(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5709571
(24)【登録日】2015年3月13日
(45)【発行日】2015年4月30日
(54)【発明の名称】耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150409BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20150409BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20150409BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20150409BHJP
B21B 3/02 20060101ALI20150409BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/34
C22C38/54
C21D9/46 R
C21D9/46 Z
B21B3/02
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-32499(P2011-32499)
(22)【出願日】2011年2月17日
(65)【公開番号】特開2012-172161(P2012-172161A)
(43)【公開日】2012年9月10日
【審査請求日】2013年10月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100111903
【弁理士】
【氏名又は名称】永坂 友康
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 明彦
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−116619(JP,A)
【文献】
特開2009−167443(JP,A)
【文献】
特開2010−031315(JP,A)
【文献】
特開平03−053026(JP,A)
【文献】
特開平08−199235(JP,A)
【文献】
特開2010−248620(JP,A)
【文献】
特開2009−174036(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.001〜0.03%、Si:0.01〜2%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.005〜0.05%、S:0.0001〜0.01%、Cr:16〜30%、N:0.001〜0.03%、Al:0.05〜0.8%、Sn:0.01〜1%、 残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
800℃での0.2%耐力が35MPa以上であって、引張強さが55MPa以上であることを特徴とする耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記鋼が、質量%にて、C:0.004〜0.03%であることを特徴とする請求項1に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記鋼が、質量%にて、Sn:0.01〜0.29%及びCr:16〜18.8%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記鋼が、さらに質量%にて、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Ni:0.5%以下、Cu:0.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.5%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、Ca:0.005%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
前記鋼が、さらに質量%にて、La:0.1%以下,Y:0.1%以下,Hf:0.1%以下,REM:0.1%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の鋼成分を有するステンレス鋼スラブを加熱して抽出温度を1100〜1250℃とし、熱間圧延終了後の巻取り温度を600℃以下とすることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載した製造方法によって製造した請求項1から5のいずれか1項に記載の鋼成分を有する熱延鋼板を900〜1050℃で焼鈍した後、550〜850℃の温度域を10℃/秒以下で冷却することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば400℃以上、1000℃以下の高温環境における耐酸化性と高温強度に優れた省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。具体的には、暖房機器,燃焼機器,自動車排気系などの部材を構成するのに好適な耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、厨房機器、家電製品、電子機器など幅広い分野で使用されている。近年、精錬技術の向上により極低炭素・窒素化,PやSなど不純物元素の低減が可能となり、NbやTi等の安定化元素を添加して耐銹性と加工性を高めたフェライト系ステンレス鋼(以下、高純度フェライト系ステンレス鋼)は広範囲の用途へ適用されつつある。これは、高純度フェライト系ステンレス鋼が、近年価格高騰の著しいNiを多量に含有するオ−ステナイト系ステンレス鋼よりも経済性に優れているためである。
【0003】
耐酸化性と高温強度が要求される耐熱鋼分野においても、SUS430J1L,SUS436J1L,SUH21等の高純度フェライト系ステンレス鋼が規格化されている(JIS G 4312)。SUS430J1Lは19Cr−0.5Nb、SUS436J1Lは18Cr−1Mo、SUH21は18Cr−3Alに代表されるように、希少元素であるNbやMoの添加、あるいは多量のAl添加を特徴としている。SUH21に代表されるAl含有高純度フェライト系ステンレス鋼は、優れた耐酸化性を有しているものの、加工性や溶接性ならびに低靭性に伴う製造性に課題がある。
【0004】
上述したAl含有高純度フェライトの課題に対して、これまで種々の検討がなされている。例えば、特許文献1には、Cr:13〜20%,Al:1.5〜2.5%未満,Si:0.3〜0.8%,Ti:3×(C+N)〜20×(C+N)を特徴とする加工性,耐酸化性に優れたAl含有耐熱フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法が開示されている。特許文献2には、Cr:8〜25%,C:0.03%以下,N:0.03%以下,Si:0.1〜2.5%,Al:4%以下、A=Cr+5(Si+Al)と定義されるA値が13〜60の範囲とする耐水蒸気酸化性、熱疲労特性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。これら特許文献1,2に開示されたステンレス鋼は、Alの添加量を低くして、Siとの複合添加を特徴としている。Siも鋼の靭性を低下させる元素であることから,これら鋼の製造性に対する課題は残る。また、特許文献3に開示されたステンレス鋼は、Cr:11〜21%,Al:0.01〜0.1%,Si:0.8〜1.5%,Ti:0.05〜0.3%,Nb:0.1〜0.4%,C:0.015%以下,N:0.015%以下,必要に応じて高温強度を得るために2%以下のWを添加している。特許文献3に開示されたステンレス鋼は、Al量を低減してSiや希少元素であるWの添加により耐酸化性と高温強度を確保している。
【0005】
上記課題を解決する手段として、高合金化に依らず、微量元素を利用して耐酸化性と高温強度を改善する方法が考えられる。従来、耐酸化性を飛躍的に向上する微量元素として、希土類元素の利用が知られている。例えば、特許文献4には、SiやAlに頼らず、Cr:12〜32%のフェライト系ステンレス鋼への希土類元素:0.2%以下、Y:0.5%以下、Hf:0.5%以下、Zr:1%以下のうち1種または2種以上、それらの合計を1%以下として添加することを開示している。また、高温強度については、特許文献5においてSn,Sbの微量元素を含む高温強度に優れたフェライト系ステンレス鋼及びその製造方法が開示されている。特許文献5に開示された大半の鋼は、Cr:10〜12%の低Cr鋼であり、Cr:12%超の高Cr鋼では高温強度を確保するためにV,Mo等を複合添加している。Sn、Sbの効果として、高温強度の改善を挙げており、本発明の目的とする耐酸化性に関わる検討や記載は見られない。
【0006】
これまで発明者らは、省資源・経済性の観点から,CrやMoの高合金化によらず,Snの微量添加により耐食性や加工性を改善した高純度フェライト系ステンレス鋼について開示している。特許文献6および7に開示したステンレス鋼は、Cr:13〜22%,Sn:0.001〜1%でC,N,Si,Mn,Pを低減し、Al:0.005〜0.05%の範囲とし、必要に応じてTiやNbの安定化元素を添加した高純度フェライト系ステンレス鋼である。
しかしながら、これらの特許文献には、本発明の目的とする耐酸化性や高温強度に対する微量のSnとAl添加の影響については何ら検討されていない。
また、特許文献8には、Cr:11〜22%、Al:1.0〜6.0%を含有し、C,N,Sを低減し、Sn:0.001〜1.0%,Nb:0.001〜0.70%、V:0.001〜0.50%よりなる群より選ばれる1種以上の元素を含有するフェライト系ステンレス鋼が開示されており、高温水蒸気に曝される環境下におけるCr及び/又はその化合物の蒸発防止については開示されているが、耐酸化性、高温強度に対するAl,Snの添加の効果は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−307918号公報
【特許文献2】特開2003−160844号公報
【特許文献3】特開平8−260107号公報
【特許文献4】特開2004−39320号公報
【特許文献5】特開2000−169943号公報
【特許文献6】特開2009−174036号公報
【特許文献7】特開2010−159487号公報
【特許文献8】特開2009−167443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した通り、高純度フェライト系ステンレス鋼において、耐酸化性と高温強度を確保するにはAlの添加、あるいはAlとSiの複合添加が有効であるものの、製造性や溶接性に課題が残る。また,AlやSiの高合金化に依らず上記の特性を確保するには、Nb,Mo,Wや希土類など大変高価な希少元素を利用する必要がある。他方,省資源・経済性の観点から微量Snを添加した高純度フェライト系ステンレス鋼も開示されているが、耐酸化性と高温強度を具備するには至っていない。
そこで本発明の目的は、製造性や溶接性を阻害するAlやSiの過度の合金化やNb,Mo,W,希土類等の希少元素の添加に頼ることなく、Sn添加を活用して耐酸化性と高温強度を向上させた省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、高純度フェライト系ステンレス鋼において、Sn添加とAlの作用に着目して耐酸化性と高温強度に対する効果について鋭意研究を行い,下記の新しい知見を得て本発明をなすに至った。
【0010】
(a)Snは高温強度の上昇に有効な元素であり、Snを添加することでNb,Mo,Wの添加を削減することが出来る。Sn添加により高温強度に加えて、耐酸化性の向上効果を発現させるには16%以上のCr量が有効であることを見出した。このような耐酸化性の向上作用については未だ不明なところも多いものの、以下に述べるような実験事実に基づいて、その作用機構を推察している。
【0011】
(b)Sn添加した16Cr鋼(以下、Sn添加16Cr鋼)と段落〔0003〕で述べた耐熱ステンレス鋼:19Cr−0.5Nb鋼、18Cr−1Mo鋼を950℃,200hrの大気中連続酸化試験を行った。19Cr−0.5Nb鋼や18Cr−1Mo鋼では酸化皮膜の剥離が進行し始めるのに対して、Sn添加16Cr鋼は、異常酸化や酸化皮膜の剥離を生じることなく、高い保護性皮膜の安定性を示した。
【0012】
(c)Sn添加16Cr鋼において酸化皮膜の詳細な分析から、Snは酸化皮膜中に存在せず、酸化皮膜のCr濃度は19Cr−0.5Nb鋼や18Cr−1Mo鋼よりも高いことが判明した。すなわち、Sn添加は、クロミヤ皮膜(Cr
2O
3)中のCr濃度を高めて、Cr
2O
3の破壊に繋がるFe,Mn,Ti等の酸化皮膜中への侵入を抑制する作用を示した。このようなSn添加の効果により、前記した耐熱ステンレス鋼:19Cr−0.5Nb鋼、18Cr−1Mo鋼と同等以上の耐酸化性と高温強度を省合金型の16Cr鋼で達成することが出来る。
【0013】
(d)前記したSn添加16Cr鋼の耐酸化性は、Alを0.05%以上添加することで安定的に発現することを見出した。Al量が0.8%以下の場合、Alの連続酸化皮膜は生成しないものの、鋼界面の酸素分圧を低下してCr
2O
3の安定性向上に寄与しているものと考えられる。このようなSn+Alによる耐酸化性向上については未だ不明なところも多いものの,Sn添加の効果が微量のAl量で重畳していると思われる。
【0014】
(e)上述した耐酸化性の向上には、C、N、P、Sの低減により鋼の高純度化を図り、NbやTiの安定化元素を添加することが効果的である。
【0015】
(f)熱間圧延時の鋳片の加熱において加熱後の抽出温度は、ヘゲ疵や表面性状を阻害する鋳片表層の介在物を除去するためのスケール生成量を確保し、微細なTiCSを生成して異常酸化を誘発する固溶Sを低減し、異常酸化の起点となりうるMnSやCaSの生成を抑制する温度とする。Cr量16%以上のSn添加鋼では1100〜1200℃とすることが効果的である。
【0016】
(g)熱間圧延後の巻取りは、鋼靭性を確保し、表面性状の低下を招く内部酸化物や粒界酸化を抑制する温度とする。Cr量16%以上のSn添加鋼では500〜600℃とすることが有効である。また、熱延板焼鈍を900℃以上で実施してNbやTi等の安定化元素を固溶させ,550〜850℃の温度域を10℃/秒以下で徐冷することは、SnやCrの粒界偏析の低減と微細な炭窒化物生成を促進して、高温強度と耐酸化性を高めることに有効である。
【0017】
上記(a)〜(g)の知見に基づいて成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0018】
(1)質量%にて、C:0.001〜0.03%、Si:0.01〜2%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.005〜0.05%、S:0.0001〜0.01%、Cr:16〜30%、N:0.001〜0.03%、Al:0.05〜0.8%、Sn:0.01〜1%、残部がFeおよび不可避的不純物からな
り、
800℃での0.2%耐力が35MPa以上であって、引張強さが55MPa以上であることを特徴とする耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
(2)前記鋼が、質量%にて、C:0.004〜0.03%であることを特徴とする(1)に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
(3)前記鋼が、質量%にて、Sn:0.01〜0.29%及びCr:16〜18.8%であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【0019】
(
4)前記鋼が、さらに質量%にて、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Ni:0.5%以下、Cu:0.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.5%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、Ca:0.005%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする(1)
から(3)のいずれかに記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【0020】
(
5)前記鋼が、さらに質量%にて、
La:0.1%以下,Y:0.1%以下,Hf:0.1%以下,REM:0.1%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする(1)
から(4)のいずれかに記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【0021】
(
6)(1)〜(
5)のいずれか
に記載の鋼成分を有するステンレス鋼スラブを加熱して抽出温度を1100〜1250℃とし、熱間圧延終了後の巻取り温度を600℃以下とすることを特徴とする(1)〜(
5)のいずれか
に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0022】
(
7)(
6)に記載した製造方法によって製造した(1)〜(
5)のいずれか
に記載の鋼成分を有する熱延鋼板を900〜1050℃で焼鈍した後、550〜850℃の温度域を10℃/秒以下で冷却することを特徴とするとする(1)
〜(
5)のいずれか
に記載の耐酸化性と高温強度に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、製造性や溶接性を阻害するAlやSiの過度の合金化やNb,Mo,W,希土類等の希少元素の添加に頼ることなく、Sn添加を活用して耐酸化性と高温強度を既存耐熱鋼と同等以上に向上した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を得ることができるという顕著な効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施例(表1及び表2)のステンレス鋼板におけるCr、Sn、Alの量と耐酸化性との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0026】
(I)まず、鋼板の成分の限定理由を以下に説明する。
Cは、耐酸化性を劣化させるので、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とする。好ましくは、耐酸性や製造コストを考慮して0.002〜0.01%とする。
【0027】
Siは、脱酸元素として有効であることに加え、耐酸化性を向上させる元素である。脱酸剤と本発明の耐酸化性を確保するために下限を0.01%とする。
但し、過度な添加は鋼靭性や加工性の低下を招くため、上限を2%とする。好ましくは効果と製造性を考慮して0.05〜1%とする。より好ましい範囲は0.1〜0.6%である。
【0028】
Mnは、耐酸化性を阻害する元素であるため、その含有量は少ないほど良い。耐酸化性の低下を抑制する観点から上限を1.5%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.01%とする。好ましくは、耐酸化性と製造コストを考慮して0.05〜0.5%とする。
【0029】
Pは、製造性や溶接性を阻害する元素であるため、その含有量は少ないほど良い。製造性や溶接性の低下を抑制する観点から上限を0.05%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.005%とする。好ましくは、製造コストを考慮して0.01〜0.04%とする。
【0030】
Sは、耐酸化性や熱間加工性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良い。そのため、上限は0.01%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001とする。好ましくは、耐酸化性や製造コストを考慮して0.0002〜0.002%とする。
【0031】
Crは、本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼の構成元素であり、Sn添加により本発明の目標とする耐酸化性と高温強度を確保するために必須の元素である。本発明の耐酸化性と高温強度を確保するために下限は16%とする。上限は、製造性の観点から30%とする。但し、SUS430J1L、SUS436J1Lなどと比較した経済性から、好ましくは16〜22%とする。性能と合金コストを考慮して、より好ましくは、16〜18%とする。
【0032】
Nは、Cと同様に耐酸性を劣化させるので、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とする。好ましくは、耐酸化性や製造コストを考慮して0.005〜0.015%とする。
【0033】
Alは、脱酸元素として有効な元素であることに加え、本発明の目標とする耐酸化性を高めるために必須の元素である。下限は、Sn添加と重畳して耐酸化性の向上効果を得るために0.05%とする。上限は、製造性の観点から0.8%とする。なお、SUS430J1L、SUS436J1Lと比較した経済性から、より好ましくは0.06〜0.6%とする。
【0034】
Snは、AlやSiの過度の合金化やNb,Mo,W,希土類等の希少元素の添加に頼ることなく、本発明の目標とする耐酸化性と高温強度を確保するために必須の元素である。本発明の目標とする耐酸化性と高温強度を得るために、下限は0.01%とする。上限は、製造性の観点から1%とする。但し、SUS430J1L、SUS436J1Lなどと比較した経済性から、好ましくは0.1〜0.6%とする。性能と合金コストを考慮して、より好ましくは、0.2〜0.5%とする。
【0035】
Nb、Tiは、C,Nを固定する安定化元素の作用により、耐酸化性を向上させる元素であり必要に応じて添加する。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.03%以上とする。但し、過度な添加は合金コストの上昇や再結晶温度上昇に伴う製造性の低下に繋がるため、上限をそれぞれ0.5%とする。好ましい範囲は、効果と合金コストおよび製造性を考慮して、Nb、Tiの1種または2種で0.05〜0.5%とする。より好ましい範囲は0.1〜0.3%である。
【0036】
Ni、Cu、Mo、V、Zr、Coは、Snとの相乗効果により高温強度の上昇に有効な元素であり、必要に応じて添加する。Ni、Cu、Moは、添加する場合、それぞれその効果が発現する0.15%以上とする。V、Zr、Coは、添加する場合、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。但し、過度な添加は合金コストの上昇や製造性の低下に繋がるため、上限をいずれも0.5%とする。
【0037】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用するほか、TiNの晶出核として作用する。TiNは凝固過程においてフェライト相の凝固核となり、TiNの晶出を促進させることで、凝固時にフェライト相を微細生成させることができる。凝固組織を微細化させることにより、製品のリジングやロ−ピングなどの粗大凝固組織に起因した表面欠陥を防止できるほか、加工性の向上をもたらすため、必要に応じて添加する。添加する場合は、これらの効果を発現する0.0001%とする。但し、0.005%を超えると製造性が劣化するため、上限を0.005%とする。好ましくは、製造性を考慮して0.0003〜0.002%とする。
【0038】
Bは、熱間加工性や2次加工性を向上させる元素であり、高純度フェライト系ステンレス鋼への添加は有効である。添加する場合は、これらの効果を発現する0.0003%以上とする。しかし、過度の添加は、伸びの低下をもたらすため、上限を0.005%とする。好ましくは、材料コストや加工性を考慮して0.0005〜0.002%とする。
【0039】
Caは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。添加する場合は、これらの効果を発現する0.0003%以上とする。しかし、過度の添加は、製造性の低下やCaSなどの水溶性介在物による耐酸化の低下に繋がるため、上限を0.005%とする。好ましくは、製造性や耐酸化性を考慮して0.0003〜0.0015%とする。
【0040】
Zr、La、Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させ、耐酸化性や熱間加工性を著しく向上させる効果を持つため、必要に応じて添加しても良い。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.001%以上とする。しかし、過度の添加は、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるため、上限をそれぞれ0.1%とする。好ましくは、効果と経済性および製造性を考慮して、1種または2種以上とし、それぞれ0.001〜0.05%とする。
【0041】
(II)次に、鋼板の好ましい製造方法に関する限定理由を以下に説明する。
前記(I)項に記載の成分を有し、SUS430J1L、SUS436J1Lと同等以上の耐酸化性と高温強度を得るために好ましい製造方法を述べたものである。
なお、本発明の鋼板は、(I)の成分組成を有する鋼を、転炉、電気炉、或はさらに二次精錬装置を用いて定法により溶製し、連続鋳造法あるいは鋼塊法によりスラブ(鋳片、鋼片)とし、このスラブを加熱炉にて加熱後、熱間圧延して熱間圧延鋼板としてコイルに巻取り、熱間圧延鋼板とするか、或は、必要により熱延板焼鈍を施したあと、さらに冷間圧延、焼鈍、酸洗処理を施して冷間圧延鋼板とするものである。
【0042】
熱間圧延において鋳片(スラブ)加熱後の抽出温度を1100℃以上とするのは、ヘゲ疵を誘発する鋳片表層の介在物を除するためのスケール生成量を確保するためである。スケール生成量はスケール厚さ0.1mm以上である。抽出温度の上限を1250℃とするのは、異常酸化起点となるMnSやCaSの生成を抑止してTiCSを安定化させるためである。本発明の目標とする耐酸化性を考慮して、抽出温度は1100〜1200℃とすることが好ましい。
【0043】
熱間圧延後の巻取り温度を600℃以下とするのは、鋼靭性を確保し、表面性状の低下を招く内部酸化物や粒界酸化を抑制するためである。また、600℃超ではTiやPを含む析出物が析出しやすく、耐酸化性の低下に繋がる恐れもある。巻取り温度を400℃未満とすると、熱間圧延後の注水により熱延鋼帯の形状不良を招き、コイル展開や通板時に表面疵を誘発する恐れがある。本発明の目標とする耐酸化性を考慮して、巻取り温度は500〜600℃とすることが好ましい。
【0044】
熱間圧延後、熱延板焼鈍を省略して1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を実施しても良い。但し、Sn、Crに加えて、NbやTiあるいはNi、Cu、Moの固溶強化により本発明の目標とする高温強度を上昇させるために900℃以上の熱延板焼鈍を行うことが好ましい。熱延板焼鈍温度の上限は、表面性状と酸洗脱スケール性の低下を考慮して、1050℃とすることが好ましい。
【0045】
熱延板の冷却速度は、550〜850℃の温度域において10℃/秒以下とすることは、SnやCrの粒界偏析を低減して固溶均一化を図り、微細な炭窒化物生成を促進して、高温強度と耐酸化性の向上に有効である。冷却速度は、微細析出を促進するために5℃/秒以下とすることが好ましい。下限は特に規定するものではないが、炭窒化物の粗大化を抑制するために0.01℃/秒とする。
【0046】
冷間圧延の条件は特に規定するものではない。冷間圧延後の仕上げ焼鈍は、表面性状を考慮して、1000℃以下とすることが好ましい。下限は、本発明の鋼板では再結晶が完了する800℃とすることが好ましい。酸洗方法は特に規定するものではなく,工業的に常用されている方法で実施するものとする。例えば、アルカリソルトバス浸漬+電解酸洗+硝弗酸浸漬、電解酸洗は中性塩電解や硝酸電解等を行うものとする。
【実施例1】
【0047】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0048】
表1の成分を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、加熱炉からの抽出温度1100〜1250℃で熱間圧延を行い,巻取り温度500〜720℃で板厚3.0〜6.0mmの熱延鋼板とした。熱延鋼板は焼鈍を実施して、1回または中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延を行い、1.0〜2.0mm厚の冷延鋼板を製造した。得られた冷延鋼板は、いずれも再結晶が完了する温度850〜1050℃で仕上げ焼鈍を行った。
鋼の成分は、本発明で規定する範囲(本発明成分)とそれ以外の範囲(比較成分)でも実施した。製造条件は、本発明で限定する好ましい条件(本発明例)とそれ以外の条件(比較例)でも実施した。参考例として、市販のSUS430J1L(19%Cr−0.5%Nb鋼)とSUS436J1L(18Cr−1Mo鋼)を使用した。
【0049】
得られた鋼板から各種の試験片を採取し、以下のような試験を行い、鋼板の特性を調査し、評価した。
高温強度(TS、0.2%PS)は、平行部長さ40mm、幅12.5mmの引張試験片を圧延方向から採取して高温引張試験により求めた。高温引張試験は800℃で行い、引張速度は0.2%耐力まで0.09mm/min,以降3mm/minとした。
耐酸化性は20mm×25mmの試験片を採取し、表裏面・端面を湿式#600研磨仕上げとして大気中980℃、200hr連続酸化試験により評価した。その評価指標は、表面皮膜の(i)剥離および(ii)異常酸化の発生有無とした。
(i)の表面皮膜の剥離は、点状に発生する色調の変化、(ii)の異常酸化は、表面の保護性皮膜が破壊されてFe酸化物を主体とするこぶ状の酸化形態が確認された場合とした。本連続酸化試験条件において参考例としたSUS430J1L及びSUS436JLでは表面皮膜の剥離が見られ、一部では異常酸化に至った。従って、本発明の目標は、980℃、200hr連続酸化試験で異常酸化が発生しない耐酸化性を有し、かつ参考例と同等以上の高温強度(800℃での0.2%PS≧35MPa,T,S≧55MPa)を兼備するものとした。
【0050】
表2に各試験結果をまとめて示す。
表2から、試験番号1,5,7,8,11〜15は、本発明で規定する成分と好適な製造方法(熱延条件、熱延板焼鈍条件)を全て満足する高純度フェライト系ステンレス鋼である。これら鋼板は、SUS430J1LやSUS436J1Lを上回る高温強度と耐酸化性が得られたものである。
【0051】
試験番号2,3,4,6,9,10は、本発明で規定する成分を有し,本発明の好適な製造方法(熱延条件、熱延板焼鈍条件)から一部及び全て外れるものである。しかしながら、これらの鋼板は本発明の目標とするSUS430J1LやSUS436J1Lと同等の高温強度と耐酸化性が得られたものである。また、試験番号13は、Nの量が他の鋼と比べて多く、段落〔0014〕で述べた本発明で好適な高純度化から外れてはいるが本発明の範囲の組成を有し、本発明の目標とする特性を有する場合である。
【0052】
試験番号16〜21は、本発明の好適な製造方法(熱延条件、熱延板焼鈍条件)を実施しているものの、本発明の成分から外れるものである。これら鋼板は、本発明で目標とする高温強度と耐酸化性が得られなかった。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
図1は、表1に示される実施例1の鋼のCr、Sn、Al量と表2に示される耐酸化性の関係を示している。本発明の目標とする耐酸化性が得られたものを「○」、耐酸化性の評価が参考例と同等以下のものを「×」と表記した。本結果から、Sn添加により高温強度に加えて、良好な耐酸化性を得るには、本発明で規定する成分範囲(Cr、Sn,Al)とする調整が重要である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、製造性や溶接性を阻害するAlやSiの過度の合金化やNb,Mo,W,希土類等の希少元素の添加に頼ることなく、微量Sn添加を活用して耐酸化性と高温強度を既存耐熱鋼と同等以上に向上した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。