【文献】
藺牟田 隼人,マイクロ波を用いた心拍の非接触計測及びメンタルストレスの評価について−椅子の背もたれ越しに行う電極を使わないHRV計測の試み−,心臓,日本,財団法人 日本心臓財団,2008年 2月20日,第40巻 特別号1,P.19-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の心拍間隔の測定評価システムは前記各特許文献に示されるものとなっており、このうち前記特許文献1ないし3に記載の、心拍を心電図を用いて測定して心拍変動を得る場合、被験者に対し検出用の電極を直接接触させて測定を実行することから、被験者を拘束し、また被験者に測定を強く意識させるなど、被験者に新たなストレスを与えることとなり、得られた心拍変動について、正確なストレス評価を行えないおそれがあるという課題を有していた。
【0011】
一方、前記特許文献4に示されるように、マイクロ波を用いて非接触で心拍を測定する提案がなされ、この場合は被験者の測定に係り測定器具の直接接触などのストレス要因を排除できる。
【0012】
しかし、前記特許文献4には、被験体からの反射波を受信して得られた信号から、PP間隔や心拍変動指標等の心拍の間隔変化を示す情報を求める具体的な技術内容が示されておらず、特に、マイクロ波の反射波を受信して得られた信号には、被験体のランダムな動きや呼吸による体動等の、測定対象外のノイズ成分も含まれるが、体表面に現れる心臓や動脈の動きは、前記ノイズに対して極めて小さいため、信号には心電図ほど拍動間隔が明確に形成されない場合がほとんどであり、こうした単純に信号ピーク間を読取ることができない状況下で、心拍の間隔変化に係る情報を適切に導出可能とする詳細な技術的記載が前記特許文献4には一切なく、実施は極めて難しいという課題を有していた。
【0013】
なお、前記特許文献4で、心拍変動指標(HRV)を解析して、周波数領域の低周波数成分と高周波数成分に分離する手法として述べられた、最大エントロピー法(Maximum Entropy Method:MEM)は、短い時間長のデータからでも極めて高い周波数分解能でスペクトルが計算できる特長から、定常的な信号のスペクトル解析に利用されるだけでなく、非定常な実験データに対しても短時間長ごとにこの最大エントロピー法(以下、MEMと略称する)を実行することで、実質的に非定常なスペクトルの変化を追う応用も知られている。
【0014】
MEMによるスペクトルの推定は、初めに解析信号の自己回帰モデルが推定され、それに基づいてスペクトル推定がおこなわれるという手順を踏む。その際、自己回帰モデルの次数(以下、モデル次数と呼ぶ)の選択が最も重要になる。選択したモデル次数が小さすぎる場合、スペクトル推定値は平滑化され、本来なら存在すべきスペクトルピークが正しく検出されないことがある。逆に、モデル次数が大きすぎると、推定スペクトルに多くの偽ピークが細かく現れる。こうしたことから、MEMにおいては、最適なモデル次数の選択(推定)が必要であるものの、信号の形態によって最適なモデル次数は異なるため、選択は非常に難しいものとなっていた。
【0015】
一般的なモデル次数推定法としては、最終予測誤差(Final Prediction Error: FPE
)、赤池の情報量基準(Akaike's Information Criterion: AIC)などの手法がある。しかしながら、これらの方法で選定される最適なモデル次数は一般に極めて小さい値になり、スペクトルは著しく平滑化され、注目する周波数領域のピークが隠れてしまう危険性が高い。すなわち、これら既知の次数推定法は、多重スペクトル構造の解明に不向きである。仮に、心拍信号のように観測データが多重スペクトル構造を持つ対象に対し、心拍周波数の解析のように一部の周波数領域のみに注目する場合、これらの次数推定方法は正確に働かないことで、最適なモデル次数を選択することはできず、MEMの適用が現実的に難しい。こうしたことも、前記ストレス評価の分野で具体的な解析事例が従来見られない一因となっている。
【0016】
本発明は、前記課題を解消するためになされたもので、被験体に対する電磁波の送受信で得られた信号に対しMEMを適用し、測定対象のピーク成分の周波数を求めて、ノイズの影響を避けて所望の情報を取得でき、被験体の状態を適切に評価可能とする信号のピーク周波数測定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは、被験体に対し連続する所定周波数の電磁波を照射すると共に、被験体からの反射波を受信し、照射波と反射波との位相差信号を出力する電磁波送受信手段と、前記照射波と反射波との位相差信号に含まれ、測定対象となる被験体の略定常的な変化に応じて略周期的に生じる信号のピーク成分について、所定の解析時間幅での最大エントロピー法を用いたスペクトル推定で、前記ピーク成分の発生頻度を表す周波数を求め、且つ当該周波数を求める処理を位相差信号の時間軸上で繰返し実行する信号解析手段とを備えるものである。
【0018】
このように本発明によれば、電磁波送受信手段によって得られた測定対象のピーク成分以外のノイズも含む位相差信号から、信号解析手段が、位相差信号の所定の短い解析時間幅の信号部分を対象として最大エントロピー法を適用したスペクトル推定を実行し、ピーク成分の発生頻度を表す周波数を求め、さらに位相差信号の時間軸上で解析時間幅分の解析対象位置を動かしながら同様の処理を繰返し、周波数を継続的に導くことから、ピーク成分の周波数の時間経過に伴う推移を把握できることとなり、電磁波送受信手段で得られる信号がノイズを含んで測定対象のピーク成分が明確でない場合でも、測定対象のピーク成分の変化の状態を短時間に効率よく導出して、適切に評価できる。
【0019】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段で求められた前記ピーク成分の周波数を入力され、当該周波数の逆数をとってピーク成分の発生時間間隔を導出する変換手段を備えるものである。
【0020】
このように本発明によれば、電磁波送受信手段によって得られた位相差信号から、信号解析手段が測定対象のピーク成分の周波数を求め、さらに変換手段が周波数の逆数をとってピーク成分の時間間隔を導出し、周波数の導出が位相差信号の取得に従って繰返されるのに伴い、ピーク成分の時間間隔も継続的に導かれることにより、ピーク成分の時間間隔の時間経過に伴う推移、すなわち間隔の時間変動を把握できることとなり、電磁波送受信手段で得られる信号がノイズを含んで測定対象のピーク成分が明確でない場合でも、測定対象のピーク成分の間隔変動を短時間に効率よく導出して、間隔変動に基づく評価を適切に実行できる。また、例えば測定対象を心拍とする場合、心拍間隔を順次導出して心拍間隔の変動(HRV)を短時間で取得することができ、この心拍間隔変動を利用するストレス評価等も短い時間で行えることとなる。
【0021】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段が、前記位相差信号に対する前記解析時間幅でのスペクトル推定を、一回ごとに所定のシフト時間ずつ解析範囲を信号始点側から時間経過方向へ順次ずらしながら繰返し実行するものである。
【0022】
このように本発明によれば、電磁波送受信手段によって得られた位相差信号に対し、信号解析手段が解析時間幅の範囲の信号部分を対象として最大エントロピー法でピーク周波数の時間変化を求め、さらにシフト時間ずつ解析時間幅を動かしつつ、これを繰返すことにより、シフト時間を十分短くして実行すれば、位相差信号について求めた測定対象のピーク成分の周波数のサンプル数を十分多くすることができ、求めたピーク成分の周波数に基づいて別途解析を行う場合に、測定対象のピーク成分の変動状態を確実に捉えることができ、この変動状態についての評価を適切に行える。
【0023】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段で導出された測定対象の信号のピーク成分について、後で別途実行される周波数解析による評価に必要な周波数帯域として与えられる所定の周波数範囲に対し、前記信号解析手段が、前記シフト時間を、前記所定の周波数範囲における最高周波数の2倍より高い周波数の逆数として得られる時間の範囲で、最大限長い時間として設定するものである。
【0024】
このように本発明によれば、解析時間幅を設定するためのシフト時間が、測定対象の信号ピーク成分の評価に必要な周波数帯域の2倍より高い周波数の逆数として得られる時間で最大限長くしたものとして設定され、後の評価に係る周波数帯域の変動を標本化で再現可能とするために必要なサンプリング周波数を確保できることにより、測定対象のピーク成分の評価に必要な周波数帯域での変動を、標本化で再現して周波数解析で確実に捉えられる状態を確保しつつ、スペクトル推定の処理数を抑えて、各処理ごとに生じるタイムラグが深刻な処理遅れをもたらす程度に至らず、位相差信号の入力から間を置かずにピーク成分の周波数を順次導き出せ、解析の迅速性を確保できる。
【0025】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段が、前記解析時間幅でのスペクトル推定で、最大エントロピー法により周波数パワースペクトルを求め、当該周波数パワースペクトルのうち、測定対象のピーク成分の現実に取り得る周波数帯域に対応する既知の周波数範囲における最大ピークの周波数を、求める前記ピーク成分の周波数とするものである。
【0026】
このように本発明によれば、位相差信号の解析時間幅におけるスペクトル推定で、周波数パワースペクトルが求められる中、測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る周波数帯域に対応した既知の範囲における最大のスペクトルピークの周波数を代表値として採用し、そのピーク周波数を取得することにより、測定対象のピーク成分の出現時期に対応する周波数ピークを確実に検出でき、測定対象のピーク成分を生じさせる現象以外の変動に起因するピークや偽ピークを、誤って測定対象の信号ピーク成分に対応した周波数として推定するのを防止できる。
【0027】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段が、前記位相差信号に対する最大エントロピー法でのスペクトル推定を、測定対象のピーク成分の自己回帰モデルを推定し、自己回帰モデル次数を所定範囲内の値に設定した上で、前記モデルに基づいてスペクトル推定を行う手順で実行すると共に、前記信号解析手段が、前記モデル次数の範囲のうち少なくとも最小値を決定するために、理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションをあらかじめ実行するものとされ、前記理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションが、所定時間のタイムウィンドウを有し、測定対象に係る理想的ピーク成分を含むモデル信号におけるピーク周波数を、測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る帯域に対応する既知の周波数範囲内で、所定周波数ずつずらして複数通り与えることで、各々異なるピーク周波数とされる複数パターンの信号モデルを設定し、また、スペクトル推定を適用する解析時間幅を、前記タイムウィンドウの範囲内で時間を異ならせて複数通り設定し、解析時間幅とサンプリング周波数の積であるデータポイント数をモデル次数の最大値として、前記各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとに、モデル次数を1から前記最大値まで変化させつつ、それぞれスペクトル推定を行い、各モデル次数ごとに、推定された周波数パワースペクトルのうち、前記測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る帯域に対応する既知の周波数範囲におけるスペクトルピークの有無を検出し、スペクトルピークが存在する場合のモデル次数を有効なモデル次数と認定するものであり、前記信号解析手段が、前記シミュレーションで得られた、前記各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数の最小値のうち、全体を通して最大のものを、前記位相差信号に対するスペクトル推定で用いるモデル次数の設定範囲の最小値とするものである。
【0028】
このように本発明によれば、最大エントロピー法によるスペクトル推定における自己回帰モデル次数の設定に際し、測定対象のピーク成分に対応する理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションを実行し、ピーク周波数の異なる信号モデルと複数の解析時間幅を組合せた多数の条件ごとに、モデル次数を変化させてスペクトルピークの有無を確認し、スペクトルピークのある有効なモデル次数からモデル次数の最小値を取得し、その中で最大のモデル次数をモデル次数設定範囲の最小値として、この設定範囲内でモデル次数を設定することにより、モデル次数を使用するスペクトル推定で、推定そのものができない事態を確実に回避でき、スペクトル推定を経て測定対象のピーク成分の周波数を問題なく導出できる。
【0029】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段でのシミュレーションで、有効なモデル次数と対応して存在するスペクトルピークを、前記モデル次数の推定ピーク周波数とし、前記信号解析手段が、前記シミュレーションで得られた、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数について、信号モデルの周波数に対するモデル次数ごとの各推定ピーク周波数の推定誤差を求め、推定誤差が最も小さくなる場合の推定ピーク周波数をもつモデル次数のうちの最小値を代表モデル次数として抽出し、さらに各代表モデル次数を同じ解析時間幅ごとに集計して平均をとり、解析時間幅ごとに平均値を平均モデル次数としてそれぞれ取得し、解析時間幅を第一の軸、モデル次数を第二の軸として平均モデル次数を二次元グラフ化した場合に、グラフ上の平均モデル次数を示す線に最も近似する直線をなす一つのモデル次数の値を、前記位相差信号に対するスペクトル推定で用いるモデル次数の最適値とするものである。
【0030】
このように本発明によれば、信号解析手段でのシミュレーションで得られた、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数について、モデル次数ごとの各推定ピーク周波数の推定誤差を求め、推定誤差が最も小さくなる場合のモデル次数のうちの最小値をさらに同じ解析時間幅ごとに集計して平均値を取得し、各解析時間幅のモデル次数の平均値に最も近いモデル次数の値を、モデル次数の最適値として、位相差信号のスペクトル推定に使用し、ピーク成分の周波数を導出することにより、種々の解析時間幅を設定してスペクトル推定を実行しても、偽ピークの出現を抑え、注目する既知の周波数範囲に存在すべきスペクトルピークが正しく検出され、現実の測定対象の周波数に対し誤差の小さい正確な周波数を求めることができる。
【0031】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、前記信号解析手段が、前記位相差信号に対する最大エントロピー法でのスペクトル解析を、解析対象の信号ピーク成分の自己回帰モデルを推定し、自己回帰モデル次数を所定範囲内の値に設定した上で、前記モデルに基づいてスペクトル推定を行う手順で実行し、前記信号解析手段が、解析時間幅の範囲のうち少なくとも下限を決定するために、理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションをあらかじめ実行するものとされ、前記理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションが、所定時間のタイムウィンドウを有し、測定対象に係る理想的ピーク成分を含むモデル信号におけるピーク周波数を、測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る帯域に対応する既知の周波数範囲内で、所定周波数ずつずらして複数通り与えることで、各々異なるピーク周波数とされる複数パターンの信号モデルを設定し、また、スペクトル推定を適用する解析時間幅を、前記タイムウィンドウの範囲内で時間を異ならせて複数通り設定し、解析時間幅とサンプリング周波数の積であるデータポイント数をモデル次数の最大値として、前記各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとに、モデル次数を1から前記最大値まで変化させつつ、それぞれスペクトル推定を行い、各モデル次数ごとに、推定された周波数パワースペクトルのうち、前記測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る帯域に対応する既知の周波数範囲におけるスペクトルピークの有無を検出し、スペクトルピークが存在する場合のモデル次数を有効なモデル次数と認定するものであり、前記信号解析手段が、前記シミュレーションで得られた、有効なモデル次数が認定されなかった各信号モデルと各解析時間幅の組合せの中で、解析時間幅が最も大きくなるものの解析時間幅の値を境界値とし、前記位相差信号に対するスペクトル推定における解析時間幅の範囲を、前記境界値より大きい範囲に設定するものである。
【0032】
このように本発明によれば、最大エントロピー法によるスペクトル推定における解析時間幅の設定に際し、測定対象のピーク成分に対応する理想的ピーク成分を含む信号モデルを用いたシミュレーションを実行し、ピーク周波数の異なるモデルと複数の解析時間幅を組合せた多数の条件ごとに、モデル次数を変化させてスペクトルピークの有無を確認し、スペクトルピークのある有効なモデル次数を生じさせられなかった解析時間幅のうち最大の値を境界値として、この境界値より大きい範囲で解析時間幅を設定して、スペクトル推定を実行することにより、所定の解析時間幅で実行されるスペクトル推定で、推定そのものができない事態を確実に回避でき、スペクトル推定を経て測定対象のピーク成分の周波数を問題なく導出できる。
【0033】
また、本発明に係る被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムは必要に応じて、測定対象となる信号のピーク成分が、被験体の心拍を示すものであり、前記測定対象のピーク成分の周波数が現実に取り得る帯域が、人の安静座位時に心拍の取り得る0.7〜1.5Hzの周波数範囲とされるものである。
【0034】
このように本発明によれば、測定対象の心拍を示すピーク成分が含まれる位相差信号のスペクトル推定で、周波数パワースペクトルが求められる中、人の安静座位時に心拍の取り得る周波数帯域に対応した0.7〜1.5Hzの範囲における最大のスペクトルピークの周波数を、求めるピーク成分の周波数、すなわち心拍周波数として取得することにより、測定対象である心拍の発生タイミングに対応するスペクトルピークを確実に検出して心拍周波数を求められ、心拍以外の変動に起因するピークや偽ピークを、誤って心拍に対応した周波数として推定するのを防止でき、精度よく心拍周波数を求められる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の一実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムを前記
図1ないし図
9に基づいて説明する。
【0037】
前記各図において本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システム1は、被験体70に対し連続する電磁波を照射すると共に、被験体70からの反射波を受信し、照射波と反射波との位相差信号を出力する電磁波送受信手段11と、照射波と反射波との位相差信号に対し、最大エントロピー法(以下、MEMと略称する)を用いたスペクトル推定で測定対象としての心拍の周波数を求める処理を繰返し実行する信号解析手段12と、心拍の周波数の逆数をとり心拍の間隔を求める変換手段13とを備える構成である。
【0038】
前記電磁波送受信手段11は、被験体としての人体に対し、連続する正弦波であるマイクロ波を照射する一方、被験体からの反射波を受信して、照射波と反射波との位相差信号を出力するものである。
【0039】
詳細には、電磁波送受信手段11は、被験体にマイクロ波を照射すると共に、その反射波を受信するアンテナ11aと、正弦波のマイクロ波を発生させるマイクロ波発振器11bと、発生したマイクロ波を被験体への照射波と参照波に分離する方向性結合器11cと、照射波を減衰させる減衰器11dと、反射波を増幅する増幅器11eと、照射波をアンテナ11aに送信すると共にアンテナ11aからの反射波を増幅器11eに送信するサーキュレータ11fと、増幅器11eからの反射波及び方向性結合器11cからの参照波を用いてクオドラチャ検出処理を行うクオドラチャ検出器11gと、クオドラチャ検出処理で得られた位相変化に基づく二つの信号から位相差信号を取得する演算部11hとを備える構成である。
【0040】
この電磁波送受信手段11では、同一の発振器出力に基づいた反射波と参照波を混合して、周波数差や位相差を検出する方式であるホモダイン干渉法を採用している。マイクロ波発振器11bから出力されるマイクロ波は、方向性結合器11cで照射波と参照波に分離され、照射波が被験体である人体の所定箇所に照射される。
【0041】
なお、アンテナ11aを被験体の近傍に配置できず、遠隔位置からマイクロ波照射を行う際、アンテナ11aについては、被験体が移動している場合、被験体に照射波を当てて確実に反射波が得られるように、被験体に追随させるようにアンテナの向きや位置を動かすようにしてもよい。例えば、被験体が人の場合、あらかじめ人が通ることがわかっている通路等の領域では、人の軌跡に合わせてアンテナ11aからの照射波を走査して、人から確実に反射波を得られるようにすることができる。また、被験体である人のいる場所があらかじめ予測できない場合、人の周囲環境と異なる温度や人の音声を手がかりとして人の位置を推定し、アンテナ位置を動かすようにしてもよい。
【0042】
また、被験体が移動しており、且つ被験体がアンテナ11aから大きく(例えば、10mを超える距離)離れ、反射波信号レベルが小さくなる場合、送受共用のアンテナの場合、信号レベルが小さい分、サーキュレータ11fによる送信側からの回り込みが障害となるおそれがあることから、送信アンテナと受信アンテナをそれぞれ独立させるのが、S/N比の改善が期待でき、好ましい。
【0043】
こうした送信アンテナと受信アンテナを分ける場合で、被験体の移動に対応させて送信アンテナを動かす場合、受信アンテナは、移動する被験体からの向きが刻々と変化する反射波を確実に捕えられるよう、無指向性アンテナとすることもできる。
【0044】
被験体70で反射された反射波の信号を増幅器11eで増幅した後、この反射波と、照射波に一致する前記参照波とをクオドラチャ検出器11gで混合して、反射波と参照波の位相変化Δφに基づく余弦成分(E
rcosΔφ)と正弦成分(E
rsinΔφ)を取得し、これらから演算部11hでΔφに直接比例する位相差信号を算出する。
【0045】
クオドラチャ検出器11gは、直交する二つの参照波信号成分(Acosωt、Asinωt)を反射波の信号成分(Bcos(ωt+Δφ))に混合して復調することで、位相変化の余弦と正弦の各信号成分(E
rcosΔφ及びE
rsinΔφ)を得るものである。なお、振幅成分Erは、参照波信号成分の振幅Aと反射波信号成分の振幅Bの積である。
【0046】
前記演算部11hは、クオドラチャ検出器11gで得られた位相変化Δφの余弦と正弦の各信号成分(E
rcosΔφ及びE
rsinΔφ)を用いて、
Δφ=tan
-1(E
rsinΔφ/E
rcosΔφ)
の関係から、Δφに直接比例する成分を算出でき、信号の振幅(成分E
r)と位相(成分φ)を分離して、位相差信号を取得するものである。位相変化Δφは、測定対象の反射面の移動量に対応することから、位相差信号は、反射面の変位に伴って変化するものとなる。
【0047】
そして、マイクロ波が照射される人体の所定箇所では、略定常的な変化である心臓の拍動に伴う皮膚あるいは筋肉の微細変化が生じており、これが前記位相変化Δφに反映されることで、得られた位相差信号には、略定常的な変化である人の心拍に対応したピーク成分が含まれる。この位相差信号から、心拍の周波数を求めることができる。
【0048】
なお、電磁波送受信手段11は、一つのマイクロ波発振器出力に基づいた反射波と参照波を生じさせて、位相差検出に用いるホモダイン方式を採用する構成としているが、これに限らず、例えば、二つのマイクロ波発振器を用い、一方の発振器から出力されて被験体に照射され、被験体表面で反射された反射波と、他方の発振器から出力されたマイクロ波とをミキサ部で周波数混合して中間周波数に変換された反射波信号を得、この反射波信号を、二つの発振器の各マイクロ波出力をミキサ部で周波数混合して得られた中間周波数の参照波信号と共に出力するヘテロダイン方式を採用することもでき、二つの発振器を用いて、反射波信号と参照波信号をそれぞれ中間周波数としていることで、各信号線路中に挿入されて不要成分を減衰させるバンドパスフィルタ等のフィルタのバンド幅を狭帯域化することができ、各信号における不要成分の影響を除去して測定精度を向上させられる。また、反射波信号と参照波信号をそれぞれ中間周波数に変換した形で出力することで、雑音や揺らぎの小さい中間周波数領域で信号の増幅を行うことができ、安定なシステムを構成することができる。
【0049】
この他、マイクロ波発振器を一つのみ使用し、高周波発振器及びアップコンバータを併用して照射波や参照波を発生させるヘテロダイン方式を用いる構成とすることもでき、二つのマイクロ波発振器を使用する際の安定度は両者の揺らぎが重畳されたものとなるのに対し、このアップコンバータを用いた場合には、安定度は高周波発振器のみの揺らぎで決定することから、揺らぎ成分を極めて小さくでき、位相測定精度を向上させることができる。
【0050】
加えて、アンテナ11aで得られた反射波信号の信号出力レベルを調整して所定出力範囲の反射波信号を得る調整部、詳細には、ゲイン可変アンプからの出力を検出制御部で検出、監視して、あらかじめ設定した一定の出力となるようにゲイン可変アンプのゲインを制御する、いわゆるAGC(自動利得調整)回路部を備える構成とすることもできる。
【0051】
前記信号解析手段12は、照射波と反射波との位相差信号に対し、所定の解析時間幅でのMEMを用いたスペクトル推定で、前記位相差信号に含まれ、測定対象となる被験体の略定常的な変化である心拍に応じて生じる信号のピーク成分について、このピーク成分の発生頻度を表す周波数を求め、且つこの周波数を求める処理を、位相差信号の時間軸上で繰返し実行するものである。こうして連続して周波数を得ることで、前記ピーク成分の周波数の時間変化、すなわち心拍周波数の時間変化も導けることとなる。
【0052】
詳細には、信号解析手段12は、前記電磁波送受信手段11での位相差信号の取得後、又は位相差信号の取得と並行して、MEMに従って、測定対象となる心拍の信号の自己回帰モデルを推定し、前記モデルの自己回帰モデル次数等、あらかじめシミュレーションを行って求めた最適条件を設定した上で、前記モデルに基づいて所定の解析時間幅でスペクトル推定を行い、推定された周波数パワースペクトルのうち、心拍の取り得る周波数範囲における最大ピーク位置(スペクトルピーク)の周波数の値を検出し、これを心拍の周波数とする、という心拍の周波数を求める一連の手順を、一回ごとに位相差信号における前記解析時間幅分の解析範囲を所定シフト時間ずつ時間経過方向へずらしながら繰返し実行して(
図2参照)、位相差信号の時間軸に沿ってシフト時間の間隔で周波数を得ていくものである。
【0053】
ここで、MEMによるスペクトルの導出過程について説明すると、観測データに対して自己回帰モデルは、
【0054】
【数1】
と表される。ここで、x
kは観測された時系列データ、n
kはx
l(l<k)と独立な定常白色雑音、mは自己回帰モデル次数、a
miは次数mにおける自己回帰係数を示す。
【0055】
ここで、時系列データx
kの自己相関関数は次式で表される。
【0056】
【数2】
ただし、E[ ]は期待値であり、ラグ0での自己相関関数は、
【0058】
n
kはx
l(l<k)とは独立であるから、(1.01)式の両辺にそれぞれx
k-1,k-2,…
,k-mを掛けて期待値を取ると、各ラグの自己相関関数を用いて次式に示すような行列方程式が得られる。
【0059】
【数4】
ただし、P
mは定常白色雑音の分散である。(1.04)式は一般にYule-Walker方程式と言われる。
(1.04)式にWiener-Khintchineの公式を適用し、方程式を解くことで、
【0060】
【数5】
を得ることができる。この(1.05)式より、自己回帰モデル{a
k}とパワースペクトルS(ω)の関係が求められる。
【0061】
よって、位相差信号から自己相関関数R
0、R
1、R
2、・・・を求め、これを(1.04)式に代入することで自己回帰係数a
miと分散P
mが推定できる。これらを(1.05)式に代入すれば、位相差信号のパワースペクトルS(ω)を得られる仕組みである。
【0062】
この信号解析手段12の、MEMによる前記解析時間幅でのスペクトル推定では、推定された周波数パワースペクトルのうち、測定対象の信号ピーク成分の現実に取り得る周波数帯域に対応する範囲における最大ピーク位置(スペクトルピーク)の周波数の値を、測定対象のピーク成分の周波数として推定している。測定対象は心拍であるので、心拍の取り得る周波数帯域、例えば、人の安静座位時における心拍の周波数帯域である0.7〜1.5Hzの範囲における最大ピーク位置の値を、心拍の周波数として推定することとなる。
【0063】
なお、この最大ピーク位置の探査を行う周波数範囲を誤って選択すると、心拍周波数に対応する適切なピーク周波数を検出できず、代りに、心臓の拍動以外の被験体の変化(変動)に起因するピークの位置、あるいは偽ピークの位置を心拍周波数として推定してしまう危険性がある。
【0064】
また、信号解析手段12は、MEMによるスペクトル推定において、あらかじめ心拍の信号の自己回帰モデルを推定し、このモデルの自己回帰モデル次数を設定する必要がある。モデル次数は、解析データポイント数、すなわち解析時間幅とサンプリング周波数の積を上回る値には設定できないため、この解析時間幅とサンプリング周波数の積がモデル次数の最大値となる。また、モデル次数の最小値は、仮に位相差信号で測定対象のピーク成分である心拍の周波数が変化したり、解析時間幅が変化したりしても、スペクトル推定が行えるものであることが望ましい。そして、モデル次数は、仮に心拍周波数や解析時間幅が変った場合でも、求めた周波数が真の心拍周波数との誤差の小さいものであることが望ましく、こうした誤差が最小となる場合をモデル次数の最適値とする。このモデル次数が小さすぎると、スペクトル推定値は平滑化され、本来なら存在すべきスペクトルピークが現れないことがある。逆に、モデル次数が大きすぎると、推定スペクトルに多くの偽ピークが細かく現れ、スペクトルピークの選定に支障を来す場合がある。
【0065】
信号解析手段12は、モデル次数を設定するにあたり、理想的ピーク成分を含む信号モデル、本実施形態の場合は理想的心拍信号モデル、を用いたシミュレーションをあらかじめ実行しており、これにより得られるモデル次数の最小値や、モデル次数の最適値を導く過程について説明する。なお、前記理想的心拍信号モデル(
図3参照)としては、D. R. MorganとM. G. Zierdtによって提唱されたモデルを採用する。
【0066】
理想的ピーク成分を含む信号モデル(理想的心拍信号モデル)を用いたシミュレーション手順は、まず、所定時間のタイムウィンドウを有する、理想的ピーク成分を含む信号モデル(理想的心拍信号モデル)におけるピーク成分の周波数(心拍周波数)を、測定対象のピーク成分の周波数(心拍周波数)が現実に取り得る周波数帯域に対応する範囲で、所定周波数ずつずらして定めていくことで、各々異なるピーク周波数をもつ複数パターンの信号モデルを設定する。また、スペクトル推定を適用する解析時間幅を、前記タイムウィンドウ以内でその長さを所定時間ずつ異ならせて複数通り設定する。
【0067】
具体的には、測定対象が心拍の場合、例えば、5秒のタイムウィンドウを有する理想的心拍信号モデルにおける心拍周波数を、人の安静座位時に心拍周波数が現実に取り得る0.7〜1.5Hzの範囲で、0.0167Hz(心拍数1cycle/minに対応)ずつずらして定めていくことで、各々異なるピーク周波数となる心拍信号モデルを合計48パターン設定し、また、解析時間幅を、タイムウィンドウ(5秒)以内でその長さを0.1秒ずつ異ならせて、0.1秒から5秒まで合計49パターン設定することとなる。
【0068】
続いて、前記解析データポイント数をモデル次数の最大値として、各信号モデルと各解析時間幅の各組合せごとに、モデル次数を1から前記最大値まで変化させつつ、それぞれスペクトル推定を行い、各モデル次数ごとに、推定された周波数パワースペクトルのうち、前記測定対象のピーク成分の周波数(心拍周波数)が現実に取り得る周波数帯域に対応する範囲でのスペクトルピークの有無を検出し、スペクトルピークが存在する場合はそのモデル次数を有効なモデル次数と認定する。
【0069】
具体的に心拍の場合、各心拍信号モデルと各解析時間幅の組合せ(48×49=2352パターン)ごとに、モデル次数を1から前記最大値まで変化させつつスペクトル推定を行い、各モデル次数ごとに心拍周波数が現実に取り得る0.7〜1.5Hzの範囲でのスペクトルピークの有無を検出し(
図11参照)、スペクトルピークが存在する場合のモデル次数を有効なモデル次数と認定することとなる。なお、解析データポイント数は、解析時間幅と所定のサンプリング周波数の積であるが、サンプリング周波数としては、測定対象が心拍の場合、例えば実際の測定信号のサンプリング周波数(1000Hz)の値を選択する。
【0070】
さらに、こうして得られた有効なモデル次数において、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数の中での最小値を抽出し、このモデル次数の最小値のうち最大のものを、モデル次数の最小値とする。得られた最小値から前記解析データポイント数である最大値までの範囲内で、実際の位相差信号に対するスペクトル推定で使用するモデル次数を設定することで、スペクトル推定が確実に行える。
【0071】
心拍の具体例では、得られた有効なモデル次数において、各信号モデルと各解析時間幅の組合せ(2352パターン)ごとの有効なモデル次数の中での最小値を抽出する。例えば、心拍周波数0.7Hzの信号モデルでは、
図4に示すように、モデル次数約700より下ではスペクトルピークが存在せず有効なモデル次数でないことから、モデル次数の最小値は約700となる。同様に、心拍周波数1.1Hzの信号モデルではモデル次数の最小値は約350、心拍周波数1.5Hzの信号モデルではモデル次数の最小値は約300となる(
図5、
図6参照)。このモデル次数の最小値のうち最大のもの、この具体例では、心拍周波数0.7Hzの場合の最小モデル次数である約700(
図4参照)が最大となるため、これをモデル次数の最小値とする。このモデル次数約700未満では、少なくとも心拍周波数0.7Hzの場合にスペクトル推定でのスペクトルピークが存在しない状況が起り得ることから、実際のスペクトル推定で使用するモデル次数を最小値の約700以上とすれば、いずれの心拍周波数や解析時間幅でも、スペクトル推定が確実に行える。
【0072】
ここで、先に認定した有効なモデル次数と対応して存在するスペクトルピークの周波数を、この有効なモデル次数の推定ピーク周波数とする。そして、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数について、対応する信号モデルのピーク周波数に対する推定ピーク周波数のずれ量、すなわち推定誤差を求め、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとに前記推定誤差が最も小さくなる場合の推定ピーク周波数をもつモデル次数(ただし、該当するモデル次数が複数ある場合にはそのうちの最小値)を代表モデル次数として抽出する。さらに各代表モデル次数を同じ解析時間幅ごとに集計して平均をとり、解析時間幅ごとに平均値を平均モデル次数としてそれぞれ取得する。この平均モデル次数を、解析時間幅を横軸、モデル次数の値を縦軸としてプロットした場合(
図8参照)に、プロットして生じた線に最も近似する直線をなすモデル次数の値を、モデル次数の最適値と設定する。この最適値を現実の解析に使用すれば、いずれの心拍周波数や解析時間幅でも、求められたスペクトルピークの周波数と、実際の測定対象のピーク成分の周波数との誤差が小さいものとなり、望ましい推定結果が得られる。
【0073】
心拍の具体例では、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとの有効なモデル次数についてそれぞれ推定誤差を求め、各信号モデルと各解析時間幅の組合せごとに前記代表モデル次数を抽出する。
図4に、心拍周波数0.7Hzの信号モデルの場合のモデル次数と推定誤差の関係を示す。同様に、
図5には心拍周波数1.1Hzの場合、
図6には心拍周波数1.5Hzの場合を示す。ただし前記
図4〜
図6で、スペクトルピークが存在しないモデル次数については、心拍周波数の値をそのまま誤差としている。そして、
図7に、種々の心拍周波数、解析時間幅、及び代表モデル次数の関係を示す。図中の明暗でモデル次数の大きさを示しているが、
図7下部の暗部(黒色部分)はいずれのモデル次数でもスペクトルピークが存在しなかった場合を示している。
【0074】
この心拍の場合、各代表モデル次数を同じ解析時間幅ごとに平均化した平均モデル次数を、解析時間幅を横軸、モデル次数の値を縦軸としてプロットした場合に、
図8に示すように、プロットして生じた線に最も近似する直線をなすモデル次数の値は約870となり、これをモデル次数の最適値としてスペクトル推定に利用するのが好ましい。
【0075】
加えて、信号解析手段12は、前記スペクトル推定におけるモデル次数と共に、適切な解析時間幅をあらかじめ設定する必要がある。信号解析手段は、モデル次数を設定するにあたっての理想的ピーク成分を含む信号モデル(理想的心拍信号モデル)を用いた前記シミュレーションで、スペクトルピークが存在する場合のモデル次数を有効なモデル次数と認定しているが、解析時間幅の条件が不適のため、スペクトルピークが存在せず、有効なモデル次数が認定されなかった場合もあることから、前記シミュレーションにおいて、有効なモデル次数が認定されなかった各信号モデルと各解析時間幅の組合せの中で、解析時間幅が最も大きくなるものの解析時間幅の値を境界値とし、この境界値より大きい範囲の解析時間幅を有効な値として設定する。前記境界値より大きい範囲の解析時間幅を設定すれば、スペクトル推定でのスペクトルピークが存在しない状況が起り得ず、スペクトル推定が実行できる。
【0076】
前記モデル次数と同様、具体的に心拍の場合、前記シミュレーションで、各心拍信号モデルと各解析時間幅の組合せ(48×49=2352パターン)ごとに、モデル次数を1から前記最大値まで変化させつつスペクトル推定を行い、各モデル次数ごとに心拍周波数が現実に取り得る0.7〜1.5Hzの範囲でのスペクトルピークの有無を検出し、スペクトルピークが存在する場合のモデル次数を有効なモデル次数と認定する一方、
図7下部の暗部として示される、有効なモデル次数が認定されなかった各信号モデルと各解析時間幅の組合せの中で、解析時間幅が最も大きくなるものの解析時間幅の値、すなわち、心拍周波数0.7Hzの場合の解析時間幅約1.3秒を境界値とし、この境界値より大きい範囲、すなわち1.4秒以上の解析時間幅を有効な値として設定する。
【0077】
さらに、信号解析手段12は、実際に適切に利用できる解析時間幅の範囲をあらかじめ設定するため、測定対象が心拍の場合で、解析時間幅の値を変えてLF/HFを求めると共に、ストレス評価値LF/HFの推定精度(規格化誤差率)を、別途心電計を用いた測定に基づくLF/HFの基準値との比較で算出し、誤差率の小さくなる解析時間幅の範囲を抽出する手順を実行する。
【0078】
具体的には、座位安静時でマイクロ波の送受信により180秒間測定された5つの心拍信号の実測データを用いて、解析時間幅とLF/HFの推定精度の関係を調べていく。まず、1.4秒から5秒まで0.1秒ずつ解析時間幅を増やしながら、前記実測データから心拍間隔変動(HRV)を再現する。この再現されたHRVから、各解析時間幅ごとのLF/HFの値を求め、これと同じ測定条件での別途心電計を用いた心拍測定に基づき得られたLF/HFの値とから規格化誤差率を算出する。この規格化誤差率は、
誤差率=|(心電計からのLF/HF)−(マイクロ波測定からのLF/HF)|/(心電計からのLF/HF)
として求めている。そして、得られた誤差率の最小値を0に規格化し、各実測データごとの心拍信号の測定精度に起因する誤差のばらつきを解消する。こうして5つの各実測データごとに得られた、各解析時間幅の値でのLF/HFの規格化誤差率の実測データ間での平均を求めると、
図9に示すように、解析時間幅が1.5〜3.0秒であれば、誤差率は30%未満となり、LF/HFの個人差が通常30%程度のばらつきとなることから、個人ごとの状態変化に応じたLF/HFの変化をこの1.5〜3.0秒の解析時間幅であれば精度よく再現できるといえる。
【0079】
さらに、この解析時間幅1.5〜3.0秒の範囲で、誤差率が最小となる時間を最適値とすることができ、例えば、解析時間幅2.5秒の場合がそれに相当していることから(
図9参照)、この解析時間幅2.5秒を最適値として選択し、現実の解析に使用するのが好ましい。
【0080】
なお、解析時間幅を必要以上に長く選択すると、周波数推定の安定性(信頼性)は増すものの、再現される心拍間隔の変動(HRV)において、心拍間隔の時間応答が鈍感になる。すなわち、心拍間隔の変動が平滑化されることとなる。HRVのうち、ストレス評価に関係する周波数帯域(0.03〜0.45Hz)の変動が平滑化された場合、ストレス評価値LF/HFの推定に悪影響が及ぶ危険性がある。
【0081】
この他、信号解析手段12は、MEMで心拍の周波数を求める一連の手順を、一回ごとに解析時間幅分の解析範囲をずらしながら繰返し実行するための、シフト時間についても、あらかじめ設定する必要がある。
【0082】
詳細には、信号解析手段12は、測定対象が心拍の場合、心拍間隔の変動(HRV)のスペクトル解析によるストレス評価に必要な周波数帯域(0.03〜0.45Hz)について、解析でこの周波数帯域(0.03〜0.45Hz)の変動を標本化で再現するために必要なサンプリング周波数は、標本化定理に従うとすると、帯域内の最高周波数(0.45Hz)の2倍より高い、すなわち0.9Hzより高い周波数となることから、サンプリング周波数の逆数となるシフト時間を、サンプリング周波数の最低値(0.9Hz)より高い周波数の逆数として得られる時間、すなわち約1.1秒未満で最大限長い時間に設定する。これにより、例えば、シフト時間を1秒に設定し、サンプリング周波数が1Hzとなるようにする。
【0083】
このシフト時間が短いと、心拍周波数の時間変化や、その逆数である心拍間隔の変動(HRV)は綿密に再現されるものの、計算処理数が増えるため、一処理ごとに生じるタイムラグが積み重なり、リアルタイムでの計測が難しくなるという問題がある。一方、シフト時間が長すぎると、サンプリング周波数が適切な値とならず、HRVのうち、ストレス評価に関係する周波数帯域(0.03〜0.45Hz)の変動を捉えきれなくなるという問題が生じる。これは、ストレス評価値LF/HFの推定に悪影響を及す。
【0084】
こうして、信号解析手段12を、測定対象が心拍の場合に、モデル次数を870に設定した上で、MEMにより、解析時間幅2.5秒でスペクトル推定を行い、推定された周波数パワースペクトルのうち、人の安静座位時における心拍の周波数範囲である0.7〜1.5Hzの範囲におけるスペクトルピークの周波数の値を検出し、これを心拍の周波数とする、という心拍の周波数を求める一連の手順を、一回ごとに位相差信号における前記解析時間幅分の解析範囲をシフト時間1秒ずつ時間経過方向へずらしながら繰返し実行するものとすれば、位相差信号の時間軸上での長さの全体にわたりシフト時間の間隔で精度よく周波数を得られることとなる。そして、心拍周波数が継続的に取得されることで、心拍周波数の時間変化を捉えることができる。
【0085】
前記変換手段13は、信号解析手段12で得られた信号のピーク成分の周波数について、この周波数の逆数をとることで時間のデータに変換し、測定対象のピーク成分の発生時間間隔を導出するものである。このピーク成分の間隔の導出が繰返されることで、ピーク成分の間隔の変動、すなわち、心拍間隔変動(HRV)を取得できる仕組みである。こうして得られた心拍間隔変動から、さらにwavelet変換等により周波数の時間推移を求め、ストレス評価等に用いることができる。
【0086】
前記電磁波送受信手段11の演算部11h、信号解析手段12、及び変換手段13は、そのハードウェア構成として、CPUやメモリ、入出力インターフェース等を備えるコンピュータとなっており、メモリ等に格納されるプログラムにより、コンピュータを前記演算部11h、信号解析手段12、及び変換手段13として動作させる仕組みである。演算部11hで得られた位相差信号や、信号解析手段12で求められた測定対象のピーク成分の周波数(心拍周波数)等の測定、算出結果は、このコンピュータのメモリ等に測定毎に記録保存される。なお、前記演算部11h、信号解析手段12、及び変換手段13は、それぞれ独立に、あるいは複数まとめた状態として、複数のコンピュータをなすものとすることもできる。また、こうしたコンピュータは、CPUやメモリ、ROM等を一体的に形成されたマイクロコンピュータとしてもかまわない。
【0087】
次に、本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムの使用状態について説明する。前提として、被験体70となる人(被験者)は安静座位時で心拍周波数が0.7〜1.5Hz(心拍数:毎分42〜90回)の範囲となっている状態で、身体所定部位をアンテ
ナ11aの近傍に位置させ、また、被験体70には外部から振動が加わり得る状況となっているものとする。まず、被験体70としての人体に対し、所望の測定時間にわたり、電磁波送受信手段11が、被験体70に対しアンテナ11aから連続のマイクロ波を照射すると共に、被験体70からの反射波を受信し、照射波と反射波との位相差信号を信号解析手段12に出力する。
【0088】
信号解析手段12は、得られた位相差信号について、あらかじめ設定された解析時間幅(2.5秒)でMEMを用いたスペクトル推定を実行し、推定された周波数パワースペクトルのうち、安静座位時の心拍が現実に取り得る周波数帯域に対応する0.7〜1.5Hzの範囲におけるスペクトルピークの周波数の値を、心拍の周波数として導出する。そして、これに続けて、位相差信号における前記解析時間幅分の解析範囲を、あらかじめ設定されたシフト時間(1秒)だけ後に始点をずらして新たに設定し、同様にスペクトル推定を実行し、心拍の周波数を求める。この後は、同様の手順を、解析時間幅分の解析範囲を一回ごとにシフト時間だけ位相差信号の時間経過方向へずらしながら繰返し実行し、位相差信号の時間軸に沿ってシフト時間の間隔で周波数を取得していく。
【0089】
また、信号解析手段12で心拍の周波数が導かれるごとに、変換手段13ではこの周波数の逆数をとって時間のデータに変換し、心拍の間隔を導出する。この心拍の間隔が継続的に取得されることで、心拍間隔変動(HRV)が得られることとなる。
【0090】
この心拍間隔が次々に導出され、心拍間隔変動(HRV)として取扱える状況で、この心拍間隔変動を順次周波数解析すれば、特に、wavelet変換によりHRVの時間・周波数スペクトルを表示可能な形式で取得していけば、約0.03〜0.15Hzの帯域(LF成分)と、0.15〜約0.45Hzの帯域(HF成分)におけるそれぞれのスペクトルピークの時間変化が比較的短時間で視認可能な状態となり、これをストレス評価に用いた場合、HFよりLFのピークがより強く現れる時間帯を人体にストレスが印加された状態と見なせ、また、LFよりHFのピークがより強く現れる時間帯を人体のリラックス状態と見なすことができ、短い時間でストレス評価が行える。
【0091】
この場合、心電計のR−Rのピーク間隔から読取った心拍間隔の時間変化を周波数解析し、低周波成分のピーク値LFと、高周波成分のピーク値HFを用い、ストレス評価値としてのLF/HFの値を求める従来のストレス評価手法と異なり、直接被験者の身体に接触せず、且つ拘束することもなく、心拍間隔の検出、評価を行えることで、被験者へ緊張等与えることなく心拍の間隔変動を確実に捉えられることとなり、ストレス評価を適切に行え、評価精度を向上させられる。
【0092】
なお、位相差信号に対する解析時間幅や、周波数パワースペクトルにおいてスペクトルピークを探査する周波数範囲等の値は、被験者の心拍数が毎分42〜90回の範囲にある安静座位時に対応するものであり、これらの値は被験者の状態によって適宜変更可能である。
【0093】
こうした本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムの適用例としては、例えば、健康状態のモニタとして、対象となる人の日常生活の場や病室の所定箇所、例えば、ベッド近傍など、に電磁波送受信手段11のアンテナ11aを設置し、活動時や睡眠中などにおける人の心拍や呼吸等のいわゆるバイタルサインの状態変化を測定し、健康状態の安定性等の評価を行えるシステムを得ることができる。また、ストレス評価も行う場合、運転者状態のモニタとして、電磁波送受信手段11のアンテナ11aを自動車の運転座席に埋め込み、運転者を拘束することなく、心拍間隔変動を導き、運転中のストレス評価をほぼ実時間からの遅れなく行って、運転者の休憩・休養をとるための指標や、居眠り運転への警告などの情報を与えるシステムを得ることができる。
【0094】
また、この他にも、家庭用の健康関連機器において、こうした機器に電磁波送受信手段11のアンテナ11aを併設し、機器の動作と平行して使用者の心拍間隔変動を求めて、機器使用時における使用者のストレス状態をほぼ実時間からの遅れなく評価し、ストレスのある状態と見なせば機器の動作強度を弱くするなど、機器の稼動レベルを制御する機器モニタシステムに適用したり、作業者の作業環境に電磁波送受信手段11のアンテナ11aを設置し、作業者を拘束することなく、心拍間隔変動を導いて作業中のストレス評価を行い、作業時間中のストレス状態からさらに疲労度などを評価し、作業者の作業への適合性に対する指針や、休憩時間などへの指標とするストレス解析システムに適用したりすることもできる。
【0095】
このように、本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムは、電磁波送受信手段11によって得られた測定対象のピーク成分以外のノイズも含む位相差信号から、信号解析手段12が、位相差信号の所定の短い解析時間幅の信号部分を対象としてMEMを適用したスペクトル推定を実行し、ピーク成分の発生頻度を表す周波数を求め、さらに位相差信号の時間軸上で解析時間幅分の解析対象位置をシフト時間ずつ動かしながら同様の処理を繰返し、周波数を継続的に導くことから、ピーク成分の周波数やこの周波数の逆数として得られるピーク成分の時間間隔の時間経過に伴う推移を把握できることとなり、電磁波送受信手段11で得られる信号がノイズを含んで測定対象のピーク成分が明確でない場合でも、測定対象のピーク成分の変化の状態を短時間に効率よく導出して、適切に評価できる。また、例えば測定対象を心拍とする場合、心拍の周波数や心拍間隔を順次導出して、心拍間隔の変動(HRV)を短時間で取得することができ、この心拍間隔変動を利用するストレス評価等もより短い時間で行えることとなる。
【0096】
この本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムは、前記健康状態のモニタ等の他に、例えば、トレッドミルで走るトレーニングを行っている人の心拍数を、その人と接することなく取得できる計測システムに適用できる。この場合、トレッドミル50に電磁波送受信手段のアンテナ11aを配設するのが好ましい(
図10参照)。このアンテナ11aで被験体であるトレーニング中の人80の、例えば胸部へ、マイクロ波を照射し且つそこからの反射波を受信し、心拍の略周期的なピーク成分が含まれる位相差信号を得て、心拍の周波数が求められ、さらに心拍の間隔が導かれ、この心拍間隔から心拍数が算出されることとなる。トレッドミル上の人に直接接することなく離れた位置から心拍数の測定が行え、トレーニング中の本人又はインストラクターなど他の人が測定結果としての心拍数をほとんど時間遅れなく把握可能となり、トレーニングのペース配分等の参考情報として有効に使用できる。そして、トレーニング中の人は、従来のように測定用機器の身体への装着の必要がなく、装着の煩わしさや機器を身に付けることによるストレスを感じずに済み、トレーニングに集中できる。
【0097】
また、本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムは、他にも、ある決った領域を通行する人の心拍間隔を取得し、さらに心拍間隔変動からストレス評価を行って、通行する人の状態をその人に直接接することなく遠隔位置で把握するモニタシステムに適用できる。例えば、
図11に示すように、空港等で出入りする人が必ず通る通路60を対象の領域とし、通路60を通る人80の通行に係る移動に対応して、電磁波送受信手段のアンテナ11aをその送受信の向きや位置などを調整できるようにして通路60に配設し、この通路60を通る人80に対し所定時間連続してマイクロ波の送受信を行って、心拍間隔を導き、この心拍間隔から心拍数を算出したり、さらに必要に応じて心拍間隔変動を求めてストレス評価を実行することで、この通路を通る人80に測定を意識させることなく、その人の状態を監視することができる。この場合、人の心拍数が平常時と異なる異常状態にあることを識別できることで、心拍に影響を及す病気、特に感染症への罹患の可能性をいち早く察知できるなど、感染症対策に利用できる。さらに、ストレス評価により、ストレス状態にある人も識別できることで、外見が一般の人と区別できないテロリストについてのセキュリティ対策として、テロリストはテロ計画やテロ行為に起因するストレス状態にあることが予測される点に基づき、ストレスの微妙な兆候を見分けて、テロリストの疑いのある人を察知し、警備関係者等の適切な対応に繋げることができる。
【0098】
これに加えて、本実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムの他の適用例として、システム全体を小型化して手に持てる程度の一体の装置とし、スポーツ等(例えば、マラソンなど)で走っている人に対し手持の装置からマイクロ波を照射して反射波を得、心拍の測定を行い、心拍数等の情報を取得するようにすることもできる。この場合、装置を手に持った測定者は、人の移動に合わせて装置のアンテナ部を動かし、これを常に人に向けることで適切な測定が行える。
【0099】
なお、前記実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムにおいては、信号解析手段12で求めた心拍周波数を、変換手段13でその逆数をとって心拍間隔とし、これを継続的に導出して心拍間隔の変動(HRV)を取得し、その後の評価等の使用に供する構成としているが、これに限らず、変換手段を用いず、心拍周波数を継続的に導出することで心拍周波数の時間変化を取得し、これをそのまま評価等の使用に供する構成とすることもできる。
【0100】
また、前記実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムにおいては、電磁波送受信手段11で得られた位相差信号について、そのまま信号解析手段12による処理を実行する構成としているが、これに限らず、得られた位相差信号を所定のフィルタ処理手段に通し、不要成分を減衰させてから、信号解析手段12の処理に供する構成とすることもでき、MEMによるスペクトル推定に係る処理を容易にして、処理負荷を軽減し、位相差信号を取得してから、この位相差信号の所定解析時間幅でのピーク成分の周波数を求めるまでの過程をより一層効率よく実行できる。
【0101】
また、前記実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムにおいては、測定対象を心拍とし、位相差信号に心拍の略周期的なピーク成分が含まれるようマイクロ波が照射され、MEMによるスペクトル推定の繰返しで心拍の周波数が継続して求められる構成としているが、これに限らず、心拍に代えて呼吸のタイミングを測定対象とする構成にすることもでき、呼吸にはストレス時には浅く速くなり、リラックス時には深くゆっくりしたものとなる傾向が見られ、被験者にマイクロ波を照射して電磁波送受信手段で取得した位相差信号には、呼吸に基づいて、ストレス時に振幅が小さく且つ周波数が高くなり、またリラックス時に振幅が大きく且つ周波数が低くなっている振動波形成分が含まれることから、呼吸の周波数をスペクトル推定で求め、周波数の時間変化に注目して心拍の場合と同様にストレス評価を行うことができる。
【0102】
さらに、心拍等と同様に略定常的な変化としてあらわれる、まぶたの上下動(まばたき)を測定対象とする構成にすることもでき、まぶたの上下動の周波数やまばたき間隔を取得すると、まぶたの動きの周波数が眠気の深さを示す傾向があることを利用し、居眠り検出等に応用できる。
【0103】
加えて、前記実施形態に係る信号ピーク周波数測定システムにおいては、被験体としての人の略定常的な心拍の変化を測定対象とし、電磁波送受信手段11のアンテナ11aから人に対しマイクロ波を照射する一方、人からの反射波を受信し、心拍周波数や心拍間隔、さらに心拍数を求める構成としているが、被験体は人や人同様にバイタルサインとしての略定常的な状態変化を有する動物等の生体に限られるものではなく、略定常的な変化を生じる機械装置等の物体、例えば、出力軸回転数に対応する略定常的な振動を生じる内燃機関や、電動機、またこれらを搭載した装置などを被験体として取扱う構成とすることもでき、外部からのノイズ成分が加わりうる状況で測定対象とする振動等の状態変化を示すピーク成分の周波数やピーク間隔をこうした物体に対し離れた位置から取得して、物体に直接センサ等を取付けられない状況でも、物体の状態を適切に評価することができる。
【実施例】
【0104】
本発明の被験体状態解析用信号のピーク周波数測定システムで、設定した条件に基づくスペクトル推定から心拍周波数が精度よく求められるか否かについて検証すると共に、実際に心拍を測定対象とし、導出された心拍間隔の変動をストレス評価に適用した事例を、比較例としての心電計による心拍測定に基づく心拍間隔変動及びこれを用いたストレス評価結果と比較評価した。
【0105】
まず、本発明のMEMを用いたスペクトル推定の適用で、位相差信号にノイズが多く含まれていても、精度よく心拍周波数を導出できるか否かを、理想的心拍信号モデルにホワイトノイズを加えた信号について、スペクトル推定を行うことで検証した。
【0106】
はじめに、理想的心拍信号モデルとして、D. R. MorganとM. G. Zierdtによって提唱されたモデルを採用し、心拍周波数1Hzの心拍信号を作成した(
図3参照)。この理想心拍信号に、ホワイトノイズを信号のS/Nが3dBになるように加える。
図12に理想的心拍信号モデルにホワイトノイズを印加して得られた信号のグラフを示す。
【0107】
この信号を用いて、MEMでのスペクトル推定による心拍周波数導出を行った。スペクトル推定における自己回帰モデル次数は870、解析時間幅は2秒とし、パワースペクトルにおいては、人の安静座位時における心拍の周波数範囲である、0.7〜1.5Hzの範囲におけるスペクトルピークの周波数の値を検出して、心拍周波数とした。
図13に、前記雑音印加信号についてスペクトル推定により得られたパワースペクトルを示す。
【0108】
こうして推定された心拍周波数は0.98Hzであり、これと理想心拍信号の心拍周波数(1Hz)との誤差は0.02Hzとごく小さな値に留まっている。また、0.7〜1.5Hzの範囲に偽ピークは見られない。
【0109】
これにより、本発明の信号解析手段におけるMEMを用いたスペクトル推定は、モデル次数や解析時間幅等の条件を適切なものとすることで、信号のSN比が低い、すなわちノイズが大である場合においても有効に機能するといえ、精度よく心拍周波数を導出できることがわかる。
【0110】
続いて、前記実施形態に係る信号のピーク周波数測定システムを用いて、心拍に対応するピーク成分を含む位相差信号を取得し、心拍周波数を求め、さらに心拍間隔の変動を導き、ストレス評価を実施した。
【0111】
位相差信号を取得するにあたって、電磁波送受信手段のアンテナは、着座状態の被験者の背面側に配置され、被験者の背中にマイクロ波を照射し、心臓の拍動に対応する体表の動きを測定するようにした。
【0112】
マイクロ波発振器で生成されるマイクロ波は、周波数が10.525GHz、出力が10dBmである。このマイクロ波が、方向性結合器を経て6〜10dBの減衰特性を有する減衰器で減衰されてサーキュレータに達し、アンテナから照射される。
【0113】
被験者からの反射波は、サーキュレータを介して、40dBの増幅特性を有する増幅器に達して増幅された後、クオドラチャ検出器に入る。クオドラチャ検出器で位相変化に基づく信号成分を得、さらにこれを演算部で処理して、心拍に相当する反射面の動き(振動)のピーク成分を含んだ位相差信号が出力される。
【0114】
また、比較例として、マイクロ波による測定と同時に、心電計による心拍測定も行った。心電計の電極は一般的な心電計測定同様に被験者の身体複数箇所に直接当接させて測定を実施した。
【0115】
マイクロ波による測定と心電計測定のいずれの場合も、非静止環境として被験者及び測定システムが自動車内でエンジン振動を加えられる状況下で測定され、その測定時間は900秒となっている。
【0116】
電磁波送受信手段で得られた位相差信号については、信号解析手段のMEMを用いたスペクトル推定が、位相差信号における解析時間幅に対応する対象範囲を位相差信号の始端側から時間経過方向に1秒のシフト時間分シフトしながら繰返し実行されて、測定時間全体にわたって1秒間隔で心拍の周波数が導出されることとなる。そして、この心拍周波数が導出されるごとに、変換手段で周波数の逆数をとって時間に変換することで心拍間隔が求められ、これが繰返されることで、心拍間隔の時間推移(変動)、すなわちHRVが得られる。こうして得られたHRV、すなわち心拍変動信号の波形を、横軸を経過時間[秒]、縦軸を心拍間隔[秒]としてプロットしたグラフを
図14に示す。
【0117】
また、比較例として、心電計で得られた心拍のピークの現れた信号波形から、心拍間隔変動(HRV)を求めた。これも横軸を経過時間[秒]、縦軸を心拍間隔[秒]としてプロットしたグラフを
図15に示す。
【0118】
前記
図14に示したマイクロ波による測定に基づくHRVは、
図15に示した心電計で得た心拍に対応するピークに基づいて導出されたHRVと極めて近いものとなっており、マイクロ波測定で得た結果と心電計で得た結果とが精度よく対応していることがわかる。
【0119】
さらに、これらマイクロ波で測定し位相差信号の解析を経て得られた心拍間隔変動(HRV)と、比較例の心電計で得た心拍ピーク間隔から求めた心拍間隔変動(HRV)の各波形について、Wavelet変換による周波数解析を行った。このWavelet変換の結果、HRVの時間・周波数スペクトルが表示されることとなる。変換結果のスペクトルから、各周波数帯域ごとの状態、すなわち、ストレス評価値としての、低周波成分(0.03〜0.15Hz)のピーク値LFや高周波成分(0.15〜0.45Hz)のピーク値HFの時間経過に伴う変化を確認できる。このWavelet変換結果を、マイクロ波による測定の場合を
図16に、心電計測定の場合を
図17にそれぞれ示す。各図の縦軸が周波数の値、横軸が時間で、濃淡が強さを示す。
【0120】
図16、17に示すように、HRVのWavelet変換結果も、マイクロ波による測定の場合と心電計測定の場合とでほぼ一致しており、ストレス評価が同様に行えることがわかる。
【0121】
これらから、マイクロ波を用いて非静止環境下での被験者と非接触状態における測定でも、得られた位相差信号に対しMEMによるスペクトル推定の処理を適用することで、精度良く心拍周波数を得ることができ、さらに心拍周波数から求めたHRVを使用したストレス評価を、心電計による測定を基に取得したHRVに基づくものと同様の精度で、問題なく行えることは明らかである。