(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
半導体物質を含む単結晶ウェーハは、電界効果トランジスタまたはヘテロバイポーラトランジスタのような超小型電子部品、及び半導体レーザまたは発光ダイオードのような電気光学部品製造用の基板として使用される。その機能層は、CVD(化学蒸着法)、MOCVD(金属・有機化学気相成長)、LPE(液相エピタキシー)、MBE(分子線エピタキシー)のような独特のプロセスによって基板上に堆積させられ、必要に応じて再加工される、あるいはイオン注入によって基板内部に生成させられる。これらの基板は、次いで複数回の露光マスクの適用を受ける複雑な構造化プロセスを経る。
【0003】
露光マスクの方向付け(整合)のためと、必要に応じて基板の表面と裏面を識別するために、基板にはいわゆるオリエンテーションフラット (OF) 及びアイデンティフィケーションフラット (IF) とが含まれており、アイデンティフィケーションフラットはオリエンテーションフラットに対して時計回り方向または反時計回り方向に90°オフセットされている。それらフラットのウェーハ法線及び表面法線は、互いに直交しているのが普通である。それらのフラットを有するウェーハを製造するための従来のプロセスは、研磨によるそれらフラットの生成を含む。従来技術によるウェーハ製造の場合、結晶学的 <110> 方向に関するオリエンテーションフラットの整合精度は±1°、アイデンティフィケーションフラットでは±5°に達することがあるが、上述の方法を用いれば、最高±0.02°という高い精度が得られることもある。研磨によって得られるフラットは、フラットに沿って不規則に変化するミスオリエンテーション及びエッジにおける欠けを含んでおり、それらが露光マスクの整合基準としてのそれらフラットの機能に悪影響を及ぼす。これは特にレーザ・ダイオード製造の場合に言えるのであり、レーザ・ダイオードには高い精度に加えて、技術的価値を持つ全長にわたって測定した整合精度が≦|0.02°|であるような、シャープなエッジのフラットが必要とされる。
【0004】
フラットを研磨によって生成させる代わりに、一般に脆い半導体材料を劈開させることにより、自然の劈開面を利用して生成させるならば、得られるフラットの方位精度を高め得ることは周知である。例えば III - V 半導体の場合、{110} 面が自然の劈開面である。それに応じて、特許文献1 及び 特許文献2 により、このような劈開によって生成されたフラットを備えたウェーハが知られている。特許文献3 により、ウェーハを傷つけることによって生じた亀裂核を有するウェーハに、あらかじめ定められた曲げ応力を加えて劈開させるために使用される劈開治具が知られている。しかしながら、機械的な劈開治具は、亀裂の進行を制御することができず、またウェーハのエッジにおける破壊核を用いて破壊を開始させるために、複合的な破壊モードが現実化されるという不都合が生ずる。
【0005】
これに代わる方法として、局部的加熱と隣接部分への局部的冷却を併用する熱的な分割方法がある。基本的な方法は、特許文献4に記述されている、熱的に誘起される応力を利用する平板ガラスの切断方法に関連している。この方法では、ガラスの一部分が加熱され、他の一部分が冷却される。そして、その両方の部分が、ガラスの二つの主要面の少なくとも一方に、意図された真っ直ぐな切断線上に次々に並べられ、切断線に関して鮮鋭かつ対称に設けられている。その結果、ガラス内には厚さ方向、スクライブラインの方向に温度勾配が発生する。その温度勾配によって熱応力が生じ、それがエッジの初期亀裂に始まり、主要面に垂直に、かつあらかじめ定められた真っ直ぐな切断線に沿って亀裂を発生させる。その場合、亀裂の進行速度は、加熱装置と冷却装置によって加えられる温度と熱の供給の調節によって制御することができる。
【0006】
特許文献5 により、半導体部品の分割方法が知られている。この方法によれば、レーザ・ビームによる加熱とそれに続く冷却の間の領域に引っ張り応力を発生させることによって破壊が開始される。この方法を使用すれば、熱応力によって生じる破壊の形状、方向、深さ及び伝播速度は勿論、破壊の精度も制御されると主張されている。
【0007】
脆性を有する材料を亀裂の伝播によって分割する従来知られた諸々の方法における一つの特徴は、初期亀裂を発生させること、あるいは初期亀裂が存在することである。亀裂先端の近傍に、例えば上記の機械的曲げ応力のような適当な方法により、あるいは熱負荷を加えることにより、応力場を発生させる。この応力場は、亀裂の伝播先端における複雑な負荷を導き、その負荷は応力拡大係数Kによって特徴づけられる。応力場が
K > K
C (1.1)
K
C :材料に固有の限界応力拡大係数
となるならば、亀裂の長さは
K≦K
C (1.2)
を満足するまで増大する。K > K
C は分割プロセスの伝播条件であって、完全な分割が達成されるまで、連続して、あるいは間欠的に維持されねばならない。
【0008】
亀裂の伝播は、分割されるべき物体の自由エネルギーを最小にするという原理に従って進行する。これは、等方性材料の場合には、機械的エネルギー解放率Gが最大になるような態様で亀裂が伝播することを意味する。異方性材料の場合には、分割される表面の有効表面エネルギー 2γ
e を最小にするという原理が、亀裂の伝播中に系の全エネルギーを最小ならしめる時に機械的エネルギー解放率が最大になるという原理と競合する。
dU/dC = 2γ
e−G → 最小 (Min) (1.3)
U:系の全エネルギー
C:亀裂の伝播によって発生する表面の面積
【0009】
これは、上に述べた方法に関しては、亀裂の伝播は等方性材料の場合、時間と位置に依存する応力場によって制御されることを意味する。もし最小の有効表面エネルギーによって特徴づけられる結晶学的劈開面が複数個存在するならば、複数個の引張応力場(G → 最大)によって強制される亀裂伝播の方向は、亀裂伝播におけるこれら結晶学的劈開面の方向と競合する。その結果、上に述べた方法を用いる場合、実際にはステップ又は隣接格子面への急な移行を含む劈開面しか得られないという制約を免れない。これはレーザ部品の共振器表面のような技術的価値を有する劈開面に対し、あるいは劈開されたフラットの配向の精度に対し、不利な影響を及ぼすおそれがある。
【0010】
理論上、所望の劈開面に対して垂直な面引張応力場を発生させられる場合には、完全に平坦な劈開表面の生成を達成できる。この場合、応力場と劈開面とは、相互に競合しない程度に協調している。しかしながら、これらの条件は、実際には維持することができない。例えば、レーザの構成部分を劈開させる場合に、少なくともそのレーザ構成部分の全長を通じて劈開面の十分な品質を達成するには、ウェーハを劈開治具に対して高精度に配向させなければならない。発生する引張応力場に対してウェーハの配向が僅かに逸脱しただけでも、劈開面にステップが形成されることは不可避となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】劈開によって分割されるべきウェーハを模式的に示す俯瞰図である。
【
図2】第1の条件下における機械的エネルギー解放率G及び有効表面エネルギー2γ
e を示す図である。
【
図3】第2の条件下における機械的エネルギー解放率G及び有効表面エネルギー2γ
e を示す図である。
【
図4】第3の条件下における機械的エネルギー解放率G及び有効表面エネルギー2γ
e を示す図である。
【
図5】第4の条件下における機械的エネルギー解放率G及び有効表面エネルギー2γ
e を示す図である。
【
図7】相対的な応力場の移動によって制御される(例えば等方性材料における)亀裂伝播の第2段階を示す図である。
【
図8】結晶学的劈開面が存在し、かつ応力場が該劈開面に関して非対称に整合されている時に、所望の劈開方向から逸脱している場合における亀裂伝播の一段階を示す図である。
【
図9】応力場が劈開面に関して理想的対称に整合されている場合における、所望の劈開方向への亀裂伝播の一段階を示す図である。
【
図10】劈開用治具内におけるGaAs(ガリウム砒素)ウェーハの方向付けを模式的に示す図である。
【
図11】所望の劈開面と移動方向の間の位置ならびに方向の逸脱から成る最大誤差の例、及び開始領域で発生する応力場を示す図である。
【
図12】所望の劈開面と移動方向の間の位置ならびに方向の逸脱から成る最大誤差の例、及び目標領域で発生する応力場を示す図である。
【
図13】開始領域及び目標領域における機械的エネルギー開放率G
- 及びG
+と角度αの関係を示す図である。
【
図14】本発明の諸条件が満たされている場合の亀裂伝播の一段階を示す。
【0021】
以下、熱的に誘起される応力場を用いて行われるGaAsウェーハの劈開プロセスの一実施形態によって、本発明を詳細に説明する。まず、ウェーハが劈開治具に取り付けられる。劈開治具に対するウェーハの整合は、あらかじめ形成されている目印、例えば短いフラットに基づいて実行され、該目印は見本を用いて研磨され、X線回折測定によって方向付けされる。これにより、{110} 劈開面については、実際に0.1°の平面配向精度を達成することができる。同様に、劈開面に対して垂直な、またはあらかじめ定められた関係を持つ他の目印または短いフラットを、事前整合手段として考慮することも可能である。移動方向に関する事前整合は、止め具によるか、もしくは光学的な方法を用いて行うことができる。
【0022】
図1に図解されているように、GaAsウェーハの {110} 劈開面に1個の初期亀裂2が形成される。理想的には、この初期亀裂2は、α-転位の好ましい滑り方向に平行な劈開面内に形成される。
【0023】
初期亀裂2は、例えば定義された形状を有する圧子(ビッカース試験やヌープ押込み試験に使用されるような)を用いて生成させる。同様に、他の形状あるいは傷付け方法も可能である。押込み負荷と圧子の形状を適切に選択することにより、それに垂直なB-亀裂の生成を回避することができる。
【0024】
熱的に誘起された応力場によって、{110} 劈開面に押込みによって誘起された亀裂からウェーハの裏側へ伸びる、面のエッジ亀裂が発生する。このエッジ亀裂は、さらなる亀裂伝播、所要の亀裂方向、あるいは劈開面2’ のための初期亀裂としての役割を果たす。この場合、熱的に誘起される応力場の大きさは、この段階では該初期亀裂がまだ伝播し得ないように定められる。
【0025】
その後に、応力拡大係数K が亀裂伝播のために設定され、劈開面からの角度αの亀裂のゆがみに依存するその後の亀裂伝播におけるエネルギーの解放率を表わす量 G (α) が決定される。亀裂の伝播は、初期亀裂の亀裂先端に垂直な軸の周囲に起こる角度φの捩じり(捩じり形態)と、初期亀裂の亀裂先端内にある軸の周囲に起こる角度θの回転(傾斜形態)が重なり合ったものと見做して良い。これら二つの場合は、別個に考察することができる。ここに説明されている本発明の方法は、いずれの場合にも妥当であり、そのため以後の考察のためには、偏倚角αに言及すれば十分である(α=θならば傾斜形態、α=φならば捩じり形態となる)。実施形態は、傾斜形態の例について、一般的な場合の妥当性を限定せずに詳述する。応力拡大係数K は、例えば特許文献4に記載の方法、または特許文献5に記載の方法のような既知の方法によって設定される。その場合、ウェーハの厚さに関して、また所望の劈開方向に関して理想的な対称応力場が得られるように、ウェーハの片面または両面に、1個以上の熱源4ならびに1個以上のヒートシンク3が配置される。熱源は例えばレーザ光の吸収によって、ヒートシンクは例えば特許文献5に記述されているような冷却エアロゾルの使用によって設けることができる。同様に、他の変法も可能である。上記熱源ならびにヒートシンクは、亀裂の伝播が可能となるように制御され、位置決めされる。塑性変形を避けるために、温度は十分に低くしなければならない。GaAsの場合には、約300℃未満の温度が適切と考えられている。
【0026】
応力場の大きさ決定、制御、またはフィードバック制御は亀裂が継続的もしくは間欠的に伝播するように行われ、亀裂伝播は条件G(0)≧2γ
e(0)によって特徴づけられる。本発明によれば、応力場の大きさ決定もしくは制御は、下記(2.1)及び(2.2)の条件の少なくとも一方を満足する。
|∂G/∂α|
α=0≦2β
e/h 但し ∂
2G/∂α
2≦0 (2.1)
|∂G/∂α|≦2β
e/h ∀α:α
1 < α < α
2 (2.2)
α:亀裂が伝播する際の、劈開面からの可能な偏倚角度
α
1, α
2 :亀裂伝播に必要な条件 G(α)≧2γ
e(α) が満足される角度の範囲
G(α) :劈開面からの角度αの偏倚に依存する機械的エネルギー解放率
γ
e(0) :劈開表面の有効表面エネルギー
γ
e :方向に依存する有効表面エネルギー
β
e :有効段エネルギー(材料に固有)
h:ステップ高さ(材料に固有)
【0027】
劈開の力学で使用される有効自由表面エネルギーγ
e は、破壊実験で、破壊強さと亀裂の長さの関係から決定される。この量は、( 固有表面エネルギーγ
s と比較して)散逸的過程の部分エネルギーを含む。これらには特に、プロセス領域または可塑性領域内における転位の形成、音響エネルギーの放出、あるいは破断表面における散逸的構造(破断構造)の発生が所属する。このため、表面エネルギーγ
e は、固有表面エネルギーγ
s よりも大きい。
【0028】
固有のステップ自由エネルギーは、熱力学的平衡を考慮して、下記の近似式から求められる。
β
e =−nk
BT lnη(1 + 2η )
η = exp(−ε/k
BT )
n:ステップ密度(n = 1/a )
k
B :ボルツマン定数
ε:結晶格子内で最も近接して隣り合う構成粒子の間の結合エネルギー
a:ステップ内にある構成単位の間の距離
【0029】
結合エネルギー ε は、結晶の昇華(「一致気化」)エネルギー ΔH
sub(T) 及び考えられる結晶の配位数 Z から概算できる。
【数1】
式中、ΔH
sub(T) は固相 (s) 及び気相 (g) の熱力学的データXを用い、熱力学的平衡
の計算によって得られる。
【0030】
ステップ自由エネルギーは、実験的にも求めることができる。
GaAsについては、下記の値を仮定することができる。すなわち、破壊実験で得られる GaAs {110} 劈開面の有効表面自由エネルギーは
【数2】
となる。
【0031】
劈開先端近傍の研究により、散逸的過程は無視できる。すなわち、測定される有効表面自由エネルギーは固有表面エネルギーに近似しており、
【数3】
となり、後者は結晶の成長から推論される。
【0032】
GaAs {110} / < 001 > 、すなわち < 001 > ベクトルに平行な傾斜軸を有する、{110} 劈開面上にある <001> 配向のステップについて、ステップエネルギーは下記のデータを用いて見積もられている。
【数4】
而して T = 300 K の場合;
【数5】
【0033】
<001> ベクトルに平行なステップ内にある原子の距離は、a
0 = 0.565325 nmであり、2重ステップの高さはh = a
0 / √2 = 0.399 nmである。上の式の結果、ステップ自由エネルギーは下記のようになる。
【数6】
この値は、{110} 劈開面の固有表面自由エネルギー
【数7】
とほぼ一致する。
【0034】
ステップ自由エネルギーに対しても、表面エネルギーに対すると同じ結論が導かれる。実験的に誘導される有効ステップエネルギーは、散逸的部分のために、ここで見積もられるステップエネルギーよりも大きくなる可能性がある。理論的に得られるステップエネルギーを示すことにより、条件 (2.1) 及び (2.2) における右辺がわかる。
【0035】
応力場は、熱源とヒートシンクの諸条件に従って、シミュレーション計算で計算することができる。しかしながら、例えば応力による複屈折、超音波顕微鏡検査、マイクロ・ラマン分光法等によって応力の直接測定も可能である。その機械的エネルギー解放率 G は、従属する応力場について、生じうる角度αの亀裂の偏倚から計算される。熱源とヒートシンクを制御しつつ位置決めすることにより、応力場は、上に述べた本発明の諸条件が満足されるように調整される。
【0036】
その場合、G≧2γ
e が満足される角度範囲 α
1 < α < α
2 が存在する。この範囲は応力場及び材料の特性に依存し、また使用される劈開治具の、目標とされる劈開面からの配向偏倚にも依存する。α
1〜α
2 の角度範囲内では、亀裂伝播に必要な条件 (1.1) は満足される。条件 (2.1) または (2.2) が満たされるように、本発明による制御または応力拡大係数Kの大きさ決定を行うことによって、亀裂が角度範囲 α
1 < α < α
2 内で偏倚することなく、全切断距離にわたって目標とされる劈開面内で移動することが保証される。
【0037】
劈開治具の避けられないミスオリエンテーション、すなわち亀裂開口モードの重ね合わせK
I+K
II+ K
III である応力拡大係数Kが、所望の劈開面 α= 0内の亀裂伝播方向に関して非対称で生じうる偏倚角αに依存する機械的エネルギー解放率 G(α) をもたらす。さらに、亀裂は g = G−2γ
e が最大となる方向に伝播する。条件 (2.1) または (2.2) が満たされるように、本発明による制御または応力拡大係数Kの大きさ決定を行うことにより、劈開治具にミスオリエンテーションがある場合や、応力拡大係数Kが亀裂開口モードの重ね合わせK
I+K
II+K
III である場合でも、上記gの最大値が必ずα=0の時に得られることが保証される。このため、亀裂伝播は亀裂伝播方向の自己調整によって所望の格子面内で進展させらされる。その結果、最低 ≦|0.01°|、あるいは ≦|0.005°|、さらには≦|0.001°|の範囲にさえ達する高い配向精度を有する劈開表面を生成させることができる。さらに、技術的価値のある全領域内のステップ密度がきわめて小さい、理想的にはステップが皆無の劈開面(平滑面、共振器表面など)を作ることもできる。
【0038】
本発明の条件を満足する2つの状態を、
図2及び
図3に示す。
【0039】
図2は、|∂G/∂α|
α=0≦2β
e/h 及び ∂
2G/∂α
2≦0 ∀α:α
1 < α < α
2 の条件を満たす場合のエネルギー解放率G、有効表面エネルギー 2γ
e 、及び g = G− 2γ
e を示す。
【0040】
図3は、|∂G/∂α|≦2β
e/h ∀α:α
1 < α < α
2 の条件を満たす場合のエネルギー解放率G、有効表面エネルギー 2γ
e 、及び g = G−2γ
e を示す。
【0041】
この方法を使用すれば、例えば 0.01°の配向精度 (技術的価値のある表面範囲全域にわたって測定した場合)を有する平滑面をウェーハに持たせることができる。すなわち、研磨によって通常得られる精度を、1オーダー高めることができる。この方法は、劈開面内での亀裂の伝播を≦0.01°の精度で行うためには、移動方向と劈開面の間の調整精度を0.1°にすれば十分であることを保証する。初期の結果は、≦0.005°もしくは ≦0.001°もの精度が得られる可能性があることを示している。最終的には、正確に自然の結晶学的な面に沿って広がる、ステップが全くない理想的な劈開表面を得ることができる。
【0042】
図4及び5は、劈開治具のミスオリエンテーション、もしくは複数の亀裂開口モードが重ね合わせられた応力拡大係数K が存在し、本発明の諸条件が満足されない状態を示す。
【0043】
図4は、|∂G/∂α|
α=0 > 2β
e/h である場合のエネルギー解放率G、有効表面エネルギー 2γ
e 、及び g = G−2γ
e を示す。
図4では、亀裂の伝播は α=α
f で起こる。すなわち、亀裂は所望の劈開方向 α=0 からはずれる。そのため生成する表面には、ステップや曲がった表面領域が生ずる。技術的価値のある領域(平滑面、共振器表面)における配向精度は不十分であり、所望の品質より劣る。
【0044】
図5は、|∂G/∂α|> 2β
e/h で α > α
g である場合のエネルギー解放率G、有効表面エネルギー 2γ
e 、及び g = G−2γ
e を示す。
図5では、α = 0 における亀裂の伝播が不安定である。角度の超過 α > α
g の場合に、所望の面 α = 0 からの亀裂伝播の逸脱が起こる。
【0045】
図6〜9は、ウェーハ内で起こる亀裂伝播の種々の場合を示す。熱源とヒートシンクを制御して位置決めすることにより、最大圧縮応力4’ ならびに最大引張応力3’ を発生させる。
図6に示すように、伝播方向において、最大圧縮応力4’ が亀裂先端5の前方に位置し、最大引張応力3’ が亀裂先端の後方に位置するように、熱源ならびにヒートシンクを位置決めする。最大引張応力と最大圧縮応力の間の範囲内では、あらかじめ定められた位置 P(0) で時間 t = t
0 において、K = K
C または G = 2γ
e の条件が満足される。温度領域とウェーハとの、
図7に矢印6で示される相対的な移動により、条件 (1.1) K > K
C または G > 2γ
e 、もしくは条件 (1.2) K ≦ K
C または G≦2γ
e を制御することができる。すなわち、亀裂先端5を望み通りに前進させ、停止させ、あるいはさらに移動させることができる。温度領域とウェーハとの相対移動は、熱源とヒートシンク(それぞれレーザ光の焦点及び冷却ノズル)またはウェーハの移動によって、あるいはそれら両方の組み合わせによって実行することができる。伝播速度を制御することにより、散逸的もしくは動的効果を回避することができる。伝播速度は、熱力学的平衡における準静的な亀裂伝播が仮定され得るように、十分小さな値(v ≪音速の 1/3)まで選択することができる。亀裂伝播は、応力場とウェーハ1との相対移動6に従う。これは、直線的であれ曲線的であれ複雑な形状を切断するために、従来技術で利用されている。
【0046】
結晶学的劈開面が存在するならば、その劈開面の影響は、上に述べたような応力場とウェーハとの相対移動6中における応力場3’ 及び4’ の影響と競合する。あるいは、劈開方向2’ は亀裂が成長する間の治具の移動方向6と競合する。その状態を
図8に示す。最小の相対移動
では、エネルギー法則(1.3) によって、一般に亀裂は角度 α
f だけ偏倚する。これは
図4に示した状態に相当する。亀裂の先端はP (t
0 + dt) の位置にあり、その位置では時間 t = t
0 + dt 後に条件 G(α
f) = 2γ
e(α
f) が達成される(準静的な亀裂伝播)。このようにして望ましくないステップが劈開表面上に通常作られる、または所望の劈開方向からの逸脱が起こる。
【0047】
劈開方向と応力場の競合を避けるために、引張応力の最大値は(既知の破壊機構の原理に従って)所望の劈開面に垂直な方向に向けられなければならない。この状態を適切に達成するために、劈開面に関して、応力場4’ 及び3’(すなわち熱源とヒートシンク)の理想的に対称な整合が行わなければならない。また、この整合は全分割過程を通じて、すなわちGaAsウェーハの横断面の全長にわたって、維持されねばならない。これは、治具の移動方向6が、劈開面2’ にも、また応力場の対称線に対しても、理想的に平行となるように整合されなければならないことを意味する。この状態を、
図9に示す。距離
だけの相対移動の後、亀裂の先端は、条件G(0) = 2γ
e(0) が時間 t = t
0 + dt 後に得られる位置 P (t
0 + dt) に留まっている。これは、亀裂が完全に劈開面内に広がることを意味する。しかしながら、この理想的な状態を実際に達成することは不可能である。これが実現されるためには、熱源及びヒートシンクに関する、また治具の移動方向に関する、劈開面のきわめて精度の高い計測及び調整が求められ、現在の製造技術ならびに経済性の観点から、それらを実行することができないからである。しかしながら、本発明を使用することにより、配向精度のきわめて高い表面が生成される。
【0048】
図10は、劈開治具内におけるGaAsウェーハ1の位置付けを示す。上に述べたように、普通は1個の目印、すなわち短いフラット7が存在し、そのフラットは結晶学的方向に対して、あらかじめ定められた配向公差を有するように研磨される。それにより、実際の状況下であたりまえの動作をすれば、{110} 劈開面に対して0.1°のフラットの配向8の精度を達成することができる。フラット7は、応力場とウェーハとの相対移動方向6に対してあらかじめ調整されている。本発明の分割方法を適用することにより、ウェーハ上に ≦|0.01°|の配向精度を有する表面(平面)が形成される。すなわち、実際に研磨法を用いて達成できる精度よりも、1オーダー高められている。本発明の方法では、移動方向6と劈開面2’ の間の整合精度が0.1°であれば、亀裂伝播を劈開面内で±0.01°以内の精度に抑えることができる。これは、ウェーハにおける一方のエッジ9から反対側のエッジ9まで継続され、また生成されるべき平面11の配向精度に対する要求が満たされねばならない、あらかじめ定められた領域10が存在しても良い。この領域10の大きさと形状は、種々の技術的要求に従って変化しても良い。結晶学的な面に沿ったステップのない精密な劈開と共に、≦|0.005°|、さらには ≦|0.001°|といった高精度さえも達成可能である。
【0049】
事前に行われるシミュレーション計算によって、好ましくは熱源ならびにヒートシンクに関する選択された諸条件を用いて、応力場が計算される。シミュレーションは、あらかじめ設定された分割プロセスの開始点と目標点の領域で実施される。これは例えば当該技術で使用される領域10の両方のエッジにおける部分12及び13内で行われる。上に述べた方法により、開始部分12のエッジ、好ましくは領域10の外側における劈開面内に、初期亀裂2が存在する。他の位置でも良い。
図10のウェーハに対する初期亀裂の大きさの比率は、正しい縮尺率に従って描かれたものではなく、説明の便宜上誇張して図示されている。従来知られている測定精度(例えばX線回折法による)、研磨法に関して知られている公差、及び公知の位置決め精度が、ウェーハの事前整合における最大誤差を決定する。例えば、簡単な幾何学的関係を用いて、所望の劈開面の位置及び方向と移動方向6との最大誤差を決定することも、また分割プロセスの開始部分12及び目標部分13内に発生する引張応力場3’ 及び4’ に関する最大誤差を決定することも可能である。
図11は、開始部分12における最大誤差の一例を示す。
図12は、目標部分13における最大誤差の一例を示す。鏡像的な位置も可能であることに注意されたい。
【0050】
所与の応力場で開始位置12内の初期亀裂の先端5にて生じうる角度αの偏倚に依存する最小亀裂伝播の場合について、機械的エネルギー解放率Gを計算することができる。亀裂が劈開面2’ を離れていないという仮定の下に、計画されている目標部分13内の機械的エネルギー解放率Gも同様に計算することができる。その結果、開始位置ならびに目標位置における既知の最大誤差によって与えられる二つの関数 G
-(α) と G
+(α) が求められる。
真の関数G(α)
は、G-(α) とG
+(α) の間の状態を表わす。熱源とヒートシンクの大きさと位置とを定めることにより、本発明に従う (3.1) 及び (3.2) の条件が、G
-(α) 及びG
+(α) のいずれの関数についても満足されるように、応力場が配置される。それによって、いかなる中間状態G(α) においても、本発明の条件
|∂G/∂α|
α=0≦2β
e/h (3.1)
∂
2G/∂α
2≦0 (3.2)
が同様に満足され、亀裂は全分割過程を通じて劈開面内に留まる。
【0051】
図13は、安定した状態の一例を示す。関数G
-(α) 及びG
+(α) のいずれについても本発明の条件が満足される時は、関数gはα=0における分割過程中のいかなる(未知の)中間状態においても最大値を持ち、かつ開始位置から目標位置に至る全分割過程について、亀裂が劈開面内に自己整合されることが保証される。
図7に示したような亀裂の偏倚が阻止され、亀裂の先端は t = t
0 + dt であるいかなる時間でも、
図14に示すように α= 0 の劈開方向に移動する。
【0052】
また、関数G
-(α) 及びG
+(α) の計算と応力場の安定化も反復して、事前整合に起因する既知の最大誤差のあらゆる可能な組み合わせに対して行うことができる。応力場の制御と大きさの決定は、簡単な方式、例えば既知の方法を用いてレーザ出力を制御すること、及び/またはレーザ光の焦点、及び/または冷却ノズルのレーザ照射点に関する配置を変えることにより可能である。しかしながら、他の代替法も同様に考えることができる。
【0053】
さらに本発明では、条件 (2.1) または (2.2) を判断する処理中に角度の最大許容範囲 α
1 < α < α
2 が決定される。この範囲内では、∂
2G/∂α
2≦0 が条件 (2.1) において、あるいは G(α) ≧ 2γ
e(α) が条件 (2.2) において、それぞれ有効でなければならない。次に、決定された角度範囲は、分割治具に対する結晶学的劈開面(2’) の配向のあらかじめ定められた平均アライメントまたは整合の誤差と比較される。次いで、比較の結果に応じて応力場 (3’, 4’) の制御及び/または結晶の事前整合が行われる。
【0054】
本発明は、ここで一実施例として説明したGaAsウェーハの分割に限定されるものではない。すなわち本発明は、いかなる単結晶にも適用できる。例えばCaF
2 の(111) 面についての適切な諸数値は、下記の通りである。
【数8】
(初めから Hartree-Fock の計算法による)
【数9】
h=0.32nmを用いて、
【数10】
【0055】
さらに本発明は、単結晶基板上に単結晶層として形成されている単結晶にも適用することができる。その場合、各層ならびに基板は、同一組成の材料で形成されていても、また異なる組成の材料で形成されていても良い。
【0056】
上記の実施例においては、応力場の特定の配置が記述されている。その場合、亀裂の伝播は、ヒートシンクと熱源の間の応力場内に維持されている。しかしながら、本発明はそのような応力場の特定の配置に限定されるものではない。例えば、応力場はヒートシンクだけの、あるいは熱源だけの存在によって生じさせることができ、そして亀裂伝播の先端がヒートシンク及び/または熱源の前方に維持されていれば、それらのいずれかの後方またはそれらの間に維持されなくても良い。
【0057】
さらに本発明は、添付されている方法のクレームに記載の各処置を実行し制御するように編成されたコンピュータ・プログラムとして実行することもできる。