【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0036】
実施例1
P. stipitisのゲノム配列に対して、サッカロミセス酵母のヘキソース輸送体(HXT)をプローブとしてProtein-Blastサーチを行い、約30%を下限として相同性のある遺伝子38個を選抜した。それぞれの遺伝子の5’および3’末端に適切な制限酵素部位が付加されるようにオリゴヌクレオチドプライマーを設計した(
図4)。制限酵素処理したcDNAは、サッカロミセス酵母の構成的発現プロモーターであるPhosphoglycerate kinase(PGK)プロモーター・ターミネーターカセットおよびマーカー遺伝子としてURA3を含むpPGKプラスミドにサブクローニングした。各プラスミドを鋳型としたPCR実験結果を
図5に示す。
【0037】
ヘキソースであるグルコース・D-マンノース・D-フルクトース・D-ガラクトースに対する輸送能を調べるため、主要なヘキソース輸送体であるHXT1-7およびGAL2が全て欠損したサッカロミセス酵母変異株であるKY73を用いた。本株は、マルトース以外の炭素源で生育不能であり、用いることのできる栄養要求性はウラシルのみである。KY73株に対して、P. stipitisの糖輸送体遺伝子を含むpPGKプラスミドを形質転換し、マルトースを炭素源とするYNB培地プレート上で選抜を行った。単一のコロニーを選び、グルコース・D-マンノース・D-フルクトース・D-ガラクトースをそれぞれ炭素源とするYNB液体培地で生育の有無を観察した。その結果、各ヘキソースに対する輸送能を有する遺伝子として以下のものが同定された。
【0038】
グルコース:SUT1・HGT2・SUT3・SUT2・XUT3・SUT4・XUT1・HXT2.2
D-マンノース:SUT1・SUT2・SUT3・SUT4・HGT2・RGT2・XUT3・XUT1
D-フルクトース:SUT1・SUT2・XUT3・SUT3・SUT4・HGT2
D-ガラクトース・SUT1・SUT3
生育曲線を
図7に示す。全体の傾向として、選抜した糖輸送体遺伝のごく一部のもののみに六炭糖輸送能があり、それはD-ガラクトースを除くグルコース・D-マンノース・D-フルクトースを同時に輸送できることが分かる。Weierstallらは、P. stipitisのグルコース輸送体遺伝子を同定する目的で、P. stipitisのゲノムライブラリをKY73とは異なるが同様の変異を有するサッカロミセス酵母の変異株Yに導入しSUT1を同定。さらにそのホモログとしてSUT2・SUT3を同定している。本実験でも、SUT1-3で最も強くKY73のヘキソース輸送能の補完が見られており、この結果とよく一致している。
【0039】
実施例2:「D-キシロース輸送体」
(1)キシロース輸送体遺伝子のスクリーニング
リグノセルロース系バイオマスの主要五炭糖であるD-キシロースに対する輸送体を同定するために以下のような実験を行った。P. stipitisの糖輸送体遺伝子を含むpPGKプラスミドを保持するKY73株を、10mLのYNBMal(マルトースを炭素源とする最小培地)で30
oC・3日間培養した。これにより、培地中のマルトースは全て消費される。次に、400μLの50%D-キシロース溶液を加える(最終濃度2%)。2時間の振騰後、酵母細胞を遠心で集め氷冷した滅菌水30mLで二度洗浄する。次に、集めた酵母細胞を400μLの滅菌水に懸濁し、37
oC・200rpmで1時間振騰する。これにより、導入した遺伝子によって細胞内に輸送されたD-キシロースは細胞外に排出される。上清中のD-キシロース濃度は、AminexHPX-87HカラムをつないだHPLCシステムによる示差屈折系(RI)によって同定した。
【0040】
HPLCの溶出曲線の結果を
図8に示す。キシロースの細胞内輸送が確認された遺伝子は、SUT1・HGT2・SUT2・SUT3・MAL5・XUT3・SUT4であった。溶出曲線を見ると、キシロースに相当するピーク(10分)に加えてキシリトールと思われるピーク(11.7分)も確認された。これは、サッカロミセス酵母が持つXRのホモログであるGRE3によってキシロースからキシリトールが作られたためと考えられる。次に、上記7種類の遺伝子についてキシロース輸送のタイムコースを測定した(
図9)。最もキシロースを輸送したのはHGT2であり、この遺伝子はキシリトールも最も多く確認された。SUT1・SUT2・SUT3がこれに続くが、これらの遺伝子のキシロース輸送能についてはWeierstallらの以前の研究で明らかとなっている。
【0041】
(2)キシロース輸送体のキシロース発酵能
主要なキシロース輸送体であるHGT2・SUT1・SUT2・SUT3についてキシロース発酵の際の性質を調べるために以下のような実験を行った。まず、KY73株に、P. stipitis由来のXRおよびXDH遺伝子、さらにサッカロミセス酵母由来のXK遺伝子をそれぞれPGKプロモーターにつないだカセットを有する酵母染色体組み込み型プラスミドpAUR-XR-XDH-XKを導入した(
図10)。本プラスミドは同時に真核微生物に対して抗菌作用を示すオーレオバシジンの耐性遺伝子AUR1-Cを保持しており、サッカロミセス酵母染色体上にある対立遺伝子AURとの間で相同組み換えが起こることによってオーレオバシジン耐性をマーカーとしてXR-XDH-XK遺伝子を染色体上に安定して導入することができる。このようにして作製した株をKY73-XYLと名付ける。
【0042】
次に、KY73-XYLに対して、HGT2・SUT1・SUT2・SUT3をそれぞれ保持するpPGKプラスミドを形質転換した。これにより、各遺伝子によって細胞内に取り込まれたキシロースはエタノールまで代謝されることになる。KY73-XYL株はキシロースを唯一の炭素源として生育可能であり、20g/Lキシロースを炭素源として200mLバッフルフラスコを用いて回転速度150rpmで発酵実験を行った(
図11)。キシロース消費速度および生産されたエタノール濃度から、SUT1とHGT2で十分なキシロース発酵が行われていることが分かる。次にSUT1とHGT2で比較すると、SUT1はHGT2より約2倍キシロース消費が早いものの、6日後に生産されたエタノール量で見るとHGT2はSUT1の約90%に達しており両者間ではそれほど差がない。これは、SUT1がHGT2よりキシリトールが約2.9倍、グリセロールが約4.9倍も多く蓄積することで、せっかく取り込んだキシロースを効率的にエタノール変換できていないことによると考えられる。
【0043】
次に、KY73株ではなく六炭糖輸送体の欠損していないサッカロミセス酵母を用いてキシロース発酵を行った。まず、宿主酵母であるMT8-1株(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3)に対して、上記pAUR-XR-XDH-XKプラスミドを導入した(MT8-1XYLと名付ける)。ゲノミックPCRおよび無細胞抽出液中の酵素活性により、XR・XDH遺伝子が正常に組み込まれ、またXK遺伝子活性が上昇していることを確認した。MT8-1XYL株に、pPGK・pPGK-SUT1・pPGK-SUT2・pPGK-HGT2(いずれもura3
+)プラスミドを、YEpM4(leu2
+)・pHV1(his3
+)・pTV3(trp1
+)とともにそれぞれアデニンを塗布したYNBプレート上で形質転換した(株名はプラスミドと同じとする)。それぞれの形質転換酵母を、アデニンを含むYNB最小培地でグルコースを炭素源として培養した後に、アデニンを含む20g/Lキシロースを炭素源として200mLバッフルフラスコを用いて回転速度150rpmで発酵実験を行った。その結果を
図12に示す。
【0044】
コントロールであるpPGKではキシロース消費は極めて遅く、4日後で13.7g/Lが残っており、エタノール生産も全く確認できなかった。一方、SUT1とHGT2のキシロース消費量は4日後でpPGKのそれぞれ2.7倍と2.9倍であり、エタノールが3.2g/Lと2.4g/L生成された。SUT2でも多少の向上は見られたものの、SUT1・HGT2よりははるかに低かった。この結果は、KY73-XYLを用いた個々の遺伝子のキシロース発酵実験の結果とよく一致する。
【0045】
実施例3:「L-アラビノース輸送体」
D-キシロースと並びリグノセルロース系バイオマスのもう1つの主要五炭糖であるL-アラビノースに対する輸送体を同定するために以下のような実験を行った。P. stipitisの糖輸送体遺伝子のKY73株を用いた細胞内への取り込み能の測定は、D-キシロースに準じて行った。
【0046】
HPLCによる細胞内L-アラビノース濃度測定の結果を
図13に示す。L-アラビノースのピークは10.8分前後に出るが、同定されたピークは11.2分前後でありこれはL-アラビニトールに相当する。これは、サッカロミセス酵母の持つGRE3がL-アラビノース還元酵素として働き、細胞内に取り込まれたL-アラビノースをL-アラビニトールに変換したためであると考えられる。L-アラビニトールのピークが確認されたP. stipitisの糖輸送体遺伝子は、XUT1・HGT2・SUT3・SUT2・SUT1・XUT3であった。次に、上記7種類の遺伝子についてL-アラビノース輸送のタイムコースを測定した(
図14)。HGT2・XUT1で最も高いL-アラビノース輸送が確認された。
【0047】
実施例4:「リアルタイムPCR法による遺伝子発現解析」
これまでは、主にサッカロミセス酵母変異株KY73を用いた糖輸送体遺伝子翻訳産物の糖輸送能解析について記載してきた。一方、例えば糖輸送体遺伝子Aが糖Bを輸送する能力があることとその遺伝子がP. stipitisにおける糖Bの代謝において機能していることは必ずしも一致しない。厳密に言えば各糖輸送体遺伝子を個別に破壊した変異株を作製し表現型を調べる必要があるが、ここでは「ある糖を基質とする輸送体遺伝子の発現はその糖を炭素源とした生育下で誘導される」という一般的知見に基づいて、各種糖を炭素源として含む各種最小培地においてP. stipitisを培養し、糖輸送体遺伝子のmRNAの量をリアルタイムPCRによって見積もることで、タンパク質としての機能と遺伝子発現の相関について比較検討した。
【0048】
リアルタイムPCRに用いる増幅プライマーの設計はPrimer3 program(http://frodo.wi.mit.edu/primer3/input.htm)を用い、解析する遺伝子から100〜150bpの増幅が行われるようにした。本実施例にて用いた具体的なプライマーの配列を
図15に示す。P. stipitisは、炭素源としてグルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、キシロース、L-アラビノースD-アラビノース、L-ラムノース、マルトース、セロビオース、スクロース、ラクトース、グリセロールをそれぞれ2%(w/v)濃度で含む最少培地で好気的培養によって生育させ、対数増殖期(OD600 = 0.6〜0.8)において菌体を回収し、引き続いてRNeasy
(R)Mini Kit (Qiagen)によりRNA抽出を行った。抽出した100 ngのRNAを用い、PrimerScript
(R) RT reagent Kit (Perfect RealTime) (TaKaRa)を用いてcDNA逆転写を行った。リアルタイムPCRによる解析は、SYBR
(R)Premix Ex Taq
TM (Perfect Real Time) (Bio-Rad)を用いて行った。ハウスキーピング遺伝子としてアクチン遺伝子(ACT1)を用いた。
【0049】
2回行った実験の平均値の結果を
図16及び17に示す。
図16に示す結果には、最小培地に含まれるそれぞれの糖に対して、各種遺伝子の発現量を示している。図中のグラフの縦軸は、コントロールとして用いたハウスキーピング遺伝子であるアクチン遺伝子の発現量を1とし、それぞれの遺伝子の発現量を相対的に表したものである。
図17は、
図16に示すデータを各種発現遺伝子ごとにまとめたものであり、最小培地にグルコースを2%(w/v)の濃度で含む際の発現量を基にして、その他のそれぞれの糖を同じ濃度で含む最小培地で培養した際の各種遺伝子の発現量を示している。
【0050】
グルコース・マンノース・フルクトース・ガラクトースのいずれの六炭糖を含む最小培地においても、最も大量に発現していたのはこれまで六炭糖輸送体として知られていたSUT遺伝子群ではなく、上述のスクリーニングにて新たに同定されたHGT2遺伝子であった。またHGT2遺伝子の発現産物が輸送対象とできない、ガラクトースを含む最小培地での生育下でも十分に発現していることから、HGT2遺伝子は特定の糖によって誘導されるのではなく、構成的に発現している遺伝子であると考えられる。HGT2に次いで発現しているのはSUT1〜4及びRGT2であり、この結果は上記のKY73株を用いた相補的生育実験とよく一致している。
【0051】
五炭糖であるキシロースについては、非特許文献17に示すWeierstallらの結果から、キシロースの存在下においてSUT1は発現が誘導されず、SUT2又はSUT3が好気的条件下でのみ発現することが分かっている。本実施例においても好気的培養においてSUT2〜4の発現量がSUT1に比べて十分に低い結果が得られており、従来の知見とよく一致する。一方で、HGT2はこのSUT2〜4の2倍以上の発現が見られており、タンパク質機能解析の結果と合わせてP.stipitisの最も主要なキシロース輸送体であることが示唆される。
【0052】
次にL-アラビノースを含む最小培地での実験において、最も顕著に発現したのはHXT2.4であり、グルコースを含む最小培地での実験結果と比べて670倍も誘導がかかった。しかしこのタンパク質は(少なくともサッカロミセス酵母内では)L-アラビノース輸送能は確認できておらず、サッカロミセス酵母内での機能的発現に問題があるかもしれない。HXT2.4に次いで高い発現量を示すXUT1は、上記の実施例から十分なL-アラビノース輸送能が見られており、P. stipitisの最も主要なL-アラビノース輸送体であることが示唆される。従って、HXT2.4もL-アラビノース輸送体として関与すると考えられる。
【0053】
実施例5:「キシロース・L-アラビノース共存下におけるキシロースの輸送能」
実施例2または3に準じた方法にてHGT2を発現させたKY73株のキシロース・L-アラビノース共存下(共に2% (w/v)濃度)での輸送能を見てみると、L-アラビノース非存在下に比べてキシロースの取り込み能が約3倍に向上する(
図18:A)。但し、この効果はHGT2と共にXUT1を発現させても変わらず、またHGT2及びXUT1のL-アラビノース取り込みの加算的効果も維持される(
図18:B)。
【0054】
自然界においては、実験室のようにキシロース、L-アラビノース等が単独で存在することはありえず、一般にはセルラーゼ、ヘミセルラーゼ等により生じた六炭糖等とキシロース、L-アラビノース等を同時に取り込むことになる。よって、キシロース、L-アラビノース等が混在するような条件下で、HGT2、XUT1等が発現した酵母細胞が、キシロースおよびL-アラビノースの取り込みにおいて、協同的効果が見られるという上記結果は非常に好ましい。