特許第5703463号(P5703463)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5703463亜鉛官能基を付与したチタン系生体埋入材料の製造方法、およびチタン系生体埋入材料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5703463
(24)【登録日】2015年3月6日
(45)【発行日】2015年4月22日
(54)【発明の名称】亜鉛官能基を付与したチタン系生体埋入材料の製造方法、およびチタン系生体埋入材料
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/00 20060101AFI20150402BHJP
   A61C 8/00 20060101ALI20150402BHJP
【FI】
   A61L27/00 M
   A61L27/00 L
   A61C8/00 Z
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-519907(P2011-519907)
(86)(22)【出願日】2010年6月22日
(86)【国際出願番号】JP2010060571
(87)【国際公開番号】WO2010150788
(87)【国際公開日】20101229
【審査請求日】2013年6月17日
(31)【優先権主張番号】特願2009-151091(P2009-151091)
(32)【優先日】2009年6月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】山本 修
(72)【発明者】
【氏名】福田 雅幸
【審査官】 石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−070566(JP,A)
【文献】 特開平04−054966(JP,A)
【文献】 Petrini P et al,Antibacterial activity of zinc modified titanium oxide surface.,The International journal of artificial organs,2006年,Vol. 29, No. 4,pp. 434-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00−33/00
A61C 8/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはその合金からなる基材を、水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液に浸漬する浸漬工程、を備えた亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項2】
前記アルカリ溶液のOH濃度が、5.0M以上8.0M以下である、請求1に記載の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項3】
前記浸漬工程が、40℃以上80℃以下のアルカリ溶液を用いて行う、請求1または2に記載の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項4】
前記浸漬工程におけるアルカリ溶液への浸漬時間が、60分以上72時間以下である、請求1〜3のいずれかに記載の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項5】
前記亜鉛官能基が、二価の亜鉛原子およびヒドロキシル基からなる官能基である、請求1〜4のいずれかに記載の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項6】
前記水酸化亜鉛錯体が、[Zn(OH)2−である、請求1〜5のいずれかに記載の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法。
【請求項7】
チタンまたはその合金からなる基材の表面にチタン酸化物層を備え、該チタン酸化物層上に二価の亜鉛原子およびヒドロキシル基からなる亜鉛官能基が付与されている、チタン系生体埋入材料。
【請求項8】
前記亜鉛官能基が[Zn(OH)2−に由来するものである、請求7に記載のチタン系生体埋入材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛官能基を付与したチタン系生体埋入材料に関し、詳細には、整形外科、歯科においてインプラント材料として使用することができる亜鉛官能基を付与したチタン系生体埋入材料の製造方法、およびチタン系生体埋入材料に関する。
【背景技術】
【0002】
高年齢化社会の到来や食生活の変化により、入れ歯やブリッジに代わる治療法としてインプラント治療が、近年広く普及しつつある。該インプラント治療においては、人工歯根を顎の骨に埋め込む治療を行うが、該人工歯根となる生体埋入材料(インプラント材料)として、口腔内において永久的に使用できるバイオセラミックスの開発が精力的に行われている。
【0003】
整形外科・歯科における生体埋入材料は、生体内で毒性を示すことなく、骨と強固に直接結合することが求められている。そのため、毒性が最小限で、周囲組織に適合するように物性値を合わせ、長期間生体内で機能させるアルミナやカーボンといった第一世代材料、生体内に埋入した材料が周囲線維性結合組織を介することなく直接結合するアパタイトやβ−リン酸カルシウムといった第二世代材料、イオン交換による骨形成の足場となる核を形成する第三世代材料が開発されてきた。そして、近年では、体内に埋入された材料からイオン・分子レベルで骨細胞の増殖、分化、組織化に働きかける機能をもたせた第四世代材料が開発されている。
【0004】
第三世代材料は、骨形成に必要な微量のカルシウムイオン、亜鉛イオンやケイ素イオンなどを溶出するように設計されたバイオガラスや、β−リン酸カルシウムなどが中心となっている。また、従来から使用されているインプラント用チタン金属及び合金をアルカリ加熱処理することによりその表面に水酸基を化学修飾させたり、ハイドロキシアパタイトをコートしたり、あるいは、生体内カルシウムイオンとのイオン交換層(チタン酸ナトリウム層)を形成することが研究されており、良好な骨形成、および、材料−骨間の良好な接着性が認められている(特許文献1〜4及び非特許文献1〜4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−179717号公報
【特許文献2】特開平10−179718号公報
【特許文献3】特開2000−116673号公報
【特許文献4】特開2002−102330号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nishiguchi S.ら他6名、2001年発行、Biomaterials, vol.22, pp.2525-2533
【非特許文献2】K. Ozekiら他4名、2001年発行、Bio-medical Materials and Engineering、vol.11、pp.63-68
【非特許文献3】Maxian SHら他2名、1993年発行、Journal of Biomedical Materials Research、vol.27、pp.717-728
【非特許文献4】Hayashi Kら他4名、1994年発行、Biomaterials、vol.15、pp.1187-1191
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
第四世代材料は、バイオガラスが中心に研究されている。チタンは、金属としては軽量であり、アレルギー反応が極めて軽微な材料であり、金属であるのでバイオガラスに比べ、強度・靭性が非常に高い。しかし、チタン系インプラント材料(チタン及びチタン合金(Ti−6Al−4V)等)に第四世代の機能を持たせることは、これまで困難であるとされていた。
【0008】
そこで、本発明は、チタン系基材に第四世代の機能を持たせた、チタン系生体埋入材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの研究によると、実用的な第四世代の生体埋入材料を開発するには、以下の点が重要になる。
(1)力学的強度及び低い生体毒性を考慮すると、母材はチタン金属及びその合金とすることが好ましい。
(2)核形成するための官能基を導入する必要がある。
(3)骨細胞の増殖・分化を働きかける微量な金属イオンを溶出できる必要がある。
【0010】
本発明者らは、これらの点を踏まえて、実用的な第四世代の生体埋入材料の開発を行い、以下の発明を完成させた。以下の発明により得られる生体埋入材料は、第四世代の機能(材料からイオン・分子レベルで骨細胞の増殖、分化、組織化を働きかける機能)を備えたものである。
【0011】
第1の本発明は、チタンまたはその合金からなる基材を、水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液に浸漬する浸漬工程、を備えた亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の製造方法である。
【0012】
第1の本発明において、アルカリ溶液のOH濃度は、5.0M以上8.0M以下であることが好ましい。
【0013】
第1の本発明において、浸漬工程は、40℃以上80℃以下のアルカリ溶液を用いて行うことが好ましい。
【0014】
第1の本発明において、浸漬工程におけるアルカリ溶液への浸漬時間は、60分以上72時間以下であることが好ましい。
【0015】
第1の本発明において、亜鉛官能基は、二価の亜鉛原子およびヒドロキシル基からなる官能基であることが好ましい。
【0016】
第1の本発明において、水酸化亜鉛錯体は、[Zn(OH)2−であることが好ましい。
【0017】
第2の本発明は、チタンまたはその合金からなる基材、および、該基材の表面に付与された亜鉛官能基を備えてなる、チタン系生体埋入材料である。
【0018】
第2の本発明において、チタンまたはその合金からなる基材の表面にチタン酸化物層を備え、該チタン酸化物層上に亜鉛官能基が付与されていることが好ましい。
【0019】
第2の本発明において、亜鉛官能基は二価の亜鉛原子およびヒドロキシル基からなる官能基であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、骨との接着性が高い、第四世代のチタン系生体埋入材料を製造することができる。また、基材としてチタンまたはその合金を用いているので、強度が大きく、生体に対し毒性が低い。また、本発明のチタン系生体埋入材料は、整形外科または歯科用のインプラント材料として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明のチタン系生体埋入材料の表面構造を示す、模式図である。
図2】(a)は実施例1のサンプルのFESEMによる表面状態の写真であり、(b)は実施例1のサンプル表面のEDXによる分析結果である。
図3】実施例1〜2、比較例1〜2のサンプルの表面粗さを示したグラフである。
図4】実施例1および比較例1のサンプルのTF−XRDである。
図5】実施例1のサンプルのXPSである。
図6】(a)は実施例1のサンプルの、Tiについての高分解能ナロースキャンスペクトルであり、(b)はOについての同様のスペクトルである。
図7】実施例1のサンプルの、Znについての高分解能ナロースキャンスペクトルである。
図8】実施例1のサンプルのESCA深さ方向プロファイルである。
図9】うさぎの大腿骨に、実施例のインプラントを挿入した状態を示す写真である。
図10】実施例3〜4、比較例3〜4のインプラント−骨間せん断力を示すグラフである。
図11】(a)は生物機械的試験後の実施例3のインプラント表面のSEM写真であり、(b)は実施例4の同写真である。
図12】実施例1のサンプルの亜鉛イオン溶出濃度を示すグラフである。
【符号の説明】
【0022】
10 基材
20 チタン酸化物層
【発明を実施するための形態】
【0023】
(チタンまたはその合金からなる基材)
本発明における基材は、純粋チタンからなる基材のほかに、チタン合金からなる基材であってもよい。チタン合金としては、Ca、V、Na、Mg、P、Nb、Al、Pt、Ta等とチタンとの合金を挙げることができる。具体的には、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−4VELI、Ti−22V−4Al(例えば、大同特殊鋼社製の「DAT51」。)等が挙げられる。チタンおよびチタン合金は、金属としての強度、靭性を備えているとともに、金属としては軽量であり、生体に対してアレルギー反応が極めて少ない材料である。このため、本発明の生体埋入材料を形成するものとして好ましい。
【0024】
また、基材の表面は、粗面化されていてもよい。従来、粗面化されたインプラントが、表面研磨により均一表面とされたインプラントに比べて、強い骨結合を示すことが報告されている。基材表面を粗面化する方法としては、サンドブラスト、シリカサンドホイール、ダイヤモンドアブレーションを用いた機械的研磨処理等が挙げられる。
【0025】
(水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液)
本発明のチタン系生体埋入材料は、上記したチタンまたはその合金からなる基材を、加熱した水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液に浸漬し、基材表面を処理するという、ワンステップにより形成することができる。従来の第三世代のチタン系生体埋入材料においては、チタン基材をアルカリ加熱処理した後、高温熱処理をする必要があった。本願のチタン系生体埋入材料は、アルカリ処理後の熱処理が不要である点において、より簡易、効率的な方法で形成することができる。
【0026】
本願において用いる水酸化亜鉛錯体とは、[Zn(OH)2−で表される錯体が例示きるが、少量の副生成物として、他の錯体、例えば、アクア水酸化亜鉛錯体(Zn(HO)(OH))等を含むものであってもよい。
この水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液は、例えば、蒸留水中に、Zn(NO6HOおよびNaOHを溶解させることにより製造することができる。このとき、Zn(OH)が沈殿して、溶液が白濁する場合があるが、この場合は、さらにNaOHを追加することにより、Zn(OH)が溶解して、均一で透明な水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液が得られる。
【0027】
本発明では、上記の水酸化亜鉛錯体を含むアルカリ溶液に、チタンまたはその合金からなる基材を浸漬することにより、基材の表面処理を行う。基材を浸漬するアルカリ溶液のOH濃度は、下限が好ましくは5.0M以上、より好ましくは5.5M以上であり、上限が好ましくは8.0M以下、より好ましくは7M以下、さらに好ましくは6.5M以下である。OH濃度が低すぎると、Zn(OH)が沈殿する虞がある。また、Zn2+濃度は、0.2M以上1M以下が好ましく、0.3M以上0.7M以下がより好ましい。
また、アルカリ溶液の温度は、好ましくは40℃以上80℃以下、より好ましくは50℃以上70℃以下である。アルカリ溶液による処理時間は、下限が好ましくは60分以上、より好ましくは5時間以上、さらに好ましくは12時間以上であり、上限は好ましくは72時間以下、より好ましくは36時間以下である。なお、従来の第三世代のアルカリ加熱処理では、3日間程度の処理時間を要していた。
【0028】
上記のアルカリ溶液による処理の後、洗浄および乾燥等の後処理を行うことが好ましい。例えば、蒸留水により洗浄した後、電気炉等の中で乾燥することにより、本発明の亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料が得られる。
【0029】
(亜鉛官能基を有するチタン系生体埋入材料の構造)
上記した方法により製造される本発明のチタン系生体埋入材料は、基材の表面に亜鉛官能基を備えている。亜鉛官能基とは、二価の亜鉛原子とヒドロキシル基を備えた官能基であり、具体的には、「−Zn−OH」を挙げることができる。
【0030】
本発明のチタン系生体埋入材料は、基材表面に亜鉛官能基を備え、上記した方法により製造されるものであれば、特に限定されない。本発明のチタン系生体埋入材料の表面構造を模式的に示すと、例えば、図1に示すような表面構造である。図1においては、基材10の上に、チタン酸化物層20を備え、該チタン酸化物層の表面に亜鉛官能基が付与されている。
【0031】
第四世代材料とは、骨形成を促進させる生化学シグナルを与える物質を、意図的に材料の表面に存在させることにより、イオン・分子レベルで骨細胞の増殖、分化、組織化に働きかける機能をもたせた材料である。かかる生化学シグナルを与える物質として、亜鉛が知られており、本発明のチタン系生体埋入材料においては、該亜鉛を基材表面に存在させることにより、第四世代材料の機能を付与している。なお、骨形成を効果的に促進させるためには、亜鉛は基材表面からゆっくりと放出される必要がある。なぜなら、高濃度の亜鉛は、骨の形成を阻害するという逆の結果をもたらす虞があるからである。
【実施例】
【0032】
<円盤サンプルによる評価>
(実施例1)
基材として、チタン製円盤(直径10mm、0.5mm厚、cp−Ti>99.9%、ニラコ社製)を用いた。該円盤を、まず、エタノールと水により超音波洗浄し、70℃、10分間乾燥させた。[Zn(OH)2−複合体を含むアルカリ溶液は、14.85gのZn(NO6HO(99%、ナカライテスク社製)および24.00gのNaOH(96%、ナカライテスク社製)を蒸留水中で撹拌して溶解させ、100mlの溶液(Zn2+=0.5M、OH=6.0M)として得た。該工程の最初の段階において、Zn(OH)が沈殿して、溶液が白濁した。しかし、4.0gのNaOHを、さらに添加することで、Zn(OH)が溶解して(「Zn(OH)+2OH→[Zn(OH)2−」という反応が起こっていると考えられる。)、[Zn(OH)2−イオンを含む、均一で、透明なアルカリ溶液が得られた。
【0033】
テフロン(登録商標)ビーカーに300mlの上記アルカリ溶液を入れ、これに上記円盤を投入し、撹拌下、60℃、24時間浸漬した。この浸漬処理は、チタン製円盤の表面にアパタイト形成能力、および、亜鉛イオン放出能力を付与するために行うものである。
浸漬後、円盤を、蒸留水により1分洗浄し、電気炉にて乾燥(70℃、30分)し、実施例1のサンプルを得た。
【0034】
(実施例2)
基材として、上記チタン製円盤に機械的研磨処理を施して、表面粗さを増加させたものを用いた。該表面研磨チタン製円盤を用いた以外は、上記実施例1の場合と同様の処理をして、実施例2のサンプルを得た。機械的研磨処理は、電気微細研磨機(Urawa Manufacturing社製)を用いて行った。機械的研磨は、室温にて、冷媒を使用せずに、チタン製円盤を16rpmで回転させながら樹脂結合シリカサンドホイール(8000rpm)で磨耗することにより行った。研磨処理後、チタン製円盤を、超音波洗浄器においてアセトンおよび蒸留水により洗浄した。
【0035】
(比較例1、2)
実施例1におけるチタン製円盤を、洗浄後、アルカリ処理をしないで、比較例1のサンプルとした。また、実施例2の機械的研磨処理をしたチタン製円盤を、洗浄後、アルカリ処理をしないで比較例2のサンプルとした。
【0036】
上記サンプルは大きく以下のように分類される。それぞれのサンプルは、5つずつ用意され、以下の評価は該5つの平均値により求めた。
(実施例1)均一表面、アルカリ処理あり
(実施例2)粗化表面、アルカリ処理あり
(比較例1)均一表面、アルカリ処理なし
(比較例2)粗化表面、アルカリ処理なし
【0037】
(サンプル表面の評価)
図2(a)は、実施例1のサンプルの表面状態を示している。該表面状態の観察は、FESEM(20kV、日立ハイテクノロジーズ社製、S−4500)により行った。図2(a)によると、実施例1のサンプルの表面は、網状微細孔構造であることが分かる。
図2(b)は、実施例1のサンプル表面のEDXによる分析結果である。該EDX分析は、EDX(HORIBA社製、EMAX−7000)付属FESEMにより行った。これによると、サンプル表面には、約2原子%の亜鉛が存在していることが分かった。
【0038】
図3に実施例1〜2および比較例1〜2で得られたサンプルの表面粗さを示した。表面粗さは、外形計測器(東京精密社製、SURFCOM 3000A)を用いて測定した。
測定した表面特性はデジタル化し、サンプル長さ2mm内における、センターライン平均(Ra)、ピークtoヴァレイ高さ(Rz)をプログラムにより表面パラメーターとして決定した。該表面粗さ測定は、3つの異なる箇所で行い、これらの平均値により求めた。
図3より、比較例1および実施例1を比較すると、Raがアルカリ処理により増加していることが分かる。これは、実施例1のアルカリ処理により、サンプル表面に網状微細孔構造が形成されたためであると考えられる。また、実施例1と実施例2を比べると、実施例1の網状微細孔構造に比較して、実施例2の機械的研磨による表面構造が、はるかに大きな表面粗さを備えていることが分かる。
【0039】
サンプルの表面処理の効果を、TF−XRD(RINT2000、リガク社製)により評価した。試料へのX線入射角度は2°に固定した。最表層の組成を、XPS(ESCA5600、Perkin−Elmer社製)により分析した。単色AlKα線(1486.6eV)をX線として用いた。収集条件は、13kV、400W光源、93eV pass energyとした。光電子取り出し角は45°とした。高解像度解析は、直径15nmのX線を用いて、Ti、Zn、およびOに対して行った。XPS深さプロファイル測定は、Arイオンでエッチング(エッチング速度:100nm/分)してから行った。Arイオンエッチングは、XPSのUHVチャンバーに取り付けられた高速エッチングイオンガンにより行われた(4KeV)。Arイオンの照射角度は、90°。XPSスペクトルは、Arイオン照射した後に測定した。参照物質として、蒸気殺菌されたTiサンプルを、同様のXPSおよびTF−XRD試験に付した。
【0040】
図4に、実施例1および比較例1のサンプルのTF−XRDを示す。(a)が、比較例1のTF−XRDであり、(b)が実施例1のTF−XRDである。両プロファイルにおいて、主ピークとして、αTiの、35.1°、38.4°、40.2°、53.0°、70.7°(2θ、JCPDSカード:44−1294)が観測された。実施例1のアルカリ処理したサンプルにおいては、アナターゼTiO(101)および(200)が観測された(図4(b)において、アナターゼTiOを「A」、ルチルTiOを「R」として示している。)。これに対して、比較例1のサンプルにおいては、チタン表面にアモルファスオキサイド、あるいは、チタンのオキシハイドロキシドが存在している可能性があった。また、実施例1のサンプル表面においては、チタン酸ナトリウム層が見られなかった。さらに、以下のEDX分析およびXPS分析において示すように、表層において、Na成分は、いずれの分析においても検出されなかった。
【0041】
比較例1のXPSによると、未処理Tiの表面には不純物として、C、Ca、Mg、表面酸化由来のTi、Oが観測された。これによると、比較例1の表面酸化物は、主にTiOであることが分かる。これに対し、実施例1のサンプルにおいては、Ti、ZnおよびOが観測された(図5)。少量のC、CaおよびMgが観測されたが、これらは不純物であると考えられる。また、先にも述べたが、実施例1の表面においてNaは観測されなかった。
【0042】
図6および図7に、実施例1のサンプルの、Ti(図6(a))、O(図6(b))およびZn(図7)についての、高分解能ナロースキャンスペクトル(50eV pass energy)を示した。図6(a)および(b)、ならびに、図7では、深さ方向における、それぞれのピークの変化が示されている。図6(a)では、Ti2pのスペクトルを示している。該スペクトルは、主に、459eV(酸化チタンTi2p3/2)および464.8eV(酸化チタンTi2p1/2)の二つのピークで構成されている。この二つの主ピークは、例えば、TiOの四価のチタンに帰属されるものである。該四価のチタン(Ti4+)の強度は、アルゴンイオンエッチング時間の増加に従って、減少した。400nmにおいては、低酸化状態のチタンに相当するダブレットが観測された。具体的には、455eV付近に金属チタン(Ti2p3/2)に相当する肩が見られ、また、460eV付近に金属チタン(Ti2p1/2)に相当する肩が見られた。これより、最表層では四価のチタンが存在し、内部に向かって酸素濃度が低下する傾斜層があり、深部では金属チタンのみが存在していることが分かった。
【0043】
図6(b)では、O1sのスペクトルを示している。該スペクトルでは、531.00eVにピークを示している。このO1sのピークは、530.4〜535.7eVにおいて左右非対称の広がりを示しており、これより、サンプル表面には二種類の酸素が存在していることが分かる。また、該O1sのピークは、深さ方向において、深くなるに従って強度が減少している。左右非対称のO1sピークは、OHに相当する532.4eVのピークと、ZnOに相当する531eV付近のピークに起因すると考えられる。なお、一般的に、530.2eVにおけるO1sピークの結合エネルギーが、ウルツ構造の六方晶系のZn2+に相当する。今回のケースで結合エネルギーがより高い値となったことは、酸素の結合が化学量論的なZn−O結合よりも強く、これにより、Zn−O分子間距離が化学量論的なZn−O分子間距離よりも短くなったことを示している。これと同様の解釈は、NISTのXPS O1s結合エネルギーデータベースにも見られる。これより、最表層において、OH、ZnOという二種類の酸素が存在していることが予想される。
【0044】
図7では、Zn2p3/2の鋭いXPSピークが、1022.4eVに見られ、左右対称であることから、二価のZn2+のみが表面に存在していることが分かる。図5の差込図において、Zn2pピークの帰属が示されている。これによると、Zn2p1/2が1045.2eVであり、Zn2p3/2が1022.4eVである。これより、極最表層において、二価のZnが存在していることが分かる。
【0045】
実施例1のサンプルについて測定したESCA深さ方向プロファイルを図8に示す。酸素のプロファイルを参照すると、表面酸化の割合は、深さが増すに従って減少していることが分かる。また、400nmの深さにおいてもまだ50原子%の酸素が残存していることからすると、酸化層の厚みは、400nm以上であることが分かる。また、図8によると、最外層においてZnは約5原子%存在し、約40nmの深さでは消失している。なお、炭素成分は、約20nmを削るArイオンスパッタクローニング後に消失したため、表面の不純物であると考えられる。
【0046】
上記した実施例1のXPSデータの結果によると、サンプルの表面には、「チタン酸化物−Zn−O−H」が形成されることが示された。図1で示したTi基材表面の模式図は、該実施例1のXPSデータの結果から予測される表面構造を基に、描かれたものである。
【0047】
(Znイオン放出テスト)
実施例1のサンプルを生理食塩水(0.9%NaCl、pH7.4)に浸漬し、恒温振とう槽(37度)にて、それぞれ種々の時間保持した。その後、サンプルを取り除き、得られた生理食塩水を希釈せずに用いて、各サンプルから放出されたZnイオン濃度を、ICP−AES(SPS7700、セイコーインスツル社製)により測定した(202.548nmの輝線を用いた)。亜鉛の検出限界は、0.012ppmである。結果を、図12に示す。その結果、6時間以内では亜鉛の溶出は起こらなかったが、これはICP検出限界以下で亜鉛が溶出しているためと考えられる。それ以上の時間では、亜鉛イオンの溶出が確認され、サンプルから最大13.2μg/L溶出した。先に述べたように、亜鉛は、骨形成を促進し、骨の再吸収を阻害する成分であることが知られている。ただし、該効果は、亜鉛濃度が極微量の場合にのみ得られ、亜鉛濃度が高くなると、逆に骨形成が阻害される。図12の結果から、本願のサンプルでは、骨形成を促進することができる微量のZnを放出していることが確認された。
【0048】
<インプラントによる評価>
(インプラントの外科手術による設置)
秋田大学動物調査委員会は、以下の動物実験手順について承認している。以降のすべての動物実験は、厳密に、大学の「アニマル実験ガイドライン」に基づいている。9匹の、成体、オス、やせた、日本白うさぎ、3.5kg〜4.0kgを用いた。これらのうさぎは、サボフラン(丸石製薬社製、14ml/kg)を用いて麻酔した。それぞれのうさぎは、ケタミンハイドロクロライド(30mg/kg、ケタラール 200mg、第一三共社製)とキラジンハイドロクロライド(10mg/kg、セデラック、日本全薬工業社製)の3:1混合(4ml)により筋肉注射で麻酔した。1800mlの局所麻酔(1:80000エピネフリン(キシロカイン Poly Amp 2%(藤沢薬品工業社製))を含む2%のリドカインハイドロクロライド)を、インプラントを設置する部位である大腿骨付近に投与した。
【0049】
上記処理から4週、12週、24週間後、うさぎは、上記と同様に麻酔され、実験終了後に、ペントバービタルムナトリクム(50mg/kg、静脈内投与、ネムブタル(大日本製薬株式会社))をオーバードーズし、死亡させた。インプラントとしては、5つの円柱状インプラントを用いた。それぞれのインプラントは、5mmの長さと2mmの直径を備え、アルカリ処理の有無、表面研磨の有無により以下の4種類に分けられる。なお、アルカリ処理および表面研磨の方法は、上記した実施例1〜2、比較例1〜2の場合と同様である。
(実施例3)アルカリ処理あり、均一表面
(実施例4)アルカリ処理あり、粗化表面
(比較例3)アルカリ処理なし、均一表面
(比較例4)アルカリ処理なし、粗化表面
【0050】
外科手術の前、インプラントを、恒温オーブン中で乾燥熱殺菌した(180℃、2時間)。殺菌状態の外科手術環境下、約6cm切開して、大腿骨の骨幹部中央を露出させた。
大腿部の筋肉および骨膜を切開し、骨幹の長さ方向に対して垂直の方向に、単皮質欠陥(2mm直径)を形成した。挿入するインプラントと同一サイズの低速度歯科用ドリルを用い、骨髄に抜ける穴を大腿骨に形成した。該穴は、生理食塩水を注水しながら、骨の過加熱を防止しつつ形成した。生理食塩水により、形成した穴の冷却と、洗浄をした後、インプラントを、形成した穴に挿入した。図9に、うさぎの大腿骨に、5つのインプラントを挿入した写真を示す。
【0051】
各うさぎは、5つのインプラントが、左右それぞれのひざ近くの大腿骨間接丘に挿入されている。上記処置後、筋組織を、吸収性糸により縫合し、皮膚は、モノナイロン4−0外科糸により縫合した。手術後、うさぎは、手術室において麻酔から醒めた後、それぞれ、ケージに入れ、食物、水を与えた。
【0052】
(生物機械的試験(インプラント−骨間せん断力の測定))
インプラントの設置後、所定の期間の後(4、12、24週後)において、切除した組織を洗浄し、軟組織として、氷中に保存し実験室に運んだ。大腿部組織を、それぞれ一つのインプラントを含む骨組織(約2cm)に、水冷ダイヤモンド鋸を用いて切除した。これを、翌日まで、0.15Mの生理食塩水中にて4℃で保存した。以下のすべての試験は、室温と等温となった骨試験片に対して行うこととし、骨試験片は生理食塩水で保湿した。
【0053】
生物機械的試験は、上記骨組織(約2cm)を金属治具で保持し、コンピューター制御汎用機(Autograph AGS−J、島津製作所社製)を用いて、クロスヘッド速度を0.5mm/分とし、骨からインプラントが分離する時のピーク強度(Fmax)が得られるまで、測定を行った。上記金属治具は試験装置の下顎部に設置し、また、3mm直径の金属ロードアプリケーターは試験装置の上顎部に垂直に固定し、それぞれの試験において、課される負荷が、インプラントの長さ方向軸に平行となるように調整した。
【0054】
すべての強度データは、それぞれのインプラントの断面を用いて、ストレス値に変換した。インプラント−骨間せん断力(MPa)は、以下のように定義される。
σ=Fmax/(πdt) [1]
式[1]において、dは、円柱状インプラントの直径(mm)であり、tは、骨組織の平均厚み(mm)である。せん断力は、それぞれのサンプルの5つの部位において測定し、5つの部位の平均値として得られる。
【0055】
上記せん弾力は、平均値±標準偏差として与えられる値であり、有意水準を5%として一元配置分散分析(ANOVA)を用いて算出し、そして、有意水準を5%としてチューキー検定によりサンプル間で比較されたものである。
【0056】
生物機械的試験の結果を以下に示す。実験に使用した動物(うさぎ)は、外科手術に耐え、実験の最後まで生き延びた。巨視的には、いずれのインプラント周辺においても、炎症、感染、副作用は見られなかった。骨膜の、または、骨膜内の、皮膚硬結(たこ)が、円柱状インプラントの外側面および髄内表面を覆っていた。インプラントを設置してから、たった4週後においてさえ、本発明のインプラントは、しっかりと骨に固着されていた。
【0057】
図10に、実施例3〜4および比較例3〜4のインプラント−骨間せん断力の結果を示した(統計的優位性p<0.05)。本発明のインプラント(実施例3〜4)は、すべての時間(4週後、12週後、および、24週後)において、比較例のインプラントに比べて、インプラント−骨間せん断力が向上していた。
【0058】
結果を詳細に見ると、インプラント設置後4週後における比較例3のインプラントのせん断力は、1MPa以下であった。これに対して、同様に均一表面を有する本願のインプラント(実施例3)では、せん断力が4.23MPa(p=0.009)を示した。さらに、粗化表面を有する本願のインプラント(実施例4)では、6.16MPa(p=0.002)を示した。インプラントの設置時間の増加に伴って、せん断力が増加する傾向が見られた。インプラント設置後24週後において、実施例3のインプラントで、最大のせん断力を示した(9.308MPa、p=0.001)。
【0059】
尚、先行技術文献に記載されている各インプラント−骨間せん断力の試験結果と、本発明の実施例3のインプラント−骨間せん断力の試験結果を比較した表を次の表1に示す。
表1から明らかなように、新生骨の形成がほぼ終了する12週において、チタンの水酸化ナトリウム処理では約3MPa、歯科用インプラントとして実用化されているハイドロキシアパタイト被覆チタンでは約3.5MPa、被覆ハイドロキシアパタイトの表面を粗くした場合でも約6MPaの剪断強度である。
これに対して、本発明の生体埋込材料の場合では約8MPaであり、実用化されたインプラントより高い値を示す。
【0060】
【表1】


































【0061】
(SEM観察)
上記試験後、回収されたインプラントから、周囲の骨組織を完全に除去し、これを生理食塩水で満たされた滅菌プラスチック容器中で保存した。該回収したインプラントおよびインプラントに直接に接触している湿組織を、100%アセトンにより15分間脱水し、180℃で乾燥した。これをカーボンテープでアルミニウム製スタッブ上に固定し、カーボン薄膜で表面保護して、SEM/EDX試験に付した。
【0062】
図11は、生物機械的試験後の実施例3(図11(a))および実施例4(図11(b))のインプラント表面のSEM写真である。いずれも表面に骨残骸が残っているのが見られる。一方、比較例3、4のインプラント表面には、骨残骸は見られなかった。この結果からも、本発明のチタン系生体埋入材料においては、インプラント−骨間結合が向上していることが分かった。
【0063】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うチタン系生体埋入材料および該材料の製造方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のチタン系生体埋入材料は、整形外科または歯科におけるインプラント材料として使用することができる。
図1
図2
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図12