特許第5709849号(P5709849)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5709849スピーカ装置及びそのフィルタ係数生成装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5709849
(24)【登録日】2015年3月13日
(45)【発行日】2015年4月30日
(54)【発明の名称】スピーカ装置及びそのフィルタ係数生成装置
(51)【国際特許分類】
   H04R 3/00 20060101AFI20150409BHJP
   H04R 1/40 20060101ALI20150409BHJP
   H03H 17/02 20060101ALI20150409BHJP
   H03H 17/08 20060101ALI20150409BHJP
【FI】
   H04R3/00 310
   H04R1/40 310
   H03H17/02 601L
   H03H17/02 615B
   H03H17/08 A
【請求項の数】5
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2012-512552(P2012-512552)
(86)(22)【出願日】2010年4月26日
(86)【国際出願番号】JP2010057337
(87)【国際公開番号】WO2011135646
(87)【国際公開日】20111103
【審査請求日】2012年8月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000223182
【氏名又は名称】TOA株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107847
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 聡
(72)【発明者】
【氏名】宮田 哲
(72)【発明者】
【氏名】末次 利充
【審査官】 ▲吉▼澤 雅博
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−067310(JP,A)
【文献】 特開2007−184822(JP,A)
【文献】 特開2004−172703(JP,A)
【文献】 特開2010−068312(JP,A)
【文献】 特開2004−363696(JP,A)
【文献】 特開2009−206818(JP,A)
【文献】 特開平01−125113(JP,A)
【文献】 特開2005−101901(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 3/00
H03H 17/02
H03H 17/08
H04R 1/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一平面内に所定間隔で配置された複数のスピーカからなるラインアレイスピーカと、
デジタル音声信号の振幅特性を制御するためのIIRフィルタと、
上記スピーカに対応づけられ、上記IIRフィルタを介して入力される共通の上記デジタル音声信号をそれぞれ遅延させる複数のFIRフィルタと、
遅延後の上記デジタル音声信号をアナログ音声信号にそれぞれ変換する複数のD/A変換器とを備え、
上記FIRフィルタは、隣接する上記スピーカ間における配置間隔に対する遅延時間差の比が上記ラインアレイスピーカの一端に近づくほど増大するように、上記デジタル音声信号を遅延させ、
隣接する上記スピーカ間の遅延時間差の最小値は、上記デジタル音声信号のサンプリング周期未満であり、
上記FIRフィルタのフィルタ係数は、上記IIRフィルタの位相特性の上下を反転させ、かつ、所定の角度だけ回転させた周波数特性を逆フーリエ変換して得られる値に、各上記FIRフィルタに共通のシフト遅延時間を加えて求められることを特徴とするスピーカ装置。
【請求項2】
上記シフト遅延時間は、上記FIRフィルタのタップ長の略1/2であることを特徴とする請求項1に記載のスピーカ装置。
【請求項3】
上記シフト遅延時間は、上記FIRフィルタの単位遅延時間の整数倍であることを特徴とする請求項1に記載のスピーカ装置。
【請求項4】
上記FIRフィルタは、上記スピーカをクロソイド曲線上に仮想的に配列させるように、上記デジタル音声信号を遅延させることを特徴とする請求項1に記載のスピーカ装置。
【請求項5】
同一平面内に所定間隔で配置された複数のスピーカからなるラインアレイスピーカと、
デジタル音声信号の振幅特性を制御するためのIIRフィルタと、
上記スピーカに対応づけられ、上記IIRフィルタを介して入力される共通のデジタル音声信号をそれぞれ遅延させる複数のFIRフィルタと、
遅延後の上記デジタル音声信号をアナログ音声信号にそれぞれ変換する複数のD/A変換器と、
上記FIRフィルタのフィルタ係数を書き換え可能に保持するフィルタ係数記憶手段とを備えたスピーカ装置に対し、上記FIRフィルタのフィルタ係数を供給するフィルタ係数生成装置において、
ユーザが指定した上記スピーカごとの遅延時間に基づいて、上記FIRフィルタの周波数特性をそれぞれ決定する周波数特性決定手段と、
上記周波数特性を逆フーリエ変換することにより、上記FIRフィルタのフィルタ係数をそれぞれ求め、隣接する上記スピーカ間の遅延時間差の最小値が上記デジタル音声信号のサンプリング周期未満となる上記FIRフィルタのフィルタ係数を生成するフィルタ係数算出手段と、
上記フィルタ係数に対し、共通のシフト遅延時間をそれぞれ加える遅延シフト手段とを備え
上記FIRフィルタのフィルタ係数は、上記IIRフィルタの位相特性の上下を反転させ、かつ、所定の角度だけ回転させた周波数特性を逆フーリエ変換して得られる値に、各上記FIRフィルタに共通のシフト遅延時間を加えて求められることを特徴とするスピーカ装置用のフィルタ係数生成装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカ装置及びそのフィルタ係数生成装置に係り、更に詳しくは、ラインアレイスピーカを備えたスピーカ装置、並びに、当該スピーカ装置に内蔵されたデジタルフィルタ用のフィルタ係数を生成するフィルタ係数生成装置の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
空港ロビー、音楽ホール、体育館などの広い空間に設置される遠距離用のスピーカ装置には、縦長のフロントパネルにラインアレイスピーカが設けられ、下端を後退させるようにフロントパネルを緩やかに湾曲させたものがある。このような遠距離用のスピーカ装置を用いることにより、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって略均一な音場を形成することができる。
【0003】
このようなフロントパネルの湾曲状態を各スピーカの遅延制御によって仮想的に再現することができれば、例えば、平板状のフロントパネル上にラインアレイスピーカが設けられた近距離用のスピーカ装置を遠距離用のスピーカ装置として用いることが可能になると考えられる。また、設置場所や周辺環境に応じて、仮想フロントパネルの湾曲形状を変更し、音場の形状を形成することが可能になると考えられる。
【0004】
しかしながら、フロントパネルの緩やかな湾曲を各スピーカの遅延制御によって実現しようとすれば、微少な遅延時間を正確に制御しなければならない。例えば、サンプリングレートが48kHzであれば、サンプリング周期は20μ秒となるが、フロントパネルの緩やかな湾曲状態を実現するには、各スピーカの遅延時間を1μ秒以下の精度で制御する必要があり、サンプリング周期に比べて遙かに微少な遅延時間の制御が必要になる。ところが、デジタル信号処理により、サンプリング周期未満の微少な遅延をデジタル音声信号に与えようとすれば、信号処理の負荷が過大になってしまうという問題がある。
【0005】
デジタル信号処理によって、サンプリング周期未満の遅延を音声信号に与えるためには、何らかの補間処理を行う必要があるが、例えば、演算負荷の比較的小さい直線補間のみを行った場合には、高域の再現性が著しく低下するという問題が生じる。その一方で、オーバーサンプリングと、直線補間や多項式補間とを組み合わせた場合には、エイリアシング除去のためカットオフの鋭いローパスフィルタが更に必要となり、演算負荷が過大になるという問題があった。
【0006】
ここで、ラインアレイスピーカを構成する各スピーカの出力遅延を制御するスピーカ装置が従来から提案されている(例えば、特許文献1)。特許文献1に開示されたスピーカ装置は、指向制御を目的とするものであり、各スピーカに対応づけてデジタルフィルタが設けられ、隣接するスピーカ間において一定の遅延時間差が生じるように、各スピーカの出力遅延を制御していると考えられる。このような指向方向を左右へ振り分けるだけの指向制御の場合、スピーカ間の遅延時間差は、音声信号のサンプリング周期に比べて十分に大きく、各スピーカの遅延時間をサンプリング周期の整数倍から選択することによって容易に実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−205496号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、演算負荷を顕著に増大させることなく、ラインアレイスピーカを構成する各スピーカに対し、音声信号のサンプリング周期未満の微少な時間差を有する遅延制御を行うことができるスピーカ装置を提供することを目的とする。
【0009】
また、ラインアレイスピーカを構成する各スピーカに対し、サンプリング周期未満の微少な時間差を有する遅延制御を行うことにより、所望の音場を形成することができるスピーカ装置を提供することを目的とする。
【0010】
また、略平板状のフロントパネルにラインアレイスピーカが形成され、遠距離から近距離にわたって略均一な音場を形成することができるスピーカ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の本発明によるスピーカ装置は、同一平面内に所定間隔で配置された複数のスピーカからなるラインアレイスピーカと、デジタル音声信号の振幅特性を制御するためのIIRフィルタと、上記スピーカに対応づけられ、上記IIRフィルタを介して入力される共通の上記デジタル音声信号をそれぞれ遅延させる複数のFIRフィルタと、遅延後の上記デジタル音声信号をアナログ音声信号にそれぞれ変換する複数のD/A変換器とを備え、上記FIRフィルタが、隣接する上記スピーカ間における配置間隔に対する遅延時間差の比が上記ラインアレイスピーカの一端に近づくほど増大するように、上記デジタル音声信号を遅延させ、隣接する上記スピーカ間の遅延時間差の最小値は、上記デジタル音声信号のサンプリング周期未満であり、上記FIRフィルタのフィルタ係数が、上記IIRフィルタの位相特性の上下を反転させ、かつ、所定の角度だけ回転させた周波数特性を逆フーリエ変換して得られる値に、各上記FIRフィルタに共通のシフト遅延時間を加えて求められる
【0012】
この様な構成により、ラインアレイスピーカの指向方向をラインアレイスピーカ内の位置によって異ならせ、その一端に近づくほど、スピーカ装置の正面方向となす角度を増大させるように指向方向を変化させることができる。このため、平板状のフロントパネルにラインアレイスピーカが形成されたスピーカ装置であっても、フロントパネルを湾曲させたスピーカ装置と同様にして、所望の音場を形成することができる。
【0014】
また、フロントパネルを緩やかに湾曲させたスピーカ装置と同様にして、スピーカ装置から遠い位置であっても所望の音場を形成することができる。このため、例えば、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって所望の音場を形成することも可能になる。更に、FIRフィルタを用いて振幅特性を制御する場合に比べて、周波数分解能の高いイコライザ機能を実現することができる。また、FIRフィルタがIIRフィルタの位相特性を補償することにより、IIRフィルタの位相特性が、FIRフィルタによる遅延制御に悪影響を与えるのを防止し、高精度のイコライザ機能と、スピーカ出力の遅延制御とを両立させることできる。
【0015】
第2の本発明によるスピーカ装置は、上記構成に加えて、上記シフト遅延時間が、上記FIRフィルタのタップ長の略1/2である。
【0016】
第3の本発明によるスピーカ装置は、上記構成に加えて、上記シフト遅延時間が、上記FIRフィルタの単位遅延時間の整数倍である。
【0017】
第4の本発明によるスピーカ装置は、上記構成に加えて、上記FIRフィルタが、上記スピーカをクロソイド曲線上に仮想的に配列させるように、上記デジタル音声信号を遅延させる。この様な構成により、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって略均一の音場を形成することが可能になる。
【0019】
第5の本発明によるスピーカ装置用のフィルタ係数生成装置は、同一平面内に所定間隔で配置された複数のスピーカからなるラインアレイスピーカと、デジタル音声信号の振幅特性を制御するためのIIRフィルタと、上記スピーカに対応づけられ、上記IIRフィルタを介して入力される共通のデジタル音声信号をそれぞれ遅延させる複数のFIRフィルタと、遅延後の上記デジタル音声信号をアナログ音声信号にそれぞれ変換する複数のD/A変換器と、上記FIRフィルタのフィルタ係数を書き換え可能に保持するフィルタ係数記憶手段とを備えたスピーカ装置に対し、上記FIRフィルタのフィルタ係数を供給するフィルタ係数生成装置において、ユーザが指定した上記スピーカごとの遅延時間に基づいて、上記FIRフィルタの周波数特性をそれぞれ決定する周波数特性決定手段と、上記周波数特性を逆フーリエ変換することにより、上記FIRフィルタのフィルタ係数をそれぞれ求め、隣接する上記スピーカ間の遅延時間差の最小値が上記デジタル音声信号のサンプリング周期未満となる上記FIRフィルタのフィルタ係数を生成するフィルタ係数算出手段と、上記フィルタ係数に対し、共通のシフト遅延時間をそれぞれ加える遅延シフト手段とを備え、上記FIRフィルタのフィルタ係数は、上記IIRフィルタの位相特性の上下を反転させ、かつ、所定の角度だけ回転させた周波数特性を逆フーリエ変換して得られる値に、各上記FIRフィルタに共通のシフト遅延時間を加えて求められる


【0020】
この様な構成により、フィルタ係数算出手段が、隣接する上記スピーカ間の遅延時間差の最小値がデジタル音声信号のサンプリング周期未満となるFIRフィルタのフィルタ係数を生成し、遅延シフト手段が、上記フィルタ係数に対し、共通の遅延シフトを加えることにより、因果律に反しないフィルタ係数を生成し、高精度の遅延制御を実現可能にすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、演算処理を顕著に増大させることなく、ラインアレイスピーカを構成する各スピーカに対し、デジタル音声信号のサンプリング周期未満の微少な時間差を有する遅延制御を行うことができるスピーカ装置を提供することができる。
【0022】
また、本発明によれば、ラインアレイスピーカを構成する各スピーカに対し、微少な時間差を有する遅延制御を行うことにより、所望の音場を形成することができるスピーカ装置を提供することができる。
【0023】
また、略平板状のフロントパネルにラインアレイスピーカが形成され、遠距離から近距離にわたって略均一な音場を形成することができるスピーカ装置を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の実施の形態1によるスピーカ装置を含むスピーカシステムの一構成例を示したブロック図である。
図2図1のスピーカシステムの詳細構成を示したブロック図である。
図3図2のFIRフィルタ21〜2nの一構成例を示したブロック図である。
図4図1のスピーカ装置100の作用効果について説明するための説明図である。
図5】スピーカ51〜5nの間隔が一定でない場合における作用効果を説明するための説明図である。
図6図4のスピーカ装置100によって形成される音場を模式的に示した図である。
図7図2のFIRフィルタ21〜21nの周波数特性の一例を示した図である。
図8図7の周波数特性から求められたフィルタ係数k1〜kmの一例を示した図である。
図9図1のフィルタ係数生成装置120の一構成例を示したブロック図である。
図10】本発明の実施の形態2によるスピーカ装置100の要部について一構成例を示した図である。
図11】本発明の実施の形態3によるスピーカ装置101を含むスピーカシステムの一構成例を示したブロック図である。
図12図11のIIRフィルタ8の一構成例を示したブロック図である。
図13】IIRフィルタ8の周波数特性の一例を示した図である。
図14】IIRフィルタ8及びFIRフィルタ21〜2nからなるデジタルフィルタ全体の周波数特性を示した図である。
図15】実施の形態4によるスピーカ装置101の要部について一構成例を示した図である。
図16図1のフィルタ係数生成装置120の他の構成例を示したブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1によるスピーカ装置を含むスピーカシステムの一構成例を示したブロック図である。このスピーカシステムは、スピーカ装置100と、スピーカ装置100へアナログ音声信号を供給する音源装置110と、スピーカ装置100へフィルタ係数を供給するフィルタ係数生成装置120とによって構成される。
【0026】
スピーカ装置100は、縦長の箱形筐体の前面にフロントパネル60が設けられ、当該フロントパネル60上にラインアレイスピーカ5が配置されている。フロントパネル60は、細長い長方形からなる略平板である。ラインアレイスピーカ5は、同一の特性を有する複数のスピーカ51〜5nからなり、これらのスピーカがフロントパネル60上に等間隔で直線的に配列されている。つまり、スピーカ51〜5nは、同一平面内で同一方向に向けて一列に整列配置されている。また、スピーカ装置100は、各スピーカ51〜5nに対応づけられた複数のFIRフィルタ21〜2nを内蔵し、これらのフィルタ係数を調整することにより、各スピーカ51〜5nの出力遅延を任意に制御することができる。
【0027】
音源装置110は、アナログ音声信号を出力する周知のオーディオ装置である。スピーカ装置100は、音源装置110から供給されたアナログ音声信号に基づいて、スピーカ51〜5nを駆動し、その前方の空間に音場を形成する。
【0028】
フィルタ係数生成装置120は、FIRフィルタ21〜2nが使用するフィルタ係数を生成する装置であり、ここでは、パーソナルコンピュータ上で実行されるアプリケーションプログラムとして実現されるものとする。例えば、ユーザが各スピーカ51〜5nの遅延時間を入力すれば、当該スピーカに対応するFIRフィルタ21〜2nのフィルタ係数が演算によって求められる。
【0029】
フィルタ係数生成装置120で生成されたフィルタ係数は、スピーカ装置100へ入力され、スピーカ装置100内に保持される。ここでは、フィルタ係数生成装置120はスピーカ装置100に対して着脱可能であり、フィルタ係数を変更する場合にのみに、フィルタ係数生成装置120がスピーカ装置100に接続されるものとする。ただし、フィルタ係数生成装置120が、スピーカ装置100に内蔵され、あるいは、常時接続されていてもよいことは言うまでもない。
【0030】
一般に、スピーカを駆動した場合、その周辺に音圧が分布する空間として音場が形成される。例えば、1つのスピーカのみを駆動した場合であれば、その前方に当該スピーカの指向特性に応じた音場が形成される。ラインアレイスピーカを構成する各スピーカに対し、同一の音声信号を入力する場合に、隣接するスピーカ間に一定の遅延時間差をそれぞれ与えれば、これらのスピーカからの出力音の干渉を利用し、指向方向を制御できることが知られている。
【0031】
これに対し、本実施の形態では、隣接するスピーカ間に与える遅延時間差をラインアレイスピーカ5内の位置によって異ならせることによって、所望の形状からなる音場を形成している。つまり、フロントパネル60の長手方向を仮想的に湾曲させ、音場の広がり方を制御しており、フロントパネル60を平板のまま仮想的に傾けて指向方向を変化させる従来の指向制御とは異なる。
【0032】
ここでは、縦長のラインアレイスピーカ5を構成する各スピーカ51〜5nの出力遅延をそれぞれ制御することにより、音場の上下方向への広がりと、正面方向への到達距離とのバランスを調整し、ラインアレイスピーカ5を含む平面内における音場が所望の形状となるように制御している。
【0033】
図2は、図1のスピーカシステムの詳細構成を示したブロック図であり、スピーカ装置100の内部構成の一例が示されている。このスピーカ装置100は、A/Dコンバータ1、FIRフィルタ21〜2n、D/Aコンバータ31〜3n、出力アンプ41〜4n、スピーカ51〜5n、フィルタ係数記憶部6及びフィルタ係数更新部7からなる。
【0034】
A/Dコンバータ1は、音源装置110から入力されたアナログ音声信号をデジタル音声信号に変換する変換回路である。A/Dコンバータ1では、予め定められたサンプリングレートでアナログ音声信号のサンプリングが行われている。一般に、人間の可聴周波数帯域は20〜20kHzであるとされており、A/Dコンバータ1のサンプリングレートは40kHz以上とされる。ここでは、サンプリングレートとして48kHzが採用されているものとする。このときのサンプリング周期は20.8μ秒となる。
【0035】
FIRフィルタ21〜2nは、インパルス応答が有限時間で収束する有限インパルス応答(Finite Impulse Response)フィルタであり、DSP(Digital Signal Processer)により実現されるデジタルフィルタである。各FIRフィルタ21〜2nには、A/Dコンバータ1から出力された共通のデジタル音声信号が入力され、所定時間だけ遅延させたデジタル遅延信号をそれぞれ出力する。
【0036】
FIRフィルタ21〜2nは、スピーカ51〜5nにそれぞれ対応づけられており、FIRフィルタにおける遅延が、対応する各スピーカ51〜5nからの音声出力の遅延となる。ここでは、FIRフィルタ21〜2nが、スピーカ51〜5nと一対一に対応する例を用いて説明するが、本発明は、このような場合のみに限定されない。スピーカ51〜5nの一部、例えば上端側の2以上のスピーカについては遅延時間が同一でよいという場合には、1つのFIRフィルタを2以上のスピーカに対応づけることもできる。
【0037】
D/Aコンバータ31〜3nは、FIRフィルタ21〜2nに対応づけられ、FIRフィルタ21〜2nからのデジタル遅延信号をアナログ遅延信号にそれぞれ変換する変換回路である。出力アンプ41〜4nは、スピーカ51〜5nに対応づけられ、D/Aコンバータ31〜3nからのアナログ遅延信号を増幅して、対応するスピーカ51〜5nへ出力する。
【0038】
フィルタ係数記憶部6は、FIRフィルタ21〜2nのフィルタ係数を書き換え可能に保持する記憶手段であり、例えば、フラッシュメモリが用いられる。フィルタ係数更新部7は、フィルタ係数生成装置120からのフィルタ係数を受信し、フィルタ係数記憶部6へ格納する。
【0039】
図3は、図2のFIRフィルタ21〜2nの一構成例を示したブロック図である。FIRフィルタ21〜2nは、遅延部211〜21mと、乗算部220〜22mと、加算部231〜23mとによって構成されるタップ数mのフィルタである。
【0040】
m個の遅延部211〜21mは、いずれも入力信号を単位遅延時間Daだけ遅延させる遅延手段であり、単位遅延時間Daは、A/Dコンバータ1のサンプリング周期であるものとする。このような遅延部211〜21mを直列に接続することにより、入力信号を単位遅延時間Daの整数倍(1〜m倍)だけ遅延させた信号をそれぞれ生成している。(m+1)個の乗算部220〜22mは、入力信号及び各遅延部211〜21mの出力信号に対し、フィルタ係数k0〜kmとの積をそれぞれ求める演算手段である。m個の加算部231〜23mは、乗算部220〜22mにおいて求められたm個の積の総和を求める演算手段である。
【0041】
図4は、図1のスピーカ装置100の作用効果について説明するための説明図であり、スピーカ装置100の断面が模式的に示されている。図中の(a)には、スピーカ51〜5nの実際の配置が示され、(b)には、FIRフィルタ21〜2nの遅延制御により実現されるスピーカ51〜5nの仮想的な配置が示されている。
【0042】
スピーカ装置100は、ラインアレイスピーカ5がフロントパネル60に取り付けられている。つまり、同一特性のスピーカ51〜5nが、同一平面上に等間隔かつ直線的に配置されている。しかしながら、FIRフィルタ21〜2nを用いて、各スピーカ51〜5nの遅延時間を制御することにより、フロントパネル60を平板のまま仮想的に傾けるだけでなく、仮想的に変形させることもできる。
【0043】
図中の(b)には、遅延制御によってフロントパネル60を仮想的に湾曲させた状態が示されている。緩やかに湾曲させた仮想フロントパネル61は、下端を後退させることによって、前方に向かって凸となる曲線を描いている。つまり、仮想フロントパネル61の接線は、上端側ではほぼ鉛直方向であるが、下端側に近づくほど鉛直方向となす角度が大きくなっていく。ここでは、仮想フロントパネル61の断面が、下端側ほど曲率が大きくなっていく漸近曲線を描いている。このような漸近曲線には、例えば、自動車道路のカーブ形状として知られているクロソイド曲線がある。
【0044】
下端側に配置された3つのスピーカ54〜56の遅延時間D1〜D3の間には、D1<D2<D3の関係が成立しており、下端に近づくほど遅延時間が大きくなっている。しかも、隣接するスピーカ54〜56の遅延時間差(D2−D1),(D3−D2)の間にも、(D2−D1)<(D3−D2)の関係が成立し、下端に近づくほど遅延時間差が大きくなっている。
【0045】
全てのスピーカ51〜5nについて、隣接するスピーカ間の時間差を同一にすれば、仮想フロントパネル61は、平板のまま傾き、ラインアレイスピーカ5の指向方向が変化する。これに対し、図4の(b)では、隣接するスピーカ間の遅延時間差を下端に近づくほど大きくすることにより、仮想フロントパネル61を湾曲させている。その結果、ラインアレイスピーカ5の上端側に近い部分では、その指向方向をフロントパネル60の正面に向け、下端に近づくほど、その指向方向を下方向へ向けることができる。つまり、信号制御によって、フロントパネル60を湾曲させた場合と同様の音場の変形を実現することができる。
【0046】
ここで、図4のスピーカ装置100では、ラインアレイスピーカ5を構成する各スピーカ51〜5nが等間隔で配置され、ラインアレイスピーカ5の一端に近づくほど、隣接するスピーカ間の遅延時間が大きくなるように遅延制御を行って、仮想フロントパネル61を湾曲させている。これに対し、スピーカ51〜5nの間隔が一定でない場合には、ラインアレイスピーカ5の一端に近づくほど、隣接するスピーカ間における配置間隔に対する遅延時間差の比を増大させるように遅延制御を行うことによって、仮想フロントパネル61を湾曲させ、所望の音場を形成することができる。
【0047】
図5は、スピーカ51〜5nの間隔が一定でない場合における作用効果を説明するための説明図であり、図4と同様にして、スピーカ装置100の断面が模式的に示されている。下端側に配置された3つのスピーカ54〜56の遅延時間をD1〜D3、スピーカ54,55の間隔をL1、スピーカ55,56の間隔をL2とすれば、(D2−D1)/L1<(D3−D2)/L2の関係が成立していれば、信号制御によってフロントパネル60を湾曲させて音場を変形させることができる。
【0048】
図7は、図4のスピーカ装置100によって形成される音場を模式的に示した図であり、垂直な壁面にスピーカ装置100を取り付けた場合に、その前方に形成される音場12が示されている。図中の(a)には、FIRフィルタ21〜2nによる遅延制御を行わない場合、(b)には図4の(b)に示した遅延制御が行われた場合の例がそれぞれ示されている。図中に示した音場12は、所定値以上の音圧が得られた領域である。また、矢印は、音場12内における音波の主な伝搬方向を示したものである。
【0049】
図中の(a)では、遅延制御を行っていないため、全てのスピーカ51〜5nから正面方向へ向けて出力音声が放射されている。この場合、音場12は水平方向に細長く延び、スピーカの正面であれば、遠くにいる聴者でも出力音声を聞き取り易くなる。ところが、スピーカ装置100に近くてもスピーカ装置100よりも低い場所にいる聴者には、出力音声が聞き取り難い。
【0050】
これに対し、図中の(b)では、仮想フロントパネル61を湾曲させることにより、音場を所望の形状に変形させて、遠くにいる聴者と、近くにいる聴者のいずれもが出力音声を聞き取り易くしている。すなわち、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって音場12を形成し、スピーカ装置100から遠い空間における音圧を確保しつつ、スピーカ装置100の斜め下の空間における音圧も確保している。
【0051】
具体的には、ラインアレイスピーカ5の上端側のスピーカが、主として遠くの音場を形成し、下端側のスピーカが、主として近くの音場を形成している。このため、できるだけ長い距離にわたって、できるだけ均一な音圧を確保しようとすれば、仮想フロントパネル61は、上端に近づくほど曲率が小さくなり、下端に近づくほど曲率が大きくなるように滑らかに変化させる必要がある。このため、本実施の形態によるスピーカ装置100では、仮想フロントパネル61がクロソイド曲線となるように湾曲させている。
【0052】
この様にして広い範囲にわたって音場12を形成しようとする場合、隣接するスピーカ51〜5n間の遅延時間差として、微少な時間を実現しなければならない。隣接するスピーカ間の遅延時間差は、当該スピーカからの出力音声の指向方向、つまり、フロントパネル60の正面方向となす角度に相当する。従って、スピーカ装置100から遠い空間における音場を制御するためには、近い空間の音場を制御する場合に比べて、より小さな遅延時間差が必要になる。発明者らの実験によれば、1μ秒以下の遅延時間を実現する必要があることがわかった。A/Dコンバータ1のサンプリング周期が20.8μ秒であり、隣接するスピーカ51〜5n間の遅延時間差をその1/20以下にすれば、実際上、十分に広い範囲にわたって音場12を形成し、かつ、当該音場12内の音圧を均一にすることができる。
【0053】
従来のスピーカ装置は、スピーカ装置としての指向方向を変化させるだけであり、スピーカ装置から遠い聴者と近い聴者の一方が聞き取りやすくなれば、他方が聞き取りに難くなる。これに対し、本実施の形態によるスピーカ装置100では、音場の形状を変化させることにより、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって略均一な音場を形成することができる。換言すれば、遠い聴者の聞き取りやすさと、近い聴者の聞き取り易さとをバランスさせ、あるいは、両立させることができる。
【0054】
なお、スピーカ装置100がカバーすべき対象領域の長さや、当該領域内において確保すべき音圧レベルが異なれば、最適な音場の形状も異なるが、スピーカ装置100では、FIRフィルタ21〜2nを用いた信号制御によって実現しているため、フィルタ係数を変更することによって、音場の形状を変化させることができる。
【0055】
図7は、図2のFIRフィルタ21〜21nの周波数特性の一例を示した図であり、図中の(a)には、横軸に周波数、縦軸に増幅率をとって、周波数に対する振幅特性が示されている。一方、(b)には、横軸に周波数、縦軸に移相量をとって、周波数に対する位相特性が示されている。なお、本明細書における移相量とは位相の変化量を指すものとする。
【0056】
音声信号の波形形状を維持しつつ時間遅延させるためには、周波数領域において、増幅率を一定とし、移相量を周波数に比例させる必要がある。つまり、図7に示した通り、振幅特性が周波数軸に平行となり、かつ、位相特性が原点を通る直線、いわゆる直線位相特性であることが必要となる。この場合、位相特性及び周波数軸のなす角度θは、時間軸上では遅延時間に相当する。つまり、ユーザが遅延時間を決定すれば、位相特性の角度θが決まり、FIRフィルタ21〜2nの周波数特性が決まる。振幅特性は、周波数に対し一定値であればよく、ユーザが指定してもよいし固定であってもよい。
【0057】
図8は、図7の周波数特性から求められたフィルタ係数k1〜kmの一例を示した図である。図中の(a)には、図7の周波数特性を逆フーリエ変換することによって得られるフィルタ係数が示されている。FIRフィルタ21〜2nの遅延時間が、A/Dコンバータ1のサンプリング周期未満であれば、図中の(a)に示す通り、時間軸上の負の領域にもフィルタ係数が現れる。
【0058】
このようなフィルタ係数は因果律に反し、実際のFIRフィルタ21〜2nにおいて実現することはできない。そこで、各FIRフィルタ21〜2nの遅延時間に対し、共通のシフト遅延時間Dcを加えることにより、時間軸上の正の領域に収まるようにフィルタ係数をシフトさせれば、因果律の問題を解決することができる。つまり、フィルタ係数をシフトさせることによって、サンプリング周期未満の短い遅延時間差を実現することができる。
【0059】
図中の(b)には、シフト後のフィルタ係数が示されている。シフト遅延時間Dcを加えることによって、各FIRフィルタ21〜2nの絶対的な遅延時間は長くなるが、FIRフィルタ21〜2n間の相対的な遅延時間は維持される。つまり、FIRフィルタ21〜2nの最短の遅延時間をゼロからシフト遅延時間Dcに変更すれば、FIRフィルタ21〜2nを用いて、サンプリング周期未満の遅延時間差を正確に実現することができる。
【0060】
なお、シフト遅延時間Dcは、FIRフィルタ内の遅延部211〜21mの単位遅延時間Daの整数倍となる。このシフト遅延時間Dcは、例えば、タップ長の1/2程度にすることができる。また、逆フーリエ変換によって求められたフィルタ係数を時間軸の正の領域へシフトさせるようにシフト遅延時間Dcを決定してもよい。このようなシフトは円状シフトと呼ばれる。例えば、絶対値がゼロ又は所定値を超えるフィルタ係数が時間軸の正の領域へシフトされるようにシフト遅延時間Dcを決定することができる。
【0061】
図9は、図1のフィルタ係数生成装置120の一構成例を示したブロック図である。このフィルタ係数生成装置120は、操作入力部121、周波数特性決定部122、逆フーリエ変換部123及びシフト処理部124からなる。
【0062】
フィルタ係数生成装置120は、各スピーカ51〜5nに対し、ユーザが指定した遅延時間に基づいて、図7の周波数特性を特定し、逆フーリエ変換により、図8の(a)のフィルタ係数を求め、このフィルタ係数を円状シフトさせて、所望のフィルタ係数を生成している。
【0063】
操作入力部121は、パラメータを入力するための入力手段、例えばキーボードやマウスである。ユーザは、操作入力部121を用いて、各FIRフィルタ21〜2nのフィルタ係数を決定するためのパラメータ、例えば、FIRフィルタ21〜2nごとの遅延時間を指定することができる。なお、各FIRフィルタ21〜2nのパラメータからなるパラメータセットが予め与えられ、ユーザは、複数のパラメータセットから任意のパラメータセットを選択するように構成することもできる。
【0064】
周波数特性決定部122は、上記パラメータに基づいて、図7に示した周波数特性をそれぞれ決定する。逆フーリエ変換部123は、上記周波数特性に基づいて、逆離散フーリエ変換(IDFT)を行い、図8の(a)に示したフィルタ係数を求める。シフト処理部124は、上記フィルタ係数にシフト遅延時間Dcを加えてシフトさせ、図8の(b)に示したフィルタ係数を求める。このようにして、各フィルタ21〜2nについて、フィルタ係数k1〜kmが生成され、スピーカ装置100へ出力される。なお、シフト遅延時間Dcは、予め定められていてもよいし、逆フーリエ変換部123で求められた全てのフィルタ21〜2nのフィルタ係数k1〜kmに基づいて決定してもよい。
【0065】
本実施の形態によるスピーカ装置100は、平板状のフロントパネル60上に、スピーカ51〜5nからなるラインアレイスピーカ5が設けられている。そして、隣接するスピーカ51〜5nの遅延時間差がラインアレイスピーカ5の下端に近づくほど増大するように、FIRフィルタ21〜2nが各スピーカ51〜5nの遅延時間を制御している。このため、フロントパネル60を仮想的に湾曲させ、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって音場12を形成することができる。
【0066】
従って、空港ロビー、音楽ホール、体育館などのように比較的広い空間に設置され、スピーカ装置の近くから遠くまでの広い範囲にわたって所定の音圧を確保する必要があるスピーカ装置として好適である。
【0067】
また、本実施の形態によるスピーカ装置100は、周波数特性を逆フーリエ変換することによって求められたフィルタ係数が因果律に反しないように、各FIRフィルタ21〜2nの遅延時間に対し、共通のシフト遅延時間Dcを加えている。このため、隣接するスピーカ51〜5n間の遅延時間差の最小値をデジタル音声信号のサンプリング周期未満となるように、FIRフィルタ21〜2nがデジタル音声信号を遅延させることができる。その結果、広い音場12内において均一な音圧を確保することができる。
【0068】
特に、フロントパネル60をクロソイド曲線となるように仮想的に湾曲させることにより、遠距離から近距離までの広い範囲にわたって略均一の音場を形成することができる。
【0069】
さらに、フィルタ係数k1〜kmを変更することにより、同じスピーカ装置100を用いて、広さや形状の異なる様々な空間に適用させることができ、また、同じ空間であって目的や状況に応じて異なる音場を形成することができる。
【0070】
なお、本実施の形態では、仮想フロントパネル61が全面にわたって湾曲している場合の例について説明したが、本発明は、この様な場合のみに限定されない。例えば、仮想フロントパネル61の上端側の一部を直線のままとし、下端側のみがクロソイド曲線となるように湾曲させてもよい。
【0071】
また、本実施の形態では、仮想フロントパネル61を前方に凸となるように湾曲させる場合の例について説明したが、本発明は、この様な場合のみに限定されない。例えば、両端に比べて中央付近の遅延量を増大させ、仮想フロントパネル61が後方に凸となるように湾曲させてもよい。この場合、フロントパネルの前方に音圧を集中させることができる。
【0072】
実施の形態2.
実施の形態1では、FIRフィルタ21〜2nを用いた遅延制御により、広い範囲にわたって略均一な音場を形成することができるスピーカ装置100について説明した。これに対し、本実際の形態では、FIRフィルタ21〜2nを利用して、スピーカ装置100にイコライザ機能を追加する例について説明する。
【0073】
図10は、本発明の実施の形態2によるスピーカ装置100の要部について一構成例を示した図であり、図2のFIRフィルタ21〜2nの周波数特性の一例が示されている。図7の周波数特性(実施の形態1)と比較すれば、振幅特性のみが異なる。つまり、図7では、増幅率が周波数にかかわらず一定であったが、本実施の形態では、振幅特性をユーザが指定している。
【0074】
デジタル音声信号を遅延させるには、FIRフィルタ21〜2nが、直線位相特性を有していればよく、振幅特性は、遅延時間に影響を与えない。このため、振幅特性をユーザが決定することにより、別途、ハードウエアを追加することなく、スピーカ装置100にイコライザ機能を追加することができる。この場合、全てのFIRフィルタ21〜2nに対し、同一の振幅特性を与える必要がある。
【0075】
フィルタ係数の生成は、例えば、図9のフィルタ係数生成装置120(実施の形態1)において、操作入力部121を用いてユーザが振幅特性を指定すれば、周波数特性決定部122が、各FIRフィルタ21〜2nの振幅特性として、ユーザが指定した共通の振幅特性を採用すればよい。
【0076】
実施の形態3.
実施の形態2では、FIRフィルタ21〜2nをイコライザとして使用するスピーカ装置100の例について説明した。これに対し、本実施の形態では、新たにIIRフィルタを設けて、イコライザとして使用するスピーカ装置101について説明する。
【0077】
図11は、本発明の実施の形態3によるスピーカ装置101を含むスピーカシステムの一構成例を示したブロック図である。図中のスピーカ装置101は、図2のスピーカ装置100(実施の形態1)と比較すれば、IIRフィルタ8を備えている点で異なる。なお、図2に示されたブロックに相当するものには同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0078】
IIRフィルタ8は、インパルス応答が有限時間で収束しない無限インパルス応答(Infinite Impulse Response)フィルタであり、DSP(Digital Signal Processer)により実現されるデジタルフィルタである。このIIRフィルタ8には、A/Dコンバータ1から出力されたデジタル音声信号が入力され、その周波数−振幅特性を制御するイコライザとして用いられる。IIRフィルタ8から出力されるデジタル音声信号は、各FIRフィルタ21〜2nへ入力される。
【0079】
また、IIRフィルタ8のフィルタ係数h1〜hmは、FIRフィルタ21〜2nの場合と同様、フィルタ係数生成装置120においてユーザ操作に基づいて生成され、スピーカ装置101へ入力される。入力されたフィルタ係数h1〜hmは、フィルタ係数更新部7によって、フィルタ係数記憶部6に格納される。
【0080】
なお、ここでは、A/Dコンバータ1及びFIRフィルタ21〜2n間に、1個のIIRフィルタ8を追加しているが、直接接続された2以上のIIRフィルタを追加することもできる。
【0081】
図12は、図11のIIRフィルタ8の一構成例を示したブロック図である。IIRフィルタ8は、遅延部811〜81m,831〜83mと、乗算部820〜82m,841〜84mと、加算部800とによって構成されるタップ数mのフィルタである。
【0082】
遅延部811〜81m,831〜83mは、単位遅延時間Dbだけ遅延させる遅延手段であり、単位遅延時間DbはA/Dコンバータ1のサンプリング周期であるものとする。m個の遅延部811〜81mを直列に接続することにより、入力信号を単位遅延時間Dbの整数倍(1〜m倍)だけ遅延させた信号をそれぞれ生成している。同様にして、m個の遅延部831〜83mを直列に接続することにより、出力信号を単位遅延時間Dbの整数倍(1〜m倍)だけ遅延させた信号をそれぞれ生成している。
【0083】
(m+1)個の乗算部820〜82mは、入力信号及び各遅延部811〜81mの出力信号に対し、フィルタ係数j0〜jmをそれぞれ掛ける演算手段である。また、m個の乗算部841〜84mは、各遅延部831〜83mの出力信号に対し、フィルタ係数h1〜hmをそれぞれ掛ける演算手段である。加算部800は、乗算部820〜82m,841〜84mで求められた(2m+1)個の積の総和を求めて、出力信号を生成する演算手段である。
【0084】
つまり、このIIRフィルタ8は、ともにm次の全極型フィルタ及び全零型フィルタを組み合わせて構成される。例えば、ともに2次の全極型フィルタ及び全零型フィルタを組み合わせた双2次フィルタを用いることができる。
【0085】
図13は、IIRフィルタ8の周波数特性の一例を示した図であり、図中の(a)に振幅特性が示され、(b)に位相特性が示されている。IIRフィルタ8を用いて振幅特性を制御する場合、FIRフィルタ21〜2nを用いて、振幅特性を制御する場合に比べて、周波数分解能の高い振幅制御を行うことができる。ただし、図中の(b)に示したように、IIRフィルタ8を用いて振幅特性を制御することによって、位相特性に意図しない特性が現れてしまう。
【0086】
図14は、IIRフィルタ8及びFIRフィルタ21〜2nからなるデジタルフィルタ全体の周波数特性を示した図である。FIRフィルタ21〜2nの周波数特性が、図7の場合(実施の形態1)と同様に示されている。位相特性にIIRフィルタの意図しない特性が現れている欠点があるが、振幅特性の制御については、高い周波数分解能を実現することができる。
【0087】
本実施の形態によれば、FIRフィルタ21〜2nの前段にIIRフィルタ8を備えることにより、FIRフィルタ21〜2n用いて振幅制御を行う場合に比べ、周波数分解能の高い振幅制御を行うことができる。
【0088】
実施の形態4.
実施の形態3では、IIRフィルタ8をイコライザとして使用するスピーカ装置101について説明した。本実施の形態では、IIRフィルタ8をイコライザとして使用することによって生じる意図しないIIRフィルタ8の位相特性をFIRフィルタ21〜2nによって補償するスピーカ装置について説明する。
【0089】
図15は、実施の形態4によるスピーカ装置101の要部について一構成例を示した図であり、図11のFIRフィルタ21〜2nの周波数特性の一例が示されている。図中の(a)には振幅特性が示され、(b)には位相特性が示されている。なお、図11のIIRフィルタ8の周波数特性は、図13の場合(実施の形態3)と同様であるものとする。
【0090】
このFIRフィルタ21〜2nの振幅特性は、周波数にかかわらず一定であり、図7の場合(実施の形態1)と同様である。一方、位相特性は、IIRフィルタの位相特性の上下を反転させ、時計方向に角度θだけ回転させた特性からなる。つまり、デジタル音声信号を所望の遅延時間だけ遅延させるとともに、FIRフィルタ8の位相特性を補償する特性となっている。
【0091】
従って、IIRフィルタ8及びFIRフィルタ21〜2nからなるデジタルフィルタ全体の位相特性は、図7の(b)と同様の直線特性となり、デジタル音声信号を正確に遅延させることができる。
【0092】
図16は、図1のフィルタ係数生成装置120の他の構成例を示したブロック図である。図9のフィルタ係数生成装置120(実施の形態1)と比較すれば、IIRフィルタ係数生成部126を備えている点で異なる。なお、図9に示されたブロックに相当するものには同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0093】
IIRフィルタ係数生成部126は、ユーザが指定した振幅特性に基づいて、IIRフィルタ8のフィルタ係数h1〜hmを生成している。なお、振幅特性が予め与えられ、ユーザは、複数のパラメータセットから任意のパラメータセットを選択するように構成することもできる。
【0094】
周波数特性決定部122は、図9の場合と同様、FIRフィルタ21〜2nの周波数特性を決定している。振幅特性の決定方法は、実施の形態1の場合と同様であるが、位相特性の決定方法が異なる。すなわち、ユーザが指定した遅延時間と、FIRフィルタ係数生成部126が出力するIIRフィルタ8の位相特性とに基づいて、FIRフィルタ21〜2nの位相特性を決定している。
【0095】
本実施の形態によるスピーカ装置101は、IIRフィルタ8により振幅制御を実現するとともに、IIRフィルタ8によって生じる意図しない位相特性を遅延制御のためのFIRフィルタ21〜2nを用いて補償することができる。このため、周波数分解能が高いイコライザ機能を有し、かつ、正確な遅延制御により広くて均一な音場12を形成することができるスピーカ装置を実現することができる。
【0096】
なお、本実施の形態では、IIRフィルタ8及びFIRフィルタ21〜2nからなるフィルタ全体が直線位相特性を有する場合について説明したが、本発明は、このような場合のみには限定されない。すなわち、IIRフィルタ8の位相特性がFIRフィルタ21〜2nを用いて補償される構成であればよく、フィルタ全体が直線位相を有していなくてもよい。例えば、IIRフィルタ8の係数を変更した場合、それに応じてFIRフィルタ21〜2nの係数も変更するようにフィルタ係数生成装置を構成すれば、IIRフィルタ8の位相特性をFIRフィルタ21〜2nによって補償することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16