特許第5693126号(P5693126)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5693126
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月1日
(54)【発明の名称】コイルばね及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150312BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20150312BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20150312BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20150312BHJP
   C21D 9/02 20060101ALI20150312BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20150312BHJP
   F16F 1/02 20060101ALI20150312BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/58
   C21D1/06 A
   C22C38/38
   C21D9/02 A
   C23C8/22
   F16F1/02 A
   F16F1/02 B
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2010-226154(P2010-226154)
(22)【出願日】2010年10月6日
(65)【公開番号】特開2012-77367(P2012-77367A)
(43)【公開日】2012年4月19日
【審査請求日】2012年10月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102141
【弁理士】
【氏名又は名称】的場 基憲
(72)【発明者】
【氏名】吉田 晃
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 智則
(72)【発明者】
【氏名】岡田 義夫
(72)【発明者】
【氏名】山本 文男
(72)【発明者】
【氏名】天道 悟
(72)【発明者】
【氏名】高村 典利
(72)【発明者】
【氏名】鶴貝 健吾
(72)【発明者】
【氏名】須田 澄恵
(72)【発明者】
【氏名】増本 慶
(72)【発明者】
【氏名】藤原 忠義
(72)【発明者】
【氏名】神保 鉄男
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−177318(JP,A)
【文献】 特開平01−165751(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
F16F 1/00−6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量比で、0.5%を超え0.9%以下のCと、0.8〜3.5%のSiと、0.3〜3.0%のMnと、0.5〜3.5%のCrと、0.05〜1.5%のNiと共に、0.05〜0.5%のVを含有し、残部がFe及び不可避的不純物である鋼から成り、鋼のオーステナイト結晶の粒度番号が9以上であって、深さ0.05〜1.00mmの浸炭硬化層を備え、表面から0.02mmの位置における硬さが650〜1000Hvであることを特徴とするコイルばね。
【請求項2】
線径をdとするとき、表面からd/4の位置における硬さが550Hv以上であることを特徴とする請求項1に記載のコイルばね。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のコイルばねを製造するに際し、浸炭処理を真空状態で行うことを特徴とするコイルばねの製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のコイルばねを製造するに際し、浸炭後、A1変態点以下までガス冷却し、再度加熱処理を行ない、焼入れすることを特徴とするコイルばねの製造方法。
【請求項5】
自動車用エンジンの弁ばね又はトランスミッション用ばねであることを特徴とする請求項1又は2に記載のコイルばね。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に自動車用内燃機関のコイルばねとして用いられる、耐疲労性・耐へたり性に優れた高強度コイルばね及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関における弁ばね用の線材として、JISには、弁ばね用オイルテンパー線(SWO−V:JIS G 3561)、弁ばね用クロムバナジウム鋼オイルテンパー線(SWOCV−V:JIS G 3565)、及び、弁ばね用シリコンクロム鋼オイルテンパー線(SWOSC−V:JIS G 3566)等が規定されており、従来、耐疲労強度及び耐へたり性に優れるSWOSC−Vが主に使用されてきた。
これらの線材は、工場で前もって焼き入れ・焼き戻し処理を行い、所要の強度とされたものであり、これを用いて、所要の形状のばねにコイリングした後、窒化、ショットピーニング、テンパー、セッチング、などの処理を行うことにより、耐疲労強度や耐へたり特性に優れたばねを得るのが弁ばねの一般的な製造方法である。
【0003】
一方、環境保護や資源保護の観点から、自動車に対する排気の清浄化、燃費向上への要求が高いが、これらに対して大きく寄与するのが車両の軽量化であり、車体を構成する各部品についても軽量化に向けた努力が絶えず続けられている。
【0004】
弁ばねについては、その疲労強度をさらに高め、へたりを低下させることで弁ばねのコンパクト化が可能であり、さらにはエンジンの軽量化に寄与することが可能である。
そのため、弁ばね用線材そのものの高強度化により、弁ばねの疲労強度を改善するための種々の提案がなされている。
【0005】
一方、一般に浸炭焼入れ焼戻しをした機械部品は疲労強度が向上することが良く知られている。この原理を利用し、例えば特許文献1では、重量%でC:0.3〜0.5%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.5〜1.0%、Cr:0.2〜2.5%を含有し、その他Fe及び不可避の不純物から成る鋼を用い、浸炭焼入れ焼戻ししたことを特徴とする高強度かつ耐久性に優れたばねが提案されている(請求項1)。
その他、この特許文献では、さらに素材鋼に、V:0.02〜0.5%あるいはNb:0.02〜0.5%を1種類以上添加した鋼を用いたばね(請求項2)、それに加えNi:0.5〜2.0%あるいはMo:0.1〜0.6%を添加した鋼を用いたばね(請求項3)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平01−165751号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的に、浸炭焼き入れ、焼き戻しは、素材表層部のみを大幅に硬化させることにより、耐摩耗性や疲労強度向上のためになされるものである。従って、その表層部(浸炭層)は硬く、殆ど延性がないので、浸炭焼き入れ、焼き戻し後には、塑性加工を施すことはできない。即ち、浸炭焼き入れ、焼き戻しをした線材をコイリングすることはできないので、この熱処理をばねに適用しようとする時は、加工性の良い線材をばねに成形した後に浸炭焼き入れ、焼き戻しを実施することとなる。
【0008】
ところで、従来開示されているもの(特許文献1)は、C量を0.5%までと規定しており、それ以上ではばねが脆くなり過ぎて、その用をなさなくなるとされているため、Cを0.5%以上添加したものはなかった。しかしながら、C含有量が0.5%までであると、素材のC量が低いために、焼き入れ、焼き戻し後の表層部以外の素材生地そのものの強度が不足し、耐疲労性や耐へたり性の向上には、おのずから限界があり、さらなる耐久性向上のためには、C量を0.5%を超えて添加することで高強度化させることが必須である。
【0009】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、最適の素材を選択した上、その後のばねの製造工程を素材に応じた適切なものとすることにより、従来のものと比較して疲労強度を向上させたばねを提供することにある。
本来、ばねの使用状態においては、ばねは弾性限度内で使用されるものであるため、使用中に大きな組成変形を受けることはなく、従って、本来、ばね製品においては、さほど大きな延靭性は必要とされない。そこで、C量が0.5%を超える材料を用いて、浸炭焼き入れ、焼き戻しを施したばねの製造方法を研究した結果、ばね製造中に破断や欠陥を生じさせることがなく、かつ、ばねとして必要なレベルの靭性を有し、ばね使用中の耐久性や耐へたり性を大幅に向上させうることが明らかになった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために為された本発明に係るコイルばねは、質量比で、0.5%を超え0.9%以下のCと、0.8〜3.5%のSiと、0.3〜3.0%のMnと、0.5〜3.5%のCrと、さらに0.05〜1.5%のNiと共に、0.05〜0.5%のVを含有し、残部がFeと不可避的不純物である鋼から成り、表面に深さ0.05〜1.00mmの浸炭硬化層を備えていると共に、表面から0.02mmの位置における硬さが650〜1000Hvであることを特徴とするものである。ただし、ここで言う硬化層深さとは母材硬度に対して硬度が向上している範囲のことを言う。
【0011】
上記コイルばねの製造に際しては、上記組成の鋼に浸炭処理を施すことになるが、本発明の製造方法においては、上記浸炭処理を真空状態で行うことを特徴としている。
【0012】
なお、上記記載のばねにおいて、線外径より1/4dの位置における硬さが550Hv以上であることがよい。より望ましくは700Hv以上であることがよい。
【0013】
また、上記記載のばねにおいて、、浸炭焼き入れ・焼き戻し後の母材の結晶粒度番号が9以上であることがよい。より望ましくは結晶粒度番号が11以上であることがよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、質量比で、0.5%超過0.9%以下のCを含有する鋼を用い、これに浸炭処理を施すことによって、浸炭硬化層の深さが0.05〜1.00mm、表面から0.02mmの位置における硬さが650〜1000Hvとなるようにしたものであるから、疲労強度及び耐へたり性にさらに優れたコイルばねとすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の高強度コイルばねではまず、素材鋼のC含有量を従来のもの(特許文献1)よりも高く、0.5%超過、0.9%以下とした。Cは鋼線の強度を高めるために必須の元素であり、さらに高強度を狙うため浸炭処理を行い表面層に硬化層を有することとした。また、高強度化に伴い靭性が低下することが懸念されるため、結晶粒を微細化することで靭性を向上させた。
【0016】
上記の基本的な思想の下、高強度となるばね素材の化学成分を種々検討し、本発明に到ったものである。以下に、成分及び組織の限定条件の理由について説明する。
【0017】
硬化層深さ:0.05〜1.00mm、かつ
表面から0.02mmにおける硬さ:650Hv以上1000Hv以下
浸炭処理においてはCが表面から拡散し、表面層が硬化される。0.05mm未満では浸炭の硬化が小さく、1.00mmを超えると炭化物が粗大に析出するため強度が低下する。また、表面から0.02mmにおける硬さが650Hvに満たないと絶対硬化量が小さく疲労強度が小さくなり、1000Hvを超えるた場合には靭性が不足するため本範囲とした。
【0018】
線外径より1/4dの位置における硬さ:550Hv以上
ある一定の外力(荷重)が長時間負荷されると、ばねに加わる応力が弾性限度以内でも、ばねは永久変形し、この変形をへたりというが、内部硬さ(1/4dの位置)が550Hvより小さいと耐へたり性に劣る傾向があるため、硬さは550Hv以上とすることが望ましい。
【0019】
以下、本発明のコイルばねとその製造方法について、各合金成分の作用及びその数値限定理由と共に、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において「%」は、特記しない限り、質量百分率を意味するものとする。
まず、本発明における各成分元素や作用と共に、それらの数値限定理由について説明する。
【0020】
C:0.5%を超え、0.9%以下
Cは、鋼線の強度を高めるために必須の成分元素である。
すなわち、鋼のC含有量が0.5%以下では、十分な強度が得られず、逆に0.9%を超えると、靭性が低下すると共に、鋼線の疵感受性が増大し、信頼性が低下するため、上記範囲内とする必要がある。
【0021】
Si:0.8〜3.5%
Siは、フェライト及びマルテンサイトの強度を向上させ、耐へたり性を向上させるのに有効な元素である。
ただし、鋼のSi含有量が0.8%未満では上記のような効果が十分に得られず、逆に3.5%を超える場合は、冷間加工性を低下させると共に、熱間加工性や熱処理による脱炭を助長することから、上記した範囲とすることが必要である。
【0022】
Mn:0.3〜3.0%
Mnは、鋼の焼入性を向上させると共に、鋼中のSを固定してその害を低減する作用を有する。
しかし、Mn含有量が0.3%未満ではその効果がほとんど得られず、3.0%を超えると靭性が低下することから、上記範囲とする。
【0023】
Cr:0.5〜3.5%
Crは、Mnと同様に鋼の焼入性を向上させ、高Cかつ高Si鋼におけるCの黒鉛化を防止するために必要な成分である。
このとき、鋼中のCr含有量が0.5%未満の場合にはその効果が十分ではなく、逆に3.5%を超えると炭化物の固溶を抑制し、強度の低下を招くと共に、焼入れ性が過度に増大して靭性の低下をもたらすため、上記範囲内とする必要がある。
【0024】
Ni:0.05〜1.5%
Niは、Cによって高強度化したばねに靭性を付与するのに有効な元素であるので添加する。
しかし、Ni含有量が0.05%に満たない場合は目的の効果が発揮されず、1.5%を超えると靭性が低下することから、添加するにしても0.05〜1.5%の範囲内とする必要がある。
【0025】
Mo:0.05〜1.5%
V:0.05〜0.5%
Nb:0.01〜0.5%
これら元素は、いずれも焼戻し時に炭化物を形成し、軟化抵抗を増大させる元素であるから、Vは添加するがそれ以外は必要に応じて上記したそれぞれの数値範囲内で、これらのうちのいずれか1種、あるいは2種以上を組み合わせて添加することができる。
しかし、各添加量がそれぞれの下限値に満たない場合には、目的とする効果が十分に得られず、上限値を超えた場合には、焼入れ加熱時に炭化物を多く形成し、靭性の低下をもたらすことがあるので、添加する場合でも、上記したそれぞれの範囲内とする必要がある。
【0026】
母材の結晶粒度:9以上
結晶粒の微細化によりばねの靭性が向上する。結晶粒度が9未満の場合にはばね内部の靭性が不足することがあるため本範囲とした。
【0027】
本発明のコイルばねは、上記したように、0.5%超過0.9%以下のCと、0.8〜3.5%のSiと、0.3〜3.0%のMnと、0.5〜3.5%のCrを含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、さらに0.05〜1.5%のNiと、0.05〜0.5%のVを含有する鋼から成るものである。そして、表面からの深さが0.05〜1.00mmの浸炭硬化層を備え、さらに表面から0.02mmの位置における硬さが650〜1000Hvのものである。
【0028】
このようなコイルばねは、上記成分の鋼を熱間鍛造、熱間圧延して線材とし、パテンティング、伸線、オイルテンパーの後、コイルばねに成形し、これに浸炭処理、望ましくは真空浸炭処理を施すことによって製造することができる。
この後、疲労強度のさらなる改善の観点から、必要に応じて、ショットピーニングやセッチングを施すこともでき、これによって表面に、750MPa以上の圧縮残留応力を生じさせることが望ましい。さらには、表面硬度向上の手段として、浸炭処理の後、窒化処理を施すことも、必要に応じて望ましい。
【0029】
さらにまた、浸炭処理後に、A1変態点以下の温度までガス冷却し、その後、例えば830〜850℃の温度範囲において10〜30分の再加熱処理を施すことも望ましく、これによって結晶粒の微細化が可能になる。
【0030】
そして、このようにして得られたコイルばねは、例えば、自動車用エンジン向けの弁ばねや、トランスミッション用ばねとして好適に用いることができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づいて、さらに詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
表1に示す化学組成を有する鋼を真空溶解炉でそれぞれ溶製したのち、常法に基づいて熱間鍛造、熱間圧延により線径8.0mmの線材とした。その後、線材の表層部0.15mmを皮削りして線材表層の脱炭層を除去したのち、中性ガス雰囲気中で加熱、オーステナイト化し、溶融鉛中でパーライト変態させる、いわゆる鉛パテンティングを施したのち、線径4.1mmに伸線加工し、実験材の成分に適合した条件でオイルテンパー処理を施すことによってばね用素線を作製した。
次いで、この素線を用いてコイル平均径24.60mm、自由高さ46.55mm、巻数5.75のコイルばねに成形した。
【0033】
【表1】
【0034】
次に、得られたそれぞれのコイルばねに、表2に示すいずれかの条件のもとで真空浸炭処理を施した後、850℃で15分間加熱後、50℃に保持した油中に焼入れし、その後350℃で90分間の焼戻しを施した。そして、さらにショットピーニングの後、ホットセッチングを行った。ショットピーニングは3段階に分けて行い、1段目から徐々に投射する粒径を小さくした。また、ホットセッチングは、230℃の温間で1600MPa以上の応力でセッチングを行った。
なお、比較例1は、真空浸炭処理の代わりに窒化処理を行い、3段階のショットピーニング後にホットセッチングをしたものである。比較例2〜9については、所定の条件の真空浸炭処理を行ったものである。
【0035】
【表2】
【0036】
以上によって得られた各コイルばねについて、浸炭硬化層の深さや、表面から0.02mm位置及びd/4位置における硬さを測定すると共に、JIS G 0551に基づいて、オーステナイト結晶粒度を測定した。
【0037】
さらに、室温において、ばね形状から計算される最大せん断応力(τmax)が760±711MPaとなる条件による疲労試験を行った。
また、上記ばねを1471MPaの応力にて、温度120℃、48時間に亘ってばねを圧縮して保持した後、保持を解法し、試験前後のへたり量を測定し、残留せん断歪率を算出した。これらの結果を表3に示す。
【0038】
【表3】
【0039】
上記結果から明らかなように、本発明の実施例に係わるコイルばねは、いずれも破断寿命が長く、高強度かつ耐久性に優れることが確認された。