特許第5710025号(P5710025)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5710025パーライト、ベイナイト、マルテンサイト組織を有する溶射被覆層のためのワイヤ状溶射材料
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  • 特許5710025-パーライト、ベイナイト、マルテンサイト組織を有する溶射被覆層のためのワイヤ状溶射材料 図000002
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5710025
(24)【登録日】2015年3月13日
(45)【発行日】2015年4月30日
(54)【発明の名称】パーライト、ベイナイト、マルテンサイト組織を有する溶射被覆層のためのワイヤ状溶射材料
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20150409BHJP
   C23C 4/08 20060101ALI20150409BHJP
【FI】
   B23K35/30 340C
   B23K35/30 320A
   C23C4/08
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-550762(P2013-550762)
(86)(22)【出願日】2011年12月7日
(65)【公表番号】特表2014-509260(P2014-509260A)
(43)【公表日】2014年4月17日
(86)【国際出願番号】EP2011006130
(87)【国際公開番号】WO2012100798
(87)【国際公開日】20120802
【審査請求日】2013年9月25日
(31)【優先権主張番号】102011009443.1
(32)【優先日】2011年1月26日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】598051819
【氏名又は名称】ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
(74)【代理人】
【識別番号】100101856
【弁理士】
【氏名又は名称】赤澤 日出夫
(74)【代理人】
【識別番号】100182349
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 誠治
(74)【代理人】
【識別番号】100111143
【弁理士】
【氏名又は名称】安達 枝里
(72)【発明者】
【氏名】パトリック・イツキエルド
(72)【発明者】
【氏名】エユップ アキン・エツデニツ
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 独国特許発明第102008034547(DE,B3)
【文献】 特表2013−534965(JP,A)
【文献】 特開昭63−160799(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C23C 4/08
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ状溶射材料(4)であって、
前記溶射材料(4)、前記溶射材料(4)が凝固する時にパーライト、ベイナイト、及びマルテンサイトから選ばれる1種または2種以上を含むミクロ組織を形成することを特徴とし、
各々が総重量に基づく以下の合金成分:
・炭素 0.28重量%〜0.6重量%、
・シリコン 0.6重量%〜0.8重量%、
・マンガン 1.0重量%〜1.4重量%、
・クロム 0.05〜0.35重量%、
・銅 0.04重量%〜0.15重量%、
・窒素 0.005〜0.03重量%、
と、
余の鉄及び不可避的不純物から作られることをさらなる特徴とする、ワイヤ状溶射材料(4)。
【請求項2】
各々が総重量に基づいて、
最大で0.15重量%バナジウム、
最大で0.1重量%ニッケル、
最大で0.03重量%モリブデン、
最大でそれぞれ0.01重量%リン、硫黄、及びアルミニウム、
さらに含むことを特徴とする、請求項1に記載のワイヤ状溶射材料(4)。
【請求項3】
前記溶射材料(4)の表面に、銅メッキが施されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載のワイヤ状溶射材料(4)。
【請求項4】
鉄ベースの溶射被覆層であり、各々が総重量に基づく以下の合金成分、
・炭素 0.28重量%〜0.6重量%、
・シリコン 0.6重量%〜0.8重量%、
・マンガン 1.0重量%〜1.4重量%、
・クロム 0.05〜0.35重量%、
・銅 0.04重量%〜0.15重量%、
・窒素 0.005〜0.03重量%、
と、
余の鉄及び不可避的不純物を含むことを特徴とする鉄ベースの溶射被覆層。
【請求項5】
レシプロエンジンのシリンダクランクケースの内部に接触層として配置されることを特徴とする、請求項4に記載の溶射被膜層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、具体的にはアークワイヤ溶射のための、ワイヤ状溶射材料に関するものであり、基本的に鉄と、サブストレート上に被着する溶射被覆層を有する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の生産においては、エネルギー効率と排出物削減のために、摩耗や損耗に対する最小限の摩擦と高い抵抗が求められる。この目的を達成するために、シリンダー・ボアやその内壁などの機関部品は、接触面が備わっているか、あるいはライナーがシリンダー・ボアに挿入されて、それに接触面が備わっている。かかる接触面の適用は、例えばアークワイヤ溶射のような溶射によって、通常は達成される。アークワイヤ溶射では、電圧を印加することにより、2つのワイヤ状溶射材料の間に電気アークが生成される。そのためワイヤチップは溶け、溶射ガスによってコーティングされる表面、例えば被着を形成する場所であるシリンダーの壁に運ばれる。
【0003】
特許文献1は、内燃機関用のシリンダーライナーを開示している。それは、炭素と酸素を持つ固い鉄合金に基づく接触面に、耐摩耗性のあるコーティングを備えた本体基部から成り、その耐摩耗性層はマルテンサイト相を持ち酸化物を形成し、前記の耐摩耗性層は、アークワイヤ溶射によって塗布されることが可能であり、コーティングの合金は0.5〜3重量%の炭素含有量を持つ。
【0004】
特許文献2は、ベイナイト、マルテンサイト組織を持つ鉄ベースの溶射被覆層用のワイヤ状溶射材料を開示している。それは、0.23重量%〜0.4重量%の炭素含有量、0.75重量%〜0.95重量%のクロム含有量およびその他の合金成分を持つ。
【0005】
特許文献3は、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト組織をもつ鉄ベースの溶射被覆層用のワイヤ状溶射材料を開示している。それは、0.45重量%〜0.55重量%の炭素含有量、0.25重量%〜 0.35重量%の銅含有量およびその他の合金成分を持つ。
【0006】
特許文献4は、ベイナイト、マルテンサイト組織を持つ鉄ベースの溶射被覆層用のワイヤ状溶射材料を開示している。それは、0.35重量%〜0.55重量%の炭素含有量、0.25重量%〜0.35重量%の銅含有量およびその他の合金成分を持つ。
【0007】
特許文献5と特許文献6は、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト組織を持つ鉄ベースの溶射被覆層用のワイヤ状溶射材料を開示している。それは、0.1重量%〜0.28重量%の炭素含有量、0.05重量%〜0.3重量%のシリコン含有量およびその他の合金成分を持つ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】独国特許発明第10308563−B3号明細書
【特許文献2】独国特許発明第102008034547−B3号明細書
【特許文献3】独国特許発明第102008034549−B3号明細書
【特許文献4】独国特許発明第102008034551−B3号明細書
【特許文献5】独国特許出願公開第102009039453−A1号明細書
【特許文献6】独国実用新案第202009001002−U1号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、経済的な、具体的にはアークワイヤ溶射用の、改善されたワイヤ状溶射材料を提示することにある。ワイヤ状溶射材料の仕様を定義する際、コーティングの特性に加えて、前記ワイヤ状溶射材料の溶射挙動および溶射塗装の加工性は、目標とされる方法によって影響を受ける。
【0010】
本発明のもう一つの目的は、濃厚で摩擦学的に改善された溶射皮膜を提示することにある。それは、アークワイヤ溶射と効果的な機械加工によってサブストレート上に被着することが特に可能なものである。
【0011】
本発明により、この目的は請求項1の特徴を持つワイヤ状溶射材料によって、達成することができる。
【0012】
有利な展開は、従属請求項の主題である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の、具体的にはアークワイヤ溶射用のワイヤ状溶射材料は、基本的に鉄から構成される。溶射材料は、少なくともパーライトおよびベイナイトが製造される溶射材料の凝固にもとづき、ミクロ組織として少なくとも炭素と共に形成され、そこではさらに、耐摩耗性相の形成とトライボロジー的性質の改善のための、ミクロ組織成分が作られる。
【0014】
ミクロ組織は、主に1つの要素から形成され、総重量に応じてその他の要素が少量のみ追加される。固いFe3Cとフェライトから成る微粒子のパーライトは、摩擦学的に正に効果的な相である。ベイナイトは、中硬度および耐摩耗性の変容相である。マルテンサイトは、固い、耐摩耗性の構造である。マルテンサイトの形成は、溶射材料の冷却タイプにより、およびミクロ組織成分の選択により、目標とする方法で影響を受けることができる。
【0015】
ベイナイトとパーライトの割合は、同様に、溶射材料の冷却タイプにより、およびミクロ組織成分の選択により、目標とする方法で影響を受けることができる。
【0016】
シリンダー接触面のようなサブストレート上のコーティングは、マルテンサイトの耐摩耗性の島状構造同様に、パーライトおよびベイナイトから構成されるアークワイヤ溶射の、本発明による溶射材料を被着することで作成された。
【発明の効果】
【0017】
摩擦学的に効果的な相は、重要なシステム状態の動作性能を向上させるために有益であり、かかる摩擦相手の過度の損耗または接着剤の反応に起因する損傷は、例えば、潤滑フィルムを剥がすときに回避される。これらの状態は、具体的には混合摩擦の範囲内、例えば、シリンダー接触面/ピストンリングのトライポロジーシステムにおける、上死点と下死点で発生する。
【0018】
本発明の典型的な実施形態は、以下において図面を参照してより詳細に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】アークワイヤ溶射によって被着したコーティングを持つサブストレートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、アークワイヤ溶射によって被着したコーティング2を持つサブストレート1を示す。アークワイヤ溶射では、2つのワイヤ状溶射材料4は、塗布ヘッド3に送り込まれる。電気アーク5は、ワイヤ状溶射材料4の間に点火されている。ワイヤ状溶射材料4は溶け、目標とする方法で搬送ガスによって被覆すべきサブストレート1の上に被着し、それを冷却し、凝固し、コーティング2を形成する。
【0021】
ワイヤ状溶射材料4は、基本的に鉄から構成される。溶射材料は、パーライトとベイナイトが溶射材料の凝固にもとづき形成されるようなミクロ組織として、少なくとも炭素と一緒に形成される。また、マルテンサイトの耐摩耗性相の形成、および摩耗係数低減のために、ミクロ組織でもたらされている。
【0022】
以下の合金成分が提供される。
−炭素 0.28重量%〜0.6重量%,
−シリコン 0.6重量%〜0.8重量%,
−マンガン 1.0重量%〜1.4重量%,
−クロム 0.05〜0.35重量%,
−銅 0.04重量%〜0.15重量%,
−窒素 0.005〜0.03重量%
【0023】
特に明記しない限り、各々は総重量に基づき、それぞれ重量%として記載される。
【0024】
バナジウム、モリブデン、リン、硫黄、アルミニウム、ニッケルのそれぞれの要素は、少なくとも微量は含まれることが好ましい。すなわち、少なくとも0.001重量%の量である。好ましいのは、最大含量でバナジウムが0.15重量%、ニッケルが0.1重量%、モリブデンが0.03重量%、および前述のその他の要素が0.01重量%である。
【0025】
第一の典型的な実施形態によれば、ワイヤ状溶射材料4のために、ミクロ組織は以下の要素とともに用いられることが好ましい。
−炭素 0.4重量%
−シリコン 0.7重量%
−マンガン 1.32重量%
−銅 0.06重量%
−クロム 0.19重量%
−窒素 0.015重量%
【0026】
ミクロ組織の主要な成分は鉄である。
【0027】
これらのミクロ組織から形成されるワイヤ状溶射材料4を持つアークワイヤ溶射は、低空隙率と低粗度を持つ、特に均一のコーティング2を生じさせる。
【0028】
ミクロ組織の、低い炭素含有量、増加したマンガン含有量、および増加したシリコン含有量は、溶射のパフォーマンスを向上させる。それは、アークワイヤ溶射中に、少量の、均一な粘性液滴が発生することを特徴とする。その粘性のおかげで、これらの液滴は、飛行および飛散中、より微細な粒子にわずかな程度分解されるのみであり、したがって酸化がより少ない程度になる傾向がある。表面の酸化低減は、粒子のサブストレートへの接着性(コーティング接着性)、および粒子の互いの接着性(コーティング密着性)を促進する。
【0029】
マンガン含有量の増加は、溶射皮膜2が凝固するとさらに、主にパーライト/ベイナイト構造の形成をもたらす。
【0030】
銅の追加によって、コーティング2の耐腐食性が改善される。
【0031】
窒素補充は、耐摩耗性窒化物の形成を促進するが、それは摩擦学的にも、摩耗係数の低減という観点から効果的である。
【0032】
微粒子パーライトおよびベイナイトは、耐摩耗性のマルテンサイトの島状構造同様に、コーティング2の凝固の上に形成される。ベイナイトは、炭素含有鋼鉄の耐久性のある中間段階構造である。パーライトは、柔らかいフェライトと固い炭化物相から成る混合構造である。ベイナイトとパーライトの構造は、溶射条件、溶射材料の冷却タイプ、およびミクロ組織成分の選択によって影響を受けることができる。コーティング2は、パーライトの柔らかい延性マトリックスと、マルテンサイトの固い耐摩耗性の島状構造から構成される。
【0033】
ワイヤ状溶射材料4が柔軟性を維持するように延性構造を獲得するために、ワイヤ状溶射材料4は炉内で制御された方法で、好ましくは熱間圧延および/または熱間引抜され、その後冷却および/またはゆっくりと柔らかく焼き戻される。
【0034】
ワイヤの合金成分は、特定の要素、例えば炭素などを焼き払うことを考慮して調整される。コーティング2の合金組成は、焼き払いに応じて変更される。ワイヤの組成は、溶射皮膜の目標とする特性に適応される。
【0035】
ワイヤ状溶射材料4の表面は、腐食を防ぐために銅メッキが施されていることが好ましい。
【0036】
ワイヤは低合金であり、その選択は費用対効果の高い合金成分を特に指向している。
【0037】
結果として、溶射皮膜は、優れた耐摩耗性だけではなく、優れた加工性と改善されたトライボロジー的性質を示す。
【符号の説明】
【0038】
1 サブストレート
2 コーティング
3 塗布ヘッド
4 ワイヤ状溶射材料
5 電気アーク
図1