特許第5700385号(P5700385)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5700385結核菌の薬剤耐性度を判定するための方法および試験片
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5700385
(24)【登録日】2015年2月27日
(45)【発行日】2015年4月15日
(54)【発明の名称】結核菌の薬剤耐性度を判定するための方法および試験片
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20150326BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20150326BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150326BHJP
   G01N 33/52 20060101ALI20150326BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20150326BHJP
   G01N 33/569 20060101ALI20150326BHJP
【FI】
   C12M1/00 AZNA
   C12Q1/68 A
   C12N15/00 A
   G01N33/52 B
   G01N33/53 M
   G01N33/569 F
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2009-241023(P2009-241023)
(22)【出願日】2009年10月20日
(65)【公開番号】特開2011-87465(P2011-87465A)
(43)【公開日】2011年5月6日
【審査請求日】2012年10月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104673
【弁理士】
【氏名又は名称】南條 博道
(74)【代理人】
【識別番号】100163647
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 卓也
(73)【特許権者】
【識別番号】510192802
【氏名又は名称】独立行政法人国立国際医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100163647
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 卓也
(72)【発明者】
【氏名】切替 照雄
(72)【発明者】
【氏名】安藤 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】末竹 寿紀
(72)【発明者】
【氏名】近藤 裕司
【審査官】 鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−142076(JP,A)
【文献】 特開2008−142075(JP,A)
【文献】 結核菌に関する研究 平成18−20年度 総括・分担研究報告書, 2009.03, p.37-45
【文献】 結核菌に関する研究 平成18年度 総括・分担研究報告書, 2007, p.46-54
【文献】 Antimicrob. Agents and Chemother, 2002, Vol.46, p.443-450
【文献】 Antimicrob. Agents and Chemother., 2005, Vol.49, p.2928-2933
【文献】 Kekkaku, 2004, Vol.79, No.9, p.525-530
【文献】 生物試料分析, 2008, Vol.31, No.1, p.59
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−1/42
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/00−1/70
G01N 33/00−33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結核菌の薬剤耐性度を区分して判定するためのキットであって、
試験片を含み、
該試験片が、少なくとも1つのプローブが固定されており、
該少なくとも1つのプローブが、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドからなり、
該領域が、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、
該薬剤耐性遺伝子がkatGであり、該変異が、H97R、Q127E、N133T、M176T、P232S、S315R、S315T、S383P、D419H、M420T、R489S、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトからなる群より選択されるいずれか1つの変異であり、
該H97R、Q127E、N133T、P232S、S383PおよびR489Sが耐性を示すイソニアジドの濃度よりも、該M176T、S315R、S315T、D419H、M420T、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトが、高い濃度のイソニアジドに対して耐性を示す変異であり、
該変異の位置の塩基が、野生型である、
キット。
【請求項2】
前記試験片にさらなるプローブが固定されており、
該さらなるプローブが、前記変異の位置の塩基が変異型である前記領域とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドからなる
請求項1に記載のキット
【請求項3】
結核菌の薬剤耐性度を区分して判定するためのキットであって、
試験片を含み、
該試験片が、少なくとも1つのプローブが固定されており、
該少なくとも1つのプローブが、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドからなり、
該領域が、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、
該薬剤耐性遺伝子がkatGであり、該変異が、H97R、Q127E、N133T、M176T、P232S、S315R、S315T、S383P、D419H、M420T、R489S、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトからなる群より選択されるいずれか1つの変異であり、
該H97R、Q127E、N133T、P232S、S383PおよびR489Sが耐性を示すイソニアジドの濃度よりも、該M176T、S315R、S315T、D419H、M420T、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトが、高い濃度のイソニアジドに対して耐性を示す変異であり、
該変異の位置の塩基が、変異型である、
キット
【請求項4】
前記試験片にさらなるプローブが固定されており、
該さらなるプローブが、前記変異の位置の塩基が野生型である前記領域とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドからなる
請求項3に記載のキット。
【請求項5】
さらに、ハイブリダイズしたプローブの検出用試薬および薬剤耐性遺伝子の増幅用プライマー対を含む、請求項1から4のいずれかの項に記載のキット。
【請求項6】
結核菌の薬剤耐性度を区分して判定する方法であって、
該結核菌の薬剤耐性遺伝子を増幅する工程、
増幅した薬剤耐性遺伝子を試験片と接触させて、該試験片に固定されたプローブとハイブリダイズさせる工程、
該薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブを同定する工程、および
同定したプローブの位置から該結核菌の薬剤耐性度を判定する工程
を含み、
該試験片に固定された該プローブの少なくとも1つが、該薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドからなり、
該領域が、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、
該薬剤耐性遺伝子がkatGであり、該変異が、H97R、Q127E、N133T、M176T、P232S、S315R、S315T、S383P、D419H、M420T、R489S、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトからなる群より選択されるいずれか1つの変異であり、
該H97R、Q127E、N133T、P232S、S383PおよびR489Sが耐性を示すイソニアジドの濃度よりも、該M176T、S315R、S315T、D419H、M420T、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトが、高い濃度のイソニアジドに対して耐性を示す変異であり、
該変異の位置の塩基が、野生型または変異型である、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結核菌の薬剤耐性度を判定するための方法および試験片に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本では年間数千人が、地球規模では年間数百万人が結核により死亡しているといわれている。結核の治療では、基本的に化学療法を中心とする内科的療法が用いられ、内科的療法では治療の目的を達成することが不可能な場合に外科的療法が考慮される。
【0003】
内科的療法で使用される結核治療の薬剤としては、イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)、エタンブトール(EB)、ニューキノロン(NQ)、ピラジナミド(PZA)などが知られている。これらの薬剤は、結核菌固有の薬剤特異的な遺伝子(薬剤耐性遺伝子)との作用により結核菌の生育を阻害して結核菌を死滅させる。例えば、INHは、結核菌に取り込まれた後、katG遺伝子がコードする結核菌固有のINHオキシダーゼ(カタラーゼペルオキシダーゼ)により代謝され、結核菌の生育を阻害する代謝産物を生成する。しかし、薬剤を患者に投与した場合、突然変異によって、投与した薬剤に対する耐性を獲得した薬剤耐性菌が生じることが問題となっている。
【0004】
薬剤耐性菌は、薬剤耐性遺伝子が変異することにより薬剤耐性を獲得する。例えば、INH耐性菌は、katG遺伝子が変異しているため、INHを取り込んでも結核菌の生育を阻害する代謝産物を十分に生成できない。このため、薬剤耐性遺伝子の変異を検出することにより薬剤耐性菌を検出する方法が開発されている。例えば、結核治療用薬剤に感受性である野生型結核菌およびいずれかの薬剤に耐性を有する変異型結核菌における結核菌ゲノム上の薬剤耐性遺伝子の塩基配列に基づいて合成されたオリゴヌクレオチドを固定化した基板を含む結核菌診断キットが開示されている(特許文献1)。現在開発されているDNAマイクロアレイキット「Oligo Array」(日清紡績株式会社)は、INH、RFP、SM、カナマイシン(KM)、またはEBの5つの薬剤に特異的な薬剤耐性遺伝子の変異を検出し得るキットである。
【0005】
ところで、薬剤耐性菌の中には、薬剤に対して高度の耐性を有する菌と中低度の耐性を有する菌とが存在することが明らかになってきた。薬剤に対する耐性が高度か中低度かによって、薬剤耐性菌による結核を治療する方法が異なるため、結核菌の薬剤に対する耐性度を判定することが好ましい。
【0006】
従来、結核菌の薬剤耐性度を判定する方法として、CLSI(Clinical and Laboratory Standards Institute)/NCCLS(National Committee for Clinical Laboratory Standards)が定める方法がある(非特許文献1)。日本では、この方法に従ったキットとして、「薬剤感受性(抗酸菌)キット “ニチビー”抗酸菌検査用ウェルパック培地S」(株式会社日本ビーシージーサプライ製)、「薬剤感受性(抗酸菌)キット 極東 結核菌感受性ビットスペクトル−SR」(極東製薬工業株式会社製)などが市販されている。しかし、これらのキットを用いて結核菌の薬剤耐性度を判定するには40日程度の長期間を要する。したがって、より迅速・簡便な判定方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−103981号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】G. L. Woodsら、「Susceptibility Testing of Mycobacteria, Nocardiae, and Other Aerobic Actinomycetes; Approved Standard」、NCCLS document M24-A (ISBN 1-56238-500-3)、NCCLS、2003年、第23巻、第18号、p.3-19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、結核菌の薬剤耐性度を迅速・簡便に判定するための新たな手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、結核菌の薬剤耐性度と薬剤耐性遺伝子の変異とが対応づけられることを見出した。そこで、本発明者らは、既知の薬剤耐性遺伝子の変異を有する結核菌が示す薬剤耐性度について作成したデータベースに基づいて、結核菌における薬剤耐性遺伝子の変異を同定するだけで結核菌の薬剤耐性度を迅速・簡便に判定できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、結核菌の薬剤耐性度を判定するための試験片を提供し、該試験片は、少なくとも1つのプローブが固定されており、該少なくとも1つのプローブは、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、野生型である。
【0012】
1つの実施態様では、上記試験片は、さらなるプローブが固定されており、該さらなるプローブは、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、変異型である。
【0013】
本発明はまた、結核菌の薬剤耐性度を判定するための試験片を提供し、該試験片は、少なくとも1つのプローブが固定されており、該少なくとも1つのプローブは、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、変異型である。
【0014】
1つの実施態様では、上記試験片は、さらなるプローブが固定されており、該さらなるプローブは、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、野生型である。
【0015】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子は、イソニアジド耐性遺伝子、リファンピシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、エタンブトール耐性遺伝子、ニューキノロン耐性遺伝子およびピラジナミド耐性遺伝子からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0016】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子は、katG、inhA、rpoB、rpsL、rrs、gyrA、gyrB、embA、embB、embCおよびpncAからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0017】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はkatGであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、H97R、Q127E、N133T、M176T、P232S、S315R、S315T、S383P、D419H、M420T、R489S、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフトおよび160フレームシフトからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0018】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はinhAであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、t−8cおよびc−15tからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0019】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はrpoBであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、D516V、S521L、H526DおよびH526Yからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0020】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はgyrAであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、G88C、A90V、S91PおよびD94G/A/H/Nからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0021】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はgyrBであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、D495Nである。
【0022】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はembBであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、M306L/V/I、D328G/Y、G406C/A/D/SおよびQ497K/Rからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0023】
1つの実施態様では、上記薬剤耐性遺伝子はpncAであり、上記薬剤耐性遺伝子の変異は、M1I、A3E、L4S、L4W、I5N、V7D、V7F、D8E、D8G、V9A、V9G、Q10P、Q10R、Q10stop、D12A、C14R、C14Y、G23V、A25E、R26G、A28D、Y34D、Y34stop、L35P、V45G、A46E、T47A、D49A、H51P、H51Q、H57D、H57P、F58L、T61P、D63H、Y64D、S67P、W68G、W68R、W68S、W68stop、H71P、T76I、T76P、G78D、L85P、L85R、K96E、K96Q、G97D、Y99D、Y99S、Y103H、Y103S、Y103stop、W119stop、R121P、V128G、T135P、D136N、D136Y、H137P、C138R、C138S、V139A、V139L、V139M、Q141P、Q141stop、A146T、R148S、V155G、L156Q、L159R、L172P、V180F、53フレームシフト、75フレームシフト、80フレームシフト、88フレームシフト、123フレームシフト、141フレームシフト、162フレームシフト、164フレームシフトおよび177フレームシフトからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0024】
本発明はまた、結核菌の薬剤耐性度の判定用キットを提供し、該キットは、上記試験片を含む。
【0025】
1つの実施態様では、上記キットは、ハイブリダイズしたプローブの検出用試薬および薬剤耐性遺伝子の増幅用プライマー対を含む。
【0026】
本発明はさらに、結核菌の薬剤耐性度を判定する方法を提供し、該方法は、該結核菌の薬剤耐性遺伝子を増幅する工程、増幅した薬剤耐性遺伝子を上記試験片と接触させて、該試験片に固定されたプローブとハイブリダイズさせる工程、該薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブを同定する工程、および同定したプローブの位置から該結核菌の薬剤耐性度を判定する工程を含む。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、結核菌の薬剤耐性度を迅速・簡便に判定することができる。このため、薬剤耐性菌による結核を適切に治療することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】種々の結核菌におけるINHオキシダーゼ活性の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明において、結核菌とは、抗酸菌の一種でマイコバクテリウム科マイコバクテリウム属に属する細菌をいう。結核菌としては、例えば、マイコバクテリウム・ツベルクローシス(Mycobacterium tuberculosis;ヒト型結核菌)、マイコバクテリウム・ボビス(Mycobacterium bovis;ウシ型結核菌)、マイコバクテリウム・アフリカヌム(Mycobacterium africanum;アフリカ型結核菌)が挙げられる。
【0030】
本発明において、薬剤とは、結核を治療するための薬剤をいう。薬剤としては、例えば、イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)、エタンブトール(EB)、ニューキノロン(NQ)、ピラジナミド(PZA)が挙げられる。
【0031】
本発明において、結核菌の薬剤耐性遺伝子とは、結核治療用薬剤の作用に関連する遺伝子をいう。結核菌の薬剤耐性遺伝子としては、INH、RFP、SM、EB、NQ、PZAの作用にそれぞれ関連するイソニアジド(INH)耐性遺伝子、リファンピシン(RFP)耐性遺伝子、ストレプトマイシン(SM)耐性遺伝子、エタンブトール(EB)耐性遺伝子、ニューキノロン(NQ)耐性遺伝子、ピラジナミド(PZA)耐性遺伝子が挙げられる。
【0032】
INH耐性遺伝子としては、例えば、katG(カタラーゼペルオキシダーゼをコードする)、inhA(エノイルCoAレダクターゼをコードする)が挙げられる。RFP耐性遺伝子としては、例えば、rpoB(RNAポリメラーゼBサブユニットをコードする)が挙げられる。SM耐性遺伝子としては、例えば、rpsL(リボソームタンパク質S12をコードする)、rrs(16S rRNAをコードする)が挙げられる。EB耐性遺伝子としては、例えば、embA、embB、embC(いずれもアラビノシルインドリルアセチルイノシトール合成酵素をコードする)が挙げられる。NQ耐性遺伝子としては、例えば、gyrA(DNAジャイレースAをコードする)、gyrB(DNAジャイレースBをコードする)が挙げられる。PZA耐性遺伝子としては、例えば、pncA(ピラジナミダーゼをコードする)が挙げられる。
【0033】
結核菌の薬剤耐性遺伝子は酵素や薬剤結合タンパク質をコードしており、これらのタンパク質と薬剤との作用により結核菌は生育が阻害され死滅する。薬剤耐性遺伝子の変異が、コードするタンパク質のアミノ酸配列においてアミノ酸の置換、挿入および/または欠損をもたらすと、これらのタンパク質の酵素活性の低下や薬剤結合部位の構造変化などが生じ得る。このような変化により、薬剤耐性遺伝子をコードするタンパク質と薬剤との作用が阻害されると、死滅を免れる薬剤耐性菌が出現する。
【0034】
例えば、katG遺伝子はINHオキシダーゼ(カタラーゼペルオキシダーゼ)をコードしており、INHオキシダーゼにより酸化を受けたINH代謝産物により結核菌は細胞壁合成が阻害され死滅するが、katG遺伝子の変異によりINHオキシダーゼのINHに対する酸化活性が失われると、INH耐性菌が出願する。
【0035】
例えば、rpoB遺伝子はRNAポリメラーゼBサブユニットをコードしており、RFPがRNAポリメラーゼBサブユニットに結合することにより結核菌はRNA合成の開始反応が阻害され死滅するが、rpoB遺伝子の変異によりRNAポリメラーゼBサブユニットのRFPに対する結合活性が失われると、RFP耐性菌が出願する。
【0036】
例えば、gyrA遺伝子はDNAジャイレースAをコードしており、NQがDNAジャイレースAに結合することにより結核菌はDNA複製が阻害され死滅するが、gyrA遺伝子の変異によりDNAジャイレースAのNQに対する結合活性が失われると、NQ耐性菌が出願する。
【0037】
本発明において、結核菌の薬剤耐性遺伝子の変異としては、例えば、薬剤耐性遺伝子がkatG(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 2153889..2156111)の場合、例えば、H97R、Q127E、N133T、M176T、P232S、S315R、S315T、S383P、D419H、M420T、R489S、D542H、R632C、Δ191−192、124フレームシフト、160フレームシフトが挙げられる。
【0038】
例えば、薬剤耐性遺伝子がinhA(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 1674202..1675011)の場合、例えば、t−8c、c−15tが挙げられる。
【0039】
例えば、薬剤耐性遺伝子がrpoB(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 759807..763325)の場合、例えば、D516V、S521L、H526D、H526Yが挙げられる。
【0040】
例えば、薬剤耐性遺伝子がgyrA(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 7302..9818)の場合、例えば、G88C、A90V、S91P、D94G/A/H/Nが挙げられる。
【0041】
例えば、薬剤耐性遺伝子がgyrB(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 5123..7267)の場合、例えば、D495Nが挙げられる。
【0042】
例えば、薬剤耐性遺伝子がembB(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 4246514..4249810)の場合、例えば、M306L/V/I、D328G/Y、G406C/A/D/S、Q497K/Rが挙げられる。
【0043】
例えば、薬剤耐性遺伝子がpncA(アクセッション番号:NC_000962 REGION: 2288681..2289241)の場合、例えば、M1I、A3E、L4S、L4W、I5N、V7D、V7F、D8E、D8G、V9A、V9G、Q10P、Q10R、Q10stop、D12A、C14R、C14Y、G23V、A25E、R26G、A28D、Y34D、Y34stop、L35P、V45G、A46E、T47A、D49A、H51P、H51Q、H57D、H57P、F58L、T61P、D63H、Y64D、S67P、W68G、W68R、W68S、W68stop、H71P、T76I、T76P、G78D、L85P、L85R、K96E、K96Q、G97D、Y99D、Y99S、Y103H、Y103S、Y103stop、W119stop、R121P、V128G、T135P、D136N、D136Y、H137P、C138R、C138S、V139A、V139L、V139M、Q141P、Q141stop、A146T、R148S、V155G、L156Q、L159R、L172P、V180F、53フレームシフト、75フレームシフト、80フレームシフト、88フレームシフト、123フレームシフト、141フレームシフト、162フレームシフト、164フレームシフト、177フレームシフトが挙げられる。
【0044】
ここで、例えば、「H97R」とは、薬剤耐性遺伝子がコードするタンパク質の第97番目のアミノ酸がヒスチジン(H)からアルギニン(R)に変異したことを意味する。「H」、「R」などはアミノ酸の1文字表記である。例えば、「Q10stop」とは、薬剤耐性遺伝子がコードするタンパク質の第10番目のアミノ酸がグルタミン(Q)から終止コドンに変異したことを意味する。例えば、「t−8c」とは、薬剤耐性遺伝子のコード領域を基準にして(開始コドンatgのaを1位として)−8位の塩基がチミン(t)からシトシン(c)に変異したことを意味する。「t」、「c」などは塩基の表記である。例えば、「Δ191−192」とは、薬剤耐性遺伝子がコードするタンパク質の第191〜192番目のアミノ酸が欠損したことを意味し、「124フレームシフト」とは、薬剤耐性遺伝子のコード領域の第124番目のコドンに塩基の挿入または欠損が生じ、その後にコードされているアミノ酸が変化する変異を意味する。
【0045】
結核菌の薬剤耐性遺伝子の変異は、上記のような既知の変異に制限されず、未知の変異でもよい。未知の変異を同定する方法は特に制限されない。例えば、薬剤耐性菌より薬剤耐性遺伝子をPCR法などにより単離して遺伝子の塩基配列を解読し、次いで解読した遺伝子の塩基配列と野生型の薬剤耐性遺伝子の塩基配列とを比較することにより変異を同定する方法が挙げられる。
【0046】
本発明では、結核菌の薬剤耐性度を薬剤耐性遺伝子の変異と対応づける。このために、薬剤耐性遺伝子に変異を有する結核菌の薬剤耐性度を判定する。
【0047】
本発明において、結核菌の薬剤耐性度とは、結核菌が薬剤存在下で死滅しない程度をいう。薬剤耐性度を区分する方法は、特に制限されないが、簡便な方法が好ましい。簡便な方法としては、例えば、結核菌が耐性を示す薬剤の濃度により薬剤耐性度を区分する方法が挙げられる。例えば、高濃度の薬剤存在下で死滅しない結核菌と、高濃度の薬剤存在下では死滅するが低濃度の薬剤存在下では死滅しない結核菌とを区分する方法が挙げられる。例えば、1.0μg/mLの薬剤存在下で死滅しない結核菌と、1.0μg/mLの薬剤存在下では死滅するが0.2μg/mLの薬剤存在下では死滅しない結核菌とを区分する方法が挙げられる。区分(薬剤濃度)の数は、特に制限されないが、2〜3が好ましい。
【0048】
本発明において、結核菌の薬剤耐性度を判定する方法は、特に制限されないが、標準的な方法が好ましい。標準的な方法としては、例えば、CLSI(Clinical and Laboratory Standards Institute)/NCCLS(National Committee for Clinical Laboratory Standards)が定める方法が挙げられる。例えば、日本では、この方法に従ったキットとして、「薬剤感受性(抗酸菌)キット “ニチビー”抗酸菌検査用ウェルパック培地S」(株式会社日本ビーシージーサプライ製)、「薬剤感受性(抗酸菌)キット 極東 結核菌感受性ビットスペクトル−SR」(極東製薬工業株式会社製)が市販されている。これらのキットでは、各種薬剤濃度の存在下または非存在下にて結核菌を培養し、一定期間の培養後に、例えば、目視により結核菌の生死を確認することができる。
【0049】
(プローブ)
本発明のプローブは、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、野生型である(以下、「野生型プローブ」という場合がある)。野生型プローブは、変異が起こり得る塩基配列からなる領域が変異を有する場合には、これらの領域にハイブリダイズできない。野生型プローブの長さは、ハイブリダイズさせる条件にもよるが、一般的には10〜30ヌクレオチド長、好ましくは12〜26ヌクレオチド長である。
【0050】
本発明のプローブはまた、薬剤耐性遺伝子の任意の領域とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドからなり、該領域は、結核菌の薬剤耐性度と対応づけられた変異の位置を有し、該変異の位置の塩基は、変異型である(以下、「変異型プローブ」という場合がある)。変異型プローブは、変異が起こり得る塩基配列からなる領域が変異を有さない場合には、これらの領域にハイブリダイズできない。変異型プローブの長さは、ハイブリダイズさせる条件にもよるが、一般的には10〜30ヌクレオチド長、好ましくは12〜26ヌクレオチド長である。変異型プローブにおける変異の位置は、変異を確実に識別するために、変異型プローブを構成するオリゴヌクレオチドの中央近辺が好ましい。
【0051】
本発明では、野生型プローブと変異型プローブとを併せて用いてもよい。
【0052】
上記の各プローブは、標準的なプログラムおよびプライマー解析ソフトウェア、例えば、Primer Express(Perkin Elmer社)を用いることにより設計することができ、自動化オリゴヌクレオチドシンセサイザーなどの標準的な方法を用いて合成することができる。
【0053】
さらに、各プローブは、以下で詳述するように、試験片に固定するために5’または3’末端のいずれか一方が修飾されていてもよい。
【0054】
(試験片)
本発明の試験片は、少なくとも1つのプローブが固定されている。少なくとも1つのプローブは野生型プローブであり、好ましくは変異型プローブがさらに固定されている。あるいは、少なくとも1つのプローブは変異型プローブであり、好ましくは野生型プローブがさらに固定されている。
【0055】
本発明の試験片は、上記プローブを担体表面に一定間隔で固定して作製することができ、複数のプローブを固定する場合は、プローブ毎に担体表面を区切って固定する。担体としては、例えば、ビニル系ポリマー、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ニトロセルロースなどの有機材料;ガラス、シリカなどの無機材料;金、銀などの金属材料が挙げられるが、特に限定されない。成形加工性が容易である点で、有機材料が好ましく、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル類がより好ましい。担体は、以下の薬剤耐性度を判定する方法において発色法を用いる場合には、発色を視認しやすくするために白色であることが好ましい。
【0056】
プローブを担体表面に固定する方法としては、物理的方法および化学的方法が挙げられる。物理的方法は特に制限されない。例えば、担体表面をポリリジンなどのポリカチオン性の高分子で被覆する方法、担体表面が金などの金属材料である場合には、2−アミノエタンチオールなどのアミノ基を有するチオールまたはジスルフィド化合物などで担体表面を処理する方法が挙げられる。これらの方法は、ポリアニオンであるプローブとの静電相互作用を利用するため、固定効率を上げることができる。さらに、プローブの末端に無関係な塩基配列(ポリチミン鎖など)を付加し、固定されるプローブ自体の分子量を増大させることによって、固定効率を上げることもできる。例えば、ポリチミン付加オリゴヌクレオチドプローブを含む溶液を、ディスペンサを用いてニトロセルロース膜上に吐出し、次いでニトロセルロース膜に紫外線を照射することによって、比較的容易にプローブを固定することができる。具体的には、各プローブを含む溶液をそれぞれ24ゲージの針を備えたディスペンサに入れ、0.5〜1.0μL/分の量で吐出させながら、2.5〜8.5mm/秒の塗布速度で、それぞれ一定の間隔をあけてニトロセルロース膜上に塗布すると、各プローブが一定の間隔で並んだ約1〜2mmの幅のストライプが形成される。このプローブのストライプが形成されたニトロセルロース膜に紫外線を照射することによって、プローブがニトロセルロース膜表面に固定される。さらに、必要に応じて、これらのストライプを横断するように細く切断すると、各プローブが順に固定された多数の試験片を一挙に得ることができる。
【0057】
化学的方法は特に制限されない。例えば、担体の材料がガラス、シリコンなどの無機材料である場合には、プローブの末端をトリメトキシシラン、トリエトキシシランなどのシランカップリング反応が可能な官能基で修飾し、担体を、修飾プローブを含む溶液に24〜48時間浸漬し、取り出した後、洗浄する方法が挙げられる。あるいは、担体を、アミノエトキシシランなどのアミノ基を有するシランカップリング剤で処理することにより、担体の表面をアミノ化し、次いで末端にカルボン酸を導入したプローブとアミノカップリング反応させる方法が挙げられる。担体の材料が金、銀などの金属材料である場合には、プローブの末端をチオール基、ジスルフィド基などの金属と結合可能な官能基で修飾し、担体を、修飾プローブを含む溶液に24〜48時間浸漬し、取り出した後、洗浄する方法が挙げられる。
【0058】
プローブを担体表面に固定する方法としては、合成したプローブを固定する方法以外に、リソグラフィー技術などを利用して、プローブを担体表面上で合成する方法が挙げられる。
【0059】
(結核菌の薬剤耐性度を判定する方法)
本発明の、結核菌の薬剤耐性度を判定する方法は、該結核菌の薬剤耐性遺伝子を増幅する工程、増幅した薬剤耐性遺伝子を上記試験片と接触させて、該試験片に固定されたプローブにハイブリダイズさせる工程、該薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブを同定する工程、および同定したプローブの位置から該結核菌の薬剤耐性度を判定する工程を含む。
【0060】
1.検体
本発明において、検体とは、薬剤耐性度を判定する対象となる結核菌を含む物質をいう。検体としては、例えば、喀痰、咽頭ぬぐい液、胃液、気管支肺胞洗浄液、気管内吸引物、喉からの拭取物および/または組織生検物などの体液、ならびにこれらから培養して得られた結核菌自体が挙げられる。
【0061】
2.検体の前処理(DNAの抽出)
上記検体の前処理として、検体からDNAを抽出する。検体からDNAを抽出方法は特に制限されない。例えば、フェノール抽出法、グアニジンチオシナネート抽出法、バナジルリボヌクレオシド複合抽出法が挙げられる。
【0062】
3.薬剤耐性遺伝子の増幅
薬剤耐性遺伝子を増幅する方法は特に制限されない。例えば、PCR法、LAMP法、ICAN法が挙げられる。各方法において、薬剤耐性遺伝子を増幅するための条件は適宜設定される。例えば、薬剤耐性遺伝子をPCR法により増幅する場合、対象となる薬剤耐性遺伝子の変異を有する塩基配列からなる領域を増幅できるように、プライマー対を設計すればよい。好ましくは、すべての変異をカバーできる薬剤耐性遺伝子の領域を増幅できるように、より好ましくは、薬剤耐性遺伝子のコーディング領域を増幅できるようにプライマー対を設計すればよい。例えば、INH耐性遺伝子katGをPCR法により増幅する場合、プライマー対としては、例えば、katG遺伝子のコーディング領域の上流および下流の塩基配列またはこれと相補的な塩基配列からなるオリゴヌクレオチドが挙げられる。例えば、以下の実施例に記載の配列番号7および8に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドが挙げられる。
【0063】
4.結核菌の薬剤耐性度の判定
増幅した薬剤耐性遺伝子を上記試験片と接触させて、試験片に固定されたプローブとハイブリダイズさせる方法は特に制限されない。例えば、増幅した薬剤耐性遺伝子を含む溶液に試験片を一定時間浸漬する方法が挙げられる。浸漬中の温度などの条件は、非特異的なハイブリダゼーションの抑制などを考慮して適宜設定される。
【0064】
薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブを同定する方法は特に制限されない。例えば、薬剤耐性遺伝子をPCR法により増幅する際に、放射性同位体、蛍光物質、化学発光物質などの標識物質で修飾したプライマー対を用い、薬剤耐性遺伝子に付加されたこれらの標識物質を検出する方法が挙げられる。あるいは、放射性同位体、蛍光物質、化学発光物質などの標識物質でプローブを修飾し、これらの標識物質を手がかりに薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブを検出する方法が挙げられる。標識物質を検出する方法は特に制限されない。例えば、ニトロブルーテトラゾリウム(NBT)/5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルホスファターゼp−トルイジニル塩(BCIP)発色法が挙げられる。
【0065】
具体的には、薬剤耐性遺伝子をPCR法により増幅する際に、3’または5’末端をビオチンで修飾したプライマー対を用いる。次いで、増幅した末端にビオチンを有する遺伝子を含む溶液に試験片を浸漬する。この工程で、薬剤耐性遺伝子は試験片に固定されたプローブとハイブリダイズし得る。次いで、試験片を洗浄し、アルカリホスファターゼ標識ストレプトアビジンを含む溶液に浸漬する。この工程で、試験片に固定されたプローブとハイブリダイズした薬剤耐性遺伝子にアルカリホスファターゼ標識ストレプトアビジンが結合する。次いで、洗浄した試験片にNBT/BCIPを添加し、アルカリホスファターゼの反応による発色を検出する。この発色は視認可能である。発色の有無をより明確にするために、野生型プローブと変異型プローブとで発色の差異を確認してもよい。
【0066】
同定した薬剤耐性遺伝子がハイブリダイズしたプローブの位置から、いずれのプローブにハイブリダイズしたかがわかる。各プローブは結核菌の薬剤耐性度と対応づけられているため、検体中の結核菌の薬剤耐性度を判定することができる。
【0067】
(結核菌の薬剤耐性度の判定用キット)
本発明のキットは、上記の試験片を含む。好ましくは、結核菌の薬剤耐性度を判定するために適切な任意の試薬類を含み得る。試薬類としては、例えば、DNA抽出用試薬、遺伝子増幅用試薬、ハイブリダイズしたプローブの検出用試薬が挙げられる。遺伝子増幅用試薬は、薬剤耐性遺伝子の増幅用プライマー対も含み得る。ハイブリダイズしたプローブの検出用試薬としては、例えば、NBT/BCIP発色法の場合、ビオチン、ストレプトアビジン修飾アルカリホスファターゼ、NBTおよびBCIPが挙げられる。
【実施例】
【0068】
以下に、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0069】
(実施例1:結核菌のINH耐性度の判定)
表1に示す結核菌の野性菌株およびINH耐性遺伝子katGに変異を有する変異菌株を国立国際医療センターより入手した。
【0070】
【表1】
【0071】
CLSI/NCCLS法として汎用されている極東製薬工業株式会社製「薬剤感受性(抗酸菌)キット 極東 結核菌感受性ビットスペクトル−SR」を用いて、キットに添付の方法に従って、入手した菌株のINHに対する耐性度を判定した。
【0072】
1.前培養
極東1%小川培地(リン酸二水素カリウム1g、グルタミン酸ナトリウム1g、蒸留水100mL、全卵液200mL、グリセリン6mL、2%マラカイトグリーン6mL、pH6.5)上に発育した菌コロニーを白金耳にて採取し、12mL容量の滅菌試験管内に含有される4mLの前培養用液体培地(極東製薬工業株式会社製「マイコブロス」)に懸濁させた。この試験管を37℃にて静置し、試験管内の菌を増殖させた。530nmにおける吸光度(OD(530nm))が0.1(菌体濃度1mg/mL相当)以上に達するまで菌を培養した。
【0073】
2.菌液の調製
前培養後の試験管内の菌液を撹拌し、菌塊が沈むまで約15分間試験管を静置した。次いで、試験管内の菌液の上層を滅菌蒸留水により希釈して、OD(530nm)が0.1となる菌液を調製した。この菌液0.5mLを、50mL容量の滅菌試験管内に含有される4.5mLの滅菌蒸留水に添加し、混合して10倍希釈菌液とした。さらに、10倍希釈菌液0.1mLを、50mL容量の滅菌試験管内に含有される10mLの滅菌蒸留水に添加し、混合して1000倍希釈菌液とした。
【0074】
3.本培養
キットのマイクロタイタープレートの培地密封用テープを剥がし、蓋を取り外した。次いで、キットに付属の専用ドロッパーを用いて、上記10倍希釈液を「C+」のウェルおよびINHを0.2μg/mLまたは1.0μg/mLの濃度で含有するウェルに1滴(約0.02mL)ずつ添加し、上記1000倍希釈液を「C1/100」のウェルに1滴(約0.02mL)ずつ添加し、そして滅菌蒸留水を「C−」のウェルに1滴(約0.02mL)ずつ添加した。次いで、マイクロタイタープレート上のウェル周辺部に配置された濾紙に1〜2mLの滅菌蒸留水を添加した後、マイクロタイタープレートに蓋をし、蓋の縁とマイクロタイタープレートとの隙間をテープで密封した。このマイクロタイタープレートを37℃にて静置して本培養を開始した。
【0075】
4.判定
本培養開始後7日目、10日目および14日目にマイクロタイタープレートを観察し、「C+」のウェルの3/4以上でウェル内の液体が赤く呈色している時点で判定を行った。判定では、「C−」、「C+」および「C1/100」の呈色をそれぞれ「0」、「4+」および「1+」とし、INHを0.2μg/mLまたは1.0μg/mLの濃度で含有するウェルの呈色を「C−」、「C+」および「C1/100」のウェルの呈色と比較して「0」〜「4+」でスコア化した。スコアが「0」または「1+」の場合を感受性とし、「2+」〜「4+」の場合を耐性とした。そして、INHを1.0μg/mLの濃度で含有するウェルが耐性を示す1.0μg/mLのINH耐性度、およびINHを1.0μg/mLの濃度で含有するウェルは感受性を示すがINHを0.2μg/mLの濃度で含有するウェルは耐性を示す0.2μg/mLのINH耐性度とした。判定の結果を表2に示す。判定した菌株は、1.0μg/mLのINH耐性度および0.2μg/mLのINH耐性度に分類できた。
【0076】
【表2】
【0077】
(参考例:INH耐性遺伝子がコードするINHオキシダーゼの活性測定)
INH耐性遺伝子katGがコードするINHオキシダーゼの活性が、katGの変異によってどのように影響を受けるかを検討した。野生型katGおよび変異型katGを上記表1に示す結核菌の野生菌株および変異菌株から、以下に示すプライマー対を用いて、それぞれPCR法により単離し、発現ベクターpTrcHis2-TOPO(インビトロジェン社製)のマルチクローニングサイトにTAライゲーションを介して挿入した。
【0078】
プライマー1:CCCGAGCAACACCCACCCATTACAGAAAC(配列番号1)
プライマー2:TCAGCGCACGTCGAACC(配列番号2)
【0079】
pTrcHis2-TOPOは、マルチクローニングサイトに挿入されるDNAによりコードされるタンパク質のC末端にc−mycタグおよび6×Hisタグを付加できるベクターであるが、挿入したkatGは終止コドンを有するので、katGがコードするINHオキシダーゼにこれらのタグは付加されない。次いで、生成したプラスミドにより、常法に従って大腸菌ΔkatG株(国立国際医療センター研究所・感染症制御研究部所有)を形質転換した。形質転換大腸菌を培養し、培養開始から3時間後に培地にIPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド)を添加することにより大腸菌内でkatGを過剰発現させ、培養開始から5時間後に大腸菌を回収した。回収した大腸菌を超音波(株式会社トミー精工製超音波発生機UR−20Pを用いて、power9にて30秒間超音波処理および60秒間冷却のサイクルを5回繰り返した)により破砕した後、遠心分離(12,000rpm、5分間、4℃:エッペンドルフ社製Centrifuge5415R)に供し、上清を以下の測定に用いた。
【0080】
上清の総タンパク質をBCAアッセイ(BCA Protein Assay Kit:Thermo Scientific社製)で定量し、上清のINHオキシダーゼ活性をWeiら、Antimicrob. Agents Chemother.、2003年、第47巻、p. 670-675を参考にして測定した。INHオキシダーゼ活性は、H存在下でのINHの酸化によるフリーラジカル発生に伴うNBT(Nitroblue Tetrazolium)の還元を560nmにおける吸光度(OD(560nm))により分光学的に測定することができる。
【0081】
具体的には、全量が1mLとなるように、50mMリン酸緩衝液(pH7.0)に、200μgの総タンパク質に相当する上清、最終濃度が0.2mMとなるNBT(シグマ社製)、5mgのグルコースオキシダーゼ(シグマ社製)、最終濃度が4mMとなるグルコース、および最終濃度が9mMとなるINH(シグマ社製)を添加し、室温にて混合した。この混合液のOD(560nm)を分光光度計により200秒間測定した。各上清につき測定を3回実施し、平均値±標準偏差を算出した。OD(560nm)の経時変化を図1に示す。
【0082】
図1より、katGがコードするINHオキシダーゼの活性は、katGの変異に応じて、「野生型と同程度の活性」、「野生型より低い活性」および「ほとんど活性なし」の3つの区分に分けることができ、これらの区分はそれぞれ、表2に示すkatGの変異に応じた結核菌のINHに対する耐性度の「耐性なし」、「0.2μg/mLのINH耐性度」および「1.0μg/mLのINH耐性度」の区分に完全に対応することがわかった。
【0083】
(実施例2:結核菌のINH耐性度を判定するための試験片の作製)
1.プローブの合成
以下に示す、INH耐性遺伝子katGの1.0μg/mLのINH耐性度と対応づけられたS315T変異、および0.2μg/mLのINH耐性度と対応づけられたH97R変異をそれぞれ検出し得る野生型プローブ1および2とそれぞれに対応する変異型プローブ1および2を作製する。
【0084】
野生型プローブ1:GCGATCACCAGCGGCATCGA(配列番号3)
野生型プローブ2:GACTACGGCCACTACGGGCC(配列番号4)
変異型プローブ1:GCGATCACCACCGGCATCGA(配列番号5)
変異型プローブ2:GACTACGGCCGCTACGGGCC(配列番号6)
【0085】
2.プローブの固定
上記各プローブの5’末端にターミナルトランスフェラーゼ(Promega社製)を用いて、ポリチミンの付加を行う。具体的には、ターミナルトランスフェラーゼ(30unit/μL)を0.4μL、チミジン三リン酸(10pmol/μL)を2μL、オリゴヌクレオチドプローブ(50mM)を2μL、製品添付の反応緩衝液を2μL、および精製水3.6μLを混合して反応溶液を調製し、37℃で4時間反応させた後、反応溶液に10×SSC緩衝液90μLを添加することにより、ポリチミンが付加されたオリゴヌクレオチドプローブを含む溶液(1pmol/μL)を得る。
【0086】
次いで、ポリチミンが付加された各プローブを含む溶液をそれぞれ24ゲージの針を備えたディスペンサに入れ、0.7μL/分の量で吐出させながら、2.5mm/秒の塗布速度で、2mmの幅のストライプになるようにニトロセルロース膜(縦75mm×横150mm:Whatman社製)上に2mm間隔で縦方向に塗布する。次いで、これらのニトロセルロース膜に312nmの紫外線を2分間照射して、プローブをニトロセルロース膜に固定する。次いで、ニトロセルロース膜を、すべてのストライプを含むように切断して、5mm×150mmの試験片を作製する。
【0087】
(実施例3:INH耐性度判定用試験片を用いた結核菌のINH耐性度の判定)
1.katG遺伝子の増幅
本実施例では、野生菌株、1.0μg/mLのINHに耐性を有するS315T変異菌株、および0.2μg/mLのINHに耐性を有するH97R変異菌株を検体として用い、これらの菌株のINH耐性度を実施例2で作製した試験片を用いて判定する。
【0088】
検体のINH耐性遺伝子katGを、配列番号7に記載の塩基配列からなるプライマー3、配列番号8に記載の塩基配列からなりかつ5’末端にビオチンを結合させたプライマー4、およびTaqDNAポリメラーゼ(ロシュ・ダイアグノスティクス社製)を用いるPCR法により増幅する。
【0089】
プライマー3:CAACTCCTGGAAGGAATGCT(配列番号7)
プライマー4:GCAGGGCCGATCAACCCGAA(配列番号8)
【0090】
PCRの反応条件は、変性工程を94℃、30秒、アニール工程を55℃、20秒、鎖伸長工程を72℃、20秒とし、これらの工程を30サイクル行って、katG遺伝子を増幅する。増幅した遺伝子の末端にはビオチンが結合している。
【0091】
2.ハイブリダイズしたプローブの検出
増幅した遺伝子を含む溶液10μLに、水酸化ナトリウム(5M)、エチレンジアミン四酢酸(0.05M)の溶液(10μL)を添加してよく攪拌し、5分間放置して、増幅した遺伝子を1本鎖に変性する。この溶液に、ドデシル硫酸ナトリウム(0.01w/v%)、塩化ナトリウム(1.8w/v%)、クエン酸ナトリウム(1.0w/v%)の溶液(1mL)、および実施例2で作製した試験片を添加し、混合液を62℃にて30分間振盪させる。次いで、混合液から試験片を取り出し、洗浄後、試験片にアルカリホスファターゼ標識ストレプトアビジンを添加し、さらにニトロブルーテトラゾリウム(NBT)および5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルホスファターゼp−トルイジニル塩(BCIP)を添加して、試験片を発色させる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、結核菌の薬剤耐性度を迅速・簡便に判定することができる。このため、薬剤耐性菌による結核を適切に治療することが可能となる。結核治療の適切な実施は、患者や医者の負担を軽減するだけでなく、社会全体の医療費の抑制に貢献する。
図1
【配列表】
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