【実施例】
【0089】
以下の実施例では、マウスRAGE(アミノ酸残基1〜342)の細胞外ドメインをマウスIgG2aの重鎖のFC領域のヒンジドメイン、CH2ドメイン及びCH3ドメインと融合させた融合タンパク質を用いて、マウス実験を行った。GPEx
TM発現系を用いて、CHO細胞で構築物を発現させた。用いたマウスRAGE配列の配列を以下の表に示す。
【0090】
表9:マウスRAGEの配列(配列番号11)
【0091】
【表9】
RAGEシグナルペプチド=一重下線
RAGE細胞外ドメイン=下線なし
マウスIgG2aヒンジ領域=二重下線
マウスIgG2a CH2領域=破線
マウスIgG2a CH3領域=波状下線
【0092】
実施例1
マウスにおけるストレプトゾトシン誘発糖尿病に対する本発明のRAGE融合タンパク質の効果
【0093】
マウスにおけるストレプトゾトシン誘発糖尿病は、糖尿病により誘発された網膜の変化を調査するモデルとして当該分野で認められている(Obrosova IG,Drel VR,Kumagai AK,Szabo C,Pacher P,Stevens MJ.Early diabetes−induced biochemical changes in the retina:comparison of rat and mouse models.Diabetologia.2006 Oct:49(10):2525−33参照)。
【0094】
本実験では、各群15頭のC57BL/6マウスからなる以下の5治療群を用いた:1)非糖尿病対照;2)糖尿病を誘発させるために、調査開始前に5日間連続して45mg/kgのストレプトゾトシンで処理したマウスからなる糖尿病対照;3)1日当たり10μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン処理マウス;4)1日当たり100μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン処理マウス;及び、5)1日当たり300μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン処理マウス。
【0095】
調査では、マウスの体重、血糖、糖化ヘモグロビン(GHb)、蛋白尿、及び、感覚神経機能の尺度として触覚感度を評価した。調査終了時点でマウスを屠殺し、蛍光プローブを用いて網膜血管透過性、網膜毛細血管への白血球の付着、及び、NF−κBにより調節されるタンパク質の発現(COX−2、ICAM、iNOS)について評価した。
【0096】
2か月間長期調査の結果
【0097】
C57Bl/6Jマウスにおける、糖尿病に誘発された網膜の生理学的変化及び代謝の変化の進行に対するRAGE−Ig融合タンパク質の効果を調査した。融合タンパク質を3つの異なる濃度(10μg、100μg及び300μg)で1週間に3回、腹腔内に投与した。いずれの投与量でも、糖尿病マウスの体重増加や健康全般に対して薬剤の副作用は認められなかった。非絶食時血糖値は、非糖尿病対照群が155±24mg/dl(平均±標準偏差)、糖尿病対照群が358±38、糖尿病+10μgRAGE−Ig融合タンパク質群が417±36、糖尿病+100μgRAGE−Ig融合タンパク質群が376±36、及び、糖尿病+300μgRAGE−Ig融合タンパク質群が370±55であった。
【0098】
短期調査では、網膜症に関連した以下のパラメータを調査した。(1)白血球停滞、(2)網膜血管からの内因性アルブミンの透過性、(3)網膜のタンパク質のニトロ化、及び、(4)網膜でのICAM及びCOX−2の発現。
【0099】
1.白血球停滞
【0100】
方法:
糖尿病罹患2カ月で、心臓カテーテルを用いてPBSを完全に潅流させることにより、麻酔をかけた動物の血管から血液を除去した。その後、先行文献に記載されているように、この動物をフルオレセイン結合コンカナバリンAレクチン(PBS中20μg/ml;ベクターラボラトリーズ(カリフォルニア州、バーリンゲーム))で潅流した(Joussen et al.,FASEB J.2004 Sep;18(12):1450−2参照)。平面状に載置した網膜を蛍光顕微鏡検査法によって撮像し、血管壁に付着した白血球を計数した。
【0101】
結果:
糖尿病に罹患して2カ月のマウスでは、非糖尿病群と比較し、白血球停滞の有意な増加が認められた(P<0.05)。いずれのRAGE−Ig融合タンパク質治療群でも、白血球停滞は阻害されていなかった(
図1参照)。
【0102】
2.血管透過性
【0103】
方法:
糖尿病に罹患して2カ月後、目を凍結切片(10μm)処理し、該凍結切片を10分間メタノールで固定し、PBSで4回を洗浄した。ヒツジの抗マウス血清アルブミン(Abcam(マサチューセッツ州、ケンブリッジ);AB8940;1:2000稀釈)で、各切片を2時間インキュベートした。洗浄後、FTIC標識二次抗体(AB6743;1:1000稀釈)で各切片を90分間インキュベートした。網膜の4層(内網状層、内顆粒層、外網状層、外顆粒層)それぞれの異なる3つの位置における平均蛍光発光量を、蛍光顕微鏡検査法により測定した。10回の無作為測定の平均を各位置の蛍光発光量とした。また、各網膜層内のそれぞれの3つの異なる位置の蛍光発光量の平均を、各網膜層における蛍光発光量とした。
【0104】
結果:
【0105】
糖尿病群の結果では、調査した網膜の4層それぞれにおいて、網膜の非血管部分の蛍光発光が有意に増加していた(即ち、アルブミンが血管から漏れたことに起因する)。結果を
図2に示す(2A:内網状層、2B:内顆粒層、2C:外網状層、2D:外顆粒層)。内顆粒層及び外顆粒層のアルブミンの評価では、あえて核間の狭い範囲で測定したので、得られた数字は、測定を妨害する核を含まない網状層のものほどは大きいものにはなっていないであろう。
【0106】
3.網膜のタンパク質のニトロ化
【0107】
方法:
糖尿病に罹患して2か月後、網膜を単離し、ホモジネートした。各動物のタンパク質ホモジェネート50μgをニトロセルロース膜上にブロットすることで、ドットブロットを行った。膜をミルク(5%)でブロックし、洗浄し、抗ニトロチロシン(Upstate Biotechnology,Inc.#05−233;1:500稀釈)を用いて2時間免疫染色した後、二次抗体(Bio−Radヤギ抗マウスIgG−HRP結合体;1:1000稀釈)で1時間染色した。徹底的に洗浄した後、抗体によって検出された免疫染色を、増強化学発光法(ECL,Santa Cruz Biotechnology(カリフォルニア州、サンタクルーズ))で可視化した。免疫染色依存性化学発光は、フィルム上に記録されたものであって、免疫染色された点の密度が定量化される。結果を非糖尿病対照群で検出された値の百分率で示す。
【0108】
結果:
【0109】
結果を
図3に示す。糖尿病マウスから採取した網膜のホモジェネートでは、タンパク質のニトロ化が予想通り増加していた。この翻訳後修飾は、治療によって投与量依存的に阻害された。タンパク質のニトロ化は、酸化ストレス及びニトロ化ストレス(nitrative stress)両方のパラメータとみなされる。
【0110】
4.網膜でのICAM及びCOX−2の発現
【0111】
方法:
網膜を単離し、超音波で処理し、上清を全網膜抽出物として使用した。サンプル(50μg)を、SDS−PAGEによって分画し、ニトロセルロース膜と、Tween20(0.02%)と脱脂乳(5%)とを含有するトリス緩衝生理食塩水でブロックされた膜とにエレクトロブロットした。ICAM−1に対する抗体(1:200稀釈;Santa Cruz Biotechnology)及びCOX−2に対する抗体を塗布した後、二次抗体を1時間塗布した。洗浄後、増強化学発光法により結果を可視化した。
【0112】
結果:
【0113】
結果を
図4に示す。内皮細胞でのICAM−1の発現は、血管壁への白血球の付着(白血球停滞)において重大な役割を果たすので、本発明者らは網膜でのICAM−1の発現に対する糖尿病及び治療の影響を測定した。糖尿病に罹患して2か月後では、網膜でのICAM−1の発現が有意に増加していた。RAGE−Ig融合タンパク質を投与することによって、投与量依存的にICAMの発現が減少し、最大投与量ではこの発現が有意に阻害された。
【0114】
COX−2の分子量と一致する免疫染色されたバンドの発現は、糖尿病個体では増強されず、治療を受けた動物では変化が無かった(図示せず)。
【0115】
この短期調査で用いたRAGE−Ig融合タンパク質の効果に関する評価項目は全て、糖尿病性網膜症の初期(変性)段階の進行に関連することが確認されていたものを選択した。即ち、糖尿病によって誘発される網膜の毛細血管の変性を阻害することが確認された様々な治療法において、これらの欠陥も同様に阻害されていた。
【0116】
RAGEを阻害することにより、網膜の血管透過性及びニトロ化ストレスに関連した異常が阻害された。ニトロ化ストレスは、酸化ストレスのマーカーとも見なされる。しかしながら、RAGE阻害剤では、白血球停滞に関連した異常は阻害されなかった。
【0117】
実施例2
マウスにおける長期的なストレプトゾトシン誘発糖尿病に対する本発明のRAGE融合タンパク質の効果
【0118】
マウスにおけるストレプトゾトシン誘発糖尿病は、糖尿病により誘発された網膜の変化を調査するモデルとして当該分野で認められている(Obrosova IG,Drel VR,Kumagai AK,Szabo C,Pacher P,Stevens MJ.Early diabetes−induced biochemical changes in the retina:comparison of rat and mouse models.Diabetologia.2006 Oct:49(10):2525−33参照)。
【0119】
長期調査では、各群25頭のC57BL/6マウスからなる以下の5治療群を用いた:1)非糖尿病対照;2)糖尿病を誘発させるために、調査開始前に5日間連続して45mg/kgのストレプトゾトシンで処理したマウスからなる糖尿病対照;3)1日当たり10μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン処理マウス;4)1日当たり100μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン治療マウス;及び、5)1日当たり300μgのmRAGE−IgG2a Fcを週3回腹腔内注射したストレプトゾトシン治療マウス。
【0120】
調査では、マウスの体重、血糖、糖化ヘモグロビン(GHb)、蛋白尿、及び、感覚神経機能の尺度として触覚感度を評価した。調査終了時点でマウスを屠殺し、網膜における組織の病的変化及び神経変性を定量的に評価した。
【0121】
長期調査で測定した網膜症関連パラメータは、(1)無細胞毛細血管、(2)周皮細胞ゴースト、及び、(3)神経節細胞である。長期調査では、軽い接触に対する足の感度も末梢性ニューロパシーのマーカーとして測定した。
【0122】
糖尿病によって誘発された網膜組織の病的変化
【0123】
糖尿病に罹患して10カ月後、本発明者らが以前に報告しているように、眼をホルマリンで固定し、各動物から片方の網膜を単離し、流水で一晩洗浄した後、粗トリプシン溶液で2時間消化した。一本の毛でできた「ブラシ」で神経細胞を静かに取り除くことにより、網膜の血管を単離した。神経細胞を完全に取り除いたところで、単離した血管を顕微鏡用スライドガラスに載せ、一晩乾燥させ、ヘマトキシリンと過ヨウ素酸−シッフとで染色し、脱水した後、カバーグラスをかけた。中央網膜(mid−retina)に相当する6〜7領域(倍率×200)において、変性した(無細胞)毛細血管を盲検方式で定量した。無細胞毛細血管は、全長にわたって核が欠損した、毛細血管サイズの脈管として同定し、網膜領域1mm
2当たりで表した。周皮細胞ゴーストは、周皮細胞が消失した毛細血管基底膜の突き出た「隆起」の広がりにより評価した。盲検方式で中央網膜の5領域(倍率×400)中の少なくとも1000個の毛細血管細胞(内皮細胞及び周皮細胞)を調査した。既に無細胞であった血管におけるゴーストは全て除外した。
【0124】
網膜の神経変性に対する糖尿病の影響を調査するために、神経節細胞層内の細胞を計数した。ホルマリン固定した眼を、パラフィンに包埋し、矢状方向に網膜を通りさらに視神経を通って切断し、ヘマトキシリン・エオジンで染色した。神経節細胞層内の細胞を視神経の両側の2領域(中央網膜、及び、視神経に隣接した後部網膜(posterior retina))で計数した。視神経の両側の比較領域それぞれの平均をとり、単位長さ当たりで表した。
【0125】
結果
以前の成果から予想された通り、糖尿病の長期罹患によって、網膜の変性した無細胞毛細血管の数は有意に増加した(
図5A)。RAGE−Ig融合タンパク質は、いずれの投与量でも、高血糖の重篤度に影響することなく、この毛細血管の変性を有意に阻害した。また、糖尿病では周皮細胞変性(周皮細胞ゴースト)が増加する傾向があったが、統計的有意性には至らなかった(
図5B)。糖尿病C57Bl/6マウスでは、糖尿病ラット又はより大型の種と比較して、周皮細胞消失を検知することがはるかに困難であることを本発明者らは以前に明らかにしており、今回、このモデルにおいて、周皮細胞消失は血管疾患のパラメータとしての信頼性が低いと考える。糖尿病対照において有意な周皮細胞の消失が検知されなかったからかもしれないが、これらのマウスの周皮細胞消失に対しては、RAGE−Ig融合タンパク質のいかなる影響も検知されなかった。
【0126】
これらのC57Bl/6マウスにおいて、糖尿病により網膜の神経節細胞層の細胞数が減少すること(即ち神経変性)はなかった。この結果は、このマウスモデルに関する先行調査と一致していた。糖尿病が網膜の神経変性に影響しないので、神経変性に対して阻害剤の効果があったかどうかを評価することはできない。
【0127】
軽い接触に対する感度(末梢性ニューロパシーのマーカー)
【0128】
糖尿病性ニューロパシーに罹患した患者は、自発痛、軽い接触により引き起こされる痛み、及び、痛覚過敏症等の様々な異常な感覚を有し得る。糖尿病に罹患した齧歯動物でも、この痛覚過敏症が再現され、触覚アロディニアが起きることが、データとして蓄積されている。齧歯動物では、これは足の触覚反応閾値として測定される。
【0129】
方法:
マウス(糖尿病に罹患して8カ月)を金網底のテストケージに移し、10〜15分間環境に慣れさせた。Von Freyフィラメントを用いて、足の逃避(withdrawal)の50%機械的逃避閾値(50% mechanical withdrawal threshold)を測定した。剛度が対数比で増加する一連のフィラメントを、締付負荷(buckling weight)が0.6gのものから順に、右後肢の足裏の表面に適用し、フィラメントで締めつけることにより該足裏の表面に圧力をかけた。足を挙げた場合に陽性反応として記録し、次の測定ではより軽いフィラメントを選択した。5秒間反応がなかった場合、その後の測定では、次に重いフィラメントを用いた。行動に最初の変化が見られてから4回の測定を行うまで、或いは、5回連続で陰性反応(6g)又は4回連続で陽性反応(0.4g)があるまで、この方法を継続した。陽性及び陰性をスコアリングして得られた結果を用いて50%逃避反応閾値を算出した。
【0130】
結果:
糖尿病動物では、軽い接触に対する足の感度が有意に増加しており、これは、非糖尿病動物に比べて、糖尿病動物はより低い圧力で足を逃避させることを意味する(
図6)。この糖尿病によって誘発された欠陥は、sRAGE−Ig融合タンパク質のいずれの投与量でも有意に阻害された。
【0131】
網膜症:
RAGE−Ig融合タンパク質を用いた調査は、糖尿病の以下の2期間で行った:(1)マウスに発症した糖尿病性網膜症の長期的な組織の病的変化に対する治療の効果を評価するための長期的調査(10カ月)、及び、(2)長期的な組織の病的変化に対する効果の裏付けになると思われる、治療の生理学的及び分子レベルでの効果を評価するための2〜3カ月の調査。RAGE−Ig融合タンパク質の効果に関する生理学的及び分子レベルでの評価項目は全て、糖尿病性網膜症の初期(変性)段階の進行に関連すること(因果関係があると思われること)が他の研究で確認されていたものを選択した。治療では3種類の投与量全てで、糖尿病により誘発された網膜の血管の変性が明らかに且つ有意に阻害された。同様に、この薬剤は3種類の投与量全てで、マウスにおいて、糖尿病で誘発される網膜の透過性の上昇を阻害していると思われた。今のところ、糖尿病性網膜症が初期(非増殖)段階は血管病変(血管無潅流及び血管変性、並びに、透過性の上昇)に基づいて定義されるので、上記の結果は臨床的に非常に重要である。
【0132】
糖尿病マウスから採取した網膜で測定した、分子レベル及び生理学的評価項目に対する治療の効果を組み合わせた。RAGEを阻害することによって、ニトロ化ストレス(網膜の酸化ストレスマーカー)に関連した異常が事実阻害された。しかしながら、RAGE阻害剤は、白血球停滞に関連した異常を阻害しなかった。sRAGEによって糖尿病個体の白血球停滞の増加が阻害されたことが、他のグループによって近年報告されているため、当該治療で白血球停滞に対して効果がなかったのは驚くべきことである。しかしながら、RAGE−Ig融合タンパク質を用いた調査を開始して以来、本発明者らにより得られた証拠(Diabetes 57:1387−93,2008)によって、糖尿病個体における網膜の白血球停滞に対する薬物治療の効果からは、糖尿病個体における網膜の毛細血管の変性に対する治療効果が予測されないことが示されている。従って、網膜の白血球停滞に対して治療効果がなくとも、観察された薬剤の効果の重要性は何ら変わらない。
【0133】
驚いたことに、糖尿病動物から採取した網膜におけるICAM−1の発現及びタンパク質のニトロ化に対して、薬剤は用量効果を示すようであった。しかし、この用量効果は、網膜の毛細血管の透過性及び変性に対しては明らかではなかった。本発明者らは、ICAM−1ノックアウト動物を用いて、逆の結果となるデータも得ているが、このことは、ICAMもニトロ化も糖尿病個体における網膜の血管の欠陥に関係しないことを示唆しているように思われる。
【0134】
薬剤が網膜に到達し、生物学的効果を奏し、少なくとも糖尿病性網膜症の初期の血管病変を阻害する効力を有意に示したことは事実、明白である。
【0135】
感覚性ニューロパシー:
終末糖化産物(AGE)、及び、AGEとRAGEとの相互作用は、酸化ストレスを誘発し、神経においてNF−kB及び様々なNF−kB関連炎症誘発性遺伝子をアップレギュレートし、痛覚の変化等の神経機能障害を悪化させることが、他の研究によって提唱されている。本発明のデータは、RAGE関連シグナルが糖尿病性ニューロパシーの少なくともある症状の進行の一因となっているという証拠に矛盾せず、長期調査では、sRAGE−Ig融合タンパク質がこの過程を阻害するという証拠を提供するものである。
【0136】
実施例3
II型コラーゲン誘発関節炎モデルマウスを用いたRAGE−Ig融合タンパク質の評価
【0137】
関節軟骨の主成分であるII型コラーゲンを用いて感受性系統のマウスを免疫処置することにより、進行性の炎症性関節炎が誘発される(Wooley et al.Journal of Experimental Medicine 1981;154:688−700)。コラーゲン誘発関節炎(CIA)は、罹患した足の幅が典型的には100%増加する紅斑及び浮腫によって臨床的に特徴づけられる。関節の変形及び脊椎炎への疾患の進行を評価するために、臨床的スコアリング指数が考案された(Wooley,Methods In Enzymology 1988;162:361−373)。罹患した関節は、組織病理学的に滑膜炎、パンヌス形成、並びに、軟骨及び骨糜爛を呈する。上記変化を指数で表すこともできる。免疫学的検査所見においては、II型コラーゲンに対する高濃度の抗体や高ガンマグロブリン血症等が確認される。このモデルは現在、関節疾患に対する免疫療法アプローチのテスト法として確立されており(Staines et al.British Journal of Rheumatology 1994;33(9):798−807)、関節リウマチ(RA)を治療するための生物学的物質及び薬理学的物質のいずれの研究にも用いられ、好結果を得ている(Wooley et al.Arthritis Rheum 1993;36:1305−1314、及び、Wooley et al.Journal of Immunology 1993;151:6602−6607)。
【0138】
RAGEレセプターの拮抗作用は、RAの治療標的となり得ると認められている。コラーゲン誘発関節炎に罹患したマウスにおいてRAGEを阻害した結果、関節炎の症状が臨床的にも組織学的にも抑制された。また、関節炎に罹患した足の組織では、疾患改善に伴って、TNFα、IL−6、並びに、マトリックスメタロプロテイナーゼMMP−3、MMP−9及びMMP−13の濃度が低下した(Hofmann et al.Genes Immun 2002;3(3):123−135)。これにより、コラーゲン誘発関節炎がRAGE標的治療に感受性を示すことが示される。
【0139】
本実験により、II型コラーゲンによる免疫処置後に投与された3種類の投与量でのRAGE−Ig融合タンパク質のCIAに対する影響が評価できよう。調査計画を
図7に示す。
【0140】
Jackson Labs.より8〜10週齢のDBA/1 LacJマウス40頭を入手し、最低でも実験の10日前から施設に慣れさせた。実験開始時点で、全ての動物は16g未満であった。各マウスを以下の4治療群のうちの1群に分類した:1)無菌PBS100μlを毎日腹腔内注射;2)RAGE−Ig融合タンパク質10μgを含有する無菌PBS100μlを毎日腹腔内注射;3)RAGE−Ig融合タンパク質100μgを含有する無菌PBS100μlを毎日腹腔内注射;及び、4)RAGE−Ig融合タンパク質300μgを含有する無菌PBS100μlを毎日腹腔内注射。
【0141】
最初の投薬から3日後、全てのマウスにフロイント完全アジュバント(FCA)中のウシII型コラーゲン100μgを尾の基部に皮下注射した。疾患の発症を毎日調査して各マウスをモニタリングし、調査の記録をとった。マウスの体重を毎週測定し、健康状態全般について記録した。免疫処置後10週間にわたって、関節炎に罹患した各動物について、1週間に5回臨床的に評価した。また、足の測定は1週間に3回行った。免疫処置後10週間経過しても関節炎の徴候が見られないマウスについては、疾患陰性とみなした。
【0142】
結果
【0143】
健康全般及び毒性。
試験中、急性毒性症状は発生しなかった。また、全ての動物が、実験期間を生存した。当該治療は、十分に耐え得るものであり、毛皮のマット化や炎症等の不都合な徴候は観察されなかった。マウスの体重は、試験期間中にわずかな変化を示している(
図8)。この変化は、各動物において典型的な疾患発症時の一時的な体重減少によるものである。各群間におけるこの変化の差は、統計的有意性には至らなかった。
【0144】
関節炎の発症率及び発症
当該試験でのコラーゲン関節炎の最終的な発症率を
図9に示す。対照マウスでは100%発症しており、この結果は、発症率が典型的に80%〜100%で変動する標準的なコラーゲン関節炎モデルに矛盾しない。1日10μgのRAGEで治療されたマウスの発症率は80%であり、発症率の有意な減少は見られなかった。1日100μgのRAGEで治療されたマウスの関節炎発症率は60%であり、対照群より有意に低かった(p<0.05)。驚くべきことに、300μgのRAGEで治療されたマウスの関節炎発症率は、対照の発症率と同様に100%であった。
【0145】
疾患発症日の平均(及び標準偏差)を
図10に示す。疾患の発症は、対照群では典型的にみられ、平均38.6日で関節炎の兆候が現れ始めた。10μg又は100μgのRAGEで治療されたマウスでは、疾患の発症は42.5日までわずかに遅延されたが、統計的有意性には至らなかった。しかしながら、300μgのRAGEで治療されたマウスでは、疾患の発症が有意に遅延された(p<0.05)。従って、高用量で投与されたマウスでは、疾患発症率は低下しなかったが、臨床的に明らかな関節炎へと進行するまでの時間は著しく延びた。
【0146】
RAGE治療による疾患発症の変化は、疾患発症率を経時的にプロットすることによって容易に評価することができる(
図11)。対照群では、CIAの典型的な特徴である短期間での疾患発症が見られたが、10μg又は100μgのRAGEで治療されたマウスでは、疾患発症が遅延し、関節炎の最終的発症率がより低くなる結果となった。300μgのRAGEで治療されたマウスでも、約8週間は同様のパターンの疾患発症が示されたが、動物がその後関節炎を発症したため、疾患発症率は高いが疾患の発症は遅延するという結果になった。
【0147】
疾患の重症度及び進行。
治療動物及び対照動物の累積的な関節スコアを分析することによって、コラーゲン誘発関節炎の重症度に対し、RAGE治療により有意な効果が得られることが明らかとなった(
図12)。対照マウスでは、累積関節炎指数が著しく増加し、典型的な慢性進行性疾患が発症した。対照的に、いずれの投与量であってもRAGEで治療されたマウスでは、関節炎スコアが著しく減少した。対照群と治療群との差は、免疫処置後43日目から高水準の統計的有意性(p<0.001)を示し、この差は試験期間中維持された。1日当たり100μgのRAGE治療では、累積関節炎スコアが最低値であったが、RAGE群間での関節炎スコアに有意差はなかったため、標準的な用量依存効果ではなく、「閾値」効果が得られたと示唆される。
【0148】
関節炎に罹患した足の数に対するRAGE治療の影響の分析(
図13)では、この疾患の進行に対して有意な効果が実際認められる。さらに、43日目以降に罹患した足の数に対して有意な影響がみられた。有意水準はp<0.001からp<0.025へと異なったものになっているが、これは、RAGEの影響が疾患の重症度に対して関節炎進行よりもより顕著であったことを反映していると思われる。しかしながら、罹患した足の数の最大値(40)は、累積疾患スコアの最大値(120)よりも制限された値となっていることを留意されたい。さらに、100μgのRAGE群が関節炎の遅延で最高水準を示したが、RAGE治療群間に有意差はなかった。
【0149】
この結果から、予防プロトコールに準じてRAGEタンパク質を投与することによって、コラーゲン誘発関節炎に著しい効果が得られたと示唆される。いずれの投与量でも、RAGE注射によって明らかな毒性作用が生じることはなかった。また治療は、十分に耐え得るものであったと思われる。総合的な疾患発症率は、毎日100μg投与されたマウスで有意に減少し、疾患発症の遅延は、1日当たり300μgで治療されたマウスで認められた。しかしながら、疾患スコア及び関節炎に罹患した足の数の減少によって臨床的有効性が最も顕著に示されており、特に、免疫処置後43日目以降、RAGE治療マウスと対照動物との間で大きな差が検知された。この時点において、全ての投与量においてRAGE治療群では疾患の進行が遅延していたが、対照動物では典型的に重症関節炎に進行していた。
【0150】
組織病理学的評価:
臨床的評価調査が終了した時点で、すべてのマウスから四肢を切除し、中性緩衝ホルマリン溶液で保存した。関節を10%蟻酸で18日間脱灰し、脱水した後、パラフィンブロックに包埋した。縦軸に沿って切断した切片をスライドに固定し、ヘマトキシリン・エオジン、又は、トルイジンブルーのいずれかで染色した。標本をほぼ正中線で切断し、正中矢状サンプルをスライドに固定し評価した。これにより、一貫した形態学的評価が可能になった。5〜10個のサンプルをスライドに固定した(通常、スライド1枚当たりサンプル4〜6個)。染色後、各スライドを、カバーグラスで恒久的に固着させた。盲検法により評価者に群の割り当てが分からないようにして、1標本当たり最低3つの異なる切片を評価した。前肢では肘、手首及び中手関節の全てについてスコアリングし、後肢では膝、足首及び中足関節の全てについてスコアリングした。切断処理でほとんどのPIP関節が切除されるので、指については評価しなかった。スライドは、滑膜炎、パンヌス形成、辺縁部の糜爛、構造変化(主に亜脱臼)及び破壊の有無について評価した。次に、これらの集計点に基づき、総合的スコアを各切片に対して配点した。スコアリング法は以下に従った。
【0151】
滑膜の膜厚によって滑膜炎を判定し、以下のようにスコアリングした。
0 − 細胞3個分未満の厚み
1 − 細胞3〜5個分の厚み
2 − 細胞6〜10個分の厚み
3 − 細胞10〜20個分の厚み
4 − 細胞20〜30個分の厚み
【0152】
パンヌス形成に対し、以下のようにスコアリングした。
0 − パンヌス形成なし
1 − 微絨毛有り
2 − パンヌスの明らかな付着
3 − パンヌスの顕著な付着
4 − 関節腔におけるパンヌス浸潤
【0153】
辺縁部の糜爛に対し、以下のようにスコアリングした。
0 − 目に見える糜爛なし
1 − 関節包付着領域における小さなくぼみ
2 − 軟骨の明らかな糜爛
3 − 軟骨下骨への糜爛の拡大
4 − 骨及び軟骨の重度の糜爛
【0154】
構造変化に対し、以下のようにスコアリングした。
0 − 正常な関節構造
1 − 浮腫性変化
2 − 関節面の軽度の亜脱臼
3 − 関節面の重度の亜脱臼
4 − 完全な線維形成及びコラーゲン架橋
【0155】
総合的スコアに対しては、以下のように反映させた。
0 − 通常の正常な関節外観
1 − 軽度の変化であって、寛解に相当する程度であり、臨床上おそらく正常なもの
2 − 確定的な炎症性関節炎
3 − 重度の炎症性、糜爛性疾患
4 − 破壊性、糜爛性関節炎
【0156】
軟骨及び骨基質の分解。
一連の切片の軟骨基質成分を、組織化学的染料であるトルイジンブルーを用いて染色した。トルイジンブルー染色切片のプロテオグリカン損失を評価した。関節面の染色を成長板の染色と比較し、以下のようにスコアリングした。
0 − プロテオグリカン損失がなく、トルイジンブルー染色は正常
1 − 軽度のプロテオグリカン損失があり、軟骨表面から染色がいくらか損失している
2 − 中程度のプロテオグリカン損失があり、軟骨表面の染色が弱い
3 − 顕著なプロテオグリカン損失があり、軟骨表面のトルイジンブルー染色が確認できない
4 − 重度のプロテオグリカン損失があり、軟骨深部においてもトルイジンブルー染色が確認できない
【0157】
結果
【0158】
コラーゲン誘発関節炎の組織学的所見
各切片において、疾患の炎症性パラメータと糜爛性パラメータとを評価した。関節炎の外観(
図14)から、対照(PBS処理)群ではこの時点において典型的な炎症性糜爛性疾患病変が確認され、滑膜の肥大や過形成といった典型的な関節炎の特徴、及び、顕著なパンヌス付着や辺縁部の糜爛が見られた。
【0159】
10μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療した結果(
図14B)、糜爛や軟骨表面の崩壊といった外観に全般的改善が見られ、炎症性パラメータ及び糜爛性パラメータにわずかな変化が見られた。100μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療した結果(
図14C)、対照と比較して、パンヌス形成及び糜爛が減少し、全体的に大きく異なっていた。しかしながら、300μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質を投与した結果(
図14D)、食塩水対照群で認められた病変よりはいくらか軽度であるように思われたものの、やはり非常に重篤である関節炎が生じ、滑膜肥大や過形成、及び、著しいパンヌスの付着や辺縁部の糜爛が見られた。
【0160】
炎症に関するスコアの分析(
図15)により、対照(食塩水処理)動物と比較した場合、全ての投与量においてRAGE−Ig融合タンパク質で治療されたマウスでは炎症が低減されることが明らかとなった。しかしながら、滑膜炎は100μg/ml群でのみ有意に低減され(p<0.05)、パンヌス形成も同様のスコアの減少を示した(p<0.03)。RAGE−Ig融合タンパク質を10μg/mlで用いても300μg/mlで用いても、その使用により確認された炎症性疾患パラメータの減少は、統計的有意性には達しなかった。
【0161】
コラーゲン誘発関節炎の糜爛性特徴の変化(糜爛及び関節構造の変化)の評価においても、同様のパターンの効果が認められた。100μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療した群を対照(食塩水処理)動物と比較すると、関節の糜爛が有意(p<0.01)に減少していたが(
図16)、10μg/ml及び300μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療されたマウスで確認された減少は有意性には達しなかった。
【0162】
組織病理学的パラメータと総合的組織学的関節炎スコアを組み合わせると(
図17)、個々の病理学的パラメータでの所見が反映されていた。対照(食塩水)処理動物と100μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療されたマウスとの間に有意差が認められた(p<0.02)。また10μg/mlで治療されたマウスの総合的スコアは、ちょうど有意性(p=0.05)に達していたが、300μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質を用いた場合には、総合的疾患スコアの有意な減少は確認されなかった。
【0163】
トルイジンブルー染色された切片を検査することにより、RAGE−Ig融合タンパク質が関節炎の関節からのマトリックスタンパク質の損失に影響を及ぼすかどうかを判断した。データ(
図18及び19に示す)により、RAGE−Ig融合タンパク質がプロテオグリカン損失を防止したことが示唆される。しかし、この効果は、投与量100μg/mlでのみ統計的に有意であった(p<0.05)。PBS対照群では、軟骨基質(プロテオグリカン及びコラーゲン)の大幅な損失が見られ、300μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療されたマウスでは、近位の軟骨表面での染色の著しい損失が見られる。対照的に、10μg/ml又は100μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質を投与した場合では、マトリックスタンパク質が良好に保存されている。
【0164】
この組織学的所見は、RAGE−Ig融合タンパク質でコラーゲン誘発関節炎を治療することによって当該疾患の発症率及び重症度に効果が確認されたことを示す臨床データを支持するものである。組織学的パラメータは、100μg/mlで治療されたマウスでは高水準の統計的有意性に達し、10μg/mlで治療されたマウスでは総合的病変に関して統計的有意性に達した。100μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質では、関節構造の保存が良好であり、評価した関節炎パラメータ全てで有意な減少が認められた。炎症性の変化の程度が余病パラメータ(secondary disease parameters)よりも影響を受けていなかったので、全体的印象として、RAGE−Ig融合タンパク質は関節炎の糜爛形成過程を阻害したと思われる。300μg/mlのRAGE−Ig融合タンパク質で治療されたマウスでは、低用量の場合ほどの保護効果が得られなかったので、この濃度でのタンパク質投与に対しては抑制応答が示され得る、という可能性がさらに高まった。これらの所見は、全体として、当該調査で行った臨床観察に合致しており、RAGE−Ig融合タンパク質の抗関節炎効果を実証するものである。
【0165】
具体的な実施形態を示して本発明を詳細に説明したが、本発明の趣旨及び範囲を逸脱することなく、各種の変更及び改変を施すことが可能であり、このような変更及び改変は添付した特許請求の範囲内で実施可能であることは、当業者にとって明らかであろう。本明細書に引用した全ての特許文献及び刊行物を、各刊行物をそれぞれ具体的に且つ個別に提示してその全てを引用して援用するといったように、本明細書に引用して援用する。