【文献】
高木英俊ら,断熱急冷鋳型式連続鋳造法で作成された4032アルミニウム合金ビレット,軽金属,日本,2008年12月,第58巻,第12号,p. 650-655
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鋳型内径が50〜150mmの断熱鋳型に、Siを12〜20wt%、Cuを0.5〜3wt%、Mgを0.1〜3wt%、FeとMnをFe>Mn且つFe+Mn=0.3〜2wt%、TiとZrをTi/Zr=0.06〜1且つTi+Zr≦0.3wt%含有し、Pを含有しないAl−Si系アルミニウム合金の溶湯を供給し、鋳型の下端部に噴射した冷却水で鋳型下端部から出る鋳塊を鋳塊中心部で45〜65℃/sの冷却速度で冷却することを特徴とするAl−Si系アルミニウム合金の連続鋳造方法。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性や低熱膨張性が要求される内燃機関用ピストン等の素材として、Al−Si系アルミニウム合金が用いられ、連続鋳造法で製造された大径ビレットを押出加工したアルミ丸棒が多く使用されている。この合金系は比較的低濃度の展伸系合金とは異なり、連続鋳造時に表面の平滑性が損なわれることが多く、内部組織の不均一性が顕著に現れるため、水冷鋳型を用いる連続鋳造法ではビレット表層のピーリング加工が必要である。これに加えて、塑性加工時の変形能が低いため、押出性や鍛造性が他の展伸系合金と比較して悪いことが知られている。近年では小径連続鋳造ビレットを直接鍛造するケースも増えてきているが、Al−Si系合金特有の表面欠陥を解消することができず、ピーリング加工が施されている。このような問題は低生産性や中間加工の増加を招きコスト高の一因となっている。そのため加工用素材としては、均一な内部組織やピーリング不要な鋳塊表面とともに、素材の高機能化も併せて望まれていたが、従来の技術では満足する素材が製造できなかった。
【0003】
本出願人は、特許文献1,2に示すように、断熱鋳型の下端部に冷却水を吹き付けて鋳型下端部を局部的に冷却すると共に、鋳型下端部から流下する水で鋳型下部から出る鋳塊を冷却する鋳造方法を行っている。この方法によれば、表面の凹凸が小さく内部組織も均一な鋳塊が得られる。しかし鋳塊表面にはラッピング模様が発生し、これを除去するために依然としてピーリングを行う必要があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は以上に述べた実情に鑑み、ピーリング不要な平滑な鋳塊表面が得られ、尚且つ内部組織が微細且つ均一で耐摩耗性や高温強度、加工性等に優れた高機能のAl−Si系アルミニウム合金の連続鋳造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を達成するために請求項1記載の発明によるAl−Si系アルミニウム合金の連続鋳造方法は、鋳型内径が50〜150mmの断熱鋳型に、Siを12〜20wt%、Cuを0.5〜3wt%、Mgを0.1〜3wt%、FeとMnをFe>Mn且つFe+Mn=0.3〜2wt%、TiとZrをTi/Zr=0.06〜1且つTi+Zr≦0.3wt%含有
し、Pを含有しないAl−Si系アルミニウム合金の溶湯を供給し、鋳型の下端部に噴射した冷却水で鋳型下端部から出る鋳塊を鋳塊中心部で45〜65℃/sの冷却速度で冷却することを特徴とする。冷却水は、鋳型下端部にだけ噴射してもよいし、鋳型下端部に冷却水を噴射すると共に鋳型から出た鋳塊の表面にも冷却水を噴射してもよい。
【発明の効果】
【0007】
請求項1記載の発明によれば、鋳型の下端部に噴射した冷却水で鋳型下端部から出る鋳塊を
鋳塊中心部で45〜65℃/sの高い冷却速度で冷却することにより、添加元素を多く添加しても鋳塊全体にわたって均一で微細な金属組織となり、鋳塊表面は平滑となってピーリングレスで鍛造用素材等としてそのまま用いることができる。Siを12〜20wt%含有することで、低熱膨張率と優れた耐摩耗性が得られる。FeとMnをFe>Mn且つFe+Mn=0.3〜2wt%含有することで、高温強度が高められる。TiとZrをTi/Zr=0.06〜1且つTi+Zr≦0.3wt%含有することで、金属組織を微細化できると共に耐熱性を向上できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に係るAl−Si系アルミニウム合金の鋳造に用いる連続鋳造装置の例を
図1に示す。この連続鋳造装置は、溶湯を流し込む受湯部1と、受湯部1の下部に設けた上下に貫通した鋳型2を有している。鋳型2の材質としては黒鉛鋳型を用いた。鋳型2の上部側壁には断熱層3を有し、下部側壁の周囲には水冷ジャケット4を設けてある。水冷ジャケット4は、給水口4b、冷却水室4c及び冷却水噴射ノズル4aを有している。冷却水噴射ノズル4aは、鋳型2の外側の下端部2aに向けて冷却水が噴射するようになっており、鋳型2の下端部2aを局部的に冷却するようになっている。また、鋳型2の下端部2aの局部的冷却効果を向上させる観点から、鋳型2の下側の肉厚を上側に比較して薄くしてある。溶湯Mは鋳型2の上部から入り、鋳型2の下端部内側2bで冷却され凝固界面Mcを形成しつつ、鋳型2の下部からビレット等の連続した鋳塊Msとして先端底部を受台6にて受けながら連続鋳造する。
上述のように、鋳型2の外側の下端部2aを局部的に冷却していることで、従来の断熱型連続鋳造法に比較して固液共存温度域の幅dが小さくなる。
鋳型2の下端部2aに噴射した冷却水5は、鋳塊Msの表面に沿って下方向に流水部5aを形成しながら流下する。
【0010】
本発明の連続鋳造方法においては、上述のように断熱鋳型の下端部2aを冷却水5で局部的に冷却すると共に、鋳塊Msの表面に沿って流下する冷却水(流水部5a)により、鋳塊Msを45〜65℃/sの高い冷却速度で冷却することを特徴とする。これによりアルミニウム合金溶湯の凝固が速やかに完了するため、鋳塊表面が平滑になり、また鋳塊内部は固液共存温度域が狭くなるため金属間化合物の成長が抑制され、内部組織が微細で均一なものになる。冷却速度は、鋳塊Msの中心に熱電対7を上方より差し入れ、熱電対7を受台6と同期して下降させ、熱電対7により測定される温度の変化より求められる。冷却速度は、鋳造速度と冷却水の量を適宜調節することで変化させられる。
【0011】
図2は、連続鋳造装置の他の実施形態を示している。
図1のものと異なる点を説明すると、水冷ジャケット4は鋳型冷却水噴射ノズル14aと、鋳塊表面冷却水噴射ノズル14bとを上下二段に有しており、鋳型冷却水噴射ノズル14aから噴射した冷却水で鋳型下端部2aを局部的に冷却し、さらに鋳塊表面冷却水噴射ノズル14bから鋳塊Msの表面に向けて冷却水5を噴射している。鋳塊表面冷却水噴射ノズル14bから噴射した冷却水は、鋳型2の下端部2aに噴射した冷却水の流れ5aによる流下水膜を破るように鋳塊Ms表面を冷却し、これにより二次冷却効果が高まり凝固界面近傍の温度勾配を大きくすることができ、鋳型内側下端部Sの冷却能力を一層高められる。
【0012】
本発明に用いる鋳型形状としては、
図1,2に示したような鋳型内周径が鉛直方向に同じであるストレート型に限定されるものではなく、下側が径の大きいテーパー型でもよく、断面形状も円形のみならず異形断面でもよい。なお、異形断面形状の場合には、最大内接円の径が50〜150mmであることをいう。
本発明の鋳型の下端部局部冷却による連続鋳造方法は、比較的小径のビレット鋳造に効果的であり、概ね、ビレット直径50〜150mmの範囲に適している。150mmを超えると中心部の冷却が不充分となりやすい。
【0013】
次に、合金組成について説明する。
(Si:12〜20wt%)
Siは、低熱膨張性と耐摩耗性の向上に寄与する元素である。しかしながら、多量に添加すると粗大な初晶Siが晶出し、材料の強度や靱性、加工性を低下させることになる。
従って、本発明では充分な効果を得るため、その下限を12wt%とし、充分な靱性及び加工性を確保するため、その上限を20wt%とする。
【0014】
(Cu:0.5〜3wt%)
Cuは、Al
2Cuの析出により高温強度向上に寄与する元素である。しかしながら、多量に添加すると粗大化合物やポロシティーが生じ、強度や靱性を低下させ、また比重を増加させることにもなる。
従ってCuは、200℃において最低限必要な強度を得るため、その下限を0.5wt%とし、粗大化合物やポロシティーの発生を防止すると共に比重の増加を抑えるため、その上限を3wt%とする。
【0015】
(Mg:0.1〜3wt%)
Mgは、Mg
2Siの析出により強度向上に寄与する元素であるが、多量に添加すると化合物が粗大化し、強度と靱性を低下させる。よってMgは、強度向上の効果が認められ且つ粗大化合物が生じない範囲として、0.1〜3wt%としている。
【0016】
(Fe,Mn:Fe>Mn且つFe+Mn=0.3〜2wt%)
Feは、Alとの化合物の析出により高温強度向上に寄与する元素である。単体では、Al−Fe−Si化合物として晶出する。Mnも高温強度を向上させるための元素であり、Feと同時に添加するとAl
6(Fe,Mn)化合物を形成する。高温強度にはAl−Fe−Si化合物が効くため、FeをMnよりも多くしている。また、Feを2wt%以上添加すると化合物が粗大化して強度・靱性の低下を招き、0.3wt%以下では高温強度を向上させる効果が十分得られないため、Fe+Mn<0.3〜2wt%としている。
【0017】
(Ti,Zr:Ti/Zr=0.06〜1且つTi+Zr≦0.3wt%)
TiとZrは、ともに組織微細化と耐熱性に寄与する元素である。特にZrは鍛造後の強度向上に寄与するため、Zrの添加量をTiよりも多くしている。TiとZrの総量が0.3wt%以上では粗大晶出物が発生するため、Ti+Zr≦0.3wt%としている。
【0018】
(Niについて)
本発明の合金においては、Niを添加する場合もある。Niは、Al
3Niの析出により高温強度を向上させる働きがある。しかし多量に添加すると化合物が粗大化し、強度・靱性の低下を招くので、最大3wt%とする。
なおNiは高価な元素であり、高温強度を確保するためにFeで代用することができる。Niを添加しない場合、Feは最低でも0.5wt%以上添加することが好ましい。
【0019】
図3は、本発明の方法によりAl−Si系アルミニウム合金の鋳塊を連続鋳造し、鋳塊表面及び内部組織の観察、高温強度の評価を行った結果を示している。高温強度は、各鋳塊より作製した試験片を300℃に加熱した状態で引張試験を行い、その引張強度により評価した。
実施例1〜3は、合金組成及び冷却速度が本発明の範囲内のものである。比較例3〜6は、本発明と同じ方式で鋳造するものの冷却速度が本発明の範囲から外れたものである。比較例2は従前のDC鋳造法により鋳造したJIS4032合金であり、比較例1はその押出材である。比較例7〜10は、本発明と同じ方式で鋳造し冷却速度も本発明の範囲内であるが、合金組成が本発明の範囲から外れたものである。
【0020】
本発明の実施例1〜3は、
図4(a)に示すように、鋳塊表面がラッピング模様の無い平滑な表面になり、ピーリングせずにそのまま鍛造用素材として使用可能であった。一方、冷却速度が45℃/sよりも小さい比較例3,4,6では、
図4(b)に示すように、鋳塊表面にラッピング模様が生じ、鍛造用素材とするにはピーリングが必要であった。冷却速度が65℃/sよりも大きい比較例5では、
図4(c)に示すように、溶湯漏れが生じて満足に連続鋳造することができなかった。DC鋳造法による比較例2は、鋳塊表面に凹凸が生じ、比較例3,4,6よりもさらに厚くピーリングする必要があった。
次に内部組織について見ると、本発明の実施例1〜3においては、
図5(a)に示すように、表皮部にチル層が形成されることもなく、鋳塊全体にわたって均一で、Si相、金属間化合物共、3〜20μm以下の微細な組織になっていることが確認された。通常、Siを共晶点といわれる12.7wt%以上添加すると、100μmクラスの初晶Siが不均一に晶出するが、本発明の方法によればSiを13.5wt%添加してもそのような現象は見られない。冷却速度が45℃/sよりも小さい比較例3,4,6では、
図5(c)に示すように、組織は比較的微細化されているものの、わずかに50μm程度の晶出物が生じていた。DC鋳造法による比較例2では、
図5(b)に示すように、表皮部にチル層が約7mm形成され、中心部の組織も30〜120μmと粗く不均一な状態であった。
次に高温強度について見ると、本発明の実施例1〜3は、DC鋳造法によるJIS4032合金とその押出材(比較例1,2)と比較して、高い値になった。これは、Fe,Mn,Znの添加で微細な晶出物を均一にネットワーク状に晶出させていることに基づく。特に実施例1は、高価なNiを添加していない(その分Feを多く添加している)にも関わらず、Niを1.5wt%添加した実施例2と同等の高温強度が得られた。また金属組織が均一に微細化されており、粗大な金属間化合物が無いことで、鍛造等の加工性も良好になる。
Tiを0.2wt%、Zrを0.15wt%含有し、Ti/Zr=0.06〜1且つTi+Zr≦0.3wt%の条件を満たさない比較例7は、表皮部にチル層が形成され、中心部の組織も30〜300μm以下と粗く、
図6(a)に示すように、針状の晶出物が発生した。
Feを1wt%、Mnを1.5wt%含有し、Fe>Mn且つFe+Mn=0.3〜2wt%の条件を満たさない比較例8は、表皮部にチル層が形成され、中心部の組織も30〜300μm以下と粗く、
図6(b)に示すように、粗大晶出物が発生した。
Cuを上限の3wt%より多く(5wt%)含有する比較例9は、粗大化合物やポロシティーが発生した。
Zrを含有しない比較例10は、高温強度を向上する効果が認められなかった。
【0021】
以上に述べたように、本発明の方法によれば、鋳塊表面が平滑になりピーリングせずにそのまま鍛造用素材とすることができ、鍛造ピストン等の製品のコストを大幅に低減できる。また、Si,Cu,Mg,Fe,Mn,Ti,Zr等の元素を高濃度に含有し、またこれらの元素を高濃度に含有しても金属組織が均一で微細なものとなるため、耐摩耗性や高温強度などの機械的性質を向上できる。さらに、高価なNiを低減しても高い機械的性質を確保できる。また素材の高機能化により、製品の高機能・軽量化に寄与する。
【0022】
本発明は以上に述べた実施形態や実施例に限定されない。合金組成については、添加元素の量を特許請求の範囲に記載した範囲内で適宜増減することができ、また特許請求の範囲に記載の無い元素を添加することもできる。