特許第5696320号(P5696320)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5696320α−アクチニン−4遺伝子のコピー数を指標とした卵巣癌の予後判断の補助方法及び予後判断のためのキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5696320
(24)【登録日】2015年2月20日
(45)【発行日】2015年4月8日
(54)【発明の名称】α−アクチニン−4遺伝子のコピー数を指標とした卵巣癌の予後判断の補助方法及び予後判断のためのキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20150319BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150319BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20150319BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12N15/00 A
   G01N33/50 P
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-128520(P2013-128520)
(22)【出願日】2013年6月19日
(62)【分割の表示】特願2008-173469(P2008-173469)の分割
【原出願日】2008年7月2日
(65)【公開番号】特開2013-198496(P2013-198496A)
(43)【公開日】2013年10月3日
【審査請求日】2013年6月28日
(31)【優先権主張番号】特願2007-257918(P2007-257918)
(32)【優先日】2007年10月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】803000056
【氏名又は名称】公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本田 一文
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲司
(72)【発明者】
【氏名】廣橋 説雄
(72)【発明者】
【氏名】稲澤 譲治
(72)【発明者】
【氏名】井本 逸勢
(72)【発明者】
【氏名】津田 均
(72)【発明者】
【氏名】山本 宗平
(72)【発明者】
【氏名】高野 政志
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−304497(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/098978(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/058776(WO,A1)
【文献】 特表2005−536192(JP,A)
【文献】 Modern Pathology,2007年 9月,Vol.20,pp.1278-1285
【文献】 GENES, CHROMOSOMES & CANCER,2004年,Vol.41,pp.353-365
【文献】 Clinical Cancer Research,2003年,Vol.9,pp.4695-4704
【文献】 GASTROENTEROLOGY,2005年,Vol.128,pp.51-62
【文献】 Cancer Research,2005年,Vol.65、No.19,pp.8836-8845
【文献】 生化学,2007年 7月,第79巻、第7号,pp.643-654
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/00−3/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物において卵巣癌の予後の判断を補助する方法であって、
前記哺乳動物中の卵巣癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定する工程、
を含んでなり、前記遺伝子のコピー数が4以上である場合に、前記卵巣癌の予後が不良であると判断する、方法。
【請求項2】
前記遺伝子のコピー数の測定が、ゲノム上の該遺伝子に特異的なプローブを用いるFISH法によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞が、前記哺乳動物からの手術サンプルまたは生検サンプルである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記卵巣癌が、化学療法への感受性の低い卵巣癌である、請求項1乃至3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
哺乳動物における卵巣癌の予後を判断するためのキットであって、
前記哺乳動物中の卵巣癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定することのできる試薬、
を含んでなり、前記遺伝子のコピー数が4以上である場合に、前記卵巣癌の予後が不良であると判断する、キット。
【請求項6】
ゲノム上の該遺伝子に特異的なプローブを含んでなる、請求項5に記載のキット。
【請求項7】
前記卵巣癌が、化学療法への感受性の低い卵巣癌である、請求項5又は6に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵巣癌の予後判断を補助する方法及び予後判断のためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
「癌」は、種々の悪性新生物を表すのによく使われる用語である。癌のほとんどは周囲組織を侵襲し、数か所に転移し、除去しても再発しやすく、処置が不十分な場合には患者を死に至らしめる。よって、癌の治療には、癌を出来るだけ早期に発見し、患者に十分な処置を施すことが重要である。
【0003】
例えば、膵癌は膵臓から発生する癌であり、その90%以上は、外分泌に関係する細胞、特に膵液を運ぶ膵管の細胞から発生する膵管癌であることが知られている。膵臓は、胃、十二指腸、脾臓、小腸、大腸、肝臓、胆嚢などの多くの臓器に囲まれているため、膵癌はその発見が非常に困難である。他方で、膵癌は、初期の段階から他の臓器に拡がりやすく、転移を起こしやすいという性質を有する。よって、膵癌の治療には、その早期発見が不可欠である。
【0004】
また、卵巣癌は卵巣から発生する癌であり、初期にはほとんど症状が現れないことが知られている。そのため、転移性の卵巣癌の場合には、最初の診断のときに既に転移が見られることが多い。よって、卵巣癌の治療には、その早期発見が不可欠である。
【0005】
一般に、癌の早期発見には、血液検査による診断を可能とする腫瘍マーカーが有用である。例えば、膵癌の腫瘍マーカーとしては、CA19−9、CEA、Dupan−2等が知られている。また、卵巣癌の腫瘍マーカーとしては、βHCG、CA125、STN、SLX等が知られている。しかし、これらの腫瘍マーカーを用いても癌の早期発見は困難であることが多い。よって、癌の新たなマーカーの開発が望まれている。
【0006】
さらに、癌の化学療法には、癌の原発巣、組織型等に応じて様々な抗癌剤が用いられている。例えば、膵癌の化学療法には、ゲムシタビン、フルオロウラシルなどの抗癌剤が用いられている。しかしながら、これらの抗癌剤を用いても、治療効果が十分に得られないことが多い。また、卵巣癌は比較的抗癌剤の奏功しやすく、その化学療法には、シスプラチンを主体とする多剤併用療法がよく用いられるが、治療効果が十分に得られない症例も多く見られる。よって、これらの薬剤とは作用機序の異なる別の分子標的治療薬の開発が期待されている。
【0007】
α−アクチニン−4は、癌細胞の浸潤・転移に関与するアクチン結合タンパク質として単離された分子である(非特許文献1:Honda et al., J Cell Biol. 1998 Mar 23;140(6):1383-93)。また、α−アクチニン−4タンパク質の発現が細胞運動と浸潤性に関与することも報告されている(非特許文献2:Honda et al., Gastroenterology. 2005 Jan;128(1):51-62)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Honda et al., J Cell Biol. 1998 Mar 23;140(6):1383-93
【非特許文献2】Honda et al., Gastroenterology. 2005 Jan;128(1):51-62
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、膵管癌組織におけるα−アクチニン−4(ACTN4)タンパク質の発現が増強した症例は、そうではない症例に比べて統計学的な有意差をもって予後が不良であること、さらには、タンパク質発現増強している症例ではα−アクチニン−4(ACTN4)遺伝子のコピー数が有意に増加していることを見出した。また、本発明者らは、ACTN4遺伝子のコピー数の増加が卵巣癌においても見られ、よって、癌に一般的に見られる現象であることを見出した。さらに、本発明者らは、ACTN4遺伝子の発現を抑制した膵癌細胞株は、コントロール細胞株に比べて細胞増殖速度が低下すること、さらには、ACTN4遺伝子の発現を抑制した膵癌細胞株は、コントロール細胞株に比べて、SCIDマウスの膵臓に細胞を同所性移植した場合の腫瘍形成能が統計学的な有意差をもって減弱することを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0010】
従って、本発明は、卵巣癌の予後の判断を補助する方法及び予後判断のためのキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明にかかる卵巣癌の予後の判断を補助する方法は、哺乳動物において卵巣癌の予後の判断を補助する方法であって、前記哺乳動物中の卵巣癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定する工程、を含んでなり、前記遺伝子のコピー数が4以上である場合に、前記卵巣癌の予後が不良であると判断する、方法である。
【0012】
また、本発明にかかる卵巣癌の予後判断のためのキットは、哺乳動物における卵巣癌の予後を判断するためのキットであって、前記哺乳動物中の卵巣癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定することのできる試薬、を含んでなり、前記遺伝子のコピー数が4以上である場合に、前記卵巣癌の予後が不良であると判断する、キットである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、卵巣癌の予後を予測し、適切な治療法を選択することが可能となる。このことは、癌が一般に完治し難いことを考えると、特に重要な利点である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、膵癌細胞中でのα−アクチニン−4の発現の評価において、強陽性と判定した症例(左図)、弱陽性/陰性と判定した症例(右図)の具体例を示す顕微鏡写真である。
図2図2は、α−アクチニン−4遺伝子発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群について、Kaplan-Meier法によって作成した生存曲線を示すグラフである。
図3図3は、浸潤性膵管癌患者からの癌細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数を表す棒グラフである。
図4図4は、膵癌細胞株(Cont−1およびCont−2)の細胞増殖と、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした同細胞株(KD−1およびKD−2)の細胞増殖とを比較するグラフである。
図5図5は、マウスの膵臓中に、膵癌細胞株(Cont−1およびCont−2)を注入して得られた腫瘍のサイズと、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした同細胞株(KD−1およびKD−2)を注入して得られた腫瘍のサイズとを比較するグラフである。
図6図6は、卵巣癌細胞中でのα−アクチニン−4の発現の評価において、弱陽性/陰性と判定した症例(左図)、強陽性と判定した症例(右図)の具体例を示す顕微鏡写真である。
図7図7は、α−アクチニン−4タンパク質発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群、ならびにACTN4遺伝子コピー数増加症例(コピー数≧4)と非増加症例(コピー数<4)の2群について、Kaplan-Meier法によって作成した卵巣癌患者の生存曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の対象となる癌は、卵巣癌である。また、本発明においては、抗癌剤による治療効果が得られ難い癌、すなわち、化学療法への感受性が低い癌を対象とすることが好ましい。さらに、本発明においては、その癌細胞におけるACTN4遺伝子の増幅が見られる卵巣癌を対象とすることが好ましい。
【0016】
本発明の対象となる卵巣癌は、卵巣において形成される癌である。卵巣癌の組織型は特に制限されるものではないが、好ましくは明細胞腺癌とされる。また、卵巣癌としては、抗癌剤による治療効果が得られ難い卵巣癌、すなわち、化学療法への感受性が低い卵巣癌が特に好ましい。
【0017】
本明細書において「予後不良」との用語は、例えば、癌の切除の5年後における生存率が20%未満、好ましくは15%未満、より好ましくは10%未満、最も好ましくは5%未満であることを意味する。
【0018】
本発明において診断の指標とし、治療の標的とする「α−アクチニン−4」または「ACTN4」は、診断または治療の被検体となる哺乳動物に由来するα−アクチニン−4(ACTN4)とすることができる。ACTN4遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列は当技術分野において周知であり、例えば、配列番号1および配列番号2(Ensembl ID:ENSG00000130402およびENST00000252699)に示されるヒト由来ACTN4の配列が挙げられる。ヒト由来ACTN4の配列はまた、NCBIアクセス番号:NM_004924およびNP_004915にも登録されている。また、ACTN4遺伝子の遺伝子座も当技術分野において周知であり、例えば、ヒトのACTN4遺伝子は、第19染色体の第43,830,167〜43,913,010残基に位置する。ヒト以外の哺乳動物についても、ヒト由来ACTN4に対応する同様の遺伝子およびタンパク質を利用することが可能である。
【0019】
本明細書において、α−アクチニン−4(ACTN4)の発現増強が膵癌、特に浸潤性膵管癌の予後不良因子であることが実証されている。さらに、細胞内におけるACTN4遺伝子の増幅と同遺伝子の発現増強との相関が実証されている。本明細書においてはさらに、膵癌だけでなく、卵巣癌においてもACTN4遺伝子の増幅が見られることが実証されており、よって、該遺伝子の増幅は癌に一般的に見られる現象であることが示されている。よって、被検体となる哺乳動物(ヒトまたはヒトを除く哺乳動物)中の、膵癌であると疑われる病巣部から得られた組織または細胞におけるACTN4の発現増強を調べることにより、その病巣が膵癌であるか否かを診断することができる。さらに、癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数を調べることにより、その病巣が癌であるか否かを診断することもできる。
【0020】
診断の対象とする病巣部からの組織または細胞は、患者から外科手術により摘出された手術サンプルであってもよいし、内視鏡などによって得られる生検サンプルであってもよい。例えば、その病巣部を外科的に摘出すべきか否かの判断も含めて治療計画を検討する上では、患者からの生検サンプルを診断の対象とすることが有利である。
【0021】
本発明の第一の態様による診断法では、癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数を調べることにより、その病巣が癌であるか否かを判定し、これにより癌を検出する。この方法は、前記病巣部から得られた細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数を測定する工程を含み、そのコピー数が2を超える場合には、被検体である哺乳動物に癌が存在するものと判定(診断)される。
【0022】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記癌は膵癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、哺乳動物において膵癌を検出する方法であって、前記哺乳動物中の膵癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定する工程を含んでなる方法が提供される。該方法では、前記遺伝子のコピー数が2を超える場合に、前記哺乳動物に膵癌が存在することが示される。
【0023】
本発明の他の好ましい実施態様によれば、前記癌は卵巣癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、哺乳動物において卵巣癌を検出する方法であって、前記哺乳動物中の卵巣癌であると疑われる病巣部から得られた細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定する工程を含んでなる方法が提供される。該方法では、前記遺伝子のコピー数が2を超える場合に、前記哺乳動物に卵巣癌が存在することが示される。
【0024】
ACTN4遺伝子のコピー数の測定には、当技術分野において公知の標準的な方法を用いることができる。ACTN4遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列については上述した通りであり、当業者であれば、これらの配列を参照することにより、標準的な方法を用いてACTN4遺伝子のコピー数を測定することができる。遺伝子のコピー数の測定法としては、とりわけ、ハイブリダイゼーションおよび増幅に基づくアッセイが挙げられる。
【0025】
ハイブリダイゼーションに基づくアッセイとしては、サザンブロッティング法がある。この方法では、ゲノムDNAを断片化し、電気泳動で分離し、膜に転写し、ACTN4の特異的プローブにハイブリダイゼーションさせる。この特異的プローブからのハイブリダイゼーションシグナルの強度と、コピー数の増加のない同じゲノムの領域にハイブリダイズする対照プローブからのシグナル強度とを比較することにより、相対的なACTN4遺伝子のコピー数が得られる。
【0026】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACTN4遺伝子のコピー数の測定は、ゲノム上の該遺伝子に特異的なプローブを用いる蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法(Angerer, Meth. Enzymol. 152, 649, 1987参照)によって行われる。一般的に、in situハイブリダイゼーションは、主に、分析される組織または細胞を固定化し、この組織または細胞をプレハイブリダイゼーション処理し、この組織または細胞の中の核酸に対して特異的プローブをハイブリダイズさせ、結合しなかった特異的プローブを除去するための洗浄を行い、ハイブリダイズした特異的プローブを検出することによって行われる。このような用途に用いられる特異的プローブは、蛍光レポーターで標識されている。1個の細胞核内における蛍光の数を計数することにより、その細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数が得られる。
【0027】
ハイブリダイゼーションに基づく他のアッセイとしては、比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)法も利用することができる。CGH法では、分析される被験細胞と対照となる正常細胞からそれぞれDNAを抽出し、それぞれのDNAを異なる色の蛍光色素で標識し、これら標識DNAの等量からなる混合溶液を調製し、この混合溶液を37℃で2〜3日間暗所で保管する。これにより、染色体の総ての部位に対して被験DNAと対照DNAとの間で競合的な結合が生じる。その結果、被験DNA中に遺伝子コピー数の増加があれば、スライド上のその遺伝子に対応する位置において被験DNAを標識した色の蛍光が強く観察され、逆に、被験DNA中に遺伝子コピー数の減少があれば、スライド上のその遺伝子に対応する位置において対照DNAを標識した色の蛍光が強く観察される。
【0028】
増幅に基づくアッセイとしては、定量的な核酸増幅法がある。この方法では、ゲノム中のACTN4遺伝子が増幅反応の鋳型となるため、そのコピー数に応じた量の増幅産物が得られる。具体的な核酸増幅法としては、定量的PCR法、例えば、リアルタイム定量的PCR法などが挙げられる。
【0029】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記病巣部から得られた細胞におけるACTN4遺伝子のコピー数が4以上である場合、より好ましくは6以上である場合に、被検体である哺乳動物に癌が存在するものと判定(診断)される。
【0030】
本発明の第二の態様による診断法では、膵癌であると疑われる病巣部から得られた組織または細胞におけるACTN4の発現増強を調べることにより、その病巣が膵癌であるか否かを判定し、これにより膵癌を検出する。この方法は、前記病巣部から得られた組織または細胞におけるACTN4遺伝子の発現量を測定する工程を含み、その発現量が対応する正常な組織または細胞のものよりも多い場合、すなわち、前記遺伝子の発現が増強されていた場合には、被検体である哺乳動物に膵癌が存在するものと判定(診断)される。
【0031】
ACTN4遺伝子の発現量の測定には、当技術分野において公知の標準的な方法を用いることができる。一般的な遺伝子の発現量は、典型的にはmRNA量またはタンパク質量を指標として測定される。本発明においても同様に、ACTN4のmRNA量またはタンパク質量を指標としてACTN4遺伝子の発現量を測定することができる。ACTN4遺伝子の配列およびこれによりコードされるアミノ酸配列については上述した通りであり、当業者であれば、これらの配列を参照することにより、標準的な方法を用いてACTN4遺伝子の発現量を測定することができる。
【0032】
本発明の好ましい実施態様によれば、遺伝子の発現量を測定する工程は、前記組織または細胞内のACTN4タンパク質量を測定することを含んでなる。ACTN4タンパク質量は、当技術分野において周知の方法により測定することができる。例えば、ACTN4タンパク質のアミノ酸配列として配列番号2で表されるものを挙げることができ、当業者であればこの配列を参照することによって適切に同タンパク質の量を測定することが可能である。
【0033】
ACTN4タンパク質の量は、例えば、同タンパク質に結合する抗体を用いることによって好適に測定することができる。このような抗体は、好ましくはACTN4タンパク質に特異的な抗体とされる。抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。ACTN4タンパク質の定量は、好ましくはこのような抗体を用いる免疫組織化学染色によって行われる。あるいは、前記組織または細胞から得られるタンパク質抽出物を電気泳動した後に抗体を用いてこれを定量するイムノブロット法等を用いてもよい。
【0034】
本発明の他の好ましい実施態様によれば、遺伝子の発現量を測定する工程は、前記組織または細胞内のACTN4のmRNAを定量することを含んでなる。例えば、ACTN4のmRNAとして、配列番号1で表されるヌクレオチド配列(ただし、配列中のtはuに変換されている)を含むものを挙げることができ、当業者であればこの配列を参照することによって適切にACTN4のmRNAを定量することが可能である。定量のための具体的な方法としては、例えば、特異的なプライマーペアを用いるRT−PCRによる増幅の後に電気泳動を行なう方法等が挙げられる。
【0035】
比較対照となる正常な組織または細胞は、被検体となる同一の個体からの正常な組織または細胞であってもよいし、異なる個体からの正常な組織または細胞であってもよい。また、異なる複数の個体からの正常な組織または細胞についてACTN4遺伝子の発現量を測定し、その平均値を比較対照としてもよい。さらに、予め測定された複数の正常な組織または細胞における発現量のデータから、平均値+標準偏差などの適正値を設定しておき、被験組織または細胞の発現量がその適正値よりも高い場合にACTN4遺伝子の発現増強があるものと判断してもよい。「対応する正常な組織または細胞」としては正常な膵臓組織または細胞が挙げられる。
【0036】
以上のような本発明による検出/診断法を実施するために、必要な試薬をまとめてキットとすることができる。従って、本発明によれば、哺乳動物における癌(好ましくは膵癌または卵巣癌)の診断のためのキットが提供され、該キットは、細胞におけるα−アクチニン−4遺伝子のコピー数を測定することのできる試薬を含んでなる。このような試薬は、実施しようとする具体的方法に応じて選択され、好ましくは、FISH法に用いることのできる、ゲノム上の該遺伝子に特異的なプローブとされる。
【0037】
本発明の他の態様によるキットは、組織または細胞内のα−アクチニン−4遺伝子の発現量を測定することのできる試薬を含んでなる、哺乳動物における膵癌の診断のためのキットである。このような試薬としては、前記組織または細胞内のACTN4タンパク質を定量するための試薬、例えば、ACTN4タンパク質に特異的に結合する抗体を好適に用いることができる。あるいは、このような試薬は、前記組織または細胞内のACTN4のmRNAを定量するための試薬、例えば、ACTN4のmRNAを鋳型とするRT−PCRに用いられる特異的プライマーおよびRT−PCR用の他の試薬としてもよい。
【0038】
本発明によるキットはさらに、実施しようとする具体的方法に応じて、他の試薬類、反応容器、説明書等を含んでいてもよい。
【0039】
本明細書においては、ACTN4遺伝子の発現を抑制することにより、膵癌細胞株の増殖能が低減され、また、膵臓における膵癌細胞株の腫瘍形成能が減弱することが実証されている。一般的に、癌遺伝子の遺伝子コピー数が増幅され、その増幅に伴ってタンパク質発現が著しく増強する場合には、細胞生物学的にもその機能が増強していることが多い。膵癌では、ACTN4遺伝子のコピー数の増加およびACTN4タンパク質発現の増強が見られ、このACTN4遺伝子の増幅により細胞運動性の向上が確認された。さらに、ACTN4遺伝子をノックダウンした細胞は、膵癌における破壊的浸潤様式が抑制された。また、本明細書においては、卵巣癌についても、膵癌と同様にACTN4遺伝子の増幅が確認されている。従って、ACTN4遺伝子の発現抑制による癌細胞の増殖能の低減および腫瘍形成能の減弱は卵巣癌細胞においても見られ、さらには他の癌においても見られるものと考えられる。よって、ACTN4を阻害することにより、癌の治療が可能となるものと考えられる。
【0040】
従って、本発明によれば、治療上有効な量のACTN4阻害剤を被検者に投与することを含んでなる、癌を治療または予防する方法が提供される。さらに、本発明によれば、癌を治療するための薬剤の製造における、ACTN4阻害剤の使用が提供される。
【0041】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記癌は膵癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、治療上有効な量のACTN4阻害剤を被検者に投与することを含んでなる、膵癌を治療または予防する方法、ならびに膵癌を治療するための薬剤の製造における、ACTN4阻害剤の使用が提供される。
【0042】
本発明の他の好ましい実施態様によれば、前記癌は卵巣癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、治療上有効な量のACTN4阻害剤を被検者に投与することを含んでなる、卵巣癌を治療または予防する方法、ならびに卵巣癌を治療するための薬剤の製造における、ACTN4阻害剤の使用が提供される。
【0043】
癌の治療には、例えば、癌の再発または転移の予防が含まれる。さらに、治療または予防の対象となる被検者は、好ましくは哺乳動物、例えば、ヒトまたは非ヒト哺乳動物とされる。
【0044】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACTN4阻害剤は薬物などの小分子とされる。このような小分子は、ACTN4の阻害活性を指標として、当技術分野において公知の方法によりスクリーニングすることによって得ることができる。
【0045】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACTN4阻害剤は、ACTN4タンパク質に特異的に結合する抗体とされる。抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体とされる。
【0046】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACTN4阻害剤は、ACTN4遺伝子の発現を特異的に抑制するアンチセンス核酸分子とされる。アンチセンス法は、特定の遺伝子の発現を抑制するための周知の技術である。一つの具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、ACTN4遺伝子の5’コード領域の配列に基づいて設計された、約10〜40塩基長のアンチセンスRNAとされる。他の具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、ACTN4遺伝子の転写に関与する領域の配列に相補的となるように設計されたDNAオリゴヌクレオチドとされる。このようなアンチセンス核酸分子は、配列番号1に示されるようなACTN4遺伝子の配列に基づいて、容易に設計することができる。
【0047】
本発明の好ましい実施態様によれば、ACTN4阻害剤は、ACTN4遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNA核酸分子とされる。本明細書において、「siRNA核酸分子」とは、siRNAそのものだけでなく、標的細胞中にsiRNAを導入しうる、より長い二本鎖RNA分子をも意味する。siRNA核酸分子は、RNA干渉(RNAi)によって特定遺伝子の発現を抑制することができる、周知のツールである(Elbashir, S.M. et al., Nature 411, 494-498, 2001)。siRNAは、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、19〜21塩基対のヌクレオチド配列を含んでなる。上記の二本鎖RNA分子は、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、より長いヌクレオチド配列を含んでなる。このようなsiRNA核酸分子は、配列番号1に示されるようなACTN4遺伝子の配列に基づいて、容易に設計することができる。さらに、前記siRNA核酸分子は、細胞中に送達された適切なベクターによって発現させることもできる。従って、ACTN4阻害剤は、ACTN4遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNA核酸分子を発現するベクターとしてもよい。このようなベクターは、当技術分野において周知の標準的な手順により、容易に構築することができる(Bass, B.L., Cell 101, 235-238, 2000;Tavernarakis, N. et al., Nat. Genet. 24, 180-183, 2000;Malagon, F. et al., Mol. Gen. Genet. 259, 639-644, 1998;Parrish, S. et al., Mol. Cell 6, 1077-1087, 2000)。
【0048】
ACTN4阻害剤は、局所、静脈内、皮下、筋肉内、経口、直腸、粘膜など、適切な経路で投与することができる。また、その治療上の有効量は、症状の重篤度、被検者の年齢、用いられる具体的な薬物の有効性、投与経路、投与の頻度などに従って、医師または獣医によって適宜決定される。一般的には、前記治療上有効量は、一日当たり、約0.001〜約1000mg/体重kg、好ましくは約0.01〜約10mg/体重kg、より好ましくは約0.01〜約1mg/体重kgである。
【0049】
ACTN4阻害剤は、医薬上許容される担体とともに投与することができる。従って、本発明によれば、ACTN4阻害剤および医薬上許容される担体を含んでなる、癌を治療するための医薬組成物が提供される。
【0050】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記癌は膵癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、ACTN4阻害剤および医薬上許容される担体を含んでなる、膵癌を治療するための医薬組成物が提供される。
【0051】
本発明の他の好ましい実施態様によれば、前記癌は卵巣癌とされる。すなわち、この実施態様によれば、ACTN4阻害剤および医薬上許容される担体を含んでなる、卵巣癌を治療するための医薬組成物が提供される。
【0052】
医薬上許容される担体、例えば、ベヒクル、賦形剤、希釈剤等は、投与経路、用いられる具体的な薬物の性質などに応じて、当業者により適宜選択される。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0054】
《実施例1:膵癌とα−アクチニン−4遺伝子の発現亢進との関連》
サンプルとして、1990年1月から2003年10月までに国立がんセンター中央病院(日本国)において浸潤性膵管がんの切除手術を施行された、既往歴のない173名の患者からの、ホルマリン固定パラフィン包埋された切除検体を用いた。これらのサンプルについて、α−アクチニン−4タンパク質の発現を免疫組織化学分析によって検討した。免疫組織化学分析に用いた一次抗体は、国立がんセンター研究所(日本国)で作製された抗ヒトα−アクチニン−4ウサギポリクローナル抗体とした。免疫染色は、アビジン・ビオチン複合体(Avidin-Biotin Complex)を用いるABC法によって行った。
【0055】
膵癌細胞におけるα−アクチニン−4の発現の評価は、同一切片上の血管内皮より明らかに染色性が高度のものを強陽性(strong positive)、血管内皮と染色性が同等か低下しているもの(まったく染色されていないものも含む)を弱陽性または陰性(weak positive or negative)とし、この2つのカテゴリーに分類した。この分類は、サンプルの採取元である患者の他の臨床データを知らない3名の研究者によって行われた。
【0056】
それぞれのカテゴリーに分類されたサンプルの例を図1に示す。図1において、左図は強陽性と判定した症例、右図は弱陽性/陰性と判定した症例である。図中に示される「VE」は血管内皮であり、「癌」は膵癌細胞である。
【0057】
次いで、抗α−アクチニン−4抗体の染色性についての上記の分類と、膵癌患者の生存期間に対する各種臨床病理学的因子の危険率とを、Cox比例ハザードモデルの単変量解析および多変量解析によって分析した。その結果を以下の表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1の左側に示す単変量解析の結果によれば、UICCステージ分類、原発巣の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、リンパ管浸襲、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度が、予後不良の危険因子になり得ることが示された。
【0060】
さらに、表1の右側には、単変量解析によって予後不良因子になり得ることが示されたUICCステージ分類、原発巣の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、リンパ管浸襲、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度についてのみ、多変量解析によって分析した結果を示している。この結果によれば、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度が統計学的な有意差を示し、これらが予後不良の危険因子であることが示された。すなわち、膵癌細胞でのα−アクチニン−4タンパク質の発現強度は、今回調べた他の臨床病理学的因子とは独立した予後因子であることが示された。
【0061】
次いで、上述のようにして分類されたα−アクチニン−4遺伝子発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群について、Kaplan-Meier法によって生存曲線を作成し、Cox-Mantel検定により検討した。得られた生存曲線を図2に示す。図2によれば、α−アクチニン−4発現の弱陽性/陰性症例である64例に比べて、強陽性症例である109例は統計学的な有意差をもって予後が不良であったことがわかる(P<0.00001)。
【0062】
《実施例2:膵癌におけるACTN4遺伝子のコピー数の増加》
α−アクチニン−4(ACTN4)遺伝子のコピー数を調べるため、19番染色体の長椀上に存在するACTN4遺伝子に対する特異的プローブを作製し、膵癌切除標本のパラフィン切片に対してFISH(Fluorescence in Situ Hybridization)法による分析を行った。
【0063】
例1に記載の切除膵癌173症例の中から、免疫組織化学的にα−アクチニン−4の発現が強陽性と判定されたもの29症例と弱陽性/陰性と判定されたもの17症例を任意に選択し、FISH法を用いてACTN4遺伝子のコピー数を測定した。FISH法は、PathVysion DNAプローブキット(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて行った。ハイブリダイゼーションに用いた特異的プローブは、ACTN4(RP11−118P21)遺伝子座を含有する変性させたバクテリア人工染色体(BAC)プローブとした。また、AKT2(CTB−166E20)遺伝子座を含有する変性させたBACプローブも用いた。これらのプローブは、SpectrimOrange(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて標識化した。ハイブリダイゼーションは、37℃において14〜18時間行った。検体は4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)で対比染色した。解析は2人以上の判定者によって行われ、それぞれの判定者は、1症例に対して10個以上の膵癌細胞について核内に存在する蛍光シグナルを数え、その平均値を症例ごとのコピー数とした。図3は、この症例ごとのコピー数を棒グラフとして示したものである。
【0064】
シグナル数が4個を超えたものを遺伝子増幅と定義したとき、ACTN4遺伝子発現が強陽性である症例29例中11例(37.9%)が遺伝子増幅と判定され、弱陽性/陰性症例では17例中1例(5.9%)が遺伝子増幅と判定された。強陽性症例と弱陽性/陰性症例における遺伝子増幅の頻度は、χ二乗検定を用いて判定したところ、強陽性症例の方が統計学的な有意差を持って高かった(P=0.017)。
【0065】
このことから、例1において観察された浸潤性膵癌細胞中でのα−アクチニン−4タンパク質の発現亢進は、α−アクチニン−4をコードする遺伝子(ACTN4)の増幅によるものであると考えられた。
【0066】
《実施例3:ACTN4遺伝子の発現抑制による膵癌の治療効果(in vitro実験)》
膵癌細胞株であるBxPC−3細胞にACNT4遺伝子に対するshRNA(short hairpin RNA)を導入することにより、α−アクチニン−4タンパク質を恒常的に低下させた2種の膵癌細胞株(KD−1およびKD−2)を作製した。具体的には、ACNT4のmRNAを標的とする二本鎖オリゴヌクレオチド(5'-ggatggtcttgccttcaat-3';配列番号3)を合成し、これをpBAsi-hU6 Neoプラスミド(Takara Bio, Otsu, Japan)中にクローニングした。得られたプラスミドを、Lipofectamine 2000試薬(Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いてBxPC−3細胞にトランスフェクトした。その24時間後に、トランスフェクション培地を、0.4mg/mlのG418(Geneticin, Invitrogen)を含有するRPMI1640培地に交換し、ネオマイシン耐性のクローンを選択した。こうして得られたクローンの中から2種を選択し、それぞれKD−1およびKD−2と命名した。
【0067】
KD−1細胞およびKD−2細胞を、6ウェル組織培養クラスター中に2×10細胞/ウェルで播種し、24時間毎に細胞数をカウントした。対照サンプルとして、pBAsi-hU6 Neoプラスミドそのものを導入した2種のコントロール細胞株(Cont−1およびCont−2)についても同様の実験を行った。それぞれの細胞株について3つのサンプルを用意し、カウントした細胞数の平均値±標準偏差を各細胞株のデータとした。その結果を図4に示す。
【0068】
図4によれば、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした細胞株は、コントロール株に比べて、細胞増殖が抑制されることが明らかとなる。
【0069】
《実施例4:ACTN4遺伝子の発現抑制による膵癌の治療効果(in vivo実験)》
恒常的にα−アクチニン−4のタンパク質発現を抑制した細胞株(KD−1およびKD−2)とコントロール細胞株(Cont−1およびCont−2)のそれぞれを、SCIDマウスの膵部に1×10個注入した。これらのマウスを35日間飼育した後に解剖し、膵部に形成された腫瘍の最大径を実体顕微鏡下で計測した。その結果を図5に示す。
【0070】
図5によれば、ACTN4ノックダウン細胞株の膵における腫瘍形成能は、統計学的有意差をもって、コントロール細胞株よりも低いことがわかる。組織学的には、コントロール細胞株では膵実質を破壊する浸潤性増殖が見られたが、ノックダウン細胞株では膵管上皮内や疎結合組織内に腫瘍の増殖が見られただけで、膵実質を破壊する浸潤性増殖は見られなかった。
【0071】
これらの結果によれば、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした細胞株は、コントロール株に比べて、腫瘍形成能が顕著に低下していることが明らかとなる。
【0072】
《実施例5:卵巣癌とα−アクチニン−4遺伝子のコピー数増加との関連》
〈A.卵巣癌とα−アクチニン−4遺伝子の発現亢進との関連〉
サンプルとして、1987年1月から2005年12月までに防衛医科大学校病院産婦人科(日本国)において切除手術を施行された、進行期卵巣癌136症例のホルマリン固定パラフィン包埋検体を用いた。これらのサンプルについて、α−アクチニン−4タンパク質の発現を免疫組織化学分析によって検討した。免疫組織化学分析に用いた一次抗体は、国立がんセンター研究所(日本国)で作製された抗ヒトα−アクチニン−4ウサギポリクローナル抗体とした。免疫染色は、アビジン・ビオチン複合体(Avidin-Biotin Complex)を用いるABC法によって行った。
【0073】
卵巣癌細胞におけるα−アクチニン−4の発現の評価は、同一切片上の血管内皮より明らかに染色性が高度のものを強陽性(strong positive)、血管内皮と染色性が同等か低下しているもの(まったく染色されていないものも含む)を弱陽性または陰性(weak positive or negative)とし、この2つのカテゴリーに分類した。
【0074】
それぞれのカテゴリーに分類されたサンプルの例を図6に示す。図6において、左図は弱陽性/陰性と判定した症例、右図は強陽性と判定した症例である。図中に示される「VE」は血管内皮である。
【0075】
この分析では、進行期卵巣癌136症例中、82症例(60.3%)でα−アクチニン−4タンパク質の発現亢進が認められた。
【0076】
〈B.卵巣癌におけるACTN4遺伝子のコピー数の増加〉
α−アクチニン−4(ACTN4)遺伝子のコピー数を調べるため、19番染色体の長椀上に存在するACTN4遺伝子に対する特異的プローブを作製し、卵巣癌切除標本のパラフィン切片に対してFISH(Fluorescence in Situ Hybridization)法による分析を行った。
【0077】
上記Aに記載の進行期卵巣癌136症例について、FISH法を用いてACTN4遺伝子のコピー数を測定した。FISH法は、PathVysion DNAプローブキット(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて行った。ハイブリダイゼーションに用いた特異的プローブは、ACTN4(RP11−118P21)遺伝子座を含有する変性させたバクテリア人工染色体(BAC)プローブとした。このプローブは、SpectrimOrange(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて標識化した。ハイブリダイゼーションは、37℃において14〜18時間行った。検体は4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)で対比染色した。解析は2人以上の判定者によって行われ、それぞれの判定者は、1症例に対して20個以上の卵巣癌細胞について核内に存在する蛍光シグナルを数え、その平均値を症例ごとのコピー数とした。
【0078】
以下の表2に示すように、シグナル数が4個以上のものを遺伝子増幅(コピー数増加)と定義したとき、ACTN4遺伝子発現が強陽性である症例82例中27例(32.9%)が遺伝子増幅と判定され、弱陽性/陰性症例では54例中2例(3.7%)が遺伝子増幅と判定された。強陽性症例と弱陽性/陰性症例における遺伝子増幅の頻度は、χ二乗検定を用いて判定したところ、強陽性症例の方が統計学的な有意差を持って高かった(P=0.000016)。
【0079】
【表2】
【0080】
〈C.α−アクチニン−4タンパク質の発現亢進およびACTN4遺伝子コピー数増加と進行期卵巣癌患者の生命予後との関連〉
上述のようにして分類されたα−アクチニン−4タンパク質発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群、ならびにACTN4遺伝子コピー数増加症例(コピー数≧4)と非増加症例(コピー数<4)の2群について、Kaplan-Meier法によって生存曲線を作成した。得られた生存曲線を図7に示す。
【0081】
図7の左図は、α−アクチニン−4タンパク質発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群について作成した生存曲線である。この生存曲線によれば、弱陽性/陰性症例54例に比べて、強陽性症例82例は予後が不良であることがわかる。さらに、この弱陽性/陰性症例と強陽性症例の差異は、Log-rank検定および一般化Wilcoxon検定により、統計学的に有意な差であることが示された(Log-rank検定:P=0.0889;一般化Wilcoxon検定:P=0.0306)。
【0082】
図7の右図は、ACTN4遺伝子コピー数の増加症例(コピー数≧4)と非増加症例(コピー数<4)の2群について作成した生存曲線である。この生存曲線によれば、コピー数非増加症例107例に比べて、コピー数増加症例29例は予後が不良であることがわかる。さらに、このコピー数非増加症例と増加症例の差異は、Log-rank検定により、統計学的に有意な差であることが示された(P=0.00107)。
【0083】
さらに、図7の左図と右図の比較および統計学的P値の比較から、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、より厳密に卵巣癌担癌患者の予後を予測できることが示された。
【0084】
〈D.Cox比例ハザードモデルを用いた進行期卵巣癌の臨床病理学的な予後因子解析〉
進行期卵巣癌患者の生存期間に対する臨床病理学的因子ごとの危険率と、抗α−アクチニン−4抗体の染色性に対する危険率およびACTN4遺伝子コピー数増加に対する危険率とを、上述の患者136症例分のデータを用いて、Cox比例ハザードモデルの単変量解析および多変量解析によって分析した。その結果を以下の表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
表3の左側に示す単変量解析の結果によれば、FIGOステージ分類、明細胞腺癌(clear-cell adenocarcinoma)、初回手術時の残存腫瘍径、およびACTN4遺伝子コピー数増加が、予後不良の危険因子になり得ることが示された。一方で、漿液性腺癌(serous adenocarcinoma)の組織型は、進行期卵巣癌患者において予後良好因子となり得ることが示された。 また、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、進行期卵巣癌患者の予後により強い影響を与えることが示された。
【0087】
さらに、表3の右側には、単変量解析によって予後因子になり得ることが示されたFIGOステージ分類、特定の組織型(明細胞腺癌および漿液性腺癌)、初回手術時の残存腫瘍径、およびACTN4遺伝子のコピー数のみについて多変量解析を行い、危険因子を抽出した結果を示している。この結果によれば、漿液性腺癌および初回手術時の残存腫瘍径と同様に、ACTN4遺伝子のコピー数増加が臨床病期や明細胞腺癌とは独立した予後因子であることが示された。
【0088】
すなわち、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、今回調べた他の臨床病理学的因子とは独立した予後不良因子であり、さらには、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、より厳密に卵巣癌担癌患者の予後を予測できることが示された。
【0089】
〈E.ACTN4遺伝子のコピー数増加と各種臨床病理学的因子との関連〉
ACTN4遺伝子のコピー数増加と卵巣癌における各種臨床病理学的因子との関連を、χ二乗検定を用いて判定した。その結果を以下の表4に示す。
【0090】
【表4】
【0091】
表4によれば、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、明細胞腺癌(clear-cell adenocarcinoma)、組織・細胞学的異型度の高い腫瘍、化学療法抵抗性を示す腫瘍と密接に関連していることが示された。この結果によれば、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、卵巣癌の中でも特に化学療法への感受性が低い明細胞腺癌で高頻度に見られ、術後化学療法への低反応性と関連していることが明らかとなった。
【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号3:RNAiの標的配列
図2
図3
図4
図5
図7
図1
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]