特許第5692571号(P5692571)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5692571
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月1日
(54)【発明の名称】DLC被覆部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/26 20060101AFI20150312BHJP
【FI】
   C23C16/26
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2010-229747(P2010-229747)
(22)【出願日】2010年10月12日
(65)【公開番号】特開2012-82477(P2012-82477A)
(43)【公開日】2012年4月26日
【審査請求日】2013年9月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100087701
【弁理士】
【氏名又は名称】稲岡 耕作
(74)【代理人】
【識別番号】100101328
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 実夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137062
【弁理士】
【氏名又は名称】五郎丸 正巳
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 利幸
(72)【発明者】
【氏名】山川 和芳
【審査官】 植前 充司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−046757(JP,A)
【文献】 特表2003−501555(JP,A)
【文献】 特開平10−082390(JP,A)
【文献】 特開2004−022025(JP,A)
【文献】 特開2004−269991(JP,A)
【文献】 特開2004−249412(JP,A)
【文献】 特開平11−100671(JP,A)
【文献】 特開2011−208781(JP,A)
【文献】 特開2005−272901(JP,A)
【文献】 特開2004−169137(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面の少なくとも一部DLC膜で被覆されたDLC被膜部材であって、
基材と、
前記基材を覆う中間層と、
前記中間層を覆うDLC膜とを含み、
前記中間層は、所定の元素がDLCに所定濃度添加されなる低濃度と、前記低濃度層よりも高い濃度の前記元素DLCに添加されてなる高濃度層とを、交互に積層配置した積層構造を有しており、
複数の前記高濃度層の前記元素の添加濃度が、前記基材の表面から離れるに従って低いまたは高い、DLC被膜部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、基材の少なくとも一部がDLC膜で被覆されたDLC被覆部材に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば自動車の燃費を低減させるために、自動車に搭載される各種摺動部材の摺動抵抗を低減させることが求められている。そのため、摺動部材のもとになる基材表面の少なくとも一部を、低摩擦性および耐摩耗性(高硬度性)を有するDLC(Diamond Like Carbon)膜によって被覆する場合がある(たとえば特許文献1参照)。
DLC膜は、基材に対する密着力が弱い。そのため、基材に対するDLC膜の密着力を向上させることが望まれている。
【0003】
また、DLC膜の密着力を向上させるために、たとえば特許文献1に示すように、基材とDLC膜との間にSiCなどの単層膜からなる中間層を形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−71103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のような単層膜からなる中間層を基材とDLC膜との間に形成しても、十分に高い密着力を得ることができない。
また、DLC膜の密着力を向上させるための他の手法として、DLC膜を形成する前に窒化処理や浸炭処理(たとえば、プラズマ窒化やプラズマ浸炭)を行って基材の表層に窒化層や浸炭層を形成することも考えられる。
【0006】
しかしながら、高い密着力を得るのに十分な窒化層や浸炭層を形成するには、高温環境下で窒化処理や浸炭処理を行う必要がある。そのため、基材の材料選択の幅が狭められる。よって、基材の材料選択の幅を確保しつつ、基材に対するDLC膜の密着力を向上させるために、基材とDLC膜との間に適切な中間層を形成する必要がある。
そこで、本発明の目的は、新規な中間層を基材とDLC膜との間に形成し、これにより、基材に対するDLC膜の密着力が高い被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の発明は、基材(200)の表面の少なくとも一部DLC膜(400)で被覆されたDLC被膜部材(100)であって、基材(300)と、前記基材を覆う中間層と、前記中間層を覆うDLC膜とを含み、前記中間層は、所定の元素がDLCに所定濃度添加されなる低濃度(302,304)と、前記低濃度層よりも高い濃度の前記元素DLCに添加されてなる高濃度層(301,303,305)とを、交互に積層配置した積層構造を有しており、複数の前記高濃度層の前記元素の添加濃度が、前記基材の表面から離れるに従って低いまたは高い、DLC被膜部材である。
【0008】
なお、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、特許請求の範囲を実施形態に限定する趣旨ではない。以下、この項において同じ。
この構成によれば、中間層は、低濃度と高濃度層とを交互に積層配置した積層構造を有している。また、複数の高濃度層の元素の添加濃度が、基材の表面から離れるに従って低いまたは高い
【0009】
DLCに所定の元素を添加すると、DLC中の共有結合の数が減少するので、そのDLCは比較的柔らかくなる。そして、DLC中の当該元素の濃度(添加量)を高めるに従ってそのDLCは柔らかくなる。
所定の元素が添加されたDLCから中間層がなるので、比較的柔らかい中間層を得ることができる。基材とDLC膜との間の密着は、通常、DLC膜内に生じる内部応力によって阻害されるが、中間層が柔らかいと、その中間層によりDLC膜中の内部応力を吸収することができる。これにより、基材に対するDLC膜の密着力を高めることができる。
【0010】
また、中間層が積層構造であるので、仮に、中間層の一部にクラックが生じた場合でも、そのクラックの成長は抑えられる。そのため、耐クラック性に優れた中間層を得ることができる。
しかしながら、中間層の全ての層が柔らかいと、中間層の剛性が低下し、DLC膜の密着性が却って悪くなるおそれがある。
【0011】
これに対し、請求項1の発明では、中間層が、低濃度層と高濃度層とを交互に積層配置した積層構造を有し、さらに、複数の高濃度層の元素の添加濃度が、基材の表面から離れるに従って低いまたは高いので、基材に対するDLC膜の密着力を高めることができる
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係るDLC被覆部材の表層部分の断面図である。
図2図1に示すDLC膜および中間層の形成に用いられるCVD装置の構成を模式的に示す図である。
図3】この発明の他の実施形態に係るDLC被覆部材の中間層におけるSi濃度の分布を模式的に示すグラフである。
図4図3に示すDLC被覆部材の中間層におけるH濃度の分布を模式的に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1を参照して、DLC被覆部材100は、たとえば、摺動部材や装飾品として用いられる。摺動部材としては、たとえば、摩擦クラッチのクラッチプレート、ステアリング装置のウォーム(歯面にDLC膜を形成)、軸受の内外輪(軌道面にDLC膜を形成)または保持器、およびプロペラシャフト(駆動軸、雄スプライン部および/または雌スプライン部にDLC膜を形成)が挙げられる。
【0014】
DLC被覆部材100は、基材200と、基材200の表面を覆う中間層300と、中間層300の表面を覆うDLC膜400とを含む。中間層300およびDLC膜400は、それぞれ、膜厚が数μm〜数十μm程度の薄膜である。
DLC膜400の表面は、DLC被覆部材100の最表面の少なくとも一部を形成している。DLC被覆部材100が摺動部材として用いられる場合、DLC膜400の表面は、他の部材に摺動する摺動面として機能する。DLC被覆部材100が摺動部材として用いられる場合、基材200の材質は、たとえば、工具鋼、炭素鋼、ステンレス鋼、クロムモリブデン鋼およびステンレス鋼のいずれかである。
【0015】
中間層300は、基材200の表面を覆う第1中間層(第1層)301と、第1中間層301の表面を覆う第2中間層302と、第2中間層302の表面を覆う第3中間層303と、第3中間層(第2層)303の表面を覆う第4中間層304と、第4中間層304の表面を覆う第5中間層(第3層)305とを備え、5層構造を有している。これらの層301〜305は、いずれもSi(ケイ素。所定の元素)が添加されたDLCからなる。
【0016】
また、中間層300およびDLC膜400は、たとえば、直流パルスプラズマCVD(Direct Current Plasma Chemical Vapor Deposition)法によって形成されている。直流パルスプラズマCVDでは、基材200に対して電圧が断続的に印加される。したがって、基材200に対して電圧が印加され続ける直流プラズマCVD法に比べて、基材200の温度上昇に繋がる異常放電の発生が抑制される。これにより、中間層300およびDLC膜400は、基材200の温度が低温(たとえば、300℃以下)に維持された状態で形成されている。したがって、中間層300およびDLC膜400が直流プラズマCVD法によって形成される場合に比べて、基材200の材料選択の幅が広い。
【0017】
層301〜305に含まれるSiの濃度(以下「Si濃度」という。)は互いに異なっている。5層の層301〜305の中では、第1中間層301のSi濃度が最も高く、次いで第5中間層305のSi濃度が高い。また、第2、第3および第4中間層302,303,304のSi濃度は、第1および第5中間層301,305のSi濃度よりも低い。なお、第1中間層301のSi濃度(Si/(Si+C))は、たとえば約25〜30at.%である。
【0018】
また、層301〜305のDLCに含まれるH(水素)の濃度(以下「H濃度」という。)は互いに異なっている。5層の層301〜305の中では、第3中間層301のH濃度が最も高く、次いで第4中間層304および第5中間層305のH濃度が並んでいる。第4中間層304および第5中間層305に次いで高いのが第1中間層301であり、第2中間層302のH濃度が最も低い。なお、第1中間層301のH濃度(H/(H+C))は、たとえば約25〜30at.%である。
【0019】
各層301〜305のSi濃度、H濃度、硬さおよび厚さをそれぞれ表1に示す。表1では、第1中間層301の値(濃度、硬さおよび厚さ)を基準として(1として)表している。また、Si濃度およびH濃度はモル分率の比を表している。さらに、この表1において、「p〜q(p,qはそれぞれ所定の値)」とは、pを超えてq未満である所定の値を示している。したがって、第2中間層302のSi濃度が「0.7〜0.9」とあるのは、その層302のSi濃度が0.7を超えて0.9未満の所定の値であることを示している。
【0020】
【表1】
【0021】
図2は、中間層300およびDLC膜400の形成に用いられるCVD装置1の構成を模式的に示す図である。
CVD装置1は、隔壁2で取り囲まれた処理室3と、処理室3内で基材200を保持する基台5と、処理室3内に成分ガス(原料ガスを含む。)を導入するためのガス導入管6と、処理室3内を真空排気するための排気系7と、処理室3内に導入されたガスをプラズマ化させるための直流パルス電圧を発生させる電源8とを備えている。
【0022】
基台5は、水平姿勢をなす支持プレート9と、鉛直方向に延び、支持プレート9を支持する支持軸10とを備えている。この実施形態では、基台5として、支持プレート9が上下方向に3つ並んで配置された3段式のものが採用されている。基台5は、全体が銅などの導電材料を用いて形成されている。基台5には電源8の負極が接続されている。基材200は、支持プレート9上に載置される。
【0023】
また、処理室3の隔壁2は、ステンレス鋼等の導電材料を用いて形成されている。隔壁2には、電源8の正極が接続されている。また隔壁2はアース接続されている。隔壁2と基台5とは絶縁部材11によって絶縁されている。そのため隔壁2はアース電位に保たれている。電源8がオンされて直流パルス電圧が発生されると、隔壁2と基台5との間に電位差が生じる。
【0024】
また、ガス導入管6は、処理室3内における基台5の上方を水平方向に延びている。ガス導入管6の基台5に対向する部分には、ガス導入管6の長手方向に沿って配列された多数のガス吐出孔12が形成されている。ガス吐出孔12から原料ガスが吐出されることにより、処理室3内に原料ガスが導入される。
ガス導入管6には、成分ガスとして原料ガスおよびキャリアガスが供給される。原料ガスとしては、メタン(CH)やアセチレン(C)、ベンゼン(C)、トルエン(C)などの炭化水素系ガス、テトラメチルシランガス(Si(CH)やシロキサンなどの有機ケイ素化合物ガス、および水素ガス(H)などが供給されるようになっている。キャリアガスとしては、アルゴン(Ar)などが供給されるようになっている。ガス導入管6には、各成分ガスの供給源(ガスボンベや液体を収容する容器等)からそれぞれの成分ガスを処理室3に導くための複数の分岐導入管(図示せず)が接続されている。各分岐導入管には、各供給源からの成分ガスの流量を調節するための流量調節バルブ(図示せず)等が設けられている。また供給源のうち液体を収容する容器には、必要に応じて、液体を加熱するための加熱手段(図示せず)が設けられている。
【0025】
排気系7は、処理室3に連通する第1排気管13および第2排気管14と、第1開閉バルブ15、第2開閉バルブ16、および第3開閉バルブ19と、第1ポンプ17および第2ポンプ18とを備えている。
第1排気管13の途中部には、第1開閉バルブ15および第1ポンプ17が、処理室3側からこの順で介装されている。第1ポンプ17としては、たとえば油回転真空ポンプ(ロータリポンプ)やダイヤフラム真空ポンプなどの低真空ポンプが採用される。油回転真空ポンプは、油によってロータ、ステータおよび摺動翼板などの部品の間の気密空間および無効空間の減少を図る容積移送式真空ポンプである。第1ポンプ17として採用される油回転真空ポンプとしては、回転翼型油回転真空ポンプや揺動ピストン型真空ポンプが挙げられる。
【0026】
また第2排気管14の先端は、第1排気管13における第1開閉バルブ15と第1ポンプ17との間に接続されている。第2排気管14の途中部には、第2開閉バルブ16、第2ポンプ18、および第3開閉バルブ19が、処理室3側からこの順で介装されている。第2ポンプ18としては、たとえばターボ分子ポンプ、油拡散ポンプなどの高真空ポンプが採用される。
【0027】
処理室3内の気体は、第1ポンプ17および第2ポンプ18によって処理室3から排出される。中間層300またはDLC膜400を形成するときには、基材200が支持プレート9上に載置された状態で処理室3内を排気し、かつ原料ガスを処理室3内に継続的に導入して処理室3内を所定の低圧(たとえば100Pa〜400Pa程度)に維持しながら、電源8をオンし、隔壁2と基台5との間に電位差を生じさせることにより、処理室3内にプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内において原料ガスからイオンやラジカルが生成されるとともに、このイオンやラジカルが電位差に基づいて基台5側、すなわち基材200の表面に引き付けられる。そして、基材200の表面にDLCが堆積し、これにより中間層300やDLC膜400が形成される。この実施形態では、中間層300の形成時には、炭化水素系ガス、有機ケイ素化合物ガスおよび水素ガスなどがガス導入管6に供給され、DLC膜400の形成時には、炭化水素系ガスや水素ガスをガス導入管6に供給する。これにより、Siが添加された中間層300を形成することができるとともに、DLCだけからなるDLC膜400を形成することができる。
【0028】
また、複数の層301〜305の形成時において、ガス導入管6に供給される全ての原料ガスにおける有機ケイ素化合物ガスの流量割合を変化させることにより、各層301〜305のSi濃度を所期の値にすることができる。また、複数の層301〜305の形成時において、炭化水素系ガスや水素ガスの流量比を変化させることにより、各層301〜305のH濃度を所期の値にすることができる。具体的には、第1中間層301の形成時における成分ガス中の元素組成比(モル比)は、たとえばC:H:Si:Ar=17.7:67.2:0.9:14.2である。第2中間層302の形成時における成分ガス中の元素組成比(モル比)は、たとえばC:H:Si:Ar=15.5:58.9:0.7:24.9である。また、第3中間層303の形成時における成分ガス中の元素組成比(モル比)は、たとえばC:H:Si:Ar=13.7:63.4:0.7:22.2である。第4中間層304の形成時における成分ガス中の元素組成比(モル比)は、たとえばC:H:Si:Ar=15.5:71.3:0.7:12.5である。第5中間層305の形成時における成分ガス中の元素組成比(モル比)は、たとえばC:H:Si:Ar=16.5:69.4:0.8:13.3である。
【0029】
また、中間層300やDLC膜400は、たとえば、直流パルスプラズマCVD法ではなく、他のプラズマCVD法(直流プラズマCVD法や高周波プラズマCVD法)を用いて形成することもできる。
さらに、イオンビームスパッタ法や、DC(直流)スパッタ法、RF(高周波)スパッタ法、マグネトロンスパッタ法を用いて、中間層300やDLC膜400を形成することもできる。
【0030】
次に、実施例および比較例について説明する。
<実施例>
高速度工具鋼(SKH4)製の基板上に、図1に示す中間層300を形成するとともに、中間層300上に、図1に示すDLC膜400を形成して、DLC被覆部材を形成した。中間層300およびDLC膜400の形成は、図2に示すCVD装置1を用いて、直流パルスプラズマCVD法により行った。
<比較例1>
高速度工具鋼(SKH4)製の基板上に、直接、図1に示すDLC膜400を形成して、DLC被覆部材を形成した。DLC膜400の形成は、図2に示すCVD装置1を用いて、直流パルスプラズマCVD法により行った。
<比較例2>
高速度工具鋼(SKH4)製の基板上に、傾斜膜からなる中間層を形成するとともに、その中間層上に、図1に示すDLC膜400を形成して、DLC被覆部材を形成した。その中間層およびDLC膜400の形成は、図2に示すCVD装置1を用いて、直流パルスプラズマCVD法により行った。
【0031】
この傾斜膜からなる中間層は、DLC膜400に近づくに従って連続的かつ緩やかに組成が変化している。
これら実施例および比較例1,2のDLC被覆部材のDLC膜に対して剥離試験を行った。この剥離試験は、日本機械学会基準JSME S010(1996)において規定されたスクラッチ試験である。実施例および比較例1,2のDLC被覆部材に対する剥離試験の結果を表2に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
実施例のDLC膜(DLC膜400)の剥離荷重(「臨界剥離荷重」ともいう。表1に示す「密着力」)は27.6Nである。比較例1,2のDLC膜の剥離荷重はそれぞれ9.6N、18.0Nであり、これにより、実施例のDLC被覆部材において、DLC膜と基板との間の密着性が非常に優れていることがわかる。
以上によりこの実施形態によれば、中間層300は積層構造を有している。また、中間層300に含まれる各層301〜305は、Siが添加されたDLCからなる。さらに、第3中間層303が、その第3中間層303よりもSi濃度の高い第1中間層301および第5中間層305に挟まれている。
【0034】
DLCにSiを添加すると、DLC中の共有結合の数が減少するので、そのDLCは比較的柔らかくなる。そして、DLC中のSi濃度を高めるに従ってそのDLCは柔らかくなる。
Siが添加されたDLCによって各層301〜305が構成されているので、比較的柔らかい中間層300を得ることができる。中間層300が柔らかいと、その中間層300によりDLC膜400中の内部応力を吸収することができる。これにより、基材200に対するDLC膜400の密着力を高めることができる。
【0035】
また、中間層300が5層構造であるので、仮に、中間層300の一部にクラックが生じた場合でも、そのクラックの成長は抑えられる。そのため、耐クラック性に優れた中間層300を得ることができる。
しかしながら、中間層300を構成する全ての層301〜305が柔らかいと、中間層300の剛性が低下し、DLC膜400の密着性が却って悪くなるおそれがある。
【0036】
これに対し、この実施形態に係るDLC被膜部材100では、第3中間層303が、その第3中間層303よりもSi濃度の高い第1中間層301および第5中間層305に挟まれているので、中間層300全体の剛性の低下を防止することができる。これにより、中間層300全体の剛性を保ちつつ、基材200に対するDLC膜400の密着力を高めることができる。
【0037】
また、第3中間層303のH濃度(含有水素量)が、第1中間層301および第5中間層305の双方のH濃度(含有水素量)よりも多い。DLC中におけるH濃度の上昇に伴って、当該DLCは柔らかくなる。そのため、DLC膜400中の内部応力を中間層300によってより一層吸収することができ、これにより、基材200に対するDLC膜400の密着力をより一層高めることができる。
【0038】
図3は、この発明の他の実施形態に係るDLC被覆部材1の中間層300におけるSi濃度の分布を模式的に示すグラフである。図4は、このDLC被覆部材1の中間層300におけるH濃度の分布を模式的に示すグラフである。
この図3および図4に示す実施形態は、中間層300の各層301〜305のSi濃度およびH濃度が、図1および図2に示す実施形態と相違している。
【0039】
図3に示すように、第1中間層(高濃度層)301のSi濃度は隣接する第2中間層(低濃度層)302のSi濃度よりも高い。また、第3中間層(高濃度層)303のSi濃度は両隣の第2中間層302および第4中間層(低濃度層)304のそれぞれのSi濃度よりも高い。さらに、第5中間層(高濃度層)305のSi濃度は隣接する第4中間層304のSi濃度よりも高い。言い換えれば、Si濃度の比較的高い層301,303,305と、Si濃度の比較的低い層302,304とが交互に積層配置されている。そして、第1、第3および第5中間層301,303,305について言えば、基材200の表面から離れるに従ってSi濃度が低くなっているとともに、第2および第4中間層302,304について言えば、基材200の表面から離れるに従ってSi濃度が低くなっている。
【0040】
また、図4に示すように、第1中間層(高濃度層)301のH濃度は隣接する第2中間層(低濃度層)302のH濃度よりも高い。また、第3中間層(高濃度層)303のH濃度は両隣の第2中間層302および第4中間層(低濃度層)304のそれぞれのH濃度よりも高い。さらに、第5中間層(高濃度層)305のH濃度は隣接する第4中間層304のH濃度よりも高い。言い換えれば、H濃度の比較的高い層301,303,305と、H濃度の比較的低い層302,304とが交互に積層配置されている。そして、第1、第3および第5中間層301,303,305について言えば、基材200の表面から離れるに従ってH濃度が低くなっているとともに、第2および第4中間層302,304について言えば、基材200の表面から離れるに従ってH濃度が低くなっている。
【0041】
この場合、第1層、第2層および第3層の組み合わせとして、第1、第2および第3中間層301,302,303の組み合わせ、第2、第3および第4中間層302,303,304の組み合わせ、および第3、第4および第5中間層303,304,305の組み合わせを挙げることができる。
以上、この発明の2つの実施形態について説明したが、本発明はさらに他の形態を用いて実施することもできる。
【0042】
第1実施形態において、第2〜第4中間層302〜304のいずれかのSi濃度が第1および第5中間層301,305のSi濃度よりも高くてもよい。
また、第1実施形態において、第2膜を第3中間層303として説明したが、第2膜を第2中間層302とすると、第2膜のH濃度は、第1および第5中間層301,305のH濃度よりも低い、と言うこともできる。
【0043】
また、各実施形態において5層構造の中間層300を例に挙げて説明したが、中間層は、3層または4層であってもよいし、6層以上であってもよい。
また、中間層300における基材200の表面との境界部分に、基材200の表面から離れるに従って連続的かつ緩やかに組成が変化する傾斜膜を形成してもよい。
また、たとえば、DLC膜400として他の元素を何も添加していないものを例示したが、Fe(鉄)、Si、Co(コバルト)およびTi(チタン)のうち少なくとも1つの元素が添加されていてもよい。
【0044】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0045】
100…DLC被膜部材、200…基材、300…中間層、301…第1中間層、302…第2中間層、303…第3中間層、304…第4中間層、305…第5中間層、400…DLC膜
図1
図2
図3
図4