特許第5697901号(P5697901)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5697901転がり軸受軌道輪用リング部材および転がり軸受
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5697901
(24)【登録日】2015年2月20日
(45)【発行日】2015年4月8日
(54)【発明の名称】転がり軸受軌道輪用リング部材および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/64 20060101AFI20150319BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20150319BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20150319BHJP
【FI】
   F16C33/64
   B23K9/00 501D
   B23K31/00 G
   B23K31/00 A
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2010-131621(P2010-131621)
(22)【出願日】2010年6月9日
(65)【公開番号】特開2011-256937(P2011-256937A)
(43)【公開日】2011年12月22日
【審査請求日】2013年5月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086793
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅士
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(72)【発明者】
【氏名】松原 幸生
(72)【発明者】
【氏名】田中 広政
【審査官】 上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭45−015873(JP,B1)
【文献】 特開2007−261305(JP,A)
【文献】 特開2002−206543(JP,A)
【文献】 特開昭55−081030(JP,A)
【文献】 特開平01−234619(JP,A)
【文献】 特開昭55−065724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/64
B23K 9/00
B23K 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする転がり軸受軌道輪用リング部材。
【請求項2】
請求項1において、前記液相接合を強化する処理として、前記接合部に、工具を回転させながら押し付けることで摩擦熱を発生させて相互に接合させる母材を軟化させるとともに、前記工具の回転力によって接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで前記両端の端面を一体化させる摩擦攪拌接合を施した転がり軸受軌道輪用リング部材。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、転がり軸受の軌道溝に加工される環状の溝を有する転がり軸受軌道輪用リング部材。
【請求項4】
請求項1ないし請求項のいずれか1項において、前記両端の端面を液相接合した接合部のある円周方向部分に、接合部の判別用の印を施した転がり軸受軌道輪用リング部材。
【請求項5】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の転がり軸受軌道輪用リング部材に、旋削、熱処理、および研削を施した転がり軸受軌道輪。
【請求項6】
請求項において、前記両端の端面を液相接合した円周方向部分である接合部に、この接合部の判別用の印を施した転がり軸受軌道輪。
【請求項7】
内輪、外輪、複数の転動体、および保持器を有し、前記内輪および外輪のいずれか一方または両方に、請求項5または請求項6に記載の転がり軸受軌道輪を用いた転がり軸受。
【請求項8】
請求項において、風車の主軸を支持する軸受である転がり軸受。
【請求項9】
請求項7または請求項8に記載の転がり軸受であって、前記内輪および外輪のうち、静止側輪に請求項に記載の転がり軸受軌道輪を用い、前記接合部の判別用の印のある周方向部分を、前記静止側輪の非負荷圏に配置した転がり軸受。
【請求項10】
転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材を製造する方法であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする転がり軸受軌道輪用リング部材の製造方法。
【請求項11】
転がり軸受の軌道溝を有する軌道輪を製造する方法であって、素材となる鋼製のリング部材を製造する素材製造過程と、前記リング部材に加工および処理を施す素材加工過程とでなり、前記素材となるリング部材は軌道溝に加工される環状の溝を有し、前記素材製造過程では、前記リング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、前記素材加工過程では、前記リング部材に旋削、前記接合を強化する処理、熱処理、および研削を施し、前記接合を強化する処理では、前記リング部材の断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする転がり軸受軌道輪の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受軌道輪用リング部材、このリング部材を用いた転がり軸受軌道輪および転がり軸受、並びにそのリング部材および転がり軸受軌道輪の製造方法に関し、より詳しくは、必要とする鍛錬成形比,断面積を有すように圧延した棒状部材をリング状に成形し、両端を接合するリング部材等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、大型で小ロットの転がり軸受、特に風車主軸用の転がり軸受のように超大型のものの軌道輪の素材は、インゴット鋳造した鋼を鍛造で丸材とした後、熱間ローリング鍛造でリング状に成形する工程、もしくはインゴット鋳造した鋼を圧延で角材とした後、熱間鍛造で丸材とし、熱間ローリング鍛造でリング状に成形する工程で製作されている。
なお、自動車用スターターリングギヤ等の小物部品のリング部材を製造する方法としては、棒状素材を丸めて両端を接合し、リング部材とする方法が提案されている(例えば、特許文献2)。棒状素材は、例えば押し出し加工品とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2001−519853号公報
【特許文献2】特公平1−16578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
インゴット鋳造では,外側から内側に向かって順次凝固する。凝固に伴って体積収縮するため、インゴット内部には巣ができる。それらは、その後の熱間加工( 圧延,鍛造) でつぶされて鍛着するが、インゴットサイズの制約から,十分な鍛錬が施せない場合、未鍛着部が残存することがある。この未鍛着部の残存は好ましくない。十分な鍛錬を施すことが内質を向上させることは明らかである。鍛造で丸材を軸方向に据え込んで平らにし、中心部を打ち抜く工程において、内質が劣る丸材の中心部は除去するようにはしているが、除去しきれない場合があるのが現状である。また、打ち抜いた中心部はスクラップとなるため、歩留まりが悪いという問題もある。
【0005】
上記のように、従来の技術では,大型の転がり軸受の軌道輪の素形材は、鍛錬不足で内質が劣り、また鍛造の中心部打ち抜き工程で歩留まりが悪くなるという問題がある。
【0006】
この発明の目的は、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による歩留り向上、低コスト化、省エネルギー化、省資源化につながる転がり軸受軌道輪用リング部材および転がり軸受軌道輪、並びにその製造方法を提供することである。
この発明の他の目的は、この発明の転がり軸受軌道輪の利点を効果的に発揮させることのできる転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材は、転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする。前記棒状部材は、必要な鍛練成形比を有するように圧延されてものを用いることが好ましい。
この構成によると、リング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形するため、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化が得られ、また従来の鍛造工程における中心部打ち抜き工程や拡径工程が省略されて、工程削減による低コスト化,省エネルギー化、および歩留り向上による省資源化につながる。このリング部材を用いて転がり軸受の軌道輪を製造することにより、その十分な鍛錬による巣を鍛着させることによる高品質な軌道輪が得られる。
なお、この発明は、上記のように十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化を図るものであり、先行技術文献2で開示した自動車用スターターリングギヤ等とは、発想が異なるものである。
【0008】
記液相接合を強化する処理として、前記接合部に、工具を回転させながら押し付けることで摩擦熱を発生させて相互に接合させる母材を軟化させるとともに、前記工具の回転力によって接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで前記両端の端面を一体化させる摩擦攪拌接合を施しても良い。
前記棒状部材のリング状への成形は、温間または熱間等の軟らかい高温状態で行うことが好ましい。また前記液相接合は、例えば溶接によって行う。
【0009】
リング部材の断面形状は、単純な矩形形状等であっても良いが、転がり軸受の軌道溝に加工される環状の溝を有するものとすることが好ましい。その場合、棒状部材はリング部材の断面形状に圧延されたものであるため、棒状部材も溝を有する断面形状とされる。塑性加工で形成されるリング部材の段階で溝を形成しておくことにより、旋削の取代が少なくて済み、歩留りの向上、加工時間の短縮が図れる。
【0010】
リング部材には、前記両端の端面を液相接合した接合部のある円周方向部分に、接合部の判別用の印を施すのが良い。接合部は他の部分よりも強度が低くなることが懸念されるため、判別用の印を施しておくことで、接合部が非負荷域となるように使用する等の使用上の便利や、後述の接合部強化のための処理が容易となる。
【0011】
断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施した。なお、「軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲」とは、例えば、最大交番せん断応力が最大になる深さの4倍の深さである。この場合、少なくとも最大接触面圧3GPaまでは許容できる安全設計となる。設計における最大接触面圧が1.5GPa程度の直径2〜4mの軸受軌道輪の場合、最大交番せん断応力が最大になる深さは1mm程度である。したがって、接合強化深さは5mm程度あればよく、10mmもあれば十分である。
上記の液相接合のみでは、転がり軸受軌道輪として用いる場合に強度不足が懸念されるため、リング部材を旋削加工した後、転がり軸受軌道輪の少なくとも転がり負荷を受ける軌道面となる箇所の接合部に対し、転がり接触で高い応力が作用する深さまで接合部の強度を向上させるのが良い。その方法としては固相接合、例えば摩擦攪拌接合を施す。なお、接合部を強化した後、接合強化部が判別できるように、その後の工程で消滅しないような印を再度付すのが良い。
【0012】
この発明の転がり軸受軌道輪は、この発明における上記のいずれかの構成の転がり軸受軌道輪用リング部材に、旋削、熱処理、および研削を施したものである。上記のように、転がり軸受軌道輪に加工した場合に、その十分な鍛錬による巣を鍛着させることによる高品質化の効果が、効果的に発揮される。
【0013】
この転がり軸受軌道輪は、呼び径が直径1m以上等の前記両端の端面を接合した円周方向部分である接合部に、この接合部の判別用の印を施すのが良い。この印があると、前述のように、接合部に大きな負荷がかからない好適な使用形態が採用できる。
【0014】
この発明の転がり軸受は、内輪、外輪、複数の転動体、および保持器を有し、前記内輪および外輪のいずれか一方または両方に、この発明の上記いずれかの構成の転がり軸受軌道輪を用いたものである。
この転がり軸受は、大型の転がり軸受であっても良い。例えば、風車の主軸を支持する軸受であっても良い。風車主軸用の軸受の直径は数mに及ぶ超大型のものがあるが、このような軸受の場合に、この発明のリング部材を用いたことによる品質向上の効果がより効果的に発揮される。
【0015】
この発明の転がり軸受は、前記内輪および外輪のうち、静止側輪に、この発明の上記印が施された転がり軸受軌道輪を用い、前記接合部の判別用の印のある周方向部分を、前記静止側輪の非負荷圏に配置するのが良い。
両端の接合部は、強度不足が懸念されるが、静止側輪に適用してその接合部を非負荷圏に配置することにより、接合部に大きな荷重が作用せず、強度不足になることが回避される。その場合に、前記接合部の判別用の印のあると、接合部を非負荷圏に配置する組立作業が簡単となる。
【0016】
この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材の製造方法は、転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材を製造する方法であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする。この製造方法によると、この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材につき述べた上記の十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化が得られ、また従来の鍛造工程における中心部打ち抜き工程や拡径工程が省略されて、工程削減による低コスト化,省エネルギー化、および歩留り向上による省資源化につながる。
【0017】
この発明の転がり軸受軌道輪の製造方法は、転がり軸受の軌道溝を有する軌道輪を製造する方法であって、素材となる鋼製のリング部材を製造する素材製造過程と、前記リング部材に加工および処理を施す素材加工過程とでなり、前記素材となるリング部材は軌道溝に加工される環状の溝を有し、前記素材製造過程では、前記リング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、前記素材加工過程では、前記リング部材に旋削、前記接合を強化する処理、熱処理、および研削を施し、前記接合を強化する処理では、前記リング部材の断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したことを特徴とする。
この製造方法によると、この発明の転がり軸受軌道輪について前述したように、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化につながる。
【発明の効果】
【0018】
この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材は、転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施したため、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化が図れる。
この発明の転がり軸受軌道輪は、この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材に、旋削、熱処理、および研削を施したものであるため、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化が図れる。
この発明の転がり軸受は、前記内輪および外輪のいずれか一方または両方に、この発明のリング部材を用いたため、この発明の転がり軸受用軌道輪における上記各効果が、効果的に発揮される。
【0019】
この発明の転がり軸受軌道輪用リング部材の製造方法は、転がり軸受の軌道輪における機械加工が施される前の素材である鋼製のリング部材を製造する方法であって、このリング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施した方法であるため、この発明のリング部材につき延べたと同様に、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化が図れる。
この発明の転がり軸受軌道輪の製造方法は、転がり軸受の軌道溝を有する軌道輪を製造する方法であって、素材となる鋼製のリング部材を製造する素材製造過程と、前記リング部材に加工および処理を施す素材加工過程とでなり、前記素材となるリング部材は軌道溝に加工される環状の溝を有し、前記素材製造過程では、前記リング部材の断面形状に圧延された棒状部材をリング状に成形し、両端の端面を相互に液相接合し、前記素材加工過程では、前記リング部材に旋削、前記液相接合を強化する処理、熱処理、および研削を施し、前記液相接合を強化する処理では、前記リング部材の断面形状を転がり軸受の軌道輪の断面形状に近づける旋削加工を行った後、前記両端の端面を液相接合した接合部に、少なくとも軌道面となる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、前記液相接合を強化する処理として固相接合を施すため、この発明のリング部材につき延べたと同様に、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化、中心部打ち抜き工程や拡径工程の不要化による低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】(A)はこの発明の一実施形態に係る転がり軸受軌道輪用リング部材の製造方法を説明する説明図、(B)は同製造方法で製造されたリング部材の正面図および各種断面形状例を示す図である。
図2】(A)は同リング部材を素材として用いた転がり軸受の一例を示す部分断面図、(B)は同軸受の外輪の旋削加工前の状態の拡大断面図である。
図3】同軸受の非負荷圏を示す説明図である。
図4】同リング部材を素材として用いた転がり軸受の他の例を示す部分断面図である。
図5】同リング部材を素材として用いた転がり軸受のさらに他の例を示す部分断面図である。
図6】同軸受を用いた風力発電装置の構成説明図である。
図7】同リング部材の強化処理の一例である摩擦攪拌接合の試験のための、試験片を形成する素材の一例の斜視図である。
図8】同試験のうちの軸荷重疲労強度試験用の試験片の説明図である。
図9】同試験のうちの捩じり疲労強度試験用の試験片の説明図である。
図10】同試験の試験機の説明図である。
図11】同試験のうちの軸荷重疲労強度試験の結果の説明図である。
図12】同試験のうちの捩じり疲労強度試験の結果の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
この発明の一実施形態に係る転がり軸受軌道輪用リング部材、軸受軌道輪、およびその製造方法を、図1ないし図3と共に説明する。このリング部材1は、このリング部材1として必要とする鍛錬成形比,断面形状を有するように圧延した鋼製の直線状の棒状部材Wを、図1(A)のように、円筒状の成形型2の外周に巻き付けてリング状に成形し、両端の端面Wa,Waを相互に接合したものである。棒状部材Wは、リング部材1の断面形状と同じ断面形状に圧延されたものとし、かつリング部材1の円周長さのものとする。なお、厳密には、リング状に成形されることで断面形状も若干の変化が生じるが、ここで言う同じ断面形状とは、上記のリング状に成形されることによる断面形状の変化を無視して同じであることを言う。また、他のリング製造方法として、3本のロールを支持点とした3点曲げによるリング成形も可能である。
【0022】
棒状部材Wのリング状への成形は冷間加工も可能であるが、棒状部材Wの高さや幅が50mmを超えるような場合は軟らかい高温状態で行うことが望ましい。例えば、棒状部材Wを加熱して温間成形または熱間成形とする。加熱する代わりに、棒状部材Wの圧延に続き、棒状部材Wが冷えてしまうまでの間に、棒状部材Wのリング状への成形を行うようにしてもよい。棒状部材Wの両端面Wa,Waの接合は、液相接合、例えば溶接によって施す。リング部材1の両端の端面Waを接合した円周方向部分である接合部1aには、この接合部1aの判別用の印4を施しておく。印4は、目視が可能なものであり、刻印であっても、また線や記号を描いた部分や、着色部分等であっても良い。印4は、リング部材1の側面に施しても、内周または外周の周面に施しても良い。印4は、例えば、後述の接合部強化処理のために,接合部が判別できるようする目的で施される。そのため、印4は、接合部強化処理を行うまでの旋削等の工程で消滅しないように、施す箇所や印4の形態を選んで施すことが好ましい。
【0023】
リング部材1の断面形状は、同図(B)の(b)に示すような長方形などの単純形状であっても良いが、軌道溝を有する転がり軸受軌道輪に適用する場合は、同図(B)の(c)に示すように、軌道溝に加工される環状の溝3を有する形状とする。その場合、棒状部材Wも、リング部材1の同様の溝3を有する断面形状に圧延されたものとする。
このようにリング部材1が、環状の溝3を有する、旋削後形状に近い形状である旋削前形状に成形されていれば、旋削取り代が削減でき、さらなる低コスト化、省エネルギー化、省資源化につながる。
【0024】
図2(A)は、このリング部材1を用いた転がり軸受の一例を示す。この転がり軸受10は、深溝玉軸受であって、内輪11、外輪12、複数の転動体13、および保持器14を有し、前記内輪11および外輪12のいずれか一方または両方の旋削前素材として、図1のリング部材1を用いる。内輪11および外輪12は、それぞれ軌道面となる軌道溝11a,12aを有している。
図2(B)は、図2(A)の転がり軸受10の外輪12に、前記リング部材1を用いる場合のリング部材1の断面形状を示す。同図において、実線は旋削前素材であるリング部材1の形状を示し、破線は旋削仕上がり形状を示す。旋削は、例えば粗旋削と仕上げ旋削とを行う。
【0025】
このようにしてリング部材1を製造することで、十分な鍛錬を施して巣を鍛着させることによる高品質化が得られ、従来の鍛造工程における中心部打ち抜き工程、拡径工程を省略することによる低コスト化、省エネルギー化、歩留り向上による省資源化が得られる。 なお、従来、自動車用スターターリングギヤのリング状素形材の製造方法として、棒状素材からリング部材を形成する方法が特許文献2に提案されているが、特許文献2に開示の方法は圧延した棒状部材を用いるものではなく、また、この実施形態で対象とする大型の転がり軸受、例えば風車主軸用のものの直径は数mに及ぶ超大型であり、特許文献1に開示された方法とは、使用する棒状部材Wも規模が異なり、それを実現するために必要な技術や設備も異なっていて、両者は発想が異なる。
【0026】
リング部材1の断面形状が,長方形などの単純形状ではなく、図1(B)(C)のように、転がり軸受軌道輪の旋削前形状に成形されていれば、旋削取り代が削減でき,さらなる低コスト化、省エネルギー化、省資源化につながる。
【0027】
リング部材1の接合部1aは、上記の液相接合のみでは,転がり軸受軌道輪として用いる場合に強度不足が懸念される。そのため、リング部材1を粗旋削加工した後、少なくとも軌道溝11a,12aとなる軸方向範囲に渡り、かつ軌道面となる周面から転がり接触で高い応力が作用する深さ範囲で、接合を強化する処理を施す。例えば、接合部1aのうち、転がり軸受軌道輪の少なくとも転がり負荷を受ける軌道面11a,12aとなる軸方向範囲に対し、転がり接触で高い応力が作用する深さまで接合部1aの強度を向上させる処理を施した接合強化部1aa(図2(B)に交差斜線で一例を示す)とする。なお、転がり接触で高い応力が作用する深さは、直径が数mのものでも、せいぜい5mm程度であるが、図2(B)では、図が見やすいように、接合強化部1aaを強調して広く図示してある。「転がり接触で高い応力が作用する深さ」とは、前述のように、例えば、最大交番せん断応力が最大になる深さの4倍の深さである。この場合、少なくとも最大接触面圧3GPaまでは許容できる安全設計となる。設計における最大接触面圧が1.5GPa程度の直径2〜4mの軸受軌道輪の場合、最大交番せん断応力が最大になる深さは1mm程度である。したがって、接合強化深さは5mm程度あればよく、10mmもあれば十分である。
その強度向上処理の方法としては、冷間での固相接合、例えば摩擦攪拌接合を施す。これにより、後述の試験例で示すように、接合部1aの強度が十分に確保できる。接合部1aを強化した後、接合強化部1aaが判別できるように、その後の工程で消滅しないような印4Aを付すことが好ましい。
なお、摩擦攪拌接合とは、ある円筒状の工具を回転させながら強い力で押し付けることで、相互に接合させる部材(母材)の接合部に貫入させ、これによって摩擦熱を発生させて母材を軟化させるとともに、工具の回転力によって接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで複数の部材を一体化させる接合法を言う。
【0028】
リング部材1の接合部1aは、必要な強度は確保できるが、非接合部よりは若干強度が劣る。そのため、接合部1aまたは接合強化部1aaは、大きな負荷を受けない位置に配置することが望ましい。例えば、図3のように、内輪11が回転する転がり軸受の外輪12の場合、接合部1a,接合強化部1aaは、非負荷圏Aに配置するようにする。この際、接合部1aのある周方向位置に付した印4が有効になる。外輪12の非負荷圏Aは、転がり軸受10を横軸で配置した場合、例えば上半分の円周方向範囲である。横軸で配置すると、内輪11に作用する荷重Wが、外輪12の上半分の円周方向範囲には作用しないため、その範囲が非負荷圏となる。
【0029】
風車主軸用の転がり軸受に使用する転がり軸受用鋼としては、例えば浸炭用鋼であるJIS-SNCM815 があり、この鋼を用いる。最近、風車は洋上に設置されるようになってきている。また、今後は潮力発電用の転がり軸受も必要になると思われる。そういう環境では、転がり軸受10内への水混入量が多くなると考えられる。転がり接触下において、水は水素の発生源になり、水素起因の早期はく離が起きる可能性が高まると考えられる。この実施形態の製造方法によれば、従来では扱えなかった耐水素性を有する鋼、例えばステンレス鋼のリング部材を得ることも可能になると考えられる。
【0030】
なお、上記実施形態は、深溝玉軸受からなる転がり軸受10の外輪12の素材に、図1のリング部材1を用いた例を示したが、図4に示す複列自動調心転がり軸受や、図5に示す複列円すいころ軸受等の各種の転がり軸受における、内輪11や外輪12となる軌道輪に、図1のリング部材1を素材として用いることができる。ただし、その場合、リング部材1および棒状部材Wの断面形状は、適用する軌道輪の軌道溝11a,12aに加工される溝3を有する形状とする。また、図5の複列円すいころ軸受における外輪12のように、軌道面12a′が軌道溝とはされない平坦な円すい状面等である場合は、リング部材1および棒状部材Wの断面形状は、その軌道面12a′に、少ない削り代で加工されるように、軌道面12a′に沿う周面部分を有する断面形状とする。
【0031】
図6は、この実施形態に係る転がり軸受10を用いる風力発電機装置の一例を示す。支持台50上に旋回座軸受58を介してナセル59のケーシング59aが水平旋回自在に設置されている。ナセル59のケーシング59a内には、それぞれ軸受ハウジング53に設置された複数の主軸支持軸受57を介して主軸51が回転自在に設置され、主軸57のケーシング59a外に突出した部分に、旋回翼となるブレード52が取付けらている。主軸52の他端は、増速機54に接続され、増速機54の出力軸が発電機35のロータ軸55に結合されている。主軸支持軸受57は、図示の例では2個並べて設置してあるが、1個であっても良い。上記主軸支持軸受57に、図3図4図5等で示した上記実施形態のいずれかの転がり軸受10が用いられる。
【0032】
次に、接合強化部1aa(図2(B)に適用する摩擦攪拌接合の強度試験の方法および結果につき説明する。
図7のように、厚さ20mmのS53C製の一対の板材(硬さ210HV )20を突き合わせ、深さ10mmまで突き合わせ部に沿って摩擦攪拌接合する実験を行った。摩擦攪拌接合を行う回転型のツール21は、直径15mmのセラミック製の円柱状である。回転速度500min-1,送り速度は200mm/min とした。
【0033】
図7の摩擦攪拌接合品から、摩擦攪拌接合部22をそれぞれ節部30a,30Aaとした軸荷重疲労試験片30(図8)と、ねじり疲労試験片30A(図9)を製作した(摩擦攪拌接合品)。これらと共に、上記板材20と同じ材質の板材から採取した軸荷重疲労試験片とねじり疲労試験片(非摩擦攪拌接合品)を、摩擦攪拌接合品と同じ形状寸法で製作した。試験片30,30Aの各部の寸法は、図中に示す。各試験片は、図示の形状に旋削した後、高周波焼入を施し、研削仕上げした。高周波焼入においては、節部は内部まで均一に硬化させ、旧オーステナイト結晶粒度は♯9とした。軸荷重、ねじりは、共に超音波疲労試験(完全両振り,加振周波数20kHz )で評価した。
【0034】
図10に超音波疲労試験機の模式図を示す。これらの試験機は、振幅拡大ホーン32の先端に試験片33の一端に設けた雄ねじ部(図示省略)で取付け、コンバータ31で発生させた振動を、振幅拡大ホーン32で増幅して試験片30,30Aに伝えるものである。コンバータ31、振幅拡大ホーン32、試験片30,30Aはすべて20kHzで共振するように設計されており、節部30a,30Aaに20kHzで大きな応力が繰り返し作用する。試験片33の他端は非拘束状態である。コンバータ31は、パーソナルコンピュータ33の制御により、アンプ34の出力で駆動させる。軸荷重、ねじりの違いは、コンバータ31が縦振動するかねじり振動するかである。
【0035】
超音波疲労試験に先立ち、節部30a,30Aaにエメリー研磨(♯500 ,♯2000)とダイヤモンドラッピング(粒径1μm)を施した。超音波疲労試験は高速加振のため、連続加振すると発熱するため、110msec の負荷と1100msecの休止を繰り返す間欠負荷を行った。108 回の負荷回数まで破断しなければ、試験を打ち切った。
【0036】
11,図12に、軸荷重疲労およびねじり疲労の超音波疲労試験結果をそれぞれ示す。軸荷重、ねじり共に、摩擦攪拌接合品は非摩擦攪拌接合品に対して若干強度低下した。風車主軸用の転がり軸受は長期使用されるため、通常運転時に作用する最大接触面圧は1.5GPa以下であり、20年に1度といわれる大風が吹いても2GPa を超えない安全設計になっている。最大接触面圧1.5GPaでは、転がり摩擦係数をμ=0.05と大きく見積も
っても、完全両振りでの軸荷重疲労限度が500MPa以上あれば、接触表面周方向に繰り返し作用する垂直応力振幅によってき裂が生成することはない。図11から、10回における軸荷重疲労強度は約700MPaであることから、表面起点型損傷は起きないといえる。ISO2007 において、転がり軸受の疲労限最大接触面圧は1.5GPaとされており、その場合に
表層内部に作用する最大交番せん断応力振幅は、τ0=375MPaである。図12から、10
回におけるねじり疲労強度は約650MPaであることから、内部起点型損傷は起きないといえる。
【符号の説明】
【0037】
1…リング部材
1a…接合部
1aa…接合強化部
2…成形型
3…溝
4…印
4A…印
10…転がり軸受
11…内輪
12…外輪
13…転動体
14…保持器
A…負荷域
W…棒状部材
Wa…端面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12