【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0054】
《実施例1:膵癌とα−アクチニン−4遺伝子の発現亢進との関連》
サンプルとして、1990年1月から2003年10月までに国立がんセンター中央病院(日本国)において浸潤性膵管がんの切除手術を施行された、既往歴のない173名の患者からの、ホルマリン固定パラフィン包埋された切除検体を用いた。これらのサンプルについて、α−アクチニン−4タンパク質の発現を免疫組織化学分析によって検討した。免疫組織化学分析に用いた一次抗体は、国立がんセンター研究所(日本国)で作製された抗ヒトα−アクチニン−4ウサギポリクローナル抗体とした。免疫染色は、アビジン・ビオチン複合体(Avidin-Biotin Complex)を用いるABC法によって行った。
【0055】
膵癌細胞におけるα−アクチニン−4の発現の評価は、同一切片上の血管内皮より明らかに染色性が高度のものを強陽性(strong positive)、血管内皮と染色性が同等か低下しているもの(まったく染色されていないものも含む)を弱陽性または陰性(weak positive or negative)とし、この2つのカテゴリーに分類した。この分類は、サンプルの採取元である患者の他の臨床データを知らない3名の研究者によって行われた。
【0056】
それぞれのカテゴリーに分類されたサンプルの例を
図1に示す。
図1において、左図は強陽性と判定した症例、右図は弱陽性/陰性と判定した症例である。図中に示される「VE」は血管内皮であり、「癌」は膵癌細胞である。
【0057】
次いで、抗α−アクチニン−4抗体の染色性についての上記の分類と、膵癌患者の生存期間に対する各種臨床病理学的因子の危険率とを、Cox比例ハザードモデルの単変量解析および多変量解析によって分析した。その結果を以下の表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1の左側に示す単変量解析の結果によれば、UICCステージ分類、原発巣の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、リンパ管浸襲、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度が、予後不良の危険因子になり得ることが示された。
【0060】
さらに、表1の右側には、単変量解析によって予後不良因子になり得ることが示されたUICCステージ分類、原発巣の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、リンパ管浸襲、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度についてのみ、多変量解析によって分析した結果を示している。この結果によれば、リンパ節転移の有無、遠隔臓器転移の有無、およびα−アクチニン−4タンパク質の膵癌細胞での発現強度が統計学的な有意差を示し、これらが予後不良の危険因子であることが示された。すなわち、膵癌細胞でのα−アクチニン−4タンパク質の発現強度は、今回調べた他の臨床病理学的因子とは独立した予後因子であることが示された。
【0061】
次いで、上述のようにして分類されたα−アクチニン−4遺伝子発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群について、Kaplan-Meier法によって生存曲線を作成し、Cox-Mantel検定により検討した。得られた生存曲線を
図2に示す。
図2によれば、α−アクチニン−4発現の弱陽性/陰性症例である64例に比べて、強陽性症例である109例は統計学的な有意差をもって予後が不良であったことがわかる(P<0.00001)。
【0062】
《実施例2:膵癌におけるACTN4遺伝子のコピー数の増加》
α−アクチニン−4(ACTN4)遺伝子のコピー数を調べるため、19番染色体の長椀上に存在するACTN4遺伝子に対する特異的プローブを作製し、膵癌切除標本のパラフィン切片に対してFISH(Fluorescence in Situ Hybridization)法による分析を行った。
【0063】
例1に記載の切除膵癌173症例の中から、免疫組織化学的にα−アクチニン−4の発現が強陽性と判定されたもの29症例と弱陽性/陰性と判定されたもの17症例を任意に選択し、FISH法を用いてACTN4遺伝子のコピー数を測定した。FISH法は、PathVysion DNAプローブキット(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて行った。ハイブリダイゼーションに用いた特異的プローブは、ACTN4(RP11−118P21)遺伝子座を含有する変性させたバクテリア人工染色体(BAC)プローブとした。また、AKT2(CTB−166E20)遺伝子座を含有する変性させたBACプローブも用いた。これらのプローブは、SpectrimOrange(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて標識化した。ハイブリダイゼーションは、37℃において14〜18時間行った。検体は4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)で対比染色した。解析は2人以上の判定者によって行われ、それぞれの判定者は、1症例に対して10個以上の膵癌細胞について核内に存在する蛍光シグナルを数え、その平均値を症例ごとのコピー数とした。
図3は、この症例ごとのコピー数を棒グラフとして示したものである。
【0064】
シグナル数が4個を超えたものを遺伝子増幅と定義したとき、ACTN4遺伝子発現が強陽性である症例29例中11例(37.9%)が遺伝子増幅と判定され、弱陽性/陰性症例では17例中1例(5.9%)が遺伝子増幅と判定された。強陽性症例と弱陽性/陰性症例における遺伝子増幅の頻度は、χ二乗検定を用いて判定したところ、強陽性症例の方が統計学的な有意差を持って高かった(P=0.017)。
【0065】
このことから、例1において観察された浸潤性膵癌細胞中でのα−アクチニン−4タンパク質の発現亢進は、α−アクチニン−4をコードする遺伝子(ACTN4)の増幅によるものであると考えられた。
【0066】
《実施例3:ACTN4遺伝子の発現抑制による膵癌の治療効果(in vitro実験)》
膵癌細胞株であるBxPC−3細胞にACNT4遺伝子に対するshRNA(short hairpin RNA)を導入することにより、α−アクチニン−4タンパク質を恒常的に低下させた2種の膵癌細胞株(KD−1およびKD−2)を作製した。具体的には、ACNT4のmRNAを標的とする二本鎖オリゴヌクレオチド(5'-ggatggtcttgccttcaat-3';配列番号3)を合成し、これをpBAsi-hU6 Neoプラスミド(Takara Bio, Otsu, Japan)中にクローニングした。得られたプラスミドを、Lipofectamine 2000試薬(Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いてBxPC−3細胞にトランスフェクトした。その24時間後に、トランスフェクション培地を、0.4mg/mlのG418(Geneticin, Invitrogen)を含有するRPMI1640培地に交換し、ネオマイシン耐性のクローンを選択した。こうして得られたクローンの中から2種を選択し、それぞれKD−1およびKD−2と命名した。
【0067】
KD−1細胞およびKD−2細胞を、6ウェル組織培養クラスター中に2×10
5細胞/ウェルで播種し、24時間毎に細胞数をカウントした。対照サンプルとして、pBAsi-hU6 Neoプラスミドそのものを導入した2種のコントロール細胞株(Cont−1およびCont−2)についても同様の実験を行った。それぞれの細胞株について3つのサンプルを用意し、カウントした細胞数の平均値±標準偏差を各細胞株のデータとした。その結果を
図4に示す。
【0068】
図4によれば、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした細胞株は、コントロール株に比べて、細胞増殖が抑制されることが明らかとなる。
【0069】
《実施例4:ACTN4遺伝子の発現抑制による膵癌の治療効果(in vivo実験)》
恒常的にα−アクチニン−4のタンパク質発現を抑制した細胞株(KD−1およびKD−2)とコントロール細胞株(Cont−1およびCont−2)のそれぞれを、SCIDマウスの膵部に1×10
6個注入した。これらのマウスを35日間飼育した後に解剖し、膵部に形成された腫瘍の最大径を実体顕微鏡下で計測した。その結果を
図5に示す。
【0070】
図5によれば、ACTN4ノックダウン細胞株の膵における腫瘍形成能は、統計学的有意差をもって、コントロール細胞株よりも低いことがわかる。組織学的には、コントロール細胞株では膵実質を破壊する浸潤性増殖が見られたが、ノックダウン細胞株では膵管上皮内や疎結合組織内に腫瘍の増殖が見られただけで、膵実質を破壊する浸潤性増殖は見られなかった。
【0071】
これらの結果によれば、ACNT4遺伝子の発現をノックダウンした細胞株は、コントロール株に比べて、腫瘍形成能が顕著に低下していることが明らかとなる。
【0072】
《実施例5:卵巣癌とα−アクチニン−4遺伝子のコピー数増加との関連》
〈A.卵巣癌とα−アクチニン−4遺伝子の発現亢進との関連〉
サンプルとして、1987年1月から2005年12月までに防衛医科大学校病院産婦人科(日本国)において切除手術を施行された、進行期卵巣癌136症例のホルマリン固定パラフィン包埋検体を用いた。これらのサンプルについて、α−アクチニン−4タンパク質の発現を免疫組織化学分析によって検討した。免疫組織化学分析に用いた一次抗体は、国立がんセンター研究所(日本国)で作製された抗ヒトα−アクチニン−4ウサギポリクローナル抗体とした。免疫染色は、アビジン・ビオチン複合体(Avidin-Biotin Complex)を用いるABC法によって行った。
【0073】
卵巣癌細胞におけるα−アクチニン−4の発現の評価は、同一切片上の血管内皮より明らかに染色性が高度のものを強陽性(strong positive)、血管内皮と染色性が同等か低下しているもの(まったく染色されていないものも含む)を弱陽性または陰性(weak positive or negative)とし、この2つのカテゴリーに分類した。
【0074】
それぞれのカテゴリーに分類されたサンプルの例を
図6に示す。
図6において、左図は弱陽性/陰性と判定した症例、右図は強陽性と判定した症例である。図中に示される「VE」は血管内皮である。
【0075】
この分析では、進行期卵巣癌136症例中、82症例(60.3%)でα−アクチニン−4タンパク質の発現亢進が認められた。
【0076】
〈B.卵巣癌におけるACTN4遺伝子のコピー数の増加〉
α−アクチニン−4(ACTN4)遺伝子のコピー数を調べるため、19番染色体の長椀上に存在するACTN4遺伝子に対する特異的プローブを作製し、卵巣癌切除標本のパラフィン切片に対してFISH(Fluorescence in Situ Hybridization)法による分析を行った。
【0077】
上記Aに記載の進行期卵巣癌136症例について、FISH法を用いてACTN4遺伝子のコピー数を測定した。FISH法は、PathVysion DNAプローブキット(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて行った。ハイブリダイゼーションに用いた特異的プローブは、ACTN4(RP11−118P21)遺伝子座を含有する変性させたバクテリア人工染色体(BAC)プローブとした。このプローブは、SpectrimOrange(Abbott Molecular, Des Plaines, IL)を用いて標識化した。ハイブリダイゼーションは、37℃において14〜18時間行った。検体は4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)で対比染色した。解析は2人以上の判定者によって行われ、それぞれの判定者は、1症例に対して20個以上の卵巣癌細胞について核内に存在する蛍光シグナルを数え、その平均値を症例ごとのコピー数とした。
【0078】
以下の表2に示すように、シグナル数が4個以上のものを遺伝子増幅(コピー数増加)と定義したとき、ACTN4遺伝子発現が強陽性である症例82例中27例(32.9%)が遺伝子増幅と判定され、弱陽性/陰性症例では54例中2例(3.7%)が遺伝子増幅と判定された。強陽性症例と弱陽性/陰性症例における遺伝子増幅の頻度は、χ二乗検定を用いて判定したところ、強陽性症例の方が統計学的な有意差を持って高かった(P=0.000016)。
【0079】
【表2】
【0080】
〈C.α−アクチニン−4タンパク質の発現亢進およびACTN4遺伝子コピー数増加と進行期卵巣癌患者の生命予後との関連〉
上述のようにして分類されたα−アクチニン−4タンパク質発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群、ならびにACTN4遺伝子コピー数増加症例(コピー数≧4)と非増加症例(コピー数<4)の2群について、Kaplan-Meier法によって生存曲線を作成した。得られた生存曲線を
図7に示す。
【0081】
図7の左図は、α−アクチニン−4タンパク質発現の強陽性症例と弱陽性/陰性症例の2群について作成した生存曲線である。この生存曲線によれば、弱陽性/陰性症例54例に比べて、強陽性症例82例は予後が不良であることがわかる。さらに、この弱陽性/陰性症例と強陽性症例の差異は、Log-rank検定および一般化Wilcoxon検定により、統計学的に有意な差であることが示された(Log-rank検定:P=0.0889;一般化Wilcoxon検定:P=0.0306)。
【0082】
図7の右図は、ACTN4遺伝子コピー数の増加症例(コピー数≧4)と非増加症例(コピー数<4)の2群について作成した生存曲線である。この生存曲線によれば、コピー数非増加症例107例に比べて、コピー数増加症例29例は予後が不良であることがわかる。さらに、このコピー数非増加症例と増加症例の差異は、Log-rank検定により、統計学的に有意な差であることが示された(P=0.00107)。
【0083】
さらに、
図7の左図と右図の比較および統計学的P値の比較から、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、より厳密に卵巣癌担癌患者の予後を予測できることが示された。
【0084】
〈D.Cox比例ハザードモデルを用いた進行期卵巣癌の臨床病理学的な予後因子解析〉
進行期卵巣癌患者の生存期間に対する臨床病理学的因子ごとの危険率と、抗α−アクチニン−4抗体の染色性に対する危険率およびACTN4遺伝子コピー数増加に対する危険率とを、上述の患者136症例分のデータを用いて、Cox比例ハザードモデルの単変量解析および多変量解析によって分析した。その結果を以下の表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
表3の左側に示す単変量解析の結果によれば、FIGOステージ分類、明細胞腺癌(clear-cell adenocarcinoma)、初回手術時の残存腫瘍径、およびACTN4遺伝子コピー数増加が、予後不良の危険因子になり得ることが示された。一方で、漿液性腺癌(serous adenocarcinoma)の組織型は、進行期卵巣癌患者において予後良好因子となり得ることが示された。 また、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、進行期卵巣癌患者の予後により強い影響を与えることが示された。
【0087】
さらに、表3の右側には、単変量解析によって予後因子になり得ることが示されたFIGOステージ分類、特定の組織型(明細胞腺癌および漿液性腺癌)、初回手術時の残存腫瘍径、およびACTN4遺伝子のコピー数のみについて多変量解析を行い、危険因子を抽出した結果を示している。この結果によれば、漿液性腺癌および初回手術時の残存腫瘍径と同様に、ACTN4遺伝子のコピー数増加が臨床病期や明細胞腺癌とは独立した予後因子であることが示された。
【0088】
すなわち、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、今回調べた他の臨床病理学的因子とは独立した予後不良因子であり、さらには、α−アクチニン−4タンパク質の発現と比較して、より厳密に卵巣癌担癌患者の予後を予測できることが示された。
【0089】
〈E.ACTN4遺伝子のコピー数増加と各種臨床病理学的因子との関連〉
ACTN4遺伝子のコピー数増加と卵巣癌における各種臨床病理学的因子との関連を、χ二乗検定を用いて判定した。その結果を以下の表4に示す。
【0090】
【表4】
【0091】
表4によれば、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、明細胞腺癌(clear-cell adenocarcinoma)、組織・細胞学的異型度の高い腫瘍、化学療法抵抗性を示す腫瘍と密接に関連していることが示された。この結果によれば、ACTN4遺伝子のコピー数増加は、卵巣癌の中でも特に化学療法への感受性が低い明細胞腺癌で高頻度に見られ、術後化学療法への低反応性と関連していることが明らかとなった。