特許第5709196号(P5709196)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5709196-油脂生産菌の培養方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5709196
(24)【登録日】2015年3月13日
(45)【発行日】2015年4月30日
(54)【発明の名称】油脂生産菌の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20150409BHJP
   C12P 7/64 20060101ALI20150409BHJP
【FI】
   C12N1/16 A
   C12N1/16 D
   C12P7/64
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2009-3755(P2009-3755)
(22)【出願日】2009年1月9日
(65)【公開番号】特開2010-158219(P2010-158219A)
(43)【公開日】2010年7月22日
【審査請求日】2012年1月6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 第60回日本生物工学会大会講演要旨集、第137頁、平成20年7月11日発行
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/酵母による木質系バイオマスの軽油代替燃料変換に関する研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301025634
【氏名又は名称】独立行政法人酒類総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100088546
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 英次郎
(72)【発明者】
【氏名】長沼 孝文
(72)【発明者】
【氏名】家藤 治幸
(72)【発明者】
【氏名】正木 和夫
(72)【発明者】
【氏名】塚本 香
【審査官】 山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−262481(JP,A)
【文献】 特開平07−236492(JP,A)
【文献】 特開昭59−205979(JP,A)
【文献】 特開2005−102680(JP,A)
【文献】 特表2007−504839(JP,A)
【文献】 特表2007−512809(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/134836(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00− 7/08
C12P 1/00− 41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖類濃度15%〜30%の培地で油脂生産菌を培養することを含む油脂生産菌の培養方法であって、前記油脂生産菌はリポミセス(Lipomyces)属酵母である、方法。
【請求項2】
前記糖類濃度が15%〜25%である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記糖類は単糖類である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記糖類は、グルコース、キシロース、キシリトール、キシルロース、アラビノース、マンノース、ソルビトール、スクロース、フラクトース、マルトース、セルロース、デンプン、キシラン、アラビナン及びアラビノキシランからなる群より選択される少なくとも1種である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記糖類は、グルコース、キシロース及びスクロースからなる群より選択される少なくとも1種である請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項1ないしのいずれか1項に記載の方法により前記油脂生産菌を培養し、該油脂生産菌が生産した油脂を回収することを含む、油脂の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は油脂生産菌の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の培養条件とそれら微生物の挙動については深い関係が有ることが知られている。しかし、どのような条件がそれら微生物にどのように影響を与えているかについては人類が微生物とのかかわりを持ち始めた紀元前からの問題であり、現代においても人類の英知が及ばないはるか膨大な複雑さの中の問題である。人類は自らに役立つ微生物の活動を醗酵と呼び、微生物による有用物質の生産を行ってきた。それらは、多くの経験則によって醗酵制御のノウハウが蓄積されたものであり、微生物と培養条件についてはある限られた場合によってのみ、さまざまなことが明らかにされてきた。しかし、それは微生物を理解するといった部分においてはほんの一部分であり、微生物全般においては未だそれら全てが未解明といってもよい。
【0003】
近年、石油に依存していたエネルギーについての代替燃料の開発が行われている。その中でも再生可能なバイオマスを原料とするエネルギー物質の生産が注目されている。バイオ燃料にはさまざまある。バイオディーゼル燃料(BDF)と呼ばれるディーゼル燃料の代替燃料もそれらのうちの1つである。通常、BDFの原料は植物油脂からなるトリグリセライドであり、パーム油、大豆油、菜種油、ひまわり油などが使用される。また、使用済みの廃油などもその原料として使われる。
【0004】
現在、木質系のバイオマスを利用した液体燃料の醗酵生産は主にエタノールへの変換が盛んに行われている。ここで生産されるエタノールはガソリン代替燃料として使用される。木質系バイオマスを利用した液体燃料代替原料の生産を行うとき、多くの場合ヘミセルロースの未利用問題がある。特に酵母サッカロマイセス・セレビジエを用いたエタノール醗酵では、その問題は顕著である。
【0005】
一方、ディーゼル代替燃料であるBDFの生産は主に植物油からの生産であり、微生物による醗酵生産は行われてない。そのため微生物発酵によるBDF原料生産において何が問題であるかすらわかっていないのが現状である。しかし、微生物による油脂の生産が可能となれば、植物による油脂生産に比べ莫大な量のBDF原料が1年間に生産されることは想像に難くない。従って、これらBDF原料を微生物発酵により生産することで、木質系のバイオマスから多くの油脂原料を生産することが期待できる。
【0006】
ある種の微生物が、菌体内に著量の油脂を生産することが知られている。これら油脂の蓄積は、従来では窒素量を制限することにより実現されていたが、窒素を制限することにより菌体の増殖は抑えられ、最終的な油脂の生産量は少ない。また、窒素源を多く加えると菌体の増殖は活発に行われるが、油脂の蓄積量は少ない。微生物油脂を大量に生産かつ効率的に生産するためにはこれら問題点を克服する必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】バイオマスハンドブック、平成14年9月20日、オーム社発行、第138〜143頁
【非特許文献2】バイオマスハンドブック、平成14年9月20日、オーム社発行、第157〜165頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、微生物油脂を効率良く大量に生産することができる新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、油脂生産菌の培養において、各種培地にて油脂蓄積能力を調べ、さらに培地組成を鋭意検討した。これにより、最適条件では酵母エキスを含有する培地において糖濃度を10%以上の高濃度に設定することにより油脂生産量を向上できることを見出し、さらに、糖類と塩類を併用して高糖濃度環境に匹敵する浸透圧環境(モル濃度)を作り出すことにより、糖濃度が10%未満であっても高効率な油脂の生産が可能となることを見出し、本願発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、糖類濃度15%〜30%の培地で油脂生産菌を培養することを含む油脂生産菌の培養方法であって、前記油脂生産菌はリポミセス(Lipomyces)属酵母である、方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により前記油脂生産菌を培養し、該油脂生産菌が生産した油脂を回収することを含む、油脂の生産方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、油脂生産菌に大量且つ効率良く油脂を生産させることができる方法が提供された。本発明によれば、培地に所定量の糖類ないしは糖類及び塩類を添加して培養するという簡便な方法により、油脂生産菌による油脂の生産量を高めることができる。本発明はBDF原料の生産に大いに貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1の本培養開始後10日目での各糖濃度における油脂生成率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法は、以下の2つの知見に基づくものである。
(1) 培地の糖類濃度を10%以上に高めると、油脂生産菌の油脂生産効率が向上する。
(2) 培地の糖濃度が低くても、塩類を追加して培地のモル濃度を高め、浸透圧を高めると、油脂生産菌の油脂生産効率が向上する。
【0014】
(1)の知見に基づく本発明の第1の方法では、糖類濃度が15%以上という高糖濃度の培地で油脂生産菌を培養することを特徴とする。かかる高糖濃度条件下で油脂生産菌を培養することにより、油脂生産菌による油脂生産量を高めることができる。糖類濃度は、より好ましくは20%程度である。なお、糖類濃度の上限は特に限定されないが、通常30%程度以下である。30%を超えると、油脂生産菌の増殖効率が低下し、結果として油脂生産の望ましい向上効果が得られなくなる。なお、本発明でいう「%」濃度は、w/v%を意味する。
【0015】
糖類としては特に限定されず、例えばグルコース、キシロース、キシリトール、キシルロース、アラビノース、マンノース、ソルビトール、スクロース、フラクトース、マルトース等の単糖類及び二糖類を用いることができる。さらに、これらが重合した多糖類、すなわちセルロース、デンプン、キシラン、アラビナン、アラビノキシラン等を用いることもできる。これらの糖類は単独で使用してもよいし、また2種以上を混合して用いてもよい。また、木材の糖化液を利用することもできる。木材糖化液を用いる場合には、該糖化液中に含まれる糖類の培地中濃度が上記濃度になるように培地に添加して用いればよい。糖類としては、上記の中でもグルコース、キシロース及びスクロースが好ましい。あるいはまた、糖類としては単糖類を用いることも好ましい。下記実施例に記載されるように、糖類濃度(%)が同等の場合、二糖類よりも単糖類の方が油脂生産率の向上効果が高い。これは、単糖類を用いた場合には、単糖への分解反応を経ることなく油脂生産菌の体内にそのまま取り込まれ直接代謝に利用できるためであると考えられる。
【0016】
上記(2)の知見に基づく第2の方法では、糖類と塩類を一定以上のモル濃度になるように培地に添加して用いる。培地の基本組成にさらに塩類を追加し、糖類と塩類の合計モル濃度を高めることによっても、糖類濃度を高めたのと同等に油脂生産量を向上させることができる。培地の糖類及び塩類の合計モル濃度は0.60 mol/L以上、好ましくは0.88 mol/L以上、より好ましくは1.16 mol/L程度である。

【0017】
第2の方法によれば、糖類濃度が従来の培地と同等に低い場合であっても、塩類濃度を高めることで油脂生産量を向上させることができる。下記実施例に記載されるように、糖類濃度が5%程度であっても、塩類を添加して合計モル濃度を0.60 mol/Lまで高めると、油脂生産量を向上させることができる。糖類濃度が3%程度であっても、塩類の添加量を増やして合計モル濃度が上記範囲となるようにすれば、同様に油脂生産量を向上させることができる。塩類の濃度としては、特に限定されないが、通常0.33 mol/L以上であり、0.43 mol/L以上が好ましく、0.61 mol/L程度がより好ましい。
【0018】
また、第2の方法において、糖類濃度を10%以上の高濃度とした場合、併せて塩類濃度も高めると、さらに油脂生産量を向上させることができる。例えば、糖類濃度10%とし、糖類10%のモル濃度に相当するモル濃度の塩類を培地に添加すると、糖類20%の培地と同等に油脂生産量を向上させることができる。例えば、糖類としてグルコースを用いる場合であれば、グルコース10%のモル濃度は約0.55mol/Lであるから、塩類が約0.55mol/L以上となるように培地を調製すれば、グルコース濃度20%の培地と同等に油脂生産量を向上させることができる。スクロースを用いる場合には、スクロース10%が0.29mol/Lであるから、塩類を0.29mol/L以上とすればスクロース20%と同等に油脂生産量を向上させることができ、塩類濃度を例えば0.55mol/L程度以上とさらに高めればより油脂生産量を向上させることができる。
【0019】
モル濃度を高めるために用いる塩類としては、微生物の培養に通常用いられる塩類であれば特に限定されず、例えば硫酸アンモニウム、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム及び塩化ナトリウムからなる群より選択される少なくとも1種を用いることができる。ただし、高濃度の塩化カルシウムは培養中に沈殿を生じるため単独での多量添加は不都合である。塩類は単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。なお、本発明において、塩類のモル濃度は、塩類の電離を考慮せず溶質自体のモル数を表すものとする。
【0020】
第2の方法において用いる糖類の例は、上記した第1の方法において用いる糖類と同様である。糖類濃度の範囲は特に限定されず、油脂生産菌の増殖に悪影響を及ぼさない30%以下の濃度であればよいが、20%以下が好ましく、10%以下がさらに好ましい。糖類濃度の下限値は特に限定されず、従来用いられる1%程度でもよいが、好ましくは3%以上である。
【0021】
本発明の第1及び第2の方法において用いる培地は、微生物の培養に通常用いられる微量成分を補足する栄養分、例えば酵母エキス、牛肉エキス及び麦芽エキス等の栄養分を含有するものであれば特に限定されないが、酵母エキスを含有するものが好ましい。例えば、下記実施例に記載されるS培地((NH4)2SO4 5.0g, KH2PO4 1.0g, MgSO4・7H2O 0.5g, CaCl2・2H2O 0.1g, NaCl 0.1g, Yeast Extract 1.0g、いずれも1L中含量)や、1%程度の酵母エキスと2%程度のポリペプトンから構成されるYEPD培地等を用いることができるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明の方法により油脂生産菌を培養すれば、油脂の生産量を増大させることができる。油脂生産菌としては、例えば、リポミセス(Lipomyces)属、オイディウム(Oidium)属、エンドミセス(Endomyces)属、カンディダ(Candida)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属又はロドスポリディウム(Rhodosporidium)属に属する酵母が知られているが、本発明ではリポミセス属酵母が用いられる。これらの酵母は、トリアシルグリセロール(中性脂肪)を生産し菌体内に蓄積する。構成脂肪酸はオレイン酸、パルミチン酸、リノール酸、リノレン酸、パルミトレン酸、ステアリン酸で、オレイン酸の比率が高く続いてパルミチン酸比率が高い。

【0023】
上記培養方法により油脂生産菌を培養後、菌体内に蓄積した油脂を回収することで、微生物油脂を得ることができる。菌体内からの油脂の回収方法は特に限定されず、例えばガラスビーズによる物理的破砕や有機溶媒による抽出により回収することができる。あるいは、生産した油脂を体外に排出する性質を有する油脂生産菌を用いた場合には、培養液から遠心分離等の簡便な操作により効率良く油脂を回収することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1
油脂生産菌として、Lipomyces属酵母を使用し油脂生産を試みた。培地としては、酵母エキス及びポリペプトンから構成されるYEPD培地(1% Yeast Extract, 2% polypeptone)と、酵母エキス及び無機成分から構成されるS培地を使用した。
【0026】
1%のグルコースを含有するS培地((NH4)2SO4 5.0g, KH2PO4 1.0g, MgSO4・7H2O 0.5g, CaCl2・2H2O 0.1g, NaCl 0.1g, Yeast Extract 1.0g、いずれも1L中含量)にLipomyces属酵母を植菌し、25℃にて1〜2日培養した。このようにして前培養したLipomyces属酵母を、3%、10%又は20%グルコースを含む各培地(100ml)に植菌し、25℃にて振とう培養を行った。経時的に培養液からサンプルを採取し、消費した糖量および油脂生産量を調べた。消費した糖量(g)あたりの油脂生産量(g)を、油脂生成率として評価した。本培養開始後10日目の各糖濃度における油脂生成率を図1に示す。この油脂生成率で評価すると、それぞれの培地で糖濃度を増加することにより油脂生成率が向上することが明らかとなった。
【0027】
実施例2
油脂蓄積の向上に関わる更なる因子の解明を目指し、培養液の浸透圧に注目し研究を行った。
【0028】
基本培地としてはS培地を使用した。グルコース濃度は3%、5%、7%、10%で検討した。添加する塩類成分としては、(NH4)2SO4、KH2PO4、MgSO4・7H2O、NaCl及びCaCl2・2H2Oを使用した。各塩類の使用量(基本組成に別途追加した量)を表1に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
これらの培地条件で、実施例1同様に培養を行ったところ、培地に塩類を添加することにより、油脂生産量や油脂生成率が向上することが見出された。本培養開始後10日目の各糖濃度における油脂生産量、油脂生成率を表2に示す。
【0031】
【表2】
*塩類モル濃度0.05(M)とは、S培地の基本組成中に含有される塩類のモル濃度である。
【0032】
実施例3
前培養したLipomyces属酵母を、15%又は20%キシロースを含むS培地(100ml)に植菌し、25℃にて振とう培養を行った。経時的に培養液からサンプルを採取し、消費した糖量および油脂生産量を調べた。さらに、培養液あたりの乾燥菌体重量も測定し、菌体内油脂含量を算出した。その結果、いずれの培地においてもにおいても、10日間の培養で、油脂含量は60%以上の数値を示し、対糖収率についても14%以上、1mlの培養液あたり約10mg以上の油脂の生産が可能であった。これらの数値は、実施例1、2に示すグルコースを用いた場合の油脂生産とほぼ同等の結果であった。
図1