(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の特許文献1,2に記載されたようなエンジン回転数,燃料噴射量,実着火時期等の入力情報は、特定の燃料性状のみの影響を受けて変化する情報ではないため、必ずしも所望の燃料性状を正確に反映したものとはいえない。
【0007】
例えば、燃料の燃焼性能は、構成成分の含有量だけでなく燃料粘度や燃料温度によっても変化する。これは、構成成分の含有量が同一の燃料を用いたとしても、燃料粘度や燃料温度が相違する場合にはエンジン回転数,燃料噴射量,実着火時期等が変化しうることを意味する。つまり、把握したい燃料性状が複数種類存在する場合に、個々の燃料性状が一つの入力情報に与える影響のみを抽出して観察することは困難である。したがって、それぞれの入力情報に基づく個々の燃料性状の推定精度を向上させることが難しいという課題がある。
【0008】
特に、ディーゼルエンジンやセミディーゼルエンジンといった圧縮着火エンジンに使用される燃料の燃料性状は、燃料のセタン価だけでなく燃料粘度の影響を受けて実質的な燃料噴射量が大きく変化する。そのため、例えば特許文献2に記載のような手法では、セタン価の相違によってもたらされた着火の遅れ時間と燃料粘度の相違によってもたらされた着火の遅れ時間とを切り分けることが難しく、セタン価及び燃料粘度の両方の推定精度が低下してしまう。
【0009】
本件の目的の一つは、上記のような課題に鑑みて創案されたものであり、圧縮着火エンジンの運転時に推定される燃料性状の推定精度を向上させることである。
なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的として位置づけることができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)ここで開示するエンジン制御装置は、エンジンの着火時期の遅れに基づき、燃料のセタン価を推定する第一推定手段と、前記第一推定手段により推定された前記セタン価に基づき、少なくとも燃料噴射時期を補正する第一補正手段とを備える。また、前記エンジンのアイドル運転時の回転数を所定値にするための燃料噴射量に基づき、燃料粘度を推定する第二推定手段と、前記第二推定手段により推定された前記燃料粘度に基づき、少なくとも前記燃料噴射量を補正する第二補正手段とを備える。さらに、前記第一推定手段及び前記第二推定手段の何れか一方による推定の結果に基づき前記第一補正手段又は前記第二補正手段による補正を実施した後で、他方による推定を実施する燃料噴射制御手段を備える。
【0011】
前記燃料噴射制御手段は、前記第一推定手段での推定と前記第二推定手段での推定とを分離して実施する。つまり、前記燃料噴射制御手段は、二種類の推定制御が同時に実施されないように管理する機能を持つ。言い換えると、前記燃料噴射制御手段の機能は、少なくとも一方の推定結果に基づく補正が完了するまでは、他方の推定を実施させない機能である。
【0012】
(2)また、前記燃料噴射制御手段が、前記第一補正手段による補正と前記第二補正手段による補正とを交互に実施することが好ましい。
この場合、前記第一推定手段での推定と前記第二推定手段での推定とが交互に実施されることになる。具体的には、前記第一推定手段での推定がなされた後に前記第一補正手段での補正がなされ、その後、前記第二推定手段での推定がなされた後に前記第二補正手段での補正がなされる。このようなサイクルで推定及び補正が繰り返し実施される。
【0013】
(3)また、前記第一補正手段が、前記燃料噴射時期の補正値を所定上限値以下に制限し、前記第二補正手段が、前記燃料噴射量の補正量を所定上限量以下に制限することが好ましい。
(4)また、前記燃料の温度を検出する温度検出手段を備え、前記第二推定手段が、前記温度検出手段で検出された前記温度に基づき、前記燃料噴射量のリーク量を推定するリーク量推定手段を有するとともに、
前記リーク量推定手段により推定された前記リーク量を加味して、前記燃料粘度を推定することが好ましい。
【0014】
(5)
また、前記燃料の温度を検出する温度検出手段を備え、前記第二推定手段が、前記温度検出手段で検出された前記温度に基づき、前記燃料粘度の推定値
の信頼性を推定する粘度補正値推定手段を有する
とともに、前記第二補正手段が、前記粘度補正値推定手段により推定された前記燃料粘度の推定値の信頼性に基づき、少なくとも前記燃料噴射量を補正することが好ましい。
(6)また、前記エンジンのクランク角速度を検出するクランク角速度検出手段を備えることが好ましい。この場合、前記第一推定手段が、前記クランク角速度に基づき着火時刻を推定する着火時期推定手段と、前記燃料の噴射が完了した時刻から前記着火時刻までの着火遅れ期間を推定する着火遅れ期間推定手段と、前記着火遅れ期間が長いほど前記セタン価を小さく推定するセタン価推定手段と、を有することが好ましい。
【0015】
(7)また、前記エンジンのアイドル運転時の回転数を所定値に制御すべく前記燃料噴射量の補正量を加減するアイドル制御手段を備えることが好ましい。この場合、前記第二推定手段が、前記アイドル制御手段で加減された前記補正量が多いほど前記燃料粘度を高く推定することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
開示のエンジン制御装置によれば、セタン価及び燃料粘度のそれぞれがエンジンの運転状態に与える影響を分離して各々の推定を実施することで、一方の推定結果に基づく補正を他方の推定の前提となるエンジンの運転状態に反映させることができ、それぞれの燃料性状の推定精度を向上させることができる。また、二つの推定の結果に基づく補正の対象が相違するため、制御上の相互衝突を回避することができ、エンジンの運転状態を所望の状態に収束させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図面を参照してエンジン制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。また、以下の実施形態の各構成は、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせてもよく、実施形態の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
【0019】
[1.装置構成]
本実施形態のエンジン制御装置1は、車両に搭載された多気筒ディーゼルエンジン10(圧縮着火エンジン)に適用される。
図1では、このエンジン10に設けられた複数のシリンダー11(気筒)のうちの一つを示す。シリンダー11内を往復摺動するピストン12は、コネクティングロッドを介してクランクシャフト13に接続される。
【0020】
シリンダー11の上部には、燃料噴射用のインジェクター14が設けられる。インジェクター14の先端部はシリンダー11内に突出するように設けられ、各シリンダー11内に直接的に燃料を噴射する。また、インジェクター14の基端部側にはデリバリーパイプ15が接続され、図示しないフィードポンプで加圧された燃料が各インジェクター14に供給される。
【0021】
インジェクター14からの燃料噴射量やその噴射タイミングは、後述するエンジン制御装置1で制御される。例えば、エンジン制御装置1から各インジェクター14に制御パルス信号が伝達され、その制御パルス信号の大きさ(駆動パルス幅)に対応する期間だけ、各インジェクター14の噴射口が開放される。これにより、燃料噴射量は制御パルス信号の大きさに応じた量となり、噴射タイミングは制御パルス信号が伝達された時刻に対応したものとなる。
【0022】
クランクシャフト13の近傍には、クランクシャフト13の回転速度を検出するクランク角センサー16(クランク角速度検出手段)が設けられる。クランクシャフト13には、例えば外縁部に凹凸が形成された円盤状のクランク板が固定される。一方、クランク角センサー16は、クランク板の外縁部の近傍に固定され、クランク板の凹凸形状を検出してクランクパルス信号を出力する。ここで出力されたクランクパルス信号は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0023】
なお、クランクパルス信号の周期はクランクシャフト13が速く回転するほど短くなり、クランクパルス信号の時間密度はエンジンの実回転数Ne(エンジン回転数)やクランクシャフト13の角速度ωに対応したものとなる。したがって、クランク角センサー16は、エンジン回転数Neや角速度ωを検出する手段ともいえる。
【0024】
デリバリーパイプ15の中途には、各インジェクター14に供給される燃料の温度T(燃料温度)を検出する燃料温度センサー17(温度検出手段)が設けられる。ここで検出された燃料温度Tの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。なお、燃料温度Tは燃料の粘度に影響を及ぼし、高温であるほど燃料粘度が低下する。
【0025】
この車両には電子制御装置として、エンジン制御装置1(Engine Electronic Control Unit)が設けられる。エンジン制御装置1は、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、通信線や車載ネットワークを介して他の電子制御装置やクランク角センサー16,燃料温度センサー17等の各種センサー類と接続される。
【0026】
エンジン制御装置1は、エンジン10に関する点火系,燃料系,吸排気系,動弁系といった広汎なシステムを制御する電子制御装置である。エンジン制御装置1の具体的な制御対象としては、インジェクター14からの燃料噴射量や噴射タイミング,吸気弁及び排気弁のバルブリフト量及びバルブタイミング,吸気量(スロットルバルブの開度),EGR量(EGRバルブの開度)などが挙げられる。本実施形態では、エンジン10のアイドル運転時に実施されるいわゆるアイドルスピード制御と、アイドルスピード制御中に実施される燃料性状の推定に関する制御とに着目して、エンジン制御装置1の機能を説明する。
【0027】
[2.制御構成]
図1に示すように、エンジン制御装置1には、第一推定部2,第一補正部3,第二推定部4,第二補正部5,燃料噴射制御部6及びアイドル制御部7が設けられる。これらの各機能は、電子回路(ハードウェア)で実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてよいし、あるいはこれらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0028】
アイドル制御部7(アイドル制御手段)はアイドルスピード制御を実施するものであり、エンジン10のアイドル運転時の燃料噴射量を制御する。アイドルスピード制御とは、アクセル要求がない状態でエンジン回転数Neを所定のアイドル回転数に安定的に維持する制御である。
【0029】
ここでは、エンジン回転数Neを安定させるために必要な燃料噴射量が随時演算され、これに対応する制御パルス信号がインジェクター14に出力される。また、アイドルスピード制御時の燃料噴射量は、基本噴射量に補正係数kを乗算した値として定義される。もちろん、補正係数kに正負の値を取らせて、アイドルスピード制御時の燃料噴射量を「基本噴射量×(1+k)」で定義しても構わないが、以下、前述の補正係数kを乗算する方式で説明する。例えば、エンジン回転数Neの値に応じた大きさの補正係数kが設定され、各インジェクター14から噴射される燃料噴射量がフィードバック制御される。
【0030】
アイドル制御部7は、エンジン回転数Neがアイドル回転数よりも低下したとき、その低下量に応じた大きさのフィードバック補正係数kを自動的に設定し、この補正係数kを基本噴射量に乗算した値に対応する量の燃料が噴射されるようにインジェクター14に制御パルス信号を出力する。一方、エンジン回転数Neがアイドル回転数よりも上昇したときには、その上昇量に応じてフィードバック補正係数kを自動的に小さく設定する。ここで設定される補正係数kの値は、実際にインジェクター14から噴射される燃料噴射量に対応するものであり、第二推定部4にも伝達される。
【0031】
第一推定部2,第一補正部3,第二推定部4,第二補正部5及び燃料噴射制御部6は、燃料性状の推定制御とこれに応じた補正制御とを実施するものである。ここでは、セタン価及び粘度の二種類の燃料性状が推定され、それぞれの燃料性状に応じてエンジン10の運転パラメーターが補正される。
【0032】
第一推定部2(第一推定手段)は、燃料のセタン価に関する推定制御を実施するものである。ここでは、エンジン10の着火時期の遅れに基づいて、セタン価の推定値が演算される。セタン価の推定演算は、エンジン10の運転状態に関する所定の条件が成立しているときに実施される。以下、この所定の条件のことを、セタン価推定条件と呼ぶ。
【0033】
具体的なセタン価推定条件は任意であるが、シリンダー11内での燃焼状態が比較的安定しているときに推定することが好ましい。本実施形態では、エンジン10がアイドル運転状態であり、かつ、第二推定部4及び第二補正部5による粘度の推定演算やこれに係る補正制御が実施中でないことをセタン価推定条件とする。
【0034】
第一推定部2には、セタン価の推定演算を実施するための手段として、着火時期推定部2a,着火遅れ期間推定部2b及びセタン価推定部2cが設けられる。
着火時期推定部2a(着火時期推定手段)は、クランクシャフト13の角速度ωに基づいてシリンダー11内での燃料の着火時刻を推定するものである。ここでは、角速度ωが予め設定された所定値以上になった時刻が着火時刻と推定される。本実施形態では、クランク角センサー16から伝達されるクランクパルス信号の時間密度が所定密度以上になった時刻が着火時刻として推定される。ここで推定された着火時刻は、着火遅れ期間推定部2bに伝達される。
【0035】
着火遅れ期間推定部2b(着火遅れ期間推定手段)は、各シリンダー11での燃料噴射が終了した時刻から着火時刻までの経過時間を「着火遅れ期間」として推定するものである。なお、エンジン10がアイドル運転状態であるときの燃料噴射の終了時刻がほぼ一定であるとみなすことができる場合には、標準的なセタン価を用いたときの着火時刻(標準着火時刻)を基準として、着火時期推定部2aで演算された着火時刻までの経過時間を「着火遅れ期間」としてもよい。ここで推定された着火遅れ期間は、セタン価推定部2cに伝達される。
【0036】
セタン価推定部2c(セタン価推定手段)は、着火時期推定部2aで推定された着火時刻、又は、着火遅れ期間推定部2bで推定された着火遅れ期間に基づいて、燃料のセタン価を推定するものである。ここでは、例えば
図2(a),(b)に示すような関係を利用して、セタン価が推定される。
【0037】
セタン価の低い燃料を用いた場合には、セタン価の高い燃料を用いた場合よりも着火時刻が遅れ、すなわち着火遅れ期間が延長される。したがって、仮に燃料噴射が終了した時刻が一定であるとすると、着火時刻が遅いほどセタン価が低く、あるいは着火遅れ期間が長いほどセタン価が低いものと推定される。ここで推定された燃料のセタン価の情報は、第一補正部3に伝達される。
【0038】
第一補正部3(第一補正手段)は、燃料のセタン価に基づく補正制御を実施するものである。ここでは、第一推定部2で推定されたセタン価に基づき、少なくとも燃料噴射時期が補正される。本実施形態では、燃料噴射時期に加えて、燃料噴射量や吸入空気量,EGR量(排気還流量)等も併せて補正される。
【0039】
例えば、セタン価が低いほど燃料噴射のタイミングを進角側に移動させる制御が実施され、着火時刻が標準着火時刻に近づけられる。また、燃料のセタン価が低いほど、着火遅れ期間の延長に伴って燃料の予混合が促進され、燃焼反応が急峻となるため、燃焼時の騒音(燃焼音)が増大する。そこで、セタン価が低いほど吸入空気量を減少させる制御が実施され、あるいはEGR量を増大させて燃焼速度を減少させる制御が実施されて、燃焼速度が適正化される。これらの吸入空気量,EGR量は、予め設定されたマップを用いて補正値を補間して求めればよい。
【0040】
ただし、燃料噴射時期や燃料噴射量,吸入空気量,EGR量の補正値が大きすぎるとエンジン10の運転状態が急変するおそれがあるため、第一補正部3はこれらの補正値に上限値を設け、所定上限値以上の変化を伴う補正を制限する。
【0041】
燃料のセタン価が低いほど着火時刻がピストンの上死点通過時刻よりも遅れがちとなり、等容度が低下してエンジン10の出力トルクが減少する。一方、燃料噴射時期を補正することで着火時刻が適正化されれば、エンジン10の出力トルクは増加する。また、燃料噴射量の補正によっても出力トルクは変化する。したがって、セタン価に基づく制御は、次に説明する燃料の粘度に基づく制御の前提となるエンジン10の運転状態に影響を与える。
【0042】
第二推定部4(第二推定手段)は、燃料の粘度に関する推定制御を実施するものである。ここでは、アイドルスピード制御時にエンジン回転数Neを所定のアイドル回転数に維持するために必要な燃料噴射量に基づいて粘度が推定される。粘度の推定演算も、セタン価の推定演算と同様に、エンジン10の運転状態に関する所定の条件が成立しているときに実施される。以下、このような所定の条件のことを、粘度推定条件と呼ぶ。
【0043】
具体的な粘度推定条件は任意であるが、シリンダー11内での燃焼状態が比較的安定しているときに推定することが好ましい。本実施形態では、エンジン10がアイドル運転状態であり、かつ、第一推定部2及び第一補正部3によるセタン価の推定演算やこれに係る補正制御が実施中でないことを粘度推定条件とする。
【0044】
第二推定部4には、粘度の推定制御を実施するための手段として、リーク量推定部4a,粘度補正値推定部4b及び粘度推定部4cが設けられる。
リーク量推定部4a(リーク量推定手段)は、燃料温度センサー17で検出された燃料温度Tに基づいて燃料のリーク量を推定するものである。ここでは、例えば
図3(a)に示すような関係を利用して、リーク量が推定される。リーク量とは、燃料系統のシール部分やソレノイドバルブ等から漏出した燃料の量である。
【0045】
燃料温度Tが高温であるほどリーク量が増大し、エンジン10のアイドル運転状態での補正係数kの値が僅かに増大する。つまり、燃料の粘度が同一であってもリーク量が増大すれば、アイドルスピード制御時の燃料噴射量が増大することになる。そこで、本実施形態では正確に粘度を推定すべく、リーク量の影響を考慮する。ここで推定されたリーク量の情報は、粘度推定部4cに伝達される。
【0046】
粘度補正値推定部4b(粘度補正値推定手段)は、燃料温度Tに基づいて粘度推定の感度を推定するものである。ここでは、例えば
図3(b)に示すような関係を利用して、感度が推定される。ここでいう感度とは、燃料の粘度が燃料噴射量に与える影響の大きさ(逆にいえば、燃料噴射量から推定される燃料粘度の信頼性)を意味する。
【0047】
燃料温度Tが低温であるほど粘度が燃料噴射量に反映されやすくなり、すなわち推定される粘度の値が正確なものと推定される。一方、燃料温度Tが高温であるほど、粘度の推定値の信頼性は低下する。そこで、本実施形態ではこの感度を燃料粘度に係る制御に反映させることで制御性を向上させる。ここで推定された感度の情報は、第二補正部5に伝達される。
【0048】
粘度推定部4cは、アイドル制御部7から伝達される補正係数kに基づいて、あるいはこれにリーク量を加味して、燃料の粘度を推定するものである。ここでは、例えば
図3(c)に示すような関係を利用して、粘度が推定される。
【0049】
粘度が低い燃料を用いた場合には、粘度の高い燃料を用いた場合よりも摩擦抵抗や粘性抵抗が増大するため、インジェクター14から実際に噴射される燃料量が減少する。つまり、燃料のセタン価が一定であると仮定すると、エンジン回転数Neを一定のアイドル回転数に維持するための要求される燃料量は粘度の影響を受けて変化し、粘度が低いほど補正係数k(燃料噴射量)が増大する。したがって、補正係数kが大きいほど(燃料噴射量が多いほど)、燃料の粘度が高いものと推定される。
【0050】
なお、リーク量推定部4aで推定されたリーク量を加味した推定を行う場合には、例えばリーク量を補正係数に換算して単位を揃え、これを補正係数kから減じた値に基づいて粘度を推定してもよい。ここで推定された粘度の情報は、第二補正部5に伝達される。
【0051】
第二補正部5(第二補正手段)は、燃料粘度に基づく補正制御を実施するものである。ここでは、第二推定部4で推定された粘度や感度に基づき、少なくとも燃料噴射量が補正される。例えば、粘度が低いほど燃料噴射量を増量して、シリンダー11内での燃焼反応に供される実際の燃料量を適正化する。
【0052】
また、感度が所定感度未満である場合には、推定された粘度の信頼性が低いものと判断して、燃料噴射量の補正量を減少させる。あるいは、感度が所定感度未満である場合に補正を一時的に停止し、感度が所定感度以上の場合(例えば燃料温度Tが低下した場合)に補正を再開することとしてもよい。なお、第二補正部5は、第一補正部3と同様に、燃料噴射量の補正値に上限値を設けて、燃料の急激な増減を制限する制御を実施する。
【0053】
第二補正部5での燃料噴射量の補正によりエンジン10の出力トルクが変化する。また、例えば燃料噴射量が増量されシリンダー11内の燃料濃度が上昇すると、燃料の着火性が改善される。したがって、燃料の粘度に基づく制御は、セタン価に基づく制御の前提となるエンジン10の運転状態に影響を与える。
【0054】
燃料噴射制御部6(燃料噴射制御手段)は、上記のセタン価に関する制御と燃料粘度に関する制御とが同時に実施されることがないように、二つの制御の実施状態を管理するものである。ここでは、第一推定部2で推定演算が実施されてから第一補正部3による補正が実施されるまでの時間と、第二推定部4での推定演算が実施されてから第二補正部5による補正が実施されるまでの時間とが重複しないように、各々の推定演算及び補正制御が分離される。
【0055】
上記の通り、第一補正部3での補正制御(セタン価に基づく制御)は第二推定部4での推定演算に影響を与え、第二補正部5での補正制御(燃料の粘度に基づく制御)は第一推定部2での推定演算に影響を与える。そのため、これらの補正制御や推定演算が同時に並行して実施されると、一方の制御の結果がエンジン10の運転状態に反映される前に他方の制御が実施される可能性があり、制御の相互干渉が発生しかねない。この場合、二つの推定演算の結果がそれぞれ振動し、エンジン10の運転状態が一定の状態に収束しないおそれが生じる。
【0056】
そこで、本実施形態では、燃料噴射制御部6がこれらの二種類の補正制御及び推定演算の調停を図り、一方の制御の実施中に他方の制御が実施されないように管理する。ここでは、上記のセタン価推定条件及び粘度推定条件が判定され、判定結果に応じて第一推定部2及び第二推定部4のそれぞれに推定演算を許可又は禁止する制御信号が出力される。また、燃料噴射制御部6は、これらの二種類の補正制御及び推定演算を交互に実施させる。つまり、一方の推定演算と補正制御がエンジン10の運転状態に反映された後で、他方の推定演算を実施させる。
【0057】
[3.フローチャート]
図4は、エンジン制御装置1で実施される制御の手順を例示するフローチャートである。このフローチャートに示される一連の制御は、エンジン制御装置1の内部で繰り返し実施される。フローチャート上では、セタン価に関する制御フローと燃料粘度に関する制御フローとが直列に設けられている。前者はステップA10〜A50に対応し、後者はステップA60〜A100に対応する。つまり、セタン価に関する制御フローと燃料粘度に関する制御フローとが互いに分離している。これにより、二種類の推定制御のそれぞれの実施状態が分割される。
【0058】
ステップA10では、セタン価推定条件が成立するか否かが燃料噴射制御部6で判定される。例えば、燃焼状態が安定しているアイドル運転状態である場合には、セタン価推定条件が成立するものとしてステップA20へ進む。一方、セタン価推定条件が不成立の場合にはステップA60へ進み、粘度推定条件が判定される。
【0059】
ステップA20では、クランク角センサー16から伝達されるクランクパルス信号がエンジン制御装置1に読み込まれる。続くステップA30では、着火時期推定部2aにおいて、クランクパルス信号の時間密度が所定密度以上になった時刻が着火時刻として推定される。この時間密度はクランクシャフト13の角速度ωに対応し、所定密度以上になった時刻は着火時刻に相当する。また、着火遅れ期間推定部2bでは、燃料噴射が終了した時刻から着火時刻までの経過時間が着火遅れ期間として推定される。
【0060】
ステップA40では、セタン価推定部2cにおいて、着火時刻や着火遅れ期間に基づいてセタン価が推定される。なお、着火時刻,着火遅れ期間の何れか一方に基づいてセタン価を推定してもよいし、両方に基づく二つのセタン価の平均値を最終的な推定値としてもよい。
【0061】
ステップA50では、第一補正部3において、前ステップで推定されたセタン価に基づく補正制御が実施される。ここでは、例えばセタン価が低いほど燃料噴射のタイミングが進角側に補正されるとともに吸入空気量が減少補正され、EGR量が増加補正される。このとき、燃料噴射量も併せて補正してもよい。燃料噴射のタイミングの補正値や吸入空気量の補正値,EGR量の補正値,燃料噴射量の補正値には上限が設定されるため、エンジン10の運転状態の急変が防止される。推定されたセタン価に対応する制御は、このステップでエンジン10の運転状態に反映される。
【0062】
続くステップA60では、粘度推定条件が成立するか否かが燃料噴射制御部6で判定される。例えば、エンジン10がアイドル運転状態である場合には、セタン価に関する制御フローに引き続き燃料粘度に関する制御フローが開始され、ステップA70へ進む。一方、粘度推定条件が不成立の場合にはそのままこのフローを終了する。
【0063】
ステップA70では、燃料温度センサー17で検出された燃料温度Tの情報とアイドル制御部7から伝達される補正係数kの情報とが第二補正部5に読み込まれる。ここで読み込まれる補正係数kには、ステップA50で補正されたエンジン10の運転状態が反映されている。続くステップA80では、リーク量推定部4aにおいて、燃料温度Tに基づいて燃料のリーク量が推定される。また、粘度補正値推定部4bでは、燃料温度Tに基づいて粘度推定の感度が推定される。
【0064】
ステップA90では、粘度推定部4cにおいて、補正係数kやリーク量に基づいて燃料の粘度が推定される。なお、補正係数kのみに基づいて粘度を推定してもよいし、リーク量を加味して推定してもよい。また、ステップA100では、第二補正部5において、前ステップで推定された粘度や感度に基づく補正制御が実施される。
【0065】
ここでは、例えば粘度が低いほど燃料噴射量が増量補正される。燃料噴射量の補正値にも上限が設定されるため、運転状態の急変やトルクショック等も防止される。また、感度が所定感度未満である場合には、燃料噴射量の補正量を減少させてもよい。
このような制御が繰り返し実施される過程で、燃料のセタン価及び粘度がともに更新され、各々の値が徐々に真の値に収束する。
【0066】
[4.作用,効果]
上記のエンジン制御装置1では、燃料噴射制御部6によって二種類の推定制御のそれぞれの実施状態が分離され、燃料セタン価に関する補正制御と粘度に関する補正制御とが時間的に重複しないように管理される。つまり、一方の推定結果に基づく補正が少なくとも完了するまでの間は、他方の推定が実施されない。
【0067】
このように、セタン価及び燃料粘度のそれぞれがエンジン10の運転状態に与える影響を分離して各々の推定を実施することで、一方の推定結果に基づく補正を他方の推定の前提となる運転状態に反映させることができる。例えば、セタン価が一旦推定されると、その推定に基づいて燃料噴射タイミングが補正され、エンジン10の出力トルクが変更される。これによりエンジン回転数Neが変化すると、アイドル制御部7により燃料噴射量も変更される。この変更後の燃料噴射量に基づいて燃料の粘度が推定されるため、粘度の推定値が修正されることになり、粘度の推定精度を向上させることができる。
【0068】
同様に、粘度の推定結果に基づいて燃料噴射量が変更されると、これに応じて着火時刻が変化する。この変化後の着火時刻に基づいて再びセタン価が推定されるため、セタン価の推定精度も向上させることができる。
さらに、二つの推定の結果に基づく補正対象が相違するため、制御上の相互衝突を回避することができ、例えば一方の推定結果に基づく制御内容と他方の推定結果に基づく制御内容とが互いに相殺しあうようなことがない。したがって、各々の推定結果の収束性が向上し、エンジン10の運転状態を所望の状態に収束させることができる。
【0069】
また、上記のエンジン制御装置1では、二種類の補正制御及び推定演算が交互に実施されるため、一方の推定結果を他方の推定内容に繰り返し反映させ続けることができる。つまり、各々の推定結果の収束性を向上させることができ、セタン価の推定精度も粘度の推定精度も、ともに向上させることができる。
【0070】
なお、燃料のセタン価は、着火遅れ期間だけでなく、アイドルスピード制御時の燃料噴射量(エンジントルク)にも影響を与えうるパラメーターであり、燃料の粘度は、エンジン回転数をアイドル回転数に維持するのに必要な燃料噴射量だけでなく、着火遅れ期間や燃焼速度にも影響を与えうるパラメーターといえる。
【0071】
一方、本実施形態では個々の燃料性状とそれらの燃料性状によってエンジン10の運転状態に与えられる影響との関係をあえて固定して捉え、個々の燃料性状の推定演算と補正制御とを交互に実施することで推定演算の収束性を向上させている。したがって、仮に一回の推定演算での推定精度が低いものであったとしても、その推定演算を繰り返し行うことによって推定精度を格段に向上させることができる。
【0072】
また、上記のエンジン制御装置1では、第一補正部3及び第二補正部5でのそれぞれの補正値に上限が設定される。これにより、エンジン10の運転状態の急変やトルクショックの発生を防止することができる。さらに、補正による状態の変化量を小さくすることで、制御ハンチングを防止することができ、燃料性状の推定結果の収束性をさらに向上させることができる。
【0073】
また、上記のエンジン制御装置1では、リーク量推定部4aで燃料温度Tに応じて燃料のリーク量を推定し、リーク量の影響を考慮して粘度推定部4cで粘度を推定している。このような推定演算により、インジェクター14から実際に噴射された燃料量を正確に把握することができ、粘度の推定精度を向上させることができるとともに、延いてはセタン価の推定精度をも向上させることができる。
【0074】
また、上記のエンジン制御装置1では、粘度補正値推定部4bで粘度推定の感度を推定し、その感度に基づいて第二補正部5で燃料噴射量が補正される。このように、燃料温度Tを参照して粘度が燃料噴射量に与える影響の大きさを判断することで、燃料噴射量をより正確に補正することができ、セタン価及び粘度の各々の推定結果の収束性をさらに向上させることができる。
【0075】
また、セタン価に関する制御に関して、上記のエンジン制御装置1では、クランクシャフト13の角速度ωに基づいて燃料の着火時刻が推定される。これにより、着火直後の回転速度の急変を正確に把握することができ、着火時刻の推定精度を高めることができる。したがって、着火遅れ期間を正確に推定することができ、セタン価の推定精度を向上させることができる。
【0076】
さらに、粘度に関する制御に関して、上記のエンジン制御装置1では、エンジン10の燃焼状態が安定しているアイドル運転時の燃料噴射量の補正係数kに基づいて燃料の粘度を推定しているため、燃料性状を正確に把握することができる。
【0077】
[5.変形例]
上述の実施形態では、セタン価に関する制御フローと燃料粘度に関する制御フローとが直列に設けられたものを例示したが、各々の制御フローを分離して表現することも可能である。例えば、
図5(a),(b)に示すように、セタン価推定フローと粘度推定フローを別個に設け、フラグFを用いて互いの実施タイミングを協調させることが考えられる。
【0078】
フラグFは、各々の制御フローが実施されたことを示すものであり、セタン価に関する制御フローが完了したときにF=0に設定され、粘度に関する制御フローが完了したときにF=1に設定される。なお、エンジン制御装置1の電源投入時におけるフラグFの値(初期値)はF=0であるとする。また、
図5(a),(b)中の各ステップのうち、
図4中の各ステップに対応するものには同一の符号を付して説明を省略する。
【0079】
図5(a)に示すように、セタン価推定フローのステップA5では、燃料噴射制御部6においてフラグFがF=0であるか否かが判定される。ここで、F=0であるときにはステップA10へ進み、F≠0であるとき(すなわちF=1のとき)にはそのままこのフローを終了する。また、ステップA50でセタン価に基づく補正制御が実施された後に進むステップA55では、燃料噴射制御部6においてフラグFがF=1に設定される。
【0080】
また、
図5(b)に示すように、粘度推定フローのステップA56では、燃料噴射制御部6においてフラグFがF=1であるか否かが判定される。ここで、F=1であるときにはステップA60へ進み、F≠1であるとき(すなわちF=0のとき)にはそのままこのフローを終了する。また、ステップA100で粘度に基づく補正制御が実施された後に進むステップA105では、燃料噴射制御部6においてフラグFがF=0に設定される。
【0081】
つまり、セタン価に関する制御フローはフラグFがF=0のときにのみ開始され、粘度に関する制御フローはフラグFがF=1のときにのみ開始される。フラグFがF=0となるのは、エンジン制御装置1の電源投入時を除いて、燃料粘度に関する制御フローが完了したときに限られ、フラグFがF=0となるのは、セタン価に関する制御フローが完了したときに限られるため、これらの二つの制御フローが同時に実施されることはない。
【0082】
このように、燃料噴射制御部6が二種類の推定制御をフラグFで管理し、一方の推定結果に基づく補正が実施された後で他方の推定を実施させることにより、上述の実施形態と同様の効果を奏する制御を実施することができる。
【0083】
なお、上述の実施形態では、
図4に示すようにセタン価の推定が粘度の推定よりも先に実施される制御フローを例示したが、これらの実施順序は任意である。何れの推定制御を先に実施した場合であっても、繰り返し推定制御を実施することで得られるセタン価及び粘度の収束値は変わらないものと考えられる。
【0084】
また、上述の実施形態では、一方の推定制御に基づく補正が実施されてから他方の推定制御が実施されるまでの時間が制御されないものを例示したが、補正がエンジン10の運転状態に反映されるまでのタイムラグを考慮して、他方の推定制御の開始を遅らせる構成としてもよい。この場合、例えば粘度推定条件の一つとして「セタン価に関する制御が終了してからの経過時間が所定時間以上であること」を追加することが考えられる。同様に、セタン価推定条件の一つとして「粘度に関する制御が終了してからの経過時間が所定時間以上であること」を追加してもよい。
【0085】
このような各制御の開始条件の追加により、一方の推定結果をエンジン10の運転状態に確実に反映させることができ、燃料性状の推定精度をさらに向上させることができる。
また、上述の実施形態では、エンジン10がアイドル運転状態であることをセタン価推定条件及び粘度推定条件の一つにしたものを例示したが、具体的な条件はこれに限定されない。例えば、アイドル運転状態以外であっても、シリンダー11内での燃焼状態が安定しているとみなせる場合には、燃料性状の推定を実施する構成としてもよい。