【実施例】
【0024】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
〔実施例1:サッカロミセス セレビシエBA11株の作製〕
バイオアカデミア株式会社保存株のうちアルコール耐性、高温耐性、凝集沈降性に優れたサッカロミセス セレビシエBA6株に対して、公知の突然変異誘導法(大嶋泰治編、酵母の分子遺伝学実験法、学会出版センター、1996年)に従い、EMS(エチルメタンスルフォネート)処理を加え、菌体を0.1M燐酸緩衝液(pH7.0)で洗浄後、高耐塩性、耐熱性を有する株を選択する目的で1.2M KClを含むYPD培地(酵母エキス10g、ポリペプトン20g、グルコース20g、水1000mL)中、42℃の培養温度で液体培地および寒天培地でスクリーニングした。最終的にグルコース20%と1.2M KClを含むYPD培地で培養し、エタノール発酵性(発酵速度および残糖)、凝集沈降性(沈降速度の目視)を指標にしてBA11株を選択した。沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で希釈して糖分を約15%(w/w)含有するように調整した培養液中でBA6株およびBA11株を40℃で培養したところ、エタノール発酵性および凝集沈降性においてBA11株がBA6株より優れていることを確認した。サッカロミセス セレビシエBA11株は受託番号NITE BP−793として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292−0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に国際寄託済みである(受託日:2009年8月11日)。
【0026】
〔実施例2:サッカロミセス セレビシエBA16株の作製〕
バイオアカデミア株式会社保存株のうち凝集沈降性とアルコール耐性において優れたサッカロミセス セレビシエBA5株と上記BA11株を細胞融合し、BA11株の特徴を維持しつつ凝集沈降性およびエタノール発酵能が向上した酵母株の作出を試みた。細胞融合は両菌株に別々の遺伝的マーカーをつけて、ポリエチレングリコールによって融合させ、遺伝的マーカーを相補する融合株を選択する公知の方法(大嶋泰治編、酵母の分子遺伝学実験法、学会出版センター、1996年)に従って行った。融合株を1.2M KClを含むYPD培地で42℃にて培養し、続いて同じ組成のYPD平板培地でコロニーを形成させ、生育の良いコロニーを選択した。選択したコロニーを、沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で希釈して糖分を約15%(w/w)含有するように調整した培養液を用いて40℃で培養し、最もエタノール発酵性に優れたBA16株を選択した。BA16株は、BA11株の特徴を維持するとともに、高温でのエタノール生産能力と凝集沈降性においてBA11株より優れていることを確認した。サッカロミセス セレビシエBA16株は受託番号NITE BP−794として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292−0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に国際寄託済みである(受託日:2009年8月11日)。
【0027】
〔実施例3:耐塩性の検討〕
KClを含まないYPD寒天培地および2.0MのKClを含むYPD寒天培地に、BA11株、BA16株、BA6株およびS288C株(出芽酵母遺伝学研究用の標準株)の4種類の酵母をそれぞれ接種し、35℃で24時間培養した。
2.0MのKClを含むYPD寒天培地の結果を
図1に、KClを含まないYPD寒天培地の結果を
図2に示した。
図1および
図2から明らかなように、KClを含まないYPD寒天培地ではすべての菌株が生育できたが、2.0MのKClを含むYPD寒天培地では、BA6株およびS288C株は生育できなった。この結果は、BA11株およびBA16株が非常に優れた耐塩性を有していることを示すものである。
【0028】
〔実施例4:BA11株の40℃における発酵性能の検討〕
沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で約3倍に希釈して糖分15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)を含有するように調整し、この廃糖蜜希釈液を原料として、BA11株の発酵性能を検討した(培養方法の詳細は実施例6を参照)。結果を表1に示した。
【表1】
表1から明らかなように、BA11株は、糖分15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)を含有する廃糖蜜希釈液を原料として、培養温度40℃で7%(v/v)を超えるエタノールを生産した。この結果は、BA11株が耐熱性および高温におけるエタノール生産性に優れていることを示すものである。
【0029】
〔実施例5:凝集沈降性の検討(1)〕
BA11株を、グルコース5%含有YPD培地100mLを入れた200mLの三角フラスコ中で、恒温振とう培養機を用いて35℃、回転数150rpmの条件下で12時間攪拌培養した。攪拌を停止して100mLビーカーに移し1分後の状態を
図3に示した。
図3から明らかなように、BA11株は攪拌停止から1分以内に凝集沈降して液層の濁りがなくなった。
【0030】
〔実施例6:凝集沈降性の検討(2)〕
BA11株、BA16株およびS288C株(出芽酵母遺伝学研究用の標準株)を、グルコース5%含有YPD培地を入れた三角フラスコ中で、恒温振とう培養機を用いて35℃、回転数150rpmの条件下で12時間攪拌培養した。各酵母の培養液を十分混和して同時にメスシリンダーに移して静置した。静置直後(スタート)および1分経過後に写真を撮影し、沈降性を比較した。
結果を
図4に示した。
図4から明らかなように、S288C株は全く沈降性が認められなかった。1分間の静置により、BA11株およびBA16株とも液層の濁りが目視で認められなくなり、液層と菌体層に分離した。BA16株の方がBA11株より優れた沈降性を示した。
【0031】
〔実施例7:BA11株と従来株Aの発酵性能の比較〕
沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で約3倍に希釈して糖分約15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)を含有するように調整した廃糖蜜希釈液を原料とした。従来株Aは33℃で培養し、BA11株は38℃で培養してエタノール生産性と糖の減少を測定した。具体的には、BA11株は以下の方法で培養を行った。
(1)前培養;−80℃の冷凍庫に15%グリセロール中で保存されていたBA11株を、500mlバッフル付三角フラスコに100mlの5%グルコースを含むYPD培地に2白金耳分を植菌し38℃、170rpmで24時間振とう培養した。5Lジャーファーメンターに5%グルコース含有YPD培地3Lを入れ、その中に培養液全量を投入し38℃、200rpm撹拌、0.5VVM通気の条件下で24時間培養した。
(2)本培養;100L酒母槽に水で糖分が約10%になるように希釈した廃糖蜜(最終濃度0.8%硫安添加)60Lを入れその中に前培養液3Lを投入し、38℃、20Hz撹拌、0.5VVM通気の条件下で24時間培養した。1000L培養槽に同組成の希釈廃糖蜜600Lを入れ、その中にこの培養菌体液30Lを投入し、38℃、20Hz撹拌、0.5VVM通気の条件下で24時間培養した。
(3)発酵;10,000L発酵槽に、糖分約15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)になるように希釈した廃糖蜜(最終濃度0.8%硫安添加)4275Lを入れ、その中に214Lの上記培養菌体液を投入し、38℃、緩速撹拌(150rpm)、通気循環量15m
3/hr条件下で17時間培養した。発酵終了後撹拌および通気を停止し約2時間清置することによって、菌体を凝集沈降させて固液を分離し、上清のもろみを抜き出した。
(4)繰り返し回分発酵(回分培養);発酵槽中の沈降菌体液720Lに廃糖蜜希釈液(糖分約15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)、最終濃度0.8%硫安添加)4500Lを加え、(3)と同様の条件下で発酵させた。この操作を繰り返した。
【0032】
結果を
図5に示した。BA11株、従来株A(図中、従来酵母)とも、糖を約50%エタノールに変換し、ほぼ理論値の限界のエタノール生成収率を得た。しかし、データを示していないが、従来株Aは34℃では生成収率が減少し38℃では全くエタノールを生産できないので、温度耐性(耐熱性)においてBA11株は従来株Aを大きく凌いでいた。本実施例ではBA11株を用いて38℃で8回の繰り返し回分培養が可能であることが確認できた。この結果はBA11株がエタノール耐性に顕著に優れていることを示している。なお、比較に用いた従来株Aでは33℃において4回の繰り返し回分培養を確認できた。
【0033】
〔実施例8:BA11株の40℃における繰り返し発酵性能〕
沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で約3倍に希釈して糖分約15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)を含有するように調整した廃糖蜜希釈液を原料として、BA11株の40℃における繰り返し発酵性能を検討した(培養方法の詳細は実施例6を参照)。
結果を
図6に示した。この結果から、BA11株を用いて40℃で4回の繰り返し回分培養が可能であることが確認できた。なお、各バッチの生産性は1バッチ目が2.33g/h・L、2バッチ目が2.35g/h・L、3バッチ目が2.11g/h・L、4バッチ目が1.67g/h・Lであった。
【0034】
〔実施例9:BA11株およびBA16株の発酵性能〕
沖縄産廃糖蜜(サトウキビから3回砂糖を回収した廃糖蜜)を水で約3倍に希釈して糖分約15%(w/w)、灰分5〜6%(w/w)を含有するように調整した廃糖蜜希釈液を原料として、BA11株およびBA16株の発酵性能を検討した(培養方法の詳細は実施例6を参照)。1回目は30℃で21時間培養し、攪拌を止めて6時間静置して凝集沈降させた。上清を回収して新たに原料を添加し、2回目は38℃で16時間培養し、攪拌を止めて7時間静置した。
結果を
図7に示した。BA11株は1コロニー(菱形)BA16株は3コロニー(丸、三角、四角)を使用した。
図7から明らかなように、BA16株は、BA11株と同等以上の発酵性能を有しており、特に高温(38℃)での発酵性能はBA11株より優れていることが確認できた。
【0035】
〔実施例10:耐熱性の検討(1)〕
約3倍希釈した廃糖蜜を含むYPD寒天培地にBA11株を接種し、種々の温度で24時間培養して耐熱性を検討した。対照として清酒酵母K7株(日本醸造協会)を使用した。結果を
図8に示した。
図8から明らかなように、BA11株は43℃でも生育可能であった。
【0036】
〔実施例11:耐熱性の検討(2)〕
YPD寒天培地にBA11株およびBA16株を接種し、38℃または43℃で12時間培養して耐熱性を検討した。対照としてS288C株(出芽酵母遺伝学研究用の標準株)を使用した。結果を
図9に示した。
図9から明らかのようにBA11株およびBA16株は43℃でも生育可能であった。
【0037】
〔実施例12:BA11株およびBA16株の倍数性の解析〕
比較株として、1倍体株SC288C(J. Biol. Chem. 246, 7817-7819. 1971)、2倍体株K14(清酒酵母協会14号、日本醸造協会)、4倍体株SC1333(別名NCYC1333、英国National Collection of Yeast Culture保存株)を用い、BA11株およびBA16株の倍数性を解析した。具体的には、YPD培地で30℃、16時間培養した対数増殖期の細胞をOD660が約0.1になるように希釈し、蛍光色素ヨウ化プロビジウム(PI)で染色した後、フローサイトメトリー法で1細胞あたりのDNA含量と、対応する細胞数を解析した。
結果を
図10に示した。
図10において各チャートの横軸はDNA含量を表し、縦軸は細胞数を表す。
図10から明らかなように、BA11株およびBA16株のDNA含量の分布は、比較菌株のK14(2倍体)と同様であった。したがって、BA11株およびBA16株は、いずれも2倍体であることが確認された。
【0038】
〔実施例13:BA11株およびBA16株のrDNA領域の塩基配列解析〕
核のリボゾームRNAをコードする領域(rDNA)は、酵母では細胞あたり約150コピーの繰り返し配列を持ち、転写後スプライスで除かれるITS1、ITS2(Internal Transcribed Spacer 1, 2、
図11(A)参照)領域は進化の速度が速いため、同種の中での固有の菌株で異なる場合が多い。そのためITS領域の塩基配列は菌株の識別に用いることが可能である(Amplification and direct sequencing of fungal ribosomal RNA genes for phylogenetics in “PCR Protocols; A Guide to Methods and Applications”, Academic Press. 1990)。
rDNAのITS1およびITS2領域の塩基配列の決定法、これらの領域の塩基配列の決定およびクローニングに用いたプライマーの配列はKawahataらの文献(Kawahata M. et al. Biosci. Biotechnol. Biochem. 71,1616-1620, 2007)に従った。出芽酵母遺伝学研究用の標準株であるS288C株(1倍体)を対照とした。BA11株、BA16株およびS288C株からそれぞれDNAを抽出し、PCR法でITS1およびITS2領域のDNAを増幅した。得られたDNA断片をプラズミドにクローニングして塩基配列を解析した。
【0039】
結果を
図11(B)に示した。ITS1の領域Aにおいて、対照株(S288C株)は28番目からTが7個続くが、BA11株およびBA16株ではTが7個続く配列とTが9個続く配列の2種類の配列が同定された。ITS1の領域Bでは、BA11株において242番目のTがCに置換された配列が10クローン中1クローンだけに見出されたが、PCRにより生じたエラーの可能性がある。ITS1の領域Cの301番目が対照株ではCであるのに対しBA11株およびBA16株ではTであった。ITS2の領域Dでは対照株とBA16株ではTが8個続く配列を有したが、BA11株ではTが8個続く配列と9個続く配列の2種類の配列が同定された。領域Eにおいて、対照株は163番目からTが7個続く配列を有したが、BA11株およびBA16株ではTが6個続く配列であった。
BA11株およびBA16株がヘテロな配列の領域を持つことは両株が細胞融合法で作成されたヘテロ2倍体であることと合致している。BA11株およびBA16株がITS領域において少なくとも4箇所の配列が対照株と異なること、並びに上記Kawahataらの文献で解析されたSaccharomyces cerevisiae 29株のいずれとも異なるユニークな配列を有していることが判明したので、ITS領域の塩基配列はBA11株およびBA16株の識別に極めて有効であると考えられる。
【0040】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。