【実施例】
【0035】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
[参考例1 シロイヌナズナの栽培条件]
以降で用いるシロイヌナズナ野生株及び遺伝子破壊株は、次の条件で栽培した。
(1)栽培用基本培地の調製
pH6.0付近に調整した1/2MS寒天培地(1/2MS塩、0.8%アガロース)を、121℃で20分間オートクレーブした後、無菌条件下において寒天培地を作製した。
(2)シロイヌナズナ種子の播種及び生育
野生株及び遺伝子破壊株の種子を、滅菌処理後、上記(1)により調製した1/2MS寒天培地に播種した。5日間4℃において低温処理した後、人工気象器(製品番号:MLR−350、SANYO社製)を用いて20℃、中日光条件下(12時間明期/12時間暗期)において生育させた。
【0037】
[実施例1 シロイヌナズナAtHOL1遺伝子破壊株の単離]
シロイヌナズナ野生株のAtHOL1上にT−DNA(Transfer−DNA)が挿入された形質転換シロイヌナズナの種子を含む種子プール(Stock name:SALK005204C)を、Nottingham Arabidopsis Stock Centre(NASC)より入手した。これらの種子プールから、T−DNAが染色体上の2個のAtHOL1遺伝子の両方に挿入されることにより、AtHOL1遺伝子のmRNAの蓄積が抑制される株を以下の手順により単離した。
【0038】
(1)PCR法によるT−DNA挿入の確認
まず、種子プールの各種子を栽培し、得られた各植物体から染色体DNAを抽出した。
この抽出した染色体DNAを鋳型として、T−DNA配列に特異的なオリゴDNAプライマー(LBb1)及びAtHOL1遺伝子配列に特異的なオリゴDNAプライマー(AtHOL1−2)を用いてPCRを行うことにより、T−DNAの挿入の有無を判別した。すなわち、PCR産物が得られた種子にはT−DNAがAtHOL1遺伝子上に挿入されており、PCR産物が得られなかった種子にはT−DNAはAtHOL1遺伝子上に挿入されていないと判別することができる。
また、同じく抽出した染色体DNAを鋳型として、T−DNAの挿入領域(AtHOL1遺伝子のほぼ全長)を挟むように設計された2種類のオリゴDNAプライマー(AtHOL1−2及びAtHOL1−3)を用いてPCRを行うことにより、T−DNAのホモ挿入の有無を判別した。すなわち、PCR産物が得られた種子には染色体上の2個のAtHOL1遺伝子の一方にのみT−DNAが挿入されており、PCR産物が得られなかった種子にはT−DNAが染色体上の2個のAtHOL1遺伝子の両方に挿入されていると判別することができる。
なお、各PCRは、PCR反応酵素としてEx Taq(Takara社製)を用い、94℃で20秒間、55℃で30秒間、72℃で3分間を1サイクルとし、これを30サイクル繰り返す反応条件で行った。また、PCR産物の有無の確認は、アガロースゲル電気泳動により解析した。
【0039】
(2) T−DNA挿入部位の確認
上記(1)により単離したAtHOL1遺伝子破壊株の染色体DNAを鋳型として、オリゴDNAプライマー(LBb1)及びオリゴDNAプライマー(AtHOL1−2)を用いて、上記と同様にしてPCRを行い、T−DNAの境界領域を含むDNA断片を増幅した。得られたDNA断片を、オートシークエンサー(製品名:ABI PRISM 3100−Avant Genetic Analyzer、Applied Biosystems社製)を用いて塩基配列を決定し、AtHOL1遺伝子上のT−DNA挿入部位を確認した。
【0040】
(3) RT−PCRによるAtHOL1遺伝子のmRNA量の解析
上記(1)により単離したAtHOL1遺伝子破壊株を、播種後約4週間、中日条件下で生育させた幼苗から、OughamらによるHot Phenol法(Physiologia Plantarum, 1990, vol.79, p331-338)を改変した方法により、total RNAを抽出した。オリゴDNAプライマー(attB2T19VN)とMMLV逆転写酵素(Promega社製)を用いて逆転写反応を行い、この抽出したRNAからcDNAを合成した。
得られたcDNAを鋳型として、2種類のオリゴDNAプライマー(AtHOL1−2及びAtHOL1/2−1)を用いてPCRを行うことにより、AtHOL1遺伝子のmRNAの蓄積の有無を判別した。内部標準としてAtPP2AA3遺伝子のmRNAを、2種類のオリゴDNAプライマー(AtPP2AA3−1及びAtPP2AA3−2)を用いて検出した。なお、PCRは、PCR反応酵素としてEx Taq(Takara社製)を用い、94℃で20秒間、55℃で30秒間、72℃で50秒間を1サイクルとし、これを35サイクル繰り返す反応条件で行った。また、PCR産物の有無の確認は、アガロースゲル電気泳動により解析した。
この結果、PCR産物は検出されず、上記(1)により単離したAtHOL1遺伝子破壊株には、AtHOL1遺伝子のmRNAが蓄積されていないことが確認された。
【0041】
また、表2に、上記(1)〜(3)で用いたオリゴDNAプライマーの塩基配列を示す。
【0042】
【表2】
【0043】
[実施例2 植物細胞内のヨウ化物イオンの定量]
実施例1において単離したAtHOL1遺伝子破壊株及びシロイヌナズナ野生株の植物細胞内のヨウ化物イオン濃度を調べた。
具体的には、以下のようにして行った。
【0044】
(1)検量線の作成
各種濃度(3、4、8、16、32、又は64μM)のヨウ化カリウム(KI)溶液10μlを、イオンクロマトグラフ用カラムを接続した液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器(600 pump、600E system controller、486 tunable absorbance detector、Waters社)に導入し、230nmの吸光度をもとにヨウ化物イオン量を測定した。
測定結果から、検量線を作成した。得られた検量線を
図4に示す。図中、横軸は液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器に導入したヨウ化カリウム量(pmol)、縦軸は液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器により検出したヨウ化物イオンのピーク面積を示す。
【0045】
(2)シロイヌナズナ細胞抽出液中のヨウ化物イオンの定量
参考例1で調製した1/2MS寒天培地に播種して1ヶ月生育させた後のAtHOL1遺伝子破壊株及びシロイヌナズナ野生株の幼苗約50mgに、80%アセトンを200μl添加し、細胞破砕装置(TissueLyser LT、Qiagen社)を用いて破砕後、遠心分離し、上清を回収した。この操作を数回行って回収した全上清を、減圧乾固した後、超純水に溶解した。この溶液をさらに遠心分離し、回収された上清をシロイヌナズナ細胞抽出液とした。
シロイヌナズナ新鮮重量4.5mg分の抽出液を、液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器に導入し、ヨウ化物イオン量を測定した。
図4に示した検量線を用いて、測定結果から各シロイヌナズナ細胞抽出液中のヨウ化物イオン量を定量した。定量結果を
図5に示す。縦軸は液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器により検出したヨウ化物イオン量を示す。この結果、AtHOL1遺伝子破壊株(図中、「hol1」)は、シロイヌナズナ野生株(図中、「WT」)の約12倍もヨウ化物イオン量が高いことが確認された。これらの結果から、HOL遺伝子の機能を破壊することにより、植物体のヨウ素含有量を高められることが明らかである。
【0046】
[実施例3 OsHOL1のメチルトランスフェラーゼ酵素活性の測定]
(1)検量線の作成
各種濃度(20、40、60、80、100μM)のS−Adenosyl−L−homocysteine(SAH)各75μLと、等量の1M HClO
4とをそれぞれ混合し、遠心分離後、上清を回収した。回収された上清50μLを、ODSカラムを接続した液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器(600 pump、600E system controller、486 tunable absorbance detector、Waters社)に導入し、イオン対クロマトグラフにより分離し、254nmの吸光度をもとにSAH量を測定した。
測定結果から、検量線を作成した。得られた検量線を
図6に示す。図中、横軸は液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器に導入したSAH量(nmol)、縦軸は液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器により検出したSAHのピーク面積を示す。
【0047】
(2)シロイヌナズナAtHOL1及びイネOsHOL1融合タンパク質のメチル基転移酵素活性の測定
大腸菌用タンパク質発現ベクターpDEST15−Tベクターに、AtHOL1全長を含むcDNAを導入したものをpDEST15−T−AtHOL1とし、OsHOL1全長を含むcDNAを導入したものをpDEST15−T−OsHOL1とした。なお、pDEST15−Tベクターは、pDEST15ベクター(Invitrogen社製)を、Thrombin処理によりGSTタグが切断できるように改変したものである。
これらの各プラスミドを保持する大腸菌BL21(DE3)を、アンピシリン50μg/mlを含むLB培地で37℃の条件において培養した。OD600が0.3〜0.5に到達後、IPTG(終濃度0.8mM)及びエタノール(終濃度3%)を添加し、25℃で約6時間培養した。このタンパク質発現誘導大腸菌を50mLチューブに回収し、遠心分離によりペレットを得て、−20℃に保存した。このペレットを、1% Triton X−100を添加した1×PBS bufferに溶解し、氷で冷却しながら超音波発生機(UD−200、トミー精工)を用いて超音波破砕処理を行った。得られた大腸菌の破砕液を遠心分離後、上清を回収し、Glutathione−Sepharose 4B(GE Healthcare)を充填したカラムを用いて精製を行った。回収されたGST融合AtHOL1タンパク質及びGST融合OsHOL1タンパク質を含む溶液は、限外濾過カラムを用いてbuffer交換を行った。回収されたGST融合AtHOL1タンパク質及びGST融合OsHOL1タンパク質のタンパク質量は、Bradford法により定量した。
各タンパク質1mgにつき1unitのThrombin溶液をそれぞれ添加して、室温で約6時間インキュベートした。Thrombin処理されたサンプルを4mL程度に希釈した後に、Glutathione−Sepharose 4Bを充填したカラムを通過させることにより、GSTタンパク質をカラムに吸着させて除くことにより、GSTタグを切断除去したAtHOL1タンパク質及びOsHOL1タンパク質の溶液を得た。回収されたタンパク質溶液に、グリセロール(終濃度30%)及びDTT(終濃度1mM)を添加し、−20℃で保存した。また、カラム精製によって得られたタンパク質を10%のSDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動(30mA/ゲル1枚)し、CBB染色を行うことにより、AtHOL1タンパク質及びOsHOL1タンパク質が精製されていることを確認した。
【0048】
得られたAtHOL1タンパク質及びOsHOL1タンパク質のヨウ化物イオンに対するメチル基転移酵素活性を測定するために、終濃度0.1M Tris acetate(pH 7.5)、各タンパク質、各基質溶液(終濃度0.1mM KI、及び終濃度0.5mM SAM)を含む全量75μLの反応液を、25℃で1時間反応させた。インキュベート後の反応液に、反応液と等量の1M HClO
4を添加してよく混合することにより、反応を停止させた。この反応液を遠心分離した後、回収された上清50μLを液体クロマトグラフ/UV−VIS検出器に導入し、酵素反応により生成するSAHを定量した。
図6に示した検量線を用いて、測定結果から、精製したAtHOL1タンパク質及びOsHOL1タンパク質のヨウ化物イオンに対するSAM依存的なメチル基転移酵素活性を測定した。測定結果を
図7に示す。縦軸には、AtHOL1タンパク質の酵素活性を100%として、OsHOL1タンパク質の相対酵素活性を示した。この結果、シロイヌナズナのAtHOL1タンパク質だけでなく、イネのOsHOL1タンパク質も、ヨウ化物イオンに対するメチル基転移酵素活性を持つことが示された。この結果から、イネ植物体内においても、OsHOL1タンパク質によって、ヨウ化物イオンがメチル化されヨウ化メチルへと変換されること、及びイネ中のOsHOL1遺伝子の機能を破壊することにより、イネ植物体内のヨウ化物イオンの大気への拡散が防止される結果、当該植物体内のヨウ素含量を上昇させられることが考えられる。