(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5695635
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月8日
(54)【発明の名称】窒化可能なピストンリング
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150319BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20150319BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20150319BHJP
C21D 9/40 20060101ALI20150319BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20150319BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D9/40 A
C22C38/00 302Z
F16J9/26 Z
【請求項の数】3
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2012-501138(P2012-501138)
(86)(22)【出願日】2009年11月23日
(65)【公表番号】特表2012-521488(P2012-521488A)
(43)【公表日】2012年9月13日
(86)【国際出願番号】EP2009008332
(87)【国際公開番号】WO2010108528
(87)【国際公開日】20100930
【審査請求日】2012年9月6日
(31)【優先権主張番号】102009015009.9
(32)【優先日】2009年3月26日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509340078
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100119530
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 和幸
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】ラズロ ペルソエックジー
【審査官】
市川 篤
(56)【参考文献】
【文献】
特開2000−282177(JP,A)
【文献】
特開昭57−210954(JP,A)
【文献】
特開平10−213003(JP,A)
【文献】
特開平08−193239(JP,A)
【文献】
特表2012−518766(JP,A)
【文献】
国際公開第2004/003246(WO,A1)
【文献】
特公昭44−024245(JP,B1)
【文献】
特表2010−501044(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 1/06
C21D 9/40
C22C 38/60
F16J 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化鋼組成物を本体として含むピストンリングであって、該窒化鋼組成物が鋼組成物100重量%に対して表示された割合の以下の元素からなる鋼組成物を窒化することにより得られることを特徴とするピストンリング。
Al: 1.1〜1.5重量%
C: 0.5〜1.2重量%
Fe: 残部
Mn: 0.1〜3.0重量%
Si: 2.0〜10.0重量%
Cr: 2.0〜4.0重量%
B: 最大 0.1重量%
Cu: 最大 2.0重量%
Mo: 最大 3.0重量%
Nb: 最大 0.05重量%
Ni: 最大 4.0重量%
P: 最大 0.1重量%
S: 最大 0.05重量%
Sn: 最大 0.05重量%
Ti: 最大 0.2重量%
V: 最大 2.0重量%
W: 最大 0.5重量%
【請求項2】
請求項1に記載のピストンリングを製造するに当たり、前記鋼組成物の製造が、
a. 溶融塊を出発材料から製造するステップと、
b. 溶融塊を調製型に流し込むステップと、
c. 得られた鋼組成物を窒化するステップと
を備えることを特徴とする方法。
【請求項3】
前記鋼組成物の製造が、
d. 鋼組成物をそのAc3温度以上でオーステナイト化するステップと、
e. 鋼組成物を適切な焼入れ媒体中で焼き入れするステップと、
f. 鋼組成物を制御雰囲気炉内において400℃〜700℃の範囲の温度で焼き戻しするステップと
をさらに備える請求項2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な窒化特性を有
するピストンリングに関する。本発明はまた、本発明の良好な窒化特性を有する
ピストンリングから製造し得る窒化
ピストンリングに関する。さらに本発明は、本発明の良好な窒化特性を有する
ピストンリングの製造方法と、本発明に係る窒化
ピストンリングの製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関において、ピストンリングは燃焼室のピストンヘッドとシリンダ壁との間の空隙を密閉する。ピストンが前後に動くと、ピストンリングの一方がその外周面でシリンダ壁に対し永久的なバネ荷重位置で摺動し、そしてピストンリングの傾斜運動のため、ピストンリングの他方がそのピストンリング溝内で振動しながら摺動し、その際にその側面がピストンリング溝の上下の溝側面に交互に作用する。これら部品が互いに摺動すると、材質に応じて多かれ少なかれ磨耗が生じ、乾燥稼動の場合には、いわゆるフレッチングやスコーリング、最終的にはエンジンの破壊に至ることもある。シリンダ壁に対するピストンリングの摺動および磨耗動作を改善するために、その周面に各種材料から形成したコーティングが施されてきた。
【0003】
ピストンリングのような高性能内燃機関の部品を製造するために、鋳鉄材料、すなわち鋳鉄合金を通常用いる。高性能エンジンにおいて、ピストンリング、特にコンプレッションリングに要求されることは、例えばピーク圧縮圧力、燃焼温度、EGRおよび、潤滑油膜減少に関して、これまで以上に厳しいものとなってきており、磨耗、耐スコーチ性、マイクロ溶接及び耐食性のような機能的な特性に大きく影響を与える。
【0004】
しかしながら、従来の鋳鉄材料は破壊の危険性が高い。実際、現在の材料を用いる場合、リングが頻繁に壊れる。機械力学的な負荷を高めると、ピストンリングの寿命が短くなる。深刻な磨耗と腐食が稼動面と側面に生じる。
【0005】
より高い着火圧力、排気の低下および燃料の直接噴射は、ピストンリングへの負荷の増加を意味する。これは、ピストン材料、とりわけ下方ピストンリング側面の損傷および蓄積をもたらす。
【0006】
ピストンリングへのより高い機械力学的なストレスのため、エンジンメーカーは、高級鋼(例えば、鋼種1.4112のような焼入れ焼き戻しの高度合金)のピストンリングをますます求めている。ここで、2.08重量%未満の炭素を含有する鉄鋼材が鋼として既知である。炭素含有量がより高い場合、鋳鉄として知られている。鋳鉄に比較して、基本微細構造において遊離グラファイトによる干渉が無いので、鋼は一層良好な強度及び靭性特性を有する。
【0007】
通常、高クロム合金化マルテンサイト鋼が鋼製ピストンリングの製造に用いられる。しかしながら、かかる鋼を使用すると、製造コストが鋳鉄成分のものより著しく高いという欠点に悩まされる。
【0008】
鋼製ピストンリングは輪郭付けしたワイヤから製造される。輪郭付けしたワイヤを円形に丸め、切断し、「非円形状」マンドレルにあてがわれる。ピストンリングは、所要の接線力を付与する焼鈍処理によってマンドレル上で所望の非円形状を達成する。鋼からのピストンリングの製造におけるさらなる欠点は、一定の直径を超えると、鋼線からのリングの製造(コイリング)が不可能となることである。一方、鋳鉄から形成したピストンリングは、鋳造時に既に非円形であるので、これらは最初から理想的形態を有する。
【0009】
鋳鉄は、鋼よりも著しく低い融点を有する。その差は、化学組成に応じて350℃までになることがある。よって、融点が低いということは鋳造温度が低く、冷却時の収縮が小さいということを意味するため、鋳鉄は溶融及び鋳造が一層容易であり、従って鋳造材料はパイプ欠陥または熱間および冷間割れが少ない。より低い鋳造温度はまた、型の材質へのストレス(侵食、気孔率、砂の封入)および炉への負荷を小さくし、また溶融コストの低下も生ずる。
【0010】
鉄鋼材の融点は、炭素含有量に単純に依存するのではなく、「飽和度」にも依存する。次の経験式が成立する。
Sc=C/(4.26−1/3(Si+P))
飽和度が1に近づくほど、融点は低くなる。鋳鉄では、飽和度1.0が通常望ましく、その場合鋳鉄は1150℃の融点を有する。鋼の飽和度は、化学組成に依存するが、約0.18である。共晶鋼は1500℃の融点を有する。
【0011】
飽和度は、実質的にSiもしくはP含有量に影響される。例えば、ケイ素含有量の3重量%の増加が含有量の1重量%の増加と同様の効果を奏する。したがって、飽和度1.0の鋳鉄(C:3.26重量%、Si:3.0重量%)と同じ融点を有する鋼鉄をC含有量1重量%およびケイ素含有量9.78重量%で製造することが可能である。
【0012】
Si含有量の大幅な増加は、鋼鉄の飽和度を上昇させ、融点を鋳鉄のものまで下げることができる。すなわち、鋳鉄の製造に用いるのと同じ技術、例えば、GOE44を用いて鋼鉄を製造することが可能である。
【0013】
高ケイ素鋳鋼から形成したピストンリングが当業界で知られている。しかしながら、多量に存在するケイ素は、オーステナイト遷移温度“Ac3”が上昇するため、材料の焼入性に悪影響を有する。
【0014】
それにもかかわらず、ピストンリング表面の硬度を上げるための当業界で普通の処理は、材料を窒化することからなっていた。しかしながら、従来の高ケイ素鋼鋳物は窒化特性に乏しいことが示されていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
すなわち、本発明の目的は、
高ケイ素含有鋼組成物を本体として有し、かつ良好な窒化特性を有する
ピストンリングと、窒化ピストンリングを提供することである。重力鋳造により製造すると、
窒化ピストンリングの窒化鋼組成物の特性は、少なくとも以下の1つにおいて、焼入れ焼戻しした球状黒鉛鋳鉄の特性を上回る。
弾性率、曲げ強度のような機械的特性
破壊強度
形態安定性
側面磨耗
稼動面磨耗
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によると、この目的は、以下の元素を以下の割合で含む鋼組成物
を本体として有するピストンリングによって達成される。
Al: 0.5〜1.5重量%
C: 0.5〜1.2重量%
Fe: 68.2〜96.9重量%
Mn: 0.1〜3.0重量%
Si: 2.0〜10.0重量%
B: 最大 0.1重量% P: 最大 0.1重量%
Cr: 最大 4.0重量% S: 最大 0.05重量%
Cu: 最大 2.0重量% Sn: 最大 0.05重量%
Mo: 最大 3.0重量% Ti: 最大 0.2重量%
Nb: 最大 0.05重量% V: 最大 2.0重量%
Ni: 最大 4.0重量% W: 最大 0.5重量%
ここで、鋼組成物はAl、B、C、Cr、Cu、Fe、Mn、Mo、Nb、Ni、P、S、Si、Sn、Ti、VおよびWからなる群から選択される元素のみを含み、これらの元素の合計が100重量%である。
【0017】
本発明の
ピストンリングの良好な窒化特性は、0.5〜1.5重量%のアルミニウム含有量によるものと推定される。窒化処理において、アルミニウムは非常に硬い窒化物を形成する。
【0018】
本発明によれば、本発明の良好な窒化特性を有する
ピストンリングを窒化すると、窒化
ピストンリングを生成する。
【0019】
本発明の窒化
ピストンリングは、強く加熱する際に形状が変化することを減少させる傾向を有し、ゆえに長期間高性能を付与し、さらには油の消費を低減する。
【0020】
本発明の窒化
ピストンリングはまた、
それらが鋳鉄部品を製造するための機械と技術を用いて製造され得るという利点を有する。加えて、製造コストが鋳鉄ピストンリングのものに相当し、製造業者のコスト削減及び利益の向上につながる。同様に、材料のパラメータを供給業者から独立して調節設定することができる。
【0021】
本発明に係る
ピストンリングは以下のステップを含む製法により製造される。
a. 出発材料から溶融塊を製造するステップと、
b. 溶融塊を調整型に流し込むステップ
【0022】
出発材料の例としては、鋼スクラップ、返送スクラップ 、合金化物質がある。溶融処理を、炉、好ましくはキューポラで行う。次に、溶融物が固化する際にブランクを製造する。
ピストンリングは当業界で既知の方法、つまり例えば遠心鋳造処理、連続鋳造処理、ダイス刻印処理、クローニング処理、または好ましくは、生型成形により鋳造することができる。
【0023】
ピストンリングが冷却された後、鋳型を空にし、得られたブランクを洗浄する。
【0024】
所要に応じて、
ピストンリングをその後焼き入れし、焼き戻ししてもよい。以下のステップがこれを達成する。
c.
ピストンリングをそのAc3温度以上でオーステナイト化するステップと、
d.
ピストンリングを適切な焼入れ媒体中で焼き入れするステップと、
e.
ピストンリングを制御雰囲気炉内において400℃〜700℃の範囲の温度で焼き戻しするステップ。
【0025】
油を焼入れ媒体として用いるのが好ましい。
【0026】
本発明によって窒化
ピストンリングを製造するために、上述の処理ステップの後に、得られた
ピストンリングの窒化を行う。これは、例えば、ガス窒化、プラズマ窒化、もしくは圧力窒化により達成することができる。
【0027】
以下の実施例は本発明を説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
ピストンリングを下記の組成を有する本発明に係る高度に窒化可能な鋼組成物から製造した。
Al: 1.1重量% P: 0.03重量%
B: 0.001重量% S: 0.009重量%
C: 0.7重量% Si: 3.0重量%
Cr: 2.0重量% Sn: 0.001重量%
Cu: 0.05重量% Ti: 0.003重量%
Mn: 0.45重量% V: 0.11重量%
Mo: 0.5重量% W: 0.003重量%
Nb: 0.002重量% Fe: 残部
【0029】
これは、出発材料(鋼スクラップ、返送スクラップおよび合金化物質)から溶融塊を製造し、溶融物を調整生型に流し込むことにより得た。次に、鋳型を空にし、得られたピストンリングを洗浄した。その後、ピストンリングを焼入れし、そして焼き戻しした。これは、鋼組成物のAc3温度以上でオーステナイト化し、油中で焼入れし、制御雰囲気炉において400℃から700℃の範囲の温度で焼き戻すことにより達成された。
【0030】
最後に、得られたピストンリングの表面を窒化した。窒化領域では1000HVを超える硬度が得られ、側面磨耗および稼動面磨耗に対し高い抵抗性を保証するものである。この場合、硬度をDIN6773に準拠して求めた。