特許第5690969号(P5690969)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5690969強度及び伸びの大きいベイナイト鋼、並びにこのベイナイト鋼を製造する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5690969
(24)【登録日】2015年2月6日
(45)【発行日】2015年3月25日
(54)【発明の名称】強度及び伸びの大きいベイナイト鋼、並びにこのベイナイト鋼を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150305BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20150305BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20150305BHJP
【FI】
   C22C38/00 301W
   C21D9/46 T
   C22C38/38
【請求項の数】17
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-505784(P2014-505784)
(86)(22)【出願日】2012年5月28日
(65)【公表番号】特表2014-516388(P2014-516388A)
(43)【公表日】2014年7月10日
(86)【国際出願番号】IN2012000371
(87)【国際公開番号】WO2012164579
(87)【国際公開日】20121206
【審査請求日】2013年10月16日
(31)【優先権主張番号】736/KOL/2011
(32)【優先日】2011年5月30日
(33)【優先権主張国】IN
(73)【特許権者】
【識別番号】510146377
【氏名又は名称】タータ スチール リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ソーラヴ、ダス
(72)【発明者】
【氏名】サウラブ、クンドゥ
(72)【発明者】
【氏名】アルナンス、ハルダー
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−180446(JP,A)
【文献】 特開2000−199041(JP,A)
【文献】 特開平03−010046(JP,A)
【文献】 特開2010−065272(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、
C:0.30〜0.50
Si:1.0〜1.8
Mn:1.0〜2.5
Cr:0.7〜1.5
Ti:0.0〜0.0
:0.0〜0.5
Nb:0.0〜0.06
Al:0.0〜1.50
N:<0.004
P:<0.025
S:<0.025
からなり、残部が鉄及び不可避不純物である、ベイナイト鋼。
【請求項2】
C、Si、Mn、Cr、Ti、Alの含有量が、重量%で、
C:0.30〜0.40
Si:1.2〜1.7
Mn:1.6〜2.1
Cr:0.9〜1.2
Ti:0.0〜0.07
Al:0.0〜0.2
の1つ又は複数である、請求項1に記載されたベイナイト鋼。
【請求項3】
少なくとも415VHNの硬さを有する、請求項1又は請求項2に記載されたベイナイト鋼。
【請求項4】
少なくとも1300MPaの最大引張強さを有する、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼。
【請求項5】
少なくとも1350MPaの最大引張強さを有する、請求項1から請求項3までの1項に記載されたベイナイト鋼。
【請求項6】
少なくとも20%の全伸びを有する、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼。
【請求項7】
ベイナイトが無炭化物であり、厚さ100nm未満のベイナイト板を含むミクロ組織を有する、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼。
【請求項8】
残留オーステナイトが15〜30%であるミクロ組織を有する、請求項1から請求項7までの1項に記載されたベイナイト鋼。
【請求項9】
重量%で、
C:0.25〜0.55
Si:0.5〜1.8
Mn:0.8〜3.8
Cr:0.2〜2.0
Ti:0.0〜0.
:0.0〜0.5
Nb:0.0〜0.06
Al:0.0〜2.75
N:<0.004
P:<0.025
S:<0.025
からなり、残部が鉄及び不可避不純物であるベイナイト鋼を製造する方法であって、
鋳造スラブを鋼帯に熱間圧延するステップと、
前記鋼帯を、ベイナイト開始温度よりも高い温度まで冷却するステップと、
前記鋼帯を、前記ベイナイト開始温度よりも高い温度で巻き取るステップと、
自然冷却によって、前記巻き取られた鋼帯を冷却するステップと
を含む熱処理によって前記ベイナイト鋼を形成する、ベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項10】
必要とされる組成を有する溶鋼を準備するステップと、
前記溶鋼をスラブに鋳造するステップと、
前記スラブを冷却するステップと
をさらに含む、請求項9に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項11】
鋳造され冷却された前記スラブを再加熱してオーステナイト状態にする、請求項10に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項12】
最終的な熱間圧延温度が少なくとも850℃である、請求項9から請求項11までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項13】
熱間圧延された前記鋼帯を、400〜550℃の範囲の温度まで急冷する、請求項9から請求項12までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項14】
前記鋼帯を、350〜500℃の範囲の温度で巻き取る、請求項9から請求項13までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項15】
巻き取られた前記鋼帯を周囲温度まで自然冷却する、請求項9から請求項14までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項16】
前記ベイナイト鋼におけるC、Si、Mn、Cr、Ti、Alの含有量が、重量%で、
C:0.30〜0.50
Si:1.0〜1.8
Mn:1.0〜2.5
Cr:0.7〜1.5
Ti:0.0〜0.08
Al:0.0〜1.50
の1つ又は複数である、請求項9から請求項15までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【請求項17】
前記ベイナイト鋼におけるC、Si、Mn、Cr、Ti、Alの含有量が、重量%で、
C:0.30〜0.40
Si:1.2〜1.7
Mn:1.6〜2.1
Cr:0.9〜1.2
Ti:0.0〜0.07
Al:0.0〜0.2
の1つ又は複数である、請求項9から請求項15までのいずれか1項に記載されたベイナイト鋼を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、最大引張強さ(UTS)が最小で1300MPaであり伸びが少なくとも20%である高強度ベイナイト鋼、及びこの鋼を製造する方法に関するものである。本発明によるベイナイト鋼は、自動車産業その他の構造材用途での使用に適している。
【背景技術】
【0002】
最近の環境問題により、自動車産業では、自動車の種々の部品に使用される鋼の厚さを小さくすることによって車両重量を低減させることが要求されている。しかし、この重量低減は、自動車に乗る人の安全性と相入れない可能性がある。自動車に乗る人の安全性は、発生する可能性のある衝突の間に吸収されるエネルギーに直接関係する。すなわち、同じ強度の鋼であればその厚さに関係する。両方の条件(すなわち、自動車の重量を低減させること、及び厳しい安全性)を達成する1つの方法は、強度のより大きな鋼種を使用することによって満足させることができる。したがって、より良好な延性を有し強度の大きな鋼を開発することが課題となる。
【0003】
引張強さが600〜1400MPaであり伸びが30〜5%の広範な強度/伸びの組合せを有する高強度かつ伸びの大きな鋼種は、世界中で利用されている。しかし、鋼の強度が上昇すると伸びの値は低下し、高強度と同時に伸びの大きい良好な組合せを実現することは難しい。
【0004】
従来技術では、ナノ構造化したベイナイト組織及びCに富むオーステナイトを有するベイナイト鋼が開示されているが、その鋼は約2200MPaの非常に大きい強度を有するが最大伸びが約7%である。例えば、
C.G. Mateo、F.G. Caballero、及びH.K.D. Bhadeshia、Journal de Physique IV、Vol.112、285〜288頁、2003、
F.G. Caballero、H.K.D. Bhadeshia、K.J.A. Mawella、D.G. Jones、及びP. Brown、Materials Science and Technology、Vol.18、279〜284頁、2002、及び
H.K.D.H. Bhadeshia、Materials Science and Engineering A、Vol.481〜482、36〜39頁、2008
を参照されたい。
【0005】
これら公知のベイナイト鋼の組成物では、約0.9重量%のCが、Co及びNiなどの高価な合金元素と組み合わせて使用される。鋼をオーステナイト領域から急冷することによって拡散変態が回避され、ある温度又は温度範囲で長時間、例えば200℃で7日間保つことにより、ベイナイト鋼へ等温変態する。
【0006】
Cの少ない高強度ベイナイト鋼も公知であるが、しかしこの鋼は、Ni及びMoなどの高価な合金元素を大量に含む組成を有する。例えば、
F.G. Caballero、M.J. Santofima、C. Capdevila、C.G.−Mateo、及びC.G. De Andres、ISIJ International、Vol.46、1479〜1488頁、2006、及び
F.G. Caballero、M.J. Santofima、C.G.−Mateo、J. Chao、及びC.G. De Andres、Materials and Design、Vol.30、2077〜2083頁、2009
を参照されたい。
【0007】
ベイナイト鋼を製造する従来技術の方法によれば、ベイナイト変態を最大限にするために、鋼は等温条件下で長時間にわたり保たれる。しかし、より低温では反応はよりゆっくりとしているので、その方法は、ベイナイト鋼薄板の連続生産に理想的ではなく、さらに、長時間であるために、この工程はエネルギーを大量消費する。
【0008】
空冷ベイナイト鋼は、G. Gomez、T. Perez、及びH.K.D.H. Bhadeshia、Strong steels by continuous cooling transformation、「International Conference on New Developments on Metallurgy and Applications of High Strength Steels」、Buenos Aires、Argentina、2008の研究により公知である。このベイナイト鋼は、熱間圧延後の連続空冷を経て得られ、最終生成物は、約1400MPaのUTS及び15%の伸びを有する。しかしこの組成物も、Mo及びNiなどのかなりの量の合金元素を有する。Niなどの高価な元素を添加する目的は、残留オーステナイトを安定化させて伸びを得ることであり、Moは、鋼の靱性を増大させるために添加する。
【0009】
このように、従来技術では、Ni及びMoなどの高価な合金元素を添加することなく1300MPaよりも大きいUTS及び少なくとも20%の伸びを得ることのできる連続冷却ベイナイト鋼の開発が不十分である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】C.G. Mateo、F.G. Caballero、及びH.K.D. Bhadeshia、Journal de Physique IV、Vol.112、285〜288頁、2003
【非特許文献2】F.G. Caballero、H.K.D. Bhadeshia、K.J.A. Mawella、D.G. Jones、及びP. Brown、Materials Science and Technology、Vol.18、279〜284頁、2002
【非特許文献3】H.K.D.H. Bhadeshia、Materials Science and Engineering A、Vol.481〜482、36〜39頁、2008
【非特許文献4】F.G. Caballero、M.J. Santofima、C. Capdevila、C.G.−Mateo、及びC.G. De Andres、ISIJ International、Vol.46、1479〜1488頁、2006
【非特許文献5】F.G. Caballero、M.J. Santofima、C.G.−Mateo、J. Chao、及びC.G. De Andres、Materials and Design、Vol.30、2077〜2083頁、2009
【非特許文献6】G. Gomez、T. Perez、及びH.K.D.H. Bhadeshia、Strong steels by continuous cooling transformation、「International Conference on New Developments on Metallurgy and Applications of High Strength Steels」、Buenos Aires、Argentina、2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の主要な課題は、従来技術で公知の高価な合金元素を添加しなければならないという欠点を克服して、高強度の無炭化物ベイナイト鋼を製造するための適切な鋼組成物を提案することである。
【0012】
ベイナイト変態を起こすための固定温度での等温保持は、大量のエネルギーを必要とし、環境にはさほど優しくないものである。この公知の方法は、高い生産性及び連続生産も実現することができない。本発明の目的は、鋼の冷却中にベイナイト変態を起こすことにより、環境に優しい方法で鋼を製造することである。このような手法によれば、固定温度での等温保持を必要とせず、エネルギー・コストが節約され、汚染が低減され、既存の工業経路を経て製造することが可能になる。
【0013】
本発明の別の目的は、最小で1300MPaのUTS及び少なくとも20%の伸びを有することのできる鋼の適切な化学的性質を提案することである。
【0014】
本発明の別の目的は、強度及び延性の優れた組合せを提供するために、20〜30%のCに富む安定なオーステナイトと共に、母材中に70〜80%のナノ組織ベイナイトが存在することを確実にすることである。
【0015】
本発明の別の目的は、既存の熱間圧延機のようなプラントで実施できる方法を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の観点によれば、上記目的の1つ又は複数は、以下のベイナイト鋼の提供によって達成できる。すなわち、重量%で、
C:0.25〜0.55
Si:0.5〜1.8
Mn:0.8〜3.8
Cr:0.2〜2.0
Ti:0.0〜0.1
Cu:0.0〜1.2
V:0.0〜0.5
Nb:0.0〜0.06
Al:0.0〜2.75
N:<0.004
P:<0.025
S:<0.025
を有し、残部が鉄及び不可避不純物であるベイナイト鋼。この組成物によれば、従来技術で公知のようにNi及びMoなどの合金元素を添加する必要なく、高強度ベイナイト鋼を得ることができることが証明された。
【0017】
この組成物において、C成分は、最終的なミクロ組織を形成する際に重大な役割を果たす。即ち、ベイナイト鋼の機械的性質をかなりの程度まで制御する。C成分は、固溶強化に非常に有効であり、残留オーステナイトの安定性に対して多大な影響を及ぼす。本発明の目的をかなえるには、C成分は、上記にて示された範囲にあるべきであるが、好ましい具体例によれば、ベイナイト鋼のC成分は0.30〜0.40重量%の範囲にあり、さらにより好ましくは0.30〜0.40重量%の範囲にある。これらの範囲で、本発明による組成物中のCの最適の効果が得られる。
【0018】
組成物中のSi成分は、セメンタイトへの溶解度が非常に低いために、セメンタイト(炭化鉄)の形成を防止する。本発明による組成物において、Si成分は、無炭化物ベイナイトを実現するために必要である。同時にSiは、固溶強化作用も高める。
【0019】
組成物中のAl元素も、Siと同じ理由でセメンタイトの形成を有効に妨げ、その目的でSiを少なくとも部分的に置き換えるのに使用できる。そのために、Si成分は、Al成分に応じて広範にわたり組成物中で変化させてもよい。
【0020】
Si成分が、1.0〜1.8重量%又は1.2〜1.7重量%というより限定された範囲にあり、それが最終的なベイナイト鋼に非常に良好な結果を与える場合、Al成分は、より少なくしてもよい。Al成分の範囲は、Siの量に応じて0.0〜1.50重量%に限定し又はさらに0.0〜0.2重量%程度に低くすることができる。
【0021】
ある量のAlを組成中に含有する別の理由は、Alが製鋼工程中に鋼を脱酸するためである。これは、溶湯から除去するのが容易なより多くの流体スラグを得ることを助ける。
【0022】
ベイナイト鋼の組成物のMnは、時間−温度−変態(TTT)図の拡散ベイ(bay)を時間スケールの右側にシフトさせて、適度な冷却速度であってもフェライトが形成されないようにすることにより、多角形フェライトの形成の可能性を回避する。Mn成分の他の効果は、Mn成分を増加させることによって、ベイナイト形成温度を著しく下げることができることである。これは、微細なベイナイトの形成を容易にする。しかし、Mn成分は、溶接し難い鋼をもたらす可能性があるので高過ぎてはならない。
【0023】
さらにMnは、有効な固溶強化剤であり、降伏強さを著しく改善できる。
【0024】
Mn成分が0.8〜3.8重量%の範囲である場合、時間−温度−変態(TTT)図の拡散ベイは右側に十分移動するため、熱間圧延機では通常の冷却速度によりフェライトが形成されず、十分微細なベイナイトが形成でき、固溶強化も大きくなる。
【0025】
好ましい具体例によれば、Mn成分は1.0〜2.5重量%の範囲である。試験では、1.6〜2.1重量%の範囲のMnに関して非常に良好な結果が得られた。
【0026】
組成物へのCrの添加は、鋼の焼入れ性の改善を助ける。溶接中、Crは、Cと炭化物を形成する可能性があり、熱影響部(HAZ)の鋼の軟化を低減させる。本発明による組成物の良好な結果は、Cr成分0.7〜1.5重量%で得られ、0.9〜1.2重量%でも得られた。
【0027】
組成物中のTiは、利用可能なNと反応し、ひいては微細なTiCN析出物を形成するTiNを形成することになり、析出強化により十分に強度を改善できる。しかしTiの添加は、Tiが多過ぎると、残留オーステナイトを安定化するのに利用可能なC量が減少する可能性があるので、制限されるべきである。そのような理由で、その量は低く保たれ、試験では、その量を0.08重量%又は0.07重量%にさらに減少させてもよいことが示され、0.04重量%の量であっても所望の結果が得られることが示された。
【0028】
またCuの添加も、析出強化により鋼の強化に寄与する。しかし、Cuが多過ぎると巻取りが難しくなり、さらにCuの使用によってコストが増すことになるので、Cu成分には最大値がある。したがって最大値は、1.2重量%に設定される。Cuを添加していない試験試料でも、本発明の目的を満たすことが示されている。
【0029】
元素Nb及びVは、巻取りの間又は後に析出する微細な炭化物及び炭窒化物の形成により、降伏強さに多大な影響を及ぼす。これらの炭化物は、延性を低下させずに鋼の強度を著しく改善することができる。しかし、過剰な強化及び母材の炭素の除去を避けるために、その含有量は、所与の上限に制限される。
【0030】
本発明はさらに、ベイナイト鋼が形成されるように鋼を熱処理することによって、上記組成を有するベイナイト鋼を製造する方法であって、
鋳造スラブを鋼帯(ストリップ)に熱間圧延するステップと、
この鋼帯を、ベイナイト開始温度よりも高い温度まで冷却するステップと、
この鋼帯を、ベイナイト開始温度よりも高い温度で巻き取るステップと、
自然冷却によって、巻き取られた鋼帯を冷却するステップと
を含む方法を提供する。
【0031】
この方法によれば、ベイナイト形成は、鋼帯が巻き取られたとき、即ち熱がさらに加えられない状況で生じることがわかった。巻き取られた鋼帯を、周囲温度まで自然冷却により冷却させる工程では、余分な熱を加えなければならないという必要性なしに、ベイナイトへの変態が起こる。これは、ベイナイト変態を引き起こすために大量の熱を加えて温度を200℃以上に一定に、長時間にわたり保たなければならないという公知の方法にも勝る、大きな利点である。この方法により実現されるかなりのエネルギー節約という利点だけではなく、この方法の別の明らかな利点は、全工程を、バッチ工程に代わって連続工程にできることである。
【0032】
この方法はさらに、
必要とされる組成物の溶鋼を準備するステップと、
鋼をスラブに鋳造するステップと、
スラブを冷却するステップと
を含む。
【0033】
鋳造され冷却されたスラブは、熱間圧延を行うために1250℃に再加熱されてもよい。最終的な熱間圧延温度は少なくとも850℃である。
【0034】
圧延後、熱間圧延鋼帯を、ベイナイト形成開始温度よりも十分高い400〜500℃の範囲の温度まで急冷する。これにより、依然として大部分がベイナイト形成の開始温度よりも高い350〜500℃の範囲の温度で鋼帯を巻き取ることが可能になり、ストリップが非常に急速に冷却されて不完全なベイナイト変態をもたらすことができないようになる。
【0035】
本発明の方法によれば、巻き取られた鋼を周囲温度まで冷却した後に得られる最終的なベイナイト鋼は、無炭化物であり、残留オーステナイトが15〜30%でありベイナイト板の厚さが100nm未満であるミクロ組織を有する。本発明による最終的なベイナイト鋼中の無炭化物ベイナイトが70〜85%であり残留オーステナイトが15〜30%である場合、少なくとも1300MPaの強度及び少なくとも20%の伸びが実現される。鋼の硬さは少なくとも415HVNである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】設計された鋼に関する計算されたTTT図。
図2】設計された鋼組成物に関する計算されたT曲線。
図3a】等温変態温度の関数として計算された残留オーステナイト量を示す図。
図3b】等温変態温度の関数として、薄片型のオーステナイトと塊状のオーステナイトとの計算された比を示す図。
図4】設計された鋼の計算された強度を示す図。
図5】熱間圧延の概略図。
図6】ベイナイト鋼のミクロ組織の(a)光学写真及び(b)SEM写真。
図7】高い転位密度を有するナノスケール・ベイナイトを示すミクロ組織のTEM写真。
図8】連続的に冷却したサンプルのXRD図(実験及びシミュレートによる)。
図9】熱間圧延後に連続冷却変態に起こさせた3つのサンプルの引張試験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0037】
図1は、下記表1に示される範囲の組成物を有するサンプルのTTT図を示す。
【0038】
【表1】
【0039】
図中、B及びMはそれぞれ、ベイナイト開始温度及びマルテンサイト開始温度を表す。この図から、最小冷却速度20℃/秒(すべての熱間圧延機に典型的である)であれば、十分拡散ベイを回避でき、ひいてはフェライトのような高温生成物の形成を回避できることがわかる。B温度とM温度との差により、ベイナイト形成の方法の実施にとって、適度に広い処理窓が提供される。
【0040】
はさらに、ベイナイト形成により抑制される。図2のT曲線により示されるように、ベイナイト系フェライトからのCの除去により、隣接するオーステナイトがCに富むようになる。
【0041】
図2から、変態温度が低くなるほど、オーステナイトのC濃度が高くなることがわかる。その結果、全てのオーステナイトは、ベイナイト変態が停止するまで残留することが予測される。Bが十分に低い場合も、本質的により微細であり且つより高強度化に寄与できる、下部ベイナイトを形成する機会が提供される。
【0042】
ベイナイト変態の進行中、オーステナイト粒の全体は、ベイナイトに即座に変態するわけではない。それは漸進的なプロセスである。最初のベイナイト板が形成されると、隣接するオーステナイトに収容できない過剰な炭素が除去される。したがって、変態のさらなる進展は、ベイナイトが形成されるオーステナイトの炭素成分の高さに起因した自由エネルギーの低下に関連付けられる。最終的に、同じ組成の残留オーステナイトとベイナイト系フェライトとの自由エネルギーが同一になる時間に到達し、さらなる変態は熱力学的に不可能になる。Tは、温度対炭素濃度の軌跡を表し、応力の無い同一組成のオーステナイト及びフェライトは同じ自由エネルギーを有している。残留オーステナイトの炭素濃度がT曲線により定義される限界に達するまで、ベイナイト変態は、ベイナイト系フェライトのサブ単位の連続的核形成によって進行できる。任意の所与の変態温度で生成することのできるベイナイトの最大量は、T曲線により規定された限界を超えることのできない残留オーステナイト炭素濃度により制約を受ける。
【0043】
これによれば、ベイナイト変態は、炭素以外の元素の拡散が極めて取るに足らないような温度で引き起こされる。したがって、ベイナイト変態中に、その他の拡散反応が相互に作用することはなく、温度は、その他の拡散の無い変態生成物に制約を与えるのに十分高いと見なすことができる。隣接するベイナイト−フェライトによるオーステナイトの炭素の高濃度化により、室温で熱的に安定になり、変形されると変態誘起塑性(TRIP)効果を示してマルテンサイト変態するだけである。
【0044】
図3aは、種々の等温度でのベイナイト変態後の残留オーステナイト量の理論計算値を表し、図3bは、塊状のオーステナイトと薄片型オーステナイトとの計算比を示す。図3bでは、塊状のオーステナイトと薄片型オーステナイトとの体積分率は、それぞれVγ−b及びVγ−fにより表される。図3a及び図3bから、変態温度が低くなるほどオーステナイトの量は低下して、予測されるTRIP効果及び最終的な伸びの値に好ましくないことが明らかである。他方、変態温度が低下するほど、薄片型と塊状のオーステナイトの比が高くなるが、これは良好な延性挙動に必要なものである。TRIP効果の間、オーステナイトはマルテンサイトに変態し、材料は加工硬化する。その結果、TRIP効果を起こすことができるように、周囲温度で変態しないままの、ある量のオーステナイトを有することが必要不可欠になる。
【0045】
図3から、温度350℃では、残留オーステナイトの計算量が約24%であり、薄いオーステナイトと塊状のオーステナイトとの比が0.9であることも分かる。さらに低い温度では、変態が非常に緩慢になり、残留オーステナイト量がさらに低下するとは予測されない。
【0046】
【表2】
【0047】
図4は、設計された鋼について計算された全強度が1500MPaを超える可能性があることを示す合金強度を表す。強化の主な寄与は、超微細ベイナイトから得られる。強化のその他の主な寄与は転位密度から得られ、4〜6×10の範囲にあることが計算された。いくつかの近似及び仮定があるので、実際の強度は計算された強度よりも低くなる。連続冷却中のベイナイト変態に関して利用可能な知識はほとんどないので、全ての計算は、変態の等温性を考慮して多くの種々の温度で実施し、次いで連続冷却状態に外挿した。
【0048】
4つの40kgヒート(溶鋼)が、真空誘導炉で作製された。これら4つの鋳造物の化学組成を以下の表2に示す。
【0049】
続いて、鋳造された鋼を40mmの厚さに鍛造し、1100℃で48時間均質化処理を行い、その後、鋼を炉冷した。全ての実験は、この均質化された鋼で実施した。
【0050】
試験片の小片(150mm×100mm×20mm)を、実験用圧延機で熱間圧延するために切断した。ソーキングを1200°で3時間行った。圧延は、6〜7パス以内で終了させ、最終圧延温度は約850〜900℃に保った。実験全体を通して、温度をレーザ放射高温計で測定した。熱間圧延後、試験片をランアウト・テーブル上に保持し、温度が400〜550℃に到達するまで水噴流冷却を行い、最後に試験片を、プログラム可能な炉内に保持して、非常に遅い冷却速度とすることにより、実際のコイル冷却状況を模擬した。最初に熱間圧延機のダウンコイラで巻取った後のコイルの冷却速度を放射高温計で長時間測定し、類似の冷却速度を、シミュレーションの目的で炉内で模擬した。巻取りの模擬のために炉の温度を350〜500℃以内に保った。熱間圧延工程全体の概略図を図5に示す。熱間圧延された厚さは約3.0mmであった。
【0051】
金属組織観察用の試験片を、熱処理された試験片の一端の圧延平面から切断した。試験片を、標準的な手順を使用して研磨し、ナイタールでエッチングした。ここでは図6においてミクロ組織が再現されるが、図6aは光学顕微鏡であり図6bはSEM写真である。光学顕微鏡の画像解析は、Zeiss80DX顕微鏡を備えたAxio−Vision Softwareバージョン4により実施した。かなりの量のベイナイト(約75%)がいくらかの残留(約25%)オーステナイトと共に存在することを示している。拡散変態の生成物、例えばフェライト、セメンタイトは見られず、このように生成されたベイナイトは無炭化物ベイナイトである。ベイナイト板の厚さは、図7に示されるTEM写真で観察できるように100nm未満であり、高度に転位が見られる。
【0052】
残留オーステナイトの体積分率及び格子定数は、商用のソフトウェア、X’Pert High Score Plusを使用することにより、X線データから計算した。X線回折による解析結果を、以下の表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
図8は、計算及び実験により得られたXRD図を、これら2つの差と共に表したものである。XRD解析中、どのフェライトが存在するにせよ、ベイナイト系フェライトだけが拡散ベイとして存在し、その生成物は無視されると想定した。表3から、残留オーステナイトのC成分は、図2に示される計算されたT曲線から予測されたものよりも大きいことが明らかである。T曲線は等温条件で計算され、実際の実験は連続冷却形態で実施されて種々のC濃度を有する種々のオーステナイトが生成されたことに留意すべきである。
【0055】
室温まで連続冷却された後、硬さ測定が、30kg荷重のビッカース硬さ試験機で実施された。硬さの値は425±9VHNになり、これは、熱間圧延され且つ連続冷却された4つの異なるサンプルからの100の読取り値の平均値である。全ての機械的性質(硬さ、YS、UTS、均一伸び、全伸び)については、以下の表4を参照されたい。最大引張強さは1350MPaよりもさらに大きい。
【0056】
【表4】
【0057】
標準的な引張試験片が、50mm長の標準サンプルに関するASTM手順[ASTM E8]に従って鋼から作製され、インストロン引張試験機(モデル番号:5582)により試験された。図9は、最初の3つの試験片の結果を示す。この図から、本発明によるベイナイト鋼は、引張強さ(>1300MPa)と20%超の伸びとの卓越した組合せを有することが明らかである。
図1
図2
図3a
図3b
図4
図5
図6
図7
図8
図9