は、参考例の加熱条件(80℃)で作製した分散液の電子顕微鏡像を示す。電子顕微鏡によって観察した結果、分散液中に水酸化鉄(非磁性相)と思われる針状結晶が散見された。以上の結果から、参考例の加熱条件(80℃)で反応させた場合には、マグネタイト以外の非磁性相が大量に合成されてしまうことがわかった。
【0040】
(造影能の評価)
本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子について、MRI(1.5 T)による造影能を評価した。その結果、T1緩和能力は 64.1 (mM・sec)
-1、T2緩和能力は 122.6 (mM・sec)
-1であった。また、飽和磁化を測定したところ、70emu/g であった。
【0041】
(ハイパーサーミア活性の評価)
本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液および比較例のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液をそれぞれプラスチック容器に取り、これに純水を加えてサンプル(鉄濃度=40 mM)とした。各サンプルが入ったプラスチック容器をコイル内に静置して磁界を印加すると共に、光ファイバー温度計によってサンプルの温度を測定した。なお、印加する交流磁界の周波数は900 kHz、磁界強度は55 Oeで固定した。
図8は、上記両サンプルの温度(℃)と磁界印加時間(sec)の関係を示した図である。
図8に示されるように、比較例サンプルの温度がなかなか上昇しなかったのに対し、実施例サンプルの温度は、わずか300secで室温からハイパーサーミアの目標温度である42.5℃に達した。
【0042】
(生体分子固定化能の評価)
本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子1 mgに対し、カルボキシル基を保護した各種アミノ酸100 mmol、1-(エチル)-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩、および1-ヒドロキシベンゾトリアゾールをそれぞれ10 mmolずつ加え、水中・室温で二時間反応させたところ、ポリマー被覆フェライト粒子表面へのアミノ酸の固定化が確認された。
図9は、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子1 mg当たりのアミノ酸固定化量(nmol)をアミノ酸毎に示す図である。
図9に示されるように、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の表面には、生体分子が容易に固定化しうることがわかった。
【0043】
(磁気音響効果の検証)
交流磁界中に置かれたフェライト粒子が入力した周波数の二倍の周波数で音を発するという現象が知られており、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子について、この磁気音響効果を検証した。
図10は、周波数100Hzで交流磁界を印加した際に本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子から発生した音の強度を示す図である。なお、
図10においては対照例として水に同じ交流磁界を印加した結果を併せて示している。
図10中の矢印が示すように、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子の水分散液からは200 Hzの音が発生しており、本実施例のポリマー被覆フェライト微粒子は、従来の磁気マーカとしての機能に加え、音響マーカとしても機能しうることが示された。
【0044】
(他の金属をドープしたポリマー被覆フェライト微粒子の作製)
上述したのと同様の手順で、超純水30 mlに第一塩化鉄四水和物0.6 gを加えて溶解させ0.1 Mの二価鉄イオン溶液を調製した。一方、溶存酸素を除いた超純水10 mlに塩化亜鉛0.136 gを溶解させ0.1 Mの亜鉛溶液を調製し、当該亜鉛溶液(0.7 ml)と上述した二価鉄イオン溶液(7.7 ml)を混合して金属イオン溶液とした。この金属イオン溶液に対して、上述したポリアクリル酸溶液を攪拌しながら加えて混合し、これを出発溶液とした。これに続く工程は、上述したのと同様の手順で行なった。その結果、全体の8%が亜鉛で置換されたフェライトを含むポリマー被覆フェライト微粒子を得た。