特許第5692919号(P5692919)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5692919デュアルクラッチ式自動変速機の制御装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5692919
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月1日
(54)【発明の名称】デュアルクラッチ式自動変速機の制御装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/06 20060101AFI20150312BHJP
   F16H 61/688 20060101ALI20150312BHJP
【FI】
   F16H61/06
   F16H61/688
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-196408(P2011-196408)
(22)【出願日】2011年9月8日
(65)【公開番号】特開2013-57374(P2013-57374A)
(43)【公開日】2013年3月28日
【審査請求日】2013年9月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】598051819
【氏名又は名称】ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
(74)【代理人】
【識別番号】100090022
【弁理士】
【氏名又は名称】長門 侃二
(74)【代理人】
【識別番号】100111143
【弁理士】
【氏名又は名称】安達 枝里
(72)【発明者】
【氏名】水野 年雄
(72)【発明者】
【氏名】熊沢 厚
【審査官】 瀬川 裕
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−127792(JP,A)
【文献】 特開2011−047511(JP,A)
【文献】 特開2007−170441(JP,A)
【文献】 特開平09−296744(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 61/06
F16H 61/688
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の変速段からなる一対の歯車機構をそれぞれクラッチを介して走行動力源側と接続し、一方のクラッチを接続して対応する一方の歯車機構の変速段を介した動力伝達中に他方の歯車機構を予め次変速段に切り換えるプリセレクトを実行し、該プリセレクト後に上記両クラッチの断接状態を逆転させて上記次変速段への切換を完了するデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置において、
上記両クラッチの断接状態を逆転すべく切断及び接続されるときの両クラッチの伝達トルクの変化率を、上記走行動力源から両クラッチに入力されるトルクがであるほど低下方向に設定するトルク変化率設定手段と、
上記クラッチの断接状態を逆転させる変速中に、上記トルク変化率設定手段により設定された変化率で上記切断側及び接続側のクラッチの伝達トルクを制御する変速中クラッチ制御手段と
を備えたことを特徴とするデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置。
【請求項2】
上記トルク変化率設定手段は、上記変速後の変速段が高ギヤ側であるほど上記両クラッチの伝達トルクの変化率を増加方向に設定することを特徴とする請求項1記載のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置。
【請求項3】
上記走行動力源は、運転者の要求トルクに基づき制御され、
アクセル踏み増しによる上記要求トルクの増加に対して遅れをもって追従する上記走行動力源の実トルクの立ち上がり特性と近似するように、上記要求トルクをなまし処理するフィルタ手段を備え、
上記変速中クラッチ制御手段は、上記クラッチの断接状態を逆転させる変速中にアクセル踏み増しがなされたとき、上記フィルタ手段によるなまし処理後の要求トルクに基づき、クラッチ滑りを防止すべく上記両クラッチの伝達トルクを増加方向に制御することを特徴とする請求項1または2記載のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置に係り、詳しくは変速時に両クラッチの断接状態をショックなく円滑に逆転可能な制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばトラックやバスなどに用いられる所謂平行軸式の変速機には、運転操作の簡略化を目的として変速操作及びクラッチ断接操作をアクチュエータにより自動化したものがある。この種の自動変速機はトルクコンバータを備えないことから大きな駆動力の伝達に適するという特徴がある反面、変速時にクラッチ遮断により動力伝達が一時的に中断されるため変速フィーリングの点で改善の余地があった。
このような並行軸式の自動変速機の不具合を解決すべく、所謂デュアルクラッチ式自動変速機が実用化されている。このデュアルクラッチ式自動変速機は、エンジンなどの走行動力源に対して、第1クラッチを介して複数の奇数変速段からなる第1歯車機構を連結すると共に、第2クラッチを介して複数の偶数変速段からなる第2歯車機構を連結し、これらの2系統の駆動経路を選択的に介してエンジンからの駆動力を駆動輪側に伝達し得るように構成されている。
【0003】
例えば、第1クラッチの接続により第1歯車機構の何れかの奇数変速段を介してエンジンからの駆動力を駆動輪側に伝達しているときには、車両の加減速状況などから何れかの偶数変速段を次変速段として予測して、第2歯車機構を次変速段に切り換えている(以下、この変速段の切換をプリセレクトという)。そして、次変速段への変速タイミングに至った時点で両クラッチの断接状態を逆転させることにより、動力伝達を中断することなく次変速段への変速を完了している(このときが実際の変速時に相当するため、以下、変速という)。
このような変速時のクラッチ断接状態の逆転は、一方のクラッチを切断側に操作しながら他方のクラッチを接続側に操作することで行われる。両クラッチが伝達するのはエンジンから入力されるトルク(以下、入力トルクという)であり、エンジンがエンジン制御側で運転者の要求トルクに基づき制御されていることを鑑みて、変速中には要求トルクに基づき両クラッチの伝達トルク(以下、クラッチトルクという)を制御している。例えば変速中にアクセルが踏み増しされると、要求トルクの増加に応じて両クラッチトルクが共に増加側に制御されてクラッチ滑りの抑制が図られる。
【0004】
そして、このようにアクセル踏み増しなどがなく要求トルクが増減しないとき、基本的に双方のクラッチトルクは変速の開始から終了まで予め設定された一定の切換速度で低下側及び増加側に制御される。具体的には、予めクラッチトルクの変化率を一定値として設定しておき、変速時には設定した変化率に従って切断側のクラッチトルクを入力トルクから0まで連続的に低下させ、接続側のクラッチトルクを0から入力トルクまで連続的に増加させるように、それぞれのクラッチを制御している。
一方、変速時のクラッチ制御に関する技術として、特許文献1に記載されたものが提案されている。当該特許文献1の技術では、クラッチトルクをエンジン回転速度に基づき制御しているが、コーストダウン時の変速中にアクセル踏み増しが行われると、エンジン回転速度の上昇に呼応してクラッチトルクが増加側に制御されるため、クラッチが急接されて変速ショックを生じてしまう。そこで、コーストダウン変速中にアクセル踏み増しがなされたときには、アクセル踏み増し無しの場合よりも解放側クラッチ容量の減少勾配を小さく設定してエンジン回転速度の上昇、ひいてはクラッチの急接を抑制して変速ショックの防止を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−127792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
変速時の両クラッチの操作は適切に連携させる必要があり、連携が不適切な場合には、それぞれのクラッチトルクが適切に制御されずに、ショック発生やトルク抜けなどの変速フィーリングを悪化させる要因になる。
図6は上記したように変速中に両クラッチトルクを一定値の変化率で制御した場合を、エンジンからの入力トルクが大の場合と小の場合とで比較したタイムチャートである。アクセル踏み増しなどによる要求トルクの増減がない場合、両クラッチトルクが一定値の変化率で低下側及び増加側に制御されることにより双方のクラッチの断接状態が逆転される。クラッチ系には制御遅れ(むだ時間と応答遅れを含む)が存在し、低下側或いは増加側に制御され始めたクラッチは目標値に対する制御遅れを取り戻しながら切断或いは接続を完了する。
【0007】
図6の左側に示すようにエンジンからの入力トルクが大のときには変速期間が長く、接続側のクラッチトルクが0から入力トルクに到達するまでの時間的な余裕がある。よって、クラッチ接続が完了するまでに制御遅れが取り戻され、クラッチは滑りながら徐々に接続されてショックは発生し難い。これに対して図6の右側に示すようにエンジンからの入力トルクが小のときには、変速期間が短くて時間的な余裕がほとんどない。このため、接続側のクラッチトルクは制御遅れを取り戻す間もなく瞬間的に入力トルクに到達し、クラッチの急接によりショックが発生して変速フィーリングを損ねてしまうという問題があった。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、変速時のエンジンからの入力トルクの大きさに関わらず常に両クラッチの断接状態をショックなく円滑に逆転でき、もって良好な変速フィーリングを実現することができるデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1の発明は、複数の変速段からなる一対の歯車機構をそれぞれクラッチを介して走行動力源側と接続し、一方のクラッチを接続して対応する一方の歯車機構の変速段を介した動力伝達中に他方の歯車機構を予め次変速段に切り換えるプリセレクトを実行し、プリセレクト後に両クラッチの断接状態を逆転させて次変速段への切換を完了するデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置において、両クラッチの断接状態を逆転すべく切断及び接続されるときの両クラッチの伝達トルクの変化率を、走行動力源から両クラッチに入力されるトルクがであるほど低下方向に設定するトルク変化率設定手段と、クラッチの断接状態を逆転させる変速中に、トルク変化率設定手段により設定された変化率で切断側及び接続側のクラッチの伝達トルクを制御する変速中クラッチ制御手段とを備えたものである。
【0009】
請求項2の発明は、請求項1において、トルク変化率設定手段が、変速後の変速段が高ギヤ側であるほど両クラッチの伝達トルクの変化率を増加方向に設定するものである。
請求項3の発明は、請求項1または2において、走行動力源が、運転者の要求トルクに基づき制御され、アクセル踏み増しによる要求トルクの増加に対して遅れをもって追従する走行動力源の実トルクの立ち上がり特性と近似するように、要求トルクをなまし処理するフィルタ手段を備え、変速中クラッチ制御手段が、クラッチの断接状態を逆転させる変速中にアクセル踏み増しがなされたとき、フィルタ手段によるなまし処理後の要求トルクに基づき、クラッチ滑りを防止すべく両クラッチの伝達トルクを増加方向に制御するものである。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように請求項1の発明のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、プリセレクト後に両クラッチの断接状態を逆転させる変速中に、走行動力源から両クラッチへの入力トルクがであるほど両クラッチの伝達トルクの変化率を低下方向に設定し、設定した変化率で両クラッチの伝達トルクを制御するようにした。
従って、両クラッチへの入力トルクが大のときに比較して、入力トルクが小のときには伝達トルクの変化率として小さな値が設定され、設定された変化率に基づき両クラッチがより緩やかに制御されて、両クラッチの断接状態の逆転が完了するまでの変速期間が延長化される。結果として接続側のクラッチが接続完了に至るまでの時間的な余裕が確保されて、クラッチ接続完了までにクラッチ系の制御遅れが取り戻されることから、クラッチは急接されることなく円滑に接続されてショックの発生が未然に防止される。よって、入力トルクの大きさに関わらず常に両クラッチの断接状態をショックなく円滑に逆転でき、もって良好な変速フィーリングを実現することができる。
【0011】
請求項2の発明のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、請求項1に加えて、変速後の変速段が高ギヤ側であるほど両クラッチの伝達トルクの変化率を増加方向に設定するようにした。
運転者は高ギヤ側の変速ではショックを感じ難い傾向があることから、変速段が高ギヤ側であるほどクラッチの伝達トルクの変化率を増加させても、クラッチ接続時のショックによる弊害は発生せず、一方、高ギヤ側では伝達トルクの変化率が増加することにより迅速に変速完了でき、もって変速フィーリングを一層向上することができる。
【0012】
請求項3の発明のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、請求項1または2に加えて、クラッチの断接状態を逆転させる変速中にアクセル踏み増しがなされたときの走行動力源の実トルクの立ち上がり特性と近似するように、運転者の要求トルクをフィルタ手段によりなまし処理し、変速中にアクセル踏み増しがなされると、なまし処理後の要求トルクに基づきクラッチ滑りを防止すべく両クラッチの伝達トルクを増加方向に制御するようにした。
従って、変速中において要求トルクに対して実エンジントルクが追従遅れを生じている期間であっても、両クラッチを介して実際に伝達されているトルクに対して略一致するなまし処理後の要求トルクに基づきクラッチの伝達トルクが制御される。このため、それぞれの伝達トルクは過剰な要求トルクに基づき増加方向にステップ的に制御されることなく、なまし処理後の要求トルクの増加と対応するように緩やかに増加方向に制御され、クラッチの急接によるショックを防止できる。
そして、変速中のアクセル踏み増しにより両クラッチへの入力トルクが共に増加するが、アクセル踏み増し後には入力トルクの増加に応じてより大きな伝達トルクの変化率が設定される。よって、両クラッチはアクセル踏み増し前よりも迅速に切断側及び接続側に制御され、変速期間を短縮化して変速フィーリングを一層向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を示す全体構成図である。
図2】クラッチ合計トルク及び変速段からクラッチトルクの変化率を設定するためのマップを示す図である。
図3】第1実施形態の変速中における両クラッチトルクの制御状態を示すタイムチャートである。
図4】第2実施形態のT/M−ECUへの実エンジントルク及び要求トルクの入力状況を示す制御ブロック図である。
図5】第2実施形態の変速中にアクセル踏み増しがなされたときの両クラッチトルクの制御状態を示すタイムチャートである。
図6】従来技術の変速中における両クラッチトルクの制御状態を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[第1実施形態]
以下、本発明を具体化したデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置の第1実施形態を説明する。
図1は本実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を示す全体構成図である。車両には走行動力源としてディーゼルエンジン(以下、エンジンという)1が搭載されている。エンジン1は、加圧ポンプによりコモンレールに蓄圧した高圧燃料を各気筒の燃料噴射弁に供給し、各燃料噴射弁の開弁に伴って筒内に噴射する所謂コモンレール式機関として構成されている。
【0015】
エンジン1の出力軸1aは車両後方(図の右方)に突出し、自動変速機(以下、単に変速機という)2の入力軸2aに接続されている。変速機2は前進6段(1速段〜6速段)及び後退1段を備えており、エンジン1の動力は入力軸2aを介して変速機2に入力された後に、変速段に応じて変速されて出力軸2bから図示しない駆動輪側に伝達されるようになっている。
言うまでもないが、変速機2の変速段は上記に限ることなく任意に変更可能である。
【0016】
変速機2は、所謂デュアルクラッチ式変速機として構成されている。当該デュアルクラッチ式変速機の詳細は、例えば特開2009−035168号公報などに記載されているため、本実施形態では概略説明にとどめる。このため、図1では変速機2を実際の機構とは異なる模式的な表現で示しており、以下の説明でも変速機2の構成及び作動状態を概念的に述べる。
周知のようにデュアルクラッチ式変速機は、奇数変速段と偶数変速段とを相互に独立した動力伝達系として設け、何れか一方で動力伝達しているときに他方を次に予測される次変速段に予め切り換えておくことで、動力伝達を中断することなく次変速段への切換を完了するシステムである。
【0017】
即ち、図1に示すように、変速機2の入力軸2aにはクラッチC1を介して奇数変速段(1,3,5速段)からなる歯車機構G1が接続されると共に、同じくクラッチC2を介して偶数変速段(2,4,6速段)からなる歯車機構G2が接続され、これらの歯車機構G1,G2の出力側は上記した共通の出力軸2bに連結されている。
これにより変速機2は、相互に独立したクラッチC1及び歯車機構G1からなる動力伝達系とクラッチC2及び歯車機構G2からなる動力伝達系とを備えている。
【0018】
ここで、変速機2内のスペース効率化のために両クラッチC1,C2は、奇数変速段側のクラッチC1を内周側とし、偶数変速段側のクラッチC2を外周側とした内外2重に配設されている。そこで、以下の説明では、奇数変速段側のクラッチC1をインナクラッチと称し、偶数変速段側のクラッチC2をアウタクラッチと称する。
インナクラッチC1及びアウタクラッチC2にはそれぞれ油圧シリンダ3が接続され、両油圧シリンダ3は電磁弁4が介装された油路5を介して油圧供給源6に接続されている。電磁弁4の開弁時には油圧供給源6から油路5を介して油圧シリンダ3に作動油が供給され、油圧シリンダ3が作動して対応するクラッチC1,C2が接続状態から切断状態に切り換えられる。一方、電磁弁4が閉弁すると、作動油の供給中止により油圧シリンダ3が作動しなくなることから、クラッチC1,C2は図示しないプレッシャスプリングにより切断状態から接続状態に切り換えられる。
【0019】
なお、クラッチC1,C2のシステムはこれに限ることはなく,例えば駆動方式に関して油圧駆動に変えてエア駆動を採用してもよい。
また、変速機2の奇数変速段の歯車機構G1及び偶数変速段の歯車機構G2にはそれぞれギヤシフトユニット7が設けられている。図示はしないがギヤシフトユニット7は、歯車機構G1,G2内の各変速段に対応するシフトフォークを作動させる複数の油圧シリンダ、及び各油圧シリンダを作動させる複数の電磁弁を内蔵している。ギヤシフトユニット7は油路8を介して上記した油圧供給源6と接続されており、各電磁弁の開閉に応じて油圧供給源6からの作動油が対応する油圧シリンダに供給され、その油圧シリンダが作動してシフトフォークを切換操作すると、切換操作に応じて対応する歯車機構G1,G2の変速段が切り換えられる。
【0020】
本実施形態の車両はトラックであるため2速発進を前提としており、車両の加減速時には2速段以上で各変速段がシフトアップ側或いはシフトダウン側に順次切り換えられる。この変速時において、基本的にインナクラッチC1及びアウタクラッチC2の断接状態は常に逆方向に切り換えられる。このため、一方のクラッチC1,C2の接続により対応する歯車機構G1,G2の何れかの変速段が達成されて動力伝達されているときには、他方のクラッチC1,C2が切断されることで対応する歯車機構G1,G2では何れの変速段も動力伝達していない状態にある。よって、他方の歯車機構G1,G2では、事前に次変速段(現在の変速段に隣接する高ギヤ側または低ギヤ側の変速段)に切り換えるプリセレクトが可能になり、その後に変速タイミングに至ると、インナクラッチC1及びアウタクラッチC2の断接状態を逆転させることにより動力伝達を中断することなく変速が完了する。
【0021】
一方、車室内には、エンジン1の制御を司るE/G―ECU11及びクラッチ制御を含めた変速機2の制御を司るT/M−ECU12が設置され、それぞれ図示しない入出力装置、制御プログラムや制御マップ等の記憶に供される記憶装置(ROM,RAMなど)、中央処理装置(CPU)、タイマカウンタなどを備えている。
E/G―ECU11の入力側には、エンジン1の回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサ22、アクセルペダル26の操作量θaccを検出するアクセルセンサ27、車速Vを検出する車速センサ28などのセンサ類が接続されている。E/G―ECU11の出力側には、図示はしないが、エンジン1に付設されたコモンレール蓄圧用の加圧ポンプや各気筒の燃料噴射弁などのデバイス類が接続されている。
【0022】
また、T/M−ECU12の入力側には、上記エンジン回転速度センサ22、車速センサ28が接続されると共に、インナクラッチC1及びアウタクラッチC2の出力側の回転速度Ncl, Nc2を検出するクラッチ回転速度センサ23、運転席に設けられたチェンジレバー9の切換位置を検出するレバー位置センサ24、及び歯車機構G1,G2の変速段を検出するギヤ位置センサ25などのセンサ類が接続されている。T/M−ECU12の出力側には、クラッチC1,C2の電磁弁4、ギヤシフトユニット7の各電磁弁などのデバイス類が接続されている。
なお、このようにエンジン1側と変速機2側とに個別にECU11,12を設けることなく、共通のECUによりエンジン1及び変速機2を共に制御するようにしてもよい。
【0023】
例えばE/G―ECU11は、アクセルセンサ27により検出されたアクセル操作量θaccやエンジン回転速度センサ22により検出されたエンジン回転速度Neなどに基づき運転者の要求トルクを算出し、この要求トルクに基づいてコモンレールのレール圧や各気筒への燃料噴射量及び燃料噴射時期を算出する。そして、これらの算出値に基づき加圧ポンプを駆動制御すると共に、各気筒の燃料噴射弁を駆動制御して上記要求トルクを達成させながらエンジン1を運転させる。以下に述べるように運転者の要求トルクは、実エンジントルクと共にT/M−ECU12側で変速制御やクラッチ制御を実行するための指標として用いられる。そのためにE/G―ECU11は、エンジン回転速度Neや燃料噴射量などから実エンジントルクを算出し、これらの実エンジントルク及び要求トルクをT/M−ECU12側に出力する。
また、T/M−ECU12は、例えばレバー位置センサ24によりチェンジレバー9のDレンジ(ドライブレンジ)への切換が検出されているときには自動変速モードを選択し、アクセル操作量θacc及び車速センサ28により検出された車速Vに基づき、図示しないシフトマップから決定した目標変速段を達成すべく変速制御を実行すると共に、目標変速段への変速に先だって車両の加減速などから予測した次変速段へのプリセレクトを行う。
【0024】
例えば車両加速時には、現変速段に隣接する高ギヤ側の変速段を次変速段として予測し、動力伝達を中断している歯車機構G1,G2の所定の電磁弁を開閉して油圧シリンダを作動させることで次変速段をプリセレクトする。その後、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度Neが上記シフトマップ上の次変速段へのシフトアップ線を横切ると、油圧シリンダ3により目標変速段を有する側の歯車機構G1,G2のクラッチC1,C2を接続すると共に、他方のクラッチC1,C2を切断して目標変速段への変速を完了する。
このような変速時のクラッチ断接状態の逆転は、切断側のクラッチトルクを入力トルクから0まで連続的に低下させると共に、接続側のクラッチトルクを0から入力トルクまで連続的に増加させることで行われる。これと並行して変速中のクラッチトルクは上記E/G―ECU11から入力される要求トルクに基づき制御され、例えば変速中にアクセルが踏み増しされると、要求トルクの増加に応じて双方のクラッチトルクが増加側に制御されてクラッチ滑りの抑制が図られる(変速中クラッチ制御手段)。
【0025】
従って、アクセル踏み増しなどによる要求トルクの増減がない場合には、両クラッチトルクが増加側及び低下側に制御されて双方のクラッチC1,C2の断接状態が逆転される。そして、[発明が解決しようとする課題]で述べたように、変速中に両クラッチトルクを予め設定した一定値の変化率で制御する特許文献1の技術では、エンジン1からの入力トルクが小のときの変速時にクラッチC1,C2が急接されてショックを発生するという問題がある。本発明者は、この不具合の原因が、入力トルクの大小に応じて発生するクラッチ系の制御遅れにあることを見出し、不具合の解消のためには、入力トルクの大小に応じてクラッチ断接状態を逆転するときの変化率を適切に設定する必要があるという知見に至った。
そこで、本実施形態では、両クラッチC1,C2の断接状態を逆転させる変速時に入力トルクに応じてクラッチトルクの変化率を設定し、その変化率に基づき両クラッチC1,C2の油圧シリンダ3を制御する対策を講じており、以下、当該対策について詳述する。
【0026】
図2はクラッチ合計トルク及び変速段からクラッチトルクの変化率を設定するためのマップを示している。予め実施した試験により油圧シリンダ3のストロークと発生するクラッチトルクとの関係が特定されており、その関係に基づき、油圧シリンダ3のストロークから現在のクラッチC1,C2が伝達しているクラッチトルクをそれぞれ求めている。これらのクラッチトルクを加算した値をクラッチ合計トルクと見なし、このクラッチ合計トルクを変速後の変速段と共に図2のマップに適用してクラッチトルクの変化率を導き出している(トルク変化率設定手段)。クラッチ合計トルクはエンジン1からの入力トルクに相当し、このクラッチ合計トルクが両クラッチC1,C2を介して歯車機構G1,G2側に伝達されることになる。
全体的なマップの特性として、クラッチ合計トルクが大であるほどクラッチトルクの変化率が増加方向に設定されると共に、変速後の変速段が高ギヤ側であるほどクラッチトルクの変化率が増加方向に設定されるようになっている。
なお、クラッチトルクの算出処理は、必ずしも油圧シリンダ3のストロークに基づく必要はない。例えばクラッチトルクはストロークの他に油圧や印加電流値との間にも相関関係が成立するため、油圧に基づきクラッチトルクを求めたり、印加電流値に基づきクラッチトルクを求めたりしてもよい。
【0027】
上記のようにアクセル踏み増しなどがなく要求トルクが増減しない変速時には、切断側のクラッチトルクが入力トルクから0まで連続的に低下し、接続側のクラッチトルクが0から入力トルクまで連続的に増加するように制御が実行される。そして、変速中には逐次クラッチ合計トルクからクラッチトルクの変化率が算出され、その変化率に基づき両クラッチトルクがそれぞれ制御される。
図3は変速中に両クラッチトルクをマップに基づく変化率で制御した場合を、エンジン1からの入力トルクが大の場合と小の場合とで比較したタイムチャートであり、アクセル踏み増しなどによる要求トルクの増減がない場合を示している。上記のように変速中には切断側のクラッチトルクが入力トルクから0まで低下し、接続側のクラッチトルクが0から入力トルクまで増加することから、図中に破線で示すように、両クラッチトルクから入力トルク相当のクラッチ合計トルクが算出されて図2のマップの変化率の算出処理に適用されることになる。
【0028】
次に、以上のようにして設定されたクラッチトルクの変化率に基づく変速時のクラッチ制御状態を、図6に示す従来技術と比較しながら説明する。
図3の左側に示すようにエンジン1からの入力トルクが大のときのクラッチ制御状態は、図6の左側に示した従来技術と同様である。即ち、このとき図2のマップからは、従来技術の一定値の変化率と相違ない値がクラッチトルクの変化率として導き出される。よって、変速期間が長くて接続側のクラッチトルクが入力トルクに到達するまでの時間的な余裕があるため、クラッチ接続が完了するまでにクラッチ系の制御遅れが取り戻され、クラッチC1,C2は滑りながら徐々に接続されてショックの発生が抑制される。
一方、図3の右側に示すようにエンジン1からの入力トルクが小のときには、図2のマップからは、従来技術の一定値の変化率に比較してより小さな値がクラッチトルクの変化率として導き出される。そして、この変化率の適用により両クラッチトルクは緩やかに低下側及び増加側に制御され、従来技術に比較して変速期間がより延長化される。結果として接続側のクラッチトルクが入力トルクに到達するまでの時間的な余裕が確保されて、クラッチ接続が完了するまでにクラッチ系の制御遅れが取り戻される。このためクラッチC1,C2は急接されることなく円滑に接続されて、ショックの発生が未然に防止される。
【0029】
よって、本実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、エンジン1からの入力トルクに応じて変速時のクラッチトルクの変化率を可変制御することにより、入力トルクの大きさに関わらず常に両クラッチC1,C2の断接状態をショックなく円滑に逆転でき、もって良好な変速フィーリングを実現することができる。
一方、図2のマップでは、同一のクラッチ合計トルクであっても変速後の変速段が高ギヤ側であるほど、大きなクラッチトルクの変化率を設定している。クラッチトルクの変化率を低下(変速期間を延長化)させるほど、変速時のショックを抑制できる反面、変速期間の延長化により迅速な変速完了が望めなくなる。運転者は高ギヤ側の変速ではショックを感じ難い傾向があることから、マップの特性のように変速段が高ギヤ側であるほどクラッチトルクの変化率を増加させることにより、クラッチ接続時のショック発生を確実に防止した上で、可能な限り迅速に変速を完了して変速フィーリングを一層向上できるという利点も得られる。
【0030】
ところで、上記したように変速中にアクセル踏み増しがなされたときには、要求トルクの増加に応じて両クラッチトルクが共に増加側に制御されてクラッチ滑りの抑制が図られる。ところが、エンジン制御の応答性に起因して要求トルクに対して実エンジントルクは追従遅れを生じることから、過渡的にエンジン1からの入力トルクが低いにも拘わらず、それよりも高い要求トルクに基づきクラッチトルクが制御される状況が発生することになる。結果として、クラッチ滑りの抑制のためにそれぞれのクラッチトルクがステップ的に増加側に制御されて、両クラッチC1,C2の急接によりショックを発生するという不具合がある。
以下に述べる第2実施形態では、このような不具合に着目し、アクセル踏み増し時の要求トルクの増加を緩やかにする対策を実施しているが、その場合でも、変速中に入力トルク(クラッチ合計トルク)に応じてクラッチトルクの変化率を可変すれば、本実施形態と同様の作用効果が得られる。そこで、このような対策を講じた第2実施形態について以下に述べる。
【0031】
[第2実施形態]
本実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置の構成は、図1に基づき述べた第1実施形態のものと同様であり、相違点は、アクセル踏み増しによる要求トルクの増加を緩やかにするためのフィルタ回路29(フィルタ手段)を追加している点にある。そこで、共通する構成の箇所は同一部材番号を付して説明を省略し、相違点であるフィルタ回路29の機能、及び第1実施形態でも述べた入力トルクに応じたクラッチトルクの変化率の制御について詳述する。
図4はT/M−ECU12への実エンジントルク及び要求トルクの入力状況を示す制御ブロック図である。上記のようにT/M−ECU12にはE/G―ECU11側から情報として実エンジントルクと運転者の要求トルクとが入力されている。E/G―ECU11から入力される要求トルクはフィルタ回路29により処理され、処理後の要求トルク(以下、フィルタ後の要求トルクと称してフィルタ前の要求トルクと区別する)がクラッチトルクの制御に適用される。
【0032】
フィルタ回路29は、以下に述べる特性に設定されている。
E/G―ECU11側では、運転者の要求トルクを達成するようにレール圧制御や燃料噴射制御を実行しているが、これらのエンジン制御の応答性に起因し、要求トルクに対して実エンジントルクは遅れをもって追従している。このため、図5のタイムチャートに示すように、変速中にアクセル踏み増しがなされると、破線で示すように要求トルクがステップ的に立ち上がるのに対し、実線で示す実エンジントルクは追従せずに遅れをもって緩やかに立ち上がり、両者間に過渡的に大きな差が生じる。このときの実エンジントルクの立ち上がり特性に基づき、この特性に近似して要求トルクをなまし処理できるようにフィルタ回路29の特性が設定されている。
【0033】
実エンジントルクの立ち上がり特性の相違は、具体的には、立ち上がりの緩急(追従遅れの大小)や増加過程(例えば一次遅れに近似するか二次遅れに近似するか)などの違相であり、エンジン1の仕様(例えばディーゼルやガソリンなどの形式、吸排気系レイアウト、燃焼室形状など)に応じて異なる。このため、立ち上がりの緩急に対してはフィルタ回路29の時定数を適切に設定することで対応し、立ち上がりの増加過程に対しては、増加過程に近いフィルタ回路29の伝達関数を設定(図5では一次遅れフィルタとして設定)することで対応する。
但し、実エンジントルクに近似できるものであれば、フィルタ回路29の設定はこれに限るものではない。例えば、立ち上がりの緩急に対しては時定数で対応する他に、移動平均や単位時間当たりの増加量を限定するなど手法で対応してもよいし、増加過程に対しては、一次遅れフィルタに代えて二次遅れフィルタを用いてもよい。
以上のように設定されたフィルタ回路29により要求トルクがなまし処理されることにより、変速中にアクセルの踏み増しがなされると、E/G―ECU11側から入力される要求トルクはステップ的に増加するものの、図5のタイムチャートに破線で示すようにフィルタ後の要求トルクは、実線で示す実エンジントルクの立ち上がり特性に近似するようにより緩やかに増加する。
【0034】
これは、変速中において要求トルクに対して実エンジントルクが追従遅れを生じている期間であっても、両クラッチC1,C2を介して実際に伝達されているトルク(即ち、実エンジントルク)に対して略一致する指標(即ち、フィルタ後の要求トルク)に基づきクラッチトルクが制御されることを意味する。結果として双方のクラッチトルクは、過剰な要求トルクに基づき増加方向にステップ的に制御されることなく、フィルタ後の要求トルクの増加と対応するように共に緩やかに増加方向に制御される。これによりクラッチC1,C2の急接によるショックを防止した上で、変速中にアクセル踏み増しがなされたときのクラッチ滑りを抑制して円滑に変速を完了できる。
【0035】
そして、本実施形態においても、図2のマップに基づきクラッチ合計トルクに応じて変速中のクラッチトルクの変化率を制御している。
変速中には切断側のクラッチトルクが低下し、接続側のクラッチトルクが増加するものの、アクセル踏み増し時にはクラッチ滑りの抑制のために要求トルクに基づき両クラッチトルクが共に増加している。このためアクセル踏み増しの前後でクラッチ合計トルクが相違することになり、アクセル踏み増し前に比較してアクセル踏み増し後ではクラッチ合計トルクが増加する。結果として、アクセル踏み増し後には図2のマップからより大きなクラッチトルクの変化率が導き出され、図5中に実線で示すように、両クラッチC1,C2がアクセル踏み増し前よりも迅速に切断側及び接続側に制御される。図5ではクラッチトルクの変化率を一定値とした従来技術を二点鎖線で示しており、この従来技術に比較して変速期間が大幅に短縮化される。
よって、本実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、第1実施形態で述べた効果に加えて、変速中にアクセル踏み増しに伴い要求トルクが増加したときにもショックの発生を抑制でき、しかも変速期間を大幅に短縮化してより迅速な変速を実現することができる。結果として、変速を迅速に行うことにより変速フィーリングを向上できるばかりでなく、動力伝達の中断による燃費悪化をより確実に防止できるという優れた効果が得られる。
【0036】
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、走行動力源としてディーゼルエンジン1を車両に搭載したが、走行動力源はこれに限ることはなく任意に変更可能であり、例えばガソリンエンジンや電動モータに変更してもよい。
【符号の説明】
【0037】
1 エンジン(走行動力源)
12 T/M−ECU(変速中クラッチ制御手段,トルク変化率設定手段)
29 フィルタ回路(フィルタ手段)
C1,C2 クラッチ
G1,G2 歯車機構
図1
図2
図3
図4
図5
図6