(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は下記の実施形態に限定されるものではない。
【0014】
(磁石部材)
図1〜3に示すように、本実施形態に係る磁石部材30は、磁石素体32と、磁石素体32の表面全体を被覆するめっき膜34と、を備える。磁石素体32は扇形の板である。ただし、磁石素体32の形状は扇形に限定されない。磁石素体32の寸法は、磁石素体32の形状に関わらず一般的に縦4〜50mm×横5〜100mm×厚さ0.5〜10mm程度である。めっき膜34の厚さの平均値は、1〜30μm程度であればよい。
【0015】
磁石素体32はR−T−B系希土類磁石(希土類永久磁石)から構成される。R−T−B系希土類磁石は、希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含有する。希土類元素Rは、La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb及びLuからなる群より選ばれる少なくとも一種であればよい。特に、希土類磁石は、希土類元素RとしてNd及びPrの両方を含有することが好ましい。また、希土類磁石は、遷移金属元素TとしてCo及びFeを含有することが好ましい。希土類磁石がこれらの元素を含有することにより、希土類磁石の残留磁束密度及び保磁力が顕著に向上する。なお、希土類磁石は、必要に応じて、Mn,Nb,Zr,Ti,W,Mo,V,Ga,Zn,Si,Cu,Al及びBi等の他の元素を更に含んでもよい。
【0016】
めっき膜34は、Ni単体又はNi合金から構成される。めっき膜34は、磁石素体32の腐食を防止するための保護膜として機能する。
【0017】
磁石部材30の扇形の表面Sは、磁石素体32の容易磁化方向Mを垂線にもつ。換言すれば、磁石部材30の表面Sの法線方向(normal direction)が、磁石素体32の容易磁化方向Mと平行である。なお、表面Sは平面であっても曲面であっても良い。曲面である表面S内のある点(例えば重心)の垂線が容易磁化方向Mと平行である場合、表面Sは、容易磁化方向Mを垂線にもつ面とみなす。
【0018】
面Sの周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mは、面Sの中央部36に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Cよりも低い。ここで中央部36とは、周縁部38に囲まれた領域を意味する。中央部36及び周縁部38は下記のように定義してもよい。まず、表面Sの輪郭(図形A)を50%の縮小率で相似変換した図形(図形B)を想定する。次に、図形Bの重心を図形Aの重心と一致させ、かつ図形Bの各辺とそれらに対応する図形Aの各辺とが平行になるように、図形Bを図形Aに重ねる。このとき、図形Bで表される領域は中央部と定義される。また、図形Bの外側であり、かつ図形Aの内側である領域は、周縁部と定義される。
【0019】
周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mは、中央部36(例えば表面Sの重心)に位置するめっき膜中の硫黄の含有率[S]
Cの0.80〜0.95倍であることが好ましい。これにより、磁石部材の耐食性及び接着性が向上し易くなる。なお、[S]
Cは100〜3000質量ppm程度であり、[S]
Mは50〜2000質量ppm程度である。[S]
Cが高いほど接着性が良好となる傾向がある。[S]
Cが低いほど接着性が低下する傾向がある。[S]
Mが高いほど耐食性が劣化する傾向がある。つまり、[S]
Mが低いほど耐食性が向上する傾向がある。また、[S]
M及び[S]
Cが、例えば20質量ppmを下回るほど過少の場合、めっき膜34の硬度が低下する傾向にある。すなわち、めっき膜34に傷がつき易く傷部が腐食の原因となる恐れがある。一方、[S]
M及び[S]
Cが、例えば5000質量ppmを上回るほど過多の場合、めっき膜34が脆くなる傾向にある。すなわち皮膜応力などによりめっき膜34に割れが発生し易く、割れ部が腐食の原因となる恐れがある。ただし、[S]
M及び[S]
Cが上記数値範囲外であっても、本発明の作用効果は奏される。なお、めっき膜34中の硫黄の含有率は、表面Sの周縁部38からの重心へ向かって徐々に増加してもよい。
【0020】
めっき膜34は電気めっきにより形成されることが好ましい。電気めっきにより形成されためっき膜34では、面S内の周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率が、面S内の中央部36に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率よりも低くなり易い。また、周縁部38におけるめっき膜34は、中央部36におけるめっき膜34よりも厚いことが好ましい。換言すれば、周縁部38は容易磁化方向Mにおいて中央部36よりも突出しており、表面Sは凹状であることが好ましい。表面Sが凹状であることにより、表面Sとヨーク等の金属部品との接着強度を高め易くなる。めっき膜34を電気めっきで形成することにより、凹状の表面を形成することができる。表面Sが凹状である場合、周縁部38におけるめっき膜34の厚さは、2〜50μm程度であればよい。表面Sが凹状である場合、中央部36におけるめっき膜34の厚さは、1〜30μm程度であればよい。
【0021】
<接着性>
本実施形態に係る磁石部材30は、ボイスコイルモータ(VCM:Voice Coil Motor)等のモータ用磁石として好適である。磁石部材30はモータに組み込まれ、磁気回路を形成する。モータに組み込まれる磁石部材30は、
図4に示すように、接着剤42を介して、主に珪素鋼板で構成されるヨーク40の表面に固定される。一般的に、磁器回路を形成する磁石部材30は、その容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sがヨーク表面に対向するように、ヨークに固定される。ヨークと磁石部材30とは、モータの高速回転化に対応するため、強固に接着される必要がある。
【0022】
Ni又はNi合金からなるめっき膜34が電気めっきにより磁石素体32の表面に形成される場合、一般に、電気めっき中の磁石素体32の周縁部における電流密度が中央部(重心近傍)に比べて高くなる傾向がある。その結果、完成した磁石部材30の表面Sの周縁部38におけるめっき膜34の厚みが中央部36に比べて厚くなる傾向がある。つまり、めっき膜34が形成された磁石部材30の表面Sでは、中央部36が周縁部38よりも僅かに凹む傾向がある。表面Sの凹んだ部分に充填された接着剤42とヨーク表面とを面接触させることにより、十分な接着強度が発現する。
【0023】
めっき膜34中の硫黄の含有率が高いほど、水酸基やスルホン基等の官能基がめっき膜34の表面Sに発現し易くなる。これらの官能基は、接着剤42に作用し、表面Sとヨーク表面との接着性に影響する。表面Sにおいてこれらの官能基数が多い部分ほど、磁石部材の表面Sとヨーク表面との接着性が向上し易い。本実施形態では、面Sの周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mが、面Sの中央部36位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Cよりも低い。したがって、中央部36は周縁部38と比較してより強固にヨーク表面に対して接着・固定される。このように、磁石部材30の表面Sの中央部36と周縁部38とでは接着強度が異なり、中央部36が周縁部38よりも強くヨークに接着されているため、めっき膜34と接着剤42との界面で応力緩和効果が発現し、表面S全体とヨーク表面との十分な接着力が得られる、と本発明者らは考える。特に、高湿環境では、めっき膜表面の官能基が接着性に強く影響し、応力緩和効果が顕著に発現する、と本発明者らは考える。なお、本発明において磁石部材30とヨーク40との接着性が向上する要因は、必ずしも上記のものに限定されない。
【0024】
<耐食性>
電気めっきで形成されためっき膜34は、表面Sの周縁部38において相対的に凸形状となる。凸形状のめっき膜34(表面Sの周縁部38)はヨーク表面と線接触する。よって、表面Sの周縁部38は、中央部36に比べて、接着強度の向上に寄与しない。表面Sに過剰の接着剤を塗布し、表面Sの周縁部38とヨークとの間に十分な接着剤を介在させることで、両者の接着性を向上させることもありえる。しかし、磁石部材30の製造コストを抑えるためには、過剰な接着剤の使用は避けるべきである。したがって、凸形状の周縁部38とヨークとの間には接着剤42が回り込み難く、凸形状の周縁部38はヨーク(珪素鋼板)と直接接触し易い。NiまたはNi合金からなるめっき膜34とヨーク40(珪素鋼板)は、それぞれ金属であるため、両者が直に接触することで接触電位差が生じ、両者の接触箇所が腐食の起点となり得る。特に、高湿環境でモータを使用した場合、周縁部38及びヨーク40の接触箇所における結露又は水膜の付着により、両者間に接触電位差による局部電池が形成されるため、両者の接触箇所で腐食が進行し易いことが懸念される。
【0025】
めっき膜34中の硫黄の含有率が低いほど、めっき膜34自体の腐食電位が貴にシフトする結果、めっき膜34自体の耐食性が向上する。本実施形態では、周縁部38におけるめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mが、中央部36におけるめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Cよりも低い。つまり、ヨークと直に接触し、局部電池を形成しうる周縁部38のめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mが低い。これにより、周縁部38におけるめっき膜34の腐食電位が貴にシフトする。その結果、周縁部38を含めた磁石部材30全体の耐食性が向上する、と本発明者らは考える。また、本発明では、Niめっき皮膜上に更にクロム酸塩被覆膜等の別の保護膜を形成する従来の磁石部材とは異なり、めっき膜34単独で十分な耐食性が実現する。なお、本発明において磁石部材の耐食性が向上する要因は、必ずしも上記のものに限定されない。
【0026】
(磁石部材の製造方法)
以下では、上記の磁石部材30の製造方法について説明する。
【0027】
<磁石素体の作製工程>
まず、磁石部材30の内部に配置される磁石素体32を作製する。磁石素体32の作製では、まず原料合金を鋳造し、インゴットを得る。原料合金としては、希土類元素R,遷移金属T及びBを含むものを用いればよい。なお、原料合金は、必要に応じて、Mn,Nb,Zr,Ti,W,Mo,V,Ga,Zn,Si,Cu,Al及びBi等の他の元素を更に含んでもよい。インゴットの化学組成は、最終的に得たい希土類磁石の主相の化学組成に応じて調整することができる。
【0028】
次に、インゴットを、ディスクミル等により粗粉砕して10〜100μm程度の粒径の合金粉末を得る。そして、この合金粉末をジェットミル等により微粉砕して0.5〜5μm程度の粒径の合金粉末を得た後、当該合金粉末を磁場中で加圧成形することにより、成形体を得る。この加圧成形工程において合金粉末が設置される磁場の方向は、成形体の容易磁化方向と略一致する。成形体の容易磁化方向は、その焼結体(磁石素体)の容易磁化方向Mと略一致する。
【0029】
加圧成形時に合金粉末に印加する磁場の強度は800kA/m以上であることが好ましい。また、成形時に合金粉末に加える圧力は10〜500MPa程度であることが好ましい。なお、成形方法としては、一軸加圧法またはCIPなどの等方加圧法のいずれを用いてもよい。その後、得られた成形体を焼成して焼結体(磁石素体)が得られる。
【0030】
焼成は、真空中またはArガス等の不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましく、焼成温度は1000〜1200℃程度であればよい。また、焼成時間は0.1〜100時間程度であればよい。さらに、焼成工程は、複数回行ってもよい。
【0031】
焼結体(磁石素体)に対して、時効処理を施すことが好ましい。時効処理では、焼結体を450〜950℃程度の温度で0.1〜100時間程度、不活性ガス雰囲気中で熱処理することが好ましい。このような時効処理により希土類磁石の保磁力がさらに向上する。なお、時効処理は多段階の熱処理工程から構成されてもよい。例えば2段の熱処理からなる時効処理では、1段目の熱処理工程において焼結体を700℃以上焼成温度未満の温度で0.1〜50時間加熱し、2段目の熱処理工程において焼結体を450〜700℃で0.1〜100時間加熱する方法等がある。
【0032】
焼結体(磁石素体)を必要に応じて所定の形状に加工してもよい。加工方法としては、例えば、切断、研削などの形状加工や、バレル研磨などの面取り加工などが挙げられる。なお、このような加工は必ずしも行う必要はない。なお、加工を行う場合は、磁石素体の少なくとも一つの表面が容易磁化方向Mを垂線に持つように、磁石素体を所定の形状に加工する。容易磁化方向Mを垂線に持つ面は、平面であっても曲面であっても良い。
【0033】
焼結体(磁石素体)に対しては、表面の凹凸や表面に付着した不純物等を除去するため、適宜、洗浄を行ってもよい。洗浄方法としては、例えば、酸溶液を用いた酸洗浄(エッチング)が好ましい。酸洗浄によれば、磁石素体の表面の凹凸や不純物を溶解除去して平滑な表面を有する磁石素体が得られ易くなる。
【0034】
また、上記酸洗浄後の磁石素体を水洗して、酸洗浄に用いた処理液を磁石素体から除去した後、磁石素体の表面に残存した少量の未溶解物や残留酸成分を完全に除去するために、磁石素体に対して超音波を使用した洗浄を実施することが好ましい。超音波洗浄は、例えば、磁石素体の表面に錆を発生させる塩素イオンが極めて少ない純水中や、アルカリ性溶液中等で行うことができる。超音波洗浄後には、必要に応じて磁石素体を水洗してもよい。また、脱脂処理で用いる脱脂液は、通常の鉄鋼用に使用されているものであれば特に限定されない。一般にNaOHを主成分として、その他添加剤は特定するものでない。
【0035】
酸洗浄で使用する酸としては、水素の発生が少ない酸化性の酸である硝酸が好ましい。一般の鋼材にめっき処理を施す場合、塩酸、硫酸等の非酸化性の酸が用いられることが多い。処理液中の硝酸濃度は、好ましくは1規定以下、特に好ましくは0.5規定以下である。
【0036】
希土類元素を含む場合には、これらの酸を用いて処理を行うと、酸により発生する水素が磁石素体の表面に吸蔵され、吸蔵部位が脆化して多量の粉状未溶解物が発生する。この粉状未溶解物は、表面処理後の面粗れ、欠陥及び密着不良を引き起こすため、上述した非酸化性の酸を化学エッチング処理液に含有させないことが好ましい。
【0037】
このような酸洗浄による磁石素体の表面の溶解量は、表面からの平均厚みに換算して、5μm以上であることが好ましく、10〜15μmであることがより好ましい。こうすれば、磁石素体の表面加工によって形成される変質層や酸化層をほぼ完全に除去することができる。
【0038】
前処理を行った磁石素体の表面から少量の未溶解物、残留酸成分を完全に除去するため、超音波を使用した洗浄を実施することが好ましい。この超音波洗浄は、磁石素体の表面に錆を発生させる塩素イオンが極めて少ないイオン交換水の中で行うのが好ましい。また、前記超音波洗浄の前後、及び前記前処理の各過程で必要に応じて同様な水洗を行ってもよい。
【0039】
本実施形態では、以上の工程を得て、容易磁化方向Mを垂線に持つ扇形の表面Ssを有する磁石素体32を形成する。磁石素体32の表面Ssは、完成した磁石部材の表面Sに対応する。
【0040】
<めっき工程>
めっき工程では、磁石素体32の表面上に、NiまたはNi合金めっきからなるめっき膜34(保護層)を形成する。めっき膜34の形成にはスパッタや蒸着法を用いても良い。めっき膜34が湿式めっき層である場合、通常の電解めっき(電気めっき)又は無電解めっきによってめっき膜34を形成することができる。具体的には、電解Niめっき又は無電解Niめっきによってめっき膜34を形成することができる。
【0041】
電解Niめっきでは、めっき浴を準備し、バレル槽又は引っ掛け治具を用いて磁石素体32をめっき液に浸漬する。そして、カソードと電気的に接続した磁石素体32とアノードと間に通電することにより、めっき膜34を磁石素体32の表面に形成することができる。Niの電気めっきに用いるめっき液(めっき浴)としては、ワット浴、スルファミン酸浴、ほうフッ化浴、臭化Ni浴などが挙げられる。ただし、いずれのめっき浴も硫黄化合物を含む。めっき浴が含む硫黄化合物に由来する硫黄がめっき膜34中に導入される。硫黄化合物としては、1,3,6−ナフタレントリスルホン酸、1,5−ナフタレンジスルホン酸、1,6−ナフタレンジスルホン酸、2,5−ナフタレンジスルホン酸、アリルスルホン酸又はベンゼンスルホン酸等のスルホン酸塩、サッカリン又はサッカリンナトリウム等の芳香族スルホンイミド、パラトルエンスルホンアミド又はベンゼンスルホンアミド等のスルホンアミド、スルフィン酸、ベンゼンスルフィン酸等のスルフィン酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩、チオ尿素、チオセミカルバジド又はメチルチオセミカルバジド等のチオ尿素基を有する化合物、及びこれらの有機化合物の塩、誘導体又は誘導体塩等のいずれか1種以上を用いればよい。めっき液中の硫黄化合物の含有率は、所望の[S]
M及び[S]
Cに応じて適宜調整すればよい。
【0042】
無電解Niめっきでは、ニッケルイオンを所定量含有するとともに、例えば、次亜リン酸ナトリウム等の還元剤、クエン酸ナトリウム等の錯化剤、及び硫酸アンモニウム等を含有するニッケル化学めっき液(温度:80℃程度)に、磁石素体32を浸漬することによって、めっき膜34を磁石素体32の表面に形成することができる。ただし、いずれのめっき浴も上記の硫黄化合物を含む。
【0043】
本実施形態では、電気めっき(電解Niめっき)を用いて、めっき膜34を形成することが好ましい。以下に説明するように、電気めっきを用いると、容易磁化方向Mにおいて周縁部38が中央部36よりも突出した凹状の表面Sを形成し易くなる。また、電気めっきを用いることにより、面Sの周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Mを、面Sの中央部36に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Cよりも低い値に制御することができる。具体的な電気めっきの方法としては、下記のラックめっき法及びバレルめっき法が挙げられる。
【0044】
電気めっきによりめっき膜34を形成する場合、磁石素体32の周縁部(表面Ssの周縁部)は電界が多方向から集中するために電流密度が大きくなる傾向にある。一方、周縁部に囲まれる部分では印加される電界が垂直方向のみであるために電流密度が小さくなる傾向にある。したがって、この電流密度の関係を利用することによって、得られる磁石部材30の周縁部32におけるめっき膜34の厚さを中央部36よりも大きくすることが可能である。
【0045】
ラックめっき法では、めっき液中で被めっき物である磁石素体32をカソード端子で直接保持する。そして、磁石素体32の表面Ssをアノードに対向させて、通電することによりめっきを行う。磁石素体32とアノードとの距離、位置関係のほか、遮蔽板や犠牲陰極を適宜配置することにより、磁石素体32上でのめっき電流密度の分布を制御することが可能であり、めっき膜34の厚み分布を制御することが可能である。
【0046】
バレルめっき法では、磁石素体32と導電性メディアの混合物を内包するめっきバレルにカソード端子を挿し入れ、めっき液中でめっきバレルをアノードに対向させてめっきを行う。磁石素体32の形状・数量と導電性メディアの形状・数量との組み合わせにより、導電性メディアが犠牲陰極として機能する。その結果、磁石素体32上のめっき電流密度の分布を制御することが可能であり、磁石素体32の表面Ssに形成されるめっき膜34の厚みの分布を制御することが可能となる。
【0047】
以上のように、電気めっきでは、めっき液中の硫黄化合物の濃度、電流密度、磁石素体32の表面Ssのアノードに対する向き、表面Ssとアノードとの距離、および表面Ssとアノードとの間の遮蔽板や犠牲陰極の位置等をそれぞれ適宜調整する。これにより、周縁部38におけるめっき膜34の厚さ、中央部36におけるめっき膜34の厚さ、周縁部38に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
M、及び中央部36に位置するめっき膜34中の硫黄の含有率[S]
Cを所望の値に制御できる。また、ラックめっき法又はバレルめっき法と、各めっき法に適した特定の組成のめっき液とを組み合わせることにより、周縁部38及び中央部36におけるめっき膜34の厚さ、硫黄の含有率[S]
M,[S]
Cを調整することもできる。
【0048】
なお、磁石素体32とめっき膜34との間に他の膜を形成しても良い。つまり、磁石素体32の表面上に他の膜を形成した後で、磁石素体32をめっき膜34で被覆しても良い。他の膜により、磁石素体32とめっき膜34との密着性が向上させることができる。他の膜としては、Al、Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu及びZnからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属又は当該金属を含む合金を含有す膜等が上げられる。このような他の膜は、スパッタや蒸着法、電解めっき、無電解めっき等の公知の手法により用いて形成すればよい。
【0049】
以上、本実施形態に係る磁石部材及びその製造法について説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではない。
【0050】
磁石部材の形状は扇形に限られない。容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが平面である磁石部材としては、扇形のほか、例えば、略直方体型部材、略円板型部材等が挙げられる。略直方体型部材は略長方形の表面Sを有する。略円板型部材は、略円形の表面Sを有する。
【0051】
容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが曲面である磁石部材としては、例えば、略円筒型部材、略三日月型部材などが挙げられる。略円筒型部材は円筒型の表面Sを有する。円筒型部材の容易磁化方向Mは、部材の長軸から外周面に向かって放射状に延び、表面Sと直交する。磁石素体の略三日月型部材は湾曲した長方形状の表面Sを有する。
【0052】
容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが曲面である場合、その曲面を平面に展開する。その平面において上記の同様の方法で中央部および周縁部を定義することができる。
【0053】
容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが、例えば円筒又は円柱の側面のように周回する曲面である場合、その曲面を平面Aに展開する。その平面Aを、表面Sの周回方向と直交する方向にのみ50%の縮小率で相似変換して平面Bを構成する。この平面Bにおいて上記の同様の方法で中央部および周縁部を定義することができる。
【0054】
容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが平面である磁石部材は、例えば、永久磁石同期モータ(IPMモータ)、リニア同期モータ、ボイスコイルモータ等に用いられる。これらのモータは一般的に平面をもつヨークを備える。そのヨーク平面に本発明の磁石部材が接着固定される。
【0055】
容易磁化方向Mを垂線にもつ表面Sが曲面である磁石部材は、例えば、永久磁石同期モータ(SPMモータ)、振動モータ等に用いられる。これらのモータには一般的に曲面をもつヨークを備える。そのヨーク曲面に本発明の磁石部材が接着固定される。
【0056】
なお、本発明の磁石部材の形状、磁石部材が用いられるモータの種類は上記のものに限定されない。
【実施例】
【0057】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0058】
(実施例1)
<磁石素体の作製工程>
27.4質量%Nd−3質量%Dy−1質量%B−68.6質量%Feの組成を有するインゴットを粉末冶金法によって作成した。インゴットをスタンプミルおよびボールミルにより粉砕し、上記組成の合金微粉末を得た。
【0059】
磁場中で合金微粉末のプレス成型を行い、成形体を得た。この成形体を、Arガス雰囲気下、保持温度1100℃、保持時間1時間の条件下で焼結させた後、Arガス雰囲気下、保持温度600℃、保持時間2時間の条件下で時効処理を施し、焼結体を得た。
【0060】
得られた焼結体を、30mm×60mm×5mmの寸法を有する直方体に加工し、さらにバレル研磨処理により面取りを行って磁石素体を得た。なお、磁石素体の容易磁化方向Mが30mm×60mmの大きさの面(表面Ss)の垂線方向となるように焼結体を加工した。
【0061】
<前処理工程>
磁石素体に、アルカリ脱脂処理、水洗、硝酸溶液による酸洗浄処理、水洗、超音波洗浄によるスマット除去、水洗を順次行う前処理を施した。
【0062】
<めっき工程>
以下の組成を有するめっき浴(液種:S0)を調製した。めっき浴のpHは4.0に調整した。めっき浴の温度は50℃に調整した。
[S0の組成]硫酸ニッケル・六水和物:270g/L、塩化ニッケル・六水和物:50g/L、ホウ酸:45g/L、サッカリンナトリウム:5g/L、クマリン:0.3g/L。
【0063】
前処理した磁石素体をめっき浴S0に浸漬し、バレルめっき法による電気めっき処理を行った。電気めっき処理は、平均電流密度Dkを0.3A/dm
2に調整して、磁石素体の表面全体に厚みが5μm程度であるめっき膜が形成されるまで行った。以上の工程により、実施例1の磁石部材を得た。
【0064】
<[S]
M、[S]
Cの測定>
磁石素体の容易磁化方向Mを垂線にもつ磁石部材の面Sの周縁部に位置するめっき膜中の硫黄の含有率[S]
M(単位:質量ppm)、及び面Sの中央部(重心)に位置するめっき膜中の硫黄の含有率[S]
C(単位:質量ppm)を蛍光X線分析法により測定した。蛍光X線分析法では、コリメーター径を1mmとした。なお、磁石部材の面Sとは、磁石素体の表面Ss(30mm×60mmの大きさの面)に対応する表面である。磁石素体の表面Ss及び磁石部材の表面Sの各垂線は、磁石素体の容易磁化方向Mに平行である。
【0065】
<ヨーク貼り付け>
磁石部材の表面Sに0.008〜0.010gの接着剤を塗布した。接着剤を塗布した表面Sをヨークに貼り付け、磁石部材をヨークに圧着して、圧着体を形成した。ヨークとしては、珪素鋼板(材質:SPCC、寸法:縦80mm×横80mm×厚み1mm)を用いた。接着剤としては、嫌気性アクリル接着剤(日本ロックタイト(株)製ロックタイト638UV)を用いた。
【0066】
予め100℃に昇温された乾燥機内に圧着体を30分保持した後、圧着体に対して以下の圧縮せん断試験1,2及び耐湿性試験を行った。
【0067】
<圧縮せん断試験1>
圧着体について、室温で5mm/分の速度で圧縮せん断試験を行った。
【0068】
<耐湿性試験>
圧着体を、85℃90%RHの高温高湿環境下に1000時間保持し、ヨークに接着された磁石部材周辺の外観の変化を観察した。
【0069】
<圧縮せん断試験2>
耐湿性試験の場合と同様の高温高湿環境下に1000時間保持した後の圧着体について、室温で5mm/分の速度で圧縮せん断試験を行った。
【0070】
(実施例2〜7、比較例1〜4)
実施例2〜7及び比較例1〜4の各磁石部材を作製した際、表1に示すめっき法とめっき浴を用いてめっき工程を実施した。また、実施例2〜7及び比較例1〜4の各磁石部材のめっき工程では、電流密度Dk、めっき浴のpHを表1に示す値に調整した。これらの事項以外は、実施例1と同様の方法で、実施例2〜7及び比較例1〜4の各磁石部材及び圧着体を作製した。なお、表1に示す各めっき浴(液種:S1〜S4)の組成は以下の通りである。なお、いずれのめっき浴の溶媒も水である。
【0071】
[S1の組成]硫酸ニッケル・六水和物:200g/L、塩化ニッケル・六水和物:70g/L、ホウ酸:45g/L、サッカリンナトリウム:3g/L、クマリン:0.3g/L。
【0072】
[S2の組成]硫酸ニッケル・六水和物:150g/L、塩化ニッケル・六水和物:100g/L、ホウ酸:45g/L、1,3,6−ナフタレントリスルホン酸ナトリウム:2g/L、1,4−ブチン−2−ジオール:0.1g/L。
【0073】
[S3の組成]スルファミン酸ニッケル・四水和物:300g/L、塩化ニッケル・六水和物:30g/L、ホウ酸:30g/L、サッカリンナトリウム1g/L。
【0074】
[S4の組成]スルファミン酸ニッケル・四水和物:200g/L、塩化ニッケル・六水和物:50g/L、ホウ酸:30g/L、1,5−ナフタレンジスルホン酸ナトリウム:1g/L。
【0075】
実施例1と同様の方法で、実施例2〜7及び比較例1〜4の各磁石部材の[S]
M,[S]
Cの測定、圧縮せん断試験1,2、耐湿性試験を行った。各実施例及び比較例の[S]
M、[S]
C、圧縮せん断試験1,2、耐湿性試験の結果を表1に示す。なお、いずれの実施例及び比較例においても、周縁部の位置に拠らず[S]
Mは略一定であった。
【0076】
表1における「差分」とは、{([S]
C−[S]
M)/[S]
C}×100を表す。
【0077】
表1に示す「初期接着性」とは、圧縮せん断試験1の評価結果を意味する。「A」とは、圧縮せん断試験1で測定された圧縮せん断強度が5MPa以上であったことを意味する。「B」とは、圧縮せん断強度が4MPa以上5MPa未満であったことを意味する。なお、圧着体の圧縮せん断強度とは、ヨークから磁石部材を剥離させるために要する圧力である。圧縮せん断試験1により測定した圧縮せん断強度が高いほど、磁石部材のヨーク対する初期の接着性が優れている。
【0078】
表1に示す「耐湿性」とは、耐湿性試験の評価結果を意味する。「A」とは、磁石部材周辺の外観に変化がなかったことを意味する。「B」とは、磁石部材周辺が変色したことを意味する。評価がAである圧着体の磁石部材は、評価がBである圧着体の磁石部材に比べて、表面Sの周縁部の耐食性に優れている。
【0079】
表1に示す「接着強度の耐久性」とは、圧縮せん断試験2の評価結果を意味する。圧縮せん断試験1で測定された圧縮せん断強度から圧縮せん断試験2で測定された圧縮せん断強度を引くことにより、高温高湿環境下における圧縮せん断強度の減少値を求めた。「A」とは、圧縮せん断強度の減少値が1MPa以下であったことを意味する。「B」とは、圧縮せん断強度の減少値が1MPa超2MPa未満であったことを意味する。「C」とは、圧縮せん断強度の減少値が2MPa以上であったことを意味する。圧縮せん断強度の減少値が小さいほど、高温高湿環境下における磁石部材のヨーク対する接着強度の耐久性が優れている。
【0080】
表1の「総合評価」における「A」とは、「初期接着性」、「耐湿性」及び「接着強度の耐久性」の全ての評価がAであることを意味する。「総合評価」における「B」とは、いずれかの評価が「B」であり、いずれの評価も「C」ではなかったことを意味する。「総合評価」における「C」とは、いずれかの評価が「C」であったことを意味する。
【0081】
【表1】