【実施例】
【0032】
以下、本発明の範囲を満足する実施例の効果を比較例と対比して説明する。
【0033】
(第1実施例)
本第1実施例は、種々の組成を有する高張力鋼板とアーク溶接材料とを種々組み合わせたレーザ・アークハイブリッド溶接の実施例である。異なる組成を有する780MPa級高張力鋼板(板厚:6mm、幅:100mm、長さ:240mm)を4種類と、異なる組成を有するアーク溶接ワイヤを11種類用意し、これらから1種類ずつを選択して、実施例及び比較例の高張力鋼板及びアーク溶接ワイヤの組み合わせとした。高張力鋼板の組成及び溶接ワイヤの組成を表1及び表2に示す。
【0034】
そして、
図2に示すように、選択された2枚の高張力鋼板1を、ギャップ1mmで突き合わせて配置し、継手形状をI形開先とした。レーザには、出力5kWのファイバレーザを用い、レーザ光の焦点位置を母材表面±0mmとした。
図3に示すように、溶接方向に対する溶接トーチ2の傾斜角度が前進角(又は後退角)0°となるように垂直に配置し、溶接方向に対するレーザ光3の照射角度を前進角25°に設定した。そして、レーザ光の照射位置から3mm離隔した位置に、溶接トーチ2から選択された溶接ワイヤ4を供給し、アーク溶接をレーザ溶接に先行させ、高張力鋼板の突き合わせ部を同一の溶接条件でレーザ・アークハイブリッド溶接した。レーザ溶接用の電源としては、市販のパルス電源を使用した。下記表3に各溶接条件を示す。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
実施例及び比較例の高張力鋼板及び溶接ワイヤの組み合わせを下記表4に示す。各実施例及び比較例について、レーザ・アークハイブリッド溶接により得られた溶接金属に対して、JIS Z3111:2005(溶着金属の引張及び衝撃試験方法)及びJIS Z2242:2005(金属材料のシャルピー衝撃試験方法)に規定されている引張試験及びシャルピー衝撃試験を行った。即ち、溶接金属から平行部:4mm、厚さ:1mmの全溶接金属引張試験片を採取し、常温で引張試験を行った。また、溶接継手から、厚さ5mm、幅10mm、長さ55mmのハーフサイズシャルピー衝撃試験片を採取し、深さ2mmの45度V字溝(Vノッチ)を加工し、−20℃の温度でシャルピー衝撃試験を行った。各溶接金属からは、切粉状の試料を採取し、その化学成分を分析した。各実施例及び比較例の試験片の炭素当量Ceq
Zを表5に示す。また、各実施例及び比較例の溶接ワイヤ及び鋼板の組成から算出された炭素当量の関係を
図4に示す。
【0039】
そして、各実施例及び比較例の溶接金属について、その機械的性能を評価した。引張強さは、780MPa以上を良好(○)、780MPa未満を不良(×)とし、シャルピー衝撃試験結果は、−20℃における吸収エネルギが32J以上を極めて良好(○)、27J以上32J未満を良好(△)、27J未満を不良(×)と評価した。各評価結果を表5にあわせて示す。
【0040】
【表4】
【0041】
【表5】
【0042】
表5及び
図4に示すように、実施例No.1乃至12は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが本発明の範囲を満足し、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが高張力鋼板の炭素当量Ceq
Xに対して所定の範囲内にあるので、高い引張強度及び高い靱性を有する溶接金属が得られた。
【0043】
比較例No.13乃至26は、高張力鋼板と溶接ワイヤとの組み合わせが本発明の範囲を満足しなかったので、溶接金属の引張強度又は靱性が低下した。このうち、比較例No.13乃至16,No.18乃至20,No.24乃至26は、得られた溶接金属の炭素当量Ceq
Zが本発明の請求項3の範囲の下限値未満であったため、溶接金属の引張強度を高くすることができなかった。また、比較例No.17,No.21乃至23は、得られた溶接金属の炭素当量Ceq
Zが本発明の請求項3の範囲を超えたため、溶接金属の靱性を高くすることができなかった。
【0044】
なお、比較例No.16は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが鋼板の炭素当量Ceq
Xから算出された所定範囲の下限値未満であり、本発明の範囲を満足しない溶接方法により得られた溶接金属であり、溶接金属の引張強度が低下した。
【0045】
(第2実施例)
次に、第2実施例について説明する。本第2実施例においては、1種類の高張力鋼板について溶接ワイヤを種々変更し、レーザ・アークハイブリッド溶接によって得られた溶接金属の機械的特性を検討した。即ち、下記表6に示す組成を有する高張力鋼板に対して、表2に示すWA乃至WFの溶接ワイヤを使用し、レーザ・アークハイブリッド溶接を行った。各実施例及び比較例の鋼板及び溶接ワイヤの組み合わせと、これにより得られた溶接金属の組成を表7に示す。また、各実施例及び比較例の溶接ワイヤ及び鋼板の炭素当量の関係を
図5に示す。そして、各実施例及び比較例の鋼板及び溶接ワイヤの組み合わせについて、第1実施例と同様の引張試験及びシャルピー衝撃試験を行い、第1実施例と同様の判定基準により溶接金属の引張強度及び靱性を評価した。引張試験及びシャルピー衝撃試験による評価結果を表8に示す。
【0046】
【表6】
【0047】
【表7】
【0048】
【表8】
【0049】
表8及び
図5に示すように、実施例No.27乃至29は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが本発明の範囲を満足し、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが、高張力鋼板の炭素当量Ceq
Xに対して所定の範囲を満足するので、引張強度及び靱性の双方が高い溶接金属が得られた。これにより、本発明においては、溶接対象の高張力鋼板の組成から最適な溶接ワイヤを選択して溶接すれば、溶接金属に高い引張強度及び靱性が得られることが分かった。
【0050】
これに対して、比較例No.30乃至33は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが大きく、レーザ・アークハイブリッド溶接により得られた溶接金属の靱性が劣化した。
【0051】
(第3実施例)
次に、第3実施例について説明する。本第3実施例においては、板厚及び組成が異なる3種類の高張力鋼板PF乃至PHの夫々に対して、表2に示すWA、WC、WFの溶接ワイヤを使用し、レーザ・アークハイブリッド溶接を行った。各鋼板PF乃至PHの板厚及び組成を表9に示す。本実施例においては、高張力鋼板の板厚により、レーザ・アークハイブリッド溶接の溶接条件を変更した。表10に各鋼板の溶接条件を示す。また、継手形状はいずれの板厚の鋼板においてもI形開先とし、ルートギャップは、板厚3.2mmのものを0mm、板厚9mm及び12mmのものを1mmとした。各実施例及び比較例の鋼板及び溶接ワイヤの組み合わせと、これにより得られた溶接金属の組成を表11に示す。また、各実施例及び比較例の溶接ワイヤ及び鋼板の炭素当量の関係を
図6に示す。
【0052】
【表9】
【0053】
【表10】
【0054】
【表11】
【0055】
本実施例においては、引張試験及びシャルピー衝撃試験に使用する試験片の寸法は、板厚により変更した。即ち、引張試験においては、板厚3.2mmの鋼板同士を溶接した溶接金属から平行部:3mm、厚さ:1mmの全溶接金属引張試験片を採取し、板厚9mmの鋼板同士を溶接した溶接金属から平行部:7.5mm、厚さ:1mmの全溶接金属引張試験片を採取し、板厚12mmの鋼板同士を溶接した溶接金属から平行部:10mm、厚さ:1mmの全溶接金属引張試験片を採取した。また、シャルピー衝撃試験片については、板厚3.2mmの鋼板同士の溶接継手部からは、厚さ2.5mm、幅10mm、長さ55mm(1/4サイズ)試験片を採取し、板厚9mmの鋼板同士の溶接継手部からは、厚さ7.5mm、幅10mm、長さ55mm(3/4サイズ)試験片を採取し、板厚12mmの鋼板同士の溶接継手部からは、厚さ2.5mm、幅10mm、長さ55mm(フルサイズ)試験片を採取した。
【0056】
そして、各実施例及び比較例の高張力鋼板及び溶接ワイヤの組み合わせについて、第1実施例と同様の引張試験及びシャルピー衝撃試験を行った。本実施例においては、溶接金属の引張強度は、第1及び第2実施例と同様の判定基準により評価し、シャルピー衝撃試験による靱性の評価については、板厚により評価基準を分けた。即ち、板厚が3.2mm鋼板同士の溶接継手部から採取した試験片については、−20℃における吸収エネルギが14J以上である場合を良好とし、板厚が9mm鋼板同士の溶接継手部から採取した試験片については、−20℃における吸収エネルギが40J以上である場合を良好とし、板厚が12mm鋼板同士の溶接継手部から採取した試験片については、−20℃における吸収エネルギが54J以上である場合を良好とした。各評価結果を表12に示す。
【0057】
【表12】
【0058】
表12及び
図6に示すように、実施例No.33乃至37は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが本発明の範囲を満足し、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが、高張力鋼板の炭素当量Ceq
Xに対して所定の範囲を満足するので、引張強度及び靱性のいずれも高い溶接金属が得られた。これにより、本発明は、高張力鋼板の板厚によらず、十分な効果を奏することが分かった。
【0059】
これに対して、比較例No.38、No.39は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが小さく、引張強度が低下し、比較例No.40は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが大きく、靱性が低下した。なお、比較例No.41は、溶接ワイヤの炭素当量Ceq
Yが鋼板の炭素当量Ceq
Xから算出された所定範囲の下限値未満であり、本発明の範囲を満足しない溶接方法により得られた溶接金属であったため、溶接金属の引張強度が低下した。
【0060】
(第4実施例)
次に、本発明の第4実施例について説明する。本第4実施例においては、本発明の範囲を満足するように高張力鋼板と溶接ワイヤとを組み合わせて選択し、溶接トーチ及びレーザ光の配置を変更して溶接部の耐ギャップ性を比較した。即ち、継手部は、I形突き合わせ継手とし、溶接対象の高張力鋼板1として、
図7に示すように突き合わせ部のギャップが0mmから5mmまで連続的に変化するテーパギャップ試験片を使用し、裏波ビードが良好に形成されるギャップの範囲を調査した。
【0061】
溶接トーチ及びレーザ光の配置は、
図8に示すように、配列Aをレーザ溶接先行(垂直方向)、アーク溶接後行(前進角25°)とし、配列Bをアーク溶接先行(後退角25°)、レーザ溶接後行(垂直方向)とし、配列Cをレーザ溶接先行(後退角25°)、アーク溶接後行(垂直方向)とし、配列Dをアーク溶接先行(垂直方向)、レーザ溶接後行(前進角25°)とした。溶接条件は、第1実施例の表3に示す条件とし、レーザ光の照射位置と溶接ワイヤの供給位置との間は3mm離隔させた。
【0062】
各配列について、良好な裏波ビードが形成されたギャップ範囲を
図9に示す。
図9に示すように、配列Aにおいては、ギャップが0乃至2.1mmの範囲で良好な裏波ビードが形成された。配列Bにおいては、ギャップが0乃至2.7mmの範囲で良好な裏波ビードが形成された。配列Cにおいては、ギャップが2.9mm以下の範囲で裏波ビードが良好に形成されたが、溶け込み深さ不足により、ギャップが0mmの地点にて貫通ビードが得られなかった。なお、
図9に示す配列Cにおいて、ギャップが0mmの地点におけるグラフ図の隙間は、貫通ビードが得られなかったことを示している。配列Dにおいては、ギャップが0乃至3mmの範囲で良好な裏波ビードが形成され、最も良好な耐ギャップ性を示した。
【0063】
(第5実施例)
次に、本発明の第5実施例について説明する。本第5実施例においては、第4実施例において最も良好な耐ギャップ性を示した配列Dについて、溶接トーチの傾斜角度及びレーザ光の照射角度と、レーザ光の照射位置から溶接ワイヤの供給位置までの距離とを種々変更し、夫々、耐ギャップ性を調査することにより、最適な溶接条件を検討した。使用した試験片及び溶接条件は、第4実施例と同一である。各設定条件を表13に示す。そして、ギャップが0乃至2.7mmを超える範囲で良好な裏波ビードが形成された場合を合格(○)と評価した。評価結果を表13にあわせて示す。
【0064】
【表13】
【0065】
表13に示すように、溶接ワイヤとレーザ光の照射位置との間の距離を固定した場合においては、溶接トーチの傾斜角度は前進角−5°から後退角10度の範囲としたときに、良好な裏波ビードが形成されるギャップ範囲が広く、レーザ光は前進角15乃至30°としたときに広いギャップ範囲で良好な裏波ビードが形成された。
【0066】
また、溶接トーチの傾斜角度及びレーザ光の照射角度を上記範囲とした場合においては、溶接ワイヤの供給位置とレーザ光の照射位置との間のギャップを0乃至7mmとしたときに、広いギャップ範囲で良好な裏波ビードが形成された。
【0067】
よって、本発明においては、アーク溶接の溶接トーチを溶接方向に対する傾斜角度が前進角5°乃至後退角10°の範囲となるように配置し、溶接方向に対するレーザ光の傾斜角度を前進角15乃至30°の範囲となるようにレーザ光を照射し、レーザ光の照射位置よりも溶接方向前方に0乃至7mm離隔した位置に溶接トーチから溶接ワイヤを供給してアーク溶接をレーザ溶接に先行させて溶接することが好ましい。