(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
炭酸バリウムは電子材料であるチタン酸バリウムの主原料である。近年の電子機器の小型化・高性能化に伴い積層セラミックコンデンサも高容量化・高性能化が進んでいる。それに伴い原料のチタン酸バリウムには高純度化、微細化が求められている。
【0003】
チタン酸バリウムは、一般的に炭酸バリウムを酸化チタンと湿式混合し、乾燥した後、焼成することにより製造される。高品質なチタン酸バリウムを得るには、湿式混合の際に均一に混合することと、均一性の高い状態で焼成することが望まれる。酸化チタンは比較的アスペクト比が低い(すなわち、より球状に近い)ため、より均一な状態で焼成を行うためには、炭酸バリウムのアスペクト比も低いほうが望ましい。
【0004】
電子材料用途に用いられる炭酸バリウムは、通常、再結晶やろ過等によりバリウム塩(水酸化バリウム、塩化バリウム、硝酸バリウム等)から不純物を除去し、得られたバリウム塩の水溶液を調製し、その後バリウム塩水溶液に炭酸ガスを吹き込むか、または水可溶性炭酸塩(炭酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等)の溶液を混合することにより製造される。
【0005】
しかしながら、炭酸バリウムの微粒子を水等に分散させた場合、粒子の表面エネルギーを下げるために粒子が凝集する傾向がある。一般に粒子が微細になるほど、粒子間の凝集力は高くなるため、より強く凝集する傾向がある。また、バリウム塩と炭酸ガスもしくは水溶性炭酸塩で反応させた炭酸バリウム粒子は、通常針状の形状を示す。
【0006】
このような針状の炭酸バリウムから均一性の高い酸化チタンを得るために、従来は酸化チタンと混合する際に針状炭酸バリウムを微粉砕しながら混合するという方法が採られていた。例えばジルコニアビーズ等を用いたビーズミル等を用いて、湿式法により、針状の炭酸バリウムが球状に近い微細粒子になるまで微粉砕する、といった方法が採られていた。しかしながらアスペクト比が小さく、かつ微細な粒子を得るためには、充分な粉砕強度で粉砕する必要があり、かつ粉砕には長時間を要していた。そのため通常は微粉砕するための専門の装置を必要とした。
【0007】
そのような煩雑かつコストのかかる粉砕工程を省くため、これまでにも原料の炭酸バリウム自体を微細化、球状化するための試みがいくつか行われてきた。そのうち化学的なアプローチの例としては、特許文献1や特許文献2に記載されているような、反応時にクエン酸や酒石酸等のカルボン酸やピロリン酸を添加する方法が挙げられる。
【0008】
また物理的なアプローチとして、特許文献3及び特許文献4では、合成された針状炭酸バリウムをセラミック製のビーズを用いた粉砕機で粉砕して、アスペクト比の低い炭酸バリウムを得る方法が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら特許文献1や2に記載されているような方法においては、カルボン酸やピロリン酸を添加することにより比表面積は容易に10m
2/g以上になるが、針状粒子しか得ることができない。特にクエン酸などを添加することで、より粒子形状が針状に成長する傾向もみられる。このように特許文献1や2に記載の方法では高純度・微細・球状という所望の性質を達成することは困難であった。
【0011】
一方、ビーズミル等を用いて微粉砕する方法では、粉砕メディアの摩耗粉が混入するというリスクがあった。特にセラミックビーズ等の粉砕メディアを用いて粉砕を行う場合には、摩耗粉のコンタミネーションを避けることは困難であった。
【0012】
さらに粉砕法により針状の炭酸バリウムから均一な球状粒子を得るためには、酸化チタンとの混合時に微粉砕する方法と同様に、十分な粉砕強度で炭酸バリウム粒子を粉砕する必要があった。そのため、専用の粉砕設備が必要となったり、特殊な粉砕工程を経る必要性が生じたりし、エネルギー面やコスト面での問題も解決するには不十分であった。
【0013】
このように、簡便な方法により、高純度・微細・球状という所望の性質を有する炭酸バリウム粒子を製造する方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0014】
このような状況の下、本発明者らは、グルコン酸系の特定の化合物が特異的に炭酸バリウムの球状化に効果があることを見出し、合成段階で均一な略球状(好ましくは球状)粒子を生成させる方法を発明した。またこの方法により、不純物を実質的に含まず、均一な球状粒子を効率よく製造できることを見出した。
【0015】
すなわち本発明の第一の態様は、(A)水性媒体中、バリウム化合物と、グルコン酸及びその塩、グルコノラクトン、グルコヘプトン酸及びその塩、並びにグルコヘプトノラクトンからなる群から選択される少なくとも一種の第一の成分(以下、「グルコン酸系成分」ともいう)とを混合する工程と、
(B)得られた混合物中で、上記バリウム化合物に、二酸化炭素または水可溶性炭酸塩を反応させて、略球状炭酸バリウムを得る工程と
を含む、略球状炭酸バリウムの製造方法に関する。
【0016】
好ましい実施形態においては、上記第一の成分は、グルコン酸、グルコン酸塩及びグルコノラクトンからなる群から選択される少なくとも一種である。
【0017】
また別の好ましい実施形態においては、上記工程(A)および(B)のうち少なくとも一方の工程を、多塩基カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、及び、該多塩基カルボン酸又はヒドロキシカルボン酸の塩からなる群から選択される少なくとも一種の第二の成分の存在下で行う。
【0018】
より好ましい実施形態においては、上記第二の成分はクエン酸若しくは酒石酸、又はその塩である。
【0019】
本発明の第二の態様は、上記製造方法によって得られた、粒子の[長径/短径]で表されるアスペクト比が2.5以下である略球状炭酸バリウムに関する。
【0020】
好ましい実施形態においては、上記略球状炭酸バリウムはBET法による比表面積が30m
2/g以上である。
【0021】
本発明の第三の態様は、炭酸バリウムと、
グルコン酸及びその塩、グルコノラクトン、グルコヘプトン酸及びその塩、並びにグルコヘプトノラクトンからなる群から選択される少なくとも一種の第一の成分と
を含有し、
前記第一の成分の含有量が組成物総質量の0.1〜5質量%であり、
粒子の[長径/短径]で表されるアスペクト比が2.5以下である略球状炭酸バリウム組成物に関する。
【0022】
上記第一の成分は、グルコン酸、グルコン酸塩及びグルコノラクトンからなる群から選択される少なくとも一種であるのが好ましい。また上記略球状炭酸バリウム組成物は、BET法による比表面積が30m
2/g以上であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の製造方法によれば、粒子形状と粒子サイズの均一性が高く、アスペクト比が2.5以下の略球状炭酸バリウムを得ることができる。また、グルコン酸等の第一の成分と共に、多塩基カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、及びそれらの塩から選択される第二の成分を添加することで、微細な略球状炭酸バリウムを得ることができる。さらにはグルコン酸系成分の作用により、アスペクト比が2.5以下の略球状炭酸バリウム組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して10mol%とし、クエン酸を添加しなかった場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して10mol%とし、クエン酸の添加量を1mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図4】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して10mol%とし、クエン酸の添加量を2mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図5】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して10mol%とし、クエン酸の添加量を3mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図6】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して30mol%とし、クエン酸の添加量を1mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図7】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して30mol%とし、クエン酸の添加量を2mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図8】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して30mol%とし、クエン酸の添加量を3mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図9】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して50mol%とし、クエン酸の添加量を1mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図10】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して50mol%とし、クエン酸の添加量を2mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図11】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して50mol%とし、クエン酸の添加量を3mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図12】実施例1において、グルコン酸の添加量を水酸化バリウムに対して70mol%とし、クエン酸の添加量を1mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図13】堺化学工業株式会社製高純度炭酸バリウムBW−KHRの電子顕微鏡写真である。
【
図14】堺化学工業株式会社製高純度炭酸バリウムBW−KH30の電子顕微鏡写真である。
【
図16】実施例2において、クエン酸の添加量を水酸化バリウムに対して1mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図17】実施例2において、クエン酸の添加量を水酸化バリウムに対して2mol%とした場合に得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【
図18】堺化学工業株式会社製BW−KH30の電子顕微鏡写真である。
【
図19】比較例1において得られる粒子の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明を詳述する。
<略球状炭酸バリウムの製造方法について>
本発明の第一の態様である、略球状炭酸バリウムの製造方法に関する。本製造方法は上記(A)工程と(B)工程とを含む。
【0026】
まず(A)工程について説明する。(A)工程はバリウム化合物と、グルコン酸及びその塩、グルコノラクトン、グルコヘプトン酸及びその塩、並びにグルコヘプトノラクトンからなる群から選択される少なくとも一種の第一の成分とを水性媒体中で混合する工程である。
【0027】
上述の通り、前処理を行わずに、バリウム化合物に炭酸ガスを吹き込むか、または水可溶性炭酸塩を作用させる従来の製造方法では、針状の炭酸バリウム粒子しか得られなかった。本願発明者らは、バリウム化合物から炭酸バリウムへの変換の前に、グルコン酸又はグルコヘプトン酸、又はその誘導体である塩若しくはラクトンをバリウム化合物に作用させることにより、得られる炭酸バリウムは略球状になることを見出し、本発明に至ったものである。このように本発明の製造方法は、従来の方法ではなし得なかった化学的手法による球状化を簡便な方法にて達成できる画期的な方法である。
【0028】
(A)工程について具体的に説明する。
上記バリウム化合物としては、特に限定されないが、水酸化バリウム、塩化バリウム、硝酸バリウム、酢酸バリウム、酸化バリウム等の水溶性バリウム化合物が挙げられる。特に水への溶解度が高く、炭酸バリウムへの転化反応における反応効率が高い点で水酸化バリウムが好ましい。
【0029】
上記水酸化バリウムとしては、通常無水物、一水和物、八水和物等が知られているが、無水物、水和物のうちどの水酸化バリウムを使用してもよい。市販品としては一水和物、八水和物が一般的である。また、水酸化バリウム水溶液等の溶液状のものを用いても構わない。
【0030】
(A)工程においては、バリウム化合物に、グルコン酸及びその塩、グルコノラクトン、グルコヘプトン酸及びその塩、並びにグルコヘプトノラクトンから選択される少なくとも一種の成分を作用させる。特に限定されないが、塩としては、例えばナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との水性塩、又はアルカリ土類金属との水性塩が挙げられる。
【0031】
またグルコン酸のδラクトンであるグルコノラクトンを用いてもよい。グルコン酸とグルコノラクトンは水性媒体中において平衡状態にあり、塩基性条件下においては平衡がグルコン酸側へとシフトする。従ってグルコノラクトンを加えた場合でも、グルコン酸を加えた場合と同様の効果を期待できる。同様に、グルコヘプトン酸の代わりにグルコヘプトノラクトンを用いることもできる。
【0032】
(A)工程で使用する水性媒体としては、特に限定されないが、水、及び水と水溶性有機溶媒(メタノール、エタノール、アセトン等)との混合物等が挙げられる。特に限定されないが、水性媒体は、好ましくは50〜100質量%、より好ましくは75〜100質量%、さらに好ましくは90〜100質量%、特に好ましくは100質量%の水を含む。
【0033】
特に限定されないが、バリウム化合物の水性媒体中濃度(g(バリウム化合物)/L(水性媒体))は、好ましくは10〜500g/L、より好ましくは100〜400g/Lである。使用する塩によって溶解度が異なり、一般に濃度は高いほど微細な粒子が得られる。しかしその一方、飽和濃度に近くなると温度変化によりバリウム化合物が結晶化しやすくなり、配管が詰まるなどの不都合が起こる場合がある。このような結晶化を防ぐためには、加温により溶解度を上げることが良い。一方、溶解度を上げるために液温を高くすると、反応液温が高くなり、その結果、熟成による過度の粒子成長が起こることが予想される。従って、特に微細品を作る場合には、比較的低温を保ちつつ、その温度の溶解度の範囲内でできるだけ高い濃度とすることが好ましい。
【0034】
特に限定されないが、上記グルコン酸系成分の添加量は、バリウム化合物中のバリウムイオン100mol%に対し、好ましくは5〜100mol%、より好ましくは20〜75mol%、さらに好ましくは40〜50mol%である。添加量が少なすぎると、反応中に粒子が成長し、粒子径や形状が変化する傾向が見られる。また、100mol%を超えると、添加量に対する粒子形状制御効果が飽和する場合があり、それ以上加えても製造コストが高くなる点から好ましくない。
【0035】
(A)工程を行う際の温度は特に制限はないが、通常は約20〜80℃、好ましくは30〜60℃で行われる。
【0036】
(A)工程において、バリウム化合物と上記グルコン酸系成分を作用させる時間についても特に制限はないが、好ましくは10分〜12時間、より好ましくは10分〜3時間である。
【0037】
次に(B)工程について説明する。(B)工程は、バリウム化合物と二酸化炭素または水可溶性炭酸塩との反応を行い炭酸バリウムを生成させる工程である。
【0038】
(B)工程においては、バリウム化合物に対し、二酸化炭素又は水可溶性炭酸塩のいずれを作用させても良い。
【0039】
二酸化炭素は、気体(炭酸ガス)又は固体(ドライアイス)のいずれの形態のものを用いてもよいが、炭酸ガスを作用させるのが簡便かつ温度調整が容易である点で好ましい。
【0040】
上記水可溶性炭酸塩は、特に限定されないが、例えば炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸マグネシウム等が挙げられる。
【0041】
このうち、バリウム化合物と二酸化炭素との反応は、理論上バリウム以外の金属を含まないため、残留塩類の少ない高純度な炭酸バリウムを得ることができる。そのため二酸化炭素又は水可溶性炭酸塩のうち、二酸化炭素を用いるのが好ましく、さらに簡便性の点で炭酸ガスを用いるのが好ましい。
【0042】
二酸化炭素を用いる場合、二酸化炭素の導入量は、バリウムイオンに対し、好ましくは80〜500モル%、より好ましくは200〜300モル%である。
【0043】
好ましい実施形態において、使用するバリウム塩が、水酸化バリウム又は酸化バリウム等の、水溶液が塩基性の塩である場合は、反応スラリーのpH(すなわち、バリウム化合物と二酸化炭素との反応が完了した後のpH)が好ましくは12以下、より好ましくは8以下、さらに好ましくは7以下となるよう二酸化炭素を導入する。
【0044】
また上記水可溶性炭酸塩を用いる場合、その添加量は、バリウムイオンに対し、好ましくは100〜150モル%、より好ましくは110〜120モル%である。
【0045】
炭酸バリウムの生成反応時における反応温度は特に限定されず、例えば、好ましくは10〜70℃、より好ましくは15〜50℃、さらに好ましくは20〜40℃で行うことができる。
【0046】
また反応時間についても、炭酸バリウムが生成するために充分な時間である限り特に制限はない。
【0047】
炭酸バリウムの生成反応は、通常、バリウム化合物の水溶液又は水性懸濁液に、炭酸塩又は炭酸塩水溶液を添加するか、二酸化炭素を送り込みながら行われる。このとき、反応は連続的に行うのが、微細な炭酸バリウム粒子を得るうえで好ましい。連続的な反応は、特にバリウム化合物と炭酸ガスとを反応させる場合に特に好ましい。特に限定されないが、連続的に反応させる方法の一例としては、高速の回転羽根を有しかつ反応容積の小さい反応容器中に一方からバリウム化合物および炭酸塩または二酸化炭素を送り込みながら、他方より反応生成物を排出させる方法が挙げられる。限定されないが、例えばポンプを反応容器として使用し、ポンプのケーシング内にて反応を行わせる方法が具体例として挙げられる。炭酸ガスを用いる場合は、炭酸ガスが水に溶解するのにある程度の時間を必要とするので、反応容器もある程度の大きさが必要になる。そのため、必要に応じて、ポンプを2段またはそれ以上直列に連結することもできる。ただし、ケーシング容積が充分に大きくかつ回転数の大きいポンプの場合は、1段であってもよい。上記ポンプとしては、例えば渦巻ポンプ、軸流ポンプなどを使用することができる。
【0048】
好ましい実施形態においては、上記工程(A)および(B)のうち少なくとも一方の工程を、多塩基カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸又はそれらの塩(本願明細書、請求の範囲においては「第二の成分」という。あるいは「カルボン酸成分」ともいう。)の存在下で行うことが好ましい。これらのカルボン酸成分を加えることにより、粒子はより微細化する傾向がある。
【0049】
上記多塩基カルボン酸とは、1分子内に−COOH基を2個以上有する有機酸を意味する。また上記ヒドロキシカルボン酸とは、1分子内に−COOH基と−OH基をそれぞれ1個以上有する有機酸を意味する。また多塩基カルボン酸とヒドロキシカルボン酸は、明確に区別されるものではなく、酸の構造によっては多塩基カルボン酸でもあり、かつヒドロキシカルボン酸でもある化合物も存在する。例えばクエン酸は、一分子内に−COOH基を3つ有し、かつOH基を1つ有することから、多塩基カルボン酸でもあり、かつヒドロキシカルボン酸でもある。
【0050】
特に限定されないが、上記多塩基カルボン酸の例としては、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸、マレイン酸及びフマル酸等のC
3−C
12脂肪族ジカルボン酸;トリカルバリル酸(プロパントリカルボン酸)、ブタントリカルボン酸、ペンタントリカルボン酸、ヘキサントリカルボン酸及びオクタントリカルボン酸等のC
6−C
12脂肪族トリカルボン酸;クエン酸(水和物を含む)、イソクエン酸、酒石酸、リンゴ酸及びアコニット酸等のモノヒドロキシ−ジ又はトリ−カルボン酸等が挙げられる。
【0051】
また、特に限定されないが、上記ヒドロキシカルボン酸(ヒドロキシ酸)の例としては、上記モノヒドロキシ−ジ又はトリ−カルボン酸の他、グリコール酸、乳酸、グリセリン酸、メバロン酸、ロイシン酸、メバルド酸及びパントイン酸等のモノヒドロキシモノカルボン酸が挙げられる。
【0052】
また上記第二の成分には、上記多塩基カルボン酸及びヒドロキシカルボン酸のリチウム、ナトリウムまたはカリウム塩(但しこれらの塩に限定されない)等も含まれる。
【0053】
中でも、クエン酸もしくは酒石酸またはそれらの塩が好ましく、クエン酸又はその塩が好ましい。クエン酸は粒子を微細化し、比表面積を向上させる効果が高い。従ってクエン酸の微細化効果と、上記グルコン酸の球状化効果を組み合わせることにより、微細な球状の炭酸バリウム粒子を得ることができる。
【0054】
上記第二の成分を添加する時期について特に制限はなく、工程(A)および(B)のいずれの時点で添加してもよい。しかしながら、グルコン酸等の第一の成分を効果的に作用させるためには、第一の成分の添加よりも後に第二の成分を添加するのが好ましく、工程(B)において二酸化炭素又は水可溶性炭酸塩を作用させるのと同時又は直後(例えば5分以内、より好ましくは3分以内、さらに好ましくは1分以内)に上記第二の成分(カルボン酸成分)を添加するのが効率的に粒子が微細化される点でより好ましい。
【0055】
上記第二の成分の添加量は、使用する成分の種類によって変動するが、生成した炭酸バリウムに対して通常0〜20mol%、好ましくは0.1〜5mol%である。上記第二の成分を20mol%を超えた量添加しても、効果が飽和する可能性が高いため、20mol%以下の場合と微細化効果にあまり差がない。また、上記第二の成分による微細化を効率よく行うためには、第二の成分を2mol%以上添加するのが好ましい。第二の成分を2mol%以上添加した場合には、BET比表面積が40m
2/g以上の粒子を効率よく調製することができる。
【0056】
(B)工程において、上記第二の成分を作用させる時間については特に制限はないが、第二の成分を作用させた後できるだけ速やかにろ過等により炭酸バリウム粒子を分離した方が好ましい。具体的には第二の成分を添加してから1時間以内、好ましくは30分以内、さらに好ましくは10分以内、特に好ましくは5分以内に(B)工程を完了させるのが好ましい。
【0057】
(B)工程を行う際の温度については特に制限はなく、通常室温で行うことができる。また圧力についても特に制限はなく、通常は常圧下で行えばよい。
【0058】
上記のようにして得られた炭酸バリウムを含むスラリーを、必要に応じてろ過し、得られたケーキを洗滌し、乾燥することにより目的の炭酸バリウムを得ることができる。乾燥により得られた乾燥ケーキは、必要に応じて粉砕機等により粉砕することができる。この場合の粉砕は、一次粒子を粉砕する微粉砕とは異なり、乾燥により一時的に凝集した二次粒子や三次粒子をほぐすための操作である。従って粉砕のための装置としては特に専門の装置は必要とせず、汎用の粉砕機を用いることができる。汎用の雰囲気としては、摩砕粉が実質的に生じない装置、たとえばステンレス製の粉砕機等を用いることができる。
【0059】
本発明の製造方法においては、炭酸バリウムが生成した後、必要に応じて結晶の熟成を行ってもよい。但し、熟成時間が長くなると粒径が増大するおそれがあることから、熟成期間を設けずに直ちに炭酸バリウム粒子のろ過・水洗を行うのが好ましい。
【0060】
特に限定されないが、本発明の製造方法の好ましい実施形態を以下に述べる。本実施形態では、水酸化バリウム水溶液にグルコン酸溶液(50wt%)を、水酸化バリウムに対するグルコン酸のモル比で5〜200mol%、望ましくは10〜75mol%加えた後、二酸化炭素と反応させることで、粒子サイズと粒子形状が均一なアスペクト比が2.5以下の略球状炭酸バリウムを合成することができる。
【0061】
<略球状炭酸バリウムについて>
次に本発明の第二の態様である略球状炭酸バリウムについて説明する。
本発明の略球状炭酸バリウムは、上記方法によって得られるものであり、粒子の[長径/短径]で表されるアスペクト比が2.5以下である。ここでアスペクト比とは、写真などにより平面上に投影した粒子像を長方形で囲んだ時の最小長方形(通常、外接長方形と呼ばれる)の長辺と、短辺の長さの比(長辺/短辺)をいう。またこの長辺の長さを「長径」、短辺の長さを「短径」という。アスペクト比が1に近づくほど、粒子は球体に近いことを意味する。いうまでもないが上記アスペクト比の最小値は1である。この場合、粒子は真球である。
【0062】
上記アスペクト比は、好ましくは1〜2.5、さらに好ましくは1〜2である。
【0063】
上記アスペクト比は、例えば粒子の電子顕微鏡写真を撮影し、平面上に投影した粒子像の外接長方形を決定し、その長辺と短辺の長さの比(長辺/短辺)として求めることができる。球に近いほど、酸化チタンなどの他原料と混合した時に均一な混合状態となり、高品質な誘電体材料が得られる点で好ましい。
【0064】
好ましい実施形態においては、上記略球状炭酸バリウムはさらにBET法による比表面積が30m
2/g以上である。比表面積が大きいほど粒子は微細であることを示す。BET法による比表面積は、好ましくは40m
2/g以上である。
【0065】
BET比表面積が30m
2/g以上の略球状炭酸バリウムは、上述の第二の成分、好ましくはクエン酸を添加することにより効率よく製造することができる。特にクエン酸を添加した場合には、BET比表面積が40m
2/g以上の粒子を得られる点で好ましい。
【0066】
上記BET比表面積を測定する方法は特に制限されないが、BET法と呼ばれる周知の理論に基づいて測定を行える各種比表面積測定装置により簡便に測定することができる。特に限定されないが、比表面積測定装置の例としてはMountech(マウンテック)社製Macsorb(マックソーブ)が挙げられる。
【0067】
<略球状炭酸バリウム組成物について>
本発明の第三の態様は、炭酸バリウムと、グルコン酸とを含有し、上記グルコン酸の含有量が組成物総質量の0.1〜5質量%であり、粒子の[長径/短径]で表されるアスペクト比が2.5以下である略球状炭酸バリウム組成物に関する。
【0068】
上記組成物はグルコン酸を含むことにより、複雑な工程を経なくても、アスペクト比の小さい、すなわち球状に近い粒子として提供されるものである。組成物中のグルコン酸の含有量は、組成物の総質量を100質量%とした場合に、0.1〜5質量%である。特に限定されないが、上記含有量は、好ましくは0.1〜3質量%、より好ましくは0.5〜3質量%、特に好ましくは1.0〜2.5質量%である。
【0069】
本発明の組成物は、組成物の物性に悪影響を与えない範囲で他の少量成分を含んでいてもよい。
【0070】
上記略球状炭酸バリウム組成物のアスペクト比は、好ましくは1〜2.5、さらに好ましくは1〜2である。アスペクト比は上述した方法に従って求めることができる。
【0071】
好ましい実施形態においては、上記略球状炭酸バリウムはさらにBET法による比表面積が30m
2/g以上である。BET法による比表面積は、好ましくは40m
2/g以上である。上記比表面積は、上述した方法に従って求めることができる。
【実施例】
【0072】
以下に実施例を示して、本発明の略球状炭酸バリウム及びその製造方法について具体的に説明するが、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、下記実施例において、特に断りの無い限り、単に「%」と記載したものは「質量%」を意味する。
【0073】
(実施例1)
水酸化バリウム・8水和物を純水に溶かした後、50%グルコン酸液(扶桑化学工業株式会社製)を、水酸化バリウム中のバリウムイオンに対してそれぞれ10、30、50、70mol%加えた。次に、最終的に水酸化バリウム・8水和物として120g/Lの濃度になるように純水で希釈し、水酸化バリウム・グルコン酸水溶液(原料A)を調製した。その時の液温は50℃に調整した。
図1に示した反応装置において、原料Aを流量300ml/分の速度で反応容器に送り込んだ。同時に炭酸ガスも9L/分で反応容器に送り込み、IKAホモジナイザー(IKA WORKS.INK社製、ULTRA−TURRAX T25 basic)を用いて高速攪拌し反応を実施した。このとき、反応容器出口のスラリーのpHは10〜11であった。反応を1分間行い、得られたスラリーに濃度が15g/Lのクエン酸・1水塩水溶液を、生成した炭酸バリウムに対して添加量が0、1、2、3mol%になるようにそれぞれ添加した。このスラリーを直ちにろ過・水洗し、含水ケーキを120℃にて乾燥した。乾燥後、粉砕機で乾燥物を粉砕して粉状の炭酸バリウムを得た。その炭酸バリウム粒子のBET値を表1に示す。また、電子顕微鏡写真を
図2〜
図12に示した。
【0074】
また、水酸化バリウムと炭酸ガスを反応して得られる市販の炭酸バリウム粒子の電子顕微鏡写真とBET値を表2、
図13、
図14に示し比較した。比較用の市販炭酸バリウムとして、堺化学工業株式会社製高純度炭酸バリウムBW−KHRとBW−KH30を用いた。
【0075】
(比較例1)
比較例として、水酸化バリウム・8水和物を純水に溶かし、120g/Lに調整した(原料B)。その時の液温は50℃に調整した。
図1に示した反応装置において、原料Bを流量300ml/分の速度で反応容器に送り込んだ。同時に炭酸ガスも9L/分で反応容器に送り込み、IKAホモジナイザー(IKA WORKS.INK社製、ULTRA−TURRAX T25 basic)を用いて高速攪拌し反応を実施した。このとき、反応容器出口のスラリーのpHは10〜11であった。反応を1分間行い得られたスラリーに濃度が15g/Lのクエン酸・1水塩水溶液を生成した炭酸バリウムに対して添加量が1mol%になるように添加した。このスラリーを直ちにろ過・水洗し、含水ケーキを120℃にて乾燥した。乾燥後、粉砕機で乾燥物を粉砕して粉状の炭酸バリウムを得た。その炭酸バリウム粒子のBET値を表1に示す。また、電子顕微鏡写真を
図19に示した。
【0076】
【表1】
【0077】
水酸化バリウムに添加するグルコン酸の量が増えるに従い、得られる炭酸バリウムの粒子形状は球状に近づくことが電子顕微鏡写真から確認できた(
図2→
図5→
図8→
図11)。また、グルコン酸の添加量の増加と共にBET比表面積が増加しており、若干ではあるがグルコン酸の添加により粒子径も小さくなっていることが確認された。また、反応直後に添加するクエン酸量によってBET値を調整することが可能であり、2mol%以上添加することで、容易にBET値が40m
2/g以上の微粒子を得ることができた(
図2→
図3→
図4→
図5、
図6→
図7→
図8、
図9→
図10→
図11)。
【0078】
実施例1で得られた各サンプルは、水酸化バリウムと炭酸ガスを反応させて得られる市販の高純度炭酸バリウムと比較すると、極めて球状に近い粒子になっていることが電子顕微鏡写真で確認できた。この結果から、グルコン酸に炭酸バリウムの針状粒子への成長を抑制する効果があると結論付けられた。
【0079】
【表2】
【0080】
(実施例2)
実施例1の結果を基にスケールアップを行った。反応装置は
図15に示した通りポンプP1、P2及びP3を3段に接続したものを用いた。各ポンプの詳細は以下のとおりである。なお、1インチ=約2.54cmである。
【0081】
(a)第1段のポンプP1:渦巻ポンプ(ラサ商事株式会社製)、吸入口径1.5インチ、吐出口径1インチ、吐出量170L/分、インペラ回転数2080rpm
(b)第2段のポンプP2:渦巻ポンプ(ラサ商事株式会社製)、吸入口径1インチ、吐出口径3/4インチ、吐出量30L/分、インペラ回転数1420rpm
(c)第3段のポンプP3:渦巻ポンプ(太平洋金属株式会社製)、吸入口径1インチ、吐出口径3/4インチ、30L/分、インペラ回転数1420rpm
【0082】
水酸化バリウム・8水和物48kgを純水に溶かし、グルコン酸を水酸化バリウムに対し50mol%加えたのち、最終的に400Lになるように水酸化バリウム水溶液を調整した(原料C)。その時の温度は50℃に調整した。
図15に示した反応装置において、原料Cを12L/分の流量でポンプP1の吸入口に投入した。同時にpH6.4〜6.5になるようにポンプP1への水酸化バリウムの流路に炭酸ガスを吹き込んで、ポンプP1、P2及びP3にて連続的に反応を行わせた。このとき、第2段のポンプP2の吐出口から出た直後の反応スラリーに、濃度が15g/Lのクエン酸・1水塩水溶液を、生成した炭酸バリウムに対して添加量が1、2mol%になるように添加しスラリーを得た。このとき反応率は第3段のポンプP3の吐出口で98%であった。このスラリーを直ちにろ過、水洗し、ついで得られた含水ケーキを120℃にて乾燥し、乾燥物を粉砕して炭酸バリウム粒子を得た。その炭酸バリウム粒子の電子顕微鏡写真とBETのデータを表3、
図16、
図17に示す。比較として、市販の炭酸バリウムから堺化学工業株式会社製BW−KH30のBETと電子顕微鏡写真を表3、
図18に示した。なお、実施例2のクエン酸1mol%添加サンプルと市販の高純度炭酸バリウムについて、アスペクト比を求めた。アスペクト比は、電子顕微鏡写真からランダムに1,000個の粒子を選び、その長軸と短軸の比の平均値から求めた。
【0083】
さらに実施例2で得られた2種類の炭酸バリウム、及び市販品の上記BW−KH30に含まれるグルコン酸の濃度を測定した。測定方法は以下の通りである。
【0084】
(グルコン酸濃度の分析方法)
炭酸バリウムサンプル1gを99%酢酸(特級)5mlで溶解した後、全量が1Lになるよう純水で希釈し測定用試料を調製した。この測定用試料中のグルコン酸含有量を東ソー株式会社製イオンクロマトグラフィー「ION CHROMATOGRAPH [IC−2001]」で測定した。
測定時に使用する溶離液には、炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム混合溶液を使用した。炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム混合溶液は、炭酸ナトリウム試薬(特級)0.0468gと炭酸水素ナトリウム試薬(特級)0.0636gを適量の蒸留水に溶解した後、さらに蒸留水を加えて、メスシリンダー内で全量が1Lになるよう調整した。分離カラムは、TSKgel SuperIC−APを使用した。また、サプレッサーゲルは、TSKsuppress IC−Aを使用した。検量線はグルコン酸カリウム試薬(特級)を蒸留水に溶解し、グルコン酸濃度を10ppm、25ppm、50ppmに調整した検定用試料を用いて作成した。結果を表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
以上のようにグルコン酸系成分を用いることで、ビーズミル等による物理的な微粉砕を用いずに炭酸バリウム粒子をアスペクト比2以下にまで球状化させることに成功した。この手法は、応用範囲が広く、10m
2/g以下のBET値を有する粒子にも用いることが可能である。また、微粉砕法では問題となる摩耗粉のコンタミネーションのリスクも回避することができる。