(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
オーステナイト系ステンレス鋼心線に被覆剤が塗装されている二相ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒において、被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で、心線と被覆剤の合計で、
C:0.04%以下、
Si:0.15〜0.85%、
Mn:0.5〜3.0%、
Ni:5〜10%、
Cr:19〜28%、
Mo:0.2〜1.0%、
N:0.05〜0.2%
を含有し、さらに、被覆剤に、
Biと、Bi酸化物のBi換算値との和:0.02〜0.05%、
Ti酸化物のTiO2換算値:10.0〜15.0%、
Si酸化物のSiO2換算値:1.0〜1.5%、
Zr酸化物のZrO2換算値:0.1〜0.2%、
Al酸化物のAl2O3換算値:0.7〜1.2%、
Mg酸化物のMgO換算値:0.1〜0.2%、
金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:4.0〜6.0%、
弗素化合物のF換算値:0.6〜1.0%、
Na化合物のNa2O換算値およびK化合物のK2O換算値の1種又は2種の合計:0.2〜1.5%
を含有し、残部は心線のFe分、被覆剤中鉄合金のFe分および不可避不純物であることを特徴とする二相ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒。
【背景技術】
【0002】
従来、SUS329J3L、SUS329J4Lに代表される二相ステンレス鋼は、優れた耐食性および強度特性を有するステンレス鋼である。この二相ステンレス鋼のグレードとしては、その化学成分組成に含まれるCr、Mo、N、Wを基にして、耐孔食性指数PRE(Cr%+3.3Mo%+16N%)やPREW(Cr%+3.3(Mo%+0.5W%)+1.6N%)を用いて分類されている。用途として、耐食性が要求される化学プラント、化学機器、油井およびガス井等の耐食材料として、また、強度も高いことから、鋼構造部材としても用いられている。
【0003】
近年、耐孔食性指数PREの低い廉価型の二相ステンレス鋼が開発され、ASTMではUNS No.としてS32101やS32304等が実用化されている。適用溶接材料は、これら鋼材の耐孔食性指数に対して同等もしくはそれ以上の指数を有し、健全な溶着金属および溶接作業性が求められている。
【0004】
このような状況の中で機械的性能に優れ、溶接作業性が良好な被覆アーク溶接棒の開発が望まれている。しかし、Nを多く含有する二相ステンレス鋼を溶接した場合ブローホールなどの溶接欠陥が発生するという課題がある。加えて、スラグ剥離性が極度に悪く、ジェットタガネ等によるスラグ除去の工程を追加する必要があるなどの課題があった。
【0005】
この課題を解決する技術として、例えば特開2002−248598号公報(特許文献1)に、Ni、Cr、Mo、Nを規定した耐食性が良好な被覆アーク溶接棒が開示されている。しかし、この被覆アーク溶接棒では、高価なNi,Moを多量に含有し、廉価な二相ステンレス鋼の溶接には、コストが高く不向きである。また、溶接作業性の優劣に作用する酸化物、弗素化合物および金属炭酸塩については規定しておらず、アークの安定やスラグ剥離性が劣るという課題があった。
【0006】
また、特開2003−1488号公報(特許文献2)には、被覆剤としてTiO
2、SiO
2、CaCO
3およびAlF
3の含有量を限定して、溶接作業性を良好にした被覆アーク溶接棒が開示されている。しかし、この被覆アーク溶接棒は、心線に高価な二相ステンレス鋼を使用しているので実用には不向きであり、また、従来の二相ステンレス鋼の溶接においては良好な溶接作業性であるが、廉価な二相ステンレス鋼の溶接に適用した場合は耐欠陥性が劣化するという課題があった。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するために、各種被覆アーク溶接棒を試作して、二相ステンレス鋼の溶接に適用した場合の機械的性能、耐食性、溶接作業性および耐欠陥性に対する各成分組成の影響を詳細に調査した。
【0012】
その結果、フェライト生成元素であるCr、MoおよびSi量の調整を行い、フェライトの晶出を安定化し、フェライト相にNを固溶させることで溶着金属の耐食性を良好にし、スラグ剥離性やブローホール等の耐欠陥性の向上させた。また、C、MnおよびNi量の調整で溶着金属の機械的性能を母材と同程度にできた。さらに、アーク安定剤およびスラグ生成剤であるTi酸化物、金属炭酸塩、NaおよびKの酸化物および化合物の適量添加より良好な溶接作業性が得られることを見出した。
【0013】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼心線および被覆剤の各成分組成それぞれの単独および共存による相乗効果によりなし得たものであるが、以下に、本発明の二相ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒の成分組成の限定理由について説明する。
以下の成分は心線、被覆剤のいずれにも含有され得る。
【0014】
[C:0.04質量%以下]
Cは、Crと結合しやすく結晶粒界にCr炭化物として析出する。その結果Cr欠乏層が粒界に形成され耐食性を劣化させるため、Cの含有量は被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%(以下、%という)で、0.04%以下とした。被覆剤のCは、Fe−Si、Fe−MnおよびFe−Si−Mnなどの鉄合金粉が微量含有するCである。
【0015】
[Si:0.15〜0.85%]
Siは、溶融金属の粘性を下げビード形状を改善する効果がある。Siが0.15%未満ではその効果は不十分である。一方、0.85%を超えるとσ相の析出を助長して延性を低下させる。従って、Siは0.15〜0.85%とする。被覆剤のSiは、金属Si、Fe−SiおよびFe−Si−MnなどからのSiである。
【0016】
[Mn:0.5〜3.0%]
Mnは、N固溶度を高めてNの歩留を改善し、溶着金属の強度を向上させる効果を有する。Mnが0.5%未満ではその効果は不十分である。一方、3.0%を超えると金属間化合物の析出を助長して耐食性が劣化する。従って、Mnは0.5〜3.0%とする。被覆剤のMnは、金属Mn、Fe−Mn、窒化MnおよびFe−Si−MnなどからのMnである。
【0017】
[Ni:5〜10%]
Niは、オーステナイト相のマトリックスを強化し、溶着金属の靭性を向上させる効果がある。Niが5%未満ではその効果は不十分である。一方、10%を超えるとオーステナイトの晶出量が増加して溶着金属の強度が低下する。従って、Niは5〜10%とする。被覆剤のNiは、金属NiおよびFe−NiなどからのNiである。
【0018】
[Cr:19〜28%]
Crは、耐食性を確保するために必要な成分である。Crが19%未満ではその効果は不十分である。一方、28%を超えるとσ相を析出して溶着金属の延性が低下する。従って、Crは19〜28%とする。被覆剤のCrは、金属Cr、Fe−Crおよび窒化Fe−CrなどからのCrである。
【0019】
[Mo:0.2〜1.0%]
Moは、耐食性を向上させ溶接金属のマトリックスを強化し、溶着金属の強度を向上させる効果がある。Moが0.2%未満ではその効果は不十分である。一方、1.0%を超えるとσ相の析出を促進して溶着金属の延性が低下する。従って、Moは0.2〜1.0%とする。被覆剤のMoは、金属MoおよびFe−MoなどからのMoである。
【0020】
[N:0.05〜0.2%]
Nは、オーステナイト生成成分であると共にマトリックスを強化し、溶着金属の強度と靱性を向上させる効果がある。Nが0.05%未満ではその効果は不十分である。一方、0.2%を超えるとブローホールが多発し欠陥が多くなる。また、窒化物として多量に析出するため溶着金属の靭性が劣化する。従って、Nは0.05〜0.2%とする。被覆剤のNは、窒化Mnおよび窒化Fe−CrからのNである。
以下の成分は被覆剤に含有されるものである。
【0021】
[Biと、Bi酸化物のBi換算値との和:0.02〜0.05%]
BiおよびBi酸化物は、低融点でありスラグ剥離性を向上させる。BiとBi酸化物のBi換算値との和が0.02%未満ではその効果は不十分である。一方、0.05%を超えると酸化物として析出し、溶着金属の靱性を劣化させる。従って、BiとBi酸化物のBi換算値との和は0.02〜0.05%とする。
【0022】
[Ti酸化物のTiO
2換算値:10.0〜15.0%]
ルチールやチタンスラグなどのTi酸化物は、被包性の良いスラグを形成するために添加する。Ti酸化物のTiO
2換算値が10.0%未満ではその効果は不十分で、ビード外観が不良となる。一方、15.0%を超えるとスラグが多量に発生し、溶接中の溶融池にスラグが干渉し、アークが不安定になる。従って、Ti酸化物のTiO
2換算値は10.0〜15.0%とする。
【0023】
[Si酸化物のSiO
2換算値:1.0〜1.5%]
珪砂やジルコンサンドなどのSi酸化物は、スラグの粘性を下げビードの揃いを均一にするために添加する。Si酸化物のSiO
2換算値が1.0%未満ではその効果は不十分である。一方、1.5%を超えるとスラグの凝固が遅くなりビードが垂れやすくなり、ビードの端部の揃いが不均一になる。従って、Si酸化物のSiO
2換算値は1.0〜1.5%とする。
【0024】
[Zr酸化物のZrO
2換算値:0.1〜0.2%]
ジルコンサンドや酸化ジルコンなどのZr酸化物は、スラグの粘性を上げビードを平滑にするために添加する。高融点であるTi酸化物が添加されているため補助的な役割で添加される。Zr酸化物のZrO
2換算値が0.1%未満ではその効果は不十分である。一方、0.2%を超えるとNと結合しやすくなりスラグ剥離性が劣化する。従って、Zr酸化物のZrO
2換算値は0.1〜0.2%とする。
【0025】
[Al酸化物のAl
2O
3換算値:0.7〜1.2%]
アルミナなどのAl酸化物は、アークの吹き付けを強くし、アークを安定させる目的で添加する。Al酸化物のAl
2O
3換算値が0.7%未満ではその効果は不十分である。一方、1.2%を超えるとアークの吹き付けが強くなり、スパッタの発生量が多くなる。従って、Al酸化物のAl
2O
3換算値は0.7〜1.2%とする。
【0026】
[Mg酸化物のMgO換算値:0.1〜0.2%]
マグネシアクリンカーや天然マグネシアなどのMg酸化物は、スラグの流動性を良好にしビードを平滑にするために添加する。Mg酸化物のMgO換算値が0.1%未満ではその効果は不十分である。一方、0.2%を超えるとビードが凸となり形状が劣化する。従って、Mg酸化物のMgO換算値は0.1〜0.2%とする。
【0027】
[金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:4.0〜6.0%]
CaCO
3、BaCO
3およびMgCO
3などの金属炭酸塩は、溶滴の移行をスムーズにしアークの安定性およびビード形状を良好とするため添加する。金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が4.0%未満ではその効果が不十分で、ビード形状が劣化する。一方、6.0%を超えると溶滴が大きく成長し、スパッタの発生量が多くなる。従って、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計は4.0〜6.0%とする。
【0028】
[弗素化合物のF換算値:0.6〜1.0%]
蛍石、弗化アルミニウム、弗化ソーダおよび弗化カリなどの弗素化合物からのFは、スラグの流動性を適正にするために添加する。弗素化合物のF換算値が0.6%未満ではスラグの流動が悪く、アークが持続しにくくなり不安定になる。一方、1.0%を超えるとスパッタの発生量が多くなる。従って、弗素化合物のF換算値は0.6〜1.0%とする。
【0029】
[Na化合物のNa
2O換算値およびK化合物のK
2O換算値の1種又は2種の合計:0.2〜1.5%]
珪酸ソーダ、珪酸カリ、カリ長石などからの、Na酸化物などのNa化合物やK酸化物などのK化合物はアークの安定性を良好にするために添加する。Na化合物のNa
2O換算値およびK化合物のK
2O換算値の1種又は2種の合計が0.2未満ではその効果は不十分である。一方、1.5%を超えると被覆アーク溶接棒中の被覆剤が水分を吸湿し、アークが不安定になる。従って、Na化合物のNa
2O換算値およびK化合物のK
2O換算値の1種又は2種の合計は0.2〜1.5%とする。
【0030】
なお、本発明の二相ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒おいては、上記成分以外の成分組成は特に規定されない。従って溶着金属の機械的性能、耐食性および溶接作業性を考慮してCu、Nb、W等の組成を種々に調整できる。しかし、高温割れを助長するPおよびSはできるだけ少ないのが好ましく、P+Sで0.045%以下であることが好ましい。
【0031】
被覆剤の心線に塗布される被覆率は特に限定はしないが、溶接作業性の安定性を考慮して30%以上、被覆アーク溶接棒の製造性を確保するため40%以下であることが好ましい。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
表1に示す化学成分のオーステナイト系ステンレス鋼心線を用いて表2に示す各種組成の二相ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒を試作した。心線径は4.0mm、被覆剤の被覆率は30〜40%とした。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
溶接試験は、JIS G 3106に規定するSM490Aを用いてJIS Z 3221に基づいて、開先内に2層バタリングを施し、溶着金属試験を行った。溶接後JIS Z 3106に基づいてX線透過試験を実施し、溶着金属部のブローホール発生状況の確認を行った。溶着金属性能は、JIS Z 3111に準拠し、引張試験および衝撃試験を行った。また腐食試験は、JIS G 0577に準拠した。
【0036】
X線透過試験は、第1種のきず点数が5点未満を良好とした。溶着金属性能は、引張試験の引張強さ:690MPa以上、伸び:20%以上、衝撃試験の−20℃における吸収エネルギー:27J以上、腐食試験の孔食電位:350mV以上を良好とした。
【0037】
溶接作業性は、表3に示す化学成分の二相ステンレス鋼を用いて水平すみ肉溶接を行い、アーク安定性、スパッタ発生状態、ビード外観およびビード形状を調べた。なお、溶着金属試験および溶接作業性の調査の溶接電流は120〜160Aで実施した。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0038】
【表3】
【0039】
【表4】
【0040】
表2および表4中の溶接棒No.1〜10が本発明例、溶接棒No.11〜24は比較例である。本発明である溶接棒No.1〜10は、各成分組成量が適正であるので、X線透過試験が良好で、溶着金属の引張強さ、伸び、吸収エネルギーおよび孔食電位が高く、溶接作業性も良好であり極めて満足な結果であった。
【0041】
比較例中溶接棒No.11は、Crが少ないので孔食電位が低かった。また、Nが多いのでX線透過試験によるきずの点数が高く、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。さらに、Na
2O換算値とK
2O換算値の合計が少ないのでアークが不安定であった。
溶接棒No.12は、Crが多いので溶着金属の伸びが低かった。また、TiO
2換算値が多いのでアークが不安定であった。
【0042】
溶接棒No.13は、SiO
2換算値が多いのでビード形状が不良であった。また、Cが多いので孔食電位が低かった。
溶接棒No.14は、Mnが多いので孔食電位が低かった。また、Siが少ないのでビード形状が不良であった。
【0043】
溶接棒No.15は、Niが多いので溶着金属の引張強さが低かった。また、ZrO
2換算値が多いのでスラグ剥離性が不良であった。
溶接棒No.16は、Mnが少ないので溶着金属の引張強さが低かった。また、MgO換算値が多いのでビード形状が不良であった。さらに、金属炭酸塩が多いのでスパッタの発生量が多かった。
【0044】
溶接棒No.17は、BiとBi酸化物のBi換算値との和が多いので溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、SiO
2換算値が少ないのでスラグの剥離性が不良であった。
溶接棒No.18は、Siが多いので溶着金属の伸びが低かった。また、Al
2O
3換算値が多いのでスパッタの発生量が多かった。さらに、金属炭酸塩が少ないのでビード形状が不良であった。
【0045】
溶接棒No.19は、Moが多いので溶着金属の伸びが低かった。また、Na
2O換算値とK
2O換算値の合計が多いのでビード形状が不良であった。
溶接棒No.20は、Moが少ないので溶着金属の引張強さが低かった。また、Al
2O
3換算値が少ないのでアークが不安定であった。
【0046】
溶接棒No.21は、Nが少ないので溶着金属の引張強さが低かった。また、MgO換算値が少ないのでビード形状が不良であった。
溶接棒No.22は、Niが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、ZrO
2換算値が少ないのでビード形状が不良であった。
【0047】
溶接棒No.23は、BiとBi酸化物のBi換算値との和が少ないのでスラグ剥離性が不良であった。また、F換算値が多いのでスパッタの発生量が多かった。
溶接棒No.24は、TiO
2換算値が少ないのでスラグの被包性が悪くビード外観が不良であった。また、F換算値が少ないのでアークが不安定であった。