(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5700460
(24)【登録日】2015年2月27日
(45)【発行日】2015年4月15日
(54)【発明の名称】細胞培養デバイス及び細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20150326BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20150326BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12N5/00 202A
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-532811(P2012-532811)
(86)(22)【出願日】2010年9月10日
(86)【国際出願番号】JP2010065585
(87)【国際公開番号】WO2012032646
(87)【国際公開日】20120315
【審査請求日】2013年2月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤山 陽一
(72)【発明者】
【氏名】田川 陽一
【審査官】
大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2009/099066(WO,A1)
【文献】
国際公開第2005/100549(WO,A1)
【文献】
特開2005−080607(JP,A)
【文献】
国際公開第2007/126127(WO,A1)
【文献】
特開2005−270055(JP,A)
【文献】
Harimoto, M. et al.,Novel approach for achieving double-layered cell sheets co-culture: overlaying endothelial cell sheets onto monolayer hepatocytes utilizing temperature-responsive culture dishes,Journal of Biomedical Materials Research,2002年,Volume 62, Issue 3,Pages 464-470
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)多孔質膜から成り、細胞培養用の足場材によってコーティングされる中間層と、
b)デバイス内部の空間を前記中間層で仕切ることによって形成される第1培養室及び第2培養室と、
c)前記中間層の一方の面の一部を覆って該中間層が前記第1培養室内を流通する液体と接する領域を限定する第1限定層と、
d)前記中間層の他方の面の一部を覆って該中間層が前記第2培養室内を流通する液体と接する領域を限定する第2限定層と、
を有することを特徴とする細胞培養デバイス。
【請求項2】
前記第1限定層及び第2限定層が、前記各培養室内を流通する液体に対して前記中間層を露出させる複数の開口部を有するものであり、該開口部1つ当たりの開口面積が0.01mm2〜10mm2であることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【請求項3】
前記中間層が複数枚の多孔質膜を重ねて成るものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞培養デバイス。
【請求項4】
前記複数枚の多孔質膜の内、第1培養室側の多孔質膜と第2培養室側の多孔質膜がそれぞれ異なる足場材でコーティングされていることを特徴とする請求項3に記載の細胞培養デバイス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに係る細胞培養デバイスを用いた細胞培養方法であって、
前記中間層の一方の面と他方の面に異なる種類の細胞を固定して培養することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項6】
前記異なる細胞が肝実質細胞と内皮細胞であることを特徴とする請求項5に記載の細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養デバイス、及びそれを用いた細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養は、一般的にシャーレ等の容器に細胞及び液体状の培地を収容した状態で行われる。しかし、近年、半導体製造分野での微細加工技術の進歩に伴って医療やバイオテクノロジーの研究分野でも微細加工技術によって製造されたマイクロデバイスの応用が進められており、こうしたマイクロデバイスを用いた細胞培養が行われるようになっている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
細胞培養用のマイクロデバイス(細胞培養デバイス)は、平板状基材の内部に培養室と微小流路を形成して成るものであり、該培養室に細胞及び培地を収容して細胞培養を行い、前記微小流路を利用して培地の交換を行うものとなっている。
【0004】
ところで、近年、人工臓器の開発に期待が寄せられており、その一環である人工肝臓の開発についても数多くの研究がなされている。しかし、肝臓は判明しているだけで500種類以上の代謝反応を行っており、こうした肝臓の機能を人工的な装置のみで完全に補うことは極めて困難である。そこで、人工装置と生体の肝細胞とを組み合わせた、いわゆるハイブリッド型の人工肝臓が考案され、その開発が進められている。
【0005】
生体の肝臓においては、肝臓の70−80%を構成する肝実質細胞と、類洞内皮細胞などの非実質細胞とが規則正しく配置されており、これらの細胞間におけるシグナル伝達や体液の循環が、正常な肝機能を維持するために重要な役割を果たしている。
【0006】
前記の肝実質細胞と類洞内皮細胞は並列に並んでいるが、両者の間にはディッセ腔と呼ばれる細胞外マトリックスが存在しており、肝実質細胞の細胞列と類洞内皮細胞の細胞列とは直接接触していない。また、それぞれの細胞列の外側は、肝実質細胞側が胆管、類洞内皮細胞側が血管となっており、薬物や栄養物は血管側から供給されて胆管側に排出される。
【0007】
肝機能を有する人工肝臓システムを確立するためには、こうした細胞種の規則正しい配置と細胞外マトリックスの構築が重要である。しかし、肝細胞は長期間の培養が困難であり、その上、生体内の肝臓に近い組織を形成することは更に困難である。そのため、長期間に亘って安定な肝機能を維持できる人工システムは未だ構築されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開WO2009/099066号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
こうした人工肝臓システムの構築に関連して、本発明者らは、2種類の生体細胞を利用したバイオデバイスを提案している(特許文献1)。これは、細胞外マトリックスの代替物として多孔質膜を利用し、その膜の両側に異なる細胞を固定して培養することにより、多孔質膜を介して両側の細胞間で信号伝達や物質の交換又は移動を行わせるようにしたものである。
【0010】
このような培養デバイスは、1種類の細胞を単独で培養する場合に比べて生体内に近い構成を実現できる点で画期的であるが、細胞機能の長期維持の点で更なる改善の余地があった。
【0011】
本発明は上記の点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは2種類の生体細胞を利用して安定した機能を長期間に亘って維持できる細胞培養デバイス及びそれを用いた細胞培養方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る細胞培養デバイスは、
a)多孔質膜から成り、細胞培養用の足場材によってコーティングされる中間層と、
b)デバイス内部の空間を前記中間層で仕切ることによって形成される第1培養室及び第2培養室と、
c)前記中間層の一方の面の一部を覆って該中間層が前記第1培養室内を流通する液体と接する領域を限定する第1限定層と、
d)前記中間層の他方の面の一部を覆って該中間層が前記第2培養室内を流通する液体と接する領域を限定する第2限定層と、
を有することを特徴としている。
【0013】
上記本発明に係る細胞培養デバイスは、中間層で仕切られた2つの培養室を有し、各培養室において異種の細胞を同時に培養することができるものである。前記異種の細胞は、足場材でコーティングされた中間層の両側にそれぞれ固定され、該中間層を構成する多孔質膜を介して細胞間の信号伝達や物質の交換などを行うことができる。従来、こうした細胞培養デバイスの内部に細胞を導入する際には、培地に細胞を懸濁して該懸濁液をシリンジ等によって培養室に注入していた。しかしながら、この場合、注入した細胞が培養室の入口付近に偏って付着してしまい、細胞を培養室全体に行き渡らせるのが困難であった。特に、細胞の種類によっては周囲の細胞とタイトジャンクションを形成した状態でないと機能を発揮できないものがあり、培養室内に細胞密度が低い領域が多く存在すると、安定した機能を得ることができない場合があった。これに対し、上記構成から成る本発明の細胞培養デバイスによれば、前記第1限定層及び第2限定層を設けたことにより、デバイス内に細胞を導入する際に細胞懸濁液と中間層とが接触する領域を限定することができるため、培養室内で細胞が付着する領域を最適に設計することができる。これにより、生体内により近い環境を容易に実現することができ、安定した細胞機能を長期間に亘って得ることが可能となる。
【0014】
前記多孔質膜としては、ポリカーボネートから成るものを好適に用いることができるが、これに限らず、ポリテトラフルオロエチレン、混合セルロース、ポリエチレンテレフタレート(PET)、グラスファイバー、ポリエーテル、又はフッ素系樹脂から成るものや、セルロース系、ナイロン系、セラミック系の多孔質膜など、種々のものを用いることができる。また、前記多孔質膜は、細胞を通過させることなく且つ細胞間での物質交換や信号伝達の効率を妨げないものとする必要がある。そのため、該多孔質膜としては、厚さが1mm以下で、平均孔径が0.1μm〜10μmのものを用いることが望ましい。
【0015】
前記第1限定層及び第2限定層は、前記各培養室内を流通する液体に対して前記中間層を露出させる複数の開口部を有するものであり、該開口部1つ当たりの開口面積が0.01mm
2〜10mm
2であるものとすることが望ましい。
【0016】
開口面積がこれより小さいと一つの開口部で中間層に固定できる細胞の数が少なくなり、これより大きいと接着領域の限定による効果が得られ難くなる。また、限定層の厚さは、1mm以下が適当である。これより大きいと、前記の開口部が深くなるために培養中における細胞周辺の液交換の効率が低下する。
【0017】
また、本発明に係る細胞培養デバイスは、前記中間層が複数枚の多孔質膜を重ねて成るものとすることが望ましい。
【0018】
これにより、第1培養室側の多孔質膜と第2培養室側の多孔質膜にそれぞれ培養細胞の種類に応じた異なる足場材をコーティングすることが可能となり、生体内に一層近い環境を実現することが可能となる。
【0019】
なお、前記足場材としては、E−cad−Fc(E−カドヘリンの細胞外領域と、抗体IgG分子のFcフラグメントの融合タンパク質)を好適に用いることができるが、この他、一般に足場材として用いられるコラーゲンやフィブロネクチン、ラミニン、PVLA(ポリ−N−p−ビニルベンジル−D−ラクトンアミド)等を含む高分子を用いることができる。
【0020】
また、本発明に係る細胞培養方法は、上記本発明に係る細胞培養デバイスを用いた細胞培養方法であって、前記中間層の一方の面と他方の面に異なる種類の細胞を固定して培養することを特徴としている。
【0021】
ここで、前記異なる細胞とは、典型的には肝実質細胞と類洞内皮細胞であるが、本発明に係る細胞デバイスはこれらに限らず種々の細胞の培養に用いることができる。
【発明の効果】
【0022】
以上で説明したように、本発明に係る細胞培養デバイス及び細胞培養方法によれば、2種類の生体細胞を利用した細胞培養において生体内に近い環境を容易に実現することができ、安定した細胞機能を長期間に亘って得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施例に係る細胞培養デバイスの平面図。
【
図3】同実施例に係る細胞培養デバイスの分解斜視図。
【
図4】同実施例の細胞培養デバイスを含む細胞培養システムの概略構成図。
【
図5】実験例1における培養細胞のテストステロン水酸化能の評価結果を示すグラフ。
【
図6】実験例1における培養細胞と肝ミクロソームの水酸化パターンを示すグラフ。
【
図7】実験例2における培養細胞のテストステロン水酸化能の評価結果を示すグラフ。
【
図8】実験例2における培養細胞の尿素合成能の評価結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明する。
図1は本実施例に係る細胞培養デバイスの平面図であり、
図2は、
図1のX−X矢視断面図、
図3は本実施例に係る細胞培養デバイスの分解斜視図である。なお、
図1では説明のため内部構造の一部を透過させて図示している。
【0025】
本実施例に係る細胞培養デバイス10は、2枚の基板11、21の間に、各2枚の多孔質膜14、24、限定層13、23、及びシール層12、22を挟み込んだ構成となっている。なお、以下に述べる各部の寸法及び材質はあくまで一例であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
基板11、21は、PDMS(東レダウコーニング社製、SILPOT184)から成る。基板11の一方の面には、長さ16mm、幅2mmの長方形の凹部から成る第1培養室11aと、該第1培養室11aの両端部付近から延出する溝状の流路11b、11cが形成されている。これらの第1培養室11a及び、流路11b、11cはいずれも0.1mmの深さを有しており、型取りによって形成することができる。前記2本の流路11b、11cの先端は、それぞれ基板11の厚さ方向に延びる貫通孔から成る液導入口11d又は液排出口11eに連通している。更に、基板21にも同様にして第2培養室21a、流路21b、21c、液導入口21d、及び液排出口21eが形成される。
【0027】
限定層13、23は、厚さ0.1mmのSUS製のメタルマスクから成り、その中央部には、それぞれ前記第1培養室11a又は第2培養室21aに対応する領域内に直径0.5mmの貫通孔13a、23aが30個形成されている。この貫通孔13a、23aが本発明における開口部に相当する。開口部の形状や数は上記に限らず、培養対象とする細胞の種類や培養の目的に応じて種々のものとすることができる。なお、限定層13、23としては、培養対象とする細胞が付着しにくい素材(少なくとも足場材をコーティングした多孔質膜14、24よりも細胞の付着性が低いもの)から成るものを用いることが望ましい。このような素材としては、上記SUS等の金属のほか、各種樹脂等を用いることができる。
【0028】
シール層12、22は、厚さ0.1mmのシリコンゴムから成り、長さ及び幅は基板11、21とほぼ同一である。シール層12、22の中央には、限定層13、23とほぼ同一の長さ及び幅を有する長方形の孔が形成されており、この長方形の孔に限定層13又は限定層23が嵌め込まれる。
【0029】
多孔質膜14、24は、幅2mm、長さ14mmの長方形に打ち抜かれている。本実施例では、多孔質膜14、24としてポリカーボネートメンブレンフィルター(ミリポア社製、Isopore HTTP04700、フィルタ孔径0.4μm、厚さ7−22μm)を使用した。なお、これらの多孔質膜14、24を重ね合わせたものが本発明における中間層に相当する。
【0030】
前記の多孔質膜14、24には、それぞれ培養しようとする細胞の種類に応じた足場材がコーティングされる。本実施例では、第1培養室11a側の多孔質膜14をE−cad−Fcでコーティングし、第2培養室21a側の多孔質膜24をI型コラーゲンでコーティングした。足場材のコーティング方法は特に限定しないが、例えば、液状化した足場材に多孔質膜14、24を浸漬して取り出した後、該多孔質膜14、24に付着した足場材を固化させるといった方法が考えられる。なお、こうした足場材によるコーティングは、細胞培養デバイスの製造段階で行ってもよく、細胞培養デバイスを購入したユーザが行うようにしてもよい。
【0031】
本実施例の細胞培養デバイス10を組み立てる際には、上記各層を滅菌処理し、多孔質膜14、24に足場材をコーティングした後に、基板21、シール層22、限定層23、多孔質膜24、多孔質膜14、限定層13、シール層12、及び基板11をこの順に重ね合わせる。このとき、基板11、21は、第1培養室11aが形成された面と第2培養室21aが形成された面とが対向するようにする。なお、上述のように、限定層13、23はシール層12、22の中央部の孔に嵌め込まれるため、シール層12と限定層13、及びシール層22と限定層23それぞれ細胞培養デバイス10の厚さ方向の同一位置に配置されることとなる。
【0032】
以上のようにして各層を重ね合わせると、シール層12、22を構成するシリコンゴムの自己吸着性によって基板11とシール層12、基板21とシール層22、及びシール層12、22同士が吸着される。そのため、多孔質膜14、24及び限定層13、23を挟み込んだ状態で基板11と基板21を互いに固定することができる。
【0033】
上記の細胞培養デバイス10によって細胞培養を行う際には、液導入口11dから第1培養室11aに肝実質細胞を、液導入口21dから第2培養室21aに類洞内皮細胞を導入して各細胞をそれぞれ多孔質膜14、24の表面に固定する。具体的には、まず第1培養室11a側が上に来るような向きに細胞培養デバイス10を置き、肝実質細胞を培地に懸濁してその懸濁液をシリンジ等で第1培養室11aに注入する。注入された細胞は重力により沈んで多孔質膜14に接着される。その後、第2培養室21a側が上になるように細胞培養デバイス10を置き、同様にして類洞内皮細胞を第2培養室21aに注入し、多孔質膜24に接着させる。
【0034】
なお、多孔質膜14、24は、その一部が限定層13、23によってマスクされ、貫通孔13a、23aの部分でのみ第1培養室11a又は第2培養室21a内の液体と接触できるようになっている。このため、上記のように液導入口11d、21dから培地と共に導入された細胞は、その一部が培養室の上流付近の貫通孔13a、23aに入って多孔質膜14、24に接着するが、残りの細胞は培地中を浮遊するか限定層13、23の表面に落ちることとなる。限定層13、23は多孔質膜14、24に比べて細胞が接着され難いため、これらの細胞は培地の流れに乗って各培養室11a、21aの下流側へ流れて行く。そして、その過程でいずれかの貫通孔13a、23aに入り、そこで多孔質膜14、24に接着する。このように、本実施例に係る培養デバイスでは、細胞が多孔質膜14、24と接触できる部分が限定層13、23によって限定されているため、従来のようにデバイス内に注入した細胞が培養室の入口付近に偏って接着されるのを防ぎ、培養室全体に細胞を行き渡らせることができる。また、細胞が貫通孔13a、23aの内部に集まるため、周囲の細胞とタイトジャンクションを形成するような細胞を培養する場合にも安定した細胞機能を発揮させることができる。
【0035】
図4に本実施例に係る細胞培養デバイス10を用いた細胞培養システムの概略を示す。これは、上記の細胞培養デバイス10と、該細胞培養デバイス10に培地を連続送液する送液機構を組み合わせたものである。該送液機構は、培地貯留部31、41、培地供給管32、42、培地排出管33、43、廃液収容部34、44、送液ポンプ35、45、及び送液ポンプ35、45の動作を制御する制御部50を備えている。培地供給管32、42の一端はそれぞれ培地貯留部31、41に挿入され、他端はそれぞれ細胞培養デバイス10の液導入口11d、21dに挿入される。培地排出管33、43の一端はそれぞれ細胞培養デバイス10の液排出口11e、21eに挿入され、他端はそれぞれ廃液収容部34、44に挿入される。
【0036】
培地貯留部31には肝実質細胞の培養に適した培地が貯留され、培地貯留部41には類洞内皮細胞の培養に適した培地が貯留されている。培地貯留部31に貯留された培地は、送液ポンプ35によって吸引され、培地供給管32を通って細胞培養デバイス10に送られる。細胞培養デバイス10に供給された培地は、第1培養室11aを通過し、液排出口11eに接続された培地排出管33を介して廃液収容部34に排出される。同様に培地貯留部41に貯留された培地は、送液ポンプ45によって吸引され、培地供給管42を経て、第2培養室21aを通過し、培地排出管43を通って廃液収容部44に排出される。
【0037】
なお、第1培養室11a及び第2培養室21aは、自己吸着性を有するシール層12、22によってシールされるため、液導入口11d、21d又は液排出口11e、21e以外から培地が外部に漏れ出すことはないが、より確実に液漏れを防止するためには、適当なジグによって細胞培養デバイス10を上下から挟み込むようにして固定することが望ましい。
【0038】
上記本実施例に係る細胞培養デバイス10によれば、多孔質膜14、24が細胞外マトリックスの代わりとなって細胞の規則正しい配列を実現することができ、且つ細胞間の信号伝達や物質交換も確保できる。更に、第1培養室11a及び第2培養室21a内の培地は、それぞれ胆汁及び血液と似た役割を果たし、代謝や薬物の取り込み排出といった生体内に近い機能を発揮させることができる。
【0039】
また、上記の通り、本実施例に係る細胞培養デバイス10によれば、限定層13、23によって細胞が接着できる領域を制限したことにより、培養室11a、21aの入口付近に細胞が偏って接着されるのを防ぎ、細胞をその機能発現に適した所望のパターンで培養室11a、21a内に接着させることができる。また更に、多孔質膜14、24を2枚設けたことにより、第1培養室11aと第2培養室21aとで培養する細胞の種類に応じた異なる足場材を使用することが可能となる。これにより、生体内により近い環境をデバイス内部に構築することができ、長期間に亘って肝機能の発現を維持した状態で細胞培養を行うことが可能となる。
【0040】
以上、実施例を用いて本発明を実施するための形態について説明を行ったが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記の例ではシール層12、22によって基板11、21を互いに固定する構成としたが、このようなシール層12、22を設けず、基板11、21を構成するPDMSの自己吸着性によって基板11、21同士を互いに固定させるようにしてもよい。なお、この場合、より強固な接着性を得るために、基板11、21の接合面を酸素プラズマや紫外線により活性化して接合させることが望ましい。
【0041】
なお、本発明に係る細胞培養デバイスは、上述のハイブリッド型人工肝臓のような人工臓器として利用することができるほか、細胞による薬物代謝試験などを行う際の反応容器としても利用することもできる。また、上記の例では肝実質細胞と類洞内皮細胞の共培養を行う場合を説明したが、本発明の細胞培養デバイスは、その他の細胞の培養に使用することもできる。
【0042】
以下、本発明に係る細胞培養デバイスを用いた細胞培養実験について説明する。
【0043】
[実験例1]
図1〜3のような細胞培養デバイス10において、多孔質膜14、24の材質を変えて細胞培養を行い、肝機能の差を評価した。多孔質膜14、24としては、それぞれ、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、又は混合セルロースから成る3種類の多孔質膜を使用し、いずれもI型コラーゲンでコーティングした上で実験に使用した。
【0044】
本実験例では、CYP(シトクロムP450)によるテストステロンの水酸化能を調べることにより、培養1日目における肝機能を評価した。具体的には、まず、第1培養室に肝実質細胞を3×10
3個程度播種し、第2培養室には類洞内皮細胞を3×10
3個程度播種した。そして、第1培養室にテストステロンを0.25mMの濃度で含む培地を流し、第2培養室にテストステロンを含まない培地を流して培養を行い、第1培養室から排出された培地(廃液)に含まれる水酸化テストステロンの濃度をHPLCによって測定した。なお、前記の各培地はそれぞれ40μL/hrの流速で各培養室に連続送液した。
【0045】
その結果、
図5に示すように、多孔質膜14、24としてポリカーボネートから成る多孔質膜を用いた場合に最も高いテストステロン水酸化能が得られることが分かった。
【0046】
更に、上記3種類の多孔質膜を用いた場合における水酸化パターン(即ち、前記廃液中における各種水酸化テストステロンの存在比)を肝ミクロソームによる水酸化パターンと比較した。なお、肝ミクロソームによる水酸化パターンは、肝ミクロソーム画分に第1培養室に導入したものと同じ培地を添加し、24時間インキュベートした後、上清を回収してHPLCで各種水酸化物の含有量を測定することによって求めた。
【0047】
上記水酸化パターンの比較結果を
図6に示す。なお、図中の16β−OHT、2α−OHT、16α−OHT、6β−OHT、7α−OHTは、それぞれ16β、2α、16α、6β、7α位が水酸化されたテストステロンを意味している。同図から明らかなように、ポリカーボネートから成る多孔質膜を用いた場合に、最も肝ミクロソームに近い水酸化パターンが得られることが分かった。
【0048】
[実験例2]
別途行った予備実験により、類洞内皮細胞を培養するための足場材としてはI型コラーゲンが適していることが分かったため、肝実質細胞側の足場材のみを変えて細胞培養を行い、その際の肝機能を評価した。
【0049】
本実施例で使用した細胞培養デバイスは、多孔質膜14、24としてポリカーボネート多孔質膜を使用し、肝実質細胞側(即ち第1培養室11a側)の多孔質膜14にコーティングする足場材を変えた点以外は、実施例1と同様である。前記肝実質細胞側のコーティングとしては、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、PVLA、及びE−cad−Fcの6種類を使用した。
【0050】
実験例1と同様に、第1培養室側に肝実質細胞を、第2培養室側に類洞内皮細胞をそれぞれ3×10
3個程度播種して細胞培養を行い、培養1日目におけるテストステロン水酸化能、並びに培養1日目、4日目、及び7日目における尿素合成能(アンモニアを分解して尿素を合成する能力)を評価した。
【0051】
テストステロン水酸化能は、上記実験例1と同様に、第1培養室にテストステロンを含む培地を、第2培養室にテストステロンを含まない培地を流して培養を行い、第1培養室から排出された培地に含まれる水酸化テストステロンの濃度をHPLCで測定することにより評価した。尿素合成能は、第1培養室にNH
4Clを2.0mMの濃度で含む培地を、第2培養室にはNH
4Clを含まない培地を流し、培養1日目、4日目、及び7日目において第1培養室から排出された培地中の尿素濃度をHPLCで測定することによって評価した。なお、いずれの場合も各培地は40μL/hrの流速で各培養室に連続送液した。
【0052】
以上によるテストステロン水酸化能の評価結果を
図7に、尿素合成能の評価結果を
図8に示す。
図7に示すように、肝実質細胞側の多孔質膜をPVLAでコーティングした場合とE−cad−Fcでコーティングした場合において、I型コラーゲンでコーティングした場合(即ち、類洞内皮細胞側と同一のコーティングを施した場合)よりも高いテストステロン水酸化能が得られた。
【0053】
また、
図8に示すように、肝実質細胞側の多孔質膜をI型コラーゲンでコーティングした場合よりも、該多孔質膜をIV型コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、PVLA、又はE−cad−Fcでコーティングした場合に、より長期間に亘って尿素合成能が維持される(即ち培養7日目の尿素合成能が高くなる)ことが確認された。
【0054】
このように、テストステロン水酸化能及び尿素合成能の両方について、コーティングの種類により異なった結果が得られた。このことは、各培養室において細胞の種類に応じた適当な足場材をコーティングすることの有効性を示している。
【符号の説明】
【0055】
10…細胞培養デバイス
11、21…基板
11a…第1培養室
21a…第2培養室
11d、21d…液導入口
11e、21e…液排出口
12、22…シール層
13、23…限定層
13a、23a…貫通孔
14、24…多孔質膜
31、41…培地貯留部
32、42…培地供給管
33、43…培地排出管
34、44…廃液収容部
35、45…送液ポンプ
50…制御部