特許第5696042号(P5696042)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5696042
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月8日
(54)【発明の名称】生物の進化を方向づける方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150319BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150319BHJP
   C12N 1/19 20060101ALN20150319BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20150319BHJP
   C12N 1/15 20060101ALN20150319BHJP
【FI】
   C12N5/00 102
   C12N15/00 AZNA
   !C12N1/19ZNA
   !C12N1/21
   !C12N1/15
【請求項の数】4
【全頁数】40
(21)【出願番号】特願2011-517321(P2011-517321)
(86)(22)【出願日】2009年6月12日
(65)【公表番号】特表2011-524752(P2011-524752A)
(43)【公表日】2011年9月8日
(86)【国際出願番号】JP2009002659
(87)【国際公開番号】WO2009150848
(87)【国際公開日】20091217
【審査請求日】2012年6月5日
(31)【優先権主張番号】61/061,485
(32)【優先日】2008年6月13日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】503116693
【氏名又は名称】株式会社ネオ・モルガン研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(72)【発明者】
【氏名】小川 昌規
(72)【発明者】
【氏名】堀内 貴之
(72)【発明者】
【氏名】田畑 和文
(72)【発明者】
【氏名】矢野 駿太郎
(72)【発明者】
【氏名】窪田 みち
(72)【発明者】
【氏名】栗田 恵利
(72)【発明者】
【氏名】板谷 有希子
(72)【発明者】
【氏名】田中 早苗
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2008/0038778(US,A1)
【文献】 国際公開第2004/087960(WO,A1)
【文献】 Acta Cryst. (1996). A52, C154,PS04.05.10
【文献】 J. Biol. Chem., (2006), Vol. 281, No. 7, p. 4486-4494
【文献】 Proc. Natl. Acad. Sci., (2002), Vol. 99, No. 24, p. 15560-15565
【文献】 Nature Reviews Molecular Cell Biology,2002年,Vol. 3, No. 5, p. 364-375
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/10
C12N 15/00
C12N 1/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つのチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞の進化を方向づける方法であって、
ミューテーター遺伝子を前記CHO細胞に導入する工程であって、
前記ミューテーター遺伝子は、低忠実度突然変異およびエキソヌクレアーゼ欠損突然変異を含み、前記少なくとも1つのミューテーター遺伝子の導入は、前記少なくとも1つのCHO細胞の突然変異率増加を生じさせるものである工程と;
前記ミューテーター遺伝子が導入されている前記CHO細胞を成長させて、成長CHO細胞を得る工程と;
所望の遺伝形質を有する少なくとも1つの突然変異CHO細胞を前記成長CHO細胞から選択して、選択されたCHO細胞を得る工程と;
を含み,
前記低忠実度突然変異が、CHO細胞のDNAポリメラーゼデルタ遺伝子(Pold1)の触媒性サブユニットにおける620番目のアミノ酸残基におけるロイシンをメチオニンに変化させるアミノ酸置換であるL620Mアミノ酸置換を含み、
前記エキソヌクレアーゼ欠損突然変異が、前記CHO細胞のDNAポリメラーゼデルタ遺伝子(Pold1)の触媒性サブユニットにおける398番目のアミノ酸残基におけるアスパラギン酸をアラニンに変化させるアミノ酸置換であるD398Aアミノ酸置換を含む,
方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって,
前記成長CHO細胞の野生型突然変異率を回復させて、回復された成長CHO細胞を得る工程をさらに含み、所望の遺伝形質を有する前記少なくとも1つの突然変異CHO細胞が、前記回復された成長CHO細胞から選択される、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって,
前記選択されたCHO細胞の野生型突然変異率を回復させる工程をさらに含む、方法。
【請求項4】
所望の遺伝形質を有するCHO細胞であって、請求項1に記載の方法に従って得られたものである、または請求項1に記載の方法に従って得られたCHO細胞の子孫である細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生物の進化を方向づける方法に関する。より詳細には、本開示は、生物の突然変異率を修飾することによって生物の進化を方向づける方法に関する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0002】
DNA複製中の突然変異率を修飾することで、集団内の個々の生物中および間の遺伝的多様性を増すことができる。遺伝的多様性の増加を利用して、生物における所望の遺伝形質の選択を助長することができる。突然変異率が修飾された生物を選択条件下で成長させること、および所望の遺伝形質を有する個体を単離することによって、所望の形質を選択することができる。
【課題を解決するための手段】
【0003】
本明細書に記載するように、1つ以上のミューテーター遺伝子またはタンパク質を生物に導入することによって生物の進化を方向づけることができる。1つのそのような実施形態では、DNA複製を、少なくとも一部は、制御する遺伝子またはタンパク質を生物に導入して、野生型突然変異率より高い突然変異率を達成する。例えば、生物体内で、その生物のDNAの突然変異率増加を生じさせるように、1つ以上のミューテーター遺伝子を発現させることができる。1つのそのような実施形態において、1つ以上のミューテーター遺伝子は、野生型対立遺伝子を基準にしてプルーフリーディングまたはエキソヌクレアーゼ欠損がある1つ以上の突然変異DNAポリメラーゼを含む場合がある。もう1つのそのような実施形態において、1つ以上のミューテーター遺伝子は、野生型対立遺伝子を基準にして低減されたポリメラーゼ忠実度を示す1つ以上の突然変異DNAポリメラーゼを含む場合がある。さらにもう1つの実施形態において、生物体内で発現される1つ以上のミューテーター遺伝子は、野生型対立遺伝子を基準にして、エキソヌクレアーゼ欠損がある少なくとも1つの突然変異DNAポリメラーゼおよび低減されたポリメラーゼ忠実度を示す少なくとも1つの突然変異DNAポリメラーゼを含む。さらにもう1つの実施形態において、生物体内で発現される1つ以上のミューテーター遺伝子は、野生型対立遺伝子を基準にして、エキソヌクレアーゼ欠損もあり、低減されたポリメラーゼ忠実度も示す、少なくとも1つの突然変異DNAポリメラーゼを含む。
【0004】
本明細書に記載するような1つ以上のミューテーター遺伝子の導入は、生物の内在性DNAポリメラーゼ遺伝子の1つ以上を突然変異コピーで置換する必要がない。1つ以上のミューテーター遺伝子の導入が、生物ゲノムへのそのような1つ以上の遺伝子の組み込みを含む場合であっても、DNAポリメラーゼを発現する生物の内在性遺伝子のいずれかを置換するかまたはいずれかに影響を及ぼすことはその導入のターゲットにならない。
【0005】
本明細書に記載する生物の定方向突然変異のための方法は、選択圧を加える条件下で突然変異率増加を有する生物を成長させること、および1つ以上の所望の形質を有する生物を選択することも含む場合がある。例えば、例えば一定の化学物質、栄養素、溶媒または任意の他の環境条件の存在または不在をはじめとする所望の条件下で成長することができる生物の選択を助長するように、生物の突然変異率を修飾することができる。もう1つの実施形態では、別の生物による、例えば細菌または病原体による、攻撃または感染に耐性である進化した生物を生じさせる結果となる条件下で、本明細書に記載するような突然変異率増加を有する生物を成長させることができる。本明細書に記載するような定方向進化法に関するさらにもう1つのそのような実施形態では、例えば特定の油、タンパク質、アルコールまたは任意の他の所望の化学製品をはじめとする所望の産物をより効率的にまたは所望の量で生産するかまたはプロセッシングする進化した生物を生じさせる結果となる選択圧を加える条件下で、突然変異率増加を有する生物を成長させることができる。
【0006】
さらに、本明細書に記載するような定方向進化法は、突然変異率修飾を有する生物によって示される突然変異率を野生型突然変異率に回復させることを含む場合がある。1つのそのような実施形態では、所望の形質を有する生物を獲得し、選択したら、その進化した生物の1つ以上のミューテーター遺伝子をキュアリングすることによって野生型突然変異率を回復させることができる。あるいは、特定の条件下で1つ以上のミューテーター遺伝子が誘導性である場合があり、およびミューテーター遺伝子産物の転写または翻訳を生じさせる結果とならない条件に生物を付すことによって野生型突然変異率の回復を達成することができる。尚、さらに、進化したおよび選択された生物に含まれている1つ以上のミューテーター遺伝子が、その進化した生物のゲノムに組み込まれている場合、ミューテーター遺伝子のそのゲノムからの切除もしくは除去、またはミューテーター遺伝子の機能性(非ミューテーター)対立遺伝子での置換によって、野生型突然変異率の回復を達成することができる。
【0007】
以下の詳細な説明は、本明細書に提供する定方向進化法の実施に有用な材料および生物も示す。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】野生型Taiken 396親酵母細胞および形質転換クロトリマゾール(CTZ)耐性酵母細胞の相対的エタノール生産力を示す図である。
図1B】野生型Taiken 396親酵母株のエタノール耐性と形質転換CTZ耐性酵母細胞のエタノール耐性を比較する図である。
図2】DBN除草剤増殖培地での形質転換タバコ細胞の増殖を示す図である。
図3】多数の種にわたるDNAポリメラーゼの保存エキソヌクレアーゼおよびポリメラーゼモチーフのアラインメントを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
定義
本明細書において用いる場合の用語「進化」は、1つの個体からその子孫に伝えられる遺伝情報のランダムな変異の発生を指し、この遺伝的変異は、その生物の生き残りおよび/または繁殖にとって有利である場合もあり、ない場合もある。生物の遺伝情報のランダムな変異の発生を増加させることによって、生物の進化を加速することができる。個体の中および間でより多くの遺伝的変異を有する集団は、変化する条件、例えば、環境条件および病原性生物の脅威に対する増加された適応能力を有し得る。
【0010】
本明細書において用いる場合の用語「生物」は、様々な特性、例えば、典型的には、細胞構造、増殖(自己再生)、成長、調節、代謝、修復能力などを有する、生命のプロセスを遂行する体を指す。概して、生物は、核酸によって制御される遺伝、およびタンパク質によって制御される代謝が関与する増殖などの、基本的な特質を有する。生物は、天然、野生型、人工操作、遺伝子修飾、交雑または他の変種または離隔集団を含み得る。生物は、ウイルス、原核生物、真核生物(例えば、単細胞生物、例えば酵母など)、および多細胞生物(例えば、植物、動物など)を含む。本明細書においてこの用語を用いる場合、「生物」は、本明細書において定義するような細胞も指し、かつ包含すること、ならびに本開示の方法を任意のそのような細胞(単数または複数)に適用できることは、理解されるであろう。
【0011】
本明細書において用いる場合の用語「真核生物」は、核エンベロープを伴う明確な核構造を有する生物を指す。真核生物の例としては、単細胞生物(例えば、酵母など)、植物(例えば、コメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズなど)、動物(例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、サルなど)、昆虫(例えば、ハエ、カイコなど)などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0012】
用語「単細胞生物」は、その通常の意味で本明細書において使用され、1つの細胞から成る生物を指す。単細胞生物は、真核生物を含む。単核生物の例としては、酵母、哺乳動物細胞、細胞培養物などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0013】
本明細書において用いる場合、用語「多細胞生物」は、多数の細胞(概して、異なるタイプの多数の細胞)から成る個々の生物を指す。多細胞生物としては、動物、植物、昆虫などが挙げられる。
【0014】
用語「動物」は、その最も広い意味で本明細書において使用され、脊椎動物および無脊椎動物を指す。
【0015】
本明細書において用いる場合、用語「植物」は、単子葉植物および双子葉植物のいずれのものも含む、植物界に属する任意の生物を指す。植物の例としては、コメ科の単子葉植物(例えば、コムギ、トウモロコシ、コメ、オオムギ、モロコシ属など)が挙げられるが、これらに限定されない。好ましい植物の例としては、タバコ、ピーマン、ナス、メロン、トマト、サツマイモ、キャベツ、ニラ、ブロッコリー、ニンジン、キュウリ、柑橘類、ハクサイ、レタス、モモ、ジャガイモおよびリンゴが挙げられる。好ましい植物は作物に限定されず、顕花植物、樹木、芝生、雑草などを含む。さらに、別の指定がない限り、用語「植物」は、植物体、植物器官、植物組織、植物細胞および種子のいずれもを指す。植物器官の例としては、根、葉、幹、花などが挙げられる。植物細胞の例としては、カルス、浮遊培養細胞などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0016】
本明細書において用いる場合、用語「遺伝形質」は、遺伝子型とも呼ばれるものであり、遺伝子によって制御される生物の形質を指す。
【0017】
本明細書において用いる場合、用語「遺伝子」は、所定の長さの配列を有する、細胞内に存在する核酸を指す。遺伝子は、遺伝形質を規定する場合もあり、しない場合もある。本明細書において用いる場合、用語「遺伝子」は、ゲノム内に存在する配列を概して指し、染色体外の配列、ミトコンドリア内の配列またはこれらに類するものを指す場合もある。遺伝子は、染色体上に所与の配列で配置されている。タンパク質の一次構造を規定する遺伝子は、構造遺伝子と呼ばれる。構造遺伝子の発現を調節する遺伝子は、調節遺伝子(例えば、プロモーター)と呼ばれる。本明細書における遺伝子は、別の指定がない限り、構造遺伝子および調節遺伝子を含む。従って、例えば、用語「DNAポリメラーゼ遺伝子」は、DNAポリメラーゼの構造遺伝子ならびにその転写および/または翻訳調節配列(例えば、プロモーター)を概して指す。構造遺伝子ばかりでなく、転写および/または翻訳のための調節配列も、本開示の対象となる遺伝子として有用であり得る。本明細書において用いる場合、「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「オレゴヌクレオチド」、「核酸」および「核酸分子」、ならびに/または「タンパク質」、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「ペプチド」を指すことがある。本明細書において用いる場合、「遺伝子産物」は、遺伝子によって発現される、「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」、「核酸」および「核酸分子」、ならびに/または「タンパク質」、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「ペプチド」を含む。
【0018】
本明細書において用いる場合、遺伝子に関しての用語「複製」は、親核酸鎖(DNAまたはRNA)をテンプレートとして使用して、その親核酸と同じ構造および機能を有する新たな核酸分子(それぞれ、DNAまたはRNA)を形成する、遺伝物質、DNAまたはRNA、によるそれ自体のコピーの再生を意味する。真核細胞の場合、複製酵素(DNAポリメラーゼアルファ)を含む複製開始複合体が形成されて、二本鎖DNA分子上の多数の複製起点で複製を開始し、複製反応は、その複製起点から反対方向に進行する。複製の開始は、細胞周期に従って制御される。例えば、酵母の場合、自律複製配列を複製起点と考えることができる。複製開始複合体は、複製起点で形成される場合がある。1つの実施形態において、複製開始複合体は、複製酵素(DNAポリメラーゼ)を含む1つ以上のタンパク質要素を含む複合構造を含む場合がある。複製反応では、二本鎖DNAのらせん構造が部分的に巻き戻されることがある;短鎖DNAプライマーが合成される;そのプライマーの3’−OH基からDNA鎖が伸長される;相補鎖テンプレートで岡崎(Okazaki)フラグメントが合成される;それらの岡崎フラグメントがライゲートされる;新たに複製された鎖とテンプレート鎖を比較するためのプルーフリーディングが行われる;など。このように、複製反応は、多数の反応段階によって行われるだろう。
【0019】
生物の遺伝情報を記憶するゲノムDNAの複製メカニズムは、例えば、Kornberg A. and Baker T.,「DNA Replication」,New York,Freeman,1992に詳細に記載されている。概して、二本鎖DNAを形成するためにDNAの一方の鎖をテンプレートとして使用して相補鎖を合成する酵素は、DNAポリメラーゼ(DNA複製酵素)と呼ばれる。DNA複製は、少なくとも2種類のDNAポリメラーゼを必要とする。これは、概して、リーディング鎖とラギング鎖を同時に合成するためである。DNA複製は、複製起点(Ori)と呼ばれる、DNAの所定の位置から開始される。例えば、細菌は、それらの環状ゲノムDNA上に少なくとも1つの二方向性複製起点を有する。従って、概して、1つのゲノムDNAに対してその複製中に4つのDNAポリメラーゼが同時に作用する必要がある。1つの実施形態では、都合のよいことに、リーディング鎖およびラギング鎖の一方のみの複製の誤りを調節することができ、または代替的に、都合のよいことに、それら2本の鎖の間に複製の誤りまたは突然変異率の差がある場合がある。
【0020】
本明細書において用いる場合、用語「複製の誤り」は、遺伝子(DNAなど)の複製中の誤ったヌクレオチドの導入を指す。概して、複製の誤りの頻度は、10から1012対合に1回ほども低い。複製の誤りが少ない理由は、1)DNAポリメラーゼによってなされるヌクレオチド付加が、テンプレートDNAと複製中に導入されるヌクレオチドとの相補的塩基対合によって決まる;および2)DNAポリメラーゼの、3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性、またはプルーフリーディング機能が、テンプレートに相補的でない誤対合ヌクレオチドを特定し、除去する、という少なくとも2つの部分から成る。従って、生物における突然変異率またはDNA複製の誤り率の調節は、例えば、DNAポリメラーゼが核酸塩基対合を形成する忠実度を改変もしくは妨害することによって、および/またはDNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ機能を改変することによって、行うことができる。
【0021】
本明細書において用いる場合、用語「DNAポリメラーゼ」または「Pol」は、DNAを重合するためにデオキシリボヌクレオシド5’−三リン酸からピロリン酸を放出させる酵素を指す。DNAポリメラーゼ反応は、テンプレートDNA、プライマー分子、Mg2+などを必要とする。相補ヌクレオチドがプライマーの3’−OHに逐次的に付加されて分子鎖を伸長する。
【0022】
本明細書において用いる場合、用語「プルーフリーディング機能」は、細胞のDNAにおける損傷および/または誤りを検出し、修復する機能を指す。そのような機能は、アプリン酸部位もしくはアピリミジン酸部位に塩基を挿入することによって、または代替的に、アプリン酸−アピリミジン酸(A−P)エキソヌクレアーゼで一方の鎖を切断し、その後、5’〜3’エキソヌクレアーゼでその部位を除去することによって、遂行することができる。除去された部分では、DNAポリメラーゼでDNAが合成されて補足され、その合成されたDNAがDNAリガーゼによって正常なDNAとライゲートされる。この反応は、除去修復と呼ばれる。アルキル化剤、異常塩基、放射線、紫外線、またはこれらに類するものによる化学的修飾に起因して損傷したDNAについては、損傷した部分がDNAグリコシダーゼによって除去され、その後、上で説明した反応によって修復が行われる(不定期DNA合成)。そのようなエキソヌクレアーゼ機能を有するDNAポリメラーゼの例としては、DNAポリメラーゼデルタ、DNAポリメラーゼエプシロン、DNAポリメラーゼガンマなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
本明細書において用いる場合の「プルーフリーディング欠損突然変異体」または「エキソヌクレアーゼ欠損突然変異体」は、そのエキソヌクレアーゼ欠損突然変異体が由来する選択された親ポリメラーゼの3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性より低い3’〜5’ヌクレオチド鎖末端加水分解(exonucleolytic)プルーフリーディング活性を有するDNAポリメラーゼ突然変異体を指すと解釈する。
【0024】
本明細書において用いる場合の「エキソヌクレアーゼ機能」は、プルーフリーディング、ミスマッチ修復、岡崎フラグメント突然変異および組換えを含む、エキソヌクレアーゼ機能のいずれか少なくとも1つを指す。従って、本明細書において用いる場合の「エキソヌクレアーゼ欠損変異体」は、これらのエキソヌクレアーゼ機能のいずれか少なくとも1つに関する活性減損を有する突然変異体を指す。
【0025】
本明細書において用いる場合、DNAポリメラーゼに関して用いるときの用語「忠実度」は、テンプレート鎖を基準にして合成DNA鎖における相補塩基のヌクレオチドテンプレート指向性組み込みの精度を指すと解釈する。忠実度は、新たに合成された核酸鎖への正しい塩基の組み込みの頻度に基づいて測定される。正しい塩基の組み込みは、結果として点突然変異、組み込みおよび欠失を生じさせることができる。ポリメラーゼ忠実突然変異体は、高忠実度を示す場合もあり、または低忠実度を示す場合もある。用語「低忠実度」は、所定の値より低い正確な塩基組み込みの頻度を意味すると解釈する。この所定の値は、例えば、正確な塩基組み込みの所望の頻度である場合もあり、または公知ポリメラーゼの頻度である場合もある。
【0026】
本明細書において用いる場合、用語「低忠実度突然変異体」は、その低忠実度突然変異体が由来する選択された親ポリメラーゼの複製忠実度より低いDNA複製忠実度を有するポリメラーゼ突然変異体を指す。改変された忠実度は、相補塩基のテンプレート指向性組み込みの精度を測定する任意のアッセイを用いて親および突然変異ポリメラーゼをアッセイしてそれらの活性を比較することにより決定することができる。
【0027】
本明細書において用いる場合、用語「突然変異」は、ヌクレオチド配列、例えば遺伝子のヌクレオチド配列、が改変されることを意味し、または遺伝子の改変された核酸または結果として生ずるアミノ酸配列の状態を指す。例えば、用語「突然変異」は、結果として生ずるタンパク質の機能の変化、例えばポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ機能の変化、につながる遺伝子のヌクレオチド配列の変化を本明細書では指す。
【0028】
用語「突然変異」は、本明細書では広く使用され、例えば、点突然変異、ミスセンス突然変異、サイレント突然変異、フレームシフト突然変異、ナンセンス突然変異、ヌクレオチドの挿入または欠失、機能喪失突然変異、機能獲得突然変異、およびドミナントネガティブ突然変異を指す。突然変異は、A)生物の成長および代謝に限られた影響しか及ぼさないだろう天然突然変異;B)生物の成長および代謝を阻害し得る有害突然変異;ならびにC)生物の繁殖に有益であり得る有益突然変異として特徴づけることができる。
【0029】
本明細書において用いる場合、一定の生物に関する用語「成長」は、個々の生物の定量的増加を指す。生物の成長は、体のサイズ(体長)、体重またはこれらに類するものなどの測定値の定量的増加によって認識することができる。個体の定量的増加は、それぞれの細胞の増加、および細胞数の増加に依存する。
【0030】
本明細書において用いる場合、用語「野生型突然変異」および「偶発突然変異」は、交換可能に用いる。偶発突然変異率は、ゲノムが複製されるかまたは倍加されるたびの突然変異の確率と定義する。本明細書において用いる場合、「突然変異率」は、「頻度」と同義であり、突然変異/倍加/塩基対の絶対数を指す。本明細書において用いる場合、用語「相対比」は、2つの生物の突然変異率の比を指し、これらの生物の一方は、通常、野生型生物である。相対比は、ミューテーター遺伝子を発現する生物が野生型生物と比較して突然変異を受ける可能性がどれほど高いかを示す。例えば、野生型大腸菌(E.coli)(この大腸菌ゲノムは、おおよそ4.6×10の塩基対を有する)の偶発突然変異の頻度は、倍加あたり、塩基対につき、おおよそ5×10−10の突然変異である。
【0031】
本明細書において用いる場合、「ミューテーター遺伝子」は、生物の突然変異率を修飾する、突然変異を含む遺伝子を指す。本明細書において用いる場合、用語「ミューテータープラスミド」は、ミューテーター遺伝子を含むプラスミドまたは発現ベクターもしくはカセットを指す。ミューテーター遺伝子を含む生物の培養は、ゲノム複製中に突然変異事象を生じさせる場合がある。ミューテーター遺伝子またはミューテータープラスミドは、突然変異したDNA複製および/またはDNA修復遺伝子を含む場合がある。DNA複製および修復遺伝子としては、DNAポリメラーゼI、DNAポリメラーゼII、DNAポリメラーゼIII、Exo I、Exo II、Exo III、Exo V、Exo VII、Exo IX、Exo X、RecJ、RNアーゼT、RNアーゼH、およびこれらの遺伝子の相同体が挙げられるが、それらに限定されない。他のミューテーター遺伝子としては、ヌクレアーゼ、3’−5’エキソヌクレアーゼ、5’−3’エキソヌクレアーゼ、DNAポリメラーゼデルタ、DNAポリメラーゼエプシロン、ウェルナー(Werner)タンパク質(WRN)、p53、TREX1、TREX2、MRE11、RAD1、RAD9、APE1、VDJP、FEN1、およびEXO1を挙げることができる。本明細書において用いる場合の相同体は、機能的に関連した遺伝子を指す。
【0032】
本明細書において用いる場合の用語「選択された突然変異」は、条件の所与のセットのもとで進化した株の表現型と関連づけられる突然変異を指す。「関係づけられる」は、その突然変異が、改善されか、または改変された表現型の直接的または間接的原因となることを意味する。
【0033】
宿主細胞または生物における突然変異または遺伝子変化に参照するとき、用語「非特異的」は、すべてのヌクレオチド塩基に影響を及ぼし得る可能性を秘めているおよびフレームシフトを含む、ゲノム全体にわたってランダムに発生する宿主細胞ゲノムの変化を指す。非特異的突然変異は、単一ヌクレオチド塩基対の変化、ならびに多数のヌクレオチド塩基対の変化、ならびにDNAの大領域の変化を包含する。例えば、ポリメラーゼエキソヌクレアーゼ機能または忠実度を損なわせる突然変異を含む遺伝子に暴露された生物は、野生型より増加された率で非特異的、ランダム突然変異を含むだろう。
【0034】
宿主細胞における遺伝子変化に参照するとき、特異的突然変異は、定義可能な遺伝子変化、例えば、限定ではないが、A:TからC:Gへの塩基転換;G:CからT:Aへの塩基転換;A:TからG:CへのおよびG:CからA:Tへの塩基転位およびフレームシフト;ならびにG:CからT:Aへの塩基転換(Millerら,A Short Course in Bacterial Genetics,a Laboratory Manual and Handbook for E.coli and Related Bacteria)によって特徴づけることができる突然変異を指す。
【0035】
ミューテーター遺伝子に参照するとき、「異種の」は、その遺伝子が、当分野において公知の組み換え法によって細胞に導入されることを意味する。例えば、プラスミドを使用してミューテーター遺伝子を導入することができ、微生物ゲノムにミューテーター遺伝子を導入することもできる。生物に導入されるミューテーター遺伝子は、細胞内で自然に発生する内在性DNA複製および修復の突然変異体である場合があり、または宿主微生物にとって異質である場合がある。微生物に「導入される」との核酸についての参照は、標準的な分子生物学的技術を用いてその核酸が微生物に挿入されることを意味する。導入される核酸は、その微生物において自然に発生する核酸と同じ場合もあり、異なる場合もある。
【0036】
本明細書において用いる場合、用語「野生型突然変異率に回復する」は、ミューテーター遺伝子を生物から除去しまたは不能にし、それによってその野生型突然変異率を回復するプロセスを指す。本開示は、進化した生物からミューテーター遺伝子を除去するための任意のプロセスを包含し、正常なDNA複製および修復機能を回復させるように生物のミューテーター遺伝子を含む内在プラスミドをキュアリングするプロセスまたは宿主ゲノムからミューテーターを切除もしくは別様に除去することによるプロセスを含むが、これらに限定されない。キュアリングは、ミューテーター遺伝子を含むプラスミドまたは他のベクターが無い細胞を生産するための方法を指す。当業者に公知の技術を用いて、生物の任意の内在プラスミドまたは他のベクターをキュアリングすることができる。
【0037】
本明細書において用いる場合、生物に関する用語「再生」は、次世代の新たな個体が親個体から生産されることを意味する。再生は、自然増倍、増殖およびこれらに類するもの;クローニング技術(核移植など)などの人工技術による人工増倍、増殖およびこれらに類するものを含むが、それらに限定されない。再生のための技術の例としては、植物の場合、単個細胞の培養、挿し木の接ぎ木、挿し木の根付けなどが挙げられるが、それらに限定されない。再生生物は、それらの親に由来する遺伝形質を概して有する。有性再生生物は、概して2つの性に由来する遺伝形質を有する。概して、これらの遺伝形質は、実質的に等比率で2つの性に由来する。無性再生生物は、それらの親に由来する遺伝形質を有する。
【0038】
用語「細胞」は、本明細書ではその最も広い意味で用いる。細胞は、自然に発生する細胞である場合もあり、または人工的に修飾された細胞(例えば、融合細胞(fusion calles)、遺伝子修飾細胞など)である場合もある。細胞は、任意の生物(例えば、任意の単細胞生物、例えば細菌、酵母、動物細胞、植物細胞、細胞培養物など)または任意の多細胞生物(例えば、動物、植物など)に由来する場合がある。細胞源の例としては、単個細胞培養物、正常に成長したトランスジェニック動物の胚、血液または体組織、細胞混合物、例えば正常に成長した細胞系からの細胞などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0039】
本明細書において用いる場合の「細胞」は、細胞の少なくとも1つの所望の形質について選択した後、成長させ、1つ以上の多細胞生物を形成するように分化させることができる。細胞から成長させたそのような多細胞生物は、その細胞と比較したとき、全体として同じ所望の形質を有するだろう。
【0040】
本明細書において用いる場合、用語「単離された」は、典型的な環境において少なくとも1つの自然に付随する物質が減少され、好ましくは実質的に排除されることを示す。従って、用語「単離された細胞」は、典型的な環境において自然に付随する物質(例えば、他の細胞、タンパク質、核酸など)を実質的に含有しない細胞を指す。核酸またはポリペプチドに関しての用語「単離された」は、例えば、組換えDNA技術によって生産されるときの細胞物質もしくは培養基を実質的に含有しない、または化学合成されるときの前駆体化学物質もしくは他の化学物質を実質的に含有しない、核酸またはポリペプチドを指す。好ましくは、単離された核酸は、生物においてその核酸に自然に隣接する配列(核酸の5’または3’末端)を含有しない。
【0041】
本明細書において用いる場合、用語「分化細胞」は、特殊機能および形態を有する細胞(例えば、筋肉細胞、ニューロンなど)を指す。幹細胞とは異なり、分化細胞は、多能性をまったくまたは殆ど有さない。分化細胞の例としては、上皮細胞、膵実質細胞、膵管細胞、肝細胞、血球、心筋細胞、骨格筋細胞、骨芽細胞、骨格筋芽細胞、ニューロン、血管内皮細胞、色素細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞が挙げられる。
【0042】
本明細書において用いる場合、用語「分化」または「細胞分化」は、形態および/または機能の質的相違を有する1つ以上の細胞タイプが、単個細胞の分裂に由来する娘細胞集団において発生する現象を指す。従って、「分化」は、特定の検出可能な特徴を初めは有さない細胞の集団(系統樹)が、特定のタンパク質の生産などの特徴を獲得するプロセスを含む。
【0043】
本明細書において用いる場合、用語「組織」は、多細胞生物における実質的に同じ機能および/または形態を有する細胞の集合体を指す。組織は、概して同じ起源の細胞の集合体であるが、それらの細胞が同じ機能および/または形状を有するのであれば異なる起源の細胞の集合体であってもよい。概して、組織は、器官の一部を構成する。
【0044】
本開示の様々な態様において任意の器官またはその一部を用いることができる。同様に、組織または細胞は、任意の器官に由来するものであり得る。本明細書において用いる場合、用語「器官」は、一定の機能が果たされる、個々の生物の特定部分に局在している形態学的に独立した構造を指す。多細胞生物(例えば、動物、植物)の場合、器官は、特別な様式で空間的に配列された幾つかの組織から成り、それぞれの組織は、多数の細胞から成る。そのような器官の一例としては、血管系に関する器官が挙げられる。1つの実施形態において、本開示の対象となる器官としては、皮膚、血管、角膜、腎臓、心臓、肝臓、臍帯、腸、神経、肺、胎盤、膵臓、脳、末梢四肢、網膜などを挙げることができるが、それらに限定されない。
【0045】
本明細書において用いる場合、用語「産物」は、対象となる生物またはその一部によって生産される物質を指す。そのような生産物質の例としては、遺伝子の発現産物、代謝産物、排泄物、タンパク質、化学物質、抗体、アルコール、酵素などが挙げられるが、それらに限定されない。遺伝形質の突然変異率を調節する1つの実施形態に従って、対象となる生物に産物のタイプおよび/または量を変更させることができる。
【0046】
本明細書において用いる場合の用語「タンパク質」、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「ペプチド」は、同じ意味を有するものであり、任意の長さを有するアミノ酸ポリマーを指す。このポリマーは、直鎖である場合もあり、分岐鎖である場合もあり、または環状鎖である場合もある。アミノ酸は、自然に発生するアミノ酸である場合もあり、または自然に発生しないアミノ酸である場合もあり、または変異アミノ酸である場合もある。この用語は、多数のポリペプチド鎖の複合体に組み立てられたものを含む場合がある。この用語は、自然に発生したか、または人工的に修飾されたポリマーも含む。そのような修飾としては、例えば、ジスルフィド結合形成、グリコシル化、脂質化、アセチル化、リン酸化、または任意の他の操作もしくは修飾(例えば、標識部分とのコンジュゲーション)が挙げられる。この定義は、例えば、少なくとも1つのアミノ酸類似体(例えば、自然に発生しないアミノ酸など)、ペプチド様化合物(例えば、ペプトイド)、および当分野において公知の他の変異体を包含する。1つの実施形態において、遺伝子産物は、ポリペプチドの形態である場合があり、医薬組成物として有用である場合がある。
【0047】
本明細書において用いる場合の用語「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」および「核酸」は、同じ意味を有するものであり、cDNA、mRNAおよびゲノムDNAをはじめとする任意の長さを有するヌクレオチドポリマーを指す。本明細書において用いる場合、核酸および核酸分子は、用語「遺伝子」の概念に含めることができる。所与の遺伝子の配列をコードする核酸分子は、「スプライス突然変異体(変異体)」を含む。類似して、核酸によってコードされた特定のタンパク質は、その核酸のスプライス変異体によってコードされた任意のタンパク質を包含する。「スプライス変異体」は、名前が示唆するように、遺伝子の選択的スプライシングの産物である。転写後、最初の核酸転写産物は、異なる(代替)核酸スプライス産物が異なるポリペプチドをコードするようにスプライスされるだろう。スプライス変異体の生産についてのメカニズムは様々であるが、エキソンの選択的スプライシングを含む。リードスルー転写による同じ核酸に由来する代替ポリペプチドもこの定義に包含される。スプライス産物の組み換え形態をはじめとするスプライシング反応の任意の産物をこの定義に含めることができる。従って、遺伝子は、本明細書ではスプライス突然変異体を含む場合がある。
【0048】
別の指示がない限り、特定の核酸配列は、明確に示す配列ばかりでなく、その保存修飾変異体(例えば、縮重コドン置換)および相補配列も暗黙のうちに含む。具体的には、1つ以上の選択された(またはすべての)コドンの三番目の位置が混合塩基および/またはデオキシイノシン残基で置換されている配列を生成することによって、縮重コドン置換を生じさせることができる(Batzerら,Nucleic Acid Res.19:5081(1991);Ohtsukaら,J.Biol.Chem.260:2605−2608(1985);Rossoliniら,Mol.Cell.Probes 8:91−98(1994))。
【0049】
本明細書において用いる場合、遺伝子(例えば、核酸配列、アミノ酸配列、またはこれらに類するもの)の「相同性」は、2つ以上の遺伝子配列間での同一率を指す。本明細書において用いる場合、配列(核酸配列、アミノ酸配列)の同一性は、2つ以上の比較対象となる配列間での同一配列(個々の核酸、アミノ酸)の率を指す。従って、2つの所与の遺伝子間の相同性が大きいほど、それらの配列間の同一性または類似性も大きい。2つの遺伝子が相同性を有するかどうかは、それらの配列を直接比較することによって、またはストリンジェントな条件下でのハイブリダイゼーション法によって決定される。2つの遺伝子配列を互いに直接比較するとき、これらの遺伝子は、それらの遺伝子のDNA配列が互いとの少なくとも50%、少なくとも70%、少なくとも80%、90%、95%、96%、97%、98%、または99%の同一性を典型的に有する場合、相同性を有する。本明細書において用いる場合、遺伝子(例えば、核酸配列、アミノ酸配列、またはこれらに類するもの)の「類似性」は、上で説明した相同性に関して保存的置換が陽性(同一)とみなされるときの2つ以上の配列間の同一率を指す。従って、相同性と類似性は、保存的置換の存在の点で互いに異なる。保存的置換が存在しない場合、相同性と類似性は、同じ値を有する。
【0050】
本明細書において用いる場合、用語「プライマー」は、高分子合成酵素反応において、高分子化合物を合成する反応の開始に必要な物質を指す。核酸分子を合成するための反応では、合成することとなる高分子化合物の一部に相補的である核酸分子(例えば、DNA、RNA、またはこれらに類するもの)を用いることができる。
【0051】
プライマーとして通常用いられる核酸分子としては、対象となる遺伝子の核酸配列に相補的である、少なくとも8連続ヌクレオチド長を有する核酸配列を有するものが挙げられる。そのような核酸配列は、好ましくは、少なくとも9連続ヌクレオチド長、さらに好ましくは、少なくとも10連続ヌクレオチド長、さらにいっそう好ましくは、少なくとも11連続ヌクレオチド長、少なくとも12連続ヌクレオチド長、少なくとも13連続ヌクレオチド長、少なくとも14連続ヌクレオチド長、少なくとも15連続ヌクレオチド長、少なくとも16連続ヌクレオチド長、少なくとも17連続ヌクレオチド長、少なくとも18連続ヌクレオチド長、少なくとも19連続ヌクレオチド長、少なくとも20連続ヌクレオチド長、少なくとも25連続ヌクレオチド長、少なくとも30連続ヌクレオチド長、少なくとも40連続ヌクレオチド長、および少なくとも50連続ヌクレオチド長を有する。プライマーとして使用される核酸配列としては、上で説明した配列との少なくとも70%、さらに好ましくは少なくとも80%、さらにいっそう好ましくは少なくとも90%、および最も好ましくは少なくとも95%相同性を有する核酸配列が挙げられる。プライマーとして適切な配列は、合成(増幅)されることとなる配列の特性に依存して変わるだろう。当業者は、対象となる配列に依存して適切なプライマーを設計することができる。そのようなプライマー設計は、当分野において周知であり、手作業で行われる場合もあり、またはコンピュータプログラムを用いて行われる場合もある。
【0052】
本明細書において用いる場合、用語「変異体」は、元の物質とは部分的に異なる物質、例えばポリペプチドまたはポリヌクレオチドを指す。そのような変異体の例としては、置換変異体、付加変異体、欠失変異体、トランケート型変異体、対立遺伝子変異体などが挙げられる。そのような変異体の例としては、1つもしくは幾つかの置換、付加および/もしくは欠失を有するヌクレオチドもしくはポリペプチド、または基準核酸分子もしくはポリペプチドに関して少なくとも1つの置換、付加および/もしくは欠失を有するヌクレオチドもしくはポリペプチドが挙げられるが、それらに限定されない。変異体は、基準分子(例えば、野生型分子など)の生物活性を有する場合もあり、または有さない場合もある。目的に依存して、変異体に追加の生物活性が付与される場合もあり、または生物活性の一部がない場合もある。そのような設計は、当分野において周知の技術を用いて行うことができる。あるいは、その特性が既知である変異体を、それらの変異体を生産する生物から単離することによって得ることができ、その変異体の核酸配列を増幅して、配列情報を得ることができる。従って、宿主細胞については、異種に由来する対応遺伝子またはそれらの産物を「変異体」とみなす。
【0053】
本明細書において用いる場合の用語「核酸分子」は、その核酸によって発現されるポリペプチドが、上で説明したような自然に発生するポリペプチドのものと実質的に同じ活性を有するならば、自然に発生する核酸配列の一部分が欠失されている、または他の塩基(単数もしくは複数)で置換されている、または追加の核酸配列が挿入されているものを含む。あるいは、追加の核酸をその核酸の5’末端および/または3’末端に連結させることができる。核酸分子は、ストリンジェントな条件下でポリペプチドをコードする遺伝子にハイブリダイズすることができるもの、および実質的に同じ機能を有するポリペプチドをコードするものを包含し得る。核酸は、周知のPCR法、すなわち化学合成、によって得ることができる。この方法を、例えば、部位特異的突然変異誘発およびハイブリダイゼーションと併用することができる。
【0054】
本明細書において用いる場合、ポリペプチドまたはポリヌクレオチドについての用語「置換」、「付加」または「欠失」は、それぞれ、元のポリペプチドまたはポリヌクレオチドに関するアミノ酸もしくはその代用品またはヌクレオチドもしくはその代用品の置換、付加または欠失を指す。これは、部位特異的突然変異誘発技術をはじめとする当分野において周知の技術によって達成することができる。ポリペプチドまたはポリヌクレオチドは、任意の数(>0)の置換、付加または欠失を有してもよい。この数は、意図した機能(例えば、ホルモンおよびサイトカインの情報伝達機能など)を維持する変異体が有するそのような置換、付加または欠失数と同じほども大きい場合がある。例えば、そのような数は、1である場合もあり、または幾つかである場合もあり、好ましくは、完全長の20%もしくは10%の範囲内、または100以下、50以下、または25以下である場合がある。
【0055】
用語「ベクター」または「組換えベクター」または「発現ベクター」または「ミューテーターベクター」は、対象となるポリヌクレオチド配列をターゲット細胞に移入することができるベクターを指す。そのようなベクターは、または自己複製できる場合もあり、宿主細胞(例えば、酵母、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、個々の動物、および個々の植物など)の染色体に組み込むことができる場合もあり、およびポリヌクレオチドの転写に適する部位にプロモーターを含有する。クローニングに適するベクターは、「クローニングベクター」と呼ばれる。そのようなクローニングベクターは、多数の制限部位を含有する多数のクローニング部位を通常は含有する。制限部位および多数のクローニング部位は、当分野において周知であり、および目的に依存して適切にまたは任意に使用することができる。そのようなベクターとしては、例えば、プラスミドおよびウイルスベクターが挙げられる。生物(例えば、植物)発現ベクターのタイプおよび調節要素のタイプが宿主細胞に依存して変わり得ることは、当業者には周知である。
【0056】
ベクターは、部位特異的組換えまたはランダム挿入によって宿主のゲノムにヌクレオチド配列を導入することができる組み込みタイプのベクターを包含し得る。組み込みタイプのベクターは、相同組み換えを用いてミューテーター遺伝子をゲノムターゲット部位、例えばDNAポリメラーゼ遺伝子、に挿入することができる。組換えタイプのベクターとしては、全ミューテーター遺伝子、ミューテーター遺伝子フラグメント、および相同組み換えを可能にするために用いることができる隣接ヌクレオチドを有するミューテーター遺伝子を挙げることができる。
【0057】
他のベクターは、宿主生物におけるトランスジーンの発現を調節することができる誘導性の系を含む誘導性ベクターであり得る。誘導性ベクターとしては、ガラクトース誘導性GAL1:URA3発現系、Cre/loxP系またはテトラサイクリン誘導性発現系を挙げることができる。
【0058】
本明細書において用いる場合、用語「プラスミド」は、染色体から離れて存在し、自律複製する、遺伝因子を指す。具体的に述べると、ミトコンドリアおよび細胞核の葉緑体に含まれているDNAは、一般に、オルガネラDNAと考えられ、プラスミドとは区別される、すなわち、本明細書において用いる場合の用語「プラスミド」の定義の中に含まれない。プラスミドベクターは、宿主においてプラスミドの半独立複製を可能にする複製起点から成る場合がある。プラスミドは、それらのコピー数の点で様々であり得、該コピー数は、それらが緩い条件下にあるのか、またはストリンジェントな条件下にあるのかを決めるそれらが含有する複製起点に依存する。一部のプラスミドは、高コピープラスミドであり、それらを宿主細胞内で非常に高いコピー数に到達させる突然変異を有する。他のプラスミドは、低コピープラスミドである場合があり、細胞あたり非常に低いコピー数で維持されることが多い。
【0059】
本明細書において用いる場合、用語「プロモーター」は、遺伝子の転写の開始部位を決める塩基配列であって、転写頻度を直接調節するDNA領域である塩基配列を指す。転写は、プロモーターに結合しているRNAポリメラーゼによって開始される。従って、プロモーターとして機能する所与の遺伝子の部分を本明細書では「プロモーター部分」と呼ぶ。プロモーター領域は、通常、推定タンパク質コーディング領域の第一エキソンの約2kbp上流の範囲内に位置する。従って、DNA分析ソフトウェアを使用してゲノム塩基配列内のタンパク質コーディング領域を予測することにより、プロモーター領域を推定することができる。推定プロモーター領域は、通常、構造遺伝子の上流に位置するが、その構造遺伝子、すなわち推定プロモーター領域に依存して、構造遺伝子の下流に位置する場合もある。特定のプロモーターの制御下に遺伝子を置くことによって、一定の条件下でのそのような遺伝子の発現を調節することができる。
【0060】
本明細書において用いるような分子生物学技術、生化学技術、微生物技術、および細胞生物学技術は、当分野において周知であり、一般に使用されており、例えば、Sambrook,J.ら(1989),Molecular Cloning:A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor、およびその第3版(2001);Ausubel,F.M.(1987),Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates and Wiley−Interscience;Ausubel,F.M.(1989),Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates and Wiley−Interscience;Innis,M.A.(1990),PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications,Academic Press;Ausubel,F.M.(1992),Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Ausubel,F.M.(1995),Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Innis,M.A.ら(1995),PCR Strategies,Academic Press;Ausubel,F.M.(1999),Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Wiley,and annual updates;Sninsky,J.J.ら(1999),PCR Applications:Protocols for Functional Genomics,Academic Press;別冊実験医学、遺伝子導入&発現解析実験法、羊土社(Special issue,Experimental Medicine,Experimental Methods for Gene introduction & Expression Analysis,Yodo−sha)(1997)に記載されている。これらの出版物それぞれの全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0061】
人工合成遺伝子を作製するためのDNA合成技術および核酸化学は、例えば、Gait,M.J.(1985),Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Gait,M.J.(1990),Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Eckstein,F.(1991),Oligonucleotides and Analogues:A Practical Approach,IRL Press;Adams,R.L.ら(1992),The Bio−chemistry of the Nucleic Acids,Chapman & Hall Shabarova,Z.ら(1994),Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids,Weinheim;Blackburn,G.M.ら(1996),Nucleic Acids in Chemistry and Biology,Oxford University Press;Hermanson,G.T.(1996),Bioconjugate techniques,Academic Pressに記載されており、これらは参照により本明細書に組み込まれる。
【0062】
進化を方向づけるための方法
本明細書による生物の進化を方向づけるための方法は、生物の突然変異率の修飾を含む。詳細には、本明細書に記載するような生物の突然変異率の修飾は、1つ以上のミューテーター遺伝子を生物に、それら1つ以上のミューテーター遺伝子の発現を生じさせる結果となるように、およびその親生物を基準にしてそのDNA突然変異率の増加を生じさせる結果となるように、導入することを含む。1つの実施形態において、1つ以上のミューテーター遺伝子は、その発現がその生物のDNAポリメラーゼ機能を改変する、突然変異DNAポリメラーゼを含む。1つのそのような実施形態において、突然変異DNAポリメラーゼは、低忠実度突然変異体である。もう1つのそのような実施形態において、突然変異DNAポリメラーゼは、エキソヌクレアーゼ欠損突然変異体である。さらにもう1つのそのような実施形態において、1つ以上のミューテーター遺伝子は、低忠実度突然変異体である少なくとも1つの突然変異DNAポリメラーゼと、エキソヌクレアーゼ欠損突然変異体である少なくとも1つのDNAポリメラーゼとを含む。尚、さらなる実施形態において、生物への1つ以上のミューテーター遺伝子の導入は、低忠実度突然変異体とでもありエキソヌクレアーゼ欠損突然変異体でもある少なくとも1つの突然変異DNAポリメラーゼの誘導を含む。
【0063】
さまざまな異なるDNAポリメラーゼが当分野において公知である。それらの触媒性サブユニットの一次構造の相違に基づき、DNAポリメラーゼは、幾つかの異なるファミリーに分類される。ファミリーAは、Pol Iをコードする大腸菌polAにちなんで名づけられている。ファミリーAメンバーとしては、バクテリオファージT7複製ポリメラーゼおよび真核細胞ミトコンドリアポリメラーゼガンマ、ならびにヒトポリメラーゼPolシータおよびPolニューも挙げられる。ファミリーBポリメラーゼとしては、大腸菌Pol II、polB遺伝子の産物、および真核細胞ポリメラーゼアルファ、デルタ、エプシロン、ゼータが挙げられる。ファミリーCポリメラーゼとしては、触媒性サブユニットがpolC遺伝子によってコードされる大腸菌複製ポリメラーゼPol IIIが挙げられる。
【0064】
大腸菌は、少なくとも3つのDNAポリメラーゼ、DNAポリメラーゼI、IIおよびIII、を有する。DNAポリメラーゼIは、DNA修復、組換え、および岡崎フラグメント突然変異に関与する。DNAポリメラーゼIIは、DNA修復に関与する。DNAポリメラーゼIIIは、染色体DNA複製および修復に関与する。これらのポリメラーゼ酵素は、それぞれ、幾つかのタンパク質を含むサブユニット構造を有し、その構造に従ってコア酵素またはホロ酵素に類別される。コアポリメラーゼ酵素は、アルファ、エプシロンおよびシータサブユニットから成る。ホロ酵素は、アルファ、エプシロンおよびシータサブユニットに加えてタウ、ガンマ、デルタおよびベータ成分を含む。
【0065】
真核細胞は、DNAポリメラーゼアルファ、ベータ、デルタ、ガンマおよびエプシロンをはじめとする(しかし、これらに限定されない)多数のDNAポリメラーゼを有する。動物における公知ポリメラーゼとしてはDNAポリメラーゼアルファが挙げられ、これは、核DNAの複製に関与する場合があり、および細胞増殖期のDNA複製に一定の役割を果たす場合がある。DNAポリメラーゼベータは、増殖期および静止期における核内DNA修復および損傷DNAの修復に関与する場合がある。DNAポリメラーゼガンマは、ミトコンドリアDNAの複製および修復に関与する場合があり、エキソヌクレアーゼ活性を有する。DNAポリメラーゼデルタは、核DNAの複製に関与する場合があり、およびラギング鎖のDNA伸長に一定の役割を果たす場合があり、およびエキソヌクレアーゼ活性も含む。DNAポリメラーゼエプシロンは、核DNAの複製に関与する場合があり、およびリーディング鎖のDNA伸長に一定の役割を果たす場合があり、およびエキソヌクレアーゼ活性を有する。
【0066】
グラム陽性菌、グラム陰性菌、および真核生物におけるDNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ機能は、エキソヌクレアーゼ機能の精度に対して影響を及ぼし得る3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性中心に一定の役割を有するExo Iモチーフを有するアミノ酸配列を含む可能性が高い。大腸菌などのグラム陰性菌には、2つのポリメラーゼタンパク質、すなわち、エキソヌクレアーゼ活性を有する分子とDNA合成活性を有する分子、がある。しかし、グラム陽性菌および真核生物の場合、単一のDNAポリメラーゼが、DNA合成活性とエキソヌクレアーゼ活性の両方を有する。
【0067】
DNAポリメラーゼは、DNA複製中に正しいヌクレオチドを選択するポリメラーゼの能力を含むポリメラーゼ活性部位の忠実機能も含む場合がある。DNAポリメラーゼ活性部位としては、例えば、Polデルタ触媒性サブユニットの領域が挙げられる。
【0068】
DNAポリメラーゼ変異体は、原核および真核生物において見つけられている。多数の複製DNAポリメラーゼは、プルーフリーディングまたはエキソヌクレアーゼ機能を有する、すなわち、3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性によって誤りを除去して無謬性(error−free)複製を行う。誤りがちな(error−prone)DNAポリメラーゼ変異体は、複製中にヌクレオチド配列突然変異を生じさせる結果となり得る、損傷したか、または誤動作するエキソヌクレアーゼ機能を有する場合がある。あるいは、誤りがちなDNAポリメラーゼ変異体は、同じく複製中にヌクレオチド配列突然変異を生じさせる結果となり得る、野生型より低い複製忠実度を示す低忠実度突然変異体である場合がある。相補ヌクレオチド塩基対を生じさせるそのエキソヌクレアーゼ機能および/または忠実度のいずれかまたは両方を修飾することによって誤りがちになり得る任意のDNAポリメラーゼを、本明細書に記載する定方向進化のための方法では、ミューテーター遺伝子として使用することができる。本明細書に従って生物に導入される突然変異DNAポリメラーゼは、異種DNAポリメラーゼである場合もあり、またはその生物に内在するDNAポリメラーゼDNAポリメラーゼの突然変異変種である場合もある。さらに、本明細書に記載するような突然変異DNAポリメラーゼを獲得するために必要な修飾は、当分野において周知の生物学的技術によって行うことができる。
【0069】
エキソヌクレアーゼ欠損突然変異DNAポリメラーゼは、例えば、例えばPolデルタ、Polエプシロンおよび/またはPolガンマDNAポリメラーゼのExo I、Exo IIおよび/もしくはExo IIIモチーフまたは他のエキソヌクレアーゼ機能活性部位を修飾することなどによりポリメラーゼの3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性を修飾するDNAポリメラーゼをコードする遺伝子に1つ以上の突然変異を導入することによって、生成することができる。エキソヌクレアーゼ欠損突然変異DNAポリメラーゼを生じさせる結果となる例示的突然変異は、本明細書に提供する実験例に関連して詳細に説明する。エキソヌクレアーゼ欠損突然変異DNAポリメラーゼをもたらす追加の突然変異は、例えば、Shevelev,IV and U.Hubscher,「The 3’5’exonucleases」,Nat.Rev.Mol.Cell Biol.,2002 May;3(5):364−76に記載されており、これは参照により本明細書に組み込まれる。さらに、図3に示すように、矢印によって示すものなどのDNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼドメインExo I、Exo IIおよびExo IIIは、酵母S.セレビジエ(S.cerevisiae)(Sc)、酵母ピチア・スチピチス(Pichia stipitis)(Ps)、酵母シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)(Sp)、真菌トリポクラジウム・インフラタム(Tolypocladium inflatum)(Tc)、タバコ植物タバコ(Nicotiana tobacum)(Nt)、植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)(At)、チャイニーズハムスター・チャイニーズハムスター(Cricetulus griseus)(Cg)、マウス・ハツカネズミ(Mus musculus)(Mm)、ホモサピエンス(Homo sapiens)(Hs)および細菌大腸菌(Echerichia coli)(Ec)などの多数の種にわたって保存される。
【0070】
低忠実度DNAポリメラーゼを生じさせる結果となる例示的突然変異は、本明細書に提供する実験例に関連して詳細に説明する。1つの実施形態では、DNAポリメラーゼによる基質認識増加を生じさせる結果となる突然変異をポリメラーゼ低忠実度突然変異とみなす場合がある。より詳細には、基質認識部位および/または活性部位での1つ以上の突然変異がポリメラーゼ低忠実度突然変異の例である場合がある。DNAポリメラーゼの基質認識部位は、例えば、Reha−Krantz and Nonay,「Motif A of Bacteriophage T4 DNA polymerase:Role in Primer Extension and DNA Replication Fidelity」,J.Biol.Chem.,1994 Feb.25;269(8):5635−43、Liら,「Sensitivity to Phosphonoacetic Acid:A New Phenotype to Probe DNA Polymerase delta in Saccharomyces cerevisiae」,Genetics,2005 Jun.;170:569−580、Venkatesanら,「Mutator phenotypes caused by substitution at a conserved motif A residue in eukaryotic DNA polymerase delta」,J.Biol.Chem.,2006 Feb.17;281(7):4486−94、Pursellら,「Regulation of B family DNA polymerase fidelity by a conserved active site residue:characterization of M644W,M644L and M644F mutants of yeast DNA polymerase epsilon」,N.A.R.2007 Apr.22;35(9):3076−86、McElhinnyら,「Inefficient Proofreading and Biased Error Rates during Inaccurate DNA Synthesis by a Mutant Derivative of Saccharomyces cerevisiae DNA polymerase delta」J.Biol.Chem.,2007 Jan.26;282(4):2324−32に記載されており、これらは参照により本明細書に組み込まれる。
【0071】
1つの実施形態において、ミューテーター遺伝子は、3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性を減少させることにより酵母におけるDNAポリメラーゼのExo IモチーフまたはCHO細胞におけるDNAポリメラーゼのExo IIモチーフのエキソヌクレアーゼ機能を損なわせる突然変異を含む。もう1つの実施形態において、ミューテーター遺伝子は、DNAポリメラーゼのMotif AサブユニットまたはMotif Bサブユニットの塩基対整合忠実度を損なわせる突然変異を含む。さらにもう1つの実施形態において、ミューテーター遺伝子は、大腸菌におけるDNAポリメラーゼB遺伝子(PolII)の機能を操作することができる1つ以上の突然変異を含む場合がある。さらにもう1つの実施形態において、ミューテーター遺伝子は、枯草菌(B.subtilis)におけるDNAポリメラーゼIII遺伝子の機能を改変し得る1つ以上の突然変異を含む場合がある。これらの例から明らかであるように、3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性にとっておよびポリメラーゼ忠実度にとって不可欠であり、それらの原因となるアミノ酸残基は、異なるファミリーに属するポリメラーゼにわたって保存される。従って、本発明の範囲としては、特定のポリメラーゼファミリーに限定されない。
【0072】
1つの実施形態において、本明細書に記載するような方法においてミューテーター遺伝子として使用される突然変異DNAポリメラーゼは、ターゲット生物において特定の突然変異率を生じさせる。例えば、本明細書に記載するような定方向進化のための方法において使用されるミューテーター遺伝子は、1世代または1細胞分裂につき1より多くの突然変異を生じさせる、低忠実度突然変異体でもありエキソヌクレアーゼ欠損突然変異体でもある、DNAポリメラーゼである場合がある。1つのそのような実施形態において、ミューテーター遺伝子は、DNA複製1回につき、少なくとも2、3、4、5、6、7、8、9もしくは10のミスマッチ塩基、または少なくとも15、20、25、50および100のミスマッチ塩基を生じさせる。あるいは、本明細書に記載するような定方向進化のための方法において使用されるミューテーター遺伝子は、生物においてその親株を基準にして突然変異率のおおよそ2倍増加から最大で100,000倍増加にわたる突然変異率をもたらす、低忠実度突然変異体でもありエキソヌクレアーゼ欠損突然変異体でもある、DNAポリメラーゼである場合がある。1つのそのような実施形態において、ミューテーター遺伝子は、その親株の突然変異率よりおおよそ2倍からおおよそ1,000倍にわたって大きい突然変異率増加をもたらす。もう1つの実施形態において、ミューテータープラスミドは、その親株の突然変異率よりおおよそ10、20、30、40、50、60、70、80、100、120、140、160、170、190、200、250、300、350および400倍大きい増加された突然変異率をもたらす。
【0073】
1つの実施形態では、例えば薬物耐性を指標として用いるインビボ正突然変異アッセイを用いて、突然変異率を計算することができる。このアッセイでは、該当遺伝子が機能不全または突然変異を有するとき、突然変異体、すなわち薬物耐性、が出現し得る。もう1つの実施形態では、インビボ復帰突然変異アッセイを用いて突然変異率を計算することができる。復帰突然変異アッセイでは、該当遺伝子が、ヌクレオチド配列の突然変異に起因して機能を回復したとき、突然変異体が出現し得る。正突然変異アッセイは、復帰突然変異アッセイより高い感度を有するだろう。
【0074】
本発明の方法を実施する際、従来の技術を用いて、1つ以上のミューテーター遺伝子の導入を行うことができる。生物への外来遺伝子の導入および発現のための任意の適する技術、例えば、十分に確立されている形質転換、形質導入およびトランスフェクション法を用いて、本明細書に記載する1つ以上のミューテーター遺伝子をターゲット生物に一過的にまたは安定的に導入することができる。そのような核酸分子導入技術は、当業者には容易に利用でき、および例えば、Ausubel,F.A.ら,editors,(1988),Current Protocols in Molecular Biology,Wiley,New York,N.Y.;Sambrook,J.ら (1987),Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第2版、およびその第3版(2001),Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.;別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社(Special issue,「Experimental Medicine,Experimental Methods for Gene introduction & Expression Analysis」,Yodo−sha)(1997)に記載されている。さらに、1つ以上のミューテーター遺伝子の導入は、同じく十分に確立されている方法によって、例えば、ノーザンブロッティング分析、ウエスタンブロッティング分析、または他の周知の一般的技術によって、確認することができる。形質転換植物を生産するように細胞を分化させるための技術、およびそのような形質転換植物から種子を得るための方法も、本明細書に引用する文献に記載されている。
【0075】
1つの実施形態において、一過性ミューテーター遺伝子発現系を用いてミューテーター遺伝子を宿主細胞において発現させることができる。この系を用いると、ミューテーター遺伝子は、生物のゲノムに導入されることなく、ミューテーターベクターから発現される。一過性ミューテーター遺伝子発現系の一部として、ミューテーター遺伝子、またはミューテーター遺伝子フラグメントは、プロモーター配列を含む場合がある。野生型プロモーター、構成的発現プロモーター、誘導性プロモーター、または当業者に公知の他のプロモーターをはじめとする種々のプロモーターを使用することができる。特定の実施形態において、ポリメラーゼは、ガラクトースの存在または不在によって制御されるGAL1誘導性プロモーターである場合がある。
【0076】
プロモーターの選択は、発現ベクターからのミューテーター遺伝子の発現レベルに影響を及ぼすだろう。1つの特定の実施形態では、弱いまたは強いプロモーターを中等度のミューテーター遺伝子と併用して、より弱いまたはより強いミューテーター表現型を得ることができる。さらにもう1つの実施形態では、弱いプロモーターを強いまたは弱いミューテーター遺伝子と併用する場合がある。
【0077】
ミューテーターベクターは、そのミューテーターベクターで首尾よく形質転換された生物を選択するために、ミューテーター遺伝子と共に選択マーカーも含む場合がある。1つの実施形態において、選択マーカーは、抗生物質耐性遺伝子、例えば、アンピシリン耐性遺伝子またはゲネチシン耐性遺伝子である場合がある。もう1つの実施形態において、選択マーカーは、例えばURA3またはLEU2などの、栄養要求性マーカー遺伝子である場合がある。
【0078】
もう1つの実施形態において、ミューテーターベクターは、宿主生物におけるそのミューテーターベクターの安定性の一助となる複製起点を含む場合がある。複製起点は、宿主生物に由来する場合もあり、近縁種に由来する場合もあり、または他の適する源に由来する場合もある。1つの特定の例では、ARS1低コピー、または2um ori高コピー複製起点配列を有するミューテーターベクターで、酵母細胞を形質転換することができる。もう1つのそのような実施形態において、ミューテーターベクターは、ColE1中等度コピーまたはpUC高コピー複製起点配列を含む場合がある。ミューテーターベクターは、細胞分裂中に宿主生物集団においてベクターを維持するのに役立つセントロメア配列を含む場合もある。
【0079】
ミューテーターベクターおよびその特定の特性、例えば所望のプロモーター、複製起点、選択マーカーなど、の選択は、宿主細胞の形質転換法、宿主細胞の倍数性、宿主細胞のゲノムサイズ、ならびに/または宿主細胞が用いるDNA複製および修復メカニズムに依存するだろう。このように、宿主生物において所望の突然変異率を最高に支持するようにミューテーターベクターを個別修正することができる。
【0080】
所望の形質を発現するように生物の進化を方向づける1つの実施形態では、突然変異生物を特定の選択条件なしで成長させる。特定の選択条件がないと、ミューテーター遺伝子を有する生物は、促進突然変異率のため遺伝的変異を積み重ね、その促進突然変異率が、所望の形質を有する生物をもたらす。その後、それらの突然変異生物を所望の形質についてスクリーニングし、所望の形質を明示する生物(単数または複数)を選択する。1つのそのような実施形態では、ミューテーター遺伝子で形質転換させた生物を選択条件なしで成長させ、その後、より効率的に成長する能力、または所望の産物もしくは新たな産物をより良好に生産する能力について選択する。
【0081】
所望の形質を有する突然変異生物のスクリーニングおよび選択は、様々な周知の方法によって遂行することができる。1つの実施形態では、1つ以上のミューテーター遺伝子を有するターゲット生物を選択条件に暴露する場合があり、該選択条件を用いて、所望の形質を有する生物をスクリーニングおよび単離することができる。選択条件は、例えば、所望の物理的成長条件、一定の化学物質の存在、特定の生物学的条件、またはそれらの組み合わせから選択することができる。選択条件を用いる生物のスクリーニングは、独立して用いることができ、または他のスクリーニング法と併用することができる。
【0082】
1つの実施形態において、所望の物理的成長条件としては、特定のpHまたは所望のpH値範囲を挙げることができる。もう1つの実施形態において、物理的成長条件は、生物の成長中に経験される、特定の温度もしくは温度範囲、所望の気圧、または他の物理的条件およびそれらの組み合わせを挙げることができる。
【0083】
1つの実施形態では、化学物質の存在下または不在下で、生物のスクリーニングおよび選択を行うことができる。1つの実施形態において、化学的選択条件は、1つ以上の栄養素もしくは他の選択成長培地であり、ならびに/またはホルモン、成長因子、有機溶媒、抗体、ハロゲン化化合物、芳香族化合物、除草剤、類似体もしくは他の適する化学的条件の存在もしくは不在である。
【0084】
もう1つの実施形態では、所望の生物学的形質を有する突然変異生物を、それらの生物を生物学的選択条件、例えばその生物の高い個体群密度、に暴露すること、またはそれらの生物を他の種もしくはタイプの生物の存在に暴露することによってスクリーニングすることができる。生物を、高い個体群密度に耐えるそれらの能力に従って選択してもよいし、または医薬化合物などの所望の産物を生産するそれらの能力に従って選択してもよい。これらの生物学的選択条件下で生き残る生物は、限られた資源に対する競争に勝つそれらの能力のため、および/またはそれらが周囲の生物と相互依存的にもしくは協力して成長するため、生き残ることができる。所望の形質を明示する突然変異生物をさらなる研究および/または使用のために選択し、単離することができる。
【0085】
1つの実施形態において、1つ以上のミューテーター遺伝子の導入には、ターゲット生物のゲノムの追加の突然変異または遺伝子修飾も付随する場合がある。例えば、ターゲット生物をミューテーター遺伝子で形質転換すると共に、ターゲット生物のゲノム上の所望の位置で遺伝子修飾することもできる。遺伝子修飾としては、ノックダウン突然変異、点突然変異、ミスセンス突然変異、サイレント突然変異、フレームシフト突然変異、ナンセンス突然変異、ヌクレオチドの挿入または欠失、機能喪失突然変に、機能獲得突然変異、およびドミナントネガティブ突然変異を挙げることができる。より効率的な成長および所望の産物または化合物の生産をはじめとする所望の形質について遺伝子修飾生物をスクリーニングすることができる。
【0086】
ベクターを使用してターゲット生物に1つ以上のミューテーター遺伝子を導入する場合、当業者に利用可能な標準的な技術、方法およびツールを用いてそのベクターを構築することができる。構築されたベクターの導入に適する任意の方法を用いて、1つ以上のミューテーター遺伝子をその生物に導入することができる。例えば、リン酸カルシウム法、DEADデキストラン法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン(遺伝子銃)法、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法(Methods.Enzymol.,194,182(1990))、リポフェクション法、スフェロプラスト法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,84,1929(1978))、または酢酸リチウム法(J.Bacteriol.,153,163(1983))を用いることができる。
【0087】
加えて、当分野において周知の方法によって、例えば、アグロバクテリウム(Agrobacterium)を使用する方法および直接挿入法によって、植物発現ベクターを植物細胞に導入することができる。アグロバクテリウムを使用する方法の例は、例えば、Nagelら(1990).Microbiol.Lett.,67,325に記載されている。そのような方法では、植物に適する発現ベクターをエレクトロポレーションによってアグロバクテリウムに挿入し、その形質転換アグロバクテリウムを、例えば、Gilvinら,eds,(1994),Plant Molecular Biology Manual(Kluwer Academic Press Publishers)に記載されている方法によって植物細胞に導入する。1つの実施形態では、カリフラワーモザイクウイルス35S(Cauliflower Mosaic Virus 35S:CaMV35S)プロモーターを含有するpBL121ベクターを用いてミューテーター遺伝子を植物に導入することができる。植物細胞に植物発現ベクターを直接導入するための方法の例としては、エレクトロポレーション(Shimamotoら(1989),Nature,338:274−276;およびRhodesら(1989),Science,240:204−207)、パーティクルガン法(Christouら(1991),Bio/Technology 9:957−962)、ならびにポリエチレングリコール法(PEG)法(Dattaら(1990),Bio/Technology 8:736−740)が挙げられる。これらの方法は、当分野において周知であり、それらの中で、形質転換するべき植物に適する方法を適切に選択することができる。
【0088】
当分野において周知のものに従って適切なベクターを、所望の宿主および複製または組み込み方法に応じて選択することができる。例えば、所望の酵母株において自己複製ベクターを使用することができる。もう1つの実施形態では、複製起点が不明の生物において組み込みタイプのベクターを使用することができる。1つのそのような実施形態では、組み込みタイプのベクターを部位特異的相同組み換えに用いることができる。もう1つのそのような実施形態では、組み込みタイプのベクターを非特異的ランダム組み込みに用いることができる。さらにもう1つの実施形態では、loxP配列を含むベクターを使用して、宿主生物からの組換えDNA配列の切除を助長することができる。
【0089】
もう1つの実施形態では、ベクタータイプの1つ以上の組み合わせを選択することにより、生物の突然変異率を適度にすることができる。1つのそのような実施形態では、宿主細胞生物および成長条件に依存して、1つ以上のベクターおよびプロモーターを選択することができる。もう1つのそのような実施形態では、低コピー・プラスミド・ベクターを使用する場合がある。低コピープラスミドは、高コピープラスミドと比較して、より安定な表現型および効率的なキュアリング速度を有するだろう。従って、なるべく低コピープラスミドを選択するようが好ましいだろう。他の実施形態では、宿主細胞生物および成長条件に依存して、異なる強度のプロモーターを選択してミューテーター表現型の強度を調節することができる。
【0090】
本明細書に記載するような1つ以上のミューテーター遺伝子の導入は、生物の内在性DNAポリメラーゼ遺伝子の1つ以上を突然変異コピーで置換する必要がない。1つ以上のミューテーター遺伝子の導入が、生物ゲノムへの1つ以上のミューテーター遺伝子の組み込みを含む場合であっても、DNAポリメラーゼを発現する生物の内在性遺伝子を置換するかまたはそれらに影響を及ぼすことはその導入のターゲットにならない。それにもかかわらず、本明細書に提供する実験例によって裏付けられるように、ターゲット生物の定方向進化を助長する有意に増加された突然変異率が、本明細書に記載する1つ以上のミューテーター遺伝子の導入によって達成される。本明細書において詳述する方法は、DNAポリメラーゼ酵素をコードする生物の内在性遺伝子の改変を必要としない定方向進化のための方法を提供する。結果として、本明細書に記載する方法は、1つ以上の所望の形質を有する生物の定方向進化および選択を可能にするばかりでなく、その生物の野生型突然変異率への回復も助長する。
【0091】
その進化した生物において修飾された突然変異率がもはや望まれない場合、野生型突然変異率を回復させることができる。野生型突然変異率の回復は、1つ以上のミューテーター遺伝子を生物から除去する、不活性化するかまたは不能にする任意のプロセスによって遂行することができる。例えば、生物のミューテーター遺伝子を含む内在プラスミドをキュアリングするためのまたは宿主ゲノムからミューテーター遺伝子を別様に除去することによる十分に確立されているプロセスを用いて、野生型突然変異率を回復させることができる。あるいは、1つ以上のミューテーター遺伝子を導入するために使用するベクターを、それら1つ以上のミューテーター遺伝子の発現を特定の条件下で誘導できるように、構築することができる。そのような場合、ミューテーター遺伝子産物の転写または翻訳を生じさせる結果とならない条件に生物を付すことによって、野生型突然変異率の回復を達成することができる。
【0092】
本明細書に記載する方法は、例えば、真核多細胞および単細胞生物、植物ならびに原核生物をはじめとする様々な生物に適用することができる。本明細書に提供する方法を適用することができる真核細胞の具体的な例としては、マウス骨髄腫細胞、ラット骨髄腫細胞、マウスハイブリドーマ細胞、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、ベビーハムスター腎臓(BHK)細胞、アフリカミドリザル腎細胞、ヒト白血病細胞、ヒト大腸癌細胞、タバコ植物細胞、真菌、および他の真核細胞が挙げられるが、これらに限定されない。真核細胞および細胞系の追加の例としては、ヒト胎児腎細胞系HEK293、ヒーラ細胞系、ヒトリンパ球(B細胞およびT細胞を含む)、ヒトハイブリドーマ細胞、ヒト骨髄腫細胞、誘導多能性幹(iPS)細胞、胚性幹(ES)細胞などが挙げられる。代替実施形態では、Sf9(ヨトウガ(Spodoptera frugiperda))細胞およびS2(キイロショウジョウバエ(D.melanogaster))細胞などの昆虫細胞を使用する場合がある。
【0093】
以下の実施例において使用する細胞についての株の名称、例えばSYD62D−1A、は、GenBankアクセッション番号を指すものである。
【実施例】
【0094】
実施例1
サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)(S.セレビジエ(S.cerevisiae))pol3ミューテーターベクターの生成
S.セレビジエにおけるPOL3遺伝子は、2つの機能性ドメイン、3’〜5’エキソヌクレアーゼおよび5’〜3’ポリメラーゼドメイン、を含有する酵母DNAポリメラーゼデルタの触媒性サブユニットをコードする(参照により本明細書に組み込まれる、Bouletら,「Structure and function of Saccharomyces cerevisiae CDC2 gene encoding the large subunit of DNA polymerase III」,EMBO J.,1989 Jun;8(6):1849−54)。これらのエキソヌクレアーゼおよびポリメラーゼ活性は、染色体複製、修復および組換えに必要とされる。さらに、POL3の3’〜5’エキソヌクレアーゼは、ミスマッチ修復および岡崎フラグメント突然変異ならびにDNA合成中のプルーフリーディングに関与する(参照により本明細書に組み込まれる、Jinら,「Multiple Biological Roles of 3’to 5’Exonuclease of Saccharomyces cerevisiae DNA polymerase delta Require Switching between the Polymerase and Exonuclease Domains」,Mol.Cell.Biol.2005 Jan.,25(1):461−471)。
【0095】
以前の研究において、エキソヌクレアーゼモチーフEXO I、EXO II、およびEXO IIIの予測活性部位で部位特異的突然変異誘発により突然変異が引き起こされ、S.セレビジエに導入された。野生型POL3を有さずD321A(アミノ酸321でのアスパラギン酸からアラニンへの変化)またはE323A(アミノ酸323でのグルタミン酸からアラニンへの変化)アミノ酸置換を有する突然変異体株は、野生型株よりおおよそ370倍高い突然変異率を示した。一方、野生型POL3を有するエキソヌクレアーゼ欠損突然変異体は、野生型株より5倍突然変異率しか示さなかった。これらの結果は、DNA複製および修復中、野生型POL3が優性に機能し、突然変異を制限することを示唆している(参照により本明細書に組み込まれる、Simonら,「The 3’to 5’exonuclease activity located in the POL3 is required for accurate replication」,EMBO J.,1991,10(8):2165−70、Morrisonら,「Pathway correcting DNA replication errors in Saccharomyces cerevisiae」EMBO J.1993 Apr;12(4):1467−73、Murphyら,「A method to select for mutator DNA polymerase deltas in Saccharomyces cerevisiae」,Genome,2006,49:403−410)。
【0096】
D321AおよびE323A突然変異は、エキソヌクレアーゼ機能の金属結合能力の欠損の一因となると考えられる。酵母におけるD321AおよびE323A突然変異がヒトPolデルタにおけるD316AおよびE318Aアミノ酸置換に対応することも特に参照しておく(Shevelev,IV and U.Hubscher,「The 3’−5’exonucleases」,Nat.Rev.Mol.Cell Biol.,2002 May;3(5):364−76)。
【0097】
以前の研究において説明されたもう1つのpol3突然変異体酵母株、pol3−L612Mは、アミノ酸612でのロイシンからメチオニンの変化を含み、およびDNAポリメラーゼ忠実度に影響を及ぼすと考えられる(参照により本明細書に組み込まれる、Liら,「Sensitivity to Phosphonoacetic Acid:A New Phenotype to Probe DNA Polymerase delta in Saccharomyces cerevisiae」,Genetics,2005 Jun.;170:569−580、Venkatesanら,「Mutator phenotypes caused by substitution at a conserved motif A residue in eukaryotic DNA polymerase delta」,J.Biol.Chem.,2006 Feb.17;281(7):4486−94)。LieらおよびVenkatesanらの実験において、pol3−L612M突然変異体株は、野生型酵母株を基準にしておおよそ1.6から7.0倍高い突然変異率を示した。
【0098】
以前の研究におけるpol3−L612M突然変異体株は、部位特異的組み込み法(targeted integration)によりまたはプラスミドシャッフリング法により染色体POL3遺伝子にpol3−L612M対立遺伝子を組み込み、それにより内在性POL3遺伝子を破壊することによって構築された。突然変異体株を野生型突然変異率に回復させるには、その内在性野生型POL3を別のオレゴヌクレオチド媒介突然変異誘発によって回復させる必要があるだろう。ミューテータープラスミドの使用は、内在性野生型POL3の連続発現を可能にし、およびそのミューテータープラスミドからのその酵母株のキュアリングにより野生型突然変異率の効率的な回復に備える。このようにして、所望の形質を獲得したら生物の突然変異率増加を停止して、他の形質の望ましくない突然変異を防止する。
【0099】
A.YCplac111ミューテーター・プラスミド・ベクターの構築
コーディング配列(3291bp)および非コーディング配列(1000bp上流で500bp下流)を含む野生型ゲノムPOL3遺伝子のDNAフラグメント(配列番号:1)を、プライマー、ScPOL3pro−S:5’−AGTCGAGTCGACTGTTTTCCTTGATGGCACGGT(配列番号:2)、およびScPOL3ter−AS:5’−AGTCGAGAATTCTGGAGTGCTGGTGTCATATTA(配列番号:3)を使用するPCR法によって、S.セレビジエゲノムDNAからクローニングした。増幅されたDNAフラグメントを、YCplac111のマルチクローニング部位(SalIおよびEcoRI)に挿入して、YCplac111/POL3プラスミドベクターを構築した。エキソヌクレアーゼ欠損pol3(pol3−01)プラスミドベクターについては、QuikChange Kit(Stratagene)とプライマー、Scpol3−01:5’−GCGTATCATGTCCTTTGCTATCGCGTGTGCTGGTAGGATTG(配列番号:4)を使用してYCplac33/POL3プラスミドにおいてD321A置換(アミノ酸321でのアスパラギン酸からアラニンアミノ酸への変化)およびE323A置換(アミノ酸323でのグルタミン酸からアラニンへの置換)を生じさせ、結果として、YCplac111/pol3−01プラスミドベクターを得た。
【0100】
YCplac111/pol3−01+L612Xプラスミドベクターの構築については、QuikChange Kit(Stratagene)および以下のプライマーを使用することにより、YCplac111/pol3−01プラスミドにおいてアミノ酸612におけるロイシンを、表1に示すように、所望のアミノ酸に変化させ、生成した:
Scpol3L612A:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTGCTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:5)、
Scpol3L612C:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTTGTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:6)、
Scpol3L612D:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTGATTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:7)、
Scpol3L612E:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTGAGTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:8)、
Scpol3L612F:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTTTCTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:9)、
Scpol3L612G:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTGGATATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:10)、
Scpol3L612H:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTCATTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:11)、
Scpol3L612I:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTATATATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:12)、
Scpol3L612K:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTAAGTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:13)、
Scpol3L612M:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTATGTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:14)、
Scpol3L612N:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTAATTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:15)、
Scpol3L612P:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTCCATATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:16)、
Scpol3L612Q:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTCAGTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:17)、
Scpol3L612R:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTCGTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:18)、
Scpol3L612S:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTTCTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:19)、
Scpol3L612T:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTACTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:20)、
Scpol3L612V:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTGTTTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:21)、
Scpol3L612W:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTTGGTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:22)、
Scpol3L612Y:
5’−GCAACTTTGGATTTCAATTCTTACTATCCAAGTATTATGATGGCG(配列番号:23)
【0101】
B.YCplac33ミューテーター・プラスミド・ベクターの構築
YCplac111/pol3−01またはYCplac111/pol3−01+L612Mプラスミドのそれぞれを2つの制限酵素、SalIおよびEcoRI、で消化した。ゲノムpol3突然変異遺伝子のDNAフラグメントを精製し、その後、YCplac33プラスミドのマルチクローニング部位(SalIおよびEcoRI)に挿入して、YCplac33/pol3−01およびYCplac33/pol3−01+L612Mプラスミドベクターを構築した。
【0102】
C.YEplac195ミューテーター・プラスミド・ベクターの構築
YCplac111/pol3−01またはYCplac111/pol3−01+L612Mプラスミドのそれぞれを2つの制限酵素、SalIおよびEcoRI、で消化した。ゲノムpol3突然変異遺伝子のDNAフラグメントを精製し、その後、YEplac195プラスミドのマルチクローニング部位(SalIおよびEcoRI)に挿入して、YEplac195/pol3−01およびYEplac195/pol3−01+L612Mプラスミドベクターを構築した。
【0103】
YIplac33ミューテーターベクターの構築
YCplac33ベクターを2つの制限酵素、SpeIおよびNheI、で消化し、その後、それらのDNAフラグメントをT4 DNAポリメラーゼで処理してそれらのDNAフラグメントに平滑末端を生じさせた。それらの平滑末端DNAフラグメントをT4 DNAリガーゼでライゲートして、YIplac33ベクターを生じさせた。YCplac111/pol3−01またはYCplac111/pol3−01+L612Mプラスミドのそれぞれを2つの制限酵素、SalIおよびEcoRI、で消化した。ゲノムpol3突然変異遺伝子のDNAフラグメントを精製し、その後、YIplac33プラスミドのマルチクローニング部位(SalIおよびEcoRI)に挿入して、YIplac33/pol3−01およびYIplac33/pol3−01+L612Mプラスミドベクターを構築した。
【0104】
E.YCplac33/Gal1pガラクトース誘導性ミューテーター・プラスミド・ベクターの構築
プライマー、GAL1U1:5’−ATACTGCAAGCTTACGGATTAGAAGCCGCCGAG(配列番号:24)およびGALlDl:5’−CCCTATCTGCAGGGGGTTTTTTCTCCTTGACG(配列番号:25)を使用するPCRにより、S.セレビジエゲノムDNAからGAL1プロモーター領域(450bp)をクローニングした。増幅されたDNAフラグメントを2つの制限酵素、HindIIIおよびPstI、で消化し、その後、YCplac33プラスミドのマルチクローニング部位(HindIIIおよびPstI)に挿入して、YCplac33/Gal1pプラスミドベクターを構築した。プライマー、SCPD AESAL1:5’−ATACGCGTCGACATGAGTGAAAAAAGATCCCTTC(配列番号:26)およびSCPD AISAC1:5’−GCCACCGAGCTCGAAGGAACAGATCTTACAAGC(配列番号:27)を使用するPCRによって、YCplac111/pol3−01+L612Mプラスミドからpol3−01+L612Mコーディング配列のDNAフラグメントを増幅した。増幅されたDNAフラグメントを2つの制限酵素、SalIおよびSacI、によって消化し、その後、YCplac33/Gal1pプラスミドのマルチクローニング部位(SalIおよびSacI)に挿入して、YCplac33/Gal1p/pol3−01+L612Mプラスミドベクターを構築した。
【0105】
実施例2
ミューテーター株を生成するためのS.セレビジエの形質転換
この実施例では2つの酵母株を使用した:SYD62D−1A(MATalpha、ura3−52、his3−デルタ300、trp1−デルタ90、leu2−3、112、lys2−801、ade2−2)および2倍体株、YPH501(MATa/alpha ura3−52/ura3−52 lys2−801/lys2−801 ade2−101/ade2−101 trp1−デルタ63/trp1−デルタ63 his3−デルタ200/his3−デルタ200 leu2−デルタ/leu2−デルタ1)。これらの酵母株のそれぞれをYPD培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%グルコース)で成長させ、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することによりコンピテント細胞を調製した。
【0106】
A.YCplac111ミューテーター株
YCplac111/pol3−01またはYCplac111/pol3−01+L612Xミューテーター・プラスミド・ベクター(200ng DNA)のそれぞれを、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することにより10uLのSYD62D−1Aコンピテント細胞に導入した。それらの細胞を合成完全培地、ロイシン削除、寒天プレート(SC/−Leu:0.67%イースト・ナイトロジェン・ベース(アミノ酸不含)、0.69g/L CSM−Leu(FORMEDIUM(商標))、2%グルコース、2%寒天)に塗布し、3日間、摂氏30度でインキュベートした。それらの形質転換体それぞれを単離し、YCplac111/pol3−01またはYCplac111/pol3−01+L612Xミューテーター株(Xは、所望のアミノ酸残基を表す)と呼んだ。これらの形質転換体の内在性野生型POL3遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0107】
B.YCplac33ミューテーター株
YCplac33/pol3−01またはYCplac33/pol3−01+L612Mミューテーター・プラスミド・ベクター(200ng DNA)のそれぞれを、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することにより10uLのSYD62D−1Aコンピテント細胞に導入した。それらの細胞を合成完全培地、ウラシル削除、寒天プレート(SC/−Leu:0.67%イースト・ナイトロジェン・ベース(アミノ酸不含)、0.77g/L CSM−Ura(FORMEDIUM(商標))、2%グルコース、2%寒天)に塗布し、3日間、摂氏30度でインキュベートした。それらの形質転換体それぞれを単離し、YCplac33/pol3−01またはYCplac33/pol3−01+L612Mミューテーター株と呼んだ。これらの形質転換体の内在性野生型POL3遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0108】
C.YEplac195ミューテーター株
YEplac195/pol3−01またはYEplac195/pol3−01+L612Mミューテーター・プラスミド・ベクター(200ng DNA)のそれぞれを、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することにより10uLのSYD62D−1Aコンピテント細胞に導入した。それらの細胞をSC/−Uraに塗布し、3日間、摂氏30度でインキュベートした。それらの形質転換体それぞれを単離し、YEplac195/pol3−01またはYEplac195/pol3−01+L612Mミューテーター株と呼んだ。これらの形質転換体の内在性野生型POL3遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0109】
D.YIplac33ミューテーター株
YIplac195/pol3−01またはYEplac195/pol3−01+L612Mミューテーター・プラスミド・ベクターのそれぞれを制限酵素、KpnI、で消化してそれらのベクターを線形化した。それらの線形化ベクター(1000ng)のそれぞれを、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することにより、100uLのSYD62D−1Aコンピテント細胞に導入した。それらの細胞をSC/−Uraに塗布し、3日間、摂氏30度でインキュベートした。それらの形質転換体それぞれを単離し、プライマー、M13YCp:5’−ACGTTGTAAAACGACGGCCAG(配列番号:28)およびScPOL3IC1:5’−TTTACGGTGACACTGATTCCG(配列番号:29)を使用するPCRによって遺伝子型を判定して、ミューテーターベクターがPOL3遺伝子座に組み込まれていることを確認した。陽性形質転換体のそれぞれをYIplac33/pol3−01またはYIplac33/pol3−01+L612Mミューテーター株と呼んだ。これらの形質転換体の内在性野生型POL3遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0110】
E.YCplac33/Gal1pミューテーター株
YCplac33/Gal1p/pol3−01またはYCplac33/Gal1p/pol3−01+L612Mミューテーター・プラスミド・ベクター(200ng DNA)のそれぞれを、Frozen EZ Yeast Tranformation II(ZymoResearch)を使用することにより10uLのYPH501コンピテント細胞に導入した。それらの細胞をSC/−Uraに塗布し、3日間、摂氏30度でインキュベートした。それらの形質転換体それぞれを単離し、YCplac33/Gal1p/pol3−01+L612Mミューテーター株と呼んだ。ミューテーターpol3遺伝子を発現させるために、それらの形質転換体をSC/−Ura/ガラクトース(2%グルコースの代わりに2%ガラクトースに)寒天プレートに移し、5から数日間、摂氏30度で培養した。それらの形質転換体の内在性野生型POL3遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0111】
S.セレビジエにおけるCAN1遺伝子座での突然変異率のゆらぎ解析
カナバニン耐性(Can)正突然変異に対して感受性のカナバニン(Can)を検出するように設計されたCAN1正突然変異アッセイを、それぞれのプレートからの5つの独立したコロニーに対して行った。
【0112】
突然変異率、すなわち1分裂(または世代)あたりの細胞ごとの突然変異の確率、を研究する実験的方法をゆらぎ解析と呼ぶ。ゆらぎ解析において培養あたりの突然変異数から突然変異率を推定するための当業者に公知の様々な数学的手法がある。これらの数学的手法は、多数の並行培養において観察された分布を用いて培養あたりの突然変異の推定数を推定すること、およびその突然変異の推定数を用いて突然変異率を計算することを含む。
【0113】
この実施例では、CAN1遺伝子座での突然変異率(MR)は、培養(N)における総細胞数で割った突然変異係数(m)に等しい、すなわち、MR=m/N。突然変異係数は、m=r0/(r0/m)と定義することができ、この式中のr0は、それぞれのクローンについてのCan耐性コロニー数である。量r0/mの値は、LeaおよびCoulson,「The distribution of the number of mutants in bacterial populations」J.Genet.1948,vol.49,264−285に記載されているようなLea−Coulson指数を用いて見いだせる。
【0114】
CAN1正突然変異アッセイをそれぞれのプレートについて3回繰り返し、平均突然変異率を決定した。結果を表1、2および3に示す。
【表1】

【表2】

【表3】
【0115】
表1を参照して、野生型突然変異率、すなわち、ミューテータープラスミドを有さない1倍体酵母株(SYD62D−1A)のCAN1突然変異率は、おおよそ2.4×10−7であった。YCplac111/pol3−01ミューテーター株のCAN1遺伝子座での突然変異率は、平均しておおよそ1.5×10−6であり、野生型より6.3倍しか大きくなかった。一方、pol3−01+L612Xミューテーター株L612A、L612G、L612M、L612Q、L612VおよびL612Wのサブセットは、野生型株より58倍から230にわって大きい増加された突然変異率を示した。pol3−01+L612Xミューテーター株L612C、L612FおよびL612Yは、致死性表現型を示した。ミューテーター・プラスミド・ベクターYCplac111/pol3−01+L612C、L612FおよびL612Yを2倍体酵母株(YPH501)に導入して、それらの突然変異体株が生存可能であるのかないのかを確認した。結果は、YCplac111/pol3−01+L612C、L612FおよびL612Y 2倍体株が生存可能であることを示した(データは示さない)。これは、これらの突然変異体がYCplac111/pol3−01+L612Qのものより強いミューテーター表現型を有するようであることを示唆している。さらに、突然変異体株pol3−01+L612H、L612I、L612K、L612RおよびL612Tのサブセットは、pol3−01単一突然変異体を基準にして同様のまたはより少ない突然変異率を示した。これらの結果は、YCplac111/pol3−01+L612Xミューテーターベクターが、野生型株を基準にして2倍から230倍を超える範囲にわたる様々な突然変異率をもたらすことができることを示している。
【0116】
従って、単一ミューテーターベクターにおけるpol3−01とL612X(A、G、M、Q、VおよびW)突然変異体のサブセットとの組み合わせ(表1)は、個々にpol3−01またはL612X(A、G、M、Q、VおよびW)突然変異のものの突然変異率より相乗的に高い突然変異率を生じさせた。さらに、ミューテータープラスミド上のpol3−01+L612X(A、G、M、Q、VおよびW)遺伝子型は、野生型POL3発現に対してドミナントネガティブに作用するようである。すなわち、野生型POL3は、依然として無傷であり、発現されるが、ミューテーターベクターから発現されるpol3突然変異体は、内在性DNAポリメラーゼデルタの競合的阻害剤である可能性が高く、その結果、全DNA複製忠実度を低下させる。
【0117】
表2を参照して、様々なタイプのミューテーターベクター、例えば、YCplac33、YEplac195およびYIplac33は、1倍体または2倍体酵母株に強いミューテーター表現型をもたらすことができる。これらのベクターは、細胞をそれらのミューテーターベクターのキュアリング(実施例3において詳細に説明する)後に単離するために有用であるURA3選択マーカーを含有する。野生型突然変異率、すなわち、ミューテータープラスミドを有さないSYD62D−1A酵母クローンのCAN1突然変異率は、おおよそ2.4×10−7であった。pol3−01株のCAN1遺伝子座での突然変異率は、平均しておおよそ9.6×10−7であり、野生型より4.0倍しか大きくなかった。しかし、ゆらぎ解析により、YCplac33およびYEplac195プラスミドベクターと共に用いるpol3−01突然変異とL612M突然変異の組み合わせが、単独のpol3−01突然変異を基準してCAN1遺伝子座での突然変異率のおおよそ10倍増加を生じさせることが明らかになった。YIplac33ベクターを使用すると、pol3−01+L612Mの組み合わせは、単独のpol3−01突然変異の使用より50倍を超えて大きい突然変異率を示す。
【0118】
加えて、野生型突然変異率と比較したとき、YCplac33/pol3−01+L612Mミューテータープラスミドの突然変異率は、71倍高かった。YEplac195/pol3−01+L612Mミューテータープラスミドについては、突然変異率が野生型のものの120倍であった。YIplac33/pol3−01+L612Mミューテータープラスミドについては、突然変異率が野生型のものの220倍であった。
【0119】
表3に示したように、ガラクトース誘導性ミューテーターベクターYCplac33/Gal1p/pol3−01+L612Mは、酵母株に強い一過性ミューテーター表現型をもたらすことができる。野生型突然変異率、すなわち、ミューテーター・プラスミド・ベクターを有さない2倍体酵母株YPH501のCAN1突然変異率は、おおよそ5.2×10−8であった。対照的に、YPH501酵母株におけるYCplac33/Gal1p/pol3−01+L612Mミューテーターベクターは、野生型株のものよりおおよそ330倍大きい突然変異率を示した。
【0120】
実施例3
酵母における野生型突然変異率の回復
突然変異酵母において所望の形質が達成されたら、YCplac33およびYEplac195タイプのプラスミドで形質転換されたその酵母の突然変異率を野生型突然変異率に回復させることができる。突然変異酵母において所望の形質を遺伝的に固定するために、および望ましくない場合があるその酵母におけるさらなる突然変異を回避するために、野生型突然変異率を回復させる。1g/Lの5−フルオロオロチン酸(5−FOA)を含有するSC培地(機能性URA3遺伝子を一切発現しない細胞の成長のみを可能にする選択培養基)でその酵母を培養することによりYCplac33およびYEplac195ミューテーター・プラスミド・ベクターから形質転換酵母細胞をキュアリングすることによって、野生型突然変異率を回復させる。
【0121】
YIplac33組み込みタイプのミューテーターベクターで形質転換された酵母細胞の場合、そのミューテーターベクターを相同組み換えによりその酵母のゲノムのPOL3遺伝子座から切除し、それによってそれらの細胞を野生型突然変異率に戻すことができる。YIplac33ミューテーターベクターをその形質転換体からキュアリングするために、少なくとも107の細胞をSC/5−FOAに塗布し、生存酵母コロニーの遺伝子型を判定して野生型POL3の回復を確認する。
【0122】
実施例4
Pold1突然変異体発現ベクターの生成
DNAポリメラーゼデルタの触媒性サブユニットは、Pold1遺伝子によってコードされる。この実施形態では、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞cDNAライブラリーを作製し、Pold1 cDNAを単離した(配列番号:87)。D398A(アミノ酸398でのアスパラギン酸からアラニンへの変化)突然変異をPol1 3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性部位に導入し、L602M(アミノ酸602でのロイシンからメチオニンへの変化)突然変異をPold1ポリメラーゼドメインに導入した(参照により本明細書に組み込まれる、Goldsbyら,「Defective DNA polymerase delta proofreading causes cancer susceptibility in mice」,Nat Med.,2001 Jun:7(6),638−9、Goldsbyら,「High incidence of epithelial cancers in mice deficient for DNA polymerase proofreading」,PNAS,November 26,2002,vol.99(24),15560−15565、Venkatesanら,「Mutation at the polymerase active site of mouse DNA polymerase delta increases genomic instability and accelerates tumorigenesis」,Mol Cell Biol.2007 Nov;27(21):7669−82)。オレゴヌクレオチド5’−GGCTATAATATTCAGAACTTTGCCCTCCCATACCTCATCTCGCGC(配列番号:30(アラニンアンチコドンにアンダーラインを引く)および5’−CCCTGGATTTCTCCTCTATGTACCCATCCATCATG(配列番号:31)(メチオニンアンチコドンにアンダーラインを引く)、それぞれ(Quikchange,Stratagene)、を使用して突然変異を導入し、それによってPold1+D398A突然変異体およびPold1+D398A+L602M突然変異体を得た。D398A突然変異は、Shevelev,IV and U.Hubscher,「The 3’5’exonucleases」,Nat.Rev.Mol.Cell Biol.,2002 May;3(5):364−76において論じられているようなヒトPolデルタにおけるD401Aアミノ酸置換に対応する。
【0123】
Pold1突然変異体のクローニングおよび発現には、pCMV−Script(Stratagene)哺乳動物発現ベクターを使用した。Pold1+D398A突然変異体およびPold1+D398A+L602Mをその発現ベクターのサイトメガロウイルス(CMV)プロモーター(G418耐性)の後に挿入して、Pol1+D398AおよびPodl1+D398A+L602M発現ベクターを構築した。2つのloxP部位をその構築物に挿入し、それによって、CreリコンビナーゼでのCHO細胞ゲノムからのPold1突然変異体の切除を可能にした。
【0124】
実施例5
CHO細胞におけるOua遺伝子座での突然変異率のゆらぎ解析
標準的なトランスフェクション法を用いて、Pold1+D398A突然変異体発現ベクターおよびPold1+D398A+L602M突然変異体発現ベクターをCHO−DXB11細胞にトランスフェクトした。トランスフェクション後、安定なPld1突然変異体発現細胞系、DXB11/Pold1+D398AおよびDXB11/Pold1+D398A+L602Mを得た。CHO−DXB11(ベクター不含)、CXB11/Pold1+D398A、およびDXB11/Pold1+D398A+L602M細胞を、2mMのウアバインを含む標準培養基内に配置した。既存のウアバイン耐性細胞を除去するために、細胞数1,000から細胞数5×10に成長させた細胞集団を使用した。
【0125】
14日の培養後に出現したウアバイン耐性(Oua)コロニーの数および播種した細胞の総数(1〜3×10)を用いて、前に論じたようなLea Coulson指数に従って突然変異率を決定した。それぞれの細胞培養物についてゆらぎ解析を3回繰り返し、平均突然変異率を決定した。CHO細胞におけるOua遺伝子座での突然変異率のゆらぎ解析の結果を表4に示す。
【表4】
【0126】
ベクターを有さないCHO細胞におけるOua遺伝子座での野生型突然変異率は、平均しておおよそ3.6×10−8であった。Pold1+D398A突然変異を有するCHO細胞は、野生型突然変異率より1.6倍大きい、おおよそ5.8×10−8の突然変異率を明示した。しかし、Pold1+D398A+L602M突然変異を有するCHO細胞は、おおよそ1.3×10−6の突然変異率、すなわち、野生型突然変異率の36倍を有した。
【0127】
実施例6
CHO細胞における野生型突然変異率の回復
loxP部位の2つのコピー間の領域を、Cre−リコンビナーゼにより触媒される部位特異的組換えによって切除する。野生型突然変異率を回復させるために、CHOミューテーター細胞をCre−リコンビナーゼ発現ベクター(ピューロマイシン耐性)でトランスフェクトする。ピューロマイシンの存在下で選択されるこれらのCHO細胞は、回復された野生型突然変異率を有する細胞である。Cre−loxP部位特異的組換えによってゲノムからPold1突然変異体を切除して、その野生型突然変異率を回復させる。
【0128】
実施例7
クロトリマゾール(CTZ)耐性酵母の生成
Taiken 396のura3欠失突然変異体(Taiken 396 ura3−)であるS.セレビジエ株にYCplac33/pol3−01+L612Mベクターを導入して、Taiken396ミューテーター酵母株を生じさせた。そのTaiken 396ミューテーター株をSD培地(0.67%イースト・ナイトロジェン・ベース(アミノ酸不含)、2%グルコール)で成長させ、振盪しながら(180rpm)24時間、摂氏30度で培養した。その後、25mg/Lのクロトリマゾール(CTZ)を含有するSD寒天培地にその培養物をプレーティングし、3日間、摂氏30度で培養した。親酵母株Taiken 396は、25mg/LのCTZを含有するSD寒天培地では通常、生き残れない。所望の生存形質、すなわち、25mg/LのCTZの存在下で生き残る形質、を有する突然変異酵母コロニーを単離した。
【0129】
酵母ゲノムにおいてそのクロトリマゾール耐性形質を固定し、YCplac33/pol3−01+L612Mベクターを除去するために、1g/Lの5−フルオロオロチン酸を含有するSC寒天培地(0.67%イースト・ナイトロジェン・ベース(アミノ酸不含)、0.079%完全サプリメントミックス、2%グルコール、2%寒天)に、単離した酵母クローンをプレーティングし、3日間、摂氏30度で培養した。生存クローンを単離し、CTZ耐性形質について固定し、ミューテーターベクターは固定しなかった。CTZ耐性株のura3欠失を奪回するために、コンピテント細胞を相同組み換えによって無傷URA3遺伝子のDNAフラグメントで形質転換し、3日間、摂氏30度でSD寒天培地にプレーティングした。陽性クローンを単離し、CTZ耐性および非栄養要求性を確認した。
【0130】
実施例8
発酵能力試験
野生型株およびTaiken 396のCTZ耐性株をYPD培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%グルコース)に接種し、振盪しながら(180rpm)24時間、摂氏30度で培養した。
【0131】
培養した細胞のそれぞれをYPD培地から回収し、蒸留水ですすぎ、その後、2×10細胞/mLの最終濃度で20mLのYPS培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%スクロース)に接種した。それらの細胞のそれぞれをYPS培地において摂氏30度で1日2回攪拌しながら成長させた。YPS培地中のエタノール濃度および野生型株またはCTZ耐性株の細胞生存率を接種後3日および4日の時点で測定した。
【0132】
CTZ耐性株は、3および4日の培養後に野生型株のものより高いエタノール耐性を示した(図1A)。CTZ耐性株は、3日後、野生型株のものよりおおよそ20%高い生存率、および4日後、おおよそ10%高い生存率も示した(図1B)。
【0133】
実施例9
タバコ植物への除草剤耐性の付与
A.タバコDNAポリメラーゼデルタ遺伝子の単離
タバコ植物タバコ(Nicotiana tobacum)cv.株Bright Yellow2(「タバコBY−2」)を使用して、植物の進化を方向づけるミューテーター遺伝子の能力を調査した。
【0134】
タバコBY−2のDNAポリメラーゼデルタ(Pold1)遺伝子の触媒性サブユニットを単離するために、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)およびダイズ(Glycine max)(双子葉植物)、イネ(Oryza sativa)(単子葉植物)、ならびにクロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)(青緑色細菌)のPold遺伝子配列を入手し、多数の配列アラインメントをそれらのpoldアミノ酸配列で行った。この配列アラインメントは、S.セレビジエのPOL3のアミノ酸との比較も含んだ(すなわち、図3参照)。配列アラインメント後、それらのpold配列の高保存領域を特定し、PCRプライマー、PBOXl−Fw:5’−GT(G/T)CA(C/T)GG(A/C/G)TTGA(A/G)CC(A/C)TA(C/T)TT(C/T)TAC(配列番号:32)およびPBOX9−Rv:5’−CA(A/G)(A/G)CC(A/C)GC(A/G)TA(C/G/T)C(G/T)CTTCTT(配列番号:33)の設計に用いて、タバコBY−2Pold遺伝子配列(配列番号:88)を単離した。
【0135】
ReveTraAce(日本、大阪の東洋紡績株式会社(Toyobo,Osaka,Japan))とオリゴ(dT)プライマー、およびタバコBY−2から精製した全RNAを使用して、逆転写(RT)によってBY−2細胞のcDNAを調製した。Fusion DNAポリメラーゼ(FINZYME(商標))、プライマー(PBOX1−FwおよびPBOX9−Rv)、ならびにテンプレートとしてBY−2 RNAを使用してRT−PCRにより、BY−2 pold1 cDNAの部分フラグメントをクローニングした。3’−RACEおよび5’−RACEを使用して全タバコBY−2 Pold1遺伝子を単離するためのプライマーを構築するために、そのcDNA配列を使用した。
【0136】
B.3’〜5’エキソヌクレアーゼ領域およびポリメラーゼ忠実領域の修飾
タバコBY−2 DNAポリメラーゼの3’〜5’エキソヌクレアーゼ領域および/またはポリメラーゼ忠実領域において1つ以上の突然変異を生じさせるように、タバコBY−2遺伝子のヌクレオチド配列を修飾した。より詳細には、Ntpold1exo−と称する、D275A(アミノ酸275でのアスパラギン酸からアラニンへの変化)およびE277A(アミノ酸277でのグルタミン酸からアラニンへの変化)アミノ酸変化を含むエキソヌクレアーゼ欠損突然変異を生じさせるように、Pold1遺伝子の3’〜5’エキソヌクレアーゼ領域を修飾した。Ntpold1exo−+L567Mと称する、L567D(アミノ酸567でのロイシンからアスパラギン酸への変化)アミノ酸変化と共にD275AおよびE277Aアミノ酸変化を含むエキソヌクレアーゼ欠損突然変異および低忠実度突然変異を生じさせるように、Pold1遺伝子の3’〜5’エキソヌクレアーゼ領域およびポリメラーゼ忠実領域を修飾した。タバコPold1のエキソヌクレアーゼ領域におけるD257AおよびE277A突然変異は、ヒトPolデルタにおけるD316AおよびE318アミノ酸置換に対応する(Shevelev,IV and U.Hubscher,「The 3’ 5’exonucleases」,Nat.Rev.Mol.Cell Biol.,2002 May;3(5):364−76)。
【0137】
C.タバコ細胞の形質転換
Ntpold1exo−突然変異体遺伝子をpBI121植物形質転換ベクターに挿入して、pBI/Ntpold1exo−突然変異体ベクターを生成した。Ntpold1exo−+L567M突然変異体遺伝子をpBI121ベクターに挿入して、pBI/Ntpold1exo−+L567M突然変異体ベクターも作った。pBI/Ntpold1exo−突然変異体ベクターおよびpBI/Ntpold1exo−+L567M突然変異体ベクターをアグロバクテリウムGV3101に導入し、アグロバクテリウムとタバコBY−2細胞の同時培養によってタバコBY−2培養細胞への形質転換を行った。同時培養後、カナマイシンおよびクラフォランを含有する選択培地において形質転換体を選択した。
【0138】
対照として、pBI121のCaMV35Sプロモーターの下流への遺伝子挿入を有さない、Pold1ミューテーター遺伝子を含有しないpBI121ベクター、pBI/空、をタバコBY−2細胞に形質転換させた。
【0139】
D.除草剤耐性タバコ株の獲得
300mLフラスコを用いて130rpmで振盪しながら摂氏27度で100mLの液体懸濁培地(NHNO 1,650mg/L、KNO 1,900mg/L、CaCl−2HO 440mg/L、MgSO−7HO 370mg/L、HBO 6.2mg/L、MnSO−4HO 22.3mg/L、ZnSO−7HO 8.6mg/L、KI 0.83mg/L、NaMoO−2HO 0.25mg/L、CuSO−5HO 0.025mg/L、CoCl−6HO 0.025mg/L、Na−EDTA 37.3mg/L、FeSO−7HO 27.8mg/L、チアミンHCl 1.0mg/L、ミオイノシトール 100mg/L、スクロース 30g/L、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸 0.2mg/L)においてそれぞれのタイプの形質転換BY−2細胞(pBI/空、pBI/Ntpold1exo−およびpBI/Ntpold1exo−+L567M)をそれぞれ別々に培養した。活発に成長している細胞を新鮮な液体培地に接種した。4日成長させた後、おおよそ50mLの形質転換細胞懸濁液を試験管に写し、200×gで5分間、室温で遠心分離した。上清を除去し、ペレット化した細胞を新たな液体培地に再び懸濁させて細胞をすすいだ。それらの細胞を3回遠心分離してすすいだ。
【0140】
すすいだ後、その液体培地中の形質転換細胞の濃度を、pBI/空、pBI/Ntpold1exo−およびpBI/Ntpold1exo−+L567M突然変異体細胞系のそれぞれにわたって等しくした。それらの細胞懸濁液のそれぞれについて、2.5uMの2,6−ジクロロベンゾニトリル(DBN)除草剤を有する固体培養基の8つのプレートを作製し、2mLの細胞懸濁液を接種した。それらのDBN培養プレートを摂氏27度の暗所に放置して成長させた。1か月の細胞培養の後、形質転換タバコ細胞がDBNに対する耐性を獲得したことを示す生長タバコカルスの存在について、それらのDBNプレートをスクリーニングした。
【0141】
図2を参照して、1カ月の培養後、pBI/空対照ベクター(対照としてのEM)およびpBI/Ntpold1exo−突然変異体ベクターで形質転換させたタバコ細胞は、DBNプレート上でタバコカルスを発生させなかった。しかし、pBI/Ntpold1exo−+L567M突然変異体ベクター(D275A、E277AおよびL567Mアミノ酸変化)で形質転換させたタバコ細胞を接種したDBNプレートのうちの2つは、生長タバコカルスを含有した(矢印はプレート上のタバコカルスを示す)。従って、Pold1ミューテーター遺伝子の使用は、DBN除草剤に対して耐性の所望の形質を発生させるように植物細胞の進化を方向づけることに成功した。
【0142】
実施例10
所望の形質を有する生物の選択
ミューテーター遺伝子で突然変異させた生物を、当分野において公知であるものなどのスクリーニング法を用いて、所望の形質についてスクリーニングする。所望の形質についてスクリーニングする1つの方法では、突然変異させた生物を特定の選択条件なしで成長させる。特定の選択条件がないと、ミューテーター遺伝子を有する生物は、遺伝的変異を積み重ね、その結果、所望の形質を有する生物を生じさせる。その後、生物がより効率的に成長するかまたは所望の産物もしくは新たな産物をより良好に生産することなどの所望の形質を明示する生物を選択する。
【0143】
所望の形質を有する生物を選択条件下での成長によっても選択する。選択条件は、物理的成長条件、一定の化学物質の存在、特定の生物学的条件、またはこれらの組み合わせから選択する。
【0144】
物理的成長条件は、その生物の成長中に経験される、特定のpH条件、一定の温度、所望の気圧、または他の物理的条件およびそれらの組み合わせから選択する。
【0145】
化学物質、例えば有機溶媒、抗生物質、ハロゲン化化合物、芳香族化合物、類似体、または他の化合物もしくは化学的調合物(formulas)、の存在をはじめとする化学的選択条件を用いる。
【0146】
高い生物密度をはじめとする生物学的選択条件に生物を暴露することにより、または生物を他の種もしくはタイプの生物の存在に暴露することにより、所望の生物学的形質を有する突然変異生物を選択する。その後、高い個体群密度に耐えるそれらの能力または高い個体群密度にもかかわらず医薬化合物などの所望の産物を生産するそれらの能力に従って生物を選択する。
【0147】
突然変異生物を、異なる種の生物または病原体の存在下で生き残るかまたは医薬化合物などの所望の産物を生産する能力についてもスクリーニングする。これらの生物学的選択条件下で生き残る生物は、限られた資源に対する競争に勝つことができるため、および/または周囲の生物と相互依存的にもしくは協力して成長するため、生き残る。所望の形質を明示する突然変異生物をさらなる研究および使用のために選択し、単離することができる。
【0148】
突然変異生物の遺伝子修飾とミューテーター遺伝子の併用により、所望の形質の選択が可能となる。ミューテーター遺伝子で形質転換された生物をそれらの生物のゲノムにおける所望の位置で遺伝子修飾する。それらの遺伝子修飾された生物を、より効率的な成長および所望の産物または化合物の生産をはじめとする所望の形質についてスクリーニングする。
【0149】
実施例11
大腸菌ミューテーターベクターの構築
大腸菌のDNAポリメラーゼII(POLII)は、polB遺伝子(配列番号:84)の産物である。POLIIエキソヌクレアーゼおよびポリメラーゼドメインの構造は、真核生物POLデルタのエキソヌクレアーゼおよびポリメラーゼドメインに似ている。pUC/polIIプラスミドを含む大腸菌ミューテーターベクターの構築のために、野生型POLIIコーディング領域およびプロモーターのPCR産物をpUC−oriベクターのマルチクローニング部位に挿入した。PCRプライマーの設計に用いたpolB配列は、EcpolBEcoU1:GCTTGAATTCGCGCGAAGGCATATTACGGGC(配列番号:85)およびEcpolBD1:TCAAGCATGCGTACTGGATGGCAAAGCATTCGTC(配列番号:86)であった。エキソヌクレアーゼ欠損polIIプラスミドについては、D155A(アミノ酸155でのアスパラギン酸からアラニンへの変化)およびE157A(アミノ酸157でのグルタミン酸からアラインへの変化)突然変異を生じさせた。QuikChange Kit(Stratagene)を使用してpol3−01タイプの突然変異をPOLIIコーディング配列内で生じさせ、その結果、polIIexo−コーディング配列を得た。QuikChange Kit(Stratagene)を使用してそのpolIIexo−コーディング配列にL422G(アミノ酸422でのロイシンからグリシンへの変化)を含むミューテーター遺伝子を作るようにpolII遺伝子の3’〜5’エキソヌクレアーゼ領域およびポリメラーゼ忠実領域を修飾し、その結果、polIIexo−+L422Gミューテーター遺伝子コーディング配列を得た。標準的な方法を用いて、コンピテント大腸菌細胞(MG1655株)を成長させ、調製した。それらのコンピテント細胞をpUC/polIIexo−またはpUC/polIIexo−+L422Gプラスミドで形質転換させて、pUC/polIIexo−またはpUC/polIIexo−+L422G大腸菌株を生じさせた。それらの形質転換体の内在性野生型POLII遺伝子は、無傷および活性のままであった。
【0150】
大腸菌におけるリファンピシン耐性遺伝子座での突然変異率のゆらぎ解析
pUC/polII野生型またはpUC/polIIexo−もしくはpUC/polIIexo−+L422Gを有する大腸菌形質転換体をアッセイして、リファンピシン耐性の獲得により測定して突然変異率を決定した。それらの形質転換体のそれぞれをLB液体培地において定常期まで成長させた。その後、100ug/mLのリファンピシンを含むLB固体培地上にそれぞれの培養物の50から100uLを配置し、摂氏37度で18時間インキュベートした。前に説明したとおりLea Coulson指数に従って、発生したリファンピシン耐性(リファンピシン)コロニーの数から突然変異率を決定した。それぞれの細胞培養物についてゆらぎ解析を5回繰り返し、最高数および最低数を除外して平均突然変異率を決定した。結果を表5に示す。
【表5】

ベクターを有さない大腸菌におけるリファンピシンでの野生型突然変異率は、平均しておおよそ1.5×10−8であった。ベクターを用いる野生型POLIIを有する大腸菌におけるリファンピシンでの突然変異率は、平均しておおよそ2.2×10−8であり、ベクターのない野生型より1.4倍しか大きくなかった。野生型の突然変異率および野生型POLIIベクターの突然変異率は、ほぼ同じであった。polIIexo−ミューテーターの突然変異率は、おおよそ2.9×10−7であった。これもまた、ベクターのない野生型の突然変異率より19倍しか大きくなかった。しかし、polIIexo−+L422Gミューテーター株は、おおよそ5.5×10−5であり、ベクターのない野生型より3500倍を超えて大きかった。
【0151】
実施例12
グラム陽性菌ミューテーターベクターの構築
グラム陽性菌、例えば枯草菌(Bacillus.subtilis(B.subtilis))、のDNAポリメラーゼIII(POLIII)は、polC遺伝子の産物である(配列番号:89)。グラム陽性菌ミューテーターベクターの構築のために、野生型POLIIIコーディング領域およびプロモーターのEcoRI/BamHIフラグメントを、グラム陽性菌における複製起点活性を有するプラスミドのマルチクローニング部位:例えばpUB110、pAMalpha1、pC194またはpBC16、に挿入する。エキソヌクレアーゼ欠損polCプラスミドについては、例えばpAMalpha1プラスミドを用いて、3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性の原因となるアミノ酸残基の1つ以上を不活化アミノ酸残基に変えることができる。3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性の原因となるアミノ酸残基は、例えば、ExoI領域内のD425、E427、G430、およびExoII領域内のD510である。3’〜5’エキソヌクレアーゼ欠損を生じさせる結果となるこれらのアミノ酸残基の変化は、例えば、非酸性アミノ酸へのD(酸性アミノ酸)425の変化、例えば、D425A(アミノ酸425でのアスパラギン酸からアラニンへの変化)である。エキソヌクレアーゼ欠損を生じさせる結果となるもう1つのアミノ酸変化は、例えば、非酸性アミノ酸へのE(酸性アミノ酸)427の変化、例えばE427A(アミノ酸427でのグルタミン酸からアラニンへの変化)またはE427Q(アミノ酸427におけるグルタミン酸からグルタミンへの変化)である。3’〜5’エキソヌクレアーゼ欠損を生じさせる結果となるさらにもう1つのアミノ酸変化は、例えば、非天然アミノ酸へのG(天然アミノ酸)430の変化、例えば、G430E(アミノ酸430でのグリシンからグルタミン酸への変化)である。3’〜5’エキソヌクレアーゼ欠損を生じさせる結果となるさらにもう1つのアミノ酸変化は、例えば、非酸性アミノ酸へのD(酸性アミノ酸)510の変化、例えば、D510N(アミノ酸510でのアスパラギン酸からアスパラギンへの変化)、D510A(アミノ酸510でのアスパラギン酸からアラインへの変化)、またはD510G(アミノ酸510でのアスパラギン酸からグリシンへの変化)である。QuikChange Kit(Stratagene)を使用して上のPOLIIIコーディング配列において突然変異を果たして、pAMalpha1/polCexo−を生じさせる。エキソヌクレアーゼ欠損活性と低減された忠実活性の両方を有するpolCプラスミドを得るために、上記3’〜5’エキソヌクレアーゼ活性の修飾に加えて、ポリメラーゼ忠実度の原因となるアミノ酸の1つ以上の変化を不活性化する。ポリメラーゼ忠実度を生じさせる結果となるアミノ酸残基の変化は、例えば、非天然アミノ酸へのS(天然アミノ酸)972の変化、例えば、S972P(アミノ酸972でのセリンからプロリンへの変化)である。低減されたポリメラーゼ忠実度を生じさせる結果となるもう1つのアミノ酸変化は、例えば、非天然アミノ酸へのL(天然アミノ酸)1177の変化、例えば、L1177W(アミノ酸1177でのロイシンからトリプトファンの変化)である。低減されたポリメラーゼ忠実度を生じさせる結果となるさらにもう1つのアミノ酸変化は、例えば、非芳香族アミノ酸へのF(芳香族アミノ酸)1264の変化、例えば、F1264S(アミノ酸1264でのフェニルアラニンからセリンへの変化)である。QuikChange Kit(Stratagene)を使用して突然変異(単数または複数)を果たし、結果として、pAMalpha1/polCexo−&忠実度−を生じさせることができる。標準的な方法を用いて、枯草菌を成長させ、コンピテント細胞用に調製する。それらのコンピテント細胞をpAMalpha1/polCexo−またはpAMalpha1/polCexo−&忠実度−プラスミドで形質転換させて、pAMalpha1/polCexo−またはpAMalpha1/polCexo−&忠実度−枯草菌細胞を生じさせる。それらの形質転換体の内在性野生型POLIII遺伝子は、無傷および活性のままである。
【0152】
枯草菌におけるリファンピシン耐性遺伝子座での突然変異頻度
pAMalpha1/polCexo−またはpAMalpha1/polCexo−&忠実度−を有する形質転換体をアッセイして、リファンピシン耐性の獲得により測定して突然変異率頻度を決定する。それらの形質転換体のそれぞれの5つのコロニーをLB液体培地において定常期まで成長させる。その後、10ug/mLのリファンピシンを含むLB固体培地上にそれらの培養物のそれぞれの10uLを配置し、摂氏37度で18時間インキュベートする。発生したリファンピシン耐性コロニーの数から突然変異頻度を決定する。
【0153】
形質転換体は、その親株を基準にして突然変異率のおおよそ2倍増加から最大で100,000倍の増加にわたる突然変異頻度を有する。より具体的には、ミューテータープラスミドは、その親株の突然変異率よりおおよそ10、20、30、40、50、60、70,80、100、120、140、160、170、190、200、250、300、350、および400倍大きく増加された突然変異率をもたらす。他の形質転換体の場合、ミューテーター遺伝子は、DNA複製あたり、少なくとも2、3、4、5、6、7、8、9もしくは10のミスマッチ塩基、または少なくとも15、20、25、50および100のミスマッチ塩基を生じさせる。
【0154】
通常の当業者には明らかであろうように、上で説明した実施形態の詳細に、本発明の基礎原理を逸脱することなく、多くの変更を加えることができる。従って、本発明の範囲は、唯一以下の特許請求の範囲によって決定されるべきものである。
図1A
図1B
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]