(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の技術は、酸化物超電導体の原料粉末を金属管に充填して縮径加工するPIT法により形成されたBi系の超電導線材に適用される技術である。PIT法により形成されたBi系の超電導線材は、
図4に示すように断面が楕円形状であり、超電導線材の外周全体に樹脂を塗布・焼付けして樹脂被膜を形成することができる。
【0007】
これに対し、
図5に示す希土類系の超電導線材200は、その断面が矩形状であり、四隅が角張っている。従って、この超電導線材200に絶縁被覆を行うために、ポリイミドテープなどの絶縁テープを重ね巻きして絶縁被覆とする、または、その外周面に厚く樹脂層を塗布し、これを焼き付けて絶縁被膜とする方法が研究されている。
また、樹脂を含浸させた超電導コイルでは、含浸材であるエポキシ樹脂と、超電導線材200を構成する金属製の基材201及びCu製の安定化層205との熱膨張差、あるいは、低温での熱膨張の非線形を考慮した収縮率に起因して、超電導コイルの冷却時に超電導線材200の垂直方向に剥離応力が作用し、超電導線材が劣化する可能性がある。
なお、エポキシ樹脂を含浸させる場合、真空含浸法を用いてコイルの隅々までエポキシ樹脂を浸透させる処理を行っている。一方、真空含浸法以外の方法で樹脂含浸を行うと、超電導コイルの機械的強度(コイル剛性)の低下を招くおそれがある。従って、真空含浸法が最も望ましいと考えられている。
【0008】
ところで、絶縁被覆された超電導線材を用いて超電導コイルを構成し、この超電導コイルを真空含浸法などにより樹脂含浸した場合、上述のように熱膨張差に起因して超電導線材200の垂直方向に剥離力が作用する。上述のように多くの層が積層された希土類系の超電導線材200においては剥離応力に対する強度が弱くなる場合があった。
例えば、金属基材201上に中間層202と酸化物超電導層203と安定化層204、205を積層した構造の場合、前述の剥離応力の作用によって、中間層202または超電導層203の一部の膜が剥がれるおそれがあった。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みなされたもので、コイル加工して剥離応力が作用したとしても、中間層及び超電導層層の一部で剥離が起こらない積層構造を有する超電導線材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明の第1態様にかかる超電導線材は、基板と、前記基板に積層された中間層と超電導層と金属安定化層とを有する超電導積層体と、前記超電導積層体の外面を覆い、樹脂材料を焼付けることにより形成された絶縁被覆層と、を備え、前記絶縁被覆層に覆われた前記超電導積層体の外面の少なくとも一部の最大高さRzが890nm以下である。
絶縁被覆層が密着される超電導積層体の外面の最大高さが890nm以下であれば、絶縁被覆層が超電導積層体外面に適度な密着力で付着する。従って、絶縁被覆層を含む超電導線材に応力が作用し、各層を剥離する方向に力が作用したとしても、絶縁被覆層と安定化層との界面で剥離が生じることで中間層と超電導層とでの剥離を抑制する。このため、超電導線材を超電導コイルに加工して含浸樹脂により固定し、冷媒で冷却し、金属と樹脂との熱膨張係数差に起因する熱応力を作用させたとしても、中間層及び超電導層で剥離を生じない超電導コイルを提供できる。
また、絶縁被覆層によって超電導積層体の全周を覆えば、外部からの水分の侵入を防止できる構造の超電導線材を提供できる。
【0011】
前記絶縁被覆層に覆われた前記超電導積層体の外面の少なくとも一部の表面粗さRaが80nm以下であってもよい。
絶縁被覆層が密着される超電導積層体の外面の表面粗さRaが80nm以下であれば、絶縁被覆層が超電導積層体の外面に適度な密着力で付着する。従って、絶縁被覆層を含む超電導線材に応力が作用し、各層を剥離する力が作用したとしても、絶縁被覆層と超電導積層体との界面で剥離が生じることで中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層から剥離することを抑制する。
【0012】
前記超電導積層体の外面の少なくとも一部は前記超電導層の外方に積層される層の外面を含んでもよい。
最大高さあるいは表面粗さを規定した超電導積層体の外面が超電導層の外方に積層される部分であることで、層間剥離を起こす方向に作用する応力を絶縁被覆層の超電導積層体からの剥離により緩和し、中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層から剥離することを抑制する。
【0013】
前記金属安定化層が、第1安定化層と、前記第1安定化層上に積層された第2安定化層を有し、前記第2安定化層が金属テープまたは前記金属テープと接合材とで形成され、前記金属テープの外面または前記接合材の外面が前記絶縁被覆層で覆われていてもよい。
金属安定化層が第1安定化層と第2安定化層の2層構造である場合、上述の応力緩和性を具備した上に、超電導特性の安定性に優れた構造を提供できる。
【0014】
前記金属安定化層が、前記超電導層上に被覆された第1安定化層と、前記基板、前記中間層、前記超電導層、および前記第1安定化層の周囲を囲んで設けられ、金属テープで形成される第2安定化層と、を有し、前記第2安定化層の外面が前記絶縁被覆層で覆われていてもよい。
超電導線材が、基板、中間層、超電導層、および第1安定化層の周囲を囲んで設けられた金属テープの第2安定化層を備えるならば、層間剥離を起こす方向に作用する応力を絶縁被覆層の超電導積層体からの剥離により緩和し、中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層から剥離することを抑制する。また、金属テープの第2安定化層は、超電導層に流している電流を分流させる場合のバイパスとして作用する。
【0015】
前記金属安定化層が、第1安定化層と、前記基板、前記中間層、前記超電導層、および前記第1安定化層の周囲を囲んで設けられる第2安定化層と、前記第2安定化層の一方の面に沿って設けられる第3安定化層とを有し、前記第2安定化層と前記第3安定化層との外面が前記絶縁被覆層で覆われていてもよい。
超電導線材が第1安定化層と第2安定化層に加えて第3安定化層を備えるならば、上述の応力緩和性を具備した上に、超電導層に流している電流を分流させる場合の金属安定化層の断面積をできるだけ確保することができる。従って、安定性向上に寄与する。
前記金属安定化層が、前記超電導層上に被覆された第1安定化層と、前記基板、前記中間層、前記超電導層、および前記第1安定化層の周囲を囲んで設けられる第2安定化層と、前記第2安定化層の外面に積層された接合層を有し、
前記接合層の外面が前記絶縁被覆層で覆われていてもよい。
超電導線材が第1安定化層と第2安定化層に加えて接合層を備え、接合層の外面の最大高さあるいは表面粗さを規定の範囲に揃えることで、層間剥離を起こす方向に作用する応力を絶縁被覆層の接合層からの剥離により緩和し、中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層から剥離することを抑制することができる。
本発明の第2態様にかかる超電導コイルは、前述したいずれかの構造の超電導線材で形成される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の態様によれば、絶縁被覆層が密着される超電導積層体の外面の最大高さRzを890nm以下として、超電導積層体と絶縁被覆層との密着強度が必要以上に高くならないようにした。したがって、絶縁被覆層に剥離応力が作用した場合、絶縁被覆層とその下地の部分とで剥離し、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離することの無い構造を提供できる。
よって、本発明の態様に係る超電導線材をコイル化し、樹脂を含浸させて固定した場合であっても、超電導積層体の中間層の積層部分及び超電導層の積層部分において剥離することのない超電導線材を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る超電導線材について図面に基づいて説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に制限されない。
[第1実施形態]
図1は本発明の第1実施形態に係る超電導線材の幅方向に沿う一部を断面とした斜視図である。
図1に示す超電導線材10において、超電導積層体5は、基板1の一面上に中間層2と酸化物超電導層3と金属安定化層4とがこの順に積層されることで形成される。つまり、基板1の一面上に中間層2が形成され、その外方に酸化物超電導層3が形成され、さらにその外方に金属安定化層4が形成される。さらに、超電導線材10は、絶縁被覆層7が超電導積層体5の外面全体を覆うことで形成される。本実施形態において金属安定化層4は、酸化物超電導層3上に形成された第1安定化層8と、第1安定化層8上に形成された第2安定化層9とにより構成される。ここで、本願において、外方とは、各層(要素)の、基板が設けられる側とは反対側をいい、外面とは、各層(要素)の外に露出した面をいう。
【0019】
基板11は、通常の超電導線材の基板として使用できれば良く、長尺のテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属で形成されることが好ましい。耐熱性の金属の中でもニッケル(Ni)合金がより好ましい。中でも、市販品であればハステロイ(商品名、米国ヘインズ社製)が好適であり、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、及びW等のいずれの種類も使用できる。また、基板1としてニッケル合金などに集合組織を導入した配向金属基板を用い、その上に中間層2および酸化物超電導層3を形成してもよい。基板1の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmであることが好ましく、20〜200μmであることがさらに好ましい。
【0020】
中間層2は、酸化物超電導層3の結晶配向性を制御し、基板1中の金属元素の酸化物超電導層3側への拡散を防止する。さらに、中間層2は、基板1と酸化物超電導層3との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能し、中間層2の材質は、物理的特性が基板1と酸化物超電導層3との中間的な値を示す金属酸化物であることが好ましい。
中間層2の構成材料として具体的には、Gd
2Zr
2O
7、MgO、ZrO
2−Y
2O
3(YSZ)、SrTiO
3、CeO
2、Y
2O
3、Al
2O
3、Gd
2O
3、Zr
2O
3、Ho
2O
3、Nd
2O
3等の金属酸化物を例示できる。
中間層2は、単層でも良いし、複層でも良い。例えば、前記金属酸化物で形成される層(金属酸化物層)は、結晶配向性を有していることが好ましく、複層である場合は、最外層(最も酸化物超電導層3に近い層)が少なくとも結晶配向性を有していることが好ましい。
【0021】
中間層2は、基板1側にベッド層が介在された複層構造を有していてもよい。ベッド層は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するための層であり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、必要に応じて配置され、例えば、イットリア(Y
2O
3)、窒化ケイ素(Si
3N
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。このベッド層の厚さは例えば10〜200nmである。
さらに、中間層2は、基板1側に拡散防止層とベッド層が積層された複層構造でもよい。この場合、中間層2は、基板1とベッド層との間に拡散防止層が介在された構造を有する。拡散防止層は、基板1の構成元素拡散を防止する目的で形成される。拡散防止層の材料は、窒化ケイ素(Si
3N
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、あるいは希土類金属酸化物等で構成され、拡散防止層の厚さは例えば10〜400nmである。基板1とベッド層との間に拡散防止層を介在させる場合の例としては、拡散防止層としてAl
2O
3、ベッド層としてY
2O
3を用いる組み合わせを例示することができる。
【0022】
中間層2は、前記金属酸化物層の上に、さらにキャップ層が積層された複層構造でも良い。キャップ層は、酸化物超電導層3の配向性を制御する機能を有するとともに、酸化物超電導層3を構成する元素の中間層2への拡散、及び酸化物超電導層3を積層する時に使用するガスと中間層2との反応を抑制する機能等を有する。
【0023】
キャップ層は、前記金属酸化物層の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されることが好ましい。このようなキャップ層は、前記金属酸化物層よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層の材質は、上記機能を発現し得る材質であれば特に限定されない。好ましくは、具体的には、CeO
2、Y
2O
3、Al
2O
3、Gd
2O
3、Zr
2O
3、Ho
2O
3、Nd
2O
3等が例示できる。キャップ層の材質がCeO
2である場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
中間層12の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、0.1〜5μmである。
中間層12は、イオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と略記する)等の物理的蒸着法;化学気相成長法(CVD法);有機金属塗布熱分解法(MOD法);溶射等、公知の方法で積層できる。特に、IBAD法で形成された前記金属酸化物層は、結晶配向性が高く、酸化物超電導層3及びキャップ層の結晶配向性を制御する効果が高い点で好ましい。
【0024】
酸化物超電導層3の材料は通常知られている組成の酸化物超電導体を形成する材料を広く適用することができ、REBa
2Cu
3O
y(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)で表される材質、具体的には、Y123(YBa
2Cu
3O
y)又はGd123(GdBa
2Cu
3O
y)を例示することができる。
酸化物超電導層13は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法;化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法)等で積層でき、中でもレーザ蒸着法が好ましい。
酸化物超電導層13の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0025】
酸化物超電導層3上に積層されている第1安定化層8は、Agあるいは貴金属などの良電導性かつ酸化物超電導層3と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料で形成される。Agで形成される第1安定化層8の場合、その厚さは1〜30μm程度である。
【0026】
第1安定化層8上に積層された第2安定化層9は、良導電性の金属材料で形成され、酸化物超電導層3が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、第1安定化層8とともに、酸化物超電導層3の電流が転流するバイパスとして機能する。
第2安定化層9を構成する金属材料としては、良導電性を有する材料であればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、またはステンレス等の比較的安価な材質で形成される材料を用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることから銅製が好ましい。
なお、酸化物超電導線材10を超電導限流器に使用する場合、第2安定化層9は抵抗金属材料で形成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
【0027】
第2安定化層9の形成方法は特に限定されないが、例えば、銅などの良導電性材料で形成される金属テープを半田などの接合材を介し第1安定化層8上に貼り付けることで積層できる。また、その他、第2安定化層9の形成方法として、接合材を介さずに金属テープを設けてもよい。また、第2安定化層9として、その表面が接合材で覆われた金属テープを用いてもよい。
第2安定化層9の外面、即ち、
図1に示す第2安定化層9の上面と両側面とは、それらの最大高さ(最大高さ粗さ)Rz(JIS B 0601:2001)を890nm以下としている。第2安定化層9の外面の最大高さは、887nm以下であることが好ましく、189〜887nmの範囲であることがより好ましい。
また、第2安定化層9の外面の表面粗さ(算術平均粗さ)Ra(JIS B 0601:2001)は、80nm以下であることが好ましい。更に、第2安定化層9の外面の表面粗さRaについて、30〜77nmの範囲であることがより好ましい。なお、第2安定化層9の外面が前述の最大高さRzの範囲を満たし、かつ、前述の表面粗さRaの範囲を満たすことがより好ましい。
【0028】
第2安定化層9の外面には絶縁被覆層7が密着されているが、第2安定化層9の外面の凹凸の状態は、絶縁被覆層7の密着性に影響を及ぼす。第2安定化層9の外面の凹凸が大きい場合、大きな凹凸によってアンカー効果が生じ、絶縁被覆層7の密着力が増加する。一方、凹凸が小さい場合、絶縁被覆層7の密着力が低下する。酸化物超電導線材10に対し層間剥離する方向に応力が作用した場合、外面の凹凸が大きすぎて絶縁被覆層7の密着力が高くなりすぎると、第2安定化層9と絶縁被覆層7との境界部分で剥離せずに中間層2及び超電導層3の一部がそれぞれ密着する層から剥離するおそれがある。このため、絶縁被覆層7として必要な密着力を有し、かつ、応力が作用した場合、中間層2及び超電導層3がそれぞれ密着する層から剥離せず、絶縁被覆層7と第2安定化層9との界面で剥離する程度の密着力であることが好ましい。このため、第2安定化層9の外面の最大高さと表面粗さを前述の範囲に設定することが好ましい。
【0029】
次に、半田を介して金属テープを第1安定化層8上に積層して第2安定化層9を形成する場合に使用できる半田としては、特に限定されないが、従来公知の半田を使用可能であり、例えば、Sn−Ag系合金、Sn−Bi系合金、Sn−Cu系合金、またはSn−Zn系合金などのSnを主成分とする合金で形成される鉛フリー半田、Pb−Sn系合金半田、共晶半田、及び低温半田などが挙げられ、これらの半田を1種または2種以上組み合わせて使用することができる。これらの中でも、融点が300℃以下の半田を用いることが好ましい。これにより、300℃以下の温度で金属テープと第1安定化層8を半田付けすることが可能であるので、半田付けの熱によって酸化物超電導層3の特性が劣化することを抑止できる。
第2安定化層9の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmであることが好ましい。
【0030】
基板1と中間層2と酸化物超電導層3と第1安定化層8と第2安定化層9とが積層された横断面略矩形状の超電導積層体5は、その幅方向に沿う断面における4隅の角部5aがいずれも曲率半径を有する曲面であることが好ましい。角部5aが曲率半径を有する曲面であることにより、後述する絶縁被覆層7を形成する際に、超電導積層体5の角部5aを含む外周全体に均一に樹脂を塗布・焼付け(硬化)することができ、超電導積層体5の外周全体を完全に覆う絶縁被覆層7を形成できる。この場合、絶縁被覆層7により超電導積層体5を完全に外部から封止できる。なお、
図1に示す構造の超電導線材10においては、基材1の底面側の両隅部分が曲面であり、さらに、第2安定化層9の上面側の両隅部分が曲面であり、合計4つの角部5aが形成されている。角部5aの曲率半径としては、15μm〜150μmの範囲に設定されることが好ましい。
【0031】
超電導積層体5の角部5aを曲面に加工する方法としては、従来公知の面取り加工方法が適用でき、例えば、超電導積層体5の角部を鑢などの工具あるいは研磨装置により研磨することにより所望の曲率半径の角部となるように加工できる。
超電導積層体5の角部5aを曲面に加工する場合、超電導積層体5を形成した後に角部を加工してもよい。また、予め基板1の両角部および第2安定化層9の両角部を曲面に加工した後に、各層を積層して超電導積層体5を形成してもよい。
【0032】
超電導積層体5の外周全体を覆う絶縁被覆層7は、超電導積層体5の外周全体に樹脂を塗布した後、焼付け(硬化)することにより形成されており、その厚さは例えば12μm以上に設定されていることが好ましい。
絶縁被覆層7の厚さの上限は特に限定されないが、20μm以下とすることが好ましい。絶縁被覆層7の厚さを20μm以下とすることにより、超電導線材10の横断面積中に占める絶縁被覆層7の面積を削減できる。従って、超電導線材10を小型化できるとともに、超電導線材10をコイル加工した場合に、必要な超電導層3の断面積を確保して電流密度の低下を抑制できる。
【0033】
絶縁被覆層7を構成する樹脂としては、焼付け(硬化)により層を形成できれば特に限定されず、例えば、ホルマール樹脂、ウレタン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル・エーテル・ケトン樹脂(PEEK樹脂)、ポリテトラフルオロエチレン(四フッ素化樹脂、PTFE)等のフッ素樹脂が挙げられる。
これらの中でも、200℃以下、例えば、170〜200℃の温度で焼付け可能な樹脂が好ましい。このような樹脂を用いることにより、絶縁被覆層7の形成時に、焼付け温度が高くなり過ぎることがなく、半田等を介した金属テープの貼り合わせにより形成されている第2安定化層9が半田の溶融により剥離することがない。
【0034】
絶縁被覆層7形成時の樹脂の焼付けは、200℃以下、例えば、170〜200℃の温度で行うことが好ましく、焼付け時間は適宜調整すればよい。このような条件で樹脂の焼付けを行うことにより、半田の溶融による第2安定化層9の剥離、及び酸化物超電導層3の劣化を抑止できる。
樹脂を塗布する方法は、特に限定されず、ディップコート法またはスプレーコート法等、従来公知の方法を適用することができる。
超電導積層体5に絶縁被覆層7を形成する方法は、樹脂の塗布・焼付け処理を一度だけ行ってもよく、所望の厚さの絶縁被覆層7が形成されるまで樹脂の塗布・焼付け処理を複数回繰り返し行ってもよい。
【0035】
本実施形態の高温超電導線材10は、超電導積層体5の角部5aを含む外周全体を絶縁被覆層7により完全に覆った構造を実現できる。したがって、本実施形態の高温超電導線材10は、超電導積層体5を絶縁被覆層7により外部から封止しており、水分などが酸化物超電導層3に侵入することを低減でき、超電導特性の劣化を抑止できる。希土類系酸化物超電導体の一部の組成は、水分と反応するため、水分に弱い。従って、絶縁被覆層9で完全に覆うことで水分の影響を排除できる。
また、酸化物超電導線材10をボビンに巻き付けてコイル化した後に含浸樹脂で固定し、冷媒で臨界温度以下に冷却した場合、酸化物超電導線材10において専有断面積の大きな基板1と第2安定化層9とが金属製であり、含浸樹脂と絶縁被覆層7とが樹脂製であるので、金属と樹脂との熱膨張差に起因して応力が作用する。従って、酸化物超電導線材10の厚さ方向に層間剥離を起こす応力が作用する。この場合、絶縁被覆層7は第2安定化層9に対し適度な接着力で密着しているので、層間剥離を起こす方向に強い力が作用した場合、中間層2と超電導層3との界面で剥離が起こる前に絶縁被覆層7が第2安定化層9から剥離することで応力を緩和する。
このため、本実施形態の酸化物超電導線材10は、コイル化してから含浸樹脂で固定され、冷媒で冷却された場合であっても、中間層2と超電導層3との層間剥離が生じず、超電導特性の劣化しない酸化物超電導線材10および超電導コイルを得ることができる。
【0036】
[第2実施形態]
図2は本発明の第2実施形態に係る超電導線材の幅方向に沿う断面模式図である。
図2に示す超電導線材10Bにおいて、積層基体S2は、基板1の一方の面上に中間層2と酸化物超電導層3と第1安定化層8とがこの順に積層されることで形成され、矩形断面を有する。また、超電導積層体5Bは、上記積層基体S2を中央に備え、第2安定化層12が上記積層基体S2の周囲(外周面のほぼ全体)を覆うことで形成され、横断面が略矩形状である。さらに、超電導線材10Bは、絶縁被覆層7Bが前記超電導積層体5Bの外周面全体を覆うことで形成される。本実施形態において金属安定化層4Bは、酸化物超電導層3上に形成された第1安定化層8と、積層基体S2の外周面のほぼ全周を覆う第2安定化層12とで構成されている。
【0037】
本実施形態の第2安定化層12は、良導電性の金属材料で形成され、酸化物超電導層3が超電導状態から常電導状態に遷移する時、第1安定化層8とともに、酸化物超電導層3の電流を転流させるバイパスとして機能する。なお、金属テープ状の第2安定化層12は、積層基体S2の周面に沿って横断面略C字型に配置され、積層基体S2のほぼ全周面を覆うように設けられている。さらに詳述すると、第2安定化層12は基板1の他方の面(中間層2が形成されていない面)側の中央部を除いて積層基体S2のほぼ全周を覆うように配置されている。基板1の他方の面側の中央部において第2安定化層12により覆われていない部分は、第2安定化層12の2つの端縁の間の凹部を埋めるように充填された半田層13により覆われている。また、本実施形態のように半田13を用いて積層基体S2と第2安定化層12とを一体化する場合、積層基体S2と第2安定化層12との間に半田層を設けてもよい。
第2安定化層12を構成する金属材料は、先に説明した第1実施形態の第2安定化層9を構成する金属材料を適用でき、その厚さについても同等の範囲を選択できる。なお、
図2では略されているが、金属テープ状の第2安定化層12を積層基体S2の外周に半田を介して一体化する場合は、積層基体S2と第2安定化層12との間には半田層が存在する。
【0038】
本実施形態の超電導線材10Bにおいては、積層基体S2の外周面において半田層13を設けた部分以外のほぼ全周を第2安定化層12が覆っている点で先の第1実施形態の超電導線材10と異なる。
図2に示す超電導線材10Bにおいて
図1に示す超電導線材10と同一の構成要素には同一の符号を付し、詳細な説明を略する。
【0039】
超電導積層体5Bは、その幅方向に沿う断面における第2安定化層12の角部12aが曲率半径を有する曲面である。このため、絶縁被覆層7Bを形成する際に、角部12aを含む外周全体に樹脂を塗布・焼付けすることができ、第2安定化層12の外周全体を覆う絶縁被覆層7Bを形成できる。角部12aの曲率半径としては、15μm〜150μmの範囲に設定されることが好ましい。
絶縁被覆層7Bは、第2安定化層12の外周全体に樹脂を塗布した後、焼付けすることにより形成されている。絶縁被覆層7Bを構成する樹脂としては、焼付けにより層を形成できれば特に限定されず、前記第1実施形態の超電導線材10で用いた樹脂と同様の樹脂材料が挙げられる。
【0040】
第2安定化層12の外面、即ち、
図2に示す第2安定化層12の周面は、その最大高さ(最大高さ粗さ)Rz(JIS B0601:2001)が890nm以下となるように形成される。また、第2安定化層9の外面の最大高さRzは、887nm以下であることが好ましく、189〜887nmの範囲であることがより好ましい。
前記第2安定化層12の外面は、表面粗さ(算術平均粗さ)Raにおいて80nm以下であることが好ましい。更に、第2安定化層12の外面の表面粗さRaについて、30〜77nmの範囲であることがより好ましい。更に、第2安定化層12の外面の最大高さを前記範囲に規定した上に前述の表面粗さRaの範囲を満たすことがより好ましい。なお、本実施形態において、第2安定化層12の外面の全部が上述の最大高さRzと平均粗さRaの値の範囲で形成されている必要はない。本実施形態の第2安定化層12は中間層2及び酸化物超電導層3の一部がそれぞれ密着する層から剥離することを防止するために設けられるので、中間層2と超電導層3が積層された位置の上方に位置する第2安定化層12の外面のみを前述の最大高さまたは平均粗さに形成すればよい。
【0041】
本実施形態の超電導線材10Bは、超電導積層体5Bの角部12aを含む外周全体を絶縁被覆層7Bにより完全に覆った構造を実現できる。したがって、本実施形態の高温超電導線材10Bは、超電導積層体5Bを絶縁被覆層7Bにより外部から封止しており、水分などが酸化物超電導層3に侵入することを低減でき、超電導特性の劣化を抑止できる。なお、角部12aが曲面でない場合、樹脂を塗布した時に角部周りの樹脂が脱落するか薄くなってしまい、角部を覆うために必要な絶縁被覆層を形成できなくなるおそれがある。従って、角部12aは樹脂が十分回り込む(角部12a上に形成される)程度の曲面であることが好ましい。
【0042】
また、酸化物超電導線材10Bをボビンに巻き付けてコイル化した後に含浸樹脂で固定し、冷媒で臨界温度以下に冷却した場合、金属と樹脂の熱膨張差に起因して応力が作用し、酸化物超電導線材10Bの厚さ方向に沿って層間剥離を起こす応力が作用するおそれがある。この層間剥離を起こす方向に強い力が作用した場合、中間層2及び超電導層3がそれぞれ密着する層から剥離を起こす前に絶縁被覆層7Bが第2安定化層12から剥離することで応力を緩和する。即ち、上述のように適切な最大高さ範囲または適切な表面粗さ範囲に第2安定化層12の外面を調節し、絶縁被覆層7Bが適度な密着力で第2安定化層12に付着している。そのため、中間層2及び超電導層3の一部がそれぞれ密着する層から剥離を起こすことなく絶縁被覆層7Bを第2安定化層12から剥離させることで上述の応力を緩和できる。
このため、本実施形態の酸化物超電導線材10Bは、コイル化してから含浸樹脂で固定され、冷媒で冷却された場合であっても、中間層2及び超電導層3がそれぞれ密着する層から層間剥離しない。したがって、超電導特性の劣化しない酸化物超電導線材10Bおよび超電導コイルを得ることができる。
【0043】
[第3実施形態]
図3は本発明の第3実施形態に係る高温超電導線材の幅方向に沿う断面模式図である。
図3に示す高温超電導線材10Fにおいて、積層基体S6は、基板1上に中間層2と酸化物超電導層3と第1安定化層8とがこの順に積層されることで形成される。さらに超電導積層体5Fは、積層基体S6を中央に備え、この積層基体S6の外周全体が第2安定化層22により覆われることで形成され、超電導積層体5Fの横断面は略矩形状である。さらに、超電導積層体5Fの外周面上に、スズで形成される接合層23を介して超電導積層体5Fの外周面全体を覆う絶縁被覆層7Fが形成されている。また、接合層23は超電導積層体5Fの全外周面上に形成されていてもよい。なお、
図3では、積層基体S6の外周全体が第2安定化層22により覆われているが、本発明はそれに限られず、第2実施形態のように積層基体S6の一部が覆われておらず、一部に半田が形成されていてもよい。第2実施形態と同様に、半田を用いて積層基体S6と第2安定化層22とを一体化する場合、積層基体S6と第2安定化層22との間に半田層を設けてもよい。また、接合層23を形成する材料はスズに限られず、その他の半田を用いることができる。
図3に示す超電導線材10Fにおいて
図1に示す超電導線材10と同一の構成要素には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0044】
図3に示す超電導線材10Fにおいて、接合層23の周面の最大高さ(最大高さ粗さ)Rzを890nm以下とする。
また、接合層23の外面の最大高さは、887nm以下であることが好ましく、189〜887nmの範囲であることがより好ましい。
前記接合層23の外面は、表面粗さRaにおいて80nm以下であることが好ましい。
更に、接合層23の外面の表面粗さRaについて、30〜77nmの範囲であることがより好ましい。更に、接合層23の外面が前述の最大高さRzの範囲を満たし、かつ、前述の表面粗さRaの範囲を満たすことがより好ましい。
なお、本実施形態において、接合層23の外面の全部が上述の最大高さ及び平均粗さに形成されている必要はない。本実施形態は中間層2及び酸化物超電導層がそれぞれ密着する層から剥離することを防止すればよいので、中間層2と超電導層3が積層された位置の上方に位置する接合層23の外面のみを前述の最大高さまたは平均粗さに形成してもよい。
【0045】
横断面略矩形状の超電導積層体5Fにおいて、第2安定化層22の幅方向に沿う断面における角部22aが曲率半径を有する曲面である。これにより、絶縁被覆層7Fを形成する際に、角部22aを含む第2安定化層22の外周全体に樹脂を完全に塗布・焼付けすることができ、超電導積層体5Fの外周全体を覆う絶縁被覆層7Fを形成できる。角部22aの曲率半径としては、15μm〜150μmの範囲に設定されることが好ましい。
【0046】
この第3実施形態の構造においても前述の第1、第2実施形態の構造と同様の作用効果を得ることができる。
即ち、層間剥離を起こす方向に強い力が作用した場合、中間層2及び超電導層3がそれぞれ密着する層から剥離する前に絶縁被覆層7Fが接合層23の外面から剥離することで応力を緩和する。
このため、本実施形態の酸化物超電導線材10Fは、コイル化してから含浸樹脂で固定され、冷媒で冷却された場合であっても、中間層2及び超電導層3がそれぞれ密着する層から層間剥離せず、超電導特性の劣化しない酸化物超電導線材10Fおよび超電導コイルを得ることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
幅5mm、厚さ0.1mmのテープ状のハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)製の基板上に、スパッタ法によりAl
2O
3(拡散防止層;膜厚150nm)を成膜した上に、イオンビームスパッタ法によりY
2O
3(ベッド層;膜厚20nm)を成膜した。次いで、このベッド層上に、イオンビームアシストスパッタ法(IBAD法)によりMgO(金属酸化物層;膜厚10nm)を形成し、このMgO層上に、パルスレーザー蒸着法(PLD法)により1.0μm厚のCeO
2(キャップ層)を成膜した。次いで、CeO
2層上にPLD法により1.0μm厚のGdBa
2Cu
3O
7(酸化物超電導層)を形成し、さらに酸化物超電導層上にスパッタ法により2μm厚のAg層(第1安定化層)を形成した積層体を複数作製した。
その後、これらの積層体に0.1mm厚のCuテープ(第2安定化層)あるいは0.05mm厚のCuテープを、スズ半田(融点230℃)によりAg層上に貼り合わせ、幅5mm、厚さ0.19mmあるいは厚さ0.14mmの超電導積層体を作製した。
【0048】
次に、作製した各超電導積層体に、焼付温度185℃で、ホルマール樹脂(例えばチッソ社製、ビニレックF)を焼き付けて、厚さ20μmの絶縁被覆層を形成して
図1に示す積層構造の超電導線材を複数作製し、実施例1及び2の試料を得た。
また、前述の実施例において、0.1mm厚あるいは0.05mm厚の銅テープに代え、積層体に厚さ20μmの銅めっき層を被覆して超電導積層体を構成し、この超電導積層体に実施例1及び2と同じホルマール樹脂の絶縁被覆層を形成し、比較例1の試料を得た。
次に、前述の実施例において、0.1mm厚あるいは0.05mm厚の銅テープに代え、表面にスズめっきを施した銅テープをロールを用いたフォーミングを超電導積層体の周囲に被覆した構造の超電導線材を作製し、実施例3の試料を得た。なお、実施例3において、後述する絶縁被覆層の下地は、スズめっきとなる。
作製した各超電導線材試料について、超電導特性、剥離試験の評価を行った。
超電導特性の測定は、ホルマール樹脂の焼付け前の超電導積層体と焼付け後の超電導線材について77Kにおける臨界電流値を測定し、ホルマール樹脂焼付け前と焼付け後の臨界電流値の比を求めた。
剥離試験は、スタッドプル法に従い、φ2.7mmのアルミニウム製の円柱状のピンを用い、このピンの先端に接着剤を付けて絶縁被覆層の上面中央部に押しつけ、加熱硬化後にピンを軸方向に絶縁被覆層から離れる方向に引張り、その際の破壊強度を剥離強度とした。
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示す結果から、樹脂被覆層の下地となる銅の安定化層において、その表面の最大高さRzの値が大きい比較例1の試料は、剥離強度の値は高いが、中間層か超電導層の一部が剥離した。これは銅安定化層表面の凹凸が大きい場合、絶縁被覆層が安定化層の凹凸によるアンカー効果で強く密着するので、樹脂被覆層をピンを介し外側に強く引っ張った場合、樹脂被覆層と安定化層の界面で剥離を生じる前に、中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層との密着力が弱く、中間層と超電導層とがそれぞれ密着する層で剥離することによる結果と思われる。
これに対し、最大高さRzの値が比較例1の試料よりも小さい実施例1〜3の試料は、いずれも絶縁被覆層が安定化層から剥離したが、中間層と超電導層とがそれぞれ密着する部分で剥離を生じることは無かった。絶縁被覆層は絶縁のために形成されている。従って、多少剥離を生じたとしても絶縁被覆層がCuの安定化層の上に存在していれば絶縁効果は得られるので使用に支障はない。これに対し、中間層あるいは超電導層の部分で剥離が生じると、超電導層を部分的に損傷するため、超電導特性に悪影響を及ぼす。
【0051】
表1に示す試験結果から、樹脂被覆層の下地を形成するCuの安定化層表面の最大高さRzが、890nm以下であれば、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離を生じなくなることが分かる。また、表1に示す結果から安定化層表面のRzが887nm以下であれば、中間層及び超電導層がそれぞれ密着する層から剥離を生じなくなくなり、実施例1〜3の結果から鑑みて安定化層表面の最大高さRzを189〜887nmの範囲にすると、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離しない。なお、最大高さRzを小さくするほど樹脂被覆層はCuの安定化層から剥離しやすくなるので、中間層と超電導層とを保護し、絶縁被覆層をCuの安定化層から剥離するために、最大高さRzの下限は特に規定しない。
また、表1に示す試験結果から、樹脂被覆層の下地となる銅安定化層表面の平均粗さRaが、80nm以下であれば、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離を生じなくなることが分かる。また、表1に示す結果から77nm以下であれば、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離を生じなくなくなる。また、実施例1〜3の結果からみて平均粗さRaを30〜77nmの範囲にすれば、中間層及び超電導層の一部がそれぞれ密着する層から剥離を生じない。
なお、比較例1では第2安定化層に銅めっき層を用いる例を示しているが、銅めっき層の最大高さRz及び平均粗さRaが上記範囲であれば、本発明に銅めっき層を用いることは除外されず、上記範囲を満たす銅めっき層を用いてもよい。
【0052】
次に、上述した実施例3に示した構造を有する超電導線材を用いて超電導コイルを作製する場合の設計例について説明する。
線材幅10mm、0.19mm厚(0.1mm厚のハステロイ基板+Agの安定化層厚2μm+銅の安定化層の厚さ20μm、絶縁被覆層による被覆厚20μm)とした超電導線材を用い、超電導コイルとしてコイル内径70mm、高さ20.5mmのダブルパンケーキ型コイルを作製した。なお、基板上に形成した拡散防止層とベッド層と金属酸化物層とキャップ層と酸化物超電導層とは先の実施例3の各層と同等である。
コイルのターン数を200ターン(100ターン×2)としてGFRP製の巻き枠に巻き付け、超電導コイルを作製した。
以上の超電導コイルの各パラメータを以下の表2に記載する。
また、実施例3の構造に対し、従来例として、ホルマール樹脂で被覆する代わりに厚さ12.5μmのポリイミドテープを2枚重ね巻きして絶縁被覆層を形成した超電導線材を用意し、この超電導線材を用いて上述の超電導コイルと同等条件で超電導コイルを構成した場合と対比した。
以上の結果を以下の表2に併せて記載する。
【0053】
【表2】
【0054】
表2に示す対比結果のように、ホルマール樹脂を焼き付けて構成した絶縁被覆層を備えた超電導線材の方が、ポリイミドテープを巻き付けた超電導線材に比較し、超電導コイルの電流密度を6%向上可能であることが分かった。
この差は、ほぼ同じコイル高さ、コイル内外径、ターン数、層数であっても、実施例のコイルの方が絶縁層を薄くできるためにコイル電流密度を向上できたためである。
【0055】
<超電導コイルの製造例>
幅5mm、厚さ0.19mm(ハステロイ基板厚:0.1mm、Agの第1安定化層厚2μm、安定化銅層厚20μm、被覆層厚20μm)の超電導線材(線材臨界電流Ic=205〜221A(77K、自己磁場中))を用意した。この超電導線材をGFRP製の巻枠の表面に約31ターン巻き付け、エポキシ樹脂を真空含浸により巻き付け部に供給し、巻き枠表面の超電導線材を含浸樹脂により固定し、超電導コイル実施例1を得た。
エポキシ樹脂を真空含浸する前と後において、それぞれ液体窒素中における超電導線材の臨界電流Icを測定した。超電導コイルは2個作製し、エポキシ樹脂の含浸前後で10%以上、臨界電流値が低下している超電導コイルが1個でもある場合は、評価を×印とし、2個とも臨界電流の低下が見られなかった場合は評価を○印とした。
また、比較のために、従来例として、幅10mm、厚さ0.19mm(ハステロイ基板厚:0.1mm、Agの第1安定化層厚2μm、安定化銅めっき層厚20μm、被覆層厚20μm)の超電導線材(線材臨界電流Ic=492〜520A(77K、自己磁場中))を用意した。
この超電導線材をGFRP製の巻枠の表面に約31ターン巻き付け、エポキシ樹脂を真空含浸により巻き付け部に供給し、巻き枠表面の超電導線材を含浸樹脂により固定し、超電導コイル従来例1を得た。
エポキシ樹脂を真空含浸する前と後において、それぞれ液体窒素中における超電導線材の臨界電流Icを測定した。超電導コイルは2個作製し、エポキシ樹脂の含浸前後で10%以上、臨界電流値が低下している超電導コイルが1個でもある場合は、評価を×印とし、2個とも臨界電流の低下が見られなかった場合は評価を○印とした。
【0056】
【表3】
【0057】
表3に示す超電導コイルにおいて、コイル作製のために先の表1に示した各超電導線材を用いているので、最大高さRzの値と表面粗さRaの値は、表1の超電導線材の場合と同等である。
表3に示すように実施例1の試料は臨界電流の低下が見られず、優れた結果を示した。
なお、従来例1の超電導コイルを構成した超電導線材は幅10mm、実施例1の超電導コイルを構成した超電導線材は幅5mmであるので、両者の線材Ic値は異なっている。