【0007】
本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、タウオパチーの予防または治療の有効成分として変異型タウ蛋白質をコードする核酸を含むベクターをワクチンとして使用することを特徴とする。
本明細書で使用する「タウオパチー」とは、中枢神経系にリン酸化されたタウ蛋白質が異常に蓄積し、神経障害(神経変性、等)と関連する疾患群を指す。
本明細書で使用する「核酸」とは、DNAまたはRNAを意味する。
本明細書で使用する「被験者」とは、哺乳動物、好ましくは霊長類、さらに好ましくはヒトを意味する。
<変異型タウ蛋白質>
タウ蛋白質は、微小管関連結合蛋白質の1つであってMAPT(microtubule−associated protein tau)とも称され、タウ遺伝子の選択的スプライシングにより生じる6つのアイソフォームが存在し、C末端側の微小管結合部位の反復回数により、3回リピート型タウと4回リピート型タウに分類される(斉藤裕子,臨床検査,Vol.50,No.10,p.1121−1129(2006)(日本))。ヒトMAPTは、17番染色体上に存在し(NG_007398.1)、例えば転写変異体(transcript variant)1〜6はそれぞれ、GenBank(米国)に登録番号NM_016835.3、NM_005910.4、NM_016834.3、NM_016841.3、NM_001123067.2、NM_001123066.2として登録されている。タウ蛋白質は、3回リピート型タウ、4回リピート型タウのいずれでもよく、とりわけ4回リピート型タウはヒト脳で最も多く発現するアイソフォームであることが知られている。「タウ蛋白質」は、好ましくはヒトタウ蛋白質である。
本発明の変異型タウ蛋白質は、タウ蛋白質のアミノ酸配列において、配列番号1(NM_005910.4;アイソフォーム2N4R型)の257位、260位、266位、272位、279位、280位、284位、296位、301位、303位、305位、315位、317位、320位、335位、336位、337位、342位、352位、369位、389位および406位からなる群から選択される少なくとも1つの位置に相当する位置のアミノ酸残基の変異を含むものである。好ましい変異位置は、タウ蛋白質のアミノ酸配列において、配列番号1の257位、260位、272位、279位、296位、301位、303位、305位、335位、337位、342位、369位、389位または406位に相当する位置であり、より好ましい変異位置は、タウ蛋白質のアミノ酸配列において、配列番号1の少なくとも301位に相当する位置である。このことは、変異位置が、配列番号1の301位に相当する位置のみであってもよいし、或いは、配列番号1の301位に相当する位置に加えて、上に特定した配列番号1の257位、260位、266位、272位、279位、280位、284位、296位、303位、305位、315位、317位、320位、335位、336位、337位、342位、352位、369位、389位および406位からなる群から選択される少なくとも1つの位置に相当する位置のアミノ酸残基の変異を含んでもよいことを意味する。
前記変異は、置換または欠失である。置換の場合、タウ蛋白質の前記位置のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基、好ましくは自然変異体で認められたアミノ酸残基、に置換された変異であり、そのような置換の例は、配列番号1のアミノ酸配列においてK257T、I260V、L266V、G272V、N279K、L284L、N296H、P301L、P301S、G303V、S305N、L315R、K317M、S320F、G335S、G335V、Q336R、V337M、E342V、S352L、K369I、G389RまたはR406Wのアミノ酸置換である。また、欠失の場合、自然変異体で認められたような欠失、例えば配列番号1の280位のKまたは296位のNの欠失である。本発明では、前記変異は、前記位置のうち1個もしくは複数個(例えば、数個(例えば2〜10の整数))の変異からなる。
本発明で好ましい変異は、前記301位のアミノ酸残基の置換であり、例えばP301S、P301LまたはP301Tのアミノ酸置換である。
本明細書で使用するアミノ酸置換に関する、例えば「P301S」という記載は、配列番号1のアミノ酸配列の301位のプロリン残基(P)がセリン残基(S)に置換されることを意味する。
301位の変異に関して、前頭側頭型痴呆の患者の発症年齢が比較的若く、発症すると進行が早いこと(Sperfeld AD et al,Ann Neurol.1999 Nov;46(5):708−715;Yasuda M et al.,Neurology,55:1224−1227,2000)などが知られているため、この301位の変異に起因する若年年齢での発症や(一旦発症すると)進行が早いタウオパチーの治療や予防のターゲットとして301位の変異は重要であり、本発明のワクチンはそのようなタウオパチーに対し有効である。
<ベクター>
本発明のベクターは、上で説明した変異型タウ蛋白質をコードする核酸を含む。該変異型タウ蛋白質のN末端側には分泌シグナル配列が連結されており、これによって、細胞内に取り込まれたベクターが該核酸を発現し、細胞内の翻訳機構を利用して変異型タウ蛋白質前駆体に翻訳されたのち、細胞膜に移行され、シグナルペプチダーゼによりシグナル配列が切断され、該変異型タウ蛋白質が細胞外に分泌される。
分泌シグナル配列に連結された変異型タウ蛋白質をコードするDNAは、慣用の遺伝子組換え技術を用いて合成することができる。このような技術は、例えば、J.Sambrook et al.,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)、F.M.Ausubel et al.,Short Protocols in Molecular Biology,5th Ed.,John Wiley &Sons(2002)などに記載されている。
変異型タウ蛋白質をコードするDNAは、例えば、タウ蛋白質遺伝子によってコードされるmRNAから逆転写酵素を用いてcDNAを合成し、該cDNAを適当なプラスミドベクターに組み込み、得られたベクターを鋳型にし、かつ、目的の変異を導入したプライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行って該変異を含むタウ蛋白質コード配列部分を増幅し、制限酵素処理して該配列部分を含むフラグメントを取得し、同じ制限酵素で処理した該プラスミドベクターに該フラグメントを組み入れたのち、これを鋳型にし、タウ蛋白質コード配列全長の増幅を可能にするプライマーを用いて同様にPCRを行い増幅することによって作製することができる。
PCRは、変性、アニーリングおよび増幅からなる3つのステップを1サイクルとし、これを約20〜45サイクル行うことを含む。変性は、二本鎖DNAを一本鎖にするステップであり、92〜98℃の温度で約30秒〜2分間熱処理する。アニーリングは、一本鎖DNAにプライマーを結合するステップであり、50〜65℃の温度で約10秒〜60秒間処理する。増幅は、プライマーが結合した一本鎖DNAを鋳型にして相補鎖を合成するステップであり、約72℃の温度で約10秒〜7分間処理する。サイクルを開始する前に約94℃で約30秒〜5分熱処理、またサイクルの終了後に、約72℃で約1分〜10分の増幅反応をそれぞれ行うことができる。反応は、PCRバッファー、dNTPs(N=A,T,C,G)、耐熱性DNAポリメラーゼを用いて行う。耐熱性DNAポリメラーゼとしては、Taqポリメラーゼ、Pfuポリメラーゼなどの市販のポリメラーゼを使用できる。PCRを自動で行うためのサーマルサイクラーなどの市販のPCR装置(宝酒造、Applied Biosystems、Perkin−Elmer、Bio−Radなど)を使用すると便利である。
分泌シグナル配列は、ヒト細胞内に存在するシグナルペプチダーゼによって切断可能な任意のシグナル配列である。そのようなシグナル配列には、細胞特異的なものも包含される。分泌シグナル配列の例は、非限定的に、アミロイド前駆蛋白質(APP)のシグナル配列をコードするDNA(NT_011512.11、NW_001838706.1、NM_201414.1,NM_201413.1,NM_000484.2,NM_001136130.1,NM_001136129.1):5’−ggtctaga
atgctgcccggtttggcactgctcctgctggccgcctggacggctcgggcgctt−3’(配列番号2)(ここで、実際のAPPシグナル配列は開始コドンatg(下線)から始まる。また、その5’側のtctaga配列は制限酵素サイトである。)、CD59のシグナル配列をコードするDNA(NM_001127227.1、NM_001127226.1、NM_000611.5、NM_203331.2、NM_001127225.1、NM_203329.2、NM_203330.2、NM_001127223.1):5’−atgggaatccaaggagggtctgtcctgttcgggctgctgctcgtcctggctgtcttctgccattcaggtcatagc−3’(配列番号3)などである。
分泌シグナル配列をコードするDNAと変異型タウ蛋白質をコードするDNAを5’側からこの順に連結し、この連結体を鋳型にしてPCR増幅し、適当な制限酵素で消化したのちプラスミドベクターにサブクローニングする。
上記手法で使用可能なプラスミドベクターは、クローニング用ベクターのいずれでもよい。そのようなベクターの例は、非限定的にpBluescript系、pUC系、pBR系、pET系などである。
上記のようにして得られた分泌シグナルが連結された変異型タウ蛋白質をコードする核酸を搭載するためのベクターは、ヒト細胞等の哺乳動物細胞内で該核酸の発現を可能にするものであればいずれのものでもよく、例えば遺伝子治療用のプラスミド、ウイルスベクターなどが包含される。
遺伝子治療用プラスミドには、非限定的に、例えばpBK−CMV、pcDNA3.1、pZeoSV(インビトロジェン社、ストラタジーン社)、pCAGGS(ジーンブリッジ社)などが含まれる。
遺伝子治療用ウイルスベクターには、非限定的に、例えばセンダイウイルス(SeV)ベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レンチウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、複製欠損レトロウイルスベクター、麻疹ウイルスベクター、狂犬病ウイルスベクター、インフルエンザウイルスベクター、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)ベクター、水疱性口内炎ウイルス(VSV)ベクター、ワクシニアウイルスベクター、シンドビスウイルスベクターなどが含まれる。それらの複製欠陥型などの安全性の高いベクターが好ましい。
本発明では、上記のいずれのベクターも使用できるが、好ましく使用しうるベクターは、プラスミドベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターまたはレンチウイルスベクターであり、そのうち特に好ましいウイルスベクターは、センダイウイルスベクターである。
ベクターには、外来DNAの発現に必要な真核生物細胞内で作動可能なプロモーター、例えばCMV IE、デクチン−1、デクチン−2、ヒトCD11c、F4/80、MHCクラスIIなどの各プロモーターが挿入されてもよい。このエレメントの他に、エンハンサー、複製開始点、リボソーム結合部位、ターミネーター、ポリアデニル化部位などの調節配列、薬剤耐性遺伝子などの選択マーカーなどが、ベクターに含まれうる。
また、前記ベクターは、目的核酸が恒常的に、自律的に、または誘導的に発現可能であるいずれのベクターでもよいが、安全性の面で核酸が自律的に発現されるベクターが好ましい。
センダイウイルスベクターは、遺伝子発現率が比較的高いうえに、染色体挿入変異による発癌リスクがないという高い安全性を有している。このベクターは、細胞核内に入らず細胞質内で複製し外来蛋白質の高いレベルでの発現を可能にする。
センダイウイルスにおいて自律的複製に関与する遺伝子は、NP、P/CおよびL遺伝子であり、また伝播性に関与する遺伝子は、M、FおよびHN遺伝子であることが知られている。このウイルスをベクターとして利用する場合には、前記の遺伝子類が備わっていてもよいし、その一部の遺伝子、例えばF遺伝子、M遺伝子、HN遺伝子などが欠損していてもよい(蛋白質・核酸・酵素 Vol.51,27−37,2006)。特に宿主細胞への侵入に関与する膜融合蛋白質であるF蛋白質の遺伝子を欠損することによって高い安全性が確保される(特開2009−268471、特表2008−536476、WO 00/70070)。
センダイウイルスの前記遺伝子のヌクレオチド配列は、以下のとおりGenBank等に登録されている(特表2008−536476)。
NP遺伝子について、M29343、M30202、M30203、M30204、M51331、M55565、M69046、X17218など。
P遺伝子について、M30202、M30203、M30204、M55565、M69046、X00583、X17007、X17008など。
L遺伝子について、D00053、M30202、M30203、M30204、M69040、X00587、X58886など。
M遺伝子について、D11446、K02742、M30202、M30203、M30204、M69046、U31956、X00584、X53056など。
F遺伝子について、D00152、D11446、D17334、D17335、M30202、M30203、M30204、M69046、X00152、X02131など。
HN遺伝子について、D26475、M12397、M30202、M30203、M30204、M69046、X00586、X02808、X56131など。
また、センダイウイルスゲノムcDNAは、例えばYu,D.et al.,Genes Cells2:457−466,1997、Hasan,M.K.et al.,J.Gen.Virol.78:2813−2820,1997などに記載の方法に従って構築することができる。さらに、該cDNAからのウイルスの再構成は、WO 97/16539;WO 97/16538;WO 00/70055;WO 00/70070;WO 01/18223;WO 03/025570;特表2008−536476;Tokusumi,T.et al.,Virus Res.86:33−38(2002);Li,H.et al.,J.Virol.74:6564−6569(2000)などに記載された方法に従って行うことができる。ウイルスベクターを再構成するために使用できる宿主細胞として、例えばサル腎臓由来のLLC−MK2細胞(ATCC CCL−7)およびCV−1細胞(例えばATCC CCL−70)、ハムスター腎臓由来のBHK細胞(例えばATCC CCL−10)などの培養細胞、ヒト由来の293T細胞などが知られており、さらに大量のウイルスベクターを得るために、上記の宿主細胞から得られたウイルスベクターを発育鶏卵に感染させて増幅し、精製することができる(特表2008−536476、WO 00/70055、WO 00/70070)。回収されたウイルスの力価は、例えばCIU(Cell−Infectious Unit)または赤血球凝集活性(HA)を測定することにより決定することができる(WO 00/70070)。
F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターの再構成についても、WO 00/70055、WO 00/70070、特表2008−536476などに記載された方法に従って行うことができる。このとき、センダイウイルスF蛋白質を発現するヘルパー細胞株を樹立し、これを用いてF遺伝子欠損ゲノムから感染ウイルス粒子を回収する。
後述の実施例によれば、上記の方法を参考にしながら、F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(Z株)のcDNAを制限酵素NotIで消化し、分泌シグナル配列(例えば、APPシグナル配列またはCD59シグナル配列)と変異型タウ蛋白質(TAU(P301S))の結合フラグメントをセンダイウイルスヌクレオカプシド(NP)蛋白質遺伝子の転写開始配列と翻訳領域(ORF)の間の非翻訳領域に挿入することで、変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(Sev−TauP301S)を構築する。実際に構築したセンダイウイルスベクター再構成用プラスミドは、pcDNA3−APP−TauP301S(
図14)であり、分泌シグナル配列の5’末端には開始コドン(atg)を結合し、さらに開始コドンの前にコザック(kozak)のコンセンサス配列(例えばgccaccまたはccacc)を連結してもよい。ベクターの再構成のために、センダイウイルスF蛋白質を発現するヘルパー細胞株を使用する(WO 00/70070)。
アデノウイルスベクターの場合には、E1領域欠失型アデノウイルスベクターを使用することができる。E1領域に加えてE3領域も欠損されてよいが、E3領域の欠損はかならずしも必須ではない。アデノウイルスベクターに関しては、特開2008−017849、特開2000−166581、特表2003−518915、Hitt,M.ら,「Construction and propagation of human adenovirus vectors」In Cell Biology:A Laboratory Handbook(Celis,J.E.ed.),Third Ed.,Vol.1,Academic Press(2005)、Hitt,M.ら,「Techniques for human adenovirus vector construction and characterization」In Methods in Molecular Genetics(Adolph,K.W.ed.),Vol.7,Academic Press(1995)などに記載されている。
その他のウイルスベクターについても、遺伝子治療用に改良されたベクターが文献に記載されているので、本発明のために利用しうる。
<ワクチン>
本発明のワクチンは、タウオパチーの予防または治療のために使用することができる。該ワクチンは、被験者において変異型タウ蛋白質の直接投与と比べてより持続的にタウ蛋白質(リン酸化されていてもよい。)に対する抗体を誘導することができる(
図4、
図6参照)。
本発明のワクチンは、被験者の脳内のミクログリアを活性化し、これによって変異型タウ蛋白質を貪食する。タウオパチーの原因物質である変異型タウ蛋白質がミクログリアによってクリアランスされることによって、該蛋白質の蓄積が阻害され、タウオパチーの症状の進行が抑制される。
本発明のワクチンは、タウオパチーモデルマウス(P301S Tauトランスジェニックマウス)でのin vivo試験によって、タウオパチー、とりわけタウオパチー型認知症の改善作用を有することが明らかになった。すなわち、認知症で認められる記銘力低下や社交性の欠如が、本発明のワクチンを接種することによって改善されたが、この改善効果は組換え変異型タウ蛋白質を接種したときには認められなかったので、本発明のワクチンの優位性が確認された。また、本発明のワクチンは、組換え変異型タウ蛋白質と同様に、認知症でよく見られる多動(落ち着きのなさ)に対する改善効果が認められた。このように、本発明のワクチンは、認知症で認められる記銘力低下および/または社会的行動異常および/または不安様行動異常および/または記憶障害の改善効果を有する。
本発明のワクチンは、上記の効能を有するために、タウオパチー、とりわけアルツハイマー病、FTDP−17(第17番染色体に関連したパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症)、ダウン症候群、ピック病、パーキンソン認知症複合、神経原線維変化優位型認知症、ボクサー認知症、進行性核上性麻痺、嗜銀顆粒性認知症、大脳皮質基底核変性症、脳炎後パーキンソニズム、亜急性硬化性全脳炎、筋緊張性ジストロフィー、福山型筋ジストロフィー、グアム島筋萎縮性側策硬化症・パーキンソニズム複合、紀伊半島の神経原線維変化を伴う筋萎縮性側策硬化症などの疾患の予防または治療のために使用できる。
本発明のワクチンは、必要に応じて、薬学上許容される担体および添加剤、例えば生理食塩水、リンゲル液、緩衝液、植物油、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、保存剤などを含むことができる。また、免疫原性を高めるためのアジュバントをワクチンに添加してもよい。アジュバントとして、例えばアルミニウム塩(alum)、サポニン類、ムラミル(ジ)ペプチド、サイトカイン類(IL−2,4,6、等)、コレラ毒素、サルモネラ毒素などの免疫促進剤が含まれる。
本発明のワクチンの接種は、皮下、皮内、鼻腔内、筋内、静脈内、腹腔内などの投与経路で行うことができる。好ましい製剤は、注射剤、吸入剤などである。吸入剤は、用量を量りとって吸入可能にする吸入装置内に封入されうる。投与量は、被験者(哺乳動物、好ましくは、ヒト)の症状、重症度、年齢、性別、体重などに応じて臨床医が適宜判断すべきであるが、ワクチンの形態や投与方法などにより変動し得るが、非限定的に、ウイルスベクターの場合、例えば10
4〜10
14pfu(プラーク形成単位)、好ましくは10
5〜10
13pfu、より好ましくは10
6〜10
11pfuであるか、あるいは、10
5〜10
9CIU(細胞感染単位)であるし、また、プラスミドベクターの場合、例えば約1μg〜500μgであり、いずれにしてもワクチン効果が発揮されるのであれば上記の範囲外であってもよい。
また、細胞膜の透過を促進するためにリポソームを利用することも可能である。リポソームとして好ましいものがカチオン性リポソームである。カチオン性リポソームは、プラスミドDNAの細胞内送達を媒介することが示されている(Nature 337:387(1989))。カチオン性リポソームはまた、膜透過性ペプチドを結合することによって細胞内送達を容易にすることができる。リポソームについては、例えばBrighamら,Am.J.Med.Sci.,298:278(1989)、Osakaら,J.Pharm.Sci.,85(6):612−618(1996)、Sanら,Human Gene Therapy,4:781−788(1993)、Seniorら,Biochemica et Biophysica Acta,1070:173−179(1991)、Kabanov and Kabanov,Bioconjugate Chem.1995;6:7−20、Remyら,Bioconjugate Chem.,5:647−654(1994);Behr,J−P.,Bioconjugate Chem.,5:382−389(1994)、Wymanら,Biochem.,36:3008−3017(1997)などの文献を参照することができる。
【実施例】
【0008】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
[実施例1]
変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターの構築
1)分泌シグナルシークエンスとタウ蛋白を発現するセンダイウイルスベクターの構築
分泌型シグナルシークエンスはアミロイド前駆蛋白(APP,Genbank accession number:NT_011512.11,NW_001838706.1、NM_201414.1,NM_201413.1,NM_000484.2,NM_001136130.1,NM_001136129.1)を基に、以下の配列を用いた。
変異型タウ蛋白(TauP301S)のcDNAはヒト1N4R型タウ蛋白(Genbank accession number:NM_001123067.2)の塩基配列に変異が入ったもの[NM_001123067.2に記載のアミノ酸配列の272位(配列番号1の301位に相当する位置)のプロリン(P)のコドンからセリン(S)のコドンへの変異;配列番号13の884〜886位のセリンコドン(tcg)]を鋳型とし、以下のプライマーを用いPCRにて増幅した。
APP分泌シグナルとPCRで増幅したタウ蛋白のcDNAを結合し、これを鋳型として以下のプライマーを用いてPCRを行った。
得られたPCR産物を制限酵素EcoRIで消化し、次いでpcDNA3(Invitrogen)にサブクローニングした。
変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターの構築は、Liらの報告(Li H et al.J.Virology.74.6564−6569(2000);WO 00/70070)に記載の方法に準じて行った。F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(Z株)のcDNAを制限酵素NotIで消化し、分泌シグナルシークエンスと変異型タウ蛋白の結合フラグメントをセンダイウイルスヌクレオカプシド(NP)蛋白遺伝子の転写開始配列と翻訳領域の間の非翻訳領域に挿入することで、変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターを構築した。
なおコントロールとして用いる、EGFPを発現するF遺伝子欠失型センダイウイルスベクターもpTRES2−EGFP vector(Clonetech)のEGFP部分を用いて構築した。
2)変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターの再構成と増幅
F遺伝子を欠失したセンダイウイルスベクターの再構成は前出のLiらの報告(Li H et al.J.Virology.74.6564−6569(2000);WO 00/70070)を参考に実施した。該センダイウイルスベクターはF遺伝子欠失型であるため、F蛋白を発現するパッケージング細胞を使用し、変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(以下、「Sev−TauP301S」という。)及びEGFP遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(以下、「Sev−GFP」という。)を作製した。
[実施例2]
変異型タウ遺伝子を搭載したプラスミドベクターの構築
1)分泌シグナルシークエンスとタウ蛋白を発現するプラスミドベクターの構築
分泌シグナルシークエンスはCD59蛋白(Genbank accession number:NM_001127227.1、NM_001127226.1、NM_000611.5、NM_203331.2、NM_001127225.1、NM_203329.2、NM_203330.2、NM_001127223.1)の塩基配列のうち、以下の配列を用いた。
変異型タウ蛋白(TauP301S)のcDNAはヒト1N4R型タウ蛋白(Genbank accession number:NM_001123067.2)の配列に変異が入ったもの[NM_001123067.2に記載のアミノ酸配列の272位(配列番号1の301位に相当する位置)のプロリン(P)のコドンからセリン(S)のコドンへの変異;配列番号12の898〜900位のセリンコドン(agt)]を鋳型とし、以下のプライマーを用いPCRにて増幅した。なお、本プラスミドベクターに搭載した変異型タウは、センダイウイルスベクターに搭載した変異型タウと区別するために、異なったセリンコドンの配列を有するようにした。
CD59分泌シグナルとPCRで増幅したとタウ蛋白のcDNAを結合し、これを鋳型として以下のプライマーを用いてPCRを行った。
得られたPCR産物を制限酵素EcoRIとXhoIで消化し、次いでpcDNA3.1(+)プラスミドベクター(Invitrogen)のマルチプルクローニングサイトを制限酵素EcoRIとXhoIで消化し、それぞれの切断部位間に挿入した。
2)変異型タウ遺伝子搭載プラスミドベクターの増幅
プラスミドベクターの増幅はInvitrogen社発行のpcDNA3.1製品取り扱い説明書を基に以下の要領で行った。大腸菌DH5α株をプラスミドベクターでトランスフォーメーションした。次にLB−アンピシリン培地に播種し、単一クローン毎に少量培養を行って純粋化した。Nucleobondプラスミド精製キット(MACHEREY−NAGEL)にてプラスミドを抽出し、シークエンスを行い正しく複製されているかを確認し、有効なクローンを選択した。マウスに接種するプラスミドベクターの増幅は、選択したクローンの大量培養にて行い、プラスミドの抽出にはエンドトキシンフリーグレードのNucleobondプラスミド精製キットを用いた。
[実施例3]
変異型タウ遺伝子搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターによるインビボ試験
1)GFP発現F遺伝子欠失型センダイウイルスベクターのマウスへの経鼻投与
3か月齢のタウオパチーモデルマウス(P301S Tauトランスジェニックマウス)(Yoshiyama,Y,et al.Neuron 53,337−351(2007);University of Pennsylvania Dr.Trojanowskiより供与)を用い、本発明のGFP搭載F遺伝子欠失型センダイウイルスベクター(以下、「Sev−GFP」という。)の経鼻投与を行い、感染効率の検討を行った。
マウス1匹あたり、Sev−GFP 5x10
6CIUを投与し、1週間後鼻粘膜におけるGFPの発現を多目的顕微鏡(BZ−9000,Keyence)にて蛍光像と明視野像の撮影を行って解析した。
解析の結果、鼻粘膜の広い範囲にGFPの発現が認められ、センダイウイルスベクターの経鼻投与が有効であることが確認された(
図1)。
2)Sev−TauP301S接種によるリン酸化タウ蛋白発現抑制効果(その1)
Sev−TauP301S 5×10
6CIU/匹を3か月齢のタウオパチーモデルマウスに経鼻(鼻腔内)投与し、投与5カ月後で解剖し、海馬冠状の組織切片を調製した。コントロールワクチンとしてSev−GFPを用いた。なお上記2つのグループでは、それぞれ13頭、11頭のタウオパチーモデルマウスへの接種を行った。
リン酸化タウの発現レベルを測定するために、海馬の組織切片において免疫染色を行った。マウス海馬冠状断面において抗リン酸化タウタンパク抗体(AT8,Innogenetics)を反応させ、洗浄後、2次抗体としてビオチン標識ウマ抗マウスIgG抗体(Vector)を用いた免疫染色を行った。免疫染色後、海馬CA3領域において蓄積した領域の面積を多目的顕微鏡(BZ−9000,Keyence)付属解析ソフトで測定した。Sev−GFP群、Sev−TauP301S群それぞれ平均値±標準誤差、統計学的解析はStudentのt検定で行った。その結果、Sev−GFP投与群に比べ、Sev−TauP301S投与群では、海馬におけるリン酸化タウの発現の抑制が示唆された(
図2)。
3)Sev−TauP301S接種によるリン酸化タウ蛋白発現抑制効果(その2)
Sev−TauP301S、もしくはSev−GFP接種によるタウ蛋白の発現抑制効果を、海馬由来の蛋白質を用いてウエスタンブロット法により解析を行った。
ウエスタンブロット法の方法は以下の通りである。RAB−HSバッファーにて海馬組織をホモジナイズ後、4℃,50,000×g,40分で遠心し、上清をSDS処理し、1サンプルあたり15μgをSDS−PAGEにて泳動した。泳動後PVDF膜に転写し、抗リン酸化タウタンパク抗体(AT8,Innogenetics)を反応させ、洗浄後2次抗体としてHRP標識ヒツジ抗マウスIgG抗体(GE Healthcare)を用い、ECL(GE Healthcare)による化学発光にて検出した。リン酸化タウ蛋白の評価後、Stripping solution(Nakalai)で抗体を剥離後、抗β−actin抗体(SIGMA)を用いて再度同様の方法で検出した。
蓄積したリン酸化タウタンパク量は、バンドの信号強度を画像解析ソフト(NIH Image,Ver.1.63,NIH,US)で測定し、内部コントロールタンパクであるβ−actinと信号強度の比をとって定量化した。コントロールワクチン(Sev−GFP)接種群、タウワクチン(Sev−TauP301S)接種群それぞれ平均値±標準誤差、統計学的解析はStudentのt検定で行った。その結果、Sev−GFP接種群に比べ、Sev−TauP301S接種群では、海馬におけるリン酸化タウの発現が抑制されていることが明らかになった(
図3)。
4)海馬におけるリン酸化タウに反応する抗体の誘導
組織のタウに反応する血清中抗体価はSev−TauP301Sを投与していないタウオパチーモデルマウス海馬組織に対する反応性で評価した。Sev−TauP301SまたはSev−GFP(各5×10
6CIU/匹)を投与したマウスの血清をそれぞれ30倍、100倍、300倍、1000倍、3000倍に希釈して4℃で一晩、タウオパチーモデルマウス海馬組織切片に反応させた後、Alexa546標識抗マウスIgG抗体(Invitrogen)を室温、1時間で反応させて検出した。各マウスの抗体価は組織との反応が見られた最大希釈倍率で評価した。Sev−GFP接種群、Sev−TauP301S接種群それぞれ平均値±標準誤差、統計学的解析はMann−WhitneyのU検定で行った。
その結果、Sev−TauP301S接種マウス由来の血清を反応させた場合、Sev−GFPを投与したマウス由来の血清と比べて海馬で反応する抗体価は有意に高かった。以上の結果から、Sev−TauP301Sを接種することにより血清中に産生される抗体がリン酸化タウを発現する海馬に反応することが確認された(
図4a,4c)。
5)Sev−TauP301S接種による脳内のミクログリアの活性化
Sev−TauP301S接種による脳内の神経免疫担当細胞であるミクログリアの変化について確認するために実験を行った。
Sev−TauP301S 5×10
6CIU/匹を3カ月齢のタウオパチーモデルマウスに接種し、接種5カ月後脳組織を取り出し、海馬の組織切片を作成し、免疫染色を以下のように行った。
マウス海馬冠状断面において抗Iba1抗体(WAKO)を4℃、一晩反応させ、洗浄後、二次抗体としてAlexa488標識ヤギ抗ウサギIgG抗体(Invitrogen)、また組織中マウスIgG検出のため、Alexa546標識抗マウスIgG抗体(Invitrogen)を合わせて室温、1時間で反応させ、蛍光2重免疫染色で検出した。免疫染色後、海馬CA3領域を多目的顕微鏡(BZ−9000,Keyence)にて蛍光像を撮影した。その結果、コントロールであるSev−GFP投与群に比べSev−TauP301S投与群では、海馬においてIba1陽性細胞が数多く認められ、それらの陽性細胞の多くは抗マウスIgG抗体と共染色されていた。このIba1(Ionized calcium binding adapter molecule 1)はミクログリアの活性化に伴いその発現量が増加することから、Iba1はミクログリアの活性化に係る分子であることが報告されており(Ito D.et al.,Brain Res.Mol.Brain Res.57.1−9,1998)、さらにマウスIgGが組織中のTauP301Sを認識していると考えられることから、Sev−TauP301Sの接種にてミクログリアのTauP301Sに対する反応が活性化したものと考えられた(
図5)。
タウワクチン接種によるミクログリアの活性化上昇については、1)末梢血中においてマクロファージが抗原提示を受けて活性化し、血液脳関門を通過して脳に集まり活性化ミクログリアとなり、変異タウタンパク質を貪食している、あるいは2)変異タウタンパク質が血液脳関門を通過し、脳においてミクログリアが直接抗原提示を受けて活性化し、変異タウタンパク質を貪食している、可能性が示唆された。
6)リコンビナントリン酸化タウ蛋白を抗原としたELISA
Sev−TauP301Sを接種した結果、血清中に産生される抗体がリン酸化タウ特異的な抗体であるかを確認するために、リコンビナント変異型タウタンパク(TAUP301S)を抗原としたELISAを行った。
リコンビナント変異型タウタンパクの作製は、坂上ら(Sakaue F et al.J.Biol.Chem.280.31522−31529,2005)の方法に基づき行った。具体的には、TauP301S(1N4R型)を組み込んだpRK172ベクターを大腸菌(BL21−DE3株)に発現させ、菌体からホスホセルロースカラム(P11)、50%硫酸アンモニウム沈殿、熱処理、さらに逆相HPLCにより精製し、凍結乾燥し4℃で保存した。
血清中の抗リン酸化タウ抗体の産生については、以下のELISA法により解析した。前述の方法で作製したリコンビナントTAUP301Sタンパク(1μg/ml/well)を96wellプレートに4℃、一晩で固相化させた。
血清は、Sev−TauP301S、またはSev−GFPを接種する直前、及び接種後1ヶ月目において、接種マウスから採取したものを50倍希釈したものを用い、室温で2時間プレートに入れて反応させた。反応後、洗浄を経て、HRP標識ヒツジ抗マウスIgG抗体(GE Healthcare)を、室温で1時間反応させた。反応後洗浄し、Opti−EIATMB Substrate Reagent Set(BD)で発色させ、450nmの波長での吸光度測定により定量化した。測定の陽性対照血清にはリコンビナントTAUP301Sタンパクを皮下接種したマウス血清を用いて段階希釈し、血清原液での抗体力価を1,000単位として作成した吸光度−単位間での検量線を用いて吸光度を単位へと変換した。このようにして求めたそれぞれのマウスの接種後の単位量により抗体価の上昇を評価した。このELISAの結果、Sev−TauP301Sを接種することにより血清中に抗リン酸化タウ抗体が多く産生されることが確認できた(
図6a)。
リコンビナントタンパクを接種したマウスにおいてタウ特異的な抗体産生が顕著なのは接種してから間もない時期における血中に存在する変異型タウタンパク質の量が多く、変異型タウタンパク質に曝露される抗原提示細胞の数が多いためと考えられた。
また脳脊髄液中のリン酸化タウ蛋白の量は、以下の方法により測定した。
96wellプレートは、あらかじめ3μg/ml抗リン酸化抗体(AT8抗体)にて4℃で一晩コーティング処理しておく。Sev−TauP301S、またはSev−GFPを接種したマウスから採取した脳脊髄液(CSF)を50倍希釈し、各wellに加え反応させた。陽性対照として、14カ月齢のタウオパチーモデルマウスの脳をホモジナイズし得られた液を100〜102400倍に段階希釈したものを用いた。2次抗体として、ウサギ抗ヒトタウタンパク抗体、その後ペルオキシダーゼ標識ヒツジ抗ウサギIgGF(ab’)
2抗体を反応させ、Tetramethyl Benzidone液を用いて発色させた。
450nmの吸光度は自動プレートリーダー(Model 353;Thermo Scientific,Japan)により計測した。その結果、Sev−TauP301S接種したタウオパチーモデルマウスの脳脊髄液中にリン酸化タウタンパクが高濃度に認められた(
図6b)。
7)マウス行動解析
すべての行動実験は京都大学医学研究科動物実験委員会(京都、日本)より承認を受けた上で行った。本実験で使用したタウオパチーモデルマウス(P301S Tauトランスジェニックマウス)にタウワクチンを投与することにより、認知症患者で認められる行動学的異常(記銘力低下、社交性の欠如、不安様行動、多動、活動量、空間学習、参照記憶、感覚中枢、聴力等)の改善効果を以下の方法にて評価した。
(1)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種による新奇環境下での社会的行動テスト(Social interaction test)
Social interaction testは新奇場面での行動評価に用いられるテストである。
Sev−TauP301Sを接種(5×10
6CIU/匹)したタウオパチーモデルマウス、またはSev−GFPを接種(5×10
6CIU/匹)したタウオパチーモデルマウスを接種後3カ月目に、これまで同じケージにいたことのないマウスと1匹ずつ1つの箱(40×40×30cm)の中に入れて、10分間自由に探索させた。社会的行動はCCDカメラ(Sony DXC−151A)を通じてモニターされ、画像をコンピューターに取り込みImage SIソフトウェアを用いて自動的に、接触回数、1接触あたりの平均時間、移動距離を測定した。解析を行ったところ、Sev−TauP301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、Sev−GFPが投与されたタウオパチーモデルマウスに比べ、見知らぬマウスに対し接触した時間が長かった。この解析により、社会的行動、また新たなマウスの出現に対する対応能力の改善効果が認められた(
図7A)。
(2)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種による社会的行動測定テスト(Crawley version)
社会的行動測定テスト(Crawley’s social interaction test)は別々のマウスに対する記銘力、社会的関係の形成、社交性の評価に用いられるテストである。
装置は、パネルにより3つの空間に仕切られており、両端の空間の一隅には小さなかごがそれぞれ1つずつ設定されている。これまで同じケージにいたことのないマウスをかごの中に入れ、その後Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーモデルマウスに接種し、接種後3カ月目のマウスをかごの外におき、10分間の間そのまま放置した。10分後、他方のかごに別のこれまで同じケージにいたことのないマウスを入れた後、Sev−TauP301S接種、あるいはSev−GFP接種タウオパチーモデルマウスが既に10分間いたマウス(Familiar Side)、新しくきた見知らぬマウス(Stranger Side)のどちらのマウスの近傍に長く滞在するか、滞在時間を測定することで社会的行動の評価を行った。
その結果、Sev−GFP接種タウオパチーモデルマウスでは、Familiar Sideでの滞在時間が長かったのに比べ、Sev−TauP301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、Stranger Sideでの滞在時間が長く、社会的行動、また別々のマウスに対する記銘力の改善効果が認められた(
図7B)。
(3)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種による高架式十字型迷路テスト
高架式十字型迷路は不安様行動を評価するための装置であり、同じ大きさの2つのオープンアームと高さ15cmの透明な壁がついた2つのクローズドアームで構成されている。クローズドアームには高さ15cmの透明な壁が付けられている。
アームおよび中心の正方形の部分は白いプラスチック板で出来ており、床から50cmの高さに位置している。Sev−TauP301S(5x10
7CIU/匹,1週間毎に計3回)を接種したタウオパチーモデルマウスまたは同力価のSev−GFPをタウオパチーモデルマウスに接種し、接種後3カ月目のマウスをそれぞれ迷路中心の正方形の部分(5×5cm)に、クローズドアームの方を向くように置いて、10分間行動を記録した。迷路中心から各4方向へのすべての出入り回数(A)、柵のない方向への出入りの回数の割合(B)、マウスの総移動距離(C)、柵のない場所への滞在時間の割合(D)をImage EPソフトウェアを用いて自動的に計測した。Sev−TauP301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、柵のない場所への滞在時間が有意に少なくなっており、不安様行動、また落下の危険に対する判断力の改善が認められた(
図8D)。
(4)タウオパチーモデルマウスへのリコンビナントタウ蛋白接種によるオープンフィールド試験
オープンフィールド試験は、活動量や情動性を測定するためのテストである。
リコンビナントタウ蛋白(TAUP301S)100μg/匹/回、2週間毎に計3回Adju−Phosアジュバント(Gentaur社)とともにタウオパチーモデルマウスに皮下接種し、接種後1カ月目にオープンフィールド試験を行った。接種マウスを高さ30cmの柵がついた40cm四方のオープンフィールド試験用装置(Accuscan Instruments)にマウスを入れ、120分間の自由行動を5分間毎に区切って移動距離(A)、背伸びの回数(B)、フィールド中央での滞在時間(C)、常同性行動(D)を評価した。TAUP301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは有意に移動距離が短くなっており、多動(落ち着きのなさ)の改善効果が認められた(
図9A)。
(5)タウオパチーモデルマウスへのリコンビナントタウ蛋白接種による高架式十字型迷路テスト
リコンビナントタウ蛋白(TAUP301S)100μg/匹/回、2週間毎に計3回Adju−Phosアジュバント(Gentaur社)とともにタウオパチーモデルマウスに皮下接種し、接種後1カ月目に高架式十字型迷路の解析を行った。接種マウスを、それぞれ迷路中心の正方形の部分(5×5cm)に、クローズドアームのほうを向くように置いて、10分間行動を記録した。中央から各4方向へのすべての出入り回数(A)、柵のない方向への出入りの回数の割合(B)、マウスの総移動距離(C)、柵のない場所への滞在時間の割合(D)をImage EPソフトウェアを用いて自動的に計測した。TAUP301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、コントロール(アジュバント投与)のマウスの結果にくらべて、高架式十字型迷路解析においては大きな違いは認められなかった(
図10)。
(6)タウオパチーモデルマウスへのDNA−Tau P301S接種によるオープンフィールド試験
cDNA−Tau P301Sを100μg/匹/回、毎週計6回、次いで2週間毎に計3回、合計9回、開始の時点で5ヶ月齢のタウオパチーモデルマウス左後肢大腿筋に筋肉内接種し、接種後1カ月目にオープンフィールド試験を行った。接種マウスを高さ30cmの柵がついた40cm四方のオープンフィールド試験用装置(Accuscan Instruments)にマウスを入れ、120分間の自由行動を5分間毎に区切って移動距離(A)、背伸びの回数(B)、フィールド中央での滞在時間(C)、常同性行動(D)を評価した。cDNA−Tau P301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは移動距離が短くなっていることが明らかになり、多動(落ち着きのなさ)の改善効果が認められた(
図11A)。
(7)タウオパチーモデルマウスへのcDNA−Tau P301S接種による新奇環境下での社会的行動テスト
cDNA−Tau P301Sを100μg/頭/回、毎週計6回、次いで2週間毎に計3回、合計9回、開始の時点で5ヶ月齢のタウオパチーモデルマウス左後肢大腿筋に筋肉内接種し、接種後1カ月目にこれまで同じケージにいたことのないマウスと1匹ずつ1つの箱(40×40×30cm)の中に入れて、10分間自由に探索させた。社会的行動はCCDカメラ(Sony DXC−151A)を通じてモニターされ、画像をコンピューターに取り込みImage SIソフトウェアを用いて自動的に、接触回数、1接触あたりの平均時間、移動距離を測定した。解析を行ったところ、cDNA−Tau P301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、コントロールであるpcDNA3.1(ATG−)(以下cDNA−Empty)を接種したタウオパチーモデルマウスに比べ、見知らぬマウスに対し接触した時間が有意に短く(p=0.0164,Studentのt検定)なっていた(
図12A)。また、cDNA−Tau P301Sを接種したタウオパチーモデルマウスは、cDNA−Emptyを接種したタウオパチーモデルマウスに比べ、移動距離も短くなっていた。(
図12B)。結果として、オープンフィールド試験と同様にcDNA−Tau P301S接種により多動に対する改善が認められた。
(8)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種によるバーンズ迷路試験
バーンズ迷路試験は、空間学習や参照記憶を調べるためのテストである。1枚の円状の板の上に12個の穴があいており、そのうちの1個のみの穴の下に暗箱がおいてある。Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスに接種し、接種後4カ月目において本テストを行った。まず一定期間マウスに暗箱の空間的位置を記憶させるよう訓練し(トレーニング期間)、トレーニング終了後24時間経過後、(暗箱がおいてあった)ターゲットの穴の周辺に滞在する時間により空間学習や参照記憶を評価(プローブ試験)した。Sev−TauP301S接種により、タウオパチーモデルマウスにおいて、ターゲットにたどりつくまでの時間が減少し(
図15B)、さらにターゲットの穴の周辺に滞在する時間が長くなった(
図15C)ことから、改善効果が確認された。
(9)タウオパチーマウスへのSev−TauP301S接種による恐怖条件付け試験
恐怖条件付け試験は文脈記憶や注意能力を測定するためのテストである。Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーマウス及び野生型マウスに接種し、接種後4カ月目においてテストを行った。箱に入れたマウスに対し電気ショックを加え、その電気ショックを体験した同じ箱で別の刺激(例えば音)を与え、一定の時間経過後、同じ箱にマウスをいれること、あるいは別の箱に入れて同じ音による刺激を行うことによりフリージング(すくみ行動)という現象がマウスに起きることがある。このフリージングの出現率により文脈記憶や注意能力を評価した。Sev−TauP301S接種により、タウオパチーモデルマウスにおいて、フリージングの出現率が減少し、改善効果が認められた(
図16C)。
(10)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種による身体測定
Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスに接種し、接種後1カ月目において体重、体温、握力、ワイヤに掴まっている時間に関する測定を行った結果を
図17に示す。各グループにおける優位差は認められなかった。
(11)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種による社会的行動測定試験
社会的行動測定試験は被験マウス2匹を箱の中に入れて、10分間の接触回数や接触持続時間、マウスの移動距離などを測定社会的行動を測定するテストである。Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスに接種し、接種後2カ月目において本テストを行った。その結果、Sev−TauP301S接種タウオパチーモデルマウスにおいて、接触回数の増加(
図18B)、活発な接触の持続時間の延長(
図18C)、及び総移動距離の増加(
図18E)において改善効果が認められた。
(12)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種によるプレパルス抑制テスト
プレパルス抑制テストは感覚中枢や聴力、(刺激に対して)跳びあがる反応などの評価を行うテストである。Sev−TauP301Sを接種(5×10
6CIU/匹)したタウオパチーモデルマウス及び野生型マウス、またはSev−GFP(5×10
6CIU/匹)を接種したタウオパチーモデルマウス及び野生型マウスについて、接種後3カ月目にプレパルス抑制テストを行った。
その結果、Sev−TauP301S接種によるフリージング抑制効果も認められず、各グループ間で優位な差は認められなかった(
図19)。
(13)タウオパチーモデルマウスへのSev−TauP301S接種によるオープンフィールド試験
Sev−TauP301S(5×10
6CIU/匹)またはSev−GFPを(5×10
6CIU/匹)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスに接種し、接種後1カ月目にオープンフィールド試験を行った。(A)は総移動距離、(B)は垂直方向の活動量、(C)は中心部での滞在時間、(D)常同行動回数を示す。
各グループ間で優位な差は認められなかった(
図20)。
(14)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおけるオープンフィールド試験
野生型マウス及びタウオパチーモデルマウスに対し、オープンフィールドテストを行った。(A)は総移動距離、(B)は垂直方向の活動量、(C)は中心部での滞在時間、(D)は常同行動回数を示す。
タウオパチーモデルマウスは、野生型マウスと比較し総移動距離が長く(A)、垂直方向の運動量が多く(B)、中心部に滞在する時間(C)が長かった。常同行動回数(D)は優位な差は認められなかった(
図21)。
(15)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおける高架式十字迷路テスト
タウオパチーマウス、または野生型マウスに高架式十字迷路テストを行った。
その結果、タウオパチーマウスにおいて、柵のないオープンアームに侵入した割合(B)と柵のないオープンアームに滞在する時間(D)が野生型マウスに比べ優位に高い値を示した(
図22)。
(16)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおけるプレパルス抑制テスト
タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおけるプレパルス抑制テストを行った。タウオパチーモデルマウスは、野生型マウスに比べ、音に対する驚愕反応が低かったが(
図23A)、事前に小さな音をならした後大きな音を鳴らすことで驚愕反応の抑制の割合が高い値を示した(
図23B)。
(17)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスの脳組織におけるタウ蛋白の発現
タウオパチーモデルマウスと野生型マウスの脳組織におけるタウタンパク質の発現レベルの比較を病理組織学的に検討した。
タウの凝集像や封入は認められなかったものの、タウオパチーマウスの脳組織において野生型マウスに比べ、リン酸化タウタンパク質が顕著に認められた(
図24)。リン酸化タウが多く認められた帯状回皮質、大脳皮質扁桃核、海馬などは不安障害に関連し、海馬は記憶障害に関連するとされていることから、これらの組織にリン酸化タウが蓄積することにより、行動異常を呈するのではないかと示唆された。
(18)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおける身体測定
13週齢のタウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおける一般的身体測定を行った。
(A)は体重、(B)は直腸温、(C)は握力、(D)はワイアハングテストの結果を示す。
タウオパチーモデルマウスと野生型マウスの間に優位な差は認められなかった(
図25)。
(19)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおける社会行動測定テスト(新奇場面)
タウオパチーマウス、または野生型マウスに社会行動測定テストを行った。
社会行動測定テストの結果、タウオパチーモデルマウスと野生型マウスとの間に優位な差は認められなかった(
図26)。
(20)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおける恐怖条件付け試験
野生型マウス及びタウオパチーモデルマウスに対し、恐怖条件付け試験を行った。タウオパチーモデルマウスにおいてフリージングの出現率が野生型マウスに比べ低い値を示したが、全体的には大きな優位差はなかった(
図27)。
(21)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスにおけるバーンズ迷路試験
野生型マウス及びタウオパチーモデルマウスに対し、バーンズ迷路試験を行った。
図28の(A)〜(C)は訓練期間での結果を示す。
図28の(D)は訓練後24時間経過後のプローブテストを示す。
訓練期間中では、タウオパチーモデルマウスと野生型マウスの間に優位な差は認められなかった(
図28A−C)。
Probeテストにおいて、タウオパチーモデルマウスと野生型マウスとの間にターゲットの隣の穴周辺及びターゲットの穴周辺での滞在時間がタウオパチーモデルマウスのほうが短かった(
図28D)。
(22)タウオパチーモデルマウス及び野生型マウスの脳組織におけるタウタンパク質の発現
タウオパチーモデルマウスと野生型マウスの脳組織におけるタウタンパク質の発現レベルの比較を病理組織学的に検討した。
タウタンパク質の凝集像や封入体は認められなかったものの、野生型マウスに比べタウオパチーマウスの脳組織においてリン酸化タウタンパクが顕著に認められた(
図24)。リン酸化タウが多く認められた帯状回皮質、大脳皮質扁桃核、海馬などは不安障害に関連し、海馬は記憶障害に関連するとされていることから、これらの組織にリン酸化タウタンパク質が蓄積することにより、行動異常を呈するのではないかと示唆された。