特許第5696281号(P5696281)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5696281ヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法及びPET用トレーサーの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5696281
(24)【登録日】2015年2月20日
(45)【発行日】2015年4月8日
(54)【発明の名称】ヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法及びPET用トレーサーの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 213/127 20060101AFI20150319BHJP
   C07D 307/36 20060101ALN20150319BHJP
   C07D 333/08 20060101ALN20150319BHJP
   C07D 231/12 20060101ALN20150319BHJP
   C07D 239/26 20060101ALN20150319BHJP
   C07D 237/08 20060101ALN20150319BHJP
   C07D 217/02 20060101ALN20150319BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20150319BHJP
   A61K 51/00 20060101ALN20150319BHJP
【FI】
   C07D213/127
   !C07D307/36
   !C07D333/08
   !C07D231/12 C
   !C07D239/26
   !C07D237/08
   !C07D217/02
   !C07B61/00 300
   !A61K49/02 C
【請求項の数】12
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2010-544188(P2010-544188)
(86)(22)【出願日】2009年12月25日
(86)【国際出願番号】JP2009071694
(87)【国際公開番号】WO2010074272
(87)【国際公開日】20100701
【審査請求日】2012年10月16日
(31)【優先権主張番号】特願2008-335250(P2008-335250)
(32)【優先日】2008年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】独立行政法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正昭
(72)【発明者】
【氏名】土居 久志
(72)【発明者】
【氏名】古山 浩子
【審査官】 瀬下 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−076891(JP,A)
【文献】 IIDA,Y. et al.,Evaluation of 5-11C-methyl-A-85380 as an imaging agent for PET investigations of brain nicotinic ace,The Journal of Nuclear Medicine,2004年,Vol.45, No.5,pp.878-884
【文献】 BENNACEF,I. et al.,Functionalization through Lithiation of (S)-N-(1-Phenylpropyl)-2-phenylquinoline-4-carboxamide. Appl,Journal of Organic Chemistry,2007年,Vol.72, No.6,pp.2161-2165
【文献】 SYNTHESIS,2008年,Vol.6,pp.978-984
【文献】 Bioconjugate Chem.,2007年,Vol.18,pp.538-548
【文献】 Chem. Eur. J.,1997年,Vol.3, No.12,pp.2039-2042
【文献】 Acta Chemica Scandinavica,1995年,Vol.49,pp.683-688
【文献】 BAO,Z. et al.,Exploration of the Stille Coupling Reaction for the Synthesis of Functional Polymers,Journal of the American Chemical Society,1995年,Vol.117, No.50,pp.12426-12435
【文献】 Chem. Eur. J.,2005年,Vol.11,pp.3294-3308
【文献】 FARINA,V. et al.,Large rate accelerations in the stille reaction with tri-2-furylphosphine and triphenylarsine as pal,Journal of the American Chemical Society,1991年,Vol.113, No.25,pp.9585-9595
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 213/127
C07D 217/02
C07D 231/12
C07D 237/08
C07D 239/26
C07D 307/36
C07D 333/08
A61K 51/00
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非プロトン性のラクタム中において、11Cで標識したヨウ化メチルと、含窒素複素環がスズ原子に結合したアリールトリアルキルスタンナンとを、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下でクロスカップリングさせることを特徴とする含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項2】
前記含窒素複素環はピリジン環であることを特徴とする請求項1記載の含窒素複素環型アリールのメチル化方法。
【請求項3】
非プロトン性のラクタムはN−アルキル−2−ピロリジノンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項4】
N−アルキル−2−ピロリジノンはN−メチル−2−ピロリジノンであることを特徴とする請求項3記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項5】
炭酸塩が炭酸カリウムであることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項6】
アルカリ金属のフッ化物がフッ化セシウムであることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項7】
ホスフィンリガンドがトリ−o−トリルホスフィンであることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項8】
ハロゲン化第一銅が臭化第一銅及び塩化第一銅のいずれかであることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項9】
ホスフィンリガンドの添加量はパラジウム錯体中に存在するパラジウム原子の数に対して4倍以上の分子数とされていることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項10】
11Cで標識したヨウ化メチルと、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドとを非プロトン性のラクタム中で反応させてCHPdI錯体溶液を準備するパラジウム錯体調製工程と、
含窒素複素がスズ原子に結合したアリールトリアルキルスタンナンと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下、非プロトン性のラクタム中で反応させて含窒素複素環が銅原子に結合したアリール銅溶液を準備する含窒素複素環型アリール銅調製工程と、
該CHPdI錯体溶液と該含窒素複素環が銅原子に結合したアリール銅溶液とを混合してメチル化された含窒素複素環型アリールとするメチル化工程と、
を備えることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項11】
N−メチル−2−ピロリジノン中において、11Cで標識されたヨウ化メチルと、含窒素複素環がスズ原子に結合したアリールトリアルキルスタンナンとを、パラジウム錯体と、該パラジウム錯体として存在するパラジウム原子の数に対して4倍以上の分子数のホスフィンリガンドと、臭化第1銅と、フッ化セシウムとの存在下でクロスカップリングさせることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項記載の含窒素複素環型アリールのメチル化法。
【請求項12】
非プロトン性のラクタム中において、11Cで標識したヨウ化メチルと、含窒素複素環がスズ原子に結合したアリールトリアルキルスタンナンとを、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下でクロスカップリングさせることを特徴とするPET用トレーサーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ化メチルとヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンとを短時間でクロスカップリングさせてヘテロ芳香環型アリールのメチル化を行なう、ヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法、及びそれを利用したPETトレーサー調製用キットに関する。本発明は、陽電子放射断層画像撮影(以下「PET」という)に使用するトレーサーの製造方法として好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
PET法は、ポジトロンを放出する短寿命放射核で標識された標識化合物を生体内に投与し、この標識化合物(以下「トレーサー」という)によって生じるガンマ線をPETカメラ(ガンマ線シンチレーターと光電子増倍管からなる検出器)によって計測して、その体内分布をコンピュータにより画像化する方法である。このPET法は、核医学検査法として癌細胞などの腫瘍部位の特定、アルツハイマー病や脳梗塞などの診断、さらには鬱病などの精神疾患の診断や治療の評価や薬物の動態および薬効評価に用いられている。
【0003】
PET法では、短寿命放射核種である11C、18Fなどで標識されたトレーサーが用いられる。この中でも、11Cで標識されたトレーサーは、次に述べるように、多くの長所を有している。
(1)全ての有機化合物中に存在している炭素原子を利用しているため、適用範囲が極めて広い。
(2)11Cで標識されたトレーサーを合成するための前駆体となる11CHI、11CO、11COといった化合物は、調製法が充分に確立されており、精製された前駆体を安定的に入手することができる。
(3)11C含有トレーサーは半減期が短い(20.3分)ため、一日に多くの基礎的研究のための試行実験や臨床試験の実施を行うことができ、合成反応後に生じる放射標識化された副生成物の処理等に関しても特別な注意を払う必要がない。
このため、11Cで標識されたトレーサーは、PET法における最も理想的なトレーサーであるということができる。しかし、11Cの半減期は20分と極めて短いため、反応開始から、生成物の精製、及び投与までおよそ40分以内に行う必要がある。このため、トレーサーの合成反応は5〜10分程度の間に完了しなくてはならない。このような高速反応を高収率で行うための方法は未だ確立されておらず、このことが11Cで標識されたトレーサーをPET法で使用する場合の問題点となっていた。
【0004】
ところで、11Cを放射核種として用いたPET用のトレーサーを合成する場合、11Cで標識されたメチル基をO,S,N等のヘテロ原子に結合させる方法と、11Cで標識されたメチル基を炭素骨格の炭素に結合させる方法とがある。
O,S,N等のヘテロ原子に11Cで標識したメチル基を結合させたトレーサーは、体内における代謝ですみやかに他の化合物に変化することが多い。このため、臨床に用いた場合に、トレーサーが標的臓器に到達するまでに変化して、正確に診断、治療ができないという欠点がある。また、メチル化後の化合物は、メチル化前の化合物と全く異なる生理活性を示すため、創薬候補化合物の探索手段として適していない。
これに対して、炭素骨格の炭素に11Cメチルを結合させたトレーサーは次のような利点がある。すなわち、(1)メチル基は立体的に最小でありかつ無極性の官能基であるため、導入後も親化合物の生理活性に与える影響は最小限である。すなわち、分子設計に対する自由度が高く、創薬候補化合物のスクリーニングに適している。(2)C−メチル化体はO−メチル化体やN−メチル化体よりも代謝過程に対して高い安定性を示すため、得られる画像の信憑性が高く、疾患の適切な診断、治療を行うことができる。
【0005】
こうした状況下、発明者らは、ヨウ化メチルと有機スズ化合物とをStille型カップリング反応させる高速メチル化法を開発し、注目を集めている(非特許文献1)。この方法は、Stille型カップリング反応において従来から困難と思われていたSP−SP炭素間のクロスカップリングを可能としたものである。例えば、ヨウ化メチルと過剰のトリブチルフェニルスタンナンとトリ−o−トリルホスフィンと不飽和パラジウムとを銅塩、炭酸カリウムの存在下で、DMF溶媒中において60℃で5分間反応させると、メチル化が90%以上の収率で進行する。この方法は、実際にプロスタグランジン誘導体トレーサーに応用され、人の脳内のプロスタグランジン受容体の画像化に成功する等、既にその有用性が証明されている。
【0006】
また、発明者らは、ヨウ化メチルと、大過剰のアルケニルスタンナンあるいはアルキニルスタンナンとを高速クロスカップリングする方法も開発している(特許文献1及び非特許文献1、2)。さらには、有機ホウ素化合物を用いる高速メチル化反応の達成にも成功している(特許文献2)。
【0007】
これらsp混成軌道炭素とsp2混成軌道炭素、あるいはsp混成軌道炭素とsp混成軌道炭素との間におけるPd(0)が介在したクロスカップリング反応は、DMF中60℃で5分以内に良好に進行し、対応するメチル化体を高収率で与える(非特許文献3、4)。実際、これらの手法のうちsp−sp2(アリール)クロスカップリングを用いて高機能プロスタグランジンプローブである15R−[11C]TICメチルエステル(HPLC 分析収率85%)が合成され、生きたサルおよびヒトへの静脈注射により中枢神経系に発現する新規プロスタサイクリン受容体(IP2)の画像化が達成されている(非特許文献5〜7)。
【0008】
この他、本発明に関連するStille型カップリング反応には以下に示した報告(非特許文献8〜15)がある。
【0009】
【非特許文献1】M.Suzuki,H.Doi,M.Bjorkman,Y.Anderson,B.Langstrom,Y.Watanabe and R.Noyori,Chem.Eur.J.,1997,3(12),2039-2042
【非特許文献2】T. Hosoya, K. Sumi, H. Doi and M. Suzuki,Org.Biomol.Chem.,2006, 4, 410.415
【非特許文献3】11C-labeled PGF2α analogue of [p-11C-methyl]MADAM: J.Tarkiainen, J. Vercouillie, P. Emond, J. Sandell, J. Hiltunen, Y. Frangin, D.Guilloteau and C. Halldin, J. Labelled Compd. Radiopharm., 2001, 44,1013.1023
【非特許文献4】[11C]celecoxib for imaging COX-2 expression: J.Prabhakaran, V. J. Maio, N. R. Simpson, R. L. V. Heertum, J. J. Mann, J. S. D.Kumar, J. Labelled Compds. Radiopharm. 2005, 48, 887.895.
【非特許文献5】M. Suzuki, R.Noyori, B. Langstrom and Y. Watanabe, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2000, 73,1053.1070
【非特許文献6】M. Suzuki, H. Doi, T. Hosoya, B. Langstrom and Y. Watanabe, Trends Anal.Chem., 2004, 23, 595.607
【非特許文献7】R. Noyori, Angew. Chem., Int. Ed. Engl., 2002, 41, 2008.2022.
【非特許文献8】T. Hosoya, M. Wakao, Y. Kondo, H. Doi, M. Suzuki, “Rapid methylation of terminal acetylenes by the Stille coupling of methyl iodide with alkynyltributylstannanes: a general protocol potentially useful for the synthesis of short-lived 11CH3-labeled PET tracers with 1-propynyl group”, Org. Biomol. Chem., 2, 24-27 (2004).
【非特許文献9】J. Sandell, M. Yu, P. Emond, L. Garreau, S. Chalon, K. Nagren, D. Guilloteau and C. Halldin, Bioorg. Med. Chem. Lett., 12, 3611-3613 (2002).
【非特許文献10】Iida, M. Ogawa, M. Ueda, A. Tominaga, H. Kawashima, Y. Magata, S. Nishiyama, H. Tsukada, T. Mukai and H. Saji, J. Nucl. Med., 45, 878-884 (2004).
【非特許文献11】Y. Huang, R. Narendran, F. Bischoff, N. Guo, Z. Zhu, S.-A Bae, A. S. Lesage and M. Laruelle, J. Med. Chem., 48, 5096-5099 (2005).
【非特許文献12】I. Bennacef, C. Perrio, M.C.Lasne, L. Barre, J. Org. Chem. 72, 2161-2165, (2007).
【非特許文献13】K.Menzel and G.C.Fu,J.Am.Chem.Soc.,2003,125,3718-3719
【非特許文献14】H.Tang,K.Menzel and G.C.Fu,Angew,Int.Ed.Engl.,2003,42,5079-5082
【非特許文献15】J.Baldwin et al,Angew.Chem.Int.Ed.,2004,43,1132-1136
【特許文献1】WO/02007/046258
【特許文献2】WO/2008/023780
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
医薬品にはヘテロ芳香環を含むものが数多くある。このため、ヘテロ芳香環を含むPET等のトレーサーの製造のためには、ヘテロ芳香環へ迅速かつ高収率でメチル基の導入を行なうことが望まれていた。しかし、上記従来のパラジウム錯体を用いたメチル化方法では、ヘテロ芳香環に対して汎用できるようなメチル化反応の反応条件は、未だ見出されていない。
【0011】
本発明は、上記の実情に鑑みてされたものであり、ヘテロ芳香環型アリールに対して、高速かつ高収率でメチル化を行なうことができる方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、以前自らが開発した特許文献1の方法、すなわちヨウ化メチルと大過剰のアルケニルトリアルキルスタンナンとを高速クロスカップリングする方法について、これをヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンに適用し、ヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化を試みた。しかし、アルケニル基へのメチル化では高速かつ高収率で反応が進行する条件であっても、ヘテロ芳香環型アリール基へのメチル化に対しては、満足な結果が得られなかった。そして、さらに鋭意研究を行なった結果、反応溶媒として非プロトン性のラクタムを用いれば、高速かつ高収率でメチル化を行なうことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法は、非プロトン性のラクタム中において、ヨウ化メチルとヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンとを、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下でクロスカップリングさせることを特徴とする。
【0014】
本発明の方法を用いれば、「ヘテロ芳香環型アリールのSP混成軌道炭素」と「メチル基のSP混成軌道炭素」との間のStille型カップリング反応が円滑に進行し、ヘテロ芳香環型アリール基にメチル基が結合したメチルヘテロ芳香環型アリールを迅速かつ高収率で得ることができる。この反応は、次のような機構で進行するものと推定される。
【0015】
すなわち、まず、0価のパラジウム錯体に立体的に嵩高いホスフィンリガンドが不飽和的に配位し、活性な反応場を創出する。そして、さらに、このホスフィンリガンドが配位したパラジウム錯体とヨウ化メチルとが反応してCHPdIにホスフィンリガンドが配位した2価のパラジウム錯体が形成される。 なお、CHIが酸化的付加をするためには、パラジウム錯体は電子が豊富な状態である0価が好ましい。このため、0価パラジウム錯体を用いて反応を行う方法が有利であるが、2価のパラジウム錯体を用いて反応系内で還元させて0価の状態にする方法を用いたり、直接2価のパラジウム錯体を用いて反応を始める方法(この場合は2価のパラジウム錯体が4価のパラジウム錯体になるといわれている)を用いたりしてもよい。
【0016】
一方、ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンは、ハロゲン化第1銅と金属交換反応を行い、求核性に富んだヘテロ芳香環型アリール銅化合物となる。このときに副生するトリアルキルスタニルハライドは、炭酸塩やアルカリ金属のフッ化物と反応して中和もしくは沈殿により(炭酸塩の場合はトリアルキルスタニル炭酸塩となり、アルカリ金属のフッ化物の場合はトリアルキルスタニルフルオライドとして沈殿する)、反応系から除外される。このような、Cu/炭酸塩及びCu/アルカリ金属フッ化物の相乗効果により、SnからCuへの金属交換反応が促進される。
【0017】
そして、上記のようにして生成したCHPdIにホスフィンリガンドが配位した2価のパラジウム錯体と、ヘテロ芳香環型アリール銅化合物とが置換反応をして、CHPdR(ここでRはヘテロ芳香環型アリール基を示す)にホスフィンリガンドが配位した錯体となり、さらに、還元的脱離によってメチル化されたヘテロ芳香環型アリールが生成する。
【0018】
本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法においては、溶媒が極めて重要な役割を果たす。すなわち、発明者らは、1,3−ジメチルイミダゾリジン−2−オン(DMI)、ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセタミド(DMA)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサメチルホスホリックトリアミド(HMPA)、THF、トルエン等、各種の溶媒中で反応を行なったが、いずれも収率が低かった。これに対し、非プロトン性のラクタムを溶媒とした場合、収率が飛躍的に高くなり、反応も短時間で進行した。ここで、非プロトン性のラクタムとは、環状のアミド(すなわちラクタム)であって、窒素に直接結合する水素を有しないものをいう。このような非プロトン性のラクタムを溶媒として用いた場合に、なぜ収率が飛躍的に高くなるかについての理由は明確ではないが、次の2つの理由が考えられる。 1)反応途上で生じるパラジウム錯体のパラジウム原子の空位の軌道に非プロトン性のラクタムの孤立電子対が配位し、それらの不安定さを軽減し、分解等の副反応を最小限としていること。 2)ヘテロ芳香環型アリールがピリジンやピリジン誘導体のように塩基性を示す窒素原子を有する場合、塩基性を示す窒素原子上の孤立電子対がパラジウムもしくは銅元素へ配位子しスズ基質の反応性が低下するが、この配位と、配位力の強いラクタムの金属への配位とが競合し、十分な反応性をもつスズ基質が再生されること。
【0019】
したがって、本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法によれば、ヘテロ芳香環型アリールに対して、高速かつ高収率でメチル化を行なうことができる。
【0020】
ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンのアルキル基部分の炭素数は特に限定されないが、好ましくは1〜10であり、より好ましくは1〜6である。アルキル基は直鎖状でも分岐を有するものでもよい。また、ヘテロ芳香環型アリール基及びアルキル基はそれぞれ置換基を有していてもよい。
【0021】
非プロトン性のラクタムとしては、N−アルキル−2−ピロリジノンが好ましい。本発明者らは、N−アルキル−2−ピロリジノンの一種である、N−メチル−2−ピロリジノンを溶媒として用いることにより、ヘテロ芳香環型アリールに対して、確実に高速かつ高収率でメチル化を行なうことができることを確認している。N−アルキル−2−ピロリジノンのアルキル基は、好ましくは炭素数1〜6であり、より好ましくは炭素数1〜3である。
【0022】
本発明においてスカベンジャーとして用いられる炭酸塩は、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸セシウム、炭酸リチウム、炭酸カルシウム等のアルカリ炭酸塩を用いることができるが、炭酸カリウムが特に好ましい。基質となるヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンの種類に応じ、炭酸塩を適宜選択することにより、さらに高収率で目的の化合物を得ることができる。
【0023】
また、本発明において用いられるアルカリ金属のフッ化物はフッ化ナトリウム、フッ化カリウム及びフッ化セシウムを用いることができるが、フッ化セシウムが特に好ましい。セシウムイオンはイオン半径が大きいため、フッ素イオンの溶解性及び求核性が高くなり、トリアルキルスタニルフルオライドの生成がさらに迅速に行われる。このため、SnからCuへの金属交換反応が促進される結果、全体の反応もより促進される。
【0024】
また、ホスフィンリガンドは、嵩高いものが好ましい。このようなホスフィンリガンドとしてはトリ−o−トリルホスフィンを用いることができる。発明者らは、このホスフィンリガンドを用いることにより、迅速かつ高収率でメチルアルケンが得られることを確認している。この理由は、トリ−o−トリルホスフィンの嵩高さが、活性の高い反応場を形成するためであると考えられる。また、トリ−o−トリルホスフィンは、空気中で安定な結晶化合物で取り扱いやすいという利点がある。それ以外の嵩高いホスフィンリガンドとしては、例えば(ジ−tert−ブチル)メチルホスフィンが挙げられる。
【0025】
また、本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法において添加されるハロゲン化第一銅は、臭化第一銅及び塩化第一銅のいずれかを用いることができる。これらのハロゲン化第一銅とヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンとの金属交換により、求核性に富んだヘテロ芳香環型アリール銅化合物となり、高い反応促進効果が得られる。
【0026】
また、本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法では、11Cのみならず、12C、13C、14C及びCDのいずれかで標識されたヨウ化メチルを用いることができる。これらの標識化したヨウ化メチルを用いることにより、PET法等による創薬候補化合物の動態研究、疾患診断法のためのトレーサー、薬品の代謝研究、新しい医薬品の開発研究のためのトレーサーとして有効に利用することができる。
【0027】
本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法においては、メチルパラジウム錯体の合成と、Sn/Cu金属交換反応とを別々の反応容器で行い、その後、それぞれの反応液を混合するという2段階合成法を採用することもできる。すなわち、ヨウ化メチルと、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドとを非プロトン性のラクタム中で反応させてCHPdI錯体溶液を準備するパラジウム錯体調製工程と、ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下、非プロトン性のラクタム中で反応させてヘテロ芳香環型アリール銅溶液を準備するヘテロ芳香環型アリール銅調製工程と、該CHPdI錯体溶液と該ヘテロ芳香環型アリール銅溶液とを混合してメチル化ヘテロ芳香環型アリールとするメチル化工程と、を備えることを特徴とするヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法である。
【0028】
ヨウ化メチルと、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドとを非プロトン性のラクタム中で反応させてCHPdI錯体溶液を準備するパラジウム錯体調製工程では、ハロゲン化第1銅が触媒毒となる。このため、ヨウ化メチルと、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドとを非プロトン性のラクタム中で反応させてCHPdI錯体溶液を準備するパラジウム錯体調製工程と、ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との存在下、非プロトン性のラクタム中で反応させてヘテロ芳香環型アリール銅溶液を準備するヘテロ芳香環型アリール銅調製工程とを別々の容器で行なう2段階合成法を行なえば、ハロゲン化第1銅の触媒毒の作用を最小限にすることができる。このため、一つの反応容器で反応を行った場合よりも、さらに高収率でヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンの高速メチル化を行うことができる。
【0029】
ホスフィンリガンドはパラジウム錯体に対してモル比で4倍以上が好ましく、特に好ましいのは8〜32倍である。発明者らの試験結果によれば、ホスフィンリガンドはパラジウム錯体に対してモル比で4倍以上(特に8〜32倍)の場合高い収率で得られ。その理由としては、配位力の強いラクタムの働きと同様に、ホスフィンリガンドのパラジウムおよび銅元素への配位力により、一旦窒素原子が配位した金属/スズ基質錯体からのスズ基質の再生に働いているものと考えられる。
【0030】
本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法で用いられる試薬をあらかじめ混合したキットを用意しておき、これに非プロトン性のラクタムを加え、さらにヨウ化メチルを導入することによってメチル化されたヘテロ芳香環型アリールを合成することもできる。すなわち、パラジウム錯体と、ホスフィンリガンドと、ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物との混合物からなるPETトレーサー調製用キットである。このような、PETトレーサー調製用キットを用意しておけば、非プロトン性のラクタムを加え、さらにヨウ化メチルを導入するだけで、極めて簡便にPET用トレーサーを合成することができる。 さらに、反応液からメチルアルケンを分離するためのカラムを備えることも好ましい。こうであれば、別途分離カラムを準備する必要がなく、さらに利便性に富むPETトレーサー調製用キットとすることができる。
【0031】
また、パラジウム錯体とホスフィンリガンドとが混合された第1混合物と、ヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンと、ハロゲン化第1銅と、炭酸塩及び/又はアルカリ金属のフッ化物とが混合された第2混合物とに、分けておくことも好ましい。こうであれば、メチルパラジウム錯体の合成と、Sn/Cu金属交換反応とを別々の反応容器で行った後、それぞれの反応液を混合することができる。これによって、ハロゲン化第1銅の触媒毒としての作用を最小限にすることができる。このため、一つの反応容器で反応を行った場合よりも、さらに高収率でヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンの高速メチル化を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法の反応機構は、次のように推定される(以下、ピリジンの高速メチル化を例に挙げて説明する)。
【化1】
【0033】
すなわち、まず0価のパラジウム錯体に立体的に嵩高いホスフィンリガンド(上記式(化1)ではo−トリルホスフィン)が不飽和的に配位し、活性な反応場を創出し、さらに、上記式(1)に示すように、このホスフィンリガンドが配位したパラジウム錯体とヨウ化メチルとが反応してCHPdIにホスフィンリガンドが配位した2価のパラジウム錯体が形成される。
【0034】
一方、ヘテロ芳香環型アリール(上記式(化1)ではピリジル基)トリアルキルスタンナンは、上式(2)に示すように、ハロゲン化第1銅(上記式(化1)塩化第1銅)と金属交換反応を行い、求核性に富んだヘテロ芳香環型アリール(上記式(化1)ではピリジン)銅化合物となる。このときに副生するトリアルキルスタニルクロライドは、炭酸塩やアルカリ金属のフッ化物と反応して中和もしくは沈殿により(炭酸塩の場合はトリアルキルスタニル炭酸塩となり、アルカリ金属のフッ化物の場合はトリアルキルスタニルフルオライドとして沈殿する)、反応系から除外される。このような、Cu/炭酸塩及びCu/アルカリ金属フッ化物の相乗効果により、SnからCuへの金属交換反応が促進される。
【0035】
そして、式(1)によって生成したCHPdIにホスフィンリガンドが配位した2価のパラジウム錯体と、式(2)によって生成したヘテロ芳香環型アリール(上図ではピリジル基)銅化合物とが置換反応をして、CHPdR(ここでRはピリジル基を示す)にホスフィンリガンドが配位した錯体となり(上式(3))、さらに、還元的脱離によってメチル化されたヘテロ芳香環型アリール(上図ではピリジン)が生成する(式(4))。
【0036】
以下、本発明を具体化した実施例を詳細に述べる。なお、以下の記載において、Pd2(dba)3はトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム)を、P(o-tolyl)3 は(トリ−o−トリルホスフィン)を、それぞれ表している。
【0037】
高速メチル化に供する基質として、表1に示す9種類のヘテロ芳香環型アリールトリブチルスタンナン1a〜1iを選択し、ヨウ化メチルとスズ基質(大過剰使用)のモル比を1:40として、以下の実施例1の方法及び比較例1〜3の方法でメチル化を試みた。ヘテロ芳香環型アリールトリブチルスタンナンを大過剰としたのは、実際のPET用のトレーサーを合成する場合に、シンクロトロンで合成された僅かな量の11C標識CHIをヘテロ芳香環型アリールトリブチルスタンナンと反応させることを念頭において設定したものである。
【表1】
1):GLC分析により標品との比較により単一生成物であることを確認した。
2):内部標準物質としてn-ノナン、n-ヘプタンを用いてCH3Iの消費量に基づ
くGLC分析(2回もくしは3回の平均値)によって決定した。
3):CH3I/スタンナン/Pd2(dba)3/P(o-tolyl)3/CuCl/K2CO3(1:40:0.5:2:2:2)、DMF中、80℃、3分間加熱(非特許文献12におけるLaruelleらの方法)
4):CH3I/スタンナン/Pd2(dba)3/P(o-tolyl)3/(1:40:0.5:2)、DMF中、120℃
5分間加熱(非特許文献11の佐治らの方法)
5):100℃で反応を行なった。
【0038】
(実施例1の方法)
実施例1の方法では、次のようにしてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1iのメチル化を行なった(これらを実施例1a〜実施例1iとする)。各試薬の仕込みモル比を以下のとおりとした。
CH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuBr:CsF=(1:40:0.5:16:2:5)
すなわち、アルゴン雰囲気下、10 mLのシュレンク管にPd2(dba)34.6 mg,5.0μmol)、P(o-tolyl)3(48.8mg,160μmol)、CuBr(20 μmol)、CsF(50 μmol)をはかりとり、NMP(0.5mL)を加え、室温で5分間撹拌した。続いてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1i(400μmol)のNMP(0.5mL)溶液、CH3I(12.5 μmol/0.80Mを10μmol)のNMP溶液を順次加え、60°Cで5分間撹拌した。反応後、素早く氷浴にて冷却し、ジエチルエーテル(1mL)を加えた。混合物をシリカゲル(0.5g)のショートカラムにのせ、ジエチルエーテル(1mL)で溶出した。つづいて、内部標準としてn−ノナン(50μL/0.10M NMP溶液を50μmol)を加え、GLC分析を行った。
【0039】
(比較例1の方法)
比較例1の方法では、次のようにしてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1iのメチル化を行なった(これらを比較例1a〜比較例1iとする)。各試薬の仕込みモル比は以下のとおりとした。
CH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuCl:K2CO3=1:40:0.5:16:2:5
具体的な手順は次の通りである。
すなわち、アルゴン雰囲気下、10 mLのシュレンク管にPd2(dba)3(4.6mg,5.0μmol)、P(o-tolyl)3(6.1mg, 20μmol)、CuCl (2.9 mg, 20 μmol)、K2CO3 (7.0mg,50μmol)をはかりとりDMF(0.5mL)を加え、室温で5分間撹拌した。続いてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1i(400μmol)のDMF (0.5 mL)溶液、CH3I (12.5 μmol/0.80 Mを10μmol)のDMF溶液を順次加え、60°Cで5分間撹拌した。反応後、素早く氷浴にて冷却し、ジエチルエーテル(1mL)を加えた。混合物をシリカゲル(0.5g)のショートカラムにのせ、ジエチルエーテル(1mL)で溶出した。つづいて、内部標準としてn−ノナン(50 μL/0.10M DMF溶液を50μmol)を加え、GLC分析を行った。
【0040】
ただし、表中の3)については、
CH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuCl:K2CO3=1:40:0.5:2:2:2とし、DMF中80℃、3分間加熱した(非特許文献12におけるLaruelleらの方法)。
また、表中の4)ではCH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:(1:40:0.5:2)DMF中、120℃で5分間加熱した(非特許文献11における佐治らの段階的操作法)。
【0041】
(比較例2の方法)
比較例2の方法では、比較例1におけるP(o-tolyl)3の添加量を8倍と大過剰にしてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1iのメチル化を行なった(これらを比較例2a〜比較例2iとする)。
各試薬の仕込みモル比は以下のとおりである。
CH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuCl:K2CO3=1:40:0.5:16:2:5
【0042】
(比較例3の方法)
比較例3の方法では、比較例2におけるCuCl/K2CO3の組み合わせをCuBr/CsFに替えてヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナン1a〜1iのメチル化を行なった(これらを比較例3a〜比較例3iとする)。
各試薬の仕込みモル比は以下のとおりである。
CH3I:スタンナン:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuBr:CsF=1:40:0.5:16:2:5
【0043】
<結 果>
上記比較例1の方法では、嵩高いリガンドであるP(o-tolyl)3を用いており、へテロ元素を有していない芳香環型アリールトリアルキルスタンナンや、アルケニルトリアルキルスタンナンに対しては、極めて高い収率でメチル化されることが確認されている方法である(例えば特許文献1、非特許文献1参照)。また、比較例2及び比較例3の方法は、比較例1の方法をさらに改良した方法であり、芳香環型アリールトリアルキルスタンナンや、アルケニルトリアルキルスタンナンに対しては、さらに高い収率が期待できる方法である(特許文献1参照)。
【0044】
ところが、表1に示すように、比較例1のメチル化方法では、いずれの芳香環型アリールトリアルキルスタンナンにおいても、収率が低かった。
【0045】
また、比較例1に対してP(o-tolyl)3の添加量を8倍と大過剰にした比較例2の方法では、収率の向上効果はあるものの、未だ充分な収率ではなかった。
【0046】
さらに、ハロゲン化銅を臭化第1銅に替え、さらにK2CO3から、スカベンジャーとしての効果に優れるCsFを用いた比較例3においても、収率向上効果は認められたものの、1b、1c以外のヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンにおいては収率が充分ではなかった。
【0047】
これに対して、溶媒をジメチルホルムアミド(DMF)からN−メチル−2−ピロリジノン(NMP)に替えた実施例1の方法では、1a〜1iの全てのヘテロ芳香環型アリールトリアルキルスタンナンに対してメチル化の収率が高くなり、ヘテロ芳香環型アリールの汎用的なメチル化方法として利用できることが分かった。
【0048】
(実施例2及び比較例5〜11)
溶媒による反応性の違いを調べるために、トリブチル(2-ピリジル)スタンナン(1d)のメチル化反応(化2参照)を各種の溶媒で行なった。すなわち、実施例2ではN−メチル−2−ピロリジノン(NMP)、比較例5ではジメチルホルムアミド(DMF)、比較例6ではN,N−ジメチルアセタミド(DMA)、比較例7では1,3−ジメチルイミダゾリジン−2−オン(DMI)、比較例8ではトルエン、比較例9ではテトラヒドロフラン(THF)、比較例10ではジメチルスルホキシド(DMSO)、比較例11ではヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)を用いた。なお、試薬の仕込み比は以下のとおりとし、具体的な実験操作の手順は実施例1と同様に行なった。
CH3I: 1d:Pd2(dba)3:P(o-tolyl)3:CuBr:CsF=(1:40:0.5:16:2:5)
【化2】
【0049】
その結果、表2に示すように、非プロトン性極性溶媒の中でもNMPを溶媒として用いた場合には、その他の非プロトン性極性溶媒と比較して、顕著に優れた収率でメチル化を行うことができた。
【表2】
【0050】
(実施例3) 実施例3では、実施例2において用いたCuBrの代わりにCuClを用い、CsFの代わりにKCOを用いた。その他の反応条件については実施例2と同様であり、説明を省略する。その結果、2−メチルピリジン2dが66%の収率で得られ、高速メチル化の手法として利用可能であることが分かった。また、銅のハロゲン化塩及びスカベンジャーとしての塩の組み合わせは、CuCl−KCOの組み合わせより、CuBr−CsFの組み合わせのほうが好ましいことが分かった。
【0051】
以下、実施例4〜7は11Cヨウ化メチルを原料とした11C標識メチル化に応用した実施例である。実施例4〜6は2つの反応容器を用意し、第1の反応容器においてパラジウム錯体調製工程を行い、第2の反応容器においてヘテロ芳香環型アリール銅調製工程を行い、こうして得られたCHPdI錯体溶液とヘテロ芳香環型アリール銅溶液とを混合してメチル化ヘテロ芳香環型アリールとするメチル化工程を行なうという、Two Pot操作法を採用したヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法についての実施例である。 また、実施例7は、1つの反応容器のなかで反応操作を行う、One Pot操作法を採用したヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法についての実施例である。
【0052】
(実施例4)CuBrおよびCsFを用いた[11C]3-picolineの合成
トリスジベンジリデンアセトンジパラジウム(2.5 mg,2.7μmol)および、トリ-O-トリルホスフィン(13 mg,44μmol)のNMP溶液(0.27mL)を反応容器(A)に準備し、室温に設置した。反応容器(A)中の溶液は、[11C]ヨウ化メチルを吹き込む10-20分前に設置した。
一方、スズ前駆体である、(3-ピリジニル)トリブチルスタナン (3.0 mg, 8.1 μmol)、 CuBr(0.78mg, 5.4μmol)およびCsF(2.1mg,14μmol)のNMP溶液(60 mL)を反応容器(B)に準備し、室温に設置した。続いて反応容器(A)に[11C]ヨウ化メチルを60-80 mL/minのガス流量で吹き込み、その後1分間静置した。得られた溶液を反応容器(B)に移送した。反応容器(B)中の混合溶液を60°Cで5分間加熱し、得られた反応溶液を2mLのアセトニトリルで希釈した後、綿栓を用いてろ過した。ろ液をHPLCに供し、標識化合物のHPLC分析収率を算出した。HPLC分析収率:91.4%。
HPLC分析条件は、以下の通りである。
カラム:ナカライ,COSMOSIL,C18-MS-II,4.6mmI.D.-150mm,5mm
移動相:CH3CN:H2O=25:75、流速:1mL/min、検出波長:254nm
保持時間:4.6min。
本反応のHPLC分析収率の結果を表3に示した。
【0053】
(実施例5)CuClおよびK2CO3を用いた[11C]3-picolineの合成
トリスジベンジリデンアセトンジパラジウム(2.5mg, 2.7μmol)および、トリ-O-トリルホスフィン(13mg,44μmol)のNMP溶液(0.27mL)を反応容器(A)に準備し、室温に設置した。反応容器(A)中の溶液は、[11C]ヨウ化メチルを吹き込む10-20分前に設置した。
一方、スズ前駆体である、(3-ピリジニル)トリブチルスタナン(3.0mg,8.1μmol)、 CuCl(0.54 mg,5.4μmol)およびK2CO3(1.9mg,14μmol)のNMP溶液(60mL)を反応容器(B)に準備し、室温に設置した。続いて反応容器(A)に[11C]ヨウ化メチルを60-80mL/minのガス流量で吹き込み、その後1分間静置した。得られた溶液を反応容器(B)に移送した。反応容器(B)中の混合溶液を60 °Cで5分間加熱し、得られた反応溶液を2mLのアセトニトリルで希釈した後、綿栓を用いてろ過した。ろ液をHPLCに供し、標識化合物のHPLC分析収率を算出した。HPLC分析収率:91.3%。HPLC分析条件は、以下の通りである。
カラム:ナカライ, COSMOSIL,C18-MS-II,4.6mmI.D.-150mm,5mm
移動相:CH3CN:H2O=25:75、流速:1mL/min、検出波長:254nm
保持時間:4.6min。
本反応のHPLC分析収率の結果を表3に示した。
なお、本反応は100℃でも進行し、目的の[11C]3-picolineが95.2%のHPLC分析収率で得られた。
【0054】
(実施例6)[11C]2-picolineの合成
[11C]2-picolineの合成は、スズ前駆体として(2-ピリジニル)トリブチルスタナンを用い、実施例5に記載した、CuClおよびK2CO3を用いる[11C]3-picolineの合成法に従って行った。HPLC分析収率:98.9%。HPLC分析条件は以下の通りである。
カラム:ナカライ,COSMOSIL,C18-MS-II,4.6mmI.D.-150mm,5mm
移動相:CH3CN:H2O=20:80、流速:1mL/min、検出波長:254nm
保持時間:4.9min。
本反応のHPLC分析収率の結果を表3に示す。
【表3】
【0055】
(実施例7)1.0mlの反応容器に、トリブチル(2-ピリジル)スタンナン(1d)(4.5μmol)、Pd2(dba)3(1.8mg、1.97μmol)、P(o-tolyl)3(19.2mg、63.2μmol)、CuBr(20μmol)、およびCsF(2.100μmol)のNMP(0.4ml)溶液を準備し、室温に設置する。続いて、この溶液に11Cで標識したヨウ化メチルを室温で捕獲し1分間靜置する。 11Cは住友重機械工業社製CYPRIS HM-12S Cyclotronを使用し、14N(p,α)11Cの核反応により製造する。そして、11Cヨウ化メチル自動合成装置を用いて、11CO2ガスを出発物質として、CO→CHOH→CHIの順に変換して使用する。得られた混合溶液を65℃で5分間加熱した後、NMP:H2O(1:5)溶液(300μl)を用いて反応溶液を綿栓ろ過する(あるいはSPE固相カラムでろ過してもよい)。ろ液をHPLCに供し、11Cで標識化された目的のメチル化体はエバポレーターで濃縮した後、規定の臨床用投与溶液とする。
【0056】
<実験装置、実験方法及び使用した試薬>
分析用ガスクロマトグラフィー(GC)は島津製作所FID検出器付きGC-2010およびGC-17Aを使用した。キャリアガスはヘリウムおよび窒素を用いたキャピラリーカラムはGL Science 社製TC-1701(60m 0.25mm i.d.,df=0.25 mm)およびGLScience 社製CP-Volamine(60m×0.32mm i.d.)を使用した。11Cは住友重機械工業社製CYPRIS HM-12S Cyclotronを使用し、14N(p,α)11Cの核反応により製造した。反応溶液の加熱、希釈、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)装置への注入、分取、濃縮、殺菌の一連の操作は独自に開発した自動合成装置により行った。HPLC は島津製作社製マルチUV 検出器SPD-20AC,カラムオーブンCTO-20-AC,送液ポンプLC-20AB, システムコントローラーCBM-20A,オートサンプラーSIL-20Aを使用した。放出される放射能はアロカ社製RLC-700放射線測定装置を用いて測定した。すべての実験操作は、標準的シュレンク技術にしたがってアルゴン気流下で行った。各反応溶媒および溶液はガスタイトシリンジを用いてあるいはステンレス製カニュラを用いてアルゴン圧により反応溶液に加えた。脱水N,N-ジメチルホロムアミド(DMF)(関東化学社製)、脱水N-メチル-2-ピロリジノン(NMP)(関東化学社製)、脱水テトラヒドロフラン(THF)(和光社製)、脱水トルエン(和光社製)、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)(Aldrich社製)、n-ノナン(ナカライテスク社製)、9トリ-o-トリルホスフィン(Aldrich社製)、塩化銅(和光社製)、臭化銅(和光社製)、炭酸カリウム(和光社製)、フッ化セシウム(Aldrich社製)、1,3-ジメチルイミダゾリジン-2-オン(DMI)(ナカライテスク社製)、N,N-ジメチルアセタミド(DMA)(関東化学社製)、ジメチルスルホキシド(DMSO)(関東化学社製)、ヘキサメチルホスホリックトリアミド(HMPA)(東京化成工業社製)、2,6-ルチジン、トリエチルアミン(ナカライテスク社製)、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタンDABCO)(関東化学社製)、2-(トリブチルスタニル)フラン(東京化成工業社製)、2-(トリブチルスタニル)チオフェン(東京化成工業社製)、2-(トリブチルスタニル)ピリジン(東京化成工業社製)、3-(トリブチルスタニル)ピリジン(合成品,Frontier 社製)、4-(トリブチルスタニル)ピリジン(合成品)、5-ブロモピリミジン、4-ブロモイソキノリンは市販のものをそのまま使用した。ヨウ化メチルは蒸留したものを使用した。5-(トリブチルスタニル)ピリミジン(1g)は5-ブロモピリミジンとビス(トリブチルチン)とのパラジウム(0)触媒によるクロスカップリング反応により調製した。
【0057】
以上、実施例に基づき本発明を説明したが、本発明は、上記実施例そのものに何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能である。発明の技術的範囲には、これらの改良変形も含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のヘテロ芳香環型アリールの高速メチル化法は、従来困難であった中性あるいは塩基性のヘテロ芳香環骨格内への11Cメチル基によるラベル化を可能にするものである。細胞内の情報伝達シグナルを制御する阻害剤等、生理活性物質にはヘテロ芳香環をもつものも多く、製薬の開発等、ヒトまで含めた生体丸ごとの分子イメ−ジング研究に対して、本発明は極めて有効な手段を提供するものである。