【実施例】
【0013】
本発明に係るデータ処理装置を適用した分析システムの一実施例として、赤外分光測定を例に説明する。
図1は本実施例の分析システムの概略構成図である。この分析システムは、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR装置)2と、このFTIR装置2から得られるデータを処理するデータ処理装置1と、から成り、両者は通信ケーブル3で接続されている。なお、データ処理装置1はFTIR装置2の動作を制御する制御装置としての機能を併せ持っていても良い。
【0014】
データ処理装置1の実体はコンピュータであり、中央演算処理装置であるCPU(Central Processing Unit)10にメモリ12、LCD(Liquid Crystal Display)等から成るモニタ(表示部)14、キーボードやマウス等から成る入力部16、ハードディスク等の大容量記憶装置から成る記憶部20が互いに接続されている。また記憶部20には、データ処理プログラム21、波形記憶部22、オペレーティングシステム(OS)23等が備わっている。
【0015】
図2は、CPU10がデータ処理プログラム21を実行することにより、ソフトウェア的に具現化される機能を模式的に示した図である。データ処理プログラム21は、そのプログラム本体30と本発明に相当する範囲指定ピーク合わせプログラム40とを含む。プログラム本体30は、複数の波形データをグラフ上に重ね描きする描画機能や、グラフを拡大/縮小
する機能など、従来のデータ処理プログラムが有する機能を備えている。本発明に係る範囲指定ピーク合わせプログラム40は、このプログラム本体30を描画部として使用する。
【0016】
図3は、波形記憶部22の構成を示すブロック図である。この波形記憶部22は、既知物質のスペクトル(参照スペクトル)データが格納された、ライブラリとしての機能を有する参照波形記憶部51と、FTIR装置2で得られた分析対象の試料のスペクトル(対象スペクトル)データを格納する対象波形記憶部52と、範囲指定ピーク合わせプログラム40により変更されたスペクトルデータを格納する変更波形記憶部53と、を有している。
【0017】
次に、本発明に係る範囲指定ピーク合わせプログラム40が実行する処理の一例を、
図4のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0018】
図1の分析システムを用いて例えば異物分析を行う場合、データ処理プログラム21のプログラム本体30は、参照波形記憶部51の中から分析者(ユーザ)が選択した参照スペクトルデータを読み出し、該参照スペクトルデータと対象波形記憶部52に格納された対象スペクトルデータをグラフに重ね描きして、モニタ14の画面上に描出する、といった操作を行う(
図5(a))。
【0019】
しかしながら、
図5(a)に示すように、測定条件等の違いにより参照スペクトルRと対象スペクトルSのベースラインや倍率は一般的に異なっている。従って、実際にデータの解析を行う前に、分析者はまずこれらのスペクトルのベースライン及びピーク高さを揃える必要がある。
【0020】
例えば、
図5(a)のピークのうちピークAが異物成分のピークでないことが予め分かっている場合、このピークAを基準ピークとして参照スペクトルRと対象スペクトルSのベースライン及びピーク高さを揃えれば良いことが分かる。そこで、ユーザはまずプログラム本体30の機能を使用し、ピークAを含む領域61を拡大表示する(
図5(b))。
【0021】
次に、ユーザが入力部16を適宜操作する(例えばモニタ14上に表示されているアイコンをダブルクリックする)ことにより、範囲指定ピーク合わせプログラム40を起動する(ステップS1)。範囲指定ピーク合わせプログラム40が起動すると、基準範囲設定部41は、グラフ上に基準範囲指定カーソル62を表示する(
図6(a))。ユーザはマウス等を操作することにより基準範囲指定カーソル62を動かし、基準ピークを一致させたい波長範囲を指定する。これにより、ユーザが指定した波長範囲が基準範囲として設定される(ステップS2)。
【0022】
倍率・オフセット算出部42は、ステップS2で設定された基準範囲内で、参照スペクトルRと対象スペクトルSの最大値及び最小値をそれぞれ求める(
図6(b))。そして、これらが一致するように、対象スペクトルSの倍率とオフセットを算出する(ステップS3)。具体的には、対象スペクトルSの倍率aとオフセット値bは次式により算出することができる。
a=(Rmax-Rmin)/(Smax-Smin)
b=(Rmin×Smax-Rmax×Smin)/(Smax-Smin)
ただし、Rmax, Rmin, Smax, Sminはそれぞれ基準範囲内での参照スペクトルRの最大値及び最小値、対象スペクトルSの最大値及び最小値である。
【0023】
波形データ変更部43は、算出された倍率a及びオフセット値bを対象スペクトルSの各強度値に適用する(ステップS4)。例えばある波長λにおける対象スペクトルの強度値をS
λとしたとき、上記の倍率a及びオフセット値bを適用した強度値は
S
λ'=a×S
λ+b
となる。これを対象スペクトルデータ内の全強度値に適用すれば良い。この変更後の強度値から成るスペクトルデータは、変更波形記憶部53に記憶される(ステップS5)。
【0024】
再描画指示部44は、変更波形記憶部53に記憶されたスペクトルデータを、対象スペクトルSの代わりにグラフ上に描画するよう、また以降の対象スペクトルの描画はこの変更波形記憶部53に記憶されたスペクトルデータを基づいて行うよう、プログラム本体30に指示する(ステップS6)。これにより、基準範囲内でピークAのベースライン及びピーク高さを一致させたグラフを得ることができる(
図6(c))。
【0025】
この
図6(c)のグラフは、変更波形記憶部53に記憶された変更後のスペクトルデータに基づいて作成されているため、プログラム本体30の機能を用いて例えば
図7のように全体表示(縮小表示)しても、ピークAは一致したままとなる。従って、この
図7のグラフから、ピークB及びDにおいて対象スペクトルS’には参照スペクトルRに含まれない異物のピークが重畳されていることを、ユーザは容易に知ることができる。
また、変更前のスペクトルデータは対象波形記憶部52に保存されているため、必要なときに容易に元に戻すことができる。
【0026】
なお、本実施例では対象スペクトルが1つの場合を例に説明したが、さらに多くの対象スペクトルに対して同時に本範囲指定ピーク合わせプログラムを適用することもできる。また、本実施例では、参照スペクトルを基準として対象スペクトルの倍率及びオフセット値の算出を行ったが、対象スペクトルを基準として、参照スペクトルの倍率及びオフセット値を算出するようにしても良い。さらに、基準とするスペクトルをユーザが選択できるようにしても良い。
【0027】
また、ステップS1で行った範囲指定ピーク合わせプログラムの起動は、ピークAを含む領域を拡大する前のグラフで行っても良い。また、本実施例ではステップS2における基準範囲の指定をカーソル62を用いて行ったが、例えば数値入力で行うようにしても良い。
【0028】
また、ステップS3における倍率及びオフセット値の算出を、上記のように基準範囲内のスペクトルの最大値・最小値を用いて行った場合、基準ピークのトップに大きなスパイクノイズがあると、そのスパイクノイズの先端を最大値と評価してしまい、倍率とオフセット値が適切に計算されなくなることがある。このような場合、最小自乗法により倍率及びオフセット値を算出するようにすることもできる。
【0029】
例えば、基準範囲内での参照スペクトルR及び対象スペクトルSを以下のような1次元ベクトルで表す。
r=(R
1, R
2,...,R
n)
s=(S
1, S
2,...,S
n)
ただし、R
j及びS
jは波長λ
jにおける強度値であり、各λ
jはステップS2で設定した波長範囲(基準範囲)内に存在するものとする。ここで、対象スペクトルSのベクトルsに倍率a及びオフセット値bを施したベクトルをs'とすると、ベクトルs'は
s'=(a×S
1+b, a×S
2+b,...,a×S
n+b)
で表される。このベクトルs'とベクトルrとの誤差、すなわち|r-s'|が最小となるように倍率a及びオフセット値bを算出すれば、ノイズが目立つデータであっても適切に倍率及びオフセット値を算出することができる。
【0030】
さらに、異物によるピークをより明確にするために、
図8に示すように、参照スペクトルRと変更後の対象スペクトルS’との差スペクトルをグラフ表示することもできる。
【0031】
以上、本発明に係るデータ処理装置について実施例を用いて説明したが、上記は例に過ぎないことは明らかであり、本発明の趣旨の範囲内で適宜に変更や修正、又は追加を行っても構わない。例えば、本実施例では赤外分光測定を例に挙げたが、他の分光測定やクロマトグラフ分析においても本発明のデータ処理装置及びデータ処理プログラムを好適に用いることができる。