【実施例】
【0059】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0060】
実施例1 抗ヒトメガリン・マウスモノクローナル抗体の作製
ヒトメガリン50μgをマウス腹腔にアジュバントと共に数回免疫し、その血清力価が上昇したことを確認した。追加免疫(静脈内)後3日目に脾臓を取り出し、脾細胞を得た。これとマウスミエローマ細胞をポリエチレングリコール3500の存在下(10:1細胞)で融合させ、ハイブリドーマ細胞を作製した。この細胞を1週間CO
2気下37℃で培養し、その培養上清中の抗ヒトメガリン抗体の有無を調べた。そこで抗体産生を認めた陽性ウェル中の細胞を限界希釈法により希釈し2週間培養し、同様に培養上清の抗ヒトメガリン抗体の有無を調べた。更にその後、抗体産生を認めた陽性ウェル中の細胞を再度限界希釈し、同様の培養を行った。この段階で抗ヒトメガリン抗体を産生している細胞を、フラスコにて培養し、その一部をジメチルスルホキシド(DMSO) 10%含有ウシ胎児血清(FCS)にサスペンドし(5×10
6個/mL)、液体窒素中に保存した。
【0061】
次に各ウェルの上清を用い、ヒトメガリンに対する培養上清中の産生抗体の反応性を調べた。ヒトメガリンを140mM NaCl,2.7mM KCl,10mM Na
2HPO
4,1.8mM KH
2PO
4,pH7.3(以下、PBS,pH7.3と略す)に溶解した。プラスチック製マイクロタイタープレート(Nunc-Immuno
TM Module F8 Maxisorp
TM Surface plate, Nalge Nunc International社製)のウェルに、1ウェル当たり100μLの、上記ヒトメガリン/PBS,pH7.3溶液を加え、3pmol/ウェル、4℃、12時間の条件下で、ヒトメガリンをマイクロタイタープレート上に固相化した。12時間後、ウェルに加えておいたヒトメガリン/PBS,pH7.3溶液をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、洗浄液を200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによる除去を行い、ウェル内の吸着過剰分のヒトメガリンを洗浄した。この洗浄工程を計2回行った。その後、抗原固相プレートブロッキング液を200μL/ウェルで添加し、4℃、12時間の条件化でヒトメガリン固相化マイクロタイタープレートのウェル内のブロッキングを行った。12時間経過後、4℃のままで保存状態とした。培養上清中の抗体の反応性を確認する為に、このブロッキング完了後のヒトメガリン固相化マイクロタイタープレートを用いた。上記ヒトメガリン固相化マイクロタイタープレートのウェルへ、ハイブリドーマ培養上清を100μL/ウェルで加え、37℃、1時間加温した。その後、ウェルに加えておいた培養上清をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ洗浄液を200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによる除去を行い、ウェル内の洗浄をした。この洗浄工程を計3回行った。その後、ウェルへPeroxidase-Conjugated Goat Anti-Mouse Immunoglobulins(DAKO社製)を100μL/ウェル(2000倍希釈:0.55μg/mL)で加え、37℃、1時間加温した。この酵素標識抗体の希釈には、酵素標識抗体希釈液を用いた。その後、ウェルに加えておいた酵素標識抗体をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ洗浄液を200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによる除去を行い、ウェル内の洗浄をした。この洗浄工程を計3回行った。その後、ウェルへ3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine(以下、TMBと略す)溶液(TMB One-Step Substrate System:DAKO社製)をペルオキシダーゼ酵素反応基質溶液として、100μL/ウェルで加え、25℃、30分放置した。その後直ちに、そのウェル内の基質反応液へ反応停止液を100μL/ウェルで添加し、ウェル内での酵素反応を停止させた。その後、本ウェルの吸光度を測定し、450nmの吸光度から630nmの吸光度を差し引いた数値を反応性評価の指標とした。
【0062】
その結果、固相化したヒトメガリンへ抗ヒトメガリン抗体の強い反応性を示すモノクローナル化ハイブリドーマ細胞を選択し、本培養上清中のイムノグロブリンのクラスとサブクラスをImmunoglobulin Typing Kit,Mouse(和光純薬工業社製)を用いて、培養上清原液100μLから、各クローン毎に確認した。その結果を基に、得られた単クローン細胞ライブラリーの中から、IgGクラスに限定して後述する腹水化へ移行した。
【0063】
次に、これらの細胞を25mLのフラスコで培養し、更に75mLのフラスコで培養した。この細胞をプリスタン処理マウス腹腔中に注射し、腹水を採取した。
【0064】
実施例2 抗ヒトメガリン・マウスモノクローナル(IgG)抗体の精製
得られた腹水(10mL)と混濁血清処理剤(FRIGEN(登録商標)II:協和純薬工業社製)を、腹水1.5容に対してFRIGEN(登録商標)IIを1容の比率で混和し、1〜2分攪拌振とうすることで、腹水からの脱脂を行った。遠心機で3000rpm(1930×g)、10分間遠心分離を行い、清澄化された腹水遠心上清(10mL)を分取した。この腹水遠心上清(10mL)に硫安分画処理(終濃度50%飽和硫安)を氷浴中で1時間施し、沈降したイムノグロブリン画分をPBSで懸濁溶解させた。この硫安分画操作を計2回行い、腹水からのイムノグロブリン粗画分を得た。得られたイムノグロブリン粗画分(10mL)に対して等量の20mMリン酸ナトリウム, pH7.0(以下、20mM NaPB,pH7.0と称す)を混合し、プロテインGカラム(HiTrap Protein G HP,5mL:GEヘルスケア社製)を用いてアフィニティー精製を行った。サンプルをプロテインGカラムに吸着後、20mM NaPB,pH7.0(50mL)をプロテインGカラム内に通し、サンプル中のIgG以外の夾雑物を洗浄除去した。その後、プロテインGカラムにアフィニティー吸着したIgGは、0.1M グリシン-HCl,pH2.7で溶出させ、カラムからの溶出直後の溶出画分を1M Tris(hydroxymethyl)aminomethane-HCl,pH9.0(以下、Tris(hydroxymethyl)aminomethaneをTrisと略す)で中和し回収した。中和後、アフィニティー精製物に対して500倍容のPBSで4℃、6時間の透析を行い、本透析は計2回行った。本透析操作に用いた透析膜は透析用セルロースチューブ(Viskase Companies社製)で行った。そこで得られたIgG溶出画分を、抗ヒトメガリンモノクローナル抗体の精製物とし、4℃での保存ならびに後述する操作に用いることとした。尚、本精製には、BioLogic LPシステム(Bio Rad Laboratories社製)に上述のプロテインGカラムを接続し、流速は1mL/minで一貫して行った。
【0065】
実施例3 尿中ヒトメガリンの測定
認識するエピトープの異なる2種の抗ヒトメガリンモノクローナル抗体を用いてヒトメガリンの尿中排泄量を測定した。抗ヒトメガリンモノクローナル抗体固相化マイクロタイタープレートと、アルカリフォスファターゼ(以下ALPと略す)標識化抗ヒトメガリンモノクローナル抗体を用いて、尿中ヒトメガリン濃度を測定した。先ず、原尿90μLと2M Tris-HCl,0.2M Ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acid(以下、Ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acidをEDTAと略す),10%(vol./vol.) Polyethylene Glycol Mono-p-isooctylphenyl Ether(以下、Polyethylene Glycol Mono-p-isooctylphenyl EtherをTriton X-100と略す), pH8.0溶液10μLを混合し、該混合液100μLを抗ヒトメガリンモノクローナル抗体固相化マイクロタイタープレート(FluoroNunc
TM Module F16 Black-Maxisorp
TM Surface plate , Nalge Nunc International社製)のウェルへ加えた。37℃で1時間放置し、その後、ウェルに加えておいた尿サンプル溶液をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、137mM NaCl,2.68mM KCl,25mM Tris-HCl,0.05%(v./v.) Tween20(以下、TBS-Tと略す)を200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるTBS-Tの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計3回行った。その後、ALP標識化抗ヒトメガリンモノクローナル抗体(0.5ng/mL)溶液を100μL/ウェルで加えた。ALP標識化抗ヒトメガリンモノクローナル抗体は0.2%(wt./v.)casein含有TBS-T(以下標識抗体希釈液)にて調製した。37℃で1時間放置し、その後、ウェルに加えておいたALP標識化抗体溶液をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、TBS-Tを200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるTBS-Tの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計4回行った。その後、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、20mM Tris-HCl , 1mM MgCl
2、pH9.8(以下、Assay Bufferと略す)を200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるAssay Bufferの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計2回行った。次に、ウェルへCDP-Star(登録商標) Chemiluminescent Substrate for Alkaline Phosphatase Ready-to-Use (0.4mM) with Emerald-II
TM Enhancer(ELISA-Light
TM System:Applied Biosystems社製)をALP酵素反応基質溶液として、100μL/ウェルで加え、37℃、30分遮光放置した。その後直ちに、本ウェルの1秒間の積算発光強度を測定し、測定値を尿中完全長ヒトメガリン測定評価の指標とした。化学発光強度の測定には、Microplate Luminometer Centro LB960とMicroWin2000 software(Berthold社製)を用いた。検量線の標準品としては、腎臓から抽出したNative-ヒトメガリンを使用した。尚、尿中ヒトメガリン測定の臨床結果を、
図1および
図2に示す。測定対象とした2型糖尿病性腎症患者(71例)、IgA腎症患者(81例)およびネフローゼ症候群患者(18例)の患者背景を表1に示す。
【0066】
【表1】
図1および表2は、2型糖尿病性腎症、IgA腎症およびネフローゼ症候群の臨床結果を示す。
【0067】
【表2】
図1および表2に示すように、尿中メガリン排泄量は、健常人に比して各疾患群で有意に上昇していることが判明した。尚、尿中へのメガリン排泄量の評価に際しては、尿中メガリン濃度を尿中クレアチニン濃度で割って濃度補正したクレアチニン補正値を評価した。これは尿排泄時の濃縮率の影響ではないことを検証する為に、尿中バイオマーカーに常用されているものである。尚、健常人66例から求めた尿中メガリン排泄量の基準値(正常範囲)としては、448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)を用いた。これは、健常人66例の尿中メガリン濃度(クレアチニン補正値)の正規分布から95%信頼区間を求め、この95%信頼区間の上限値が448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)であり、この値を以って、尿中メガリン濃度の基準値として用いた。ただし、今回得られた基準値は、測定系プラットフォームや基準標準物質の規格設定方法の変更によっては変動する場合があり、本値を以って絶対的なCut-Off値として恒久的に使用するものではない。すなわち、Cut-Off値は、448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)には特に限定されない。ただし、本実施例の結果は、該値が一貫して妥当性のある設定基準値として捉えることができることを示唆する。さらに、
図2に示すように、少数例ではあるが、慢性糸球体腎炎、膜性腎症、ANCA関連腎炎、ループス腎炎、紫斑病性腎炎、半月体形成性腎炎、巣状糸球体硬化症、腎硬化症、急性腎不全、慢性腎不全、微小糸球体病変、強皮症、移植後腎障害、間質性細胞浸潤、多発性骨髄腫、肥満関連腎症においても健常人に比して、各疾患で尿中メガリン排泄量が高値を認め、上述の尿中メガリン基準値を超える尿中メガリン高値症例が大多数であり、該各疾患においても尿中メガリンの腎障害診断マーカーとして有用であることが判明した。
【0068】
本実施例によって、尿中ヒトメガリンが特異的に測定評価でき、尿中ヒトメガリンは2型糖尿病性腎症やIgA腎症、ネフローゼ症候群およびその他の腎症例において排泄増多が見られたことから、腎症の病態把握および診断に効果を奏するものと考えられた。
【0069】
実施例4 IgA腎症(59例)における腎生検組織学的予後分類を指標とした場合の、尿中メガリンおよび他の腎障害マーカーの予後予測診断における有用性の比較(有意差検定)
実施例3で得られたIgA腎症81例のヒトメガリン尿中排泄濃度データ中で、腎生検を行った59例に関して、腎生検から得られた組織学的予後分類を指標としてサブ解析を行なった。この解析の目的は、IgA腎症の組織学的予後分類に基づいた場合、予後が悪化するに従って、尿中メガリン排泄量が予後予測の指標となり得るか否かを検証することである。IgA腎症患者(59例)の腎生検組織学的予後分類別の患者背景を表3に示す。
【0070】
【表3】
IgA腎症の腎生検組織学的予後分類に基づいた尿中メガリン排泄量のサブ解析の結果を
図3および表4に示す。
【0071】
【表4】
図3および表4に示すように、予後が不良になるに従って、尿中メガリン排泄量が増大し、かつ尿中メガリン異常高値症例の比率が上昇していることが判明した。また、同様の解析を他の腎障害診断尿マーカーと尿中メガリンで比較した。結果を表5に示す。
【0072】
【表5】
表5に示すように、尿中メガリンは、IgA腎症患者59例中40例で基準値を超えていた。この結果は、腎障害のスクリーニング診断に尿中メガリンが最も有用であることを示している(表5)。
【0073】
更に、予後予測診断における有用性を尿中メガリンと他の腎障害診断尿マーカーで比較した。詳しくは、IgA腎症のアウトカムを腎生検組織学的予後分類に基づいて、予後良好&予後比較的良好群(スコア1)、予後比較的不良群(スコア2)、予後不良群(スコア3)と分類した。この際、アウトカムの表現型としては、各マーカーの基準値(Cut-Off値)以上を示したアウトカムの出現率とした。該検定においては、Mann-Whitney U検定を用いて有意差を求め、評価した。比較対照の腎障害診断尿マーカーとしては、尿中β2-ミクログロブリン(Cut-Off:300μg/g尿クレアチニン)、尿中α1-ミクログロブリン(Cut-Off:12mg/g尿クレアチニン)、尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(Cut-Off:6 IU/g尿クレアチニン)、尿蛋白(Cut-Off:0.5g/g尿クレアチニン)を用い、各対照マーカーのCut-Off値については、日常診療で常用されている基準値を採用した。結果を表6に示す。
【0074】
【表6】
表6に示すように、IgA腎症の尿診断マーカーとして現在最も汎用されている尿蛋白に比して、尿中メガリンのみが予後予測診断において最も有用であるという結果が得られた。尚、IgA腎症の予後不良の臨床所見の傾向として、腎尿細管障害の合併が一つの要因として考えられており、該合併症の診断の指標としては、現在尿中β2-ミクログロブリン、α1-ミクログロブリン、尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼを診断の指標としている。しかしながら、表5および表6に示すように、尿中メガリンが該腎尿細管合併障害の診断指標として最も効果を奏することも判明した。
【0075】
本実施例によって、尿中ヒトメガリンが特異的に測定評価でき、尿中ヒトメガリンはIgA腎症の障害の程度や予後予測に従って排泄増多が見られた。この結果は、尿中ヒトメガリンがIgA腎症の病態把握および診断に効果を奏することを示す。
【0076】
実施例5 糖尿病性腎症病期分類の第I〜III期(68例)における、尿中ヒトメガリンおよび他の腎障害マーカーの推算糸球体濾過量との適合性比較(有意差検定)
実施例3で得られた2型糖尿病性腎症71例のヒトメガリン尿中排泄濃度データに関して、糖尿病性病期分類を指標としてサブ解析を行なった。この解析の目的は、糖尿病性腎症の病期分類に基づいた場合、病態が悪化するに従って、尿中メガリン排泄量が障害の程度の病態把握の指標となり得るか否かを検証することである。2型糖尿病性腎症患者(71例)の病態の糖尿病性腎症病期分類別の患者背景を表7に示す。
【0077】
【表7】
糖尿病性腎症の病期分類に基づいた尿中メガリン排泄量のサブ解析の結果を
図4および表8に示す。
【0078】
【表8】
図4および表8に示すように、病態が悪化するに従って、尿中メガリン排泄量が増大し、かつ尿中メガリン異常高値症例の比率が上昇していることが判明した。
【0079】
また、
図5に尿中アルブミン排泄量(クレアチニン補正値)と尿中メガリン排泄量(クレアチニン補正値)の相関性を示す。
図5に示すように、微量アルブミン尿が出現する前の正常アルブミン尿の段階から、尿中メガリン排泄量が正常範囲(基準値)を超える尿中メガリン異常高値症例が48.7%存在することが判明した。このことは、尿中メガリン排泄が、糖尿病性腎症の診断の現指標である尿中アルブミン排泄よりも、より早期から腎症の発症進展を鋭敏に反映して、増加することを示している。従って、尿中メガリンを糖尿病性腎症の診断マーカーとして使用することで、2型糖尿病性腎症の予後予測および障害の程度(病態の進展)を的確かつ早期に判別することができ、より早期からの予防医療の立場から有用であることが示された。尚、尿中アルブミン排泄量の基準値としては、微量アルブミン尿(Cut-Off:30〜300mg/g尿クレアチニン)、顕性アルブミン尿(Cut-Off:300mg/g尿クレアチニン以上)を用いているが、これは日常診療で常用されている基準値を採用した。
【0080】
また、推算糸球体濾過量と尿中メガリン排泄量の相関性を
図6に示す。糸球体濾過量とは、単位時間あたりの腎臓の全ての糸球体により血漿が濾過される量のことであり、血清クレアチニン濃度および年齢および性別を因数として以下の式で推算糸球体濾過量(eGFR)として求めることができる。
【0081】
eGFR(mL/min/1.73m
2) = 194*Cr
−1.094*Age
−0.287*0.739(if female)
推算糸球体濾過量は、糖尿病性腎症やIgA腎症等の多くの腎疾患を含む慢性腎臓病の一次スクリーニング検査に用いられている腎機能評価の為の指標である。慢性腎臓病のステージ分類によれば、eGFRが60〜89(mL/min/1.73m
2)であれば腎機能軽度低下、30〜59(mL/min/1.73m
2)であれば腎機能中度低下、15〜29(mL/min/1.73m
2)であれば腎機能高度低下、15(mL/min/1.73m
2)未満であれば腎不全と評価できる。
図6に示すように、eGFRの低下、つまり腎機能低下の進行に従って尿中メガリン排泄量が増多傾向を示し、尿中メガリンの排泄増多は、2型糖尿病性腎症の障害の程度(病態の進展)を的確かつ早期に判別することに効力を有していることが判明した。
【0082】
また、推算糸球体濾過量と尿中アルブミン排泄量の相関性を
図7に示す。
図7に示すように、eGFRの低下、つまり腎機能低下の進行に従って尿中メガリン排泄量(
図6)と同様に尿中アルブミンが増多傾向を示している。一方、正常アルブミン尿の症例でeGFRが60(mL/min/1.73m
2)未満(腎機能異常)および微量アルブミン尿の症例でeGFRが90(mL/min/1.73m
2)以上(腎機能正常)を示す所見が存在した。このことは、アルブミン尿の糖尿病性腎症の診断マーカーとしての臨床的意義(診断の精度)が不十分であることを示している。上記の結果は、尿中メガリンを2型糖尿病性腎症の診断の指標とすることにより、アルブミン尿を用いた場合より正確に診断できることを示している。
【0083】
更に、
図6および
図7でみられた尿中メガリンの2型糖尿病性腎症の診断マーカーとしての有用性を、推算糸球体濾過量への適合性検定として、尿中メガリンと他の腎障害診断尿マーカーで比較した。詳しくは、2型糖尿病性腎症のアウトカムを、推算糸球体濾過量の慢性腎臓病ステージ分類に基づいて、eGFRが90(mL/min/1.73m
2)以上(スコア1)、60〜89(mL/min/1.73m
2)(スコア2)、30〜59(mL/min/1.73m
2)(スコア3)、15〜29(mL/min/1.73m
2)(スコア4)とし、アウトカムの表現型としては、各マーカーの基準値(Cut-Off値)以上を示したアウトカムの出現率とした。該検定においては、Mann-Whitney U検定を用いて有意差を求め、評価した。比較対照の腎障害診断尿マーカーとしては、尿中β2-ミクログロブリン(Cut-Off:300μg/g尿クレアチニン)、尿中α1-ミクログロブリン(Cut-Off:12mg/g尿クレアチニン)、尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(Cut-Off:6 IU/g尿クレアチニン)、尿蛋白(Cut-Off:0.5g/g尿クレアチニン) 、尿中アルブミン(Cut-Off:30mg/g尿クレアチニン)を用い、各対照マーカーのCut-Off値については、日常診療で常用されている基準値を採用している。結果を表9に示す。
【0084】
【表9】
表9に示すように、糖尿病性腎症の尿診断マーカーとして現在最も汎用されている尿中アルブミンに比して、尿中メガリン、N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼおよび尿蛋白が推算糸球体濾過量に対する適合性においてより効果を奏するという結果が得られた。尚、本実施例で示した解析結果(表9)は糖尿病性腎症病期分類の第I〜III期(腎症前期〜顕性腎症期)を反映したものであり、早期診断の観点からは、糖尿病性腎症病期分類の第I〜II期(腎症前期〜早期腎症期)にフォーカスをする必要がある。その内容を実施例4に記載する。
【0085】
実施例6 腎障害の早期診断を考えた場合の糖尿病性腎症病期分類の第I〜II期(56例)における、への尿中ヒトメガリンと他の腎障害マーカーの推算糸球体濾過量との適合性比較(有意差検定)
糖尿病性腎症病期分類の第I〜II期(腎症前期〜早期腎症期)にフォーカスして、
図6および
図7でみられた尿中メガリンの2型糖尿病性腎症の診断マーカーとしての有用性を、推算糸球体濾過量との適合性を検定することにより、尿中メガリンと他の腎障害診断尿マーカーで比較した。詳しくは、2型糖尿病性腎症のアウトカムを、推算糸球体濾過量の慢性腎臓病ステージ分類に基づいて、eGFRが90(mL/min/1.73m
2)以上(スコア1)、60〜89(mL/min/1.73m
2)(スコア2)、30〜59(mL/min/1.73m
2)(スコア3)、15〜29(mL/min/1.73m
2)(スコア4)とし、アウトカムの表現型としては、各マーカーの基準値(Cut-Off値)以上を示したアウトカムの出現率とした。検定の評価法としては、Mann-Whitney U検定を用いて有意差を求めた。比較対照の腎障害診断尿マーカーとしては、尿中β2-ミクログロブリン(Cut-Off:300μg/g尿クレアチニン)、尿中α1-ミクログロブリン(Cut-Off:12mg/g尿クレアチニン)、尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(Cut-Off:6 IU/g尿クレアチニン)、尿蛋白(Cut-Off:0.5g/g尿クレアチニン) 、尿中アルブミン(Cut-Off:30mg/g尿クレアチニン)を用い、各対照マーカーのCut-Off値については、日常診療で常用されている基準値を採用している。結果を表10に示す。
【0086】
【表10】
表10に示すように、糖尿病性腎症の尿診断マーカーとして現在最も汎用されている尿中アルブミンに比して、尿中メガリンのみが推算糸球体濾過量に対する適合性においてより効果を奏するという結果が得られた。よって、尿中メガリンを2型糖尿病性腎症の診断マーカーとして使用することで、2型糖尿病性腎症の予後予測ならびに障害の程度(病態の進展)を的確かつ早期に判別することに効力を有し、より早期からの予防医療の立場から有用と考えられる。
【0087】
実施例7 急性腎不全患者でのヒトメガリンの尿中排泄量測定
図8に示すように、尿中メガリン排泄量は、健常人に比して急性腎不全群で有意に上昇していることが判明した。急性腎不全の診断は本疾患の国際基準であるRIFLE分類に従った。尚、尿中へのメガリン排泄量の評価に際しては、尿中メガリン濃度を尿中クレアチニン濃度で割って濃度補正したクレアチニン補正値を評価した。これは尿排泄時の濃縮率の影響ではないことを検証する為に、尿中バイオマーカーに常用されているものである。尚、健常人66例から求めた尿中メガリン排泄量の基準値(正常範囲)としては、448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)を用いた。これは、健常人66例の尿中メガリン濃度(クレアチニン補正値)の正規分布から95%信頼区間を求め、この95%信頼区間の上限値が448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)であり、この値を以って、尿中メガリン濃度の基準値として用いた。ただし、今回得られた基準値は、測定系プラットフォームや基準標準物質の規格設定方法の変更によっては変動する場合があり、本値を以って絶対的なCut-Off値として恒久的に使用するものではない。すなわち、Cut-Off値は、448fmol(尿メガリン) / g(尿クレアチニン)には特に限定されない。ただし、本実施例の結果は、該値が一貫して妥当性のある設定基準値として捉えることができることを示唆する。本実施例によって、尿中ヒトメガリンが特異的に測定評価でき、尿中ヒトメガリンは急性腎不全患者において排泄増多が見られたことから、腎症の病態把握および診断に効果を奏するものと考えられた。
【0088】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。