(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5690306
(24)【登録日】2015年2月6日
(45)【発行日】2015年3月25日
(54)【発明の名称】塗装ステンレス鋼部材
(51)【国際特許分類】
C25D 13/20 20060101AFI20150305BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20150305BHJP
F02M 55/02 20060101ALI20150305BHJP
【FI】
C25D13/20 A
C23C28/00 C
F02M55/02 320P
【請求項の数】7
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-130937(P2012-130937)
(22)【出願日】2012年6月8日
(65)【公開番号】特開2013-253306(P2013-253306A)
(43)【公開日】2013年12月19日
【審査請求日】2013年6月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000109657
【氏名又は名称】ディップソール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092093
【弁理士】
【氏名又は名称】辻居 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100082005
【弁理士】
【氏名又は名称】熊倉 禎男
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【弁理士】
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【弁理士】
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(72)【発明者】
【氏名】金田 光正
(72)【発明者】
【氏名】新井 康弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 学
(72)【発明者】
【氏名】宮寺 勉
【審査官】
阿川 寛樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭62−033797(JP,A)
【文献】
特開平09−268398(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/113139(WO,A1)
【文献】
特開2007−113080(JP,A)
【文献】
特開2000−212799(JP,A)
【文献】
特開2003−277992(JP,A)
【文献】
特開平09−143791(JP,A)
【文献】
特開2012−102386(JP,A)
【文献】
特開昭61−157697(JP,A)
【文献】
特開2010−047803(JP,A)
【文献】
特開2004−156561(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 1/00− 7/12
C23C 28/00− 28/04
C09D 5/44
F02M 55/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼基材に、ウッドストライクニッケルメッキ層及びカチオン電着塗装層がこの順に積層されてなる、自動車燃料タンクのステンレス製フューエルインレットパイプ。
【請求項2】
ステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、ウッドストライクニッケルメッキ層を形成した後、その表面をリン酸亜鉛処理し、その後カチオン電着塗装を施したものである、塗装ステンレス鋼部材。
【請求項3】
自動車燃料タンクのステンレス製フューエルインレットパイプである請求項2記載の塗装ステンレス鋼部材。
【請求項4】
ステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、次いで形成されたウッドストライクニッケルメッキ層上にカチオン電着塗装を施すことを含む、請求項1記載の自動車燃料タンクのステンレス製フューエルインレットパイプの製造方法。
【請求項5】
ステンレス鋼基材を脱脂し、脱脂したステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、形成されたウッドストライクニッケルメッキ層上にカチオン電着塗装を施し、次いで焼付けを行う請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
ステンレス鋼基材を脱脂し、脱脂したステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、ウッドストライクニッケルメッキ層をリン酸亜鉛処理し、その後カチオン電着塗装を施すことを含む請求項2記載の塗装ステンレス鋼部材の製造方法。
【請求項7】
塗装ステンレス鋼部材が自動車燃料タンクのフューエルインレットパイプである、請求項6記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装ステンレス鋼部材に関し、詳細には密着性、防食性にすぐれた塗装を施したステンレス鋼部材、特に自動車燃料タンクのステンレス製フューエルインレットパイプ(FIP)に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼部材の塗装方法に関しては、従来方法の1つとして、ステンレス鋼基材にストライクニッケルメッキを施す方法が知られている。例えば、ウッドストライクニッケルメッキを施した上にクロメート処理及び燐酸塩処理を施し、スプレー塗装する方法(特開昭63−192877号公報)、ストライクニッケルメッキを行ってからニッケルメッキし、塗装する方法(特開平9−268398号公報及び特開2000−144895号公報)、ウッドストライクニッケルメッキした後還元電解重合によりポリマー薄膜を形成し、塗装する方法(特開2000−212799号公報)などいくつかの方法が知られている。しかしながら、これらの方法は何れもストライクニッケルメッキ上に密着性向上のための処理を施した後、塗装する方法である。これは、“ニッケルストライクメッキ上に直接塗装しても塗膜が容易に剥離するため”(特開昭63−192877号公報第2ページ左下段落)であると従来認識されてきたからである。
一般に、素材に密着性良く塗装するためには、リン酸亜鉛処理やクロメート処理、ジルコニウム処理のような塗装下地処理が行われる。素材が鉄やアルミニウムの場合は、素地と下地処理液との反応(溶解・沈着)によって化成皮膜を生成し、それによって生じる水素結合やアンカー効果により素地との塗装密着性を確保している。しかしながら、ステンレス上へ塗装する場合、ステンレス表面には安定な酸化皮膜が形成されているため、塗装密着性を上げるために施されるリン酸亜鉛皮膜などの下地処理皮膜を形成することができず、十分な塗装密着性が得られない。そのために、耐温塩水二次密着性試験やチッピング試験においては剥離・腐食が発生する。特開2006−231207号公報に示されるように耐チッピング性向上と塩水の浸透を防止するとともに密着性の改善を行うため、150〜400μmの厚づけ塗装をすることが試みられているが、このような方法は経済的ではない。
また一方、大量に散布される融雪塩や海浜塩による強塩害地区では、従来の鉄製FIPに代わりステンレス製FIPが用いられるようになった。ただし、ステンレス製FIPにおいても、溶接部などでは耐食性が十分でないことから、特開2002−242779号公報に示されているような電着塗装が施されるようになった。また、この他にも特開2004−230419号公報に示されるカチオン電着塗装又は6価クロムフリーの水溶性アクリル系シリコーン塗装や特開2005−206064号公報に示されているカチオン性の水溶液又はエマルジョン系のアクリル塗料、アルキッド塗料、ウレタン塗料又はエポキシド塗料などを用いた塗装もある。しかしながら、ステンレス鋼基材に、密着性及び防食性にすぐれた電着塗装を施すことは上述のように容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−192877号公報
【特許文献2】特開平9−268398号公報
【特許文献3】特開2000−144895号公報
【特許文献4】特開2000−212799号公報
【特許文献5】特開昭63−192877号公報
【特許文献6】特開2006−231207号公報
【特許文献7】特開2002−242779号公報
【特許文献8】特開2004−230419号公報
【特許文献9】特開2005−206064号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、経済的で簡易な工程により、ステンレス鋼基材に密着性及び耐食性に優れた塗装を施すことができる、例えば25〜30μmの薄膜塗装で十分な塗装密着性と耐食性を得ることができる塗装方法を提供することを目的とする。本発明は、又、クロムフリーで高耐食性の塗装ステンレス鋼部材、特に塗装ステンレス製FIPを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らが上記課題を解決するために鋭意検討した結果、ステンレス鋼部材にステンレス鋼との密着性に優れたウッドストライクニッケルメッキを施すことにより、ステンレス鋼上に形成されている強固な酸化皮膜を除去し、また再度酸化皮膜が形成されるのを防止することができ、次いでこのようなウッドストライクニッケルメッキ被膜にカチオン電着塗装を施すことにより、何らの塗膜密着性向上皮膜を施すことなく、極めて良好なカチオン電着塗装とウッドストライクニッケルメッキとの密着性が達成でき、ステンレス基材に薄膜塗装で十分な塗装密着性と耐食性を得ることができること見出し本発明を完成した。すなわち、本発明は、ステンレス鋼基材に、ウッドストライクニッケルメッキ層及びカチオン電着塗装層がこの順に積層されてなる塗装ステンレス鋼部材を提供する。
また、本発明は、ステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、次いで形成されたウッドストライクニッケルメッキ層上にカチオン電着塗装を施すことを含む塗装ステンレス鋼部材の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、ステンレス上に塗装する場合、25〜30μmの薄膜塗装で十分な塗装密着性と耐食性を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の塗装ステンレス鋼部材の製造方法は、ステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施し、次いで形成されたウッドストライクニッケルメッキ層上にカチオン電着塗装を施すことを含む。本発明の方法により、ステンレス鋼基材に、ウッドストライクニッケルメッキ層及びカチオン電着塗装層がこの順に積層されてなる塗装ステンレス鋼部材を提供することができる。
本発明において用いられるウッドストライクニッケルメッキの基本浴組成は、公知のウッドストライクニッケルメッキ浴を用いることができ、塩化ニッケルと塩酸から構成される。塩化ニッケルの浴中濃度は、好ましくは200〜300g/Lであり、より好ましくは220〜240g/Lである。また、塩酸(35%塩化水素水溶液)の浴中濃度は、好ましくは100ml/L〜300ml/Lであり、より好ましくは125〜230ml/Lである。ウッドストライクニッケルメッキ浴には、この他に緩衝剤として働くホウ酸やミスト防止剤を添加することもできる。ホウ酸の浴中濃度は、例えば10〜50g/Lであり、好ましくは25〜35g/Lである。また、ミスト防止剤の浴中の濃度は、例えば0.1〜10g/Lであり、好ましくは0.5〜3g/Lである。また、ミスト防止剤は、その種類に限定はないが、例えばDS55(ディップソール製)が挙げられる。ウッドストライクニッケルメッキ浴のpHは、通常1以下である。
前記ウッドストライクニッケルメッキ浴を用いてウッドストライクニッケルメッキを施す際の温度は、常温でも良いが、好ましくは20℃〜60℃であり、より好ましくは40〜50℃である。メッキを施す際の陰極電流密度は、例えば0.5A/dm
2以上であり、好ましくは1〜10A/dm
2、より好ましくは3〜8A/dm
2である。メッキを施す時間は、メッキ時間と陰極電流密度との積が100(秒×A/dm
2)以上になるように設定するのが好ましく、より好ましくは150〜1000(秒×A/dm
2)である。このようなめっき条件において、得られるニッケルメッキ被膜厚さは、通常0.005〜0.3μm、好ましくは0.02〜0.25の範囲である。
【0008】
前記ウッドストライクニッケルメッキ上にカチオン電着塗装を施す。カチオン電着塗装としては、公知のカチオン電着塗装が使用できる。例えば、前記ウッドストライクニッケルメッキを施したステンレス鋼部材を、その塗装目的に対応した、樹脂と顔料等よりなるカチオン電着塗料に浸漬し、被塗物を陰極(−)、電着槽内の隔膜室内に設置した極板を陽極(+)として、この間に直流電流を流すことで被塗物側に塗膜を析出させる。その後水洗工程を経て析出した塗膜を焼き付け炉を通して焼付け乾燥硬化し、ステンレス鋼との密着性優れた塗膜を得ることができる。カチオン電着塗料としては、例えばアクリル塗料、アルキド塗料、ウレタン塗料、エポキシ塗料等があり、塗料はカチオン性の水溶液又はエマルジョンとして提供される。
【0009】
本発明の塗装ステンレス鋼部材の製造方法では、カチオン電着塗装を施す前にウッドストライクニッケルメッキ層をリン酸亜鉛処理してもよい。これにより、異種金属との接触でおこる電食反応による塗装の密着性の低下を防止することができる。リン酸亜鉛処理としては、通常の塗装で用いられる公知のリン酸亜鉛処理がそのまま使用することができる。
【0010】
本発明の塗装ステンレス鋼部材の製造方法では、ステンレス鋼基材上にウッドストライクニッケルメッキを施す前にステンレス鋼基材を脱脂するのがよい。ステンレス上の油を除去することによって、ウッドストライクニッケルメッキ層の効果をより効率良く働かせることができる。本発明で用いる脱脂剤及び脱脂方法としては、公知の脱脂剤及び脱脂方法を適宜に用いることができる。脱脂剤としては、例えばアルカリ浸漬脱脂剤、アルカリ電解脱脂剤、酸性エマルジョン脱脂剤、溶剤洗浄剤などが挙げられるがこれらに限定されない。好ましくは、アルカリ陰極電解脱脂剤を用いる。脱脂方法としては、例えば通常30〜55℃において数分間程度の電解浸漬処理がなされる。所望により、脱脂処理の前に、予備脱脂処理を行うことも可能である。
【0011】
本発明は、高度の耐食性が要求されるステンレス鋼部材に適用できる。中でも、自動車燃料タンクのステンレス製フューエルインレットパイプに好適である。
次に、実施例および比較例を示して本発明を説明する。
【実施例】
【0012】
(実施例1〜5)
脱脂剤HD−37(ディップソール株製)50g/Lを用いて、50℃で10分間陰極電流密度1A/dm
2の条件で、SUS436のパネル(50mm×100mm×0.3mm厚さ)を陰極電解脱脂し、次いで水洗した。その後、下記の組成の浴を用いて、表−1に示すめっき条件で、ウッドストライクニッケルメッキを施した(40℃)。
塩化ニッケル(NiCl
2) 220g/L
35%塩酸(HCl) 230ml/L
ホウ酸(H
3BO
3) 30g/L
DS55(ディップソール株製) 1ml/L
その後水洗して、常法によりPPG社製の電着塗料CFA590−034を用いてカチオン電着塗装を施した(25〜30μm)。水洗後、200℃で25分間焼き付け乾燥を行った。得られた塗装パネルを5%食塩水に55℃で240時間浸漬し、塗装密着性を評価した。その結果を表−1に示す。
【0013】
【表1】
【0014】
(実施例6)
脱脂剤HD−37(ディップソール株製)50g/Lを用いて、50℃で10分間陰極電流密度1A/dm
2の条件で、SUS436のパネル(50mm×100mm×0.3mm厚さ)を陰極電解脱脂し、次いで水洗した。その後、下記の組成の浴を用いて、表−2に示すめっき条件で、ウッドストライクニッケルメッキを施した(40℃)。
塩化ニッケル(NiCl
2) 220g/L
35%塩酸(HCl) 230ml/L
ホウ酸(H
3BO
3) 30g/L
DS55(ディップソール株製) 1ml/L
その後水洗して、常法によりPPG社製の電着塗料CFA590−034を用いてカチオン電着塗装を施した(25〜30μm)。水洗後、200℃で25分間焼き付け乾燥を行った。得られた塗装パネルを5%食塩水に55℃で240時間浸漬し、塗装密着性を評価した。その結果を表−2に示す。
【0015】
(比較例1)
脱脂剤HD−37(ディップソール株製)50g/Lを用いて、50℃で10分間陰極電流密度1A/dm
2の条件で、SUS436のパネル(50mm×100mm×0.3mm厚さ)を陰極電解脱脂し、次いで水洗した。その後、常法によりPPG社製の電着塗料CFA590−034を用いてカチオン電着塗装を施した(25〜30μm)。水洗後、200℃で25分間焼き付け乾燥を行った。得られた塗装パネルを5%食塩水に55℃で240時間浸漬し、塗装密着性を評価した。その結果を表−2に示す。
【0016】
(比較例2)
脱脂剤HD−37(ディップソール株製)50g/Lを用いて、50℃で10分間陰極電流密度1A/dm
2の条件で、SUS436のパネル(50mm×100mm×0.3mm厚さ)を陰極電解脱脂し、次いで水洗した。その後、硫酸(120ml/L)を用いて、陰極電流密度1A/dm
2で4分間酸電解処理を行った(60℃)。その後水洗し、常法によりPPG社製の電着塗料CFA590−034を用いてカチオン電着塗装を施した(25〜30μm)。水洗後、200℃で25分間焼き付け乾燥を行った。得られた塗装パネルを5%食塩水に55℃で240時間浸漬し、塗装密着性を評価した。その結果を表−2に示す。
【0017】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明によれば、ステンレス製FIPの塗装密着性を高め、LEV−II規制に対応できる耐食性が得られる。また、その皮膜は、クロムフリーで高耐食性を有しているため、環境対応用として幅広い用途で用いることができる。