(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5689086
(24)【登録日】2015年2月6日
(45)【発行日】2015年3月25日
(54)【発明の名称】熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150305BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20150305BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20150305BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/46
!C21D6/00 L
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-43011(P2012-43011)
(22)【出願日】2012年2月29日
(65)【公開番号】特開2013-177662(P2013-177662A)
(43)【公開日】2013年9月9日
【審査請求日】2014年3月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004215
【氏名又は名称】株式会社日本製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】橋 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 貴広
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 剛
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭60−059052(JP,A)
【文献】
特開2011−195917(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量百分率で、C:0.50〜0.60%、Si:0.10%未満、Mn:0.30〜1.00%、P:0.010%未満、S:0.010%未満、Cr:3.00〜4.50%、Mo:0.80〜1.20%、Ni:0.30〜0.60%、V:0.05〜0.50%を有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、フルベイナイト組織からなることを特徴とする熱間工具鋼。
【請求項2】
粒径が1μm未満の炭化物の平均面積率が10〜30%であることを特徴とする請求項1記載の熱間工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は熱間工具鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金型材や熱間圧延用ロール材などの熱間工具鋼は、加熱と冷却が繰り返される熱疲労環境で使用されることから、耐ヒートチェック性が要求される。
耐ヒートチェック性には、高い高温強度と靭性が必要であるとされている(例えば非特許文献1)。従来、高温強度を向上させる方法としては、VやMo、Wなどの特殊炭化物形成元素を添加し、焼戻しの際にM
2C或いはMC型炭化物として微細に析出させることが知られている。また、靭性の向上には結晶粒の微細化、炭化物及び介在物の種類、形態、サイズを制御することが有効であり、一般に焼入れによりマルテンサイト組織とした後、焼戻し処理される。
【0003】
例えば、特許文献1には、C:0.10〜0.70mass%、Si:0.10〜0.80mass%、Mn:0.30〜1.00mass%、P:0.007〜0.020mass%、Cr:3.00〜7.00mass%,WおよびMoは単独又は複合で(1/2W+Mo):0.20〜12.00mass%、V:0.10〜3.00mass%、Ni:0.05〜0.80mass%、S:0.150mass%以下を含有し、残部が実質的にFeと不可避的不純物からなり、JISG0555に準拠した非金属介在物の清浄度がdA60×400で0.020%以下、dB60×400で0.020%以下、dB60×400で0.020%以下でありd(A+B+C)で0.045%以下であるとともに、焼き鈍ししたときに、粒径が1.0μmを越える炭化物及び非金属介在物の面積率が0.004%以下であることを特徴とする熱間工具工が開示されている。これらを規定することによって、耐ヒートチェック性、耐溶損性及び被削性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−226939号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「鉄と鋼」、79巻9号、1013〜1021頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に示されている耐ヒートチェック性向上の技術的なポイントは、粒径が1.0μm超の炭化物及び非金属介在物を減らし、1.0μm以下のそれらを増やすことにより、析出強化の効果を引き出しつつ、靭性の低下を抑えることにあると推察される。したがって、これらの効果を活用するためには、拡散変態を伴わないように大きな冷却速度で焼入れしマルテンサイト組織にした後、焼戻し処理することが必要と考えられる。しかし、大型部材(例えば10t以上)においては、設備的或いは物理的に大きな冷却速度を得ることが難しいため、特許文献1の効果の恩恵を受けることはできない。
【0007】
本発明は、上記事情を背景になされたものであり、大型鋼塊から製造される部材においても、高い耐ヒートチェック性を得ることが可能な工具鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の熱間工具鋼のうち、第1の本発明は、質量百分率で、C:0.50〜0.60%、Si:0.10%未満、Mn:0.30〜1.00%、P:0.010%未満、S:0.010%未満、Cr:3.00〜4.50%、Mo:0.80〜1.20%、Ni:0.30〜0.60%、V:0.05〜0.50%を有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、フルベイナイト組織からなることを特徴とする。
【0009】
第2の本発明の熱間工具鋼は、前記第1の本発明において、粒径が1μm未満の炭化物の平均面積率が10〜30%であることを特徴とする。
【0010】
以下に、本発明における各元素の量比限定理由を記載する。なお、量比は、いずれも質量%(以下、mass%という)である。
【0011】
C:0.50〜0.60mass%
Cは炭化物形成元素との間に炭化物を形成し、高温強度、焼戻し軟化抵抗性、耐摩耗性の増加をもたらす。0.50mass%未満だと、析出する炭化物の量が少ないため工具鋼として十分な硬さが得られず、多すぎると炭化物の粗大化に伴う靭性の低下を招くため、その範囲を0.50〜0.60mass%に限定する。
【0012】
Si:0.10mass%未満
Siはフェライトの固溶強化元素であるが、偏析性を助長させる元素でもあるため、その量が多いと組織が不均一となり、耐ヒートチェック性の観点から好ましくない。よって、その範囲を0.10mass%未満に限定する。
【0013】
P:0.010mass%未満
Pは旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界破壊しやすくなるため、定性的にヒートチェックが発生しやすくなると推察されるので、その範囲を0.010mass%未満に限定する。
【0014】
S:0.010mass%未満
SはMnと化合してMnSを形成するが、多すぎると粗大なMnSが増え、靭性の低下を招くので、その範囲を0.010mass%未満に限定する。
【0015】
Mn:0.30〜1.00mass%
Mnはオーステナイト化処理中に母相に固溶して、フェライトの生成を抑制する(焼入れ性を向上させる)効果がある。0.30mass%未満であると焼入れ性が不十分となり、また1.00mass%を超えると焼入れ性が過度になり、フルベイナイト組織が得にくくなる。よって、その範囲を0.30〜1.00mass%とした。なお、同様に理由で下限を0.40%mass%、上限を0.60mass%とするのが望ましい。
【0016】
Cr:3.00〜4.50mass%
CrはMnと同様、焼入れ性を増加させる元素である。また、Fe及びCと化合して炭化物を形成し焼戻し軟化抵抗性を増加させるため、耐ヒートチェック性を付与するのに有効な元素であるが、多すぎると粗大な炭化物を形成し、靭性の低下をもたらす。これらの理由でCr含有量を3.00〜4.50mass%に限定する。なお、同様に理由で下限を3.50mass%、上限を4.00mass%とするのが望ましい。
【0017】
Mo:0.80〜1.20mass%
MoはCと化合し特殊炭化物を形成する元素で、焼戻し軟化抵抗性と高温強度を向上させる元素である。しかし、多すぎると粗大な炭化物を形成し、靭性の低下をもたらすので、その範囲を0.80〜1.20mass%に限定する。なお、同様に理由で下限を0.85mass%、上限を1.00mass%とするのが望ましい。
【0018】
Ni:0.30〜0.60mass%
Niは母相に固溶し焼入れ性及び靭性を向上させる元素であるが、0.30mass%未満であるとその効果は小さく、必要以上に添加すると原料費の増加につながる。このため、Ni含有量の範囲を0.30〜0.60mass%とする。なお、同様に理由で下限を0.40mass%、上限を0.50mass%とするのが望ましい。
【0019】
V:0.05〜0.50mass%
VはCと化合し特殊炭化物を形成する元素で、焼入れ時或いは焼戻し時に母相中に微細な炭化物を析出し、焼戻し軟化抵抗性、高温強度及び耐摩耗性を大幅に向上させる元素である。しかし、多すぎると粗大な炭化物を形成し靭性の低下を招くため、その範囲を0.05〜0.50mass%に限定する。なお、同様に理由で下限を0.10mass%、上限を0.30mass%とするのが望ましい。
【0020】
組織
本発明の工具鋼は、基地組織がマルテンサイト組織よりもベイナイト組織の方が、高温耐力が高いため、優れた耐ヒートチェック性を示す。また、マルテンサイトとベイナイトの混合組織では、ミクロ的に不均一な組織となり、割れ感受性が高くなることから、構成組織はフルベイナイト組織に限定する。
また、フルベイナイト組織とすることにより、例えば10t以上の大型材においても急冷時の制約が小さく、製造が容易になる。
【0021】
炭化物
工具鋼としての必要な硬さは主に析出炭化物によりもたらされるが、炭化物の数が多かったり、その粒径が大き過ぎると、靭性低下を招く。このため、粒径1μm未満の炭化物が、平均面積率で10〜30%であるのが望ましい。面積率は、材料全体で前記範囲を満たすのが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
以上説明したように、本発明の工具鋼によれば、化学組成を規定し、フルベイナイト組織としたので、該化学組成によりベイナイト組織が得られやすくなり、かつ良好な耐ヒートチェック性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施例に用いられるヒートチェック試験装置および試験片を示す図である。
【
図2】同じく、実施例における一部供試材の0.2%耐力を示す図である。
【
図3】同じく、実施例における一部供試材のヒートチェック長さを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
質量百分率で、C:0.50〜0.60%、Si:0.10%未満、Mn:0.30〜1.00%、P:0.010%以下、S:0.010%以下、Cr:3.00〜4.50%、Mo:0.80〜1.20%、Ni:0.30〜0.60%、V:0.05〜0.50%を有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する合金を溶製する。溶製の方法は特に限定されるものではないが、非金属介在物による清浄度を高めるため、取鍋精錬、真空鋳込み、エレクトロスラグ再溶解等の二次溶解、などの方法を採用するのが望ましい。非金属介在物は靭性の低下を招くだけでなく、母材と熱膨張率が異なることから、熱間工具鋼として使用中に加熱と冷却により、母相と介在物の境界が割れの起点となる可能性が高くなるため、非金属介在物の清浄度(JISG0555)は、好適にはd(A+B+C)≦0.10%である。
得られた鋳塊には、鍛造、圧延などの熱間加工を施すことができ、該熱間加工は常法により行うことができる。
【0025】
熱間加工材には、熱処理を施すことによってフルベイナイト組織を得ることができる。すなわち、熱間加工材をオーステナイト(γ)化温度以上に加熱し、急冷する焼入れ処理を行う。加熱温度はオーステナイト化温度以上であればよく、適宜温度に設定することができる。ただし、冷却速度が大きくなりすぎると、マルテンサイト組織が出現しやすくなる。このため、焼入れ時に、オーステナイト化温度から350℃に至るまでのの平均冷却速度は1300℃/時間を超えないのが望ましい。
焼入れ後は、焼戻しによって適当な硬さに調質する。焼戻しの条件としては、500〜600℃×20〜30時間の条件を例示することができる。
得られた材料は、ヒートチェック性に優れた工具鋼として各種の用途に使用することができる。
【実施例1】
【0026】
以下に、本発明の実施例を説明する。
表1に示す組成(残部はFeとその他の不可避不純物)の試料を50kg真空誘導溶解装置(VIM)で溶製し、得られた鋳塊を90×90mmの断面の角柱形状に鍛造した。
その後、1020℃で1時間保持後、外径1300mmの部材の油焼入れを想定した冷却速度で焼入れを行った。この際の平均冷却速度は800℃/hr.であった。また、比較のため、一部の供試材では、上記焼入れに際し水冷で急冷した。この際の平均冷却速度は1600℃/hr.であった。
【0027】
焼入れ後、500〜600℃で焼鈍し、ビッカース硬さ450HVに調整した試験片を得た。該試験片を用いて各種試験を実施した。
【0028】
各供試材の構成組織は鏡面研磨後、5%ピクラールで腐食し、光学顕微鏡にてミクロ組織を観察することによって確認した。それぞれの構成組織を表2に示した。水冷によって焼入れを行った供試材はマルテンサイト組織になり、その他の供試材はフルベイナイト組織になっていた。
【0029】
さらに、各供試材を、10000倍のSEM像で6.8μm×11.7μmの大きさの20視野について、画像解析から1μm未満の炭化物の平均面積率を算出し、その結果を表2に示した。
【0030】
ヒートチェック試験は、室温と600℃の熱サイクルを負荷させることで行い、フルベイナイト組織の発明材1の最大ヒートチェック長さを100としたときの各試料の相対ヒートチェック長さから、耐ヒートチェック性を評価した。
【0031】
ヒートチェック試験では、
図1のヒートチェック試験装置1を用いた。
ヒートチェック試験装置1は、回転駆動台2上に細長板3が長さ方向中央を軸にして水平回転可能に取り付けられており、細長板3の両端側に試験片載置台4、4が設けられている。細長板3が停止する所定の回転位置では、一方の試験片載置台4上に試料加熱用の高周波コイル5が配置され、他方の試験片載置台4上には試験片載置台4に向けて冷却水を流下させる冷却水ノズル6が配置されている。該ヒートチェック試験装置1では、細長板3を180度毎間欠的に回転させることで、試料の加熱、冷却を繰り返し行うことができる。
【0032】
ヒートチェック試験では、各供試材を20×20×20mmに切り出して試験片として前記試験片載置台4、4のそれぞれに載置した。一方の試験片10が高周波コイル5の直下に位置し、他方の試験片10が冷却水ノズル6の直下に位置するように細長板3を回転位置させ、一方の試料試験片表面を高周波コイル5を用いて高周波誘導により600℃(表面)まで加熱し、同時に他方の試料試験片を冷却水ノズル6から流下する冷却水で室温まで水冷する。その後、細長板3を180度回転させて、加熱した試験片10を冷却水ノズル6の直下に位置させ、冷却水ノズル6から流下する冷却水で室温まで水冷し、同時に、水冷した他方の試験片は高周波コイル5の直下に位置させ600℃まで加熱する。
その後、さらに細長板3を180度回転させて加熱、冷却する手順を繰り返すことにより、2つの試験片に対し600℃と室温の熱サイクルを10000回負荷させることで試験を行った。なお、試験では、1つの試験片のみを載置して加熱と冷却の熱サイクルを付与することも可能である。
ヒートチェック試験後、ヒートチェック試験面中心から表面方向に2.5mm離れた位置の試験面に対して垂直の断面の表層側で観察される最も長いクラックで耐ヒートチェック性を評価した。
【0033】
図2にフルマルテンサイト組織及びフルベイナイト組織を呈する比較材1および2、フルベイナイト組織の発明材1およびフルマルテンサイト組織の参考材1の600℃における0.2%耐力を示す。参考材1は、発明材1と同組成からなり、焼入れ時の冷却を水冷とすることによってフルマルテンサイト組織としたものである。比較材1、2のフルマルテンサイト組織も焼入れ時の冷却を水冷としたものである。
比較材1及び2はV無添加鋼、発明材1、参考材1はV添加鋼である。V添加の有無で比較すると、V添加鋼の方がV無添加鋼より0.2%耐力が高く、また同組成で比較するとフルベイナイト鋼の方がフルマルテンサイト鋼より0.2%耐力が高い。したがって、600℃における0.2%耐力の向上には、V添加及びベイナイト組織化が有効であることがわかる。
【0034】
図3にフルマルテンサイト組織及びフルベイナイト組織を呈する比較材1および2、発明材1、参考材1の相対ヒートチェック長さを示す。V添加の有無に関わらず、組織をフルベイナイト化させることによって、耐ヒートチェック性が向上させることができることがわかる。これは、ベイナイト組織がマルテンサイト組織より高温保持中の組織の安定性が高いことや転位の移動がしにくいためと考えられる。
さらに、表2にべイナイト組織の全比較材及び発明材の相対ヒートチェック長さを示す。とりわけ発明材1〜13が高い耐ヒートチェック性を示した。
以上のように、耐ヒートチェック性を向上させる方法としては、V添加とベイナイト組織化を併用することが有効であると考えられる。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【符号の説明】
【0037】
1 ヒートチェック試験装置
3 細長板
4 試験片載置台
5 高周波コイル
6 冷却水ノズル
10 試験片